第35話
十連戦を勝ち抜き、見事勝利をもぎ取ったアランとリザードン。十人目であり、カロス地方四天王を務めるパキラからは賛辞の言葉を贈られ、代表からも認められた。
「はい。これで俺の大切なもの……全てを守ることが出来ます!」
「ほう……大切なものとは?」
アランに尋ねた直後、黒服の男がフラダリへ耳打ちすると、フラダリの表情が一気に強張った。そしてアランはサニワが意識不明の状態に陥ったことを知ったのだった。
某ポケモンセンター、緊急治療室。透き通るようなガーネットの目は硬く閉じられており、生気がまったく感じられない彼女は、持ち前の美貌も相まって、まるで人形のようだった。
マノンとダイゴは、治療を窓の外から眺めることしかできない。特にダイゴは歯がゆそうに表情を歪めていた。
「マノンくん!」
「博士……サニワさんが!」
「ジョーイさん! サニワちゃんは⁉︎」
「現在、命に別状はないのですが……昏睡状態に陥った原因はわかりません。そして、いつ目覚めるのかも。今は経過を観察するしかありません」
「そん、な……頼むよ……。目を覚ましてくれよ、サニワちゃん。まだ……キミは、幼いんだよ。……それに、元の世界に帰る手だてすら、見つかっていないじゃないか……。一緒に探すって、約束、したじゃないか……!」
ダイゴの瞳からは大粒の涙が零れ、遂には泣き崩れる。子どものように号哭するダイゴの肩に、プラターヌ博士は優しく手を置いた。
「ダイゴさん。サニワちゃんの身柄は、私が責任を持ってお預かりします。うち以上の施設はありません」
「……フラダリ代表ですね」
「初めまして博士。サニワちゃんは責任を持って預かり、回復に努めます」
「お願い……します……」
茫然自失となったダイゴを連れ、プラターヌ博士とマノンはポケモンセンターを後にする。サニワの身柄はそのままフラダリラボへ搬送されることになった。
しばらく呆然としていたダイゴを放っては置けなかったのか、ミアレシティにある自身の研究所へ連れてきたプラターヌ。相当なショックだったのか、受け答えも上手くいっていない。
「わー……おそらきれい」
「ダイゴさんここ室内ですよ」
「ダイゴさん。あたし、サニワさんから手紙を預かってて。でも、なんて書いてあるのか読めないの……」
「何だって⁉︎ マノンくん、それは本当かい⁉︎」
「うん。これなんだけど……」
ハリさんから手渡されたそれは、ハンカチに包まれていたという紙。独特の柔らかな感触がするそれは、異世界の製法で作られた紙なのだろう。
ところが、そこに記されていたのはこの世界の文字でもなく、遺跡に使用されているような古代文字。それもアンノーン文字だ。
この世界でこれを完全に解読できるのは、異世界出身であるサニワとこんのすけのみ。だがニュアンス程度に理解できる人の心当たりがあるダイゴは、その人物へ連絡を取る。
「はいはーい、久しぶりねダイゴ。サニワちゃんは元気かしら? それともまだ入院してる?」
「シロナ、久しぶりだね。サニワちゃんの状態だが、単刀直入に言うと……今、昏睡状態だ」
「あら? プラターヌも一緒なのね。ということは……今はカロスなのかしら」
「……何も言わないのかい」
「そりゃ拳骨の一つや二つ、その綺麗な顔にぶち込みたいに決まってるわ。あんなに保護者面してたのに、どうしてって。でもサニワちゃんの性格なら、自らの危険を顧みずに飛び込むんだろうなーってね。
それに、あんな爆発に巻き込まれたなら、意識不明もおかしくはない。けれど……アンタがそんな凹んだ表情してたら、サニワちゃんだって凹んじゃうわ。仕方がないからルカリオの波動弾一発で許してあげる」
ふう、と呆れたように、困ったように笑うシロナ。だがダイゴは首を横に振る。
「原因は不明……とはいえ、昏睡状態になったのは今日だ。爆発に巻き込まれた直後も意識は失ったけれど、三日後に意識を取り戻して一週間後には退院してる」
「は⁉︎ なんでそんな無茶させたのよ‼︎ あの子、ポケモンが存在しない世界から来たせいか虚弱体質なの。こないだなんて紙で指切ってたんだから」
「紙で……? 指を? 切る? 包丁で切れたみたいに?」
「そうよ。傷自体は絆創膏で治るような軽いものだったから良かったけど……。本当に肝が冷えたというか、見た目通りの脆さに納得しちゃったというか。書類整理しないとダメだなって思った」
「あぁわかる」
「そこのデボンのぼんぼん、調子乗ってんじゃないわよ。ガブリアスのスケイルショットも追加ね。楽しみにしてなさい♡」
画面越しのシロナの目が笑っていない笑み。それはシンオウの猛吹雪を彷彿とさせる。
後ろのマノンは悪寒がしたのか、ぎゅうとハリさんを抱き締めた。がちゃがちゃとコーヒーマグを持つプラターヌの手が震えている。ダイゴだけが変わらない反応だった。
「で、何? アンタが連絡を取るってことは、文字の解読ってことかしら? 先に言っておくけど、あたし大体の古代文字は読めるけど、アンノーン文字は無理よ。あれはサニワちゃんの……あの子の世界の言語だもの。語順にしろ単語にしろ発音にしろ全くの別もの。発音だけなら私にもなんとなーくわかるけれど、それが何を意味するのかは全くわからない」
両手を挙げるシロナ。その仕草はそのままお手上げを意味していた。考古学者である彼女でも難しいならば、サニワの連れる適任がいるはずだった。
「大体こんのすけちゃんがいるでしょ、ヒスイゾロアっぽい喋る狐。……その子に聞かないの?」
「……彼も今、行方がわからないんだ」
「何ですって⁉︎ 本当に何があったの! ライモンシティ拉致事件の話を聞いて、貴方と一緒なら安心だと思ったのに!」
「ボクだって何が起きたのかわからないんだよ!」
彼の咆哮のような、怒号のような声は、感情の吐露でもあった。辛うじて塞き止めていた涙が一気に溢れ出す。
「……ごめん、言い過ぎたわね。わかってると思うけど、アンタはこれからいなくなっちゃったこんのすけちゃんの捜索をすべきよ。私も文字の解読、頑張ってみるわ。落ち着いた後で構わないから、画像データなり送ってちょうだい」
「あぁ。……頼むよ」
「あんまり根を詰め過ぎないようにね。落ち込むアンタなんて、サニワちゃん心配しちゃうでしょ。命に別状がないなら、あの子はきっと大丈夫。いつか目覚めるわ。今は疲れたから眠っているだけよ」
それじゃあね、と別れの言葉を告げると、シロナは通信を落とした。再び部屋に静寂が訪れる。
ダイゴは気合いを入れるかのように両頬をぱんぱんと叩くと、手紙のデータをシロナへ送信したのだった。
「はい。これで俺の大切なもの……全てを守ることが出来ます!」
「ほう……大切なものとは?」
アランに尋ねた直後、黒服の男がフラダリへ耳打ちすると、フラダリの表情が一気に強張った。そしてアランはサニワが意識不明の状態に陥ったことを知ったのだった。
某ポケモンセンター、緊急治療室。透き通るようなガーネットの目は硬く閉じられており、生気がまったく感じられない彼女は、持ち前の美貌も相まって、まるで人形のようだった。
マノンとダイゴは、治療を窓の外から眺めることしかできない。特にダイゴは歯がゆそうに表情を歪めていた。
「マノンくん!」
「博士……サニワさんが!」
「ジョーイさん! サニワちゃんは⁉︎」
「現在、命に別状はないのですが……昏睡状態に陥った原因はわかりません。そして、いつ目覚めるのかも。今は経過を観察するしかありません」
「そん、な……頼むよ……。目を覚ましてくれよ、サニワちゃん。まだ……キミは、幼いんだよ。……それに、元の世界に帰る手だてすら、見つかっていないじゃないか……。一緒に探すって、約束、したじゃないか……!」
ダイゴの瞳からは大粒の涙が零れ、遂には泣き崩れる。子どものように号哭するダイゴの肩に、プラターヌ博士は優しく手を置いた。
「ダイゴさん。サニワちゃんの身柄は、私が責任を持ってお預かりします。うち以上の施設はありません」
「……フラダリ代表ですね」
「初めまして博士。サニワちゃんは責任を持って預かり、回復に努めます」
「お願い……します……」
茫然自失となったダイゴを連れ、プラターヌ博士とマノンはポケモンセンターを後にする。サニワの身柄はそのままフラダリラボへ搬送されることになった。
しばらく呆然としていたダイゴを放っては置けなかったのか、ミアレシティにある自身の研究所へ連れてきたプラターヌ。相当なショックだったのか、受け答えも上手くいっていない。
「わー……おそらきれい」
「ダイゴさんここ室内ですよ」
「ダイゴさん。あたし、サニワさんから手紙を預かってて。でも、なんて書いてあるのか読めないの……」
「何だって⁉︎ マノンくん、それは本当かい⁉︎」
「うん。これなんだけど……」
ハリさんから手渡されたそれは、ハンカチに包まれていたという紙。独特の柔らかな感触がするそれは、異世界の製法で作られた紙なのだろう。
ところが、そこに記されていたのはこの世界の文字でもなく、遺跡に使用されているような古代文字。それもアンノーン文字だ。
この世界でこれを完全に解読できるのは、異世界出身であるサニワとこんのすけのみ。だがニュアンス程度に理解できる人の心当たりがあるダイゴは、その人物へ連絡を取る。
「はいはーい、久しぶりねダイゴ。サニワちゃんは元気かしら? それともまだ入院してる?」
「シロナ、久しぶりだね。サニワちゃんの状態だが、単刀直入に言うと……今、昏睡状態だ」
「あら? プラターヌも一緒なのね。ということは……今はカロスなのかしら」
「……何も言わないのかい」
「そりゃ拳骨の一つや二つ、その綺麗な顔にぶち込みたいに決まってるわ。あんなに保護者面してたのに、どうしてって。でもサニワちゃんの性格なら、自らの危険を顧みずに飛び込むんだろうなーってね。
それに、あんな爆発に巻き込まれたなら、意識不明もおかしくはない。けれど……アンタがそんな凹んだ表情してたら、サニワちゃんだって凹んじゃうわ。仕方がないからルカリオの波動弾一発で許してあげる」
ふう、と呆れたように、困ったように笑うシロナ。だがダイゴは首を横に振る。
「原因は不明……とはいえ、昏睡状態になったのは今日だ。爆発に巻き込まれた直後も意識は失ったけれど、三日後に意識を取り戻して一週間後には退院してる」
「は⁉︎ なんでそんな無茶させたのよ‼︎ あの子、ポケモンが存在しない世界から来たせいか虚弱体質なの。こないだなんて紙で指切ってたんだから」
「紙で……? 指を? 切る? 包丁で切れたみたいに?」
「そうよ。傷自体は絆創膏で治るような軽いものだったから良かったけど……。本当に肝が冷えたというか、見た目通りの脆さに納得しちゃったというか。書類整理しないとダメだなって思った」
「あぁわかる」
「そこのデボンのぼんぼん、調子乗ってんじゃないわよ。ガブリアスのスケイルショットも追加ね。楽しみにしてなさい♡」
画面越しのシロナの目が笑っていない笑み。それはシンオウの猛吹雪を彷彿とさせる。
後ろのマノンは悪寒がしたのか、ぎゅうとハリさんを抱き締めた。がちゃがちゃとコーヒーマグを持つプラターヌの手が震えている。ダイゴだけが変わらない反応だった。
「で、何? アンタが連絡を取るってことは、文字の解読ってことかしら? 先に言っておくけど、あたし大体の古代文字は読めるけど、アンノーン文字は無理よ。あれはサニワちゃんの……あの子の世界の言語だもの。語順にしろ単語にしろ発音にしろ全くの別もの。発音だけなら私にもなんとなーくわかるけれど、それが何を意味するのかは全くわからない」
両手を挙げるシロナ。その仕草はそのままお手上げを意味していた。考古学者である彼女でも難しいならば、サニワの連れる適任がいるはずだった。
「大体こんのすけちゃんがいるでしょ、ヒスイゾロアっぽい喋る狐。……その子に聞かないの?」
「……彼も今、行方がわからないんだ」
「何ですって⁉︎ 本当に何があったの! ライモンシティ拉致事件の話を聞いて、貴方と一緒なら安心だと思ったのに!」
「ボクだって何が起きたのかわからないんだよ!」
彼の咆哮のような、怒号のような声は、感情の吐露でもあった。辛うじて塞き止めていた涙が一気に溢れ出す。
「……ごめん、言い過ぎたわね。わかってると思うけど、アンタはこれからいなくなっちゃったこんのすけちゃんの捜索をすべきよ。私も文字の解読、頑張ってみるわ。落ち着いた後で構わないから、画像データなり送ってちょうだい」
「あぁ。……頼むよ」
「あんまり根を詰め過ぎないようにね。落ち込むアンタなんて、サニワちゃん心配しちゃうでしょ。命に別状がないなら、あの子はきっと大丈夫。いつか目覚めるわ。今は疲れたから眠っているだけよ」
それじゃあね、と別れの言葉を告げると、シロナは通信を落とした。再び部屋に静寂が訪れる。
ダイゴは気合いを入れるかのように両頬をぱんぱんと叩くと、手紙のデータをシロナへ送信したのだった。