第35話

 傷だらけのリザードンへ近づき、その小さな手を翳した。六連戦も立て続けにバトルしたのだ、無理もなかった。
 リザードンへと翳された白魚の手からは淡い光が溢れ出す。まるで早送りした動画を再生するかのように、リザードンの大きな身体からあっという間に傷が消えていく。
 まるで、ポケモンの技のひとつ「癒やしの波動」を受けているかのような光景に、アランは自分の目を疑った。


「リザードンの傷が、治っている、だと……」
「ばぎゅあ!」


 礼を告げるかのように一鳴きし、サニワの頬に擦り寄るリザードン。だがリザードンの力が強過ぎるのか、身体の小さなサニワは受け止め切れずに尻餅を付いてしまった。
 立ち上がろうとしたサニワを優しくサイコキネシスで浮かせるサーナイト。彼らの姿は、ドジでよく転けるマノンと、主人を蔓の鞭で起こすハリさんと重なる。


『ついでに、もう一つ助言を……案外、人間は脆いものですよ。謝罪をするならお早めに』
「ぎゃう!」
『主人思いの優しい子。ですが残念ながら、小官は言伝を預からない主義でして』
「……ぐるるるぅ」
『十連勝するより遥かに達成難易度は低いと確信しますが……』
「ぐぁぅ」
『参謀みたいに喋るヤツだと言われましても、小官はそういう教育しか受けておりませんので……。では、失礼いたします。ご武運を。……いえ、ご多幸をお祈りしております』


 サーナイトの能力でリザードンの言葉が訳されているのだろうか、サニワはリザードンと楽しそうに言葉を交わす。
 アランとリザードンに恭しく一礼すると、サニワはサーナイトをボールへ戻して退室した。こんのすけも慌てて主人の肩へ跳び乗る。

 サニワが向かった先は、とある階段。そこにマノンがほろほろと涙を流して蹲っていた。
 同じようにマノンの隣に腰掛けるサニワ。彼女に追随するように、こんのすけもその隣にちょこんと座る。


「……マノン、だいじょぶ?」
「サニワさん……。ごめん、今は一人にして」
「……わかった。近く、置いた……よろしく。それじゃ」


 言われた通りに、その場から静かに立ち去ったサニワ。ハリさんにハンカチでも手渡したのだろう、二人の気配はすぐに消えた。

 サニワとこんのすけは、フラダリラボの玄関ロビーのベンチに腰を下ろした。物憂げに虚空を見詰めるその様は、まるで繊細に造られた彫刻のように、丁寧に描かれた西洋画のように美しい。


『本当に……これで良かったんだろうか。あの二人、結局すれ違ったままだ』
「主さま。僕は、主さまは最善を尽くしたと思っています。主さまのお言葉を受け止めつつも、行動に移したのはアランさまの意志です」
『こんのすけって私以外に割と辛辣だよね。……でも、そう言ってくれて嬉しい。今まで本当に、ありがとう』
「僕は事実を述べたまでですよ」
『後は頼んだ。私は、疲れた……。少しだけ、先に休暇を貰うよ。迷惑をかけて、本当にごめんなさい。……もし、私がここで事切れても気にせず、こんちゃんだけでも本丸に……』
「主さま……謝らないでください。僕は主さまとご一緒出来て、とても幸せでした」


 ちらりと流し目にして映る風景は、実験室へと続く廊下だ。ただしその先は、虹色の巨石が管理されているわけではない。ダイゴとフラダリが対面している部屋とは、真反対の方向にある。
 自動認識系の扉だろうか。サニワが扉の前に立つと、襖のように左右に開く。サニワとこんのすけは気配を消して、こっそりと扉の中へ侵入した。

 部屋中には植物が生い茂っていたが、温室と言うわけではなく、基本的には暗い。だが部屋の中央付近だけが鮮やかなエメラルドグリーンに輝いており、サイバーチックな雰囲気だ。部屋の中央に配置された木を取り囲むように防弾ガラスが設置され、それを取り囲むように研究員が観察している。

 サニワは研究員たちに気付かれないよう気配を最大限に殺し、ロフト部分に昇る。その部分の床も植物が活き活きと茂っており、人工的な光がなければ一種の植物園や保護施設と勘違いしそうになる。だがここはフラダリラボ。研究施設だ。

 よく目を凝らすと、緑色のスライムのような小さなポケモンがいる。研究員のひとりが中心部の機械を操作すると、苦しそうに悶えていた。それと同時に、サニワの周辺に生えていた雑草がみるみるうちに生い茂る。
 研究員が更に機械の出力を上昇させると、周囲の植物が呼応するように成長。そしてディスプレイにエラーメッセージが表示された途端、大きな爆発で周囲を吹き飛ばす。電気も停電し、周囲は闇に包まれた。

 爆発の衝撃でサニワは壁に叩きつけられたが、意識は保っている。グラードンの断崖の剣を食らったときよりはマシだったが、正直サニワの意識は朦朧としていた。こんのすけもサニワともども飛ばされたが、彼女が身を挺して守ったお陰で何ともない。
 カーキ色の軍服を身に纏っていた彼女だったが、あのポケモンの技が直撃したからだろうか。それとも、あのポケモンの能力がサニワの神力に影響を及ぼしたのだろうか。原因は不明だが、身体が一種の発光体になったのだろうか。淡い緑色の光を放っていた。

 研究員が緑色のポケモンへ手を伸ばしたが、こんのすけが謎のポケモンを奪うかたちで阻止。その隙にサニワが換気口の檻を外し、こんのすけともども飛び込む。
 それを見届けたサニワは、安心したように、深い深い眠りに就いた。
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