第33話

 ダイゴはアランとマノン、そしてハリさんを一瞥すると、サニワがこちらへ移動した意図を尋ねる。
 サニワの耳は人間のそれよりも長いせいか、聴力がピクシー並に発達している。マノンの叫び声が聞こえ、何が起こったのか確認するため向かったのだ。

 サニワに傷がないか確認したダイゴは、彼女を地面へ下ろす。その時、アランはダイゴの胸元にあるメガラペルピンに目を奪われた。


「……アンタもメガシンカ使いか」
「えと、ダイゴ、さん。……こっち、こんちゃん。……ダイゴさん、わたし、どっち?」


 どうやらサニワは好きな方を選べと告げているようだ。アランは彼女の片言な喋り方に疑問を抱きつつ、ダイゴとバトルすることに決めた。
 サニワはこんのすけを頭に乗せると、マノンの手を引いた。一緒に木の後ろに隠れて観戦するつもりらしい。マノンは、サニワのそのあまりの白さに思わず息を飲んだ。
 マノンは比較的色白な部類に入ると自負しているが、サニワは彼女の肌よりも桁違いに白い。その陶器の如き白さは、彼女の神秘的な雰囲気を際立たせていた。

 アランのメガリザードンと、ダイゴのメガメタグロスによる激闘。それは、一進一退の攻防を続けていた。タイプ相性ではアランが有利だ。しかしダイゴはホウエン地方のチャンピオンを務めていることもあり、比較的彼の方が優勢だ。
 メガリザードンのドラゴンクローと、メガメタグロスによるコメットパンチが空中で衝突する直前、きらりと地上から光が放たれる。


『二人とも! 下から来るぞ!』


 サニワの叫びとほぼ同時に、離れた場所から高威力の火炎放射が放たれる。彼女の通告もあってか、幸い二匹は火炎放射に巻き込まれることはなかった。
 観戦していたサニワたちの頭上を飛び越え、雄のカエンジシが乱入してきた。どうやらこのカエンジシが火炎放射を放ったらしい。

 カエンジシはホウエン地方には生息していないポケモンだ。ダイゴは驚き目を見開くが、アランには心当たりがあるようだ。それでも驚愕しているのには変わりないが。


「カエンジシ⁉︎」
「まさか……⁉︎」
「そのバトル、ちょっと待ってくれないか」


 カエンジシのトレーナーだろうか。オレンジ色の神と髭が特徴的な男は、マノンたちのいた坂の上に佇んでいた。アランに「代表」と呼ばれているだけあって、彼の着る黒色の服は一目で高級なものだと判断できる。


『神火(しんか)清明(せいめい)、神水(しんすい)清明(せいめい)、神心(しんしん)清明(せいめい)、神風(しんぷう)清明(せいめい)、善悪(ぜんあく)応報(おうほう)、清濁(せいだく)相見(そうけん)』


 サニワは、ぽつりと独り言ちた。相手が善人かどうか判断できると伝わる神道の呪文「善悪探知法」だ。
 まるでサニワの周囲に疾風が舞うかのように、ブワッと彼女の艶やかな白髪が舞い踊り、長い耳が顕になる。
 ところが、男の出現に一同が気を取られている。そのせいで彼女の長い耳に気付くことはなかった。


「私の部下が、大変失礼いたしました……チャンピオン」
「チャンピオン⁉︎」
「この方は、ホウエン地方ポケモンリーグのチャンピオン・ダイゴさんだ」
「で、こっちはガラルリーグチャンピオンのサニワちゃんさ。メガシンカ使いであり、ダイマックス使いでもある。ボクよりも強くて凄い子だよ」


 ダイゴは再びサニワを抱き上げようとしたが、今度は彼の後ろに回り、ぎゅっと脚にしがみついている。表情は変わりないが、相当男に警戒し、威嚇していた。
 あのダンデやキバナを相手にしても、こんなに怯えることはなかったのに。むしろ憎悪や敵対心を顕にしていた。
 そんな彼女が珍しく「警戒する」なんて、この男はただ者じゃない。ダイゴはサニワを背に庇いながら、男に名前を問うた。


「失礼ですが、貴方は……」
「これは申し遅れました。私はカロス地方のフラダリラボ代表、フラダリと申します」


 恭しく礼をしつつ、己を仲立ちするフラダリと名乗った男。一見気の良さそうな男に見えるが、それでもサニワの警戒心が解かれることはない。
 フラダリはにっこりと人当たりの良い笑みを浮かべるが、それでもダイゴから離れる素振りを見せない。むしろ、気を逆立てたオタチのように警戒心を更に強くさせるだけだった。


「大丈夫だよ、おじさんは怖い人じゃないからね」
「サニワちゃんがダンデ並に警戒されるなんて、滅多にないのに……。どうしたんだい?」
「代表の髭が怖いんじゃないですか」


 確かに自分は子ども受けしそうな外見ではないと自負しているものの、ここまで警戒を顕にされるのもなかなか応える。アランの鰾膠(にべ)もしゃしゃりも無い言葉が更に追い討ちをかけた。
 だが気を取り直し、フラダリはダイゴへ世間話を持ちかける。


「……しかし、ガラルチャンピオンがこんなに幼いとは思いませんでした。一瞬、ダイゴさんの娘さんかと」
「はははっ。娘かぁ、娘……。本当に家族だったら良かったんですけど」


 ダイゴはじっとサニワの目を見詰めた。ガーネットのように透き通ったそれは、自分を、見透かして。暴いて。それでいて全て包み込んでくれそうな、そんな暖かさ、柔らかさを孕んでいた。

 基本的にジョークの類いは話さないサニワではあるが、空気を読む程度にその場のノリに乗るらしい。
 無表情を貫いたままで、じっとダイゴのクリスタルの目をじっと見詰めると、こてんと小首を傾げつつ言葉を口にした。


「……ぱぱ?」
「ン゙ッ゙ガヷイ゙イ゙」


 いかにもあざといサニワの「パパ」呼びは、ダイゴに効果抜群だったらしい。一度フラダリへ断りを入れ、とある人物へ連絡を取る。


「もしもし、親父? ちょっとお願いがあるんだ」
「珍しいな、お前からお願いするなんて。子どもの時以来か?」
「その話は後でいいだろ。こっちも忙しいんだ」
「はいはい。わかっている、わかっているよ。全くこのせっかちさんめ」
「あのさ、ガラルチャンピオンのサニワちゃんって知ってる? その子と養子組みたいんだけど良いよね? 良いだろ? とりあえず言っといたから」
「おい待て、良いわけないだろう! 大体、その子の親御さんは一体何て言うか……」
「大丈夫だよ、この世界にサニワちゃんの保護者いないから。一応いるにはいるけど、犬猿の仲というかほぼ絶縁してるみたいだし」
「おい待て! ダイゴ! おい‼︎」


 ダイゴは父親であるムクゲをしれっと黙殺し、養子縁組を組むとだけ伝えると容赦なく電話を切った。そして満面の笑みでサニワに向き直ると、小さな彼女の身体を軽々と抱き上げる。


「良かったねサニワちゃん、パパとお爺ちゃんができるよ!」
「……いくない。全然」
「なんでこの方法思いつかなかったんだろう……」


 ぎゅうっと我が子(予定)を抱きしめるダイゴの表情はデレッデレに蕩けきっており喜色満面だ。一方、我が子(予定)側の表情は不愉快そうに眉間に皺が数本刻まれていた。
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