第23話

 アイリスとケニヤンとのバトルは、見事エモンガとの心を通わせたアイリスが勝利を収めた。その結果、準決勝進出者はサニワ、ルーク、サトシ、アイリスの四名に絞られたのだった。
 準決勝はサニワ対サトシ、アイリス対ルークだ。

 待ちきれないサトシは、早速バトルフィールドへ駆け出す。サニワも静かに、戦地へ赴いた。
 互いに相手の目を、じっと見つめる。既にサニワからは、いつもの清楚で柔らかな雰囲気は消え去り、猛者のそれを醸し出している。だが、サトシは全く怯んでいない。


「まさか、ここでサニワとぶつかるとはなぁ。でも相手がチャンピオンであろうと、俺は全力でバトルするぜ!」
「……ありがと。わたしも、頑張る。……だから、手加減、なし」


 サトシは帽子をかぶり直して、ピカチュウと顔を合わせると、こくんと頷く。それは、パートナーのピカチュウと、バトル前に気合いを入れる合図のようなものだ。
 気合い十分のピカチュウがバトルフィールドへ赴いた。彼の赤い頬の電気袋はバチバチと電流を放っていた。

 対するサニワはバンギラスだ。彼女がボールから出ると、こちらも気合いを入れるかのように咆哮をひとつする。そして瞬く間に、猛烈な砂嵐が吹き荒んだ。その勢いに、双方のトレーナーが被っていた帽子が観客席にまで吹き飛ぶ。


「ピカチュウ! 電光石火だ‼︎」


 サトシは早速、ピカチュウへ電光石火の指示を出す。バンギラスへ向けて一直線へ突っ込むが、その動きは単調なもの。サニワは手に取るように分かった。


「ストーンエッジ」


 地面から突如突き出た巨大な岩。小さな黄色い身体が宙に突き上げられる。だがサトシは、それさえもチャンスに変えた。


「アイアンテール!」


 高所から振り下ろされる、鋼鉄のように硬くなった尻尾。重力によっていつもよりも威力が増している。
 ところがバンギラスの持つ鋭利な牙により、ピカチュウの攻撃が直撃することはなかった。アイアンテールを噛み砕くで受け止めたのだ。
 鋼鉄の尻尾と鋭利な牙がぶつかり合う。だが、地に足をつけており、体躯の大きさも倍以上あるバンギラスの方が、力強さは勝っていた。

 ピカチュウの稲妻のような尻尾に齧り付いたバンギラスが、その小さな体躯を荒々しく壁まで投げ飛ばす。その勢いはあまりに凄まじく、ピカチュウの体力はほとんど吹き飛ばされてしまった。
 だが、彼らはまだ負けたわけではない。二人の目には、いまだに闘志の炎がごうごうと燃え上がっていた。


「ピカチュウ! 10万ボルトだ‼︎」


 ピカチュウの得意技がバンギラスへ襲いかかる。素早い攻撃に鈍重なバンギラスは躱せず、強烈な稲妻が大きな巨体に直撃した。多少効いているようだが、まだまだ残りの体力はバンギラスの方が勝っている。
 先ほどよりも砂嵐が吹き荒れ、視界も碌に確保できない中、サニワは相手を褒め称えた。


「……さすが。……ピカチュウ、電気、すごい!」
「そりゃそうに決まってるだろ! オレのピカチュウの電気技は強烈なんだ! 何度も食らってるオレが言うんだから間違いないぜ!」
「……サトシ、人間。……電気、受けるの? ……痺れない?」
「そりゃそうさ! ビリビリに痺れるぜ! ピカチュウ! エレキボールだ‼︎」


 今度は相手と素早さが勝っているほど威力の上がる電気技・エレキボールで攻め立てるが、なぜかバンギラスの反応はない。続けて得意の10万ボルトを放つも、やはり反応がなかった。
 それもそのはず。先ほどからピカチュウが攻撃していたものは、バンギラスではなくストーンエッジで地面から突き出した岩石だったからだ。
 ピカチュウが電気技の連続攻撃で岩を攻撃する中、バンギラスは密かに龍の舞で攻撃力と素早さを上げていく。そしてひっそりとピカチュウの背後に回った。

 バンギラスの特性の効果が切れ、びょうびょうと勢い良く吹いていた砂煙が止んだ。だが、既に手遅れだった。不測の事態に、バトルを観戦していたギャラリーも、当事者であるサトシもピカチュウも息を呑む。


「バンギラス、ストーンエッジ‼︎」


 岩で突き上げられたピカチュウの小さな身体は宙を舞う。固い地面に叩きつけられたピカチュウは目を回し、戦闘不能に陥った。
 審判の声が高らかに告げる、サニワの勝利。それを耳にしたバンギラスは雄叫びを上げた。サトシはダウンしたピカチュウに駆け寄り、優しい手つきで抱き上げる。


「ピカチュウ、よく頑張ったな。ゆっくり休んでくれ」
「……お疲れ様。……バトル、楽しかった……ありがと」
「それを言うならこっちの方だぜ。サニワ、決勝戦でも頑張れよ!」


 バトルを終えた両選手が握手を交わす。会場のボルテージは一気に最高潮に達し、熱狂した声が観客席のあちこちから聞こえた。

 今度はアイリスとルークとのバトルだ。じっくりと観戦したいところだが、激戦を繰り広げたポケモンたちを回復しに向かう。
 戦闘の様子はドキュメンタリー映画を作成するルークが撮影するものの、彼自身が今から試合に出るため、撮影はベルに依頼していた。だが、カメラのレンズはバトルフィールドにいるルークやアイリスたちではなく、彼のゾロアをずっと追いかけている。


(……この調子じゃあ、戦闘を撮影できそうにありませんね。私の方で撮影しておきますか)


 こんのすけはチベットスナギツネのような冷ややかな表情をベルに向けると、デントの頭に跳び乗った。いきなり数キロの重量が頭にのしかかったが、デントは少しバランスを崩してよろけるだけだった。


「おっと。どうしたんだい?」
「バトルの撮影です。主さまの戦術は、基本的に有名な戦史の模倣ですから。アイリスさまも存外面白い戦術を展開されますし、今後の参考にもなるでしょう。ちなみに先ほどのサトシさまとのバトルは、砂漠の狐と称された『エルヴィン・ロンメル』の『北アフリカ戦線』における戦術を模倣したものです。まぁ結局資源を浪費するだけに過ぎなかったようですが」
「そ、そうなんだ……」
「ベルさまはあの調子ですからね、期待できそうにありませんし。私の体躯だと、塀が邪魔でバトルが見えません。落ち着いて観戦し、尚且つ背が高いのは貴方です。というわけで、大人しく立ったまま観戦しといてくださいね」
「あ、あはは……。わかったよ」


 こんのすけは一方的にそう喋ると、デントの後頭部を尻尾でぺしぺしと叩く。毛並みの良い、非常にもふもふな感触なので痛くも痒くもない。
 サニワのスマホロトムも、クルクルとラングレーの周りを飛び回って撮影していた。

 サニワがポケモンセンターでの回復を終え、バトル会場へ向かう頃には、既にアイリスとルークのバトルは終了していた。
 幸い入り口でばったりとサトシたちと出会ったため、すれ違いになることはなかった。だが観戦できなかったサニワは少し残念そうに、長い耳をしゅんと落とした。


「大丈夫! 俺がちゃんとベルに頼んで撮影してあるからさ、それを一緒に観よう!」
「私もきちんと撮影しておりますよ!」
「……ありがと。……観る、一緒に」


 だが後ほど、ルークはガックリと肩を落とすこととなる。ベルが撮影した映像には、ゾロアしか写っていなかったからだ。
 落ち込むルークに対し、サニワはそっと彼の肩に手を置く。肝心のベルは相変わらずゾロアを追いかけ回していた。


「……こんのすけ、撮った、ある。……いる?」
「ありがとう、助かるよ……」
「ただ、大変申し上げにくいのですが……もしかしたらデータの都合上、規格が合わない可能性もございます。その際は恐れ入りますがご了承くださいね」
「え? 基本的に映像データの規格って統一されているはずだけど……まあ、できなかったらできなかったで構わないよ。貰えるだけで十分ありがたいしね」


 もうこのチャンピオンには頭が上がらないなぁ、とルークはボリボリと頭を掻く。今度はベルはこんのすけを追いかけ回していたが、後ろ足で蹴りを食らっていた。
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