第1話

 警戒を解かず、毛を逆立てたままのこんのすけ。彼の主人の表情は陶器然とした色白の無表情であったが、妖狐と同様に、ピリピリとした空気を纏っていた。


「……単刀直入にお聞きしましょう。助手のホップさまではなく貴方がこの研究所に来たのは、主さまに何か直接話したいことがあったのでしょう?」
「よくわかったな。さすが、チャンピオンの懐刀だぜ」
「お褒めに預かり光栄です」


 元チャンピオンと、現チャンピオンの相棒との腹の探り合い。両者の間に火花が迸る。剣呑な雰囲気にソニアは固唾を吞んだが、少女は物ともせず、ティーカップに口付けた。


「もしよければ、しばらくの間イッシュ地方へ行ってみないかい? サニワくんが不在の間は、俺がチャンピオンの代理をするさ。そもそもトーナメント戦まで勝ち残るチャレンジャーなんて到底考えられない。しばらくの間、羽を伸ばしても問題はないと思うぜ」
「……イッシュ地方への、派遣要請ですか?」


 ソニアとダンデは幼馴染だ。それは成長し、大人になった今でも交流がある。
 恐らく、どうにかして本丸へ帰還する方法を模索しているのに勘付いたのだろう。そう判断した妖狐は更に語気を強めるが、対するダンデは眉を八の字にした。


「違う! そうじゃないんだ! ……俺は、俺はただ、あの頃のように、サニワくんに、感情を取り戻して欲しいだけだよ」


 どの口がそう言っているんだ。こんのすけは心の中で毒づいた。主さまが感情を失ったのは、この男が原因だというのに。

 ちょうど、二年ほど前のことだった。
 彼女は元来、この世界の人間ではない。ポケモンのいない異世界で、歴史修正主義者(れきししゅうせいしゅぎしゃ)と激闘を繰り広げる審神者(さにわ)であった。
 異世界に存在する本丸への転送装置(ゲート)は、まどろみの森の奥深くにある祭壇のような場所。そこに、異世界を繋ぐ門が佇んでいた。
 ダンデと、彼の親友でありガラル地方のトップジムリーダーでもあるキバナは、とある計画を立てた。
 サニワがゲートを潜り、この世界にその身を移した途端、自身のポケモンたちに破壊させたのだ。帰還する唯一の方法を破壊された彼女は、ダンデとキバナに何をするのだと問い詰める。
 審神者という職は神職であり、軍人でもある。その時の彼女は、冷徹であり、冷酷だった。とても軍人らしかった。
 相手に恐怖を抱かせるようなオーラを纏う幼女。あまりにも異様な光景であるが、ガラル地方でも指折りの実力者である彼らは、それに怯えることはなかった。むしろ、嬉々としてこう言い放ったのだ。


「大丈夫だ。心配するな。この世界は平和だ。この世界に止まっていれば安全だ」
「あの世界のことなんか忘れて、オレさまたちと楽しく暮らそうぜ!」


 二人は少女の小さな身柄を捕らえると、シュートシティのリーグ本部へ閉じ込めた。帰りたい、帰らせてくれとダンデとキバナに懇願するが、彼らは彼女をストックホルム症候群だと決めつけ、まどろみの森に行くことすらも禁じた。
 もう、彼らとまともに言葉を交わすことなどないだろう。あるとすれば、せいぜい辞世の句を交わす時くらいだろうか。
 天真爛漫だったサニワは、それ以来心に修羅を宿した。
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