三日月の夢想
カラカラと音がして温まっていた空気に苦さを含んだ冬の空気が流れ込む。今日もそんな時間か、と時計に目をやると、カチカチと無機質な音ばかり刻むそれはちょうど10時を示していた。ほのちゃんは毎晩外に出て空を見上げる。それがなぜかなんて分からないし聞こうと思ったこともない。ただ、そんな彼女と一緒に外に出て、ただ夜空をぼうっと見つめるその横顔を見る時間は嫌いじゃないから。ほのちゃんがなんでそんなに苦しげな顔をするのかも私には全然わからないけど、毎晩今日もきれいやなって、たとえ曇りの日でもそう言うほのちゃんの眉の下がった顔にそうだねって笑いかけることしか、私にはできない。ついこの前までは欠けていたはずなのに、もうほとんど丸くなった月を見てまたほのちゃんはきれいやねって呟く。
「そうだね、明日は満月らしいよ。晴れるといいね。」
きっと二人で月を見るには在り来りすぎる話題。私のその言葉に静かな沈黙が下りる。冷え切った風がひゅっと頬を撫でた。
「せやな」
なぜか困ったように笑うほのちゃんはさっき私が閉めたベランダのドアをからからと開け、スリッパを脱ぎ捨てる。あわてて追いかける私に目もくれず、ぼすっとソファに身を預けて静かに目を閉じた。生温くなった部屋の空気は冷えた体を温めるには足りないから、外の空気を遮断して、エアコンの温度を1度あげる。風邪ひくよと声をかけるけれどきっとほのちゃんは動いてくれないから毛布を持って隣に腰を下ろすんだ。不意に冷えたほのちゃんの右手が私の左手に触れる。弱々しく何度か撫でたあと、きゅっと繋がれた左手。さっきまで無視してたくせにとか思いながらやっぱり溢れてくる愛しさに思わず笑い声が漏れてしまった。
「なんで笑ってるん」
「ううん、手冷たいなって思っただけだよ。…ねぇほのちゃん、今日はもう寝よう?」
返事はなかったけれど、ぎゅっと強く手を握り直して立ち上がったから、肯定と受け取って一緒に立ち上がる。ぱさ、と落ちた毛布。そんなことは気にしてもないような様子でほのちゃんが歩き出すから明日でいっかと手を引かれるままに寝室へと足を運んだ。
時計は既に11時を示している。今朝、今日も使うだろうからと思って畳んでソファに置いておいた毛布はソファの端で出番を待ち続けている。外に出る気配のないほのちゃんはテレビをぼーっと眺めていて、テレビの中で笑い声が上がってもほとんど反応しないあたり、きっと見てはいないんだと思う
「外、出ないの?」
「今日はええかな」
ここ一か月ほど続いたそれが突然終わりを迎えるものだから、戸惑って当たり前だと思うのに。あまりにあっけらかんというものだからなんで、なんて聞くこともできない。ほんとはほのちゃんと満月を見れるの、楽しみにしてたんだよ、って。言えなかったそれはお腹でぐるぐると回って吐き出すこともできないんだ。
「ほのはな」
でも、聞かなくてもほのちゃんはこうやってゆっくりと話し出してくれる。こういうところが好きなんだ。私とは正反対の、下手なのにゆっくりと言葉にしようとするところが。
「ほのは、満月はきらい」
私もだよ、温かいこの空間に落とした言葉はあまりに温度を含まない。ほのちゃんはもう、欠けていないものなんか見たくないんだと思う。満月は、私たちが見るにはまぶしすぎるんだ。欠けてしまった私たちは、もう欠けたものしか求められない。
スポーツ推薦で高校に入ったほのちゃんは日を追うごとに纏う影が多くなった。ほのちゃんがいじめられていた事実に気づいたのはほのちゃんが高校を中退した時だった。違う高校に入った私には気が付きようがなかったと、そんな言い訳はいくらでもできるけれど、それでは意味がない。幼馴染で、ずっとずっと好きだった。あの時、私には何もできなかった。
今も、私ができるのはただ罪滅ぼしのように一緒にいるだけで、なんでっていうほのちゃんに幼馴染だからだよって、嘘を重ねることでしか私がほのちゃんと一緒にいられる方法がなかった。汚い恋心を隠すように笑みを浮かべて、ほのちゃんってささやくしかできない。
ほのちゃんは幼馴染だから私が隣にいるのをを許してくれているのに。汚くてごめんね、ほのちゃん。
玲ちゃんはほのの初恋やった。頭が良くて優しくて、幼馴染ってだけでずっとほのに特別をくれた。そんな玲ちゃんはほのとは違う高校に行ってしまった。ずっとわかっていたのに、玲ちゃんはほのとは違う。玲ちゃんのくれる特別は幼馴染という立場でしか得られなかったもので、ほのが欲しい特別をきっとくれることはない。
今もこうして玲ちゃんが一緒にいてくれるのは、きっと玲ちゃんにとっては罪滅ぼしでしかないんだ。ほのが高校を中退した次の日、玲ちゃんは家に来て、泣きながら謝っていた。玲ちゃんはなんも悪くないのに。一緒に住もうって。私が何とかするからって。
玲ちゃんはいつも言葉にしてくれないから。玲ちゃんがいつも何を考えているのかわからなくて、ほのは同意を求めるように言葉にする。それにいつも玲ちゃんは目を細めてそうだねって言う。瞳が隠れるせいでほんまにそう思ってるんかわからんけど、その一言で毎回安心してしまうから、やっぱり今日もほのは言葉で縋ることしかできない。
なぁ、玲ちゃん。玲ちゃんはいつまでこうしてほのに特別をくれるん?完璧なきれいなものを見つけたら玲ちゃんもそっちに行ってしまうんやろ。あとから捨てられるくらいなら今すぐにいなくなってくれたらええのに。それでもやっぱり優しい玲ちゃんにすがって、ずっと離れられないでいるほのはひどくずるくて、大嫌いだ。
「そうだね、明日は満月らしいよ。晴れるといいね。」
きっと二人で月を見るには在り来りすぎる話題。私のその言葉に静かな沈黙が下りる。冷え切った風がひゅっと頬を撫でた。
「せやな」
なぜか困ったように笑うほのちゃんはさっき私が閉めたベランダのドアをからからと開け、スリッパを脱ぎ捨てる。あわてて追いかける私に目もくれず、ぼすっとソファに身を預けて静かに目を閉じた。生温くなった部屋の空気は冷えた体を温めるには足りないから、外の空気を遮断して、エアコンの温度を1度あげる。風邪ひくよと声をかけるけれどきっとほのちゃんは動いてくれないから毛布を持って隣に腰を下ろすんだ。不意に冷えたほのちゃんの右手が私の左手に触れる。弱々しく何度か撫でたあと、きゅっと繋がれた左手。さっきまで無視してたくせにとか思いながらやっぱり溢れてくる愛しさに思わず笑い声が漏れてしまった。
「なんで笑ってるん」
「ううん、手冷たいなって思っただけだよ。…ねぇほのちゃん、今日はもう寝よう?」
返事はなかったけれど、ぎゅっと強く手を握り直して立ち上がったから、肯定と受け取って一緒に立ち上がる。ぱさ、と落ちた毛布。そんなことは気にしてもないような様子でほのちゃんが歩き出すから明日でいっかと手を引かれるままに寝室へと足を運んだ。
時計は既に11時を示している。今朝、今日も使うだろうからと思って畳んでソファに置いておいた毛布はソファの端で出番を待ち続けている。外に出る気配のないほのちゃんはテレビをぼーっと眺めていて、テレビの中で笑い声が上がってもほとんど反応しないあたり、きっと見てはいないんだと思う
「外、出ないの?」
「今日はええかな」
ここ一か月ほど続いたそれが突然終わりを迎えるものだから、戸惑って当たり前だと思うのに。あまりにあっけらかんというものだからなんで、なんて聞くこともできない。ほんとはほのちゃんと満月を見れるの、楽しみにしてたんだよ、って。言えなかったそれはお腹でぐるぐると回って吐き出すこともできないんだ。
「ほのはな」
でも、聞かなくてもほのちゃんはこうやってゆっくりと話し出してくれる。こういうところが好きなんだ。私とは正反対の、下手なのにゆっくりと言葉にしようとするところが。
「ほのは、満月はきらい」
私もだよ、温かいこの空間に落とした言葉はあまりに温度を含まない。ほのちゃんはもう、欠けていないものなんか見たくないんだと思う。満月は、私たちが見るにはまぶしすぎるんだ。欠けてしまった私たちは、もう欠けたものしか求められない。
スポーツ推薦で高校に入ったほのちゃんは日を追うごとに纏う影が多くなった。ほのちゃんがいじめられていた事実に気づいたのはほのちゃんが高校を中退した時だった。違う高校に入った私には気が付きようがなかったと、そんな言い訳はいくらでもできるけれど、それでは意味がない。幼馴染で、ずっとずっと好きだった。あの時、私には何もできなかった。
今も、私ができるのはただ罪滅ぼしのように一緒にいるだけで、なんでっていうほのちゃんに幼馴染だからだよって、嘘を重ねることでしか私がほのちゃんと一緒にいられる方法がなかった。汚い恋心を隠すように笑みを浮かべて、ほのちゃんってささやくしかできない。
ほのちゃんは幼馴染だから私が隣にいるのをを許してくれているのに。汚くてごめんね、ほのちゃん。
玲ちゃんはほのの初恋やった。頭が良くて優しくて、幼馴染ってだけでずっとほのに特別をくれた。そんな玲ちゃんはほのとは違う高校に行ってしまった。ずっとわかっていたのに、玲ちゃんはほのとは違う。玲ちゃんのくれる特別は幼馴染という立場でしか得られなかったもので、ほのが欲しい特別をきっとくれることはない。
今もこうして玲ちゃんが一緒にいてくれるのは、きっと玲ちゃんにとっては罪滅ぼしでしかないんだ。ほのが高校を中退した次の日、玲ちゃんは家に来て、泣きながら謝っていた。玲ちゃんはなんも悪くないのに。一緒に住もうって。私が何とかするからって。
玲ちゃんはいつも言葉にしてくれないから。玲ちゃんがいつも何を考えているのかわからなくて、ほのは同意を求めるように言葉にする。それにいつも玲ちゃんは目を細めてそうだねって言う。瞳が隠れるせいでほんまにそう思ってるんかわからんけど、その一言で毎回安心してしまうから、やっぱり今日もほのは言葉で縋ることしかできない。
なぁ、玲ちゃん。玲ちゃんはいつまでこうしてほのに特別をくれるん?完璧なきれいなものを見つけたら玲ちゃんもそっちに行ってしまうんやろ。あとから捨てられるくらいなら今すぐにいなくなってくれたらええのに。それでもやっぱり優しい玲ちゃんにすがって、ずっと離れられないでいるほのはひどくずるくて、大嫌いだ。
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