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白日

自動ドアの閉まる音。しんとした店内には再びごうごうとエアコンの音だけが広がる。いまさっきがた肉まんを買っていった客が、今日出勤してから初めてで、そして多分最後であった。住宅街にポツンと佇むコンビニ、土曜とはいえ私が出勤する深夜0時から5時までの間では数える程しか人は来ない。ふあ、とひとつ欠伸をこぼしたって怒る人はいないし、気楽で結構気にいっているけれど、何度見たって時計の針はビクともしていなくて、つまらないから別に好きという訳では無かった。またひとつあくびが漏れる。退勤まではあと10分、いつも交代の人は5分くらい遅れてくるからあと15分くらいか、と疲労感のある足に目をやった。途端、頭上でこの時間に聞くことはほとんどないドアの開く音。咄嗟に顔を上げると外の空気に混ざって甘い匂いが鼻を掠めた。初恋を思い出すような心臓がぐーっと握られる感覚。私の初恋の人はこんな匂いではなかったけれど。

「美羽、」

その一言で全身が泡立つ。声、顔、喋り方、全部があの日のままフラッシュバックして、目を向けたら確かにそこにはあの頃のまま、私の焦がれたその子がいた。

「っ、優」

こんな姿は見られたくなかったな、とフリーターなんてやっているのを後悔するけれど、熱を帯びる体は喜んでいるのが明らかだった。

「あ、あの、お茶買いに来ただけだから」

出しかけた久しぶり、を咄嗟に飲み込んで、少し慌てたように飲み物コーナーに向かう優の背中を見ているしかできない。記憶より少し華奢になった気がするし、へら、と笑った顔は、優が何かを隠すときによくする顔。何よりも、店内に充満するような甘めの香り。優はスポーツが好きだったし、いつも制汗剤のさっぱりした匂いがしたから。その変化に私の頭はなかなか追いついてくれない。好きな人の趣味かな、なんて変な想像で痛む心臓は、まだ私の気持ちがあの時のままであることを否が応でも自覚させてくれる。優は初恋だった。というか、人生で優以外に惹かれたことなんてなかった。気持ちは伝えたこともないし、優には仲がいい子も沢山いたから、高校を卒業してからはどちらからも連絡をしないような、そんな距離感。

「、お願いします」

差し出されたお茶をレジに通す。なんでこんな時間に、とか聞きたいことは沢山あったのに、優を目の前にすると何も言葉にはならない。

「ねぇ、優」
「ごめんね、今日急いでるから」
「そっ、か」

振り絞った言葉もあっけなく切り捨てられてまた無言の空間がびしびしと刺さる。淡々と会計が終わって商品に手を伸ばす優の手を咄嗟に掴んだ。

「っ、これ」

茶色く変色した指先に目を向ける。優は驚いたような表情からすぐに眉を下げて、困ったようにまた笑う。

「ちがくて、これは」
「いや、先から甘い匂いするし、」
「っ、なんで」

何かを言いかけた優を「おはようございまーす」と間延びした声が遮る

「あ、玲さん。おはようございます」
「あれ、なんかお取り込み中?美羽上がっていいよ。おつかれ」

いつの間にか交代の時間が来たようで、にやにやとしてる玲さんが入ってきていた。

「、はい、お疲れ様です。優、もう終わりだからまってて」

返事も待たずにバックに戻る。制服の上からパーカーを被って、タイムカードをおす。

「美羽、これ持って行っていいよ」
「…ありがとうございます」

渡されたふたつの肉まんはまだ廃棄じゃないのに。でも、そんなこと言ったらどうせ、「売れないからいいでしょ」って誤魔化されるに決まってる。こういうとこがあるからいつも5分遅刻してきても憎めないのだ。やっぱりまだ店内にいた優に行こ、って肉まんを1個渡す。「いいよ!」って拒否するけど、ん、ってもっかい渡したら素直に受け取る。こういうとこも変わってない。ぬるくなった肉まんを黙々と食べる時間。何か言わなきゃ、と思うのに。自分から誘ったのに。何も出てこなくてひたすら歩き続けるしかできない。

「っ優、」
「ねぇ美羽!美羽は…美羽はオーナーなの?」

話を切り出したのは優の方からだった。
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