★バーダックLong Dream【Changes-ふたりの変化-】
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長かったバーダック達の死闘は、彼らの大勝利で終結した。
何でも悟空の話だとベジータやナッパの他に、彼らの故郷を消滅させた独裁者、フリーザってヤツがドラゴンボール目当てに地球に襲って来たみたい。
バーダックの仇敵だけど、彼の優れた能力で退けることが出来たようで、今までの努力が実ったんだと安堵した。
何だか、サイヤ人の底知れない強さを見せつけられたって感じ。
でも、彼は出逢った頃から強かった。私のピンチを助けてくれたのは他の誰でもない、バーダックなんだから。
一年前、バーダックの態度が急変したのは、私が彼を傷つけてしまったからだと思う。
あの時は凄く辛くて、やっと普通に喋ってくれた時はホッとしたけど『お前のことは必ず、元の世界に帰してやる』と言われた時は、とても寂しくてやるせなかった。
でも、以前もバーダックに告白された後、普通に接してくれるのが当たり前じゃないって痛感した筈なのに、同じことを繰り返して嫌な思いをさせたんだから。
これは私なりのけじめをつけなきゃ、バーダックに申し訳ない。
私の問題は、残りのドラゴンボールを集め終えて神龍を呼び出す前に、せっかく知り合ったんだからと、ブルマさんが送別会を開いてくれた。
開催場所はブルマさん宅の広いバルコニーで、この世界に来て二度目のバーベキュー。
「ん~んめえ肉だな!」
悟空が串に刺さったお肉に肉食動物よろしく、むしゃむしゃとかぶりついている。
初日以来のクリリンや亀仙人のおじいさんも招待されたようで、皆でわいわい賑やかな時を過ごす。
ベジータは隅の方でビールを飲みながら、肉や野菜をパクついている。
何かあの人ってちょっと怖い雰囲気だけど、不思議とブルマさんとは普通に会話するみたい。見たところ愛想はないけどね。
その辺は、バーダックや悟空とは違うのかもしれない。彼らは分け隔てなく、誰とでも喋るタイプだから。と言っても、バーダックも無駄に愛想振り撒くわけじゃないけど。
私は静かに飲みたくてバルコニーの手摺りに寄りかかりながら、お馴染みの烏龍茶を口にする。
その時、誰かが私の横に立った。
「ちょっといいか?」
そこにはビールを手にしたラディッツが、無表情で私を見下ろしていた。
「お前、明日帰るんだろ?」
「うん……」
正直な話、やっと自分の世界に帰れるのに全然嬉しくない……っていうより、気分が晴れず、どんよりと重たい感じだ。
「何だ、ひょっとして嬉しくないのか?」
「っ……」
思わず、頬が強張る。
「図星か。何でか当ててやろうか?」
ラディッツはビールを一口飲んで、ニヤリと厭味に笑う。
「ズバリ、親父のことだろ?」
いきなり核心をつかれて、ドキッとする。
「……何で、分かるの?」
「分かるに決まってる。親父が惚れた女のことだからな」
「……」
私は何も答えられない。
もっと正直に言うと、私はギネさんの存在も気になっている。女の勘だけど、彼は大なり小なり、奥さんに未練があるんじゃないかって思うから。
ギネさんに義理立てするわけじゃないけど、バーダックの無念をどうにか晴らすことが出来れば、とも密かに思っていた。
一体、私には何が出来るんだろう。
「オレが最初に言った言葉、覚えてるか?」
『親父の息子として一つ忠告しておく。アンタがこの先も中途半端な態度で、親父の気持ちを弄ぶような真似をしたら、オレが許さんぞ』
「うん、覚えてるよ」
あの時から自分の気持ちと、真っ向から向き合おうと決めた瞬間だった。
「で、答えは出たのか?」
「私は……」
グラスを両手で、ギュッと握り締めた。
「……自分の信じる道を歩め」
色々と惑う私を見たラディッツが、意外なことを口にした。
「え?」
「親父がベジータに言った台詞だ。これも覚えてるか?」
忘れる筈もない。
あの時のバーダックは勇ましくて、お世辞抜きにカッコいいと思った。
「もちろん、ちゃんと覚えてるよ」
「なら、お前もそうしろよ。悔いの残らない選択をしろ。一度きりの人生なんだからよ」
「ラディッツ……」
彼にしては珍しく温かい言葉が、私の心にジーンと響いた。
「あーあ、らしくないこと言っちまったな。飲み直すか!」
そう言って、ラディッツは私から離れて行った。
「ありがと、ラディッツ」
ラディッツからの激励を受けた私は、まるで暗闇のトンネルから脱け出したような、希望の光に包まれた心地好い気分に浸る。
彼のお蔭で、やっと自分が納得出来る一つの答えを導き出した。
満天の星が輝く空を仰ぎながら、それがどんな結果になっても、悔いは残らないだろうと確信していた。
翌日。ブルマさんちの庭で、バーダック達と懸命に集めた七つのドラゴンボールを並べ、皆に囲まれていた。
「名無しさんさん、心の準備はいいわね?」
「うん」
「じゃあ、孫くん。お願い」
ブルマさんが悟空に呼びかけると、彼は力強く頷いた。
いよいよ、これまでの決着がつくのかと思うと感慨深い。
「出でよ、神龍! そして願いを叶え給え!」
悟空が握り拳を作り、空に向かって叫んだ。
すると天空が忽ち闇色に染まって、ドラゴンボールは眩い光を放ち、爆風を巻き上げながら黄金の光が上昇していく。
瞬く間に、赤い双眸の龍が姿を現した。
これが、神龍……ちょっと怖い顔をしてるけど、神々しい雰囲気を纏っているから、不思議と恐怖は感じない。
「さあ、願いを言え。どんな願いも一つだけ叶えてやる」
「名無しさん」
「うん」
悟空に促され、私は深く息を吐いた。
不意にバーダックを見ると、彼も私を見つめていた。
それだけで、ドキッと胸が高鳴った。
バーダックとはたくさんの想い出がある。それこそ星の数程の。
彼氏のことばかり想っていた私の前に、突然現れた時は死ぬほどビックリしたっけ。
少しずつバーダックの存在が私の中で大きくなって、気づけば彼のことばかり考えるようになっていた。
でも、そんな彼の為にどうしても叶えたい願いがあった。
意を決して、再び神龍を振り仰ぐ。
「神龍にお願いです。どうか、ここにいるバーダックの奥さんを生き返らせてください!」
「な、何だと?」
バーダックが驚きの声を上げた。
私は固唾を呑んで、神龍を見守る。
「……その願いは叶えられぬ」
「えっ……?」
途端、頭が真っ白になる。
「……どうしてですか?」
「死んでから一年以上経過している者は、蘇らせることが出来ぬのだ」
「……そう、ですか」
必死の想いを却下されて、思わず落胆してしまう。
「他に願いはないのか?」
「……」
まさか、この願いが叶わないとは思わなかった。どうしよう……。
「名無しさんさん!」
私が歯噛みしていると、ブルマさんが私を呼んだ。彼女は自分の胸に手を当てて、力強く頷いた。
自分の想いを大事に……。
そうだと思い出した私は、バーダックに向き直る。彼も私を見据えていた。
心の奥底にある、私の素直な気持ち。純粋な想いは……。
「バーダック」
「何だ?」
「一年だけ待ってて欲しいの。そしたら、必ず全部解決するから」
私は一言ずつ、彼に想いを紡いだ。
「アンタには散々迷惑掛けたけど、これが私の最後の我が儘にしたい」
「どういうことだ?」
「詳しくはブルマさんから聞いて」
眉間に皺を寄せるバーダックにそう告げて、神龍に再び向き直る。
「どうした? 他に願いはないのか?」
今こそ、バーダックの凄いアイデアを活用させて貰う時だ。
「……あります。私を元の世界から消えた日に帰してください」
「容易い願いだ」
神龍の両目が一際赤く光り、私は空から降り注ぐ光彩に包まれた。
「皆さん、一年間お世話になりました。本当にありがとう!」
私は笑顔でみんなに手を振る。
「名無しさん!」
バーダックの呼び止める声を最後に、光に包まれたまま身体が浮上し、次第に意識が遠退いていった。
「……い、おーい!」
「……え?」
誰かに呼ばれて、ハッとした。足元を見ると、鉄材の束が落ちている。
「姉ちゃん、大丈夫か!」
頭上を見ると、工事のおじさんが心配そうに私を見ている。
「怪我はねえか!?」
「はい! 大丈夫です!」
そっか、現代に戻って来たんだ。しかも、トリップしてから時間は殆ど経ってないみたいね。
……てことは、約束の場所にあの人がいる。
私は深呼吸し、ゆっくりと歩き出す。
でも、やっぱり不思議。あんなに彼氏が恋しかったのに、今になって思い出すのはバーダックのことばかり。
ついさっきまで一緒にいたのに、意地悪く笑う顔が今じゃとても懐かしい。
最初は性悪俺様男としか思ってなかったのに、段々その存在が大きくなって……今では、とても大事な人に想える。
だから、ギネさんが少し羨ましかった。あんな頼もしい人に、強く想って貰えるんだから。
そんな意志の強い彼が私を好きになってくれるなんて、ホントに夢みたいだ。
けれど、ブルマさんの言う通り、恋愛の形は人それぞれだもの。この恋を自覚して実を結べば、ギネさんからバーダックを取り上げてしまうことになる。それが嫌だったから、彼がいる世界にいられるだけでも充分幸せだった……。
でも、やっと気持ちの整理がついた。これから、私なりにけじめをつけにいく。
彼氏には何を言われても仕方ない。完全に私の我が儘だから。
「……」
ブルマさんから、やっと素直になったわね、なんて言われそうだな。
数分後。
約束の場所に着くと、私に気づいた彼が軽く手を振った。
「遅かったな。まさか、事故にでも遭ったのか?」
「大丈夫だよ。それより、大事な話があるの」
そうして、私は別れ話を切り出した。
今までの出来事と、他に一番大切な人が出来たこと。
ずっと、その人がいる世界で暮らしたいこと。
ホントに我が儘なお願いだけど、この関係に終止符を打ちたいことを。
彼はただ黙って聞いてくれた。
「……話は分かった」
でも悔しいなと、彼は苦笑する。
「え……?」
思った反応と違うことに驚いた。
「出来れば、オレが名無しさんを幸せにしたかったよ」
「……」
「オレなりに名無しさんを大事にしてるつもりだったけど、お前はオレといても、どこか上の空って感じだったもんな」
「そんなこと……」
彼とのひとときが楽しかったのはホント。でも確かに、ただそれだけだった。
「無理するなよ」
「ごめんなさい……」
今の私には謝罪しかできない。
「謝るなって。余計惨めになるからさ。それより、その男はオレよりいい男なのか?」
「それは、答え難い質問だけど……私にはもったいないぐらい、情熱的で素敵な人だよ」
「……そうか」
彼は最後に「必ず幸せになれよ」と微笑んで送り出してくれた。
「うん。今までありがとう。さようなら……」
たとえ、どんな手酷いことを言われても仕方ないと覚悟してたのに、彼はどこまでも優しかった。
その優しさに甘える自分が酷い女に思えたけど、これでいい。何にも言わないで、彼を捨てるよりよっぽど……。
私は一粒の涙を零しながら、その場を後にした。
それからが忙しかった。仕事の引き継ぎ、身辺整理、住まいの件に荷造り。一年で出来ること全て片を付けなきゃならなかった。
特に家族や友達とは時間の許す限り逢って、たくさんの想い出を作った。少しも未練を残さないように……。
一年後の早朝。
身支度を整えた私は、誰もいない公園の中央にいた。
深呼吸して、ひたすら時が来るのを待つ。
その時、胸の奥がじんわり温かくなって、《名無しさん、聞こえるか?》と懐かしい声が響いた。
「バーダックでしょ? 聞こえてるよ」
《一年前の約束を果たすぜ。心の準備はいいか?》
「もちろんよ」
そう答えると、上空が闇色に染まり出した。そして、いつかのように黄金の光が私を包み込み、また意識が遠退いていく。
何だか、ふわふわと雲の上を歩いてるような、心地好い気分。
最初に向こうに飛ばされた頃とは、えらい違いだ。あの時は、自分の意志で異世界に行ったわけじゃないから。
今度は自らの意志で向こうに行く。今さら後悔はない。
それにしても……あれから、どのくらいの時が経っただろう。
「名無しさん」
不意に頭上から名前を呼ばれ、ゆっくり目を開けると……。
「……バーダック」
そこには、一年前より更に凛々しくなった想い人が立っていた。この時を、どれ程待ち焦がれたことか。
「一年待ったぜ。気の短い、このオレがな」
恋しいハスキーボイスが、確かに私の耳朶に響く。
それでも、まだ夢を見ている気分だった。
「……私、ホントに戻って来れたんだよね?」
バーダックは当たり前だろ、と私の頭をくしゃっと撫でる。
懐かしい彼の温もりに触れ、嬉しくて笑みが零れた。
彼の目元も、ふっと緩んだ。
その姿を見て、ちょっとずつ実感が湧いてくる。
「名無しさん! よく帰ぇって来たな!」
「名無しさんさん、お帰りなさい!」
他にも悟空やブルマさん、ラディッツの姿まであった。
「みんな、ただいま!」
「積もる話もあるでしょうし、早速家でお茶でも飲みましょ!」
「うん!」
バーダックと私以外の仲間は、ブルマさん宅に入っていく。
再び彼を見ると、自然と頬が緩んだ。
「改めて……ただいま、バーダック。約束通り、戻って来たよ」
「ああ」
彼は口角を上げて応えてくれる。
この笑顔が見たかった。やっとこの世界に戻って来たって強く実感出来るから。
バーダックが歩き出し、私もブルマさん宅に入ろうとすると……。
「名無しさん」
ラディッツが入り口で腕を組んでいた。
「お前、腹は決まったのか?」
「うん、一応ね」
私が頷くと、ラディッツは舌打ちする。
「煮え切らない返事だな。まあ、いいが……くれぐれも親父を裏切る真似はするなよ?」
「分かってる」
ラディッツは私に背を向けて、奥に歩いていく。
彼なりにお父さんを心配してるんだろう。子供なら当然だよね。
その後、ブルマさん達とリビングでお茶して、一年間の状況を思い思いに報告しあった。
バーダックは孫家でお世話になってて、ラディッツは意外にもブルマさん宅でお世話になってるみたい。
驚いたのは、あの大人しい悟飯くんが、バーダックから厳しい稽古をつけて貰っていて、前よりずっと逞しい男の子に成長したとか。さすが、サイヤ人の血を引いてるだけあるなあ。
将来はえらい学者さんになりたいらしくて、今は塾にも通ってるから、結構忙しいみたいだけど。
幼いながら頑張ってる姿は、いじらしく思う。
それから一時間が経ち、話が落ち着いた頃。
「おい、名無しさん。ちょっと面貸せ」
「あ、うん」
急遽、バーダックから呼び出されて、リビングを後にする。
数分後。
場所をブルマさん宅のバルコニーに変えた私達は、二人きりで言葉を交わす。
「ドラゴンボールの件は、ブルマから聞いたぜ。あの女に入れ知恵されたらしいな?」
「うん。けど、そのお蔭でまたここに戻って来れたんだから、ブルマさんには感謝しなくちゃ」
ブルマさんには、後で何かお礼をしなくちゃな。
「ふん、まあな。それと嫁の件だがな、名無しさんの気持ちは有り難く受け取っとくぜ」
「うん、ホントに気持ちだけになっちゃったけど……」
ギネさんの件は心残りだ。私なりにバーダックのことを想ってたから。彼の為になることをしたいって……。
「だがな、オレが知りたいのは、そういうことじゃねえ。建前じゃなく、名無しさんの本音を教えろよ」
「やっぱり、誤魔化せない?」
「当然だ。誰に遠慮してんのかは大体想像つくが、んなの気にするな。オレは名無しさんの根底にある想いが知りてえんだからよ。本音を隠すな、その為の約束だろ」
バルコニーの手摺りを背に寄りかかる、バーダックからの射るような視線が、まるで心を全て見透かされてるような気がした。
そういえば、昔もこんなことがあったな。彼の瞳には不思議な力がありそうな気がして、ホントに何でもお見通しなのかも。
「それは……」
私は諦めて、ゆっくりと息を吐き出す。
「以前、ブルマさんに言われたの。重要なのは、私がずっと傍にいたいのは誰なのかで、そうすれば自ずと答えが出るって。それに、自分の想いを大事にするのがカギだっても言われたわ」
「ほう?」
バーダックの片眉が上がる。
興味を示してくれたみたい。
「それで、ちゃんと自分の心と向き合ってみたわけ。私は誰とずっと一緒にいたいんだろって……」
「それで答えは出たんだろ」
「……今さらながら、アンタってホント性悪よね」
何もこんな時まで、意地悪しなくてもいいじゃない。
「ふん……御託はいいから、名無しさんの本心を教えろよ」
ずっと胸に秘めていようと想っていた気持ちを、今口にしようとしている。
バーダックに促された私は、緊張する心を落ち着けて、言葉を紡ぐ。
「私の本心は、バーダックと一緒にいたい。だから彼とは別れて、この世界で生きようって一年前から心に決めてた。その為に、一度自分の世界に帰ったの」
「ああ、ブルマから大体は聞いてるぜ」
バーダックは頷いて応えた。
「……彼は分かってくれて、笑って送り出してくれたの。でもね、ギネさんには敵わないし、彼女の代わりにもなれないけど……それでも叶うなら、バーダックの傍で暮らしたい」
「そうか……」
私は心に決めた言葉を伝えなくちゃならない。
「バーダック、アンタが背負ってる十字架を半分私に預けてよ。そうすれば、苦しみも半分になるでしょ?」
彼の傍にいるなら、このぐらいの覚悟でいなくちゃ、ギネさんに申し訳ないよ。
「……名無しさん」
そんな想いも全部引っくるめて……。
「誰よりも深く、バーダックを愛してるよ」
秘めた想いを口にした途端、不思議と心がすーっと軽くなっていく。
もう一度、彼に「名無しさん」と名前を呼ばれた。
「……あ」
バーダックの力強い腕に腰を抱き寄せられて「オレも名無しさんを愛してるぜ」と耳元で甘く囁かれ、胸の奥がほっこりと温かくなる。
「嬉しいけど、ホントに私でいいの? 奥さんじゃなくて?」
「愚問だな。アイツにはアイツなりの良さがあった。正直、それなりに愛していたし、大事にしていたつもりだ」
途端、私は胸を痛めた。
分かってた筈なのに……。
「だがな、誰かを想う気持ちに勝敗なんざ必要ねえ。名無しさんには名無しさんの良さが必ずあるだろ。現にお前は根性あるし、肝も据わっている。その証拠に初対面からオレに物怖じしねえで、突っ掛かって来る負けん気の強さがあるだろ」
「……」
これは褒められてるんだよね……。
「オレがお前に惚れた要因は、それだけじゃねえがな」
何だか含みのある物言いだけど、それでも単純な私の心が嘘みたいに軽くなるには充分だった。
「ギネの件もだ。オレはアイツへの負い目を感じている。これからもそうだろう。だが、お前の言葉で少しは軽減されたぜ。本当に感謝している」
「……バーダック」
彼がそんな風に想っててくれるなんて、勇気を出して伝えてホントに良かった。
「しかし、これだけは言っとくぜ。これからは二度とオレを欺くな。分かったな?」
「……うん」
さすが二人の子持ちなだけあって、言うことが違う。妙に納得させられるっていうか、説得力がある。
そこで私はずっと聞いてみたいことがあった。
「ねえ、バーダックはどうして私を好きになってくれたの? きっかけを教えて?」
「唐突に何だ」
バーダックが眉をひそめる。
「だって幾ら考えても分からなくて……ねえ、どうして?」
「お前には教えてやらねえ」
彼は私から目線を外した。
こうなれば、甘えてみるしかないか。題して、慣れないぶりっ子作戦。
「どうしても、駄目?」
合わせた両手を頬に添え、私は小首を傾げる。
そんな私を横目に見るバーダック。
「……んな顔しても駄目だ」
「ケチ」
私は頬を膨らませた。
「うるせえな。オレがんなこと答えるわけねえだろ」
「むぅ……」
膨れる私を余所に、バーダックはどこ吹く風。
完全な策だもんね……これは諦めるしかないか、残念。
ところで、とバーダックがわざとらしく話題を変えた。
「悪かったな」
「え、何が?」
「二年前、お前を突き放したことだ」
「あ、うん」
そんなこともあった。確かに、あの時は凄く辛かったけど……。
「でも、もう平気だよ」
「何故だ? オレはお前を傷つけたんだぞ」
「それはお互い様でしょ。それに私が超我が儘だから、好き放題だったと思う。今回だって……けど、猛省した今だから言えるよ。私もごめんなさい。バーダックを傷つけて……」
一瞬驚いた彼はふっと笑って、私の頭をポンポンと撫でる。その手がひどく優しくて、思わず涙腺が緩む。
「お前はもう少し甘え方を覚えた方がいいぜ」
「え……?」
「こういう時は黙ってキスするもんだ。熱烈なのをな」
前にも同じことがあったよね。確か、ギネさんの……。
「もう……こんな時まで茶化さないでよ」
「その方がオレ等らしいだろ」
彼は微かに笑い、釣られて私の頬も緩んだ。
「うん、そうかもね」
でも、改めてバーダックと仲直りできて良かった。この二年で彼への想いを募らせ、ホントに自分が大切だと想える人に辿り着けたから。
一安心していると、彼が真剣な面持ちになる。
「……お前、仮にギネが生き返ったら、どうするつもりだった?」
「それは……何とかして、独りで生きてくつもりだった。何より、バーダックにはギネさんが相応しいって思ってたし……もう元の世界には未練ないから、こっちで暮らそうってね」
「……」
彼は無言で耳を傾けている。
「今の私が求めてるのは楽しいだけの時間じゃなくて、もっと心の奥底から生きてるって実感出来る環境だからさ」
たとえ、バーダックと結ばれないにしろ、彼と同じ世界にいられるだけでも幸せだと思っていた。これは、強がりじゃなくて本心だ。彼が生きる糧を教えてくれたから。人は本気の恋情で、どこまでも強くなれるって。
「バーカ、そんな考えは甘いんだよ」
「痛っ……」
眉間を指で弾かれ、鋭い痛みが伴う。
「もう、何するのよ!?」
痛む眉間を押さえながら、彼を睨んだ。
「ちったあ、オレの気持ちも考えろよ。嫁はもうこの世にいねえ存在だからな。オレに必要なヤツは他にいるんだよ」
「それって……?」
「勘の鈍いヤツだな。オレにはお前が必要不可欠なんだよ、鈍感娘」
「あーひっどい! それ、悪口じゃないの!」
バーダックは楽しげに、くつりと喉元で笑う。
「どうもお前を見てると、からかいたくなっちまうんだよ。だから、許せ」
「誰が許すか! 私の女心をどうしてくれるわけ!?」
バーダックの胸板を拳で叩きまくる。
「んなもん、痛くも痒くもねえぜ?」
「こんのーっ!」
躍起になる私の手首をいとも簡単に掴まれ、そのまま引っ張られて再び彼の腕に閉じ込められた。
「ちょっ、バーダック!?」
驚いて見上げれば、出逢った頃には考えられない程、穏やかな眼差しでこっちを見つめるバーダックと視線が絡んだ。
その瞬間、心を鷲掴みされた気分になる。
「前にも言っただろ? 万一オレから離れることがあれば、どんな手を使ってでも捕まえてやるってよ」
「あ……」
そういえば、そんなこと言われたっけ。あまりにも色々ありすぎて、肝心なことを忘れてた……。
「彼氏や両親からお前を取り上げる形になっちまったが、オレが名無しさんを想う気持ちに嘘はねえ。だから、余計なことは考えずにオレと生きろ」
これは私が選んだ道だ。この先何があっても後悔はない。きっと……。
「……うん、ありがとう」
バーダックの想いを受け止めた私は、愛しい彼の広い背中にそっと腕を回した。
「名無しさん、ようやく素直になったな。そんなお前も結構可愛いぜ」
「っ……」
恐らく耳まで赤くなっているだろう私を見て、バーダックはふっと笑い、抱き締められていた片手が頭部に添えられる。
「だから、からか……んん!」
抗議しようした私の口は、彼の唇で塞がれてしまう。
最初の印象は最悪だったけど、今は全然違う。バーダックの愛情がたっぷり詰まった、今までで断トツの甘いキスに思えた。
私はしょうがない、これで許してあげるかと目を閉じる。こうして口づけ一つで機嫌を直した私は、ブルマさんに目撃されるまで、うっとり蕩けるようなキスの悦楽に浸っていた。
その後。
私は悟空の厚意で、バーダックと一緒にお世話になっている。
チチさんとも意気投合し、孫家の一員になったみたいで和やかなひとときを過ごしていた。
私も時間を見つけては悟飯くんの遊び相手になったり、チチさんの家事を手伝ったりと、毎日それなりに充実していると思う。
仕事はどうしてるかといえば、今度はブルマさんからの要請で、再び家事代行をさせてもらっている。西の都とパオズ山をジェット機で往復する日々だ。
ブルマさんちのキッチンで後片付けをしていると、彼女が笑顔で私の隣に立つ。
「名無しさんさん、改めてお礼を言うわ。この度は仕事を引き受けてくれてありがとう」
「ううん、私も助かってるよ。ていうか、また雇ってもらえるなんて甘い考え持ってなかったから、こっちこそホントにありがとう」
「こんなことでしか協力できないし、お礼なんていいのよ。それにしても、名無しさんさんって料理上手よねえ。さっき出してもらったアレ、何だったかしら?」
ブルマさんが考える仕草をする。
「牛筋の煮込みのこと?」
「それよそれ! とっても美味しかったわよ! またリクエストしようかしら!」
ルンルンと声を弾ませるブルマさんが可愛らしくて、思わず笑みを漏らした。
「もちろん、いつでも作るよ。他に食べたい物とかある?」
「そうねえ、野菜スープなんかも食べたいわ。具だくさんのスープ!」
「OK、野菜スープね。早速今晩の献立にするよ」
そう言いながら、頭の中で具材は何にしようかと、考えを巡らせる。
「ふふ、楽しみにしてるわよ?」
「任せといて!」
私は自信満々に自らの胸を叩く。
「ところで、名無しさんさん」
「ん?」
「バーダックとの新婚生活はどう?」
ブルマさんはニヤニヤしながら聞いてくる。
「なっ!? 私達まだ結婚してないよ! それに、居候の身だし……」
喋るにつれ、語尾が小さくなる。
「ふーん、“まだ”ね。でも、その気はあるのね?」
ブルマさんがずいっと顔を寄せて、それはそれは楽しげな、ニンマリ顔になる。
「うっ、それは……」
こう迫られると困るなあ……。
「アンタ達、傍 から見てて歯痒かったのよねえ」
「え?」
「だってそうでしょ? 前々から二人の態度が、お互いを好き合ってるオーラ全開だったもの。でも、肝心のバーダックは煮え切らないし、アンタは意地っ張りで、いつになったら素直になるのかしらってね」
「……」
そんな風に見えてたんだ、私達……。
でも、私から見たバーダックは押しが強いし、スキンシップも多い人だけどな。
その代わり、ああ見えてちゃんと引き際も兼ね備えているけど。
「でもまあ、このブルマさんの助言も功を奏して、見事にゴールイン間違いなしよ!」
ブルマさんは気が早くて、勝手に話を進めてる。未来がどうなるかなんて、誰にも分からない。
ただ、ホントにそうなったら天にも昇る心地なのは確かだ。
「私のことより、ブルマさんこそベジータとはどうなったの?」
「ベジータ?」
「一緒に住んでて、何もないってことはないでしょ?」
厳密には居候がもう独りいるけど……。
「ないない。あんな俺様男、こっちから願い下げよ」
「何か、どっかで聞いた台詞だなあ」
「?」
「でも残念、ブルマさんと恋バナで盛り上りたかったのにぃ」
私はしたり顔でブルマさんに、チラッと目線をやる。
「まったく、よく言うわよ。なら聞くけど、アンタ達夜の方はどうなってるわけ?」
「ぶっ……ブルマさん、突っ込み過ぎ」
色々身に覚えがあるけど、恥ずかしくてブルマさんには到底言えない……。
「私に口で勝とうなんて十年早いわよ?」
「……お見逸れしました」
一枚上手なブルマさんに白旗を掲げると、彼女は「分かればよろしい」と高笑いする。
ブルマさんには敵わないなあ。
こうして、平穏な昼下がりのひとときは過ぎていった。
何でも悟空の話だとベジータやナッパの他に、彼らの故郷を消滅させた独裁者、フリーザってヤツがドラゴンボール目当てに地球に襲って来たみたい。
バーダックの仇敵だけど、彼の優れた能力で退けることが出来たようで、今までの努力が実ったんだと安堵した。
何だか、サイヤ人の底知れない強さを見せつけられたって感じ。
でも、彼は出逢った頃から強かった。私のピンチを助けてくれたのは他の誰でもない、バーダックなんだから。
一年前、バーダックの態度が急変したのは、私が彼を傷つけてしまったからだと思う。
あの時は凄く辛くて、やっと普通に喋ってくれた時はホッとしたけど『お前のことは必ず、元の世界に帰してやる』と言われた時は、とても寂しくてやるせなかった。
でも、以前もバーダックに告白された後、普通に接してくれるのが当たり前じゃないって痛感した筈なのに、同じことを繰り返して嫌な思いをさせたんだから。
これは私なりのけじめをつけなきゃ、バーダックに申し訳ない。
私の問題は、残りのドラゴンボールを集め終えて神龍を呼び出す前に、せっかく知り合ったんだからと、ブルマさんが送別会を開いてくれた。
開催場所はブルマさん宅の広いバルコニーで、この世界に来て二度目のバーベキュー。
「ん~んめえ肉だな!」
悟空が串に刺さったお肉に肉食動物よろしく、むしゃむしゃとかぶりついている。
初日以来のクリリンや亀仙人のおじいさんも招待されたようで、皆でわいわい賑やかな時を過ごす。
ベジータは隅の方でビールを飲みながら、肉や野菜をパクついている。
何かあの人ってちょっと怖い雰囲気だけど、不思議とブルマさんとは普通に会話するみたい。見たところ愛想はないけどね。
その辺は、バーダックや悟空とは違うのかもしれない。彼らは分け隔てなく、誰とでも喋るタイプだから。と言っても、バーダックも無駄に愛想振り撒くわけじゃないけど。
私は静かに飲みたくてバルコニーの手摺りに寄りかかりながら、お馴染みの烏龍茶を口にする。
その時、誰かが私の横に立った。
「ちょっといいか?」
そこにはビールを手にしたラディッツが、無表情で私を見下ろしていた。
「お前、明日帰るんだろ?」
「うん……」
正直な話、やっと自分の世界に帰れるのに全然嬉しくない……っていうより、気分が晴れず、どんよりと重たい感じだ。
「何だ、ひょっとして嬉しくないのか?」
「っ……」
思わず、頬が強張る。
「図星か。何でか当ててやろうか?」
ラディッツはビールを一口飲んで、ニヤリと厭味に笑う。
「ズバリ、親父のことだろ?」
いきなり核心をつかれて、ドキッとする。
「……何で、分かるの?」
「分かるに決まってる。親父が惚れた女のことだからな」
「……」
私は何も答えられない。
もっと正直に言うと、私はギネさんの存在も気になっている。女の勘だけど、彼は大なり小なり、奥さんに未練があるんじゃないかって思うから。
ギネさんに義理立てするわけじゃないけど、バーダックの無念をどうにか晴らすことが出来れば、とも密かに思っていた。
一体、私には何が出来るんだろう。
「オレが最初に言った言葉、覚えてるか?」
『親父の息子として一つ忠告しておく。アンタがこの先も中途半端な態度で、親父の気持ちを弄ぶような真似をしたら、オレが許さんぞ』
「うん、覚えてるよ」
あの時から自分の気持ちと、真っ向から向き合おうと決めた瞬間だった。
「で、答えは出たのか?」
「私は……」
グラスを両手で、ギュッと握り締めた。
「……自分の信じる道を歩め」
色々と惑う私を見たラディッツが、意外なことを口にした。
「え?」
「親父がベジータに言った台詞だ。これも覚えてるか?」
忘れる筈もない。
あの時のバーダックは勇ましくて、お世辞抜きにカッコいいと思った。
「もちろん、ちゃんと覚えてるよ」
「なら、お前もそうしろよ。悔いの残らない選択をしろ。一度きりの人生なんだからよ」
「ラディッツ……」
彼にしては珍しく温かい言葉が、私の心にジーンと響いた。
「あーあ、らしくないこと言っちまったな。飲み直すか!」
そう言って、ラディッツは私から離れて行った。
「ありがと、ラディッツ」
ラディッツからの激励を受けた私は、まるで暗闇のトンネルから脱け出したような、希望の光に包まれた心地好い気分に浸る。
彼のお蔭で、やっと自分が納得出来る一つの答えを導き出した。
満天の星が輝く空を仰ぎながら、それがどんな結果になっても、悔いは残らないだろうと確信していた。
翌日。ブルマさんちの庭で、バーダック達と懸命に集めた七つのドラゴンボールを並べ、皆に囲まれていた。
「名無しさんさん、心の準備はいいわね?」
「うん」
「じゃあ、孫くん。お願い」
ブルマさんが悟空に呼びかけると、彼は力強く頷いた。
いよいよ、これまでの決着がつくのかと思うと感慨深い。
「出でよ、神龍! そして願いを叶え給え!」
悟空が握り拳を作り、空に向かって叫んだ。
すると天空が忽ち闇色に染まって、ドラゴンボールは眩い光を放ち、爆風を巻き上げながら黄金の光が上昇していく。
瞬く間に、赤い双眸の龍が姿を現した。
これが、神龍……ちょっと怖い顔をしてるけど、神々しい雰囲気を纏っているから、不思議と恐怖は感じない。
「さあ、願いを言え。どんな願いも一つだけ叶えてやる」
「名無しさん」
「うん」
悟空に促され、私は深く息を吐いた。
不意にバーダックを見ると、彼も私を見つめていた。
それだけで、ドキッと胸が高鳴った。
バーダックとはたくさんの想い出がある。それこそ星の数程の。
彼氏のことばかり想っていた私の前に、突然現れた時は死ぬほどビックリしたっけ。
少しずつバーダックの存在が私の中で大きくなって、気づけば彼のことばかり考えるようになっていた。
でも、そんな彼の為にどうしても叶えたい願いがあった。
意を決して、再び神龍を振り仰ぐ。
「神龍にお願いです。どうか、ここにいるバーダックの奥さんを生き返らせてください!」
「な、何だと?」
バーダックが驚きの声を上げた。
私は固唾を呑んで、神龍を見守る。
「……その願いは叶えられぬ」
「えっ……?」
途端、頭が真っ白になる。
「……どうしてですか?」
「死んでから一年以上経過している者は、蘇らせることが出来ぬのだ」
「……そう、ですか」
必死の想いを却下されて、思わず落胆してしまう。
「他に願いはないのか?」
「……」
まさか、この願いが叶わないとは思わなかった。どうしよう……。
「名無しさんさん!」
私が歯噛みしていると、ブルマさんが私を呼んだ。彼女は自分の胸に手を当てて、力強く頷いた。
自分の想いを大事に……。
そうだと思い出した私は、バーダックに向き直る。彼も私を見据えていた。
心の奥底にある、私の素直な気持ち。純粋な想いは……。
「バーダック」
「何だ?」
「一年だけ待ってて欲しいの。そしたら、必ず全部解決するから」
私は一言ずつ、彼に想いを紡いだ。
「アンタには散々迷惑掛けたけど、これが私の最後の我が儘にしたい」
「どういうことだ?」
「詳しくはブルマさんから聞いて」
眉間に皺を寄せるバーダックにそう告げて、神龍に再び向き直る。
「どうした? 他に願いはないのか?」
今こそ、バーダックの凄いアイデアを活用させて貰う時だ。
「……あります。私を元の世界から消えた日に帰してください」
「容易い願いだ」
神龍の両目が一際赤く光り、私は空から降り注ぐ光彩に包まれた。
「皆さん、一年間お世話になりました。本当にありがとう!」
私は笑顔でみんなに手を振る。
「名無しさん!」
バーダックの呼び止める声を最後に、光に包まれたまま身体が浮上し、次第に意識が遠退いていった。
「……い、おーい!」
「……え?」
誰かに呼ばれて、ハッとした。足元を見ると、鉄材の束が落ちている。
「姉ちゃん、大丈夫か!」
頭上を見ると、工事のおじさんが心配そうに私を見ている。
「怪我はねえか!?」
「はい! 大丈夫です!」
そっか、現代に戻って来たんだ。しかも、トリップしてから時間は殆ど経ってないみたいね。
……てことは、約束の場所にあの人がいる。
私は深呼吸し、ゆっくりと歩き出す。
でも、やっぱり不思議。あんなに彼氏が恋しかったのに、今になって思い出すのはバーダックのことばかり。
ついさっきまで一緒にいたのに、意地悪く笑う顔が今じゃとても懐かしい。
最初は性悪俺様男としか思ってなかったのに、段々その存在が大きくなって……今では、とても大事な人に想える。
だから、ギネさんが少し羨ましかった。あんな頼もしい人に、強く想って貰えるんだから。
そんな意志の強い彼が私を好きになってくれるなんて、ホントに夢みたいだ。
けれど、ブルマさんの言う通り、恋愛の形は人それぞれだもの。この恋を自覚して実を結べば、ギネさんからバーダックを取り上げてしまうことになる。それが嫌だったから、彼がいる世界にいられるだけでも充分幸せだった……。
でも、やっと気持ちの整理がついた。これから、私なりにけじめをつけにいく。
彼氏には何を言われても仕方ない。完全に私の我が儘だから。
「……」
ブルマさんから、やっと素直になったわね、なんて言われそうだな。
数分後。
約束の場所に着くと、私に気づいた彼が軽く手を振った。
「遅かったな。まさか、事故にでも遭ったのか?」
「大丈夫だよ。それより、大事な話があるの」
そうして、私は別れ話を切り出した。
今までの出来事と、他に一番大切な人が出来たこと。
ずっと、その人がいる世界で暮らしたいこと。
ホントに我が儘なお願いだけど、この関係に終止符を打ちたいことを。
彼はただ黙って聞いてくれた。
「……話は分かった」
でも悔しいなと、彼は苦笑する。
「え……?」
思った反応と違うことに驚いた。
「出来れば、オレが名無しさんを幸せにしたかったよ」
「……」
「オレなりに名無しさんを大事にしてるつもりだったけど、お前はオレといても、どこか上の空って感じだったもんな」
「そんなこと……」
彼とのひとときが楽しかったのはホント。でも確かに、ただそれだけだった。
「無理するなよ」
「ごめんなさい……」
今の私には謝罪しかできない。
「謝るなって。余計惨めになるからさ。それより、その男はオレよりいい男なのか?」
「それは、答え難い質問だけど……私にはもったいないぐらい、情熱的で素敵な人だよ」
「……そうか」
彼は最後に「必ず幸せになれよ」と微笑んで送り出してくれた。
「うん。今までありがとう。さようなら……」
たとえ、どんな手酷いことを言われても仕方ないと覚悟してたのに、彼はどこまでも優しかった。
その優しさに甘える自分が酷い女に思えたけど、これでいい。何にも言わないで、彼を捨てるよりよっぽど……。
私は一粒の涙を零しながら、その場を後にした。
それからが忙しかった。仕事の引き継ぎ、身辺整理、住まいの件に荷造り。一年で出来ること全て片を付けなきゃならなかった。
特に家族や友達とは時間の許す限り逢って、たくさんの想い出を作った。少しも未練を残さないように……。
一年後の早朝。
身支度を整えた私は、誰もいない公園の中央にいた。
深呼吸して、ひたすら時が来るのを待つ。
その時、胸の奥がじんわり温かくなって、《名無しさん、聞こえるか?》と懐かしい声が響いた。
「バーダックでしょ? 聞こえてるよ」
《一年前の約束を果たすぜ。心の準備はいいか?》
「もちろんよ」
そう答えると、上空が闇色に染まり出した。そして、いつかのように黄金の光が私を包み込み、また意識が遠退いていく。
何だか、ふわふわと雲の上を歩いてるような、心地好い気分。
最初に向こうに飛ばされた頃とは、えらい違いだ。あの時は、自分の意志で異世界に行ったわけじゃないから。
今度は自らの意志で向こうに行く。今さら後悔はない。
それにしても……あれから、どのくらいの時が経っただろう。
「名無しさん」
不意に頭上から名前を呼ばれ、ゆっくり目を開けると……。
「……バーダック」
そこには、一年前より更に凛々しくなった想い人が立っていた。この時を、どれ程待ち焦がれたことか。
「一年待ったぜ。気の短い、このオレがな」
恋しいハスキーボイスが、確かに私の耳朶に響く。
それでも、まだ夢を見ている気分だった。
「……私、ホントに戻って来れたんだよね?」
バーダックは当たり前だろ、と私の頭をくしゃっと撫でる。
懐かしい彼の温もりに触れ、嬉しくて笑みが零れた。
彼の目元も、ふっと緩んだ。
その姿を見て、ちょっとずつ実感が湧いてくる。
「名無しさん! よく帰ぇって来たな!」
「名無しさんさん、お帰りなさい!」
他にも悟空やブルマさん、ラディッツの姿まであった。
「みんな、ただいま!」
「積もる話もあるでしょうし、早速家でお茶でも飲みましょ!」
「うん!」
バーダックと私以外の仲間は、ブルマさん宅に入っていく。
再び彼を見ると、自然と頬が緩んだ。
「改めて……ただいま、バーダック。約束通り、戻って来たよ」
「ああ」
彼は口角を上げて応えてくれる。
この笑顔が見たかった。やっとこの世界に戻って来たって強く実感出来るから。
バーダックが歩き出し、私もブルマさん宅に入ろうとすると……。
「名無しさん」
ラディッツが入り口で腕を組んでいた。
「お前、腹は決まったのか?」
「うん、一応ね」
私が頷くと、ラディッツは舌打ちする。
「煮え切らない返事だな。まあ、いいが……くれぐれも親父を裏切る真似はするなよ?」
「分かってる」
ラディッツは私に背を向けて、奥に歩いていく。
彼なりにお父さんを心配してるんだろう。子供なら当然だよね。
その後、ブルマさん達とリビングでお茶して、一年間の状況を思い思いに報告しあった。
バーダックは孫家でお世話になってて、ラディッツは意外にもブルマさん宅でお世話になってるみたい。
驚いたのは、あの大人しい悟飯くんが、バーダックから厳しい稽古をつけて貰っていて、前よりずっと逞しい男の子に成長したとか。さすが、サイヤ人の血を引いてるだけあるなあ。
将来はえらい学者さんになりたいらしくて、今は塾にも通ってるから、結構忙しいみたいだけど。
幼いながら頑張ってる姿は、いじらしく思う。
それから一時間が経ち、話が落ち着いた頃。
「おい、名無しさん。ちょっと面貸せ」
「あ、うん」
急遽、バーダックから呼び出されて、リビングを後にする。
数分後。
場所をブルマさん宅のバルコニーに変えた私達は、二人きりで言葉を交わす。
「ドラゴンボールの件は、ブルマから聞いたぜ。あの女に入れ知恵されたらしいな?」
「うん。けど、そのお蔭でまたここに戻って来れたんだから、ブルマさんには感謝しなくちゃ」
ブルマさんには、後で何かお礼をしなくちゃな。
「ふん、まあな。それと嫁の件だがな、名無しさんの気持ちは有り難く受け取っとくぜ」
「うん、ホントに気持ちだけになっちゃったけど……」
ギネさんの件は心残りだ。私なりにバーダックのことを想ってたから。彼の為になることをしたいって……。
「だがな、オレが知りたいのは、そういうことじゃねえ。建前じゃなく、名無しさんの本音を教えろよ」
「やっぱり、誤魔化せない?」
「当然だ。誰に遠慮してんのかは大体想像つくが、んなの気にするな。オレは名無しさんの根底にある想いが知りてえんだからよ。本音を隠すな、その為の約束だろ」
バルコニーの手摺りを背に寄りかかる、バーダックからの射るような視線が、まるで心を全て見透かされてるような気がした。
そういえば、昔もこんなことがあったな。彼の瞳には不思議な力がありそうな気がして、ホントに何でもお見通しなのかも。
「それは……」
私は諦めて、ゆっくりと息を吐き出す。
「以前、ブルマさんに言われたの。重要なのは、私がずっと傍にいたいのは誰なのかで、そうすれば自ずと答えが出るって。それに、自分の想いを大事にするのがカギだっても言われたわ」
「ほう?」
バーダックの片眉が上がる。
興味を示してくれたみたい。
「それで、ちゃんと自分の心と向き合ってみたわけ。私は誰とずっと一緒にいたいんだろって……」
「それで答えは出たんだろ」
「……今さらながら、アンタってホント性悪よね」
何もこんな時まで、意地悪しなくてもいいじゃない。
「ふん……御託はいいから、名無しさんの本心を教えろよ」
ずっと胸に秘めていようと想っていた気持ちを、今口にしようとしている。
バーダックに促された私は、緊張する心を落ち着けて、言葉を紡ぐ。
「私の本心は、バーダックと一緒にいたい。だから彼とは別れて、この世界で生きようって一年前から心に決めてた。その為に、一度自分の世界に帰ったの」
「ああ、ブルマから大体は聞いてるぜ」
バーダックは頷いて応えた。
「……彼は分かってくれて、笑って送り出してくれたの。でもね、ギネさんには敵わないし、彼女の代わりにもなれないけど……それでも叶うなら、バーダックの傍で暮らしたい」
「そうか……」
私は心に決めた言葉を伝えなくちゃならない。
「バーダック、アンタが背負ってる十字架を半分私に預けてよ。そうすれば、苦しみも半分になるでしょ?」
彼の傍にいるなら、このぐらいの覚悟でいなくちゃ、ギネさんに申し訳ないよ。
「……名無しさん」
そんな想いも全部引っくるめて……。
「誰よりも深く、バーダックを愛してるよ」
秘めた想いを口にした途端、不思議と心がすーっと軽くなっていく。
もう一度、彼に「名無しさん」と名前を呼ばれた。
「……あ」
バーダックの力強い腕に腰を抱き寄せられて「オレも名無しさんを愛してるぜ」と耳元で甘く囁かれ、胸の奥がほっこりと温かくなる。
「嬉しいけど、ホントに私でいいの? 奥さんじゃなくて?」
「愚問だな。アイツにはアイツなりの良さがあった。正直、それなりに愛していたし、大事にしていたつもりだ」
途端、私は胸を痛めた。
分かってた筈なのに……。
「だがな、誰かを想う気持ちに勝敗なんざ必要ねえ。名無しさんには名無しさんの良さが必ずあるだろ。現にお前は根性あるし、肝も据わっている。その証拠に初対面からオレに物怖じしねえで、突っ掛かって来る負けん気の強さがあるだろ」
「……」
これは褒められてるんだよね……。
「オレがお前に惚れた要因は、それだけじゃねえがな」
何だか含みのある物言いだけど、それでも単純な私の心が嘘みたいに軽くなるには充分だった。
「ギネの件もだ。オレはアイツへの負い目を感じている。これからもそうだろう。だが、お前の言葉で少しは軽減されたぜ。本当に感謝している」
「……バーダック」
彼がそんな風に想っててくれるなんて、勇気を出して伝えてホントに良かった。
「しかし、これだけは言っとくぜ。これからは二度とオレを欺くな。分かったな?」
「……うん」
さすが二人の子持ちなだけあって、言うことが違う。妙に納得させられるっていうか、説得力がある。
そこで私はずっと聞いてみたいことがあった。
「ねえ、バーダックはどうして私を好きになってくれたの? きっかけを教えて?」
「唐突に何だ」
バーダックが眉をひそめる。
「だって幾ら考えても分からなくて……ねえ、どうして?」
「お前には教えてやらねえ」
彼は私から目線を外した。
こうなれば、甘えてみるしかないか。題して、慣れないぶりっ子作戦。
「どうしても、駄目?」
合わせた両手を頬に添え、私は小首を傾げる。
そんな私を横目に見るバーダック。
「……んな顔しても駄目だ」
「ケチ」
私は頬を膨らませた。
「うるせえな。オレがんなこと答えるわけねえだろ」
「むぅ……」
膨れる私を余所に、バーダックはどこ吹く風。
完全な策だもんね……これは諦めるしかないか、残念。
ところで、とバーダックがわざとらしく話題を変えた。
「悪かったな」
「え、何が?」
「二年前、お前を突き放したことだ」
「あ、うん」
そんなこともあった。確かに、あの時は凄く辛かったけど……。
「でも、もう平気だよ」
「何故だ? オレはお前を傷つけたんだぞ」
「それはお互い様でしょ。それに私が超我が儘だから、好き放題だったと思う。今回だって……けど、猛省した今だから言えるよ。私もごめんなさい。バーダックを傷つけて……」
一瞬驚いた彼はふっと笑って、私の頭をポンポンと撫でる。その手がひどく優しくて、思わず涙腺が緩む。
「お前はもう少し甘え方を覚えた方がいいぜ」
「え……?」
「こういう時は黙ってキスするもんだ。熱烈なのをな」
前にも同じことがあったよね。確か、ギネさんの……。
「もう……こんな時まで茶化さないでよ」
「その方がオレ等らしいだろ」
彼は微かに笑い、釣られて私の頬も緩んだ。
「うん、そうかもね」
でも、改めてバーダックと仲直りできて良かった。この二年で彼への想いを募らせ、ホントに自分が大切だと想える人に辿り着けたから。
一安心していると、彼が真剣な面持ちになる。
「……お前、仮にギネが生き返ったら、どうするつもりだった?」
「それは……何とかして、独りで生きてくつもりだった。何より、バーダックにはギネさんが相応しいって思ってたし……もう元の世界には未練ないから、こっちで暮らそうってね」
「……」
彼は無言で耳を傾けている。
「今の私が求めてるのは楽しいだけの時間じゃなくて、もっと心の奥底から生きてるって実感出来る環境だからさ」
たとえ、バーダックと結ばれないにしろ、彼と同じ世界にいられるだけでも幸せだと思っていた。これは、強がりじゃなくて本心だ。彼が生きる糧を教えてくれたから。人は本気の恋情で、どこまでも強くなれるって。
「バーカ、そんな考えは甘いんだよ」
「痛っ……」
眉間を指で弾かれ、鋭い痛みが伴う。
「もう、何するのよ!?」
痛む眉間を押さえながら、彼を睨んだ。
「ちったあ、オレの気持ちも考えろよ。嫁はもうこの世にいねえ存在だからな。オレに必要なヤツは他にいるんだよ」
「それって……?」
「勘の鈍いヤツだな。オレにはお前が必要不可欠なんだよ、鈍感娘」
「あーひっどい! それ、悪口じゃないの!」
バーダックは楽しげに、くつりと喉元で笑う。
「どうもお前を見てると、からかいたくなっちまうんだよ。だから、許せ」
「誰が許すか! 私の女心をどうしてくれるわけ!?」
バーダックの胸板を拳で叩きまくる。
「んなもん、痛くも痒くもねえぜ?」
「こんのーっ!」
躍起になる私の手首をいとも簡単に掴まれ、そのまま引っ張られて再び彼の腕に閉じ込められた。
「ちょっ、バーダック!?」
驚いて見上げれば、出逢った頃には考えられない程、穏やかな眼差しでこっちを見つめるバーダックと視線が絡んだ。
その瞬間、心を鷲掴みされた気分になる。
「前にも言っただろ? 万一オレから離れることがあれば、どんな手を使ってでも捕まえてやるってよ」
「あ……」
そういえば、そんなこと言われたっけ。あまりにも色々ありすぎて、肝心なことを忘れてた……。
「彼氏や両親からお前を取り上げる形になっちまったが、オレが名無しさんを想う気持ちに嘘はねえ。だから、余計なことは考えずにオレと生きろ」
これは私が選んだ道だ。この先何があっても後悔はない。きっと……。
「……うん、ありがとう」
バーダックの想いを受け止めた私は、愛しい彼の広い背中にそっと腕を回した。
「名無しさん、ようやく素直になったな。そんなお前も結構可愛いぜ」
「っ……」
恐らく耳まで赤くなっているだろう私を見て、バーダックはふっと笑い、抱き締められていた片手が頭部に添えられる。
「だから、からか……んん!」
抗議しようした私の口は、彼の唇で塞がれてしまう。
最初の印象は最悪だったけど、今は全然違う。バーダックの愛情がたっぷり詰まった、今までで断トツの甘いキスに思えた。
私はしょうがない、これで許してあげるかと目を閉じる。こうして口づけ一つで機嫌を直した私は、ブルマさんに目撃されるまで、うっとり蕩けるようなキスの悦楽に浸っていた。
その後。
私は悟空の厚意で、バーダックと一緒にお世話になっている。
チチさんとも意気投合し、孫家の一員になったみたいで和やかなひとときを過ごしていた。
私も時間を見つけては悟飯くんの遊び相手になったり、チチさんの家事を手伝ったりと、毎日それなりに充実していると思う。
仕事はどうしてるかといえば、今度はブルマさんからの要請で、再び家事代行をさせてもらっている。西の都とパオズ山をジェット機で往復する日々だ。
ブルマさんちのキッチンで後片付けをしていると、彼女が笑顔で私の隣に立つ。
「名無しさんさん、改めてお礼を言うわ。この度は仕事を引き受けてくれてありがとう」
「ううん、私も助かってるよ。ていうか、また雇ってもらえるなんて甘い考え持ってなかったから、こっちこそホントにありがとう」
「こんなことでしか協力できないし、お礼なんていいのよ。それにしても、名無しさんさんって料理上手よねえ。さっき出してもらったアレ、何だったかしら?」
ブルマさんが考える仕草をする。
「牛筋の煮込みのこと?」
「それよそれ! とっても美味しかったわよ! またリクエストしようかしら!」
ルンルンと声を弾ませるブルマさんが可愛らしくて、思わず笑みを漏らした。
「もちろん、いつでも作るよ。他に食べたい物とかある?」
「そうねえ、野菜スープなんかも食べたいわ。具だくさんのスープ!」
「OK、野菜スープね。早速今晩の献立にするよ」
そう言いながら、頭の中で具材は何にしようかと、考えを巡らせる。
「ふふ、楽しみにしてるわよ?」
「任せといて!」
私は自信満々に自らの胸を叩く。
「ところで、名無しさんさん」
「ん?」
「バーダックとの新婚生活はどう?」
ブルマさんはニヤニヤしながら聞いてくる。
「なっ!? 私達まだ結婚してないよ! それに、居候の身だし……」
喋るにつれ、語尾が小さくなる。
「ふーん、“まだ”ね。でも、その気はあるのね?」
ブルマさんがずいっと顔を寄せて、それはそれは楽しげな、ニンマリ顔になる。
「うっ、それは……」
こう迫られると困るなあ……。
「アンタ達、
「え?」
「だってそうでしょ? 前々から二人の態度が、お互いを好き合ってるオーラ全開だったもの。でも、肝心のバーダックは煮え切らないし、アンタは意地っ張りで、いつになったら素直になるのかしらってね」
「……」
そんな風に見えてたんだ、私達……。
でも、私から見たバーダックは押しが強いし、スキンシップも多い人だけどな。
その代わり、ああ見えてちゃんと引き際も兼ね備えているけど。
「でもまあ、このブルマさんの助言も功を奏して、見事にゴールイン間違いなしよ!」
ブルマさんは気が早くて、勝手に話を進めてる。未来がどうなるかなんて、誰にも分からない。
ただ、ホントにそうなったら天にも昇る心地なのは確かだ。
「私のことより、ブルマさんこそベジータとはどうなったの?」
「ベジータ?」
「一緒に住んでて、何もないってことはないでしょ?」
厳密には居候がもう独りいるけど……。
「ないない。あんな俺様男、こっちから願い下げよ」
「何か、どっかで聞いた台詞だなあ」
「?」
「でも残念、ブルマさんと恋バナで盛り上りたかったのにぃ」
私はしたり顔でブルマさんに、チラッと目線をやる。
「まったく、よく言うわよ。なら聞くけど、アンタ達夜の方はどうなってるわけ?」
「ぶっ……ブルマさん、突っ込み過ぎ」
色々身に覚えがあるけど、恥ずかしくてブルマさんには到底言えない……。
「私に口で勝とうなんて十年早いわよ?」
「……お見逸れしました」
一枚上手なブルマさんに白旗を掲げると、彼女は「分かればよろしい」と高笑いする。
ブルマさんには敵わないなあ。
こうして、平穏な昼下がりのひとときは過ぎていった。