★悟空Long Dream【Familyー固い絆ー】
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「おお、戻ったか!」
閻魔大王は待ち兼ねた様子で悟空達を迎えた。
「はい、あの……」
「まずはオレらをここへ呼んだ理由を教えて貰おうか?」
バーダックがチチの言葉を遮って、閻魔大王を問い質す。
「うむ、そのことだがな」
閻魔大王はこれまでの経緯を二人に話した。
「――ということで、娘は見事試練を乗り越えた訳だ」
「……チチ、お前って結構強引なんだな」
話を聞いて今度の一件を理解したラディッツが、呆れ顔でチチに視線を送る。
「あはは、でも無事に達成したんだから結果オーライでしょ」
一向に悪怯れた様子もない彼女に、ラディッツは「調子がいいヤツだ」と深い溜め息を漏らした。
「閻魔大王、もう一つ質問がある。地獄に堕ちた身分のオレらが現世に復活しても問題ねえのか?」
閻魔大王に更なる疑問を投げかけるバーダック。
「その心配は無用だ。生前によるサイヤ人達の行いは褒められた内容ではない。しかし、お前達は欲望に駆られたフリーザとセルの魂を浄化させ、その娘の命を守った。それは充分評価に値する。よって規定に従い、一年間だけ二人の復活を認めてやろう」
「なるほどな……しかし、肝心の復活する方法を聞いてねえんだが、一体どうするつもりだ?」
まだ腑に落ちない様子のバーダックが、重ねて閻魔大王を問い詰める。
「……孫悟空もそうだが、父親のお前も随分とせっかちだな。今準備させるから、少し待て」
閻魔大王は鬼の独りにある人物を呼ぶように申しつけた。
しばらくして、大きな水晶玉に乗った占いババが悟空達の前に姿を見せる。
「おっ、占いババじゃねえか!」
「ほっほっほ、悟空久しぶりじゃの。して、復活させたいのは誰なのじゃ?」
悟空に軽い挨拶をした占いババは、その場にいる全員の顔を眺める。
「そのサイヤ人二人だ。後は頼んだぞ、占いババ」
「この者達じゃな。久々に腕が鳴るわい」
閻魔大王に申し渡された占いババは、バーダックとラディッツの傍へ移動した。
「おい、占いババ。オレ達はどうすればいいんだ?」
ラディッツが占いババに尋ねる。
「お主達はただ立っておればよい。後はワシに任せておけ。そのまま動くでないぞ」
占いババは手をかざしつつ、何やら呪文を唱えながら、バーダックとラディッツの周りをゆっくり旋回し始めた。
「どうするんだろう?」
「分かんねえ、オラも初めて見るかんなあ。けど占いババに任しとけば、でえじょうぶだろ」
「うん、そうだね」
悟空とチチが見守るなか。
「よし、これで仕上げじゃ。ほいほいほいのほいさっさ!」
占いババの回った跡に金色の光が尾を引いて、二人の天使の輪がすっと消えていく。
「これで生き返ぇったんか?」
「天使の輪が消えたじゃろう。無事に成功したわい」
バーダックとラディッツの頭上を指しながら得意気に笑う占いババ。
「……意外とあっさり復活したな。まだ実感湧かないんだけどよ」
ラディッツは頭上を見上げて呟いた。
「確かにな。だがよ、生き返ったのは事実だろ。占いババ、息子ともども恩に着るぜ」
バーダックは照れ隠しなのか、占いババに背を向けて礼を口にした。
「ほっほっほ、閻魔大王直々の依頼じゃから断れんでの。但し、滞在期間は一年と定められておる。一年経てば、お主達は地獄へ戻らねばならんのじゃから、とくと肝に銘じておくのじゃぞ?」
二人は「ああ」と頷いて答える。
「では、ワシはこれでな」
「サンキュー、占いババ!」
占いババは自分の宮殿へ帰って行き、悟空達も閻魔大王に礼を言って、天界へと瞬間移動した。
悟空達はバーダックとラディッツを引き連れて、天界に戻って来た。
「何だ、ここは……」
ラディッツは不審な表情で神殿を見渡した。
「神様が住んでる天界だ」
「神だと?」
悟空の言葉に、片眉を動かして胡散臭そうに呟くバーダック。
「悟空さーん! チチさーん!」
神殿の前でデンデが大きく手を振り、その横にピッコロが佇んでいる。
「あっ、あの野郎! 何か雰囲気が変わってやがる!?」
ピッコロを発見し、目を見張るラディッツ。
「へえ? ラディッツを地獄に送ったってのは、あのナメック星人か」
バーダックはピッコロを見て、興味深げに目を細める。
「デンデにピッコロ!」
「ただいま!」
悟空とチチは、デンデとピッコロに歩み寄った。
「紹介すっぞ、オラの父ちゃんと兄ちゃんだ」
「オレはバーダック。コイツは息子のラディッツだ」
バーダックは無愛想に名乗ると、ラディッツを親指で指す。
「初めまして、ボクはデンデと申します」
デンデは行儀良く、二人に頭を下げた。
「デンデは地球の神様なんだぜ」
「ナメック星人が神なのか?」
「あはは……」
ラディッツにまじまじと見つめられて、デンデは恥ずかしそうに目を伏せる。
「こっちがピッコロだ。兄ちゃんは知ってるだろ?」
「あ、ああ……」
「ふん、無事に願いが叶ったようだな」
ピッコロはバーダックとラディッツに視線を向けた。
「ああ、一年の期限つきだがな。チチの努力の賜物だ」
バーダックはチチを横目で見ながら、ふっと笑みを浮かべる。
「皆さん、少しよろしいでしょうか?」
「何だ、デンデ」
全員がデンデを注目し、ピッコロが代表して尋ねた。
「はい、あの……そちらの方、怪我をされているようなので治療したいのですが」
デンデはバーダックを見ながら一歩前に出る。
「オレか? 大した怪我じゃねえ。気にするな」
「バーダックさん、デンデに治して貰った方がいいですよ?」
「チチさんのおっしゃる通りです。怪我を甘く見てはいけませんよ。それに、弱っている方を見過ごすことは出来ません!」
デンデはバーダックの傍に歩み寄り、強い視線で訴える。
「デンデ、さっすが神様だ。そうだよな、怪我はちゃんと治さねえといけねえよなあ? まーったく、父ちゃんは頑固なんだからよぉ!」
デンデの頭を撫でながら笑う悟空。
「あの……悟空さん?」
状況を把握出来ていないデンデは不思議そうに首を傾げる。
「ぷぷぷっ……親父、弱ってるだってよ? くくくっ……怪我人なんだから神の言うことは、ちゃんと聞かないと駄目だぜ?」
バーダックにチラリと視線を向け、笑いを必死に堪えるラディッツ。
「ちょっと二人とも! そんな言い方しなくてもいいでしょ!」
しかし、チチの忠告も虚しく。
当のバーダックは握り拳を、わなわなと震わせている。
「てめえらぁ……黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって! 絶対許さねえぞっ!」
怒りが頂点に達した彼は世にも恐ろしい顔つきで、怒気を漲らせた気弾をラディッツと悟空に情け容赦なくぶつける。
「痛ててっ……親父、オレが悪かった! 頼むから勘弁してくれっ!」
「あだだっ! ちょっ、オラは関係ねえだろっ!?」
「うるせえっ! 子供からコケにされて黙ってる親がどこにいる!? カカロット、その腐った根性叩き直してやるぜっ!」
バーダックの機嫌は治まることを知らず、悟空とラディッツに狙いを定めて強烈な気弾をどんどん撃ち放つ。
その壮絶な様はまるで阿修羅のような鬼神の如く、二人の愛息達へと完膚なきまでに怒りの鉄槌がくだされる。
「おらおらおらあっ!!!」
「ぎゃああっ! オラが何したってんだよっ!?」
「何故オレがこんな目に遭わなきゃならんのだっ!」
悟空とラディッツはバーダックの攻撃を受けまいと、舞空術で慌てて宙に逃げ出す。
「ふん、自業自得だな」
この茶番を見たピッコロは素知らぬ顔で呟き、チチとデンデは唖然と眺めていた。
結局、バーダックの気が済むまで、悟空とラディッツは超特急で神殿の周りを逃げ回るのだった。
その後、デンデの熱意に根負けしたバーダックは、大人しく治療して貰うことで収束した。
デンデはバーダックに両手をかざし、その効力を遺憾なく発揮した。
「これで、もう大丈夫ですよ」
デンデが治療を終えると、バーダックは怪我が治った部分を繁々と見つめる。
「お前凄いんだな。ナメック星人が、こんな能力を使えるってのは知らなかったぜ」
「大したことじゃないですよ。皆さんのお役に立てるなら光栄です」
デンデは照れて目を伏せた。
「いや、お前は偉いぜ。地球の神は伊達じゃねえな。その謙虚な姿勢を、愚息どもに見習わせたいぐらいだ」
デンデの頭を優しく撫でるバーダックの言葉に、悟空とラディッツはしかめっ面をした。
「ねぇ、悟空。バーダックさんって、しっかりしたお父さんだね」
悟空の道着の裾を引っ張り、小声で囁くチチ。
「そうかぁ? オラ、ちょっと怖ぇよ……」
悟空は眉間に皺を寄せて答える。
「カカロット、怖いなんてもんじゃないぞ。あれは悪魔だ、悪魔」
悟空の隣にいるラディッツは顔を歪ませて囁いた。
「うひ~……逆らったら殺されっかな」
顔面蒼白になった悟空は、ぶるっと身震いした。
「何言ってるの。子供を想わない親なんていないよ?」
「甘いな、チチ。オレは親父といる時間が長いから、親父のことは知り尽してんだよ」
ラディッツがそう答えれば、悟空はうんうんと大きく頷く。
「だあれが悪魔なんだ?」
低く唸るような声が二人の耳に届いて、恐る恐る後ろを振り向く。
「げっ!?」
「お、親父……聞いてたのか」
口元を引き攣らせたバーダックが仁王立ちになっていた。
「バッチリ聞こえてたぜ、ラディッツよぉ……カカロット、まだまだ仕置きが足りねえようだなあ?」
凶悪な笑みを浮かべるバーダックと目が合った瞬間、ラディッツと悟空の背筋が凍りつく。
「お、おや、親父っ、ここは一つ穏便に……なあ、カカロット?」
「あ、ああ! そうだぞ、父ちゃん……ちゃんと話せば分かるって!」
二人はバーダックを説得しながら、そろそろと後退った。
「話して分かる相手じゃねえだろ、てめえらはよぉ……」
まるで獲物に狙いを定めた野獣の如く、鋭い双眸をギラリと光らせる。
「クックック、デンデのお蔭で全快したからなあ。今度こそ、てめえらの身体にじっくり叩き込んでやるぜっ!」
再び情け容赦なく、今度は怒りを燃やした連続エネルギー弾で愛息達を攻撃するバーダック。
「ぎぃやああぁぁっ!」
「止めてくれええっ!」
悟空とラディッツは攻撃を避ける為、神殿の外周を全力で逃げ回った。
「避けんじゃねえっ!」
バーダックは鬼の形相で二人を追いかけ回す。
「デンデ、ここは危険だ。神殿に入ろう」
ピッコロは親子騒動に目もくれず、デンデの肩を叩いた。
「で、でも……」
「バカは死んでも直らん。放っておけ」
デンデはピッコロに連れられ、神殿に戻って行った。
「……もう帰りたい」
神殿の隅に腰かけ、外周を飛び回る三人の様子を眺めるチチ。
西の空は既に茜色に染まり始めていた。
神殿での一件から一週間が経った頃。悟空達はブルマ宅のホームパーティーに招待されていた。
彼らがいるのは、悟空とチチが初日に通されたリビング。そこには悟空の仲間達も集まり、互いに軽く自己紹介をしたところで、思い思いにパーティーを楽しんでいる。
「チチの飯には負けっけど、これも美味ぇな!」
テーブルに用意されたご馳走に、片っ端からむしゃぶりつく悟空。
バーダックは周りを見渡し、チチを探すがどこにも見当たらない。
「ラディッツ、チチはどこだ?」
「オレは見てないが……それより、オレ達も食おうぜ。このままじゃせっかくのご馳走を、カカロットに食い尽くされちまうぞ」
「……お前は先に食ってろ」
「親父、どこに行くんだよ!」
呼び止めるラディッツを尻目に、バーダックはリビングから出て行った。
一方その頃、チチは「せっかくのパーティーなんだからドレスアップしましょ!」と言うブルマに拉致されて、衣装部屋に来ていた。
「チチちゃん、とっても可愛いわ!」
「……お言葉ですが、ブルマさん。ホームパーティーで着飾る必要はないと思うんですけど」
ブルマから何着ものドレスを試着させられて、やつれた様子のチチ。
「ふっふっふ、忘れたとは言わせないわよ。チチちゃんには貸しがあるんだから、私の言うことはちゃーんと聞いて貰いますからね?」
「ま、まさか……初日に言っていた頼みごとって、この山のようなドレスを着ることですか!? 今からでも遅くないんで他のことにしましょうよ!」
「つべこべ言ってないで、鏡で自分の姿を見てみなさいよ?」
「ちょっ、ブルマさん!」
全く聞く耳を持たないブルマに無理矢理、姿見の前へ立たされるチチ。
そこにはブルマから化粧を施され、ゆるふわの髪をリボンで結い上げ、ハートの可愛らしいピアスで耳朶を飾り、胸元にレースをあしらったピンクのキャミドレスに身を包んだ、お姫様スタイルのチチが映っていた。
チチはドレスアップした自分を見て、しばらく姿見の前で我を忘れる。
「チチちゃん、自分で見てどう?」
「ちょっと……いえ、かなり恥ずかしいです」
「大丈夫、じきに慣れるわよ。とっても似合ってるんだから!」
ブルマが姿見越しにチチを見て優しく微笑む。
「私はどうかしら?」
ブルマは漆黒のイブニングドレスを身に纏っていた。それは年齢を重ねても衰えを知らないブルマの完璧な体型を、より一層引き立てている。
「ブルマさんにとってもお似合いですよ。ベジータさんも奥さんが綺麗で鼻が高いと思います」
「チチちゃん、それ褒め過ぎよ。でも、そうだったら嬉しいけどね?」
「そうに決まってますって!」
「ふふ、ありがと。チチちゃん、私ちょっと用事があるから先に行っててくれる?」
扉を開けて、チチを促すブルマ。
「それじゃあ、お先に戻ってますね」
「ええ、また後でね」
ブルマと別れたチチは皆のいるリビングへ向かう。
「チチ」
途中、腕を組んで廊下の壁に寄りかかっているバーダックがチチを待ち受けていた。
「バーダックさん、お独りでどうしたんですか?」
「お前の姿が見えなかったんでな」
「えっ、わざわざ私を探してくれたんですか?」
バーダックは返事をせず、無言でチチの前に立ち塞がった。
「あ、あの?」
戸惑うチチの片頬へと、徐に手を添える。
「あれから一週間経つが、何だかんだでまだ礼を言ってなかっただろう。だから、改めて言わせてくれ。オレ達の為に尽力してくれて感謝するぜ、チチ」
「お礼だなんて……実はバーダックさんにお聞きしたいことがあるんです」
躊躇いがちに話すチチに対し、バーダックは「何だ?」と視線で促した。
「今更なんですけど、期間限定で復活なんて勝手なことをして迷惑じゃなかったですか?」
「……何故、そう思うんだ?」
「あの時は復活する方法に拘るばかりで、バーダックさん達の気持ちを一切考えていなかったので……いざ復活してみると、もしも余計なお世話だったらどうしようとか、二人の命を弄んでるみたいだとか、この一週間ずっと悩んでいたんです」
真情を吐露するチチ。
バーダックにしてみれば予想外の答えだったのか、しばらくチチを凝視していたが、急に「くくくっ……」と笑い声を漏らした。
「なっ、どうして笑うんですか!?」
チチはバーダックを睨んだ。
(人が真剣に悩んでるのに、よりによって笑うなんて酷い!)
「いや……悪い。地獄でフリーザにあれだけ息巻いていたヤツが言う台詞か、と思ってな」
バーダックが笑いを堪えつつ答えた途端、チチは耳まで真っ赤になって慌て始める。
「あっ、あれは勢いですし、それとこれとは別問題です!」
そんなチチを眺めるバーダックの眼差しは穏やかだ。
「お前らと一緒なら、一年間退屈せずに済みそうだな」
「……えーと、話が見えないんですが」
「分からんか。さっきも言ったが、チチには感謝してんだぜ。この世にいられるのは、お前のお蔭だからな」
「っ……それを聞いて、ちょっと安心しました」
掌を胸に当て、安堵の息をつくチチ。
「あんまり細かいことに拘らねえ方がいいぜ。もっと気楽にしてろ」
「はい!」
バーダックは素直なチチの頭に、ぽんと掌を乗せ「それとな」とつけ加える。
「ラディッツはあの通り、天の邪鬼で手を焼くかもしれねえが、根はいいヤツだから仲良くしてやってくれ」
「ふふっ、心配しなくても大丈夫ですよ。私の悩みもバーダックさんのお蔭で吹き飛びましたし、これからは皆で賑やかに暮らすのが楽しみです」
チチがにこやかに告げれば、バーダックは「そうか」と満足げに笑みを浮かべる。
「そろそろ戻るか、息子どもが待ってる筈だ」
「あっ、はい!」
返事をして歩き出そうとするチチだったが、不意にぐいと肩を抱き寄せられ、二人の距離が一気に縮まった。
「えっ、あっ、バーダックさん!?」
隙間なく密着しているバーダックの体温がじんわりと伝わり、耳までも真っ赤に染まるチチ。
バーダックはチチの恥じらう様子を見て、目を細める。
「……ついでに一つ忠告しておくが、今夜は狼に気をつけろ。オレがこんな風に抱きたくなるぐらい、チチは魅力的だからな」
「きゅ、急に何を言い出すんですか!?」
バーダックは慌てるチチから離れて、ニヤリと笑う。
「じゃあ、オレは一足先に戻ってるぜ」
ひらひらと片手を振り、リビングへ繋がる廊下を歩いて行った。
(狼に気をつけろって、何か凄いこと言われた気がする……スキンシップも慣れてるし)
バーダックに抱かれた肩を掴んで、呆然と立ち尽くしていると。
「チチちゃん、ぼんやりしてどうしたの?」
用事を済ませたらしいブルマが、チチの背後から覗き込んだ。
「えっ、ブルマさんっ!? いや、どうもしてないです!」
ブルマの急な登場に焦り、声が上擦るチチ。
「あら? 顔が赤いけど、熱でもあるのかしら?」
チチの額を触ろうとするブルマ。
「いえ、熱はないですからご心配なく!」
チチは一歩後退りながら、笑って誤魔化した。
「そう? じゃあ、行きましょうか。皆が待ってるわ」
「はい」
(……バーダックさんは悟空のお父さんなんだし、ただ心配して言ってくれただけで、きっと深い意味はないよ)
チチはついさっきの出来事を振り払うように、ブルマとともにリビングへ向かった。
「楽しんでってね、チチちゃん」
ブルマはチチに声をかけ、他の仲間の元へ行ってしまう。
「あれ? おめえ……」
右手に骨付き肉を持った悟空が、チチの傍に寄って来るなり「チチだよな?」と不躾に問う。
「悟空、私の顔忘れちゃったの?」
チチがおどけて返すと、悟空は決まりが悪そうに左手を後頭部に当てる。
「いやあ、化粧して髪型まで変わっちまってっしよ。オマケにそんな服着てっから一瞬見違ぇたぞ」
「ブルマさんに着せられたんだけど、ドレスなんて着慣れないから、ちょっと恥ずかしくて……」
ドレスの裾を持ち上げて、目を伏せるチチ。
「おめえによく似合ってるぞ。なあ、兄ちゃん。チチ、別嬪だよな?」
悟空が近くにいたラディッツに同意を求める。
「あ~……チチにしては似合ってるんじゃないか?」
照れ隠しにチチから顔を背けて呟くラディッツ。
「兄ちゃん、褒めるならちゃんと褒めろって!」
「やかましいっ、オレは人を褒めるのが苦手なんだよ! まあ、その……華やかだと思うぞ」
「ありがとう、ラディッツ」
チチが微笑み返せば。
「お、おう。オレ、飯食って来るな!」
ラディッツはそそくさと料理を食べに行ってしまった。
「オラ達も食おうぜ。チチは全然食ってねえだろ?」
「うん、お腹空いちゃった」
「おめえにはローストビーフがいいんじゃねえかな。ブルマの特製なんだとよ」
「それは楽しみね♪」
悟空にエスコートされてソファーの端に座ったチチは、豪華な料理を愉しんだ。
「しかし、呆れるぐらいよく食う連中だな」
チチの真向かいのソファーに座って食事をしていたベジータが、口いっぱいに料理を詰め込む悟空達を眺めて顔をしかめた。
「確かに凄いですよね。私はあんなに食べられないですもん」
「幾ら飯があっても足りん。少しは遠慮したらどうだと言いたくなるぜ」
ベジータがぼやいている間も、お手伝いロボットがせっせと料理を追加している。
「あはは……ところで、ベジータさん。タキシードなんて珍しいですね?」
今夜のベジータは黒のタキシードに正装し、サイヤ人の王子としての風格が漂っている。
「これか、ブルマが着ろとうるさいんだ。アイツは一度言い出したら人の話を聞かんからな。さっきやっと解放されたところだ」
ベジータはブツブツと文句を言いながらも、目の前の骨付き肉を鷲掴みにして噛りつく。
(ベジータさん、残念ながら私も同感です……ってことはブルマさんの用事って、ベジータさんにタキシードを着せることだったのかもしれないな)
食事もそこそこに独りパーティーから抜け出したチチは気分転換に、バルコニーへと足を運んだ。
「ん~風が気持ちいい!」
目を閉じて夜風を受けるチチ。そこへ、背後から足音が聞こえて、チチは反射的に振り向いた。
「こちらにいらしたんですか、チチさん」
声の主は、爽やかな笑みでチチを見つめる、未来トランクスだった。
「うん。夜風に当たりたくて抜けて来たんだ。トランクスくんは、どうしてここに?」
「オレはチチさんを捜していたんです。貴女と少しお話したいと思いまして」
トランクスは穏やかな笑みを浮かべて、チチの隣に立った。
「チチさんのドレス姿、まるで絵本から抜け出したお姫様みたいで、思わず見惚れちゃいますよ」
「お姫様なんて柄じゃないけど……ありがとう、お世辞でも嬉しい」
チチも微笑んで答える。
「お世辞じゃないです。本当にとても素敵ですよ、チチさん」
トランクスはチチに顔をぐっと近づけ、そっと耳元で囁いた。
「トランクスくん、ちょっと近い気が……」
チチがトランクスから離れようとした時。
「実は、オレ……チチさんに初めて逢った時から、貴女を本気で好きになってしまったんです」
唐突に真剣な面持ちで、自らの想いを告げるトランクス。
「ありがとう……でも、ごめんなさい。トランクスくんの気持ちは凄く嬉しいけど、その想いには応えられないよ」
「チチさんには好きな人がいるんでしょう?」
「どうして、それを……」
「貴女を見ていれば分かります。でも一つだけお願いします。これからも友達として仲良くしてくださいね?」
トランクスは寂しそうに微笑み、チチに手を差し伸べた。
「それは、もちろんだよ」
チチも泣きそうに笑いつつ、握手に応える。
「ありがとうございます、チチさんは本当に優しいですね……それじゃあ、オレは先に戻ります」
トランクスはチチに背を向け、その場を立ち去った。
独りになったチチはバルコニーの手摺りに寄りかかり、深く息を吐いた。
(……トランクスくんに告白されたことは、私の胸に秘めておこう)
その時だった。
「オレの忠告はあながち間違ってなかっただろ、“お姫様”?」
またも背後から声がして、ビクリとしたチチは恐る恐る振り向いた。
「バーダック、さん……」
今度はバーダックがバルコニーの入口で、チチを見据えていた。
「さっきの話、聞いてらしたんですか?」
「王子の息子がここに来るのが見えたんでな。夜に野郎と二人っきりってのは不注意だろ。まあ、間違いを犯すことはなかったようだがな」
「トランクスくんは、そんな人じゃないです!」
衝動的に叫ぶチチに、バーダックは無表情で近づいて来る。
「チチは好きなヤツがいるんだよな?」
「それも聞いて……」
「悪いが、全部聞かせて貰ったぜ」
チチの心を見透かすように目を据えるバーダック。
「好きなヤツがいるのに、王子の息子をかばうってのは変じゃねえか?」
「それは、確かにおかしいかもしれません。でも、トランクスくんは大切な友達ですから」
チチが視線を落として答えれば、バーダックは「大切な友達か」と呟いた。
(何だろう、廊下で話した時のバーダックさんと雰囲気が全然違う……)
「……私、そろそろ戻りますね」
「ちょっと待て」
バーダックは立ち去ろうとするチチの腕を掴んだ。
「離してください!」
掴まれた腕を振り切ろうとするチチ。
「もしもオレがチチを好きだと言ったら、どうする?」
真剣な眼差しで問いかけるバーダックに。
「バーダックさんが、私を?」
チチは面食らった。彼女にとって、バーダックは家族同然の大切な存在だからだ。
「それは……」
言葉に詰まるチチを見たバーダックは、自嘲の笑みを浮かべる。
「……冗談だ。本気にするな」
彼女の鼻頭をぴんと弾いて、室内へ戻って行った。
(冗談で済ませないでよ……バーダックさんのバカ……)
チチは鼻先を押さえつつ、バーダックの後に続いてリビングに向かった。
夜の九時を過ぎた頃、和気藹々とした余韻を残しつつ、ホームパーティーはお開きとなり、各自解散する。
「孫くん達、今日は遅いから家に泊まっていきなさいよ」
ブルマの好意に甘え、チチ達はブルマ宅に一泊することとなった。
「また明日な、チチ」
「あー今日は疲れたぜ。さっさと寝るか」
バーダックとラディッツはブルマに案内された客室へと消えて行った。
チチと悟空が案内されたのは、二人別々の客室だ。
「ゆっくり休めよ、チチ」
客室の中に入ろうとする悟空を「待って、悟空」と、彼の胴に抱き着いて引き止めるチチ。
「チチ、どうした?」
抱き着かれた悟空は、不思議そうにチチを見下ろす。
「私も一緒に寝てもいい?」
「一緒に寝るって、オラの部屋でか?」
聞き返されたチチは、頬を赤く染めて頷いた。
「何だよ、改まって。そんくらい、いいに決まってんだろ」
(こっちは勇気出して抱き着いたのに、反応軽っ……けど、それが悟空らしいかな)
悟空から離れようとするチチの肩を抱き寄せる。
「遠慮しねえで入ぇれよ」
優しい眼差しを向ける悟空。
(ふ、不意打ち……)
チチは悟空に促されるまま、客室に足を踏み入れた。その中は広々とした空間に、ツインベッドとソファーにテーブル、シャワールームまで完備されている。
悟空はベッドに寝そべり、天井を見上げた。
「しっかし、ブルマんちは無駄に広いよなあ。部屋数ハンパねえしよ」
チチも片方のベッドに腰かけて、悟空を見る。
「ふふ、下手すれば迷子になっちゃいそうだもんね。ブルマさんには悪いけど、私は悟空の家が一番好きだなあ」
「おっ、そうか?」
ベッドから飛び起きて、ニコニコと嬉しそうに笑う悟空。
「うん、家族がすぐ集まれるって魅力だよ。今はバーダックさんやラディッツもいるから尚更そう思うしね」
「ははっ、父ちゃんと兄ちゃんがいると賑やかだもんな。オラも二人と修業出来っから毎日楽しいぞ!」
(バーダックさんとは、あんなことがあったからな……もう、忘れよう)
しばらく二人だけの空間でほのぼのと過ごしていたが、やがて悟空は眠そうに目を擦った。
「チチ……オラ、眠くなっちまったよ」
チチがサイドテーブルの時計を見ると、夜の十時を回っており、普段なら就寝時間を過ぎている。
「シャワー浴びて寝ようか。悟空、先に入って来ていいよ?」
「わりぃけど、そうさせて貰うぞ」
悟空が先にシャワーを浴び、続いてチチもシャワーを浴びて部屋に戻る。
すると、先に戻っていた悟空が、ベッドに大の字になって爆睡していた。
チチは悟空を起こさないよう、隣のベッドで寝ることにした。
真夜中。
ふとチチは目が覚めた。
いつも悟空と一つのベッドで寝ているが、今はその温もりはなく。
(悟空と一緒に寝るのが当たり前だったからか、シングルなのに広く感じちゃうなぁ…)
ベッドの端っこで猫のように縮こまったチチは、か細い声で「悟空……」と呟いた。
(って、呼んでも起きてくれるわけ……)
「チチ、眠れねえんか?」
チチの声に応えるように、隣のベッドから耳慣れた声が聞こえた。
(っ……悟空気づいてくれた。でも、まさか一緒に寝て欲しいなんて言えない……)
「お、起こしちゃった? 平気だから、悟空は気にしないで眠ってよ」
暗がりのなか、心配そうに見ているだろう悟空に強がりを言ってしまう。
(あー私のバカ、さっきみたいに素直になればよかったのに……)
返事をした先から後悔していると、隣から布擦れの音が聞こえ、チチのベッドが軋んだ。
「強がんなって。チチをほったらかしにして寝れるわけねえだろ」
悟空の穏やかな声が響き、チチの身体は彼の腕の中にすっぽりと包まれる。
チチは悟空の腕に自分の掌を添えた。
「ごめんね、悟空。ホントは一緒に眠りたかったけど、なかなか言い出せなくて……」
「オラの方こそ先に寝ちまってすまねえ。今度こそ一緒に寝ようぜ?」
悟空が耳元で囁くと、チチは安心したように頷く。
「おやすみなさい、悟空」
「おやすみな、チチ」
悟空とチチは寄り添い、幸せそうな面差しで眠りに就くのだった。
閻魔大王は待ち兼ねた様子で悟空達を迎えた。
「はい、あの……」
「まずはオレらをここへ呼んだ理由を教えて貰おうか?」
バーダックがチチの言葉を遮って、閻魔大王を問い質す。
「うむ、そのことだがな」
閻魔大王はこれまでの経緯を二人に話した。
「――ということで、娘は見事試練を乗り越えた訳だ」
「……チチ、お前って結構強引なんだな」
話を聞いて今度の一件を理解したラディッツが、呆れ顔でチチに視線を送る。
「あはは、でも無事に達成したんだから結果オーライでしょ」
一向に悪怯れた様子もない彼女に、ラディッツは「調子がいいヤツだ」と深い溜め息を漏らした。
「閻魔大王、もう一つ質問がある。地獄に堕ちた身分のオレらが現世に復活しても問題ねえのか?」
閻魔大王に更なる疑問を投げかけるバーダック。
「その心配は無用だ。生前によるサイヤ人達の行いは褒められた内容ではない。しかし、お前達は欲望に駆られたフリーザとセルの魂を浄化させ、その娘の命を守った。それは充分評価に値する。よって規定に従い、一年間だけ二人の復活を認めてやろう」
「なるほどな……しかし、肝心の復活する方法を聞いてねえんだが、一体どうするつもりだ?」
まだ腑に落ちない様子のバーダックが、重ねて閻魔大王を問い詰める。
「……孫悟空もそうだが、父親のお前も随分とせっかちだな。今準備させるから、少し待て」
閻魔大王は鬼の独りにある人物を呼ぶように申しつけた。
しばらくして、大きな水晶玉に乗った占いババが悟空達の前に姿を見せる。
「おっ、占いババじゃねえか!」
「ほっほっほ、悟空久しぶりじゃの。して、復活させたいのは誰なのじゃ?」
悟空に軽い挨拶をした占いババは、その場にいる全員の顔を眺める。
「そのサイヤ人二人だ。後は頼んだぞ、占いババ」
「この者達じゃな。久々に腕が鳴るわい」
閻魔大王に申し渡された占いババは、バーダックとラディッツの傍へ移動した。
「おい、占いババ。オレ達はどうすればいいんだ?」
ラディッツが占いババに尋ねる。
「お主達はただ立っておればよい。後はワシに任せておけ。そのまま動くでないぞ」
占いババは手をかざしつつ、何やら呪文を唱えながら、バーダックとラディッツの周りをゆっくり旋回し始めた。
「どうするんだろう?」
「分かんねえ、オラも初めて見るかんなあ。けど占いババに任しとけば、でえじょうぶだろ」
「うん、そうだね」
悟空とチチが見守るなか。
「よし、これで仕上げじゃ。ほいほいほいのほいさっさ!」
占いババの回った跡に金色の光が尾を引いて、二人の天使の輪がすっと消えていく。
「これで生き返ぇったんか?」
「天使の輪が消えたじゃろう。無事に成功したわい」
バーダックとラディッツの頭上を指しながら得意気に笑う占いババ。
「……意外とあっさり復活したな。まだ実感湧かないんだけどよ」
ラディッツは頭上を見上げて呟いた。
「確かにな。だがよ、生き返ったのは事実だろ。占いババ、息子ともども恩に着るぜ」
バーダックは照れ隠しなのか、占いババに背を向けて礼を口にした。
「ほっほっほ、閻魔大王直々の依頼じゃから断れんでの。但し、滞在期間は一年と定められておる。一年経てば、お主達は地獄へ戻らねばならんのじゃから、とくと肝に銘じておくのじゃぞ?」
二人は「ああ」と頷いて答える。
「では、ワシはこれでな」
「サンキュー、占いババ!」
占いババは自分の宮殿へ帰って行き、悟空達も閻魔大王に礼を言って、天界へと瞬間移動した。
悟空達はバーダックとラディッツを引き連れて、天界に戻って来た。
「何だ、ここは……」
ラディッツは不審な表情で神殿を見渡した。
「神様が住んでる天界だ」
「神だと?」
悟空の言葉に、片眉を動かして胡散臭そうに呟くバーダック。
「悟空さーん! チチさーん!」
神殿の前でデンデが大きく手を振り、その横にピッコロが佇んでいる。
「あっ、あの野郎! 何か雰囲気が変わってやがる!?」
ピッコロを発見し、目を見張るラディッツ。
「へえ? ラディッツを地獄に送ったってのは、あのナメック星人か」
バーダックはピッコロを見て、興味深げに目を細める。
「デンデにピッコロ!」
「ただいま!」
悟空とチチは、デンデとピッコロに歩み寄った。
「紹介すっぞ、オラの父ちゃんと兄ちゃんだ」
「オレはバーダック。コイツは息子のラディッツだ」
バーダックは無愛想に名乗ると、ラディッツを親指で指す。
「初めまして、ボクはデンデと申します」
デンデは行儀良く、二人に頭を下げた。
「デンデは地球の神様なんだぜ」
「ナメック星人が神なのか?」
「あはは……」
ラディッツにまじまじと見つめられて、デンデは恥ずかしそうに目を伏せる。
「こっちがピッコロだ。兄ちゃんは知ってるだろ?」
「あ、ああ……」
「ふん、無事に願いが叶ったようだな」
ピッコロはバーダックとラディッツに視線を向けた。
「ああ、一年の期限つきだがな。チチの努力の賜物だ」
バーダックはチチを横目で見ながら、ふっと笑みを浮かべる。
「皆さん、少しよろしいでしょうか?」
「何だ、デンデ」
全員がデンデを注目し、ピッコロが代表して尋ねた。
「はい、あの……そちらの方、怪我をされているようなので治療したいのですが」
デンデはバーダックを見ながら一歩前に出る。
「オレか? 大した怪我じゃねえ。気にするな」
「バーダックさん、デンデに治して貰った方がいいですよ?」
「チチさんのおっしゃる通りです。怪我を甘く見てはいけませんよ。それに、弱っている方を見過ごすことは出来ません!」
デンデはバーダックの傍に歩み寄り、強い視線で訴える。
「デンデ、さっすが神様だ。そうだよな、怪我はちゃんと治さねえといけねえよなあ? まーったく、父ちゃんは頑固なんだからよぉ!」
デンデの頭を撫でながら笑う悟空。
「あの……悟空さん?」
状況を把握出来ていないデンデは不思議そうに首を傾げる。
「ぷぷぷっ……親父、弱ってるだってよ? くくくっ……怪我人なんだから神の言うことは、ちゃんと聞かないと駄目だぜ?」
バーダックにチラリと視線を向け、笑いを必死に堪えるラディッツ。
「ちょっと二人とも! そんな言い方しなくてもいいでしょ!」
しかし、チチの忠告も虚しく。
当のバーダックは握り拳を、わなわなと震わせている。
「てめえらぁ……黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって! 絶対許さねえぞっ!」
怒りが頂点に達した彼は世にも恐ろしい顔つきで、怒気を漲らせた気弾をラディッツと悟空に情け容赦なくぶつける。
「痛ててっ……親父、オレが悪かった! 頼むから勘弁してくれっ!」
「あだだっ! ちょっ、オラは関係ねえだろっ!?」
「うるせえっ! 子供からコケにされて黙ってる親がどこにいる!? カカロット、その腐った根性叩き直してやるぜっ!」
バーダックの機嫌は治まることを知らず、悟空とラディッツに狙いを定めて強烈な気弾をどんどん撃ち放つ。
その壮絶な様はまるで阿修羅のような鬼神の如く、二人の愛息達へと完膚なきまでに怒りの鉄槌がくだされる。
「おらおらおらあっ!!!」
「ぎゃああっ! オラが何したってんだよっ!?」
「何故オレがこんな目に遭わなきゃならんのだっ!」
悟空とラディッツはバーダックの攻撃を受けまいと、舞空術で慌てて宙に逃げ出す。
「ふん、自業自得だな」
この茶番を見たピッコロは素知らぬ顔で呟き、チチとデンデは唖然と眺めていた。
結局、バーダックの気が済むまで、悟空とラディッツは超特急で神殿の周りを逃げ回るのだった。
その後、デンデの熱意に根負けしたバーダックは、大人しく治療して貰うことで収束した。
デンデはバーダックに両手をかざし、その効力を遺憾なく発揮した。
「これで、もう大丈夫ですよ」
デンデが治療を終えると、バーダックは怪我が治った部分を繁々と見つめる。
「お前凄いんだな。ナメック星人が、こんな能力を使えるってのは知らなかったぜ」
「大したことじゃないですよ。皆さんのお役に立てるなら光栄です」
デンデは照れて目を伏せた。
「いや、お前は偉いぜ。地球の神は伊達じゃねえな。その謙虚な姿勢を、愚息どもに見習わせたいぐらいだ」
デンデの頭を優しく撫でるバーダックの言葉に、悟空とラディッツはしかめっ面をした。
「ねぇ、悟空。バーダックさんって、しっかりしたお父さんだね」
悟空の道着の裾を引っ張り、小声で囁くチチ。
「そうかぁ? オラ、ちょっと怖ぇよ……」
悟空は眉間に皺を寄せて答える。
「カカロット、怖いなんてもんじゃないぞ。あれは悪魔だ、悪魔」
悟空の隣にいるラディッツは顔を歪ませて囁いた。
「うひ~……逆らったら殺されっかな」
顔面蒼白になった悟空は、ぶるっと身震いした。
「何言ってるの。子供を想わない親なんていないよ?」
「甘いな、チチ。オレは親父といる時間が長いから、親父のことは知り尽してんだよ」
ラディッツがそう答えれば、悟空はうんうんと大きく頷く。
「だあれが悪魔なんだ?」
低く唸るような声が二人の耳に届いて、恐る恐る後ろを振り向く。
「げっ!?」
「お、親父……聞いてたのか」
口元を引き攣らせたバーダックが仁王立ちになっていた。
「バッチリ聞こえてたぜ、ラディッツよぉ……カカロット、まだまだ仕置きが足りねえようだなあ?」
凶悪な笑みを浮かべるバーダックと目が合った瞬間、ラディッツと悟空の背筋が凍りつく。
「お、おや、親父っ、ここは一つ穏便に……なあ、カカロット?」
「あ、ああ! そうだぞ、父ちゃん……ちゃんと話せば分かるって!」
二人はバーダックを説得しながら、そろそろと後退った。
「話して分かる相手じゃねえだろ、てめえらはよぉ……」
まるで獲物に狙いを定めた野獣の如く、鋭い双眸をギラリと光らせる。
「クックック、デンデのお蔭で全快したからなあ。今度こそ、てめえらの身体にじっくり叩き込んでやるぜっ!」
再び情け容赦なく、今度は怒りを燃やした連続エネルギー弾で愛息達を攻撃するバーダック。
「ぎぃやああぁぁっ!」
「止めてくれええっ!」
悟空とラディッツは攻撃を避ける為、神殿の外周を全力で逃げ回った。
「避けんじゃねえっ!」
バーダックは鬼の形相で二人を追いかけ回す。
「デンデ、ここは危険だ。神殿に入ろう」
ピッコロは親子騒動に目もくれず、デンデの肩を叩いた。
「で、でも……」
「バカは死んでも直らん。放っておけ」
デンデはピッコロに連れられ、神殿に戻って行った。
「……もう帰りたい」
神殿の隅に腰かけ、外周を飛び回る三人の様子を眺めるチチ。
西の空は既に茜色に染まり始めていた。
神殿での一件から一週間が経った頃。悟空達はブルマ宅のホームパーティーに招待されていた。
彼らがいるのは、悟空とチチが初日に通されたリビング。そこには悟空の仲間達も集まり、互いに軽く自己紹介をしたところで、思い思いにパーティーを楽しんでいる。
「チチの飯には負けっけど、これも美味ぇな!」
テーブルに用意されたご馳走に、片っ端からむしゃぶりつく悟空。
バーダックは周りを見渡し、チチを探すがどこにも見当たらない。
「ラディッツ、チチはどこだ?」
「オレは見てないが……それより、オレ達も食おうぜ。このままじゃせっかくのご馳走を、カカロットに食い尽くされちまうぞ」
「……お前は先に食ってろ」
「親父、どこに行くんだよ!」
呼び止めるラディッツを尻目に、バーダックはリビングから出て行った。
一方その頃、チチは「せっかくのパーティーなんだからドレスアップしましょ!」と言うブルマに拉致されて、衣装部屋に来ていた。
「チチちゃん、とっても可愛いわ!」
「……お言葉ですが、ブルマさん。ホームパーティーで着飾る必要はないと思うんですけど」
ブルマから何着ものドレスを試着させられて、やつれた様子のチチ。
「ふっふっふ、忘れたとは言わせないわよ。チチちゃんには貸しがあるんだから、私の言うことはちゃーんと聞いて貰いますからね?」
「ま、まさか……初日に言っていた頼みごとって、この山のようなドレスを着ることですか!? 今からでも遅くないんで他のことにしましょうよ!」
「つべこべ言ってないで、鏡で自分の姿を見てみなさいよ?」
「ちょっ、ブルマさん!」
全く聞く耳を持たないブルマに無理矢理、姿見の前へ立たされるチチ。
そこにはブルマから化粧を施され、ゆるふわの髪をリボンで結い上げ、ハートの可愛らしいピアスで耳朶を飾り、胸元にレースをあしらったピンクのキャミドレスに身を包んだ、お姫様スタイルのチチが映っていた。
チチはドレスアップした自分を見て、しばらく姿見の前で我を忘れる。
「チチちゃん、自分で見てどう?」
「ちょっと……いえ、かなり恥ずかしいです」
「大丈夫、じきに慣れるわよ。とっても似合ってるんだから!」
ブルマが姿見越しにチチを見て優しく微笑む。
「私はどうかしら?」
ブルマは漆黒のイブニングドレスを身に纏っていた。それは年齢を重ねても衰えを知らないブルマの完璧な体型を、より一層引き立てている。
「ブルマさんにとってもお似合いですよ。ベジータさんも奥さんが綺麗で鼻が高いと思います」
「チチちゃん、それ褒め過ぎよ。でも、そうだったら嬉しいけどね?」
「そうに決まってますって!」
「ふふ、ありがと。チチちゃん、私ちょっと用事があるから先に行っててくれる?」
扉を開けて、チチを促すブルマ。
「それじゃあ、お先に戻ってますね」
「ええ、また後でね」
ブルマと別れたチチは皆のいるリビングへ向かう。
「チチ」
途中、腕を組んで廊下の壁に寄りかかっているバーダックがチチを待ち受けていた。
「バーダックさん、お独りでどうしたんですか?」
「お前の姿が見えなかったんでな」
「えっ、わざわざ私を探してくれたんですか?」
バーダックは返事をせず、無言でチチの前に立ち塞がった。
「あ、あの?」
戸惑うチチの片頬へと、徐に手を添える。
「あれから一週間経つが、何だかんだでまだ礼を言ってなかっただろう。だから、改めて言わせてくれ。オレ達の為に尽力してくれて感謝するぜ、チチ」
「お礼だなんて……実はバーダックさんにお聞きしたいことがあるんです」
躊躇いがちに話すチチに対し、バーダックは「何だ?」と視線で促した。
「今更なんですけど、期間限定で復活なんて勝手なことをして迷惑じゃなかったですか?」
「……何故、そう思うんだ?」
「あの時は復活する方法に拘るばかりで、バーダックさん達の気持ちを一切考えていなかったので……いざ復活してみると、もしも余計なお世話だったらどうしようとか、二人の命を弄んでるみたいだとか、この一週間ずっと悩んでいたんです」
真情を吐露するチチ。
バーダックにしてみれば予想外の答えだったのか、しばらくチチを凝視していたが、急に「くくくっ……」と笑い声を漏らした。
「なっ、どうして笑うんですか!?」
チチはバーダックを睨んだ。
(人が真剣に悩んでるのに、よりによって笑うなんて酷い!)
「いや……悪い。地獄でフリーザにあれだけ息巻いていたヤツが言う台詞か、と思ってな」
バーダックが笑いを堪えつつ答えた途端、チチは耳まで真っ赤になって慌て始める。
「あっ、あれは勢いですし、それとこれとは別問題です!」
そんなチチを眺めるバーダックの眼差しは穏やかだ。
「お前らと一緒なら、一年間退屈せずに済みそうだな」
「……えーと、話が見えないんですが」
「分からんか。さっきも言ったが、チチには感謝してんだぜ。この世にいられるのは、お前のお蔭だからな」
「っ……それを聞いて、ちょっと安心しました」
掌を胸に当て、安堵の息をつくチチ。
「あんまり細かいことに拘らねえ方がいいぜ。もっと気楽にしてろ」
「はい!」
バーダックは素直なチチの頭に、ぽんと掌を乗せ「それとな」とつけ加える。
「ラディッツはあの通り、天の邪鬼で手を焼くかもしれねえが、根はいいヤツだから仲良くしてやってくれ」
「ふふっ、心配しなくても大丈夫ですよ。私の悩みもバーダックさんのお蔭で吹き飛びましたし、これからは皆で賑やかに暮らすのが楽しみです」
チチがにこやかに告げれば、バーダックは「そうか」と満足げに笑みを浮かべる。
「そろそろ戻るか、息子どもが待ってる筈だ」
「あっ、はい!」
返事をして歩き出そうとするチチだったが、不意にぐいと肩を抱き寄せられ、二人の距離が一気に縮まった。
「えっ、あっ、バーダックさん!?」
隙間なく密着しているバーダックの体温がじんわりと伝わり、耳までも真っ赤に染まるチチ。
バーダックはチチの恥じらう様子を見て、目を細める。
「……ついでに一つ忠告しておくが、今夜は狼に気をつけろ。オレがこんな風に抱きたくなるぐらい、チチは魅力的だからな」
「きゅ、急に何を言い出すんですか!?」
バーダックは慌てるチチから離れて、ニヤリと笑う。
「じゃあ、オレは一足先に戻ってるぜ」
ひらひらと片手を振り、リビングへ繋がる廊下を歩いて行った。
(狼に気をつけろって、何か凄いこと言われた気がする……スキンシップも慣れてるし)
バーダックに抱かれた肩を掴んで、呆然と立ち尽くしていると。
「チチちゃん、ぼんやりしてどうしたの?」
用事を済ませたらしいブルマが、チチの背後から覗き込んだ。
「えっ、ブルマさんっ!? いや、どうもしてないです!」
ブルマの急な登場に焦り、声が上擦るチチ。
「あら? 顔が赤いけど、熱でもあるのかしら?」
チチの額を触ろうとするブルマ。
「いえ、熱はないですからご心配なく!」
チチは一歩後退りながら、笑って誤魔化した。
「そう? じゃあ、行きましょうか。皆が待ってるわ」
「はい」
(……バーダックさんは悟空のお父さんなんだし、ただ心配して言ってくれただけで、きっと深い意味はないよ)
チチはついさっきの出来事を振り払うように、ブルマとともにリビングへ向かった。
「楽しんでってね、チチちゃん」
ブルマはチチに声をかけ、他の仲間の元へ行ってしまう。
「あれ? おめえ……」
右手に骨付き肉を持った悟空が、チチの傍に寄って来るなり「チチだよな?」と不躾に問う。
「悟空、私の顔忘れちゃったの?」
チチがおどけて返すと、悟空は決まりが悪そうに左手を後頭部に当てる。
「いやあ、化粧して髪型まで変わっちまってっしよ。オマケにそんな服着てっから一瞬見違ぇたぞ」
「ブルマさんに着せられたんだけど、ドレスなんて着慣れないから、ちょっと恥ずかしくて……」
ドレスの裾を持ち上げて、目を伏せるチチ。
「おめえによく似合ってるぞ。なあ、兄ちゃん。チチ、別嬪だよな?」
悟空が近くにいたラディッツに同意を求める。
「あ~……チチにしては似合ってるんじゃないか?」
照れ隠しにチチから顔を背けて呟くラディッツ。
「兄ちゃん、褒めるならちゃんと褒めろって!」
「やかましいっ、オレは人を褒めるのが苦手なんだよ! まあ、その……華やかだと思うぞ」
「ありがとう、ラディッツ」
チチが微笑み返せば。
「お、おう。オレ、飯食って来るな!」
ラディッツはそそくさと料理を食べに行ってしまった。
「オラ達も食おうぜ。チチは全然食ってねえだろ?」
「うん、お腹空いちゃった」
「おめえにはローストビーフがいいんじゃねえかな。ブルマの特製なんだとよ」
「それは楽しみね♪」
悟空にエスコートされてソファーの端に座ったチチは、豪華な料理を愉しんだ。
「しかし、呆れるぐらいよく食う連中だな」
チチの真向かいのソファーに座って食事をしていたベジータが、口いっぱいに料理を詰め込む悟空達を眺めて顔をしかめた。
「確かに凄いですよね。私はあんなに食べられないですもん」
「幾ら飯があっても足りん。少しは遠慮したらどうだと言いたくなるぜ」
ベジータがぼやいている間も、お手伝いロボットがせっせと料理を追加している。
「あはは……ところで、ベジータさん。タキシードなんて珍しいですね?」
今夜のベジータは黒のタキシードに正装し、サイヤ人の王子としての風格が漂っている。
「これか、ブルマが着ろとうるさいんだ。アイツは一度言い出したら人の話を聞かんからな。さっきやっと解放されたところだ」
ベジータはブツブツと文句を言いながらも、目の前の骨付き肉を鷲掴みにして噛りつく。
(ベジータさん、残念ながら私も同感です……ってことはブルマさんの用事って、ベジータさんにタキシードを着せることだったのかもしれないな)
食事もそこそこに独りパーティーから抜け出したチチは気分転換に、バルコニーへと足を運んだ。
「ん~風が気持ちいい!」
目を閉じて夜風を受けるチチ。そこへ、背後から足音が聞こえて、チチは反射的に振り向いた。
「こちらにいらしたんですか、チチさん」
声の主は、爽やかな笑みでチチを見つめる、未来トランクスだった。
「うん。夜風に当たりたくて抜けて来たんだ。トランクスくんは、どうしてここに?」
「オレはチチさんを捜していたんです。貴女と少しお話したいと思いまして」
トランクスは穏やかな笑みを浮かべて、チチの隣に立った。
「チチさんのドレス姿、まるで絵本から抜け出したお姫様みたいで、思わず見惚れちゃいますよ」
「お姫様なんて柄じゃないけど……ありがとう、お世辞でも嬉しい」
チチも微笑んで答える。
「お世辞じゃないです。本当にとても素敵ですよ、チチさん」
トランクスはチチに顔をぐっと近づけ、そっと耳元で囁いた。
「トランクスくん、ちょっと近い気が……」
チチがトランクスから離れようとした時。
「実は、オレ……チチさんに初めて逢った時から、貴女を本気で好きになってしまったんです」
唐突に真剣な面持ちで、自らの想いを告げるトランクス。
「ありがとう……でも、ごめんなさい。トランクスくんの気持ちは凄く嬉しいけど、その想いには応えられないよ」
「チチさんには好きな人がいるんでしょう?」
「どうして、それを……」
「貴女を見ていれば分かります。でも一つだけお願いします。これからも友達として仲良くしてくださいね?」
トランクスは寂しそうに微笑み、チチに手を差し伸べた。
「それは、もちろんだよ」
チチも泣きそうに笑いつつ、握手に応える。
「ありがとうございます、チチさんは本当に優しいですね……それじゃあ、オレは先に戻ります」
トランクスはチチに背を向け、その場を立ち去った。
独りになったチチはバルコニーの手摺りに寄りかかり、深く息を吐いた。
(……トランクスくんに告白されたことは、私の胸に秘めておこう)
その時だった。
「オレの忠告はあながち間違ってなかっただろ、“お姫様”?」
またも背後から声がして、ビクリとしたチチは恐る恐る振り向いた。
「バーダック、さん……」
今度はバーダックがバルコニーの入口で、チチを見据えていた。
「さっきの話、聞いてらしたんですか?」
「王子の息子がここに来るのが見えたんでな。夜に野郎と二人っきりってのは不注意だろ。まあ、間違いを犯すことはなかったようだがな」
「トランクスくんは、そんな人じゃないです!」
衝動的に叫ぶチチに、バーダックは無表情で近づいて来る。
「チチは好きなヤツがいるんだよな?」
「それも聞いて……」
「悪いが、全部聞かせて貰ったぜ」
チチの心を見透かすように目を据えるバーダック。
「好きなヤツがいるのに、王子の息子をかばうってのは変じゃねえか?」
「それは、確かにおかしいかもしれません。でも、トランクスくんは大切な友達ですから」
チチが視線を落として答えれば、バーダックは「大切な友達か」と呟いた。
(何だろう、廊下で話した時のバーダックさんと雰囲気が全然違う……)
「……私、そろそろ戻りますね」
「ちょっと待て」
バーダックは立ち去ろうとするチチの腕を掴んだ。
「離してください!」
掴まれた腕を振り切ろうとするチチ。
「もしもオレがチチを好きだと言ったら、どうする?」
真剣な眼差しで問いかけるバーダックに。
「バーダックさんが、私を?」
チチは面食らった。彼女にとって、バーダックは家族同然の大切な存在だからだ。
「それは……」
言葉に詰まるチチを見たバーダックは、自嘲の笑みを浮かべる。
「……冗談だ。本気にするな」
彼女の鼻頭をぴんと弾いて、室内へ戻って行った。
(冗談で済ませないでよ……バーダックさんのバカ……)
チチは鼻先を押さえつつ、バーダックの後に続いてリビングに向かった。
夜の九時を過ぎた頃、和気藹々とした余韻を残しつつ、ホームパーティーはお開きとなり、各自解散する。
「孫くん達、今日は遅いから家に泊まっていきなさいよ」
ブルマの好意に甘え、チチ達はブルマ宅に一泊することとなった。
「また明日な、チチ」
「あー今日は疲れたぜ。さっさと寝るか」
バーダックとラディッツはブルマに案内された客室へと消えて行った。
チチと悟空が案内されたのは、二人別々の客室だ。
「ゆっくり休めよ、チチ」
客室の中に入ろうとする悟空を「待って、悟空」と、彼の胴に抱き着いて引き止めるチチ。
「チチ、どうした?」
抱き着かれた悟空は、不思議そうにチチを見下ろす。
「私も一緒に寝てもいい?」
「一緒に寝るって、オラの部屋でか?」
聞き返されたチチは、頬を赤く染めて頷いた。
「何だよ、改まって。そんくらい、いいに決まってんだろ」
(こっちは勇気出して抱き着いたのに、反応軽っ……けど、それが悟空らしいかな)
悟空から離れようとするチチの肩を抱き寄せる。
「遠慮しねえで入ぇれよ」
優しい眼差しを向ける悟空。
(ふ、不意打ち……)
チチは悟空に促されるまま、客室に足を踏み入れた。その中は広々とした空間に、ツインベッドとソファーにテーブル、シャワールームまで完備されている。
悟空はベッドに寝そべり、天井を見上げた。
「しっかし、ブルマんちは無駄に広いよなあ。部屋数ハンパねえしよ」
チチも片方のベッドに腰かけて、悟空を見る。
「ふふ、下手すれば迷子になっちゃいそうだもんね。ブルマさんには悪いけど、私は悟空の家が一番好きだなあ」
「おっ、そうか?」
ベッドから飛び起きて、ニコニコと嬉しそうに笑う悟空。
「うん、家族がすぐ集まれるって魅力だよ。今はバーダックさんやラディッツもいるから尚更そう思うしね」
「ははっ、父ちゃんと兄ちゃんがいると賑やかだもんな。オラも二人と修業出来っから毎日楽しいぞ!」
(バーダックさんとは、あんなことがあったからな……もう、忘れよう)
しばらく二人だけの空間でほのぼのと過ごしていたが、やがて悟空は眠そうに目を擦った。
「チチ……オラ、眠くなっちまったよ」
チチがサイドテーブルの時計を見ると、夜の十時を回っており、普段なら就寝時間を過ぎている。
「シャワー浴びて寝ようか。悟空、先に入って来ていいよ?」
「わりぃけど、そうさせて貰うぞ」
悟空が先にシャワーを浴び、続いてチチもシャワーを浴びて部屋に戻る。
すると、先に戻っていた悟空が、ベッドに大の字になって爆睡していた。
チチは悟空を起こさないよう、隣のベッドで寝ることにした。
真夜中。
ふとチチは目が覚めた。
いつも悟空と一つのベッドで寝ているが、今はその温もりはなく。
(悟空と一緒に寝るのが当たり前だったからか、シングルなのに広く感じちゃうなぁ…)
ベッドの端っこで猫のように縮こまったチチは、か細い声で「悟空……」と呟いた。
(って、呼んでも起きてくれるわけ……)
「チチ、眠れねえんか?」
チチの声に応えるように、隣のベッドから耳慣れた声が聞こえた。
(っ……悟空気づいてくれた。でも、まさか一緒に寝て欲しいなんて言えない……)
「お、起こしちゃった? 平気だから、悟空は気にしないで眠ってよ」
暗がりのなか、心配そうに見ているだろう悟空に強がりを言ってしまう。
(あー私のバカ、さっきみたいに素直になればよかったのに……)
返事をした先から後悔していると、隣から布擦れの音が聞こえ、チチのベッドが軋んだ。
「強がんなって。チチをほったらかしにして寝れるわけねえだろ」
悟空の穏やかな声が響き、チチの身体は彼の腕の中にすっぽりと包まれる。
チチは悟空の腕に自分の掌を添えた。
「ごめんね、悟空。ホントは一緒に眠りたかったけど、なかなか言い出せなくて……」
「オラの方こそ先に寝ちまってすまねえ。今度こそ一緒に寝ようぜ?」
悟空が耳元で囁くと、チチは安心したように頷く。
「おやすみなさい、悟空」
「おやすみな、チチ」
悟空とチチは寄り添い、幸せそうな面差しで眠りに就くのだった。
