★悟空Long Dream【Familyー固い絆ー】
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あの世の閻魔界。天国行きと地獄行きの命運を決める場所に、魂達が長蛇の列を成していた。閻魔大王は今日も魂相手に審判をくだしている。そこへ悟空と名無しさんが瞬間移動で現れた。
「よっ、閻魔のおっちゃん!」
悟空は閻魔大王に近づいて声をかける。
「悟空か、生身のお前がここに何の用だ?」
閻魔大王は悟空を一瞥しただけで「天国行き……地獄行き」と、仕事の手を休める様子はない。
「オラ達どうしても地獄に行きてえんだ。だから至急許可してくれ!」
悟空は腰に手を当てて堂々と言い放った。
「……ふざけとるな、お前」
閻魔大王が口元を引き攣らせる。
「ごっ、悟空! ここは私が説明するから!」
名無しさんが慌てて悟空を押し退け、彼の父親であるバーダックと兄のラディッツを復活させたいと言うこと、地球の神に死者を復活させる方法を聞いたこと、そして地獄に堕ちた二人に会う許可をして欲しいと切実に話した。
「……ふむ、話は分かった」
顎に手を添え、何か考えるような仕草をする閻魔大王。
「なあ、地獄に行ってもいいだろ?」
「悟空、もう少し謙虚に頼まないと……」
名無しさんが小声で悟空に話しかけると、閻魔大王はゴホンとわざとらしく咳払いをする。
「地獄へ行く許可をしてやってもいいが、一つ条件がある」
名無しさんを見据える閻魔大王の面持ちは厳しく、徒ならぬ様子に彼女も身構えてしまう。
「な、何でしょうか?」
「地獄へ行くのは……娘、お前独りでだ」
閻魔大王は名無しさんを名指しで言い渡した。
「何言ってんだよ、閻魔のおっちゃん!名無しさんが独りで地獄に行ける訳ねえだろ! オラじゃ駄目なんか!?」
猛抗議する悟空へ視線を向ける閻魔大王。
「よく聞け、悟空よ。死者を復活させたいのなら、定められた試練を乗り越えなければならん。何せ、理 から大きく外れた異例なわけだからな。しかも、誰もが挑戦出来る訳ではない」
「名無しさんじゃねえと駄目な理由があんのか!?」
「そう急かすな、話は最後まで聞け。挑戦する権利は、死者の復活を一番強く望んでいる者に与えられるのだ。今話を聞いたところ、その願望が強いのは悟空よりも、そっちの娘のようだからな」
閻魔大王は一拍置いて「だが、それだけではない」と言葉を続ける。
「重要なのは、何が起きても必ず復活させるという、挑戦者の揺るぎない信念だ。地獄は謂わば、悪の巣窟。もしも悪の心に引きずられてしまえば、地獄から抜け出すことが不可能となるのだ」
重苦しい空気のなか、悟空は拳を握り締めて悔しそうに俯いた。
「確かに、オラの父ちゃんと兄ちゃんの復活を強く望んでんのは名無しさんだ。けど、そんなに危険な場所に名無しさんを行かせる訳にゃいかねえ!」
「ちょっと待って。悟空が心配してくれるのは嬉しいけど……二人を復活させる方法があるなら挑戦したい。だって、バーダックさんもラディッツも悟空の大切な家族だもの。一緒に暮らすのは当然でしょ?」
歯を食い縛っていた悟空は「でもよっ!」と顔を上げ、名無しさんと目が合い、はっと息を呑んだ。
名無しさんの瞳は絶対に退かないと言う確固たる意志を宿しており、悟空もまた真剣に彼女を見つめ返す。
「……名無しさん、オラが全力で引き止めても無駄なんだな?」
力強く頷く名無しさん。
「しょうがねえな、おめえは」
やれやれとかぶりを振り、観念したのか、名無しさんの肩に掌を乗せる悟空。
「悟空……私、行ってもいいの?」
悟空は名無しさんの肩を軽く叩いた。
「ああ。父ちゃんと兄ちゃんのこと頼むぜ、名無しさん」
途端、名無しさんの表情がパッと明るくなる。
「悟空、ありがとう!」
不意に閻魔大王が「そうだ」と、思い出したように掌を叩いた。
「肝心なことを忘れとった。無事に試練を乗り越え、死者を復活させたとしても、規定として限られた期間しか生きておれんのだ」
「へ? ずっと一緒にいれねえんか?」
「限られた期間って、どのくらいですか?」
「一年だ。どうする? 止めておくか?」
「……いえ、それでも行かせてください!」
名無しさんは閻魔大王の問いに怯まず答えた。
「なら、止めはせん。気をつけて行って来い」
「ありがとうございます、閻魔様!」
閻魔大王の計らいにより、悟空の瞬間移動で地獄へと送って貰うことになった。
地獄に送られた全ての魂が浄化されるまで苦痛を受ける。その重々しい場所に悟空と名無しさんは立っていた。
「……ここが、地獄」
辺りは血の池や針山が佇んでおり、禍々しい空気で満ちていた。
「名無しさん、くれぐれも気ぃつけろよ?」
悟空は名無しさんの頭を優しく撫でる。
「うん、分かった。二人のことは任せてね!」
「ああ。じゃあ、オラは閻魔のおっちゃんとこ戻るぞ?」
「ありがとう、悟空」
悟空は名無しさんに笑みを残して、姿を消した。
「よし……あれ? 二人って、どこにいるんだろ?」
意気込んで歩き出そうとした名無しさんは重要なことに気づき、顔が次第に真っ青になる。
「どうしよう、閻魔様教えてくれなかったよ」
早くも壁に打ち当たり、盛大な溜め息をついて前方を見据えるが、禍々しい景色が広がるだけで、目的の人物は見当たらない。
「悟空達みたいに気を探る能力があれば捜すのも楽なんだけどな」
「ちょっと、そこのアンタ」
「はい?」
後ろを振り向くと、目前に地獄の番人らしき鬼が立っていた。
「アンタ、閻魔大王様の所から来た名無しさんってヤツか?」
「はい、そうですけど……」
地獄の番人は閻魔大王からの使いに伝言を受けて、名無しさんを待っていたらしい。
ラディッツがいつも修業している場所を教えて貰い、辿り着いたのは切り立った岩山。
「えーと、ここだよね」
手近な岩山に登って辺りを見渡していると。
「おい、お前……」
「……あっ!」
岩山の間から現れた人物は、膝まで伸びた髪が特徴的な悟空の兄、ラディッツだった。
「オレを知っているのか?」
「知ってるよ、ラディッツ。貴方を探してたんだから」
ラディッツは宙に浮いて名無しさんに近づき、じっと見据えていたが。
「お前のような女は知らんな」
ふんっと鼻を鳴らして、名無しさんから顔を離した。
「実際に逢うのは今日が初めてだから、知らなくて当然だよ」
「……お前、名前は?」
「私は名無しさん。よろしくね?」
名無しさんは微笑んで握手を求めるが、ラディッツは応じなかった。
「オレに何の用だ?」
ラディッツは名無しさんを怪しんでいるらしく、鋭い目つきで睨んだ。
「今は詳しく話せないけど……私の目的は貴方とバーダックさんの魂を復活させることで、その為に閻魔様の試練を受けてるの」
「オレと親父を? お前は一体……」
「ふっふっふ、実に興味深いお話じゃないですか。私も交ぜていただきますよ?」
ラディッツの声を遮って上空から現れたのは。
「貴様は、フリーザ!?」
サイヤ人の住んでいた惑星ベジータを消滅させ、生前は宇宙の帝王と恐れられた宇宙人フリーザだった。
「盗み聞きなんかしやがって、とことんムカつく野郎だぜ」
ラディッツは忌々しげにフリーザを見据えている。
「貴女は初めて見る顔ですね。私の名前はフリーザ、以後お見知りおきを」
名無しさんを見下ろして口元に笑みを浮かべるフリーザ。
「盗み聞きしてたんなら分かるでしょ。貴方には関係のない話だよ」
名無しさんは唯一の抵抗として、フリーザを睨みながら反論した。
「おやおや、冷たいお返事ですね。貴女と仲良くなれないのは残念だ。それでは、話したくなるまで遊んであげましょうか」
フリーザは組んでいた腕を解いて首の関節を鳴らす。
「ねえ、どうするの? あっちはやる気みたいだけど」
「どうするもこうするも、闘うに決まってるだろ。オレが地獄に堕ちた時、親父から惑星ベジータ消滅の真相を聞いたんだ。全ての元凶はフリーザにあったとな!」
吐き捨てるように言ったラディッツの瞳は、憎しみの色を宿してフリーザを睨みつけている。
「だから、オレはフリーザと闘う為に、ずっと修業していた。今こそ一族の恨みを晴らすチャンスなんだよ」
「だけど、独りで闘うなんて無茶だよ!」
「どの道フリーザを倒さなければ、落ち落ち話も出来んだろうが。お前は邪魔だから、どっかに隠れてろ」
単独での戦闘を反対する名無しさんを横目に、ラディッツは腰を低くして臨戦態勢を取る。
「分かった……気をつけてね、ラディッツ」
名無しさんが控え目に声をかけると、彼は「ああ」と短く返事した。
少しでも安全な場所へ避難する為、名無しさんは岩山から数十メートル程離れた洞窟を見つけて身を潜める。
彼女を目で追っていたフリーザだったが、改めてラディッツの姿を真正面に捉えた。
「先程、私を倒すなどと面白いことを言っていましたね。生前はあれほど目をかけてやったと言うのに、恩を仇で返すとは……貴方のような愚か者は心底目障りなんですよ!」
殺気に満ちた視線をラディッツに向け、急降下しながら攻撃に出る。
「フリーザ、貴様だけは絶対に許さん!」
ラディッツも応戦して攻撃を繰り出し、周囲に激しくぶつかり合う打撃音が響き渡った。
「ふふふ、あれだけ意気がった割には全く大したことないですね。所詮、低能な猿ということですか。この私との圧倒的な力の差を分かっていないのですから。何なら、手加減して差し上げましょうか?」
フリーザは始終嫌な笑みを浮かべながらも、攻撃の手は緩めない。
「べらべらとよく喋る野郎だ! オレが本気を出せば、こんなもんじゃ済まさんぞ!」
ラディッツは一瞬の隙を狙って背後を取り、フリーザの背中を蹴り飛ばす。
「ぐっ……!?」
不意打ちを喰らったフリーザは、まともに攻撃を受けて岩山に激突した。
「まだまだっ!」
ラディッツは追い撃ちをかけようと、一気にフリーザとの間合いを詰める。
「チッ、サイヤ人ごときが! このフリーザ様を嘗めるんじゃないよっ!」
しかし、素早く受け身を取っていたフリーザが、怒りに任せてエネルギーボールを撃ち放った。
「な、何っ!? うぐはっ!」
ラディッツは避けきれずに吹き飛ばされてしまい、地面に激しく叩きつけられ、しばらく動けそうもなかった。
「ち、畜生っ……!」
「オーホッホッホ! 甘く見ていただいては困りますね。言っておきますが、私の実力はこの程度ではありませんよ?」
「へえ? それじゃあ、その実力ってのを見せて貰おうじゃねえか」
名無しさんは声のした方向に顔を向け、洞窟から身を乗り出して「あの人は……」と呟いた。
「お、親父っ……!」
ラディッツは弱々しく顔を上げ、突如現れた人物を見て叫んだ。
彼の目線は、高く聳え立つ岩山の頂上に注がれている。そこには逆立った髪に深紅の布を巻いて、眼光鋭く殺気に満ちた男、バーダックが冷笑を浮かべてフリーザを見据えていた。
「よぉ、フリーザさんよ。随分と派手にやらかしてるじゃねえか。退屈凌ぎにオレも交ぜてくれよ?」
バーダックは親指で自分を指しながら、挑発的な態度を見せる。
「おや、その顔には見覚えがありますよ。確か、私が惑星ベジータとともに滅ぼしたサイヤ人でしたね」
納得したように頷いたフリーザは「ですが」と言葉を切った。
「無能な猿が一匹増えたところで、一体何が出来るのですか?」
嘲笑いながら、バーダックを見下している。
「お、親父……何しに来た」
ラディッツは傷ついた身体を起こすと、ふらつく足取りでバーダックに近寄った。
「ああ? お前があまりにも不甲斐ねえからよ。オレがフリーザと遊んでやろうと思ってな。わざわざ参上したって訳だ」
「ほ、本気か……親父、フリーザにあっさり負けただろ……これは遊びのレベルじゃないんだぞ!」
ラディッツの罵倒を浴びて、ピクリと片眉を動かしたバーダックは、彼の首根っ子をむずと鷲掴んで身動きを封じた。
「なっ、何しやがる……!?」
「てめえこそ、何吐かしてやがる。そりゃあ、過去の話だろうが。オレは地獄に堕ちて以来、お前より更に過酷な修業に没頭してたんだぜ。ヤツとはオレが決着をつける。てめえはすっこんでろ、弱虫ラディッツよ」
「ぐっぅ……オレだって……必死に修業してたんだからな!」
身体の自由を奪われたラディッツは、バーダックの腕を掻きむしって逃れようとする。
しかしバーダックは意に介さず、彼を見下ろしたまま。
「ふん、そのざまでほざくな、ドアホウが」
鼻であしらい、ラディッツの首から手を離した。
ラディッツは苦しげにむせ返りつつも、バーダックを睨みつける。
「親父がそこまで言うなら、今こそオレの実力を証明してやる! 黙ってそこで見てろよ、親父!」
闘志を燃やし、やる気充分で意気込むラディッツだったが。
「貴様ら、このオレを無視して親子喧嘩とはいい度胸だ。その減らず口が叩けないように、親子揃ってオレの前から消えて貰おうか!」
丁寧な言葉遣いから一変して荒っぽく怒鳴ったフリーザに、二人の視線が一斉に注がれる。
「ハッ、好き勝手吐かしてんじゃねえぞ。消えるのは貴様だ、フリーザ!」
「そうだぜっ、覚悟しやがれ!」
二人がフリーザに突撃しようとした時だった。
固唾を呑んで見守っていた名無しさんが、何を思ったのか。
「フリーザ! 無意味な争いはもう止めなさい! 貴方は絶対に復活出来ないのよ!」
フリーザに向けて大声を張り上げた。
「あのバカ女め、死にたいのか」
その様子を目にしたラディッツが名無しさんを睨んで、面倒そうに呟く。
「小娘……手を出さずにいてやれば、嘗めやがって!」
怒りに支配されたフリーザは一瞬で名無しさんの前に現れ「遊びは終わりだ!」と彼女の腕をむんずと掴んで飛び上がる。
「いやっ、離してよっ!」
フリーザは宙に浮かんだまま、不気味な眼光を名無しさんに向けた。
「離してやってもいいけどさ。お前は即死だろうね。お望み通り、このまま離してあげようか?」
「ひっ、卑怯者!」
「お前が自分で言ったんだろ。全く、どこまでも生意気な小娘だ!」
怒りを露にしたフリーザが更に力を加えると、名無しさんは「ぐっ……うぅ……」と、苦悶の声を漏らす。骨が軋む嫌な音と鋭い痛みが彼女を支配した。
「クソッ、これじゃ迂濶に手を出せん。フリーザめ、姑息な手を使いやがって!」
フリーザへの攻撃を躊躇うラディッツは、悔しそうに拳を握り締める。
「ふふふ、こう見えてもボクは優しいからね。このまま腕を握り潰されるか、さっきの話の続きをするか、選ばせてあげるよ」
「うぐっ……誰が、貴方なんかのっ……言うことなんて……」
「やれやれ、強情な人間だね。それなら、ボクに逆らった者の末路を教えてやるか」
フリーザは空いている手にエネルギーを溜め始めた。
「そうはさせるか!」
名無しさんの危険を真っ先に察知したバーダックが、右拳にパワーを集中させる。
「クソ野郎が……これでも喰らっとけ!」
「なっ……!?」
一瞬にしてフリーザの懐へ飛び込み、鳩尾に痛恨の一撃を与えた。
「うぐああっ!」
不意を衝かれてダメージを受けたフリーザは、凄まじいスピードで後方へ吹き飛ばされた。
「きゃあっ!?」
フリーザに捕まっていた名無しさんは、その衝撃で空中へ放り出されてしまう。
(私、死ぬの? まだ目的も果たしてないのに……!)
背中から落ちて地面に叩きつけられる直前、本能的に目を塞ぐ。
その直後、予想していた筈の衝撃はなく、名無しさんは何者かに受け止められていた。
(……あれっ、痛くない。私、どうなったの?)
「危なかったな」
頭上に低音が響いて、そっと見上げれば、フリーザに攻撃を与えた張本人のバーダックが名無しさんを見下ろしていた。
(あっ、バーダックさんが助けてくれたんだ……)
「大丈夫か?」
「は、はい! 助けてくれて、ありがとうございます!」
「礼は要らん。それと、あの野郎には何を言っても無駄だ。ここは大人しくオレ達に任せておけ」
「でも……」
争いはよくない、と言いかけて口を噤む。バーダックの瞳に、とてつもない怒りの色が滲んでいたからだ。
「……分かりました」
バーダックの迫力に気圧された名無しさんは、彼の手によって洞窟の前で降ろされた。
「すぐ終わらせるから、ここでじっとしてろ」
名無しさんにそう言い残したバーダックは、戦闘の渦中へ舞い戻っていく。
爆音と爆風が渦巻く中で、ラディッツとフリーザが熾烈な闘いを繰り広げていた。
「おい、ラディッツ! ダメージ受けて参ってんだったら、オレが代わりにやってやろうか?」
ラディッツの後方に降り立ったバーダックは軽口を叩きつつ、好機を逃さない為に気を高め始める。
「いいや、オレはまだ闘える。親父は黙って見てろよ。オレの修業の成果をな!」
フリーザとの攻防を繰り返しつつ、ラディッツがバーダックに向かって叫ぶと、その勇姿を目にしたバーダックの口角が上がる。
「おのれぇ、宇宙の帝王と恐れられたオレをどこまでも嘗めやがって……貴様らを消滅させてやる。サイヤ人は魂の欠片も残してやらんぞ!」
「ふん、いつまでも過去に縋りついて何になるんだよ。そういう貴様こそ、さっさとくたばりやがれっ!」
怒り心頭に発したフリーザに対し、ラディッツは怒声とともにエネルギー弾を連続で撃ち放った。
「そんな攻撃が効くものか!」
ラディッツのエネルギー弾を片手で弾き飛ばすフリーザ。
「ちいっ、やはり一筋縄ではいかんか!」
「くたばれええっ!」
怒り狂ったフリーザはラディッツに向かって、強烈なエネルギー弾を撃ち放つ。
「しつこい野郎だなっ!」
ラディッツも満身の力を振り絞って撃ち放ったエネルギー弾で応戦し、二つのエネルギーが激しくぶつかり合う。
「甘いぞっ! はああぁっ!」
フリーザが気合いで弾き返したエネルギー弾が、最悪にも彼女のいる洞窟へ弾道を変える。
「おいっ、避けろ!」
「えっ……嘘、でしょ」
危険が迫り来るなか、名無しさんは脚が震えて逃げられなかった。
「面倒かけやがって!」
ラディッツはフルスピードで彼女の元へ向かい、間一髪でその場から上空へ避難させる。直後、フリーザが弾き返したエネルギー弾で洞窟が破壊された。
「ごめん……ラディッツ」
半ば放心状態の名無しさんに「次は気をつけろ」と、ラディッツは事もなげに言った。
「上等だ、後はオレに任せろ!」
「親父っ!?」
今まで気を溜めていたバーダックが拳に全エネルギーを集中させ、フリーザへと突撃する。
「フリーザッ! これが貴様の本当の最期だっ!」
バーダックは怒声を発しながらフリーザの鳩尾を突き刺し、持てる力を振り絞ってエネルギー弾を撃ち込んだ。
「うぎゃああっ! そんなバカな……宇宙最強の……フリーザ様がああっ!」
バーダック渾身の一撃でフリーザの土手っ腹に風穴を開け、断末魔の叫びを遺して木端微塵に砕け散る。彼にとっては、因縁の強敵を討ち破った歴史的瞬間だった。
「……よかった」
フリーザの消滅を見届けた名無しさんは、張り詰めていた糸が切れたように安堵の表情を浮かべた。
それを目にしたラディッツは自分の腕に抱えている彼女を、ジロリと見やる。
「いい訳あるか。お前はもっと危機感を持てよ」
「もしかして、心配してくれたの?」
名無しさんがそう問いかけると、ラディッツの顔が忽ち真っ赤に染まっていく。
「はあ? 何言ってやがる! 冗談も大概にしろ!」
食ってかかるラディッツに、名無しさんは小さく笑い声を漏らす。
「お前っ、何笑ってんだよ!」
「ラディッツって、実は優しいんだね」
「だから何でそうなるんだよ!」
ラディッツが大声で喚き立てる真っ只中、眉間に皺を寄せて不機嫌なバーダックが二人の前に現れた。
バーダックはラディッツに抱えられた名無しさんを眼前に捉える。
「おい、ラディッツ。オレが必死で闘ったってのに、てめえは随分と楽しそうじゃねえか」
「これのどこが楽しそうに見えるんだ……って、何で親父がいいとこ取りしてんだよ! せっかくオレがフリーザを仕留めようと思ってたのによ……」
終いには不貞腐れるラディッツに。
「何寝惚けたこと吐かしてやがる。あそこでオレが攻撃してなかったら、確実に全滅してただろうが」
頭をガシガシと掻きながら面倒臭そうに言い捨てるバーダックだったが。
「んなことより、いつまでそうやってるつもりだ?」
未だラディッツに抱っこされたままの彼女を不躾に指した。
「そうだよ。ずっと待ってるのに、なかなか降ろしてくれないんだから」
「うるさいヤツだな! 助けてやったのに文句言うなよ!」
「うるせえのはてめえだ、ラディッツ」
またも噛みつくラディッツをバーダックが睨み据える。
「……はいはい、どうせ全部オレが悪いんだろ」
「私……もしかして悪いこと言ったかな、ラディッツ」
「ふん……(親父の無茶な言い分は)今に始まったことでもないから、別にいいけどよ」
ラディッツは投げやりな態度で、名無しさんを地面に降ろした。
それを敢えて黙視していたバーダックが、改めて口を開く。
「さてと、自己紹介がまだだったな。オレはバーダック。もう分かってるとは思うが、ラディッツの父親だ」
「私の名前は名無しさんです。先程はすみませんでした。フリーザに好き勝手されたくないと思ったら、悔しくて……」
「済んだことは気にするな。それより、せっかく知り合ったんだ。仲良くしようぜ、名無しさん?」
バーダックは不敵に笑って、名無しさんに右手を差し出す。
「は、はい……よろしくお願いします」
悟空そっくりのバーダックと改めて対面した彼女は、緊張した面持ちで握手を交わした。
「そう硬くなるな、何も取って喰おうって訳じゃねえんだぜ?」
「取って食べるって……あはは、バーダックさんってユニークな方ですね」
バーダックの物騒な発言で、逆に緊張がすっかり解れた名無しさんは本気でウケているようだ。当の彼は、形容し難い複雑な表情をしていた。
「ところで、名無しさん。戦闘前に、オレと親父を復活させたいとか言ってたよな?」
ラディッツが思い出したように言えば、「何の話だ?」とバーダックは首を捻る。
「その話、私にも詳しくお聞かせ願いたいものだな」
突如、上空からゆっくりと降り立った者を見て、彼女は顔面蒼白になる。
「貴方は、セル!?」
「ほう、私を知っているようだな。なら話は早い、私に復活する方法を教えて貰おうか?」
事実上有無を言わせないセルの問いかけに、断固として首を振る名無しさん。
「絶対嫌。どう転んでも、悪党に教えられる訳ないじゃない!」
「……そうか。では、不本意だが仕方ない。これは、ほんの挨拶代わりだ。ありがたく受け取れぇいっ!」
両手に気を溜め、三人へとエネルギー弾を撃ち放つセル。
「そんなもの要るか!」
ラディッツは咄嗟に横へ飛び退いてエネルギー弾を避け、反射的に臨戦態勢を取る。バーダックは名無しさんを抱き抱えつつ、間一髪でセルの攻撃を回避した。
「地獄にはあんな化けモンがいやがったのか。オレとしたことが、フリーザの動向ばっか気にしてたぜ」
「バーダックさん。私、今回の敵に関してはお役に立てるかもしれません」
名無しさんがバーダックに何かを素早く耳打ちすると、それを聞いた彼の口元が綻ぶ。
「へえ、そいつは朗報だな。ありがとよ、名無しさん。戦闘が有利になるぜ」
「いえ、頑張ってください!」
「ああ、お前は安全な場所に隠れてろ」
バーダックは名無しさんを岩陰の比較的安全な場所へ避難させ、再び戦闘に舞い戻っていく。
だが、セルとの戦闘はフリーザ以上に苦戦を強いられた。
「ったく、今日は厄日だぜ!」
「死人に厄日もへったくれもあるか!」
ラディッツは気力体力ともに使い放たして防戦一方になり、成り行きでバーダックに負担がかかってしまう。
「このままじゃ埒が明かねえ……しょうがねえな、最後の手段だ!」
バーダックは左右の拳を強く握り締め、全身に気を溜め始めた。
次の瞬間、彼の黒髪が金色に変化して逆立ち、瞳は漆黒から碧眼へと変貌を遂げ、全身に黄金の気を纏っている。
すっかり風貌を変えたバーダックは、眼光鋭く真正面からセルを睨み据えた。
「まさか、超サイヤ人か!? 親父っ、いつの間に……!」
「超サイヤ人など珍しくもなかろう。それで私に勝てるとでも思ったのか?」
「やってみなきゃ分からねえ、だろ?」
超サイヤ人になったバーダックは素早い身の熟しで、セルの身体中に拳と蹴りを入れ、顔面に強烈な気弾を撃ち放った。
「うごはあぁっ!」
バーダックの超スピードを見切れないセルは、徐々に体力を奪われていく。セルにとっては予想外な展開だろう。
「な、何故だ……」
遂には、地面に跪いた。
「貴様は地球の科学者が作った化けモンなんだろ? しかも、色んなヤツの細胞を持ってるんだとな?」
「……だったら、どうだと言うのだ?」
「そいつは厄介だけどよ。要は貴様の核を殺っちまえばいいんだよな?」
バーダックは口元に弧を描いて、両手に気を溜め始める。
「っ!? 貴様ぁ、何故それを知っている!?」
セルは焦った様子で、後方へ数歩引き下がった。
「残念だったな、てめえで考えろよ」
バーダックは大胆不敵に笑い、矢継ぎ早に無数の気弾をセルに浴びせる。
「こんなっ……こんなことがっ……ぐうぅっ!」
セルはバリアーを張るがバーダックの気弾の威力が上回り、それを突き抜けてダメージを受けた。
「これで終わりだ、地球の化けモンよ……二度とその醜い面ぁ見せんじゃねえぞっ!」
留めのエネルギー弾は一際黄金の輝きを放ち、遂にはセルの核を貫いた。
「うがあああぁっっ!」
セルの身体から眩い光が四方八方に迸り、その末、苦しみ悶えながら消滅するのだった。
「ったく、手間ぁかけさせやがって……」
セルの最期を見届けたバーダックは、程なく超化を解いた。
「遂にやったな、親父。超サイヤ人になれるとは正直恐れ入ったぜ」
ラディッツが倒れそうな身体を庇いながら、バーダックの傍に歩み寄る。
「へっ、情けねえ格好だな?」
バーダックはボロボロのラディッツを見ると、意地悪く笑った。
「そう思うなら、肩ぐらい貸してくれよ」
「あれぐらいの戦闘でへばりやがって。甘えてんじゃねえよ、バカ息子が」
「何だとぉ? もっと息子を大事にしろ!」
険悪な雰囲気が漂い始めて、今にも親子対決が勃発しそうになる。
「ストーップ! せっかくセルを倒せたんだから、親子喧嘩なんて止めてよっ!」
名無しさんが駆け寄るなり、二人の間に割って入った。
「言っとくが、オレは喧嘩した覚えはねえな。コイツが勝手に突っかかってきやがるんだ」
「よく言うぜ、親父が厭味ばっか言うからだろうが!」
バーダックのクールな発言に、ラディッツは余計ムキになって怒鳴り散らした。
まるで漫才のようなやりとりを見ていた彼女が吹き出す。
「あーそっか。昔から喧嘩するほど仲がいいって言うんだっけ。それなら、放っておいても勝手に仲直りしちゃうのかな?」
「かっ、勘違いするなよ! オレと親父はそんな甘ったるい関係じゃないからな!」
耳まで真っ赤になったラディッツが、今度は彼女に向かって牙を剥いた。
すると何を思ったのか、バーダックはニヤリと笑い、徐に口を開く。
「冷てえなぁ、ラディッツよぉ。オレなりにお前を可愛がってるんだぜ。昔からバカな子供ほど可愛いって言うじゃねえか。なあ?」
ラディッツの肩を抱き寄せ、バカな子供を強調し、彼の頭を乱暴に撫で回す。
「痛ででっ! これのどこが可愛がってるんだ! いびってるの間違いだろうがっ!」
「チッ……口答えしてんじゃねえ。オレのガキなら、親の愛情を甘んじて受けやがれ!」
バーダックは大人気なく、ラディッツの頭を更に荒々しく撫でくり回す。
「こんのクソ親父っ! オレはこんな暴力なんぞ愛情と認めんからなっ!」
ラディッツが自分の頭からバーダックの掌を退けようと、奮闘している時だった。
「オッス、名無しさん!」
閻魔大王の元で待機していた筈の悟空が、名無しさん達の前に姿を現す。
「あっ、悟空!」
それまで戯れていたバーダックと、髪の毛をボサボサにされたラディッツの動きがピタッと止まり、二人の顔が同時に悟空へと向けられる。
「「……カカロット!?」」
「兄ちゃん、久しぶりだな。そっちは父ちゃんだよな? はははっ、二人とも死んでっけど元気そうだ!」
二人は突然現れた悟空に、すっかり目を奪われている様子だ。
「……お前、カカロットの知り合いだったのか。どうりで、オレや親父を知っているわけだ」
ラディッツが呟くと、名無しさんが真顔で頷いた。
「まだ言ってなかったけど、今は事情があって悟空のお世話になってるんだ」
悟空は見た目からして怪我が酷いラディッツに近寄った。
「また派手にやられたな、兄ちゃん!」
「うるさい。ジロジロ見るな、このバカロットが」
悟空を睨み据え、ぶっきらぼうに返事をするラディッツ。
「ほれ、カリン様に仙豆貰って来たから食べろよ」
悟空はラディッツの素気ない態度を気にも留めず、手に持っていた麻袋から仙豆を一粒出して投げてやる。
「何だ、これは?」
仙豆を受け取ったラディッツは、それを訝しげに眺める。
「仙豆って豆なんだけどよ。一粒食えば、あっちゅう間に怪我が治って元気になれっぞ!」
「……本当に豆なんかで怪我が治るのか?」
「ああ、オラだって何度も助けられてっかんな。騙されたと思って食ってみろよ?」
「そこまで言うなら食ってやるが、本当に騙したら許さんからな」
ラディッツは仙豆を口の中へ放り込み、咀嚼して飲み込んだ。
仙豆はその効力を遺憾なく発揮し、戦闘で受けたダメージが瞬く間に回復した。ラディッツは自らの身体をくまなく調べて目を見張る。
「信じられん……傷が完治してやがる。メディカルマシーンより有能な物が存在したのか」
「な、すげえだろ? 名無しさんと父ちゃんも食べろよ」
悟空は二人にも仙豆を差し出す。
「ありがとう、悟空。実は仙豆ってどんな味がするのか、密かに気になってたんだ。いただきまーす!」
思わぬ形で念願叶った名無しさんは、悟空から貰った仙豆を口にすると、ラディッツと同様手負いの傷が瞬時にして癒えた。
「そんで、初めて食った仙豆の味はどうだ?」
「ん~思ってたより普通の豆と変わらないような……ねえ、ラディッツはどうだった?」
「あ? オレも答えるのかよ。そうだな、センズとやらの効力は認めるが、取り立てて美味いとは思わんな」
「はははっ、そんなもんだろ」
「でもフリーザに掴まれた腕はもう痛くないし、完治してるよ!」
名無しさんが完治した腕を見て歓喜の声を上げ、悟空は「へへっ、だろ?」と満面に笑みを浮かべている。
「言っとくが、オレは必要ねえからな」
バーダックが顔を背けて拒否すると、悟空は苦笑しながらも仙豆を麻袋に入れて懐にしまった。
「悟空、聞いてよ! バーダックさんが超サイヤ人になって、セルを消滅させたんだよ!」
「ああ、オラも閻魔のおっちゃんとこで一部始終見てたぞ」
興奮気味の名無しさんに悟空も頷いて、バーダックに視線を移す。
「……珍しいことでもねえだろうが」
超サイヤ人を話題にされるのが嫌なのか、当の本人は顔を歪めるだけだ。
「オラが気になんのは、超サイヤ人になるだけでも身体に余計な負担がかかっちまうんだ。闘う相手が自分より強ぇヤツほど、無茶して体力を消耗しちまうかんな。幾ら死人たって、実際は父ちゃんだってかなり疲労が溜まってんだろ?」
悟空が眉間に皺を寄せて問うが、バーダックは「さぁな?」とあくまでも白を切るだけだ。
「……バーダックさん。もしかして、立ってるだけでも辛いんじゃないんですか?」
名無しさんが心配そうにバーダックへと歩み寄る。
「本当か? 親父、何で黙ってたんだよ!」
ラディッツも青ざめた様子で詰め寄った。
「がたがた騒ぐな。オレは死人なんだ。この程度、全然大したことねえよ」
バーダックが周りの心配をはねつけ、決して弱味を見せないのは戦闘民族としての気質なのだろう。
「んなことより、カカロット。いつまでここにいるつもりだ? 用がねえなら、名無しさんを連れてさっさと帰れ」
厳しい視線を投げかけるバーダックに、悟空は人差し指で頬を掻いた。
「いや、用ならあっぞ。父ちゃんと兄ちゃんを一緒に連れて来いって、閻魔のおっちゃんからの伝言だ」
「悟空、まさか!?」
名無しさんは瞳を輝かせて悟空を見つめる。
「よく頑張ったな、閻魔のおっちゃんが名無しさんを認めてくれたぞ!」
ニッと白い歯を見せてVサインを出す悟空。
「おい、カカロット。どういうことか、もっと詳しく説明しろよ。さっきから何が何だか、さっぱり分からんぞ」
「ふん、どうせ何か企んでやがるんだろ」
ラディッツとバーダックが悟空を見据えると、彼はニコニコするだけで答える様子はない。
その瞬間、バーダックは何かを悟ったようにふっと笑って、ラディッツの肩を叩いた。
「面白そうじゃねえか。誘いに乗ってやろうぜ、ラディッツ」
「本気かよ、親父……」
「当然だ」
「決まりだな。んじゃ、皆で閻魔のおっちゃんとこ戻るか!」
かくして、悟空と名無しさんはバーダックとラディッツを伴い、閻魔大王の元へ瞬間移動するのだった。
「よっ、閻魔のおっちゃん!」
悟空は閻魔大王に近づいて声をかける。
「悟空か、生身のお前がここに何の用だ?」
閻魔大王は悟空を一瞥しただけで「天国行き……地獄行き」と、仕事の手を休める様子はない。
「オラ達どうしても地獄に行きてえんだ。だから至急許可してくれ!」
悟空は腰に手を当てて堂々と言い放った。
「……ふざけとるな、お前」
閻魔大王が口元を引き攣らせる。
「ごっ、悟空! ここは私が説明するから!」
名無しさんが慌てて悟空を押し退け、彼の父親であるバーダックと兄のラディッツを復活させたいと言うこと、地球の神に死者を復活させる方法を聞いたこと、そして地獄に堕ちた二人に会う許可をして欲しいと切実に話した。
「……ふむ、話は分かった」
顎に手を添え、何か考えるような仕草をする閻魔大王。
「なあ、地獄に行ってもいいだろ?」
「悟空、もう少し謙虚に頼まないと……」
名無しさんが小声で悟空に話しかけると、閻魔大王はゴホンとわざとらしく咳払いをする。
「地獄へ行く許可をしてやってもいいが、一つ条件がある」
名無しさんを見据える閻魔大王の面持ちは厳しく、徒ならぬ様子に彼女も身構えてしまう。
「な、何でしょうか?」
「地獄へ行くのは……娘、お前独りでだ」
閻魔大王は名無しさんを名指しで言い渡した。
「何言ってんだよ、閻魔のおっちゃん!名無しさんが独りで地獄に行ける訳ねえだろ! オラじゃ駄目なんか!?」
猛抗議する悟空へ視線を向ける閻魔大王。
「よく聞け、悟空よ。死者を復活させたいのなら、定められた試練を乗り越えなければならん。何せ、
「名無しさんじゃねえと駄目な理由があんのか!?」
「そう急かすな、話は最後まで聞け。挑戦する権利は、死者の復活を一番強く望んでいる者に与えられるのだ。今話を聞いたところ、その願望が強いのは悟空よりも、そっちの娘のようだからな」
閻魔大王は一拍置いて「だが、それだけではない」と言葉を続ける。
「重要なのは、何が起きても必ず復活させるという、挑戦者の揺るぎない信念だ。地獄は謂わば、悪の巣窟。もしも悪の心に引きずられてしまえば、地獄から抜け出すことが不可能となるのだ」
重苦しい空気のなか、悟空は拳を握り締めて悔しそうに俯いた。
「確かに、オラの父ちゃんと兄ちゃんの復活を強く望んでんのは名無しさんだ。けど、そんなに危険な場所に名無しさんを行かせる訳にゃいかねえ!」
「ちょっと待って。悟空が心配してくれるのは嬉しいけど……二人を復活させる方法があるなら挑戦したい。だって、バーダックさんもラディッツも悟空の大切な家族だもの。一緒に暮らすのは当然でしょ?」
歯を食い縛っていた悟空は「でもよっ!」と顔を上げ、名無しさんと目が合い、はっと息を呑んだ。
名無しさんの瞳は絶対に退かないと言う確固たる意志を宿しており、悟空もまた真剣に彼女を見つめ返す。
「……名無しさん、オラが全力で引き止めても無駄なんだな?」
力強く頷く名無しさん。
「しょうがねえな、おめえは」
やれやれとかぶりを振り、観念したのか、名無しさんの肩に掌を乗せる悟空。
「悟空……私、行ってもいいの?」
悟空は名無しさんの肩を軽く叩いた。
「ああ。父ちゃんと兄ちゃんのこと頼むぜ、名無しさん」
途端、名無しさんの表情がパッと明るくなる。
「悟空、ありがとう!」
不意に閻魔大王が「そうだ」と、思い出したように掌を叩いた。
「肝心なことを忘れとった。無事に試練を乗り越え、死者を復活させたとしても、規定として限られた期間しか生きておれんのだ」
「へ? ずっと一緒にいれねえんか?」
「限られた期間って、どのくらいですか?」
「一年だ。どうする? 止めておくか?」
「……いえ、それでも行かせてください!」
名無しさんは閻魔大王の問いに怯まず答えた。
「なら、止めはせん。気をつけて行って来い」
「ありがとうございます、閻魔様!」
閻魔大王の計らいにより、悟空の瞬間移動で地獄へと送って貰うことになった。
地獄に送られた全ての魂が浄化されるまで苦痛を受ける。その重々しい場所に悟空と名無しさんは立っていた。
「……ここが、地獄」
辺りは血の池や針山が佇んでおり、禍々しい空気で満ちていた。
「名無しさん、くれぐれも気ぃつけろよ?」
悟空は名無しさんの頭を優しく撫でる。
「うん、分かった。二人のことは任せてね!」
「ああ。じゃあ、オラは閻魔のおっちゃんとこ戻るぞ?」
「ありがとう、悟空」
悟空は名無しさんに笑みを残して、姿を消した。
「よし……あれ? 二人って、どこにいるんだろ?」
意気込んで歩き出そうとした名無しさんは重要なことに気づき、顔が次第に真っ青になる。
「どうしよう、閻魔様教えてくれなかったよ」
早くも壁に打ち当たり、盛大な溜め息をついて前方を見据えるが、禍々しい景色が広がるだけで、目的の人物は見当たらない。
「悟空達みたいに気を探る能力があれば捜すのも楽なんだけどな」
「ちょっと、そこのアンタ」
「はい?」
後ろを振り向くと、目前に地獄の番人らしき鬼が立っていた。
「アンタ、閻魔大王様の所から来た名無しさんってヤツか?」
「はい、そうですけど……」
地獄の番人は閻魔大王からの使いに伝言を受けて、名無しさんを待っていたらしい。
ラディッツがいつも修業している場所を教えて貰い、辿り着いたのは切り立った岩山。
「えーと、ここだよね」
手近な岩山に登って辺りを見渡していると。
「おい、お前……」
「……あっ!」
岩山の間から現れた人物は、膝まで伸びた髪が特徴的な悟空の兄、ラディッツだった。
「オレを知っているのか?」
「知ってるよ、ラディッツ。貴方を探してたんだから」
ラディッツは宙に浮いて名無しさんに近づき、じっと見据えていたが。
「お前のような女は知らんな」
ふんっと鼻を鳴らして、名無しさんから顔を離した。
「実際に逢うのは今日が初めてだから、知らなくて当然だよ」
「……お前、名前は?」
「私は名無しさん。よろしくね?」
名無しさんは微笑んで握手を求めるが、ラディッツは応じなかった。
「オレに何の用だ?」
ラディッツは名無しさんを怪しんでいるらしく、鋭い目つきで睨んだ。
「今は詳しく話せないけど……私の目的は貴方とバーダックさんの魂を復活させることで、その為に閻魔様の試練を受けてるの」
「オレと親父を? お前は一体……」
「ふっふっふ、実に興味深いお話じゃないですか。私も交ぜていただきますよ?」
ラディッツの声を遮って上空から現れたのは。
「貴様は、フリーザ!?」
サイヤ人の住んでいた惑星ベジータを消滅させ、生前は宇宙の帝王と恐れられた宇宙人フリーザだった。
「盗み聞きなんかしやがって、とことんムカつく野郎だぜ」
ラディッツは忌々しげにフリーザを見据えている。
「貴女は初めて見る顔ですね。私の名前はフリーザ、以後お見知りおきを」
名無しさんを見下ろして口元に笑みを浮かべるフリーザ。
「盗み聞きしてたんなら分かるでしょ。貴方には関係のない話だよ」
名無しさんは唯一の抵抗として、フリーザを睨みながら反論した。
「おやおや、冷たいお返事ですね。貴女と仲良くなれないのは残念だ。それでは、話したくなるまで遊んであげましょうか」
フリーザは組んでいた腕を解いて首の関節を鳴らす。
「ねえ、どうするの? あっちはやる気みたいだけど」
「どうするもこうするも、闘うに決まってるだろ。オレが地獄に堕ちた時、親父から惑星ベジータ消滅の真相を聞いたんだ。全ての元凶はフリーザにあったとな!」
吐き捨てるように言ったラディッツの瞳は、憎しみの色を宿してフリーザを睨みつけている。
「だから、オレはフリーザと闘う為に、ずっと修業していた。今こそ一族の恨みを晴らすチャンスなんだよ」
「だけど、独りで闘うなんて無茶だよ!」
「どの道フリーザを倒さなければ、落ち落ち話も出来んだろうが。お前は邪魔だから、どっかに隠れてろ」
単独での戦闘を反対する名無しさんを横目に、ラディッツは腰を低くして臨戦態勢を取る。
「分かった……気をつけてね、ラディッツ」
名無しさんが控え目に声をかけると、彼は「ああ」と短く返事した。
少しでも安全な場所へ避難する為、名無しさんは岩山から数十メートル程離れた洞窟を見つけて身を潜める。
彼女を目で追っていたフリーザだったが、改めてラディッツの姿を真正面に捉えた。
「先程、私を倒すなどと面白いことを言っていましたね。生前はあれほど目をかけてやったと言うのに、恩を仇で返すとは……貴方のような愚か者は心底目障りなんですよ!」
殺気に満ちた視線をラディッツに向け、急降下しながら攻撃に出る。
「フリーザ、貴様だけは絶対に許さん!」
ラディッツも応戦して攻撃を繰り出し、周囲に激しくぶつかり合う打撃音が響き渡った。
「ふふふ、あれだけ意気がった割には全く大したことないですね。所詮、低能な猿ということですか。この私との圧倒的な力の差を分かっていないのですから。何なら、手加減して差し上げましょうか?」
フリーザは始終嫌な笑みを浮かべながらも、攻撃の手は緩めない。
「べらべらとよく喋る野郎だ! オレが本気を出せば、こんなもんじゃ済まさんぞ!」
ラディッツは一瞬の隙を狙って背後を取り、フリーザの背中を蹴り飛ばす。
「ぐっ……!?」
不意打ちを喰らったフリーザは、まともに攻撃を受けて岩山に激突した。
「まだまだっ!」
ラディッツは追い撃ちをかけようと、一気にフリーザとの間合いを詰める。
「チッ、サイヤ人ごときが! このフリーザ様を嘗めるんじゃないよっ!」
しかし、素早く受け身を取っていたフリーザが、怒りに任せてエネルギーボールを撃ち放った。
「な、何っ!? うぐはっ!」
ラディッツは避けきれずに吹き飛ばされてしまい、地面に激しく叩きつけられ、しばらく動けそうもなかった。
「ち、畜生っ……!」
「オーホッホッホ! 甘く見ていただいては困りますね。言っておきますが、私の実力はこの程度ではありませんよ?」
「へえ? それじゃあ、その実力ってのを見せて貰おうじゃねえか」
名無しさんは声のした方向に顔を向け、洞窟から身を乗り出して「あの人は……」と呟いた。
「お、親父っ……!」
ラディッツは弱々しく顔を上げ、突如現れた人物を見て叫んだ。
彼の目線は、高く聳え立つ岩山の頂上に注がれている。そこには逆立った髪に深紅の布を巻いて、眼光鋭く殺気に満ちた男、バーダックが冷笑を浮かべてフリーザを見据えていた。
「よぉ、フリーザさんよ。随分と派手にやらかしてるじゃねえか。退屈凌ぎにオレも交ぜてくれよ?」
バーダックは親指で自分を指しながら、挑発的な態度を見せる。
「おや、その顔には見覚えがありますよ。確か、私が惑星ベジータとともに滅ぼしたサイヤ人でしたね」
納得したように頷いたフリーザは「ですが」と言葉を切った。
「無能な猿が一匹増えたところで、一体何が出来るのですか?」
嘲笑いながら、バーダックを見下している。
「お、親父……何しに来た」
ラディッツは傷ついた身体を起こすと、ふらつく足取りでバーダックに近寄った。
「ああ? お前があまりにも不甲斐ねえからよ。オレがフリーザと遊んでやろうと思ってな。わざわざ参上したって訳だ」
「ほ、本気か……親父、フリーザにあっさり負けただろ……これは遊びのレベルじゃないんだぞ!」
ラディッツの罵倒を浴びて、ピクリと片眉を動かしたバーダックは、彼の首根っ子をむずと鷲掴んで身動きを封じた。
「なっ、何しやがる……!?」
「てめえこそ、何吐かしてやがる。そりゃあ、過去の話だろうが。オレは地獄に堕ちて以来、お前より更に過酷な修業に没頭してたんだぜ。ヤツとはオレが決着をつける。てめえはすっこんでろ、弱虫ラディッツよ」
「ぐっぅ……オレだって……必死に修業してたんだからな!」
身体の自由を奪われたラディッツは、バーダックの腕を掻きむしって逃れようとする。
しかしバーダックは意に介さず、彼を見下ろしたまま。
「ふん、そのざまでほざくな、ドアホウが」
鼻であしらい、ラディッツの首から手を離した。
ラディッツは苦しげにむせ返りつつも、バーダックを睨みつける。
「親父がそこまで言うなら、今こそオレの実力を証明してやる! 黙ってそこで見てろよ、親父!」
闘志を燃やし、やる気充分で意気込むラディッツだったが。
「貴様ら、このオレを無視して親子喧嘩とはいい度胸だ。その減らず口が叩けないように、親子揃ってオレの前から消えて貰おうか!」
丁寧な言葉遣いから一変して荒っぽく怒鳴ったフリーザに、二人の視線が一斉に注がれる。
「ハッ、好き勝手吐かしてんじゃねえぞ。消えるのは貴様だ、フリーザ!」
「そうだぜっ、覚悟しやがれ!」
二人がフリーザに突撃しようとした時だった。
固唾を呑んで見守っていた名無しさんが、何を思ったのか。
「フリーザ! 無意味な争いはもう止めなさい! 貴方は絶対に復活出来ないのよ!」
フリーザに向けて大声を張り上げた。
「あのバカ女め、死にたいのか」
その様子を目にしたラディッツが名無しさんを睨んで、面倒そうに呟く。
「小娘……手を出さずにいてやれば、嘗めやがって!」
怒りに支配されたフリーザは一瞬で名無しさんの前に現れ「遊びは終わりだ!」と彼女の腕をむんずと掴んで飛び上がる。
「いやっ、離してよっ!」
フリーザは宙に浮かんだまま、不気味な眼光を名無しさんに向けた。
「離してやってもいいけどさ。お前は即死だろうね。お望み通り、このまま離してあげようか?」
「ひっ、卑怯者!」
「お前が自分で言ったんだろ。全く、どこまでも生意気な小娘だ!」
怒りを露にしたフリーザが更に力を加えると、名無しさんは「ぐっ……うぅ……」と、苦悶の声を漏らす。骨が軋む嫌な音と鋭い痛みが彼女を支配した。
「クソッ、これじゃ迂濶に手を出せん。フリーザめ、姑息な手を使いやがって!」
フリーザへの攻撃を躊躇うラディッツは、悔しそうに拳を握り締める。
「ふふふ、こう見えてもボクは優しいからね。このまま腕を握り潰されるか、さっきの話の続きをするか、選ばせてあげるよ」
「うぐっ……誰が、貴方なんかのっ……言うことなんて……」
「やれやれ、強情な人間だね。それなら、ボクに逆らった者の末路を教えてやるか」
フリーザは空いている手にエネルギーを溜め始めた。
「そうはさせるか!」
名無しさんの危険を真っ先に察知したバーダックが、右拳にパワーを集中させる。
「クソ野郎が……これでも喰らっとけ!」
「なっ……!?」
一瞬にしてフリーザの懐へ飛び込み、鳩尾に痛恨の一撃を与えた。
「うぐああっ!」
不意を衝かれてダメージを受けたフリーザは、凄まじいスピードで後方へ吹き飛ばされた。
「きゃあっ!?」
フリーザに捕まっていた名無しさんは、その衝撃で空中へ放り出されてしまう。
(私、死ぬの? まだ目的も果たしてないのに……!)
背中から落ちて地面に叩きつけられる直前、本能的に目を塞ぐ。
その直後、予想していた筈の衝撃はなく、名無しさんは何者かに受け止められていた。
(……あれっ、痛くない。私、どうなったの?)
「危なかったな」
頭上に低音が響いて、そっと見上げれば、フリーザに攻撃を与えた張本人のバーダックが名無しさんを見下ろしていた。
(あっ、バーダックさんが助けてくれたんだ……)
「大丈夫か?」
「は、はい! 助けてくれて、ありがとうございます!」
「礼は要らん。それと、あの野郎には何を言っても無駄だ。ここは大人しくオレ達に任せておけ」
「でも……」
争いはよくない、と言いかけて口を噤む。バーダックの瞳に、とてつもない怒りの色が滲んでいたからだ。
「……分かりました」
バーダックの迫力に気圧された名無しさんは、彼の手によって洞窟の前で降ろされた。
「すぐ終わらせるから、ここでじっとしてろ」
名無しさんにそう言い残したバーダックは、戦闘の渦中へ舞い戻っていく。
爆音と爆風が渦巻く中で、ラディッツとフリーザが熾烈な闘いを繰り広げていた。
「おい、ラディッツ! ダメージ受けて参ってんだったら、オレが代わりにやってやろうか?」
ラディッツの後方に降り立ったバーダックは軽口を叩きつつ、好機を逃さない為に気を高め始める。
「いいや、オレはまだ闘える。親父は黙って見てろよ。オレの修業の成果をな!」
フリーザとの攻防を繰り返しつつ、ラディッツがバーダックに向かって叫ぶと、その勇姿を目にしたバーダックの口角が上がる。
「おのれぇ、宇宙の帝王と恐れられたオレをどこまでも嘗めやがって……貴様らを消滅させてやる。サイヤ人は魂の欠片も残してやらんぞ!」
「ふん、いつまでも過去に縋りついて何になるんだよ。そういう貴様こそ、さっさとくたばりやがれっ!」
怒り心頭に発したフリーザに対し、ラディッツは怒声とともにエネルギー弾を連続で撃ち放った。
「そんな攻撃が効くものか!」
ラディッツのエネルギー弾を片手で弾き飛ばすフリーザ。
「ちいっ、やはり一筋縄ではいかんか!」
「くたばれええっ!」
怒り狂ったフリーザはラディッツに向かって、強烈なエネルギー弾を撃ち放つ。
「しつこい野郎だなっ!」
ラディッツも満身の力を振り絞って撃ち放ったエネルギー弾で応戦し、二つのエネルギーが激しくぶつかり合う。
「甘いぞっ! はああぁっ!」
フリーザが気合いで弾き返したエネルギー弾が、最悪にも彼女のいる洞窟へ弾道を変える。
「おいっ、避けろ!」
「えっ……嘘、でしょ」
危険が迫り来るなか、名無しさんは脚が震えて逃げられなかった。
「面倒かけやがって!」
ラディッツはフルスピードで彼女の元へ向かい、間一髪でその場から上空へ避難させる。直後、フリーザが弾き返したエネルギー弾で洞窟が破壊された。
「ごめん……ラディッツ」
半ば放心状態の名無しさんに「次は気をつけろ」と、ラディッツは事もなげに言った。
「上等だ、後はオレに任せろ!」
「親父っ!?」
今まで気を溜めていたバーダックが拳に全エネルギーを集中させ、フリーザへと突撃する。
「フリーザッ! これが貴様の本当の最期だっ!」
バーダックは怒声を発しながらフリーザの鳩尾を突き刺し、持てる力を振り絞ってエネルギー弾を撃ち込んだ。
「うぎゃああっ! そんなバカな……宇宙最強の……フリーザ様がああっ!」
バーダック渾身の一撃でフリーザの土手っ腹に風穴を開け、断末魔の叫びを遺して木端微塵に砕け散る。彼にとっては、因縁の強敵を討ち破った歴史的瞬間だった。
「……よかった」
フリーザの消滅を見届けた名無しさんは、張り詰めていた糸が切れたように安堵の表情を浮かべた。
それを目にしたラディッツは自分の腕に抱えている彼女を、ジロリと見やる。
「いい訳あるか。お前はもっと危機感を持てよ」
「もしかして、心配してくれたの?」
名無しさんがそう問いかけると、ラディッツの顔が忽ち真っ赤に染まっていく。
「はあ? 何言ってやがる! 冗談も大概にしろ!」
食ってかかるラディッツに、名無しさんは小さく笑い声を漏らす。
「お前っ、何笑ってんだよ!」
「ラディッツって、実は優しいんだね」
「だから何でそうなるんだよ!」
ラディッツが大声で喚き立てる真っ只中、眉間に皺を寄せて不機嫌なバーダックが二人の前に現れた。
バーダックはラディッツに抱えられた名無しさんを眼前に捉える。
「おい、ラディッツ。オレが必死で闘ったってのに、てめえは随分と楽しそうじゃねえか」
「これのどこが楽しそうに見えるんだ……って、何で親父がいいとこ取りしてんだよ! せっかくオレがフリーザを仕留めようと思ってたのによ……」
終いには不貞腐れるラディッツに。
「何寝惚けたこと吐かしてやがる。あそこでオレが攻撃してなかったら、確実に全滅してただろうが」
頭をガシガシと掻きながら面倒臭そうに言い捨てるバーダックだったが。
「んなことより、いつまでそうやってるつもりだ?」
未だラディッツに抱っこされたままの彼女を不躾に指した。
「そうだよ。ずっと待ってるのに、なかなか降ろしてくれないんだから」
「うるさいヤツだな! 助けてやったのに文句言うなよ!」
「うるせえのはてめえだ、ラディッツ」
またも噛みつくラディッツをバーダックが睨み据える。
「……はいはい、どうせ全部オレが悪いんだろ」
「私……もしかして悪いこと言ったかな、ラディッツ」
「ふん……(親父の無茶な言い分は)今に始まったことでもないから、別にいいけどよ」
ラディッツは投げやりな態度で、名無しさんを地面に降ろした。
それを敢えて黙視していたバーダックが、改めて口を開く。
「さてと、自己紹介がまだだったな。オレはバーダック。もう分かってるとは思うが、ラディッツの父親だ」
「私の名前は名無しさんです。先程はすみませんでした。フリーザに好き勝手されたくないと思ったら、悔しくて……」
「済んだことは気にするな。それより、せっかく知り合ったんだ。仲良くしようぜ、名無しさん?」
バーダックは不敵に笑って、名無しさんに右手を差し出す。
「は、はい……よろしくお願いします」
悟空そっくりのバーダックと改めて対面した彼女は、緊張した面持ちで握手を交わした。
「そう硬くなるな、何も取って喰おうって訳じゃねえんだぜ?」
「取って食べるって……あはは、バーダックさんってユニークな方ですね」
バーダックの物騒な発言で、逆に緊張がすっかり解れた名無しさんは本気でウケているようだ。当の彼は、形容し難い複雑な表情をしていた。
「ところで、名無しさん。戦闘前に、オレと親父を復活させたいとか言ってたよな?」
ラディッツが思い出したように言えば、「何の話だ?」とバーダックは首を捻る。
「その話、私にも詳しくお聞かせ願いたいものだな」
突如、上空からゆっくりと降り立った者を見て、彼女は顔面蒼白になる。
「貴方は、セル!?」
「ほう、私を知っているようだな。なら話は早い、私に復活する方法を教えて貰おうか?」
事実上有無を言わせないセルの問いかけに、断固として首を振る名無しさん。
「絶対嫌。どう転んでも、悪党に教えられる訳ないじゃない!」
「……そうか。では、不本意だが仕方ない。これは、ほんの挨拶代わりだ。ありがたく受け取れぇいっ!」
両手に気を溜め、三人へとエネルギー弾を撃ち放つセル。
「そんなもの要るか!」
ラディッツは咄嗟に横へ飛び退いてエネルギー弾を避け、反射的に臨戦態勢を取る。バーダックは名無しさんを抱き抱えつつ、間一髪でセルの攻撃を回避した。
「地獄にはあんな化けモンがいやがったのか。オレとしたことが、フリーザの動向ばっか気にしてたぜ」
「バーダックさん。私、今回の敵に関してはお役に立てるかもしれません」
名無しさんがバーダックに何かを素早く耳打ちすると、それを聞いた彼の口元が綻ぶ。
「へえ、そいつは朗報だな。ありがとよ、名無しさん。戦闘が有利になるぜ」
「いえ、頑張ってください!」
「ああ、お前は安全な場所に隠れてろ」
バーダックは名無しさんを岩陰の比較的安全な場所へ避難させ、再び戦闘に舞い戻っていく。
だが、セルとの戦闘はフリーザ以上に苦戦を強いられた。
「ったく、今日は厄日だぜ!」
「死人に厄日もへったくれもあるか!」
ラディッツは気力体力ともに使い放たして防戦一方になり、成り行きでバーダックに負担がかかってしまう。
「このままじゃ埒が明かねえ……しょうがねえな、最後の手段だ!」
バーダックは左右の拳を強く握り締め、全身に気を溜め始めた。
次の瞬間、彼の黒髪が金色に変化して逆立ち、瞳は漆黒から碧眼へと変貌を遂げ、全身に黄金の気を纏っている。
すっかり風貌を変えたバーダックは、眼光鋭く真正面からセルを睨み据えた。
「まさか、超サイヤ人か!? 親父っ、いつの間に……!」
「超サイヤ人など珍しくもなかろう。それで私に勝てるとでも思ったのか?」
「やってみなきゃ分からねえ、だろ?」
超サイヤ人になったバーダックは素早い身の熟しで、セルの身体中に拳と蹴りを入れ、顔面に強烈な気弾を撃ち放った。
「うごはあぁっ!」
バーダックの超スピードを見切れないセルは、徐々に体力を奪われていく。セルにとっては予想外な展開だろう。
「な、何故だ……」
遂には、地面に跪いた。
「貴様は地球の科学者が作った化けモンなんだろ? しかも、色んなヤツの細胞を持ってるんだとな?」
「……だったら、どうだと言うのだ?」
「そいつは厄介だけどよ。要は貴様の核を殺っちまえばいいんだよな?」
バーダックは口元に弧を描いて、両手に気を溜め始める。
「っ!? 貴様ぁ、何故それを知っている!?」
セルは焦った様子で、後方へ数歩引き下がった。
「残念だったな、てめえで考えろよ」
バーダックは大胆不敵に笑い、矢継ぎ早に無数の気弾をセルに浴びせる。
「こんなっ……こんなことがっ……ぐうぅっ!」
セルはバリアーを張るがバーダックの気弾の威力が上回り、それを突き抜けてダメージを受けた。
「これで終わりだ、地球の化けモンよ……二度とその醜い面ぁ見せんじゃねえぞっ!」
留めのエネルギー弾は一際黄金の輝きを放ち、遂にはセルの核を貫いた。
「うがあああぁっっ!」
セルの身体から眩い光が四方八方に迸り、その末、苦しみ悶えながら消滅するのだった。
「ったく、手間ぁかけさせやがって……」
セルの最期を見届けたバーダックは、程なく超化を解いた。
「遂にやったな、親父。超サイヤ人になれるとは正直恐れ入ったぜ」
ラディッツが倒れそうな身体を庇いながら、バーダックの傍に歩み寄る。
「へっ、情けねえ格好だな?」
バーダックはボロボロのラディッツを見ると、意地悪く笑った。
「そう思うなら、肩ぐらい貸してくれよ」
「あれぐらいの戦闘でへばりやがって。甘えてんじゃねえよ、バカ息子が」
「何だとぉ? もっと息子を大事にしろ!」
険悪な雰囲気が漂い始めて、今にも親子対決が勃発しそうになる。
「ストーップ! せっかくセルを倒せたんだから、親子喧嘩なんて止めてよっ!」
名無しさんが駆け寄るなり、二人の間に割って入った。
「言っとくが、オレは喧嘩した覚えはねえな。コイツが勝手に突っかかってきやがるんだ」
「よく言うぜ、親父が厭味ばっか言うからだろうが!」
バーダックのクールな発言に、ラディッツは余計ムキになって怒鳴り散らした。
まるで漫才のようなやりとりを見ていた彼女が吹き出す。
「あーそっか。昔から喧嘩するほど仲がいいって言うんだっけ。それなら、放っておいても勝手に仲直りしちゃうのかな?」
「かっ、勘違いするなよ! オレと親父はそんな甘ったるい関係じゃないからな!」
耳まで真っ赤になったラディッツが、今度は彼女に向かって牙を剥いた。
すると何を思ったのか、バーダックはニヤリと笑い、徐に口を開く。
「冷てえなぁ、ラディッツよぉ。オレなりにお前を可愛がってるんだぜ。昔からバカな子供ほど可愛いって言うじゃねえか。なあ?」
ラディッツの肩を抱き寄せ、バカな子供を強調し、彼の頭を乱暴に撫で回す。
「痛ででっ! これのどこが可愛がってるんだ! いびってるの間違いだろうがっ!」
「チッ……口答えしてんじゃねえ。オレのガキなら、親の愛情を甘んじて受けやがれ!」
バーダックは大人気なく、ラディッツの頭を更に荒々しく撫でくり回す。
「こんのクソ親父っ! オレはこんな暴力なんぞ愛情と認めんからなっ!」
ラディッツが自分の頭からバーダックの掌を退けようと、奮闘している時だった。
「オッス、名無しさん!」
閻魔大王の元で待機していた筈の悟空が、名無しさん達の前に姿を現す。
「あっ、悟空!」
それまで戯れていたバーダックと、髪の毛をボサボサにされたラディッツの動きがピタッと止まり、二人の顔が同時に悟空へと向けられる。
「「……カカロット!?」」
「兄ちゃん、久しぶりだな。そっちは父ちゃんだよな? はははっ、二人とも死んでっけど元気そうだ!」
二人は突然現れた悟空に、すっかり目を奪われている様子だ。
「……お前、カカロットの知り合いだったのか。どうりで、オレや親父を知っているわけだ」
ラディッツが呟くと、名無しさんが真顔で頷いた。
「まだ言ってなかったけど、今は事情があって悟空のお世話になってるんだ」
悟空は見た目からして怪我が酷いラディッツに近寄った。
「また派手にやられたな、兄ちゃん!」
「うるさい。ジロジロ見るな、このバカロットが」
悟空を睨み据え、ぶっきらぼうに返事をするラディッツ。
「ほれ、カリン様に仙豆貰って来たから食べろよ」
悟空はラディッツの素気ない態度を気にも留めず、手に持っていた麻袋から仙豆を一粒出して投げてやる。
「何だ、これは?」
仙豆を受け取ったラディッツは、それを訝しげに眺める。
「仙豆って豆なんだけどよ。一粒食えば、あっちゅう間に怪我が治って元気になれっぞ!」
「……本当に豆なんかで怪我が治るのか?」
「ああ、オラだって何度も助けられてっかんな。騙されたと思って食ってみろよ?」
「そこまで言うなら食ってやるが、本当に騙したら許さんからな」
ラディッツは仙豆を口の中へ放り込み、咀嚼して飲み込んだ。
仙豆はその効力を遺憾なく発揮し、戦闘で受けたダメージが瞬く間に回復した。ラディッツは自らの身体をくまなく調べて目を見張る。
「信じられん……傷が完治してやがる。メディカルマシーンより有能な物が存在したのか」
「な、すげえだろ? 名無しさんと父ちゃんも食べろよ」
悟空は二人にも仙豆を差し出す。
「ありがとう、悟空。実は仙豆ってどんな味がするのか、密かに気になってたんだ。いただきまーす!」
思わぬ形で念願叶った名無しさんは、悟空から貰った仙豆を口にすると、ラディッツと同様手負いの傷が瞬時にして癒えた。
「そんで、初めて食った仙豆の味はどうだ?」
「ん~思ってたより普通の豆と変わらないような……ねえ、ラディッツはどうだった?」
「あ? オレも答えるのかよ。そうだな、センズとやらの効力は認めるが、取り立てて美味いとは思わんな」
「はははっ、そんなもんだろ」
「でもフリーザに掴まれた腕はもう痛くないし、完治してるよ!」
名無しさんが完治した腕を見て歓喜の声を上げ、悟空は「へへっ、だろ?」と満面に笑みを浮かべている。
「言っとくが、オレは必要ねえからな」
バーダックが顔を背けて拒否すると、悟空は苦笑しながらも仙豆を麻袋に入れて懐にしまった。
「悟空、聞いてよ! バーダックさんが超サイヤ人になって、セルを消滅させたんだよ!」
「ああ、オラも閻魔のおっちゃんとこで一部始終見てたぞ」
興奮気味の名無しさんに悟空も頷いて、バーダックに視線を移す。
「……珍しいことでもねえだろうが」
超サイヤ人を話題にされるのが嫌なのか、当の本人は顔を歪めるだけだ。
「オラが気になんのは、超サイヤ人になるだけでも身体に余計な負担がかかっちまうんだ。闘う相手が自分より強ぇヤツほど、無茶して体力を消耗しちまうかんな。幾ら死人たって、実際は父ちゃんだってかなり疲労が溜まってんだろ?」
悟空が眉間に皺を寄せて問うが、バーダックは「さぁな?」とあくまでも白を切るだけだ。
「……バーダックさん。もしかして、立ってるだけでも辛いんじゃないんですか?」
名無しさんが心配そうにバーダックへと歩み寄る。
「本当か? 親父、何で黙ってたんだよ!」
ラディッツも青ざめた様子で詰め寄った。
「がたがた騒ぐな。オレは死人なんだ。この程度、全然大したことねえよ」
バーダックが周りの心配をはねつけ、決して弱味を見せないのは戦闘民族としての気質なのだろう。
「んなことより、カカロット。いつまでここにいるつもりだ? 用がねえなら、名無しさんを連れてさっさと帰れ」
厳しい視線を投げかけるバーダックに、悟空は人差し指で頬を掻いた。
「いや、用ならあっぞ。父ちゃんと兄ちゃんを一緒に連れて来いって、閻魔のおっちゃんからの伝言だ」
「悟空、まさか!?」
名無しさんは瞳を輝かせて悟空を見つめる。
「よく頑張ったな、閻魔のおっちゃんが名無しさんを認めてくれたぞ!」
ニッと白い歯を見せてVサインを出す悟空。
「おい、カカロット。どういうことか、もっと詳しく説明しろよ。さっきから何が何だか、さっぱり分からんぞ」
「ふん、どうせ何か企んでやがるんだろ」
ラディッツとバーダックが悟空を見据えると、彼はニコニコするだけで答える様子はない。
その瞬間、バーダックは何かを悟ったようにふっと笑って、ラディッツの肩を叩いた。
「面白そうじゃねえか。誘いに乗ってやろうぜ、ラディッツ」
「本気かよ、親父……」
「当然だ」
「決まりだな。んじゃ、皆で閻魔のおっちゃんとこ戻るか!」
かくして、悟空と名無しさんはバーダックとラディッツを伴い、閻魔大王の元へ瞬間移動するのだった。