★悟空Long Dream【Familyー固い絆ー】
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名無しさんは腕によりをかけて作ったご馳走をテーブルに並べていた。
食事の支度を終えて椅子に座り、悟空の帰りを待ち侘びる。
「悟空、早く帰って来ないかなぁ」
窓外を見ると、辺りには夕闇が迫っていた。それでも尚、悟空が帰って来る気配はない。
「……どこまで修業に行ったんだろう」
テーブルの上に所狭しと並ぶご馳走の山を見て、途方に暮れる名無しさんだったが。
遂に痺れを切らして玄関に向かい、ドアを開け放つ。
すると、目前には橙色が広がった。
「えっ……?」
「ただいま。名無しさん、わざわざ出迎えてくれたんか」
修業を終えて帰って来た悟空が笑顔で立っている。
「お、お帰りなさい」
「遅くなっちまってわりぃな。今日はみっちり身体動かしたくてよ」
頭を掻きながら申しわけなさそうに謝る悟空に、名無しさんは嘆息した。
「もうご飯出来てるよ」
「飯!? オラ、腹ペコなんだよ!」
名無しさんの気持ちを知る由もなく、悟空は瞳を輝かせて嬉しそうにテーブルへ直行する。
「あっ、ちゃんと手を洗ってから……って、聞いてないか」
名無しさんは苦笑しながら玄関のドアを閉めた。
「ん~いい匂いだ。これ全部名無しさんが作ったんか。美味そうだな!」
席に着いた悟空はご馳走を前にして、すぐにでも食らいつきそうな勢いだ。
「なあ、食っていいか!? オラもう我慢出来ねえよ!」
「悟空の為に作ったんだから、好きなだけ召し上がれ?」
「そんじゃ、遠慮なくいっただっきまーす!」
行儀よく両手を合わせて挨拶した悟空は、次の瞬間から凄まじい勢いで料理を食べ始める。
「ほへ、ほんほひふへへは! はひほふば!」
「悟空、何言ってるか分かんないよ」
「ゴクンッ……これ、ホントに美味ぇな! 最高だ!」
豪快に料理を食らう悟空と、次から次へと綺麗になっていく大皿を見て、名無しさんはただただ苦笑するしかない。
「ホントに美味しそうに食べるんだね」
名無しさんも席に着き、自分の分として取り分けて置いた料理を口にする。
「名無しさんって飯作んの上手ぇんだな。オラ、こんな美味ぇ飯が食えるなんて幸せだ!」
その間にも空いた大皿がどんどん積み重なり、とうとう最後の一皿も綺麗に平らげた。
「あー食った食った。ご馳走さん!」
悟空は満足そうに道着の帯を緩めて、膨れた腹を摩っている。
「悟空って何でも美味しそうに食べるから、嫌いな食べ物なんてなさそうだよね」
「美味ぇモンなら何でも好きだぞ。でも苦ぇモンは苦手だ。ビールなんて好き好んで飲みたくねえもんな」
正直な悟空に、名無しさんは小さく笑みを零す。
「悟空はまだいいよ。私には兄が一人いるんだけどね。好き嫌いが多くて、料理一品作るのも一苦労なんだから」
「オラは名無しさんの作った飯、気に入ったぞ。もっと他のモンも食ってみてえな」
「食べて欲しい料理は、まだまだいっぱいあるから楽しみにしててね?」
「ああ!」
食事を終えた名無しさんは、幾重もの大皿をシンクへと運んでいく。
「オラも運ぶの手伝うぞ」
道着の帯を締め直した悟空も率先して食器を運ぶ。
「助かるよ。こんなに食器を扱うのは初めてで」
「オラに出来ることなら、何でもすっからな?」
「うん、ありがとう!」
悟空の優しい言葉を受け、名無しさんは花笑みを向けた。
後片付けを終えた悟空と名無しさんは烏龍茶を淹れて椅子に座り直し、食後のリラックスタイムを過ごす。
「さっきの話の続きだけど、悟空にもお兄さんがいるよね?」
「オラの兄貴って……あっ、サイヤ人のか。昔、ピッコロが倒しちまったんだよな。あんなヤツでもオラと血が繋がってたんだ。今でも地獄にいんのかな」
悟空は何とも複雑な表情を浮かべて、ぽつりと呟く。
「お兄さんのこと気になる?」
「まあ、ちょっとはな。界王様なら何か知ってっかもな。おーい、聞こえっか、界王様!」
悟空は天井を見上げて界王に呼びかける。
《悟空、よーく聞こえとるぞ!》
すぐさま界王の声が辺りに響き渡った。
「えっ、私にも聞こえる!?」
《ふっふっふ。娘よ、界王の力を侮るでないぞ?》
名無しさんが驚いて椅子から立ち上がると、界王は満足そうに笑って答えた。
「そんなことよりさ、界王様。オラの兄ちゃんってまだ地獄にいんのか?」
《なっ、そんなこととは何だ! 相変わらず失礼な男じゃな! 謝らんのなら質問に答えてやらんぞ!》
憤慨する界王に、悟空は肩を竦める。
「うっ……オラが悪かった。界王様のすんげえパワーで、兄ちゃんがまだ地獄にいんのか確かめてくれ」
《ふふん、そこまで頼まれちゃ仕方ないのう》
(えーっ!? 案外単純だよ、界王様……)
容易に掌を返した界王のご機嫌な様子に、ついていけない名無しさん。
《悟空の兄は確か、ラディッツという名前だったか。ふむ……まだ地獄におるようじゃな》
「そっか、まだ生まれ変わってねえんだな」
しばらく沈黙の後。
《……悟空よ。ラディッツの他にも、お前と血縁関係にある者がおるぞ》
界王の重々しい声が届いた。
「オラと血が繋がってるヤツ? それって誰だ?」
《それはな。お前の父親で、名をバーダックと言う。知らなくとも無理はないか。バーダックは悟空が赤ん坊の頃、惑星ベジータとともにフリーザの陰謀によって滅ぼされてしまったんじゃからな……》
「そうか」
《それで、もう用はないのか?》
「ああ、サンキュー界王様!」
(そっか、地獄にはバーダックさんもいるんだっけ)
《ところで、そっちの娘はこの世界の者ではないな?》
「えっ!? あ、はい……」
急に話を振られた名無しさんは、戸惑いつつ返事した。
《ふむ、稀に起こる時空の歪み、謂わば裂け目が生じて、この世とお主の世界が奇跡的に繋がったんじゃろうて。お主も災難だったな》
「い、いえ」
(災難……そんなネガティブにはならなかったな)
《お主、自分の世界に帰りたいと思わんのか?》
「え……」
「だっ、駄目だ! 名無しさんはオラと二人で暮らすんだからよ!」
悟空はオモチャを取り上げられそうになる子供のように、名無しさんを腕の中に閉じ込めてしまう。
「ご、悟空……界王様、私はこの世にいてはいけない存在なんでしょうか? もし問題なければ、この世に留まりたいんです」
名無しさんは天井を見上げ、界王に向かって素直な気持ちを告げた。
《特に問題ないじゃろう。だが、本当によいのか? もう元の世界には戻れないかもしれんのじゃぞ?》
「しつけえぞ、界王様。名無しさんがいてえっつってんだから、問題ねえだろ?」
《しつこいとは何だ、しつこいとは! ワシはその娘を心配してじゃなっ……》
界王と悟空の口喧嘩を見るに見兼ねた名無しさんが「聞いてください、界王様!」と二人の会話に割って入る。
「私は何があっても覚悟は出来ていますので、どうかご心配なさらないでください」
《……そこまで決意しておるのなら、もう何も言うまい。では、またな》
界王がそれだけ言い残すと、辺りに静寂が戻った。
「余計なことばっか言うんだからよ、界王様は」
「きっと界王様なりに気遣ってくれたんだよ」
名無しさんは自分を抱き締める悟空を見つめた。
「ねえ、悟空。界王様のお蔭で一つ決心がついたの」
悟空は「何だ?」と首を傾げた。
「悟空のお父さんとお兄さんを生き返らせよう」
「へ?」
名無しさんの突拍子もない発言に、悟空は口をポカンと開ける。
「二人を生き返らせたら、皆で仲良く暮らすの。そうすれば、もっと賑やかになって楽しくなるよ?」
「皆で仲良くってもなあ……オラは名無しさんがいるだけで充分楽しいぞ」
笑顔で話す名無しさんに反して、悟空はあまり乗り気ではないようだ。
「でも、悟空はお父さんに逢ったことないでしょ? 生き返ったら一緒に修業出来るかもしれないよ?」
それでも諦めるつもりのない名無しさんの“修業”というフレーズに、眉をピクッと動かした悟空は武道家としての顔つきに変わる。
「父ちゃんと修業か。名無しさんが言う通り逢ったことねえけどよ。どれほどの実力か、一度手合わせしてみんのも面白ぇかもな」
「じゃあ、二人を生き返らせなきゃ!」
にっこりと笑う名無しさんに対し、悟空は「ん?」とまたもや首を傾げる。
「何だかまんまと乗せられちまった気もすっけど……ま、いっか!」
(やった、大成功!)
「今日はもう遅ぇから明日、天界に行ってみっか。オラの記憶だと、ドラゴンボールじゃ無理だった気がしてよ。デンデに相談すんのが手っ取り早いと思うんだよな」
「デンデが頼みの綱なんだね」
「おっし! 明日の予定も決まったし、とっとと風呂入ぇって寝るか」
「お風呂沸かしてあるから、先に入って来なよ」
夕飯を作っている間、風呂も同時に用意していたようだ。
「名無しさんも一緒に入ぇろうぜ?」
「え……?」
まさかの爆弾発言に本人は全く無自覚なのだろう、けろりとしている。名無しさんは呆然と立ち尽くす。
「今から独りずつ入ぇったら、それこそ寝んのが遅くなっちまうだろ?」
「い、一緒に入るなんて無理に決まってるでしょ!」
(悟空に他意がないのは分かるけど、裸を見せるなんて心の準備が出来てない今は絶対無理っ!)
「あ~湯船が狭ぇからなあ。けど、オラが名無しさんを抱っこすれば問題ねえだろ?」
二度目の爆弾投下。
「そういう問題じゃないの!」
名無しさんは全力で悟空を玄関へ押しやる。
「な、何だっ!? どうしたんだよ?」
名無しさんに背中を押されつつも、彼女の胸中をまだ理解していない様子の悟空。
「恥ずかしいからに決まってるでしょ! 分かったら独りで入って来て!」
「恥ずかしいんか。そんなら、しょうがねえ……女って未だによく分かんねえなあ」
渋々納得したらしい悟空は玄関の外へ消えていった。
「……無自覚だから厄介だよ」
名無しさんはフラフラと椅子に座り込んだ。
「今日一日で色んなことがあったなあ……」
疲労がピークに達していた名無しさんはテーブルの上に顔を俯せて、静かに寝息を立て始める。
三十分後。悟空がタオルで頭を拭きながら家の中に入って来た。
「あ~さっぱりした。名無しさん、次入ぇって来いよ」
「ん、悟空……?」
のそりと顔を上げ、眠そうな眼を擦って悟空の方へ面を向ける名無しさん。
「ほれ、風邪ひかねえうちに早くした方が良いぞ?」
「……うん、行って来るね」
悟空に促された名無しさんは頼りない足取りで風呂へ向かった。
悟空は椅子に座り、TVを観ながら名無しさんを待つ。
それから更に一時間が経過した。
「名無しさんのヤツ、いつまで入ってんだ?」
悟空は何度も時計を気にしていたが。
「ちっと様子見に行ってみっか」
とうとう待ちくたびれたらしく、点けていたTVを消して名無しさんの所へ向かう。
「なあ、名無しさんまだか? オラ、眠くなっちまったよ」
少し離れた場所から名無しさんに声をかけてみるが、幾ら待っても返事はない。
「ん~? おっかしいなあ……オラの声が聞こえてねえんか?」
悟空が首を捻りつつ歩み寄ると、湯船に浸ったまま、すやすやと眠る名無しさんの姿があった。
「名無しさん、起きろ! ホントに風邪ひくぞ!」
「悟空……えっ、どうしてここにいるのっ!?」
目を覚まして慌てふためく名無しさんに悟空は呆れ顔。
「おめえがいつまでも風呂から出て来ねえんで、様子見に来たんじゃねえか」
「あっ、ごめんなさい……今すぐ出るよ」
「そんじゃ、オラは先に寝室行ってっかんな」
名無しさんが気まずそうに答えると、悟空はそう言い残して家に戻った。
(どうしよう、悟空を怒らせたかも……とにかくちゃんと謝ろう)
風呂から出て着替えを済ませた名無しさんは、悟空が待つ寝室のドアを開ける。
「あの、悟空。さっきは……」
「中に入ぇれよ、名無しさん。湯冷めしちまうぞ?」
「ごめんなさい、悟空」
悟空は躊躇いがちに近寄る名無しさんをベッドの中に引き寄せた。
「気にしてねえって。そんだけ疲れてんだろ?」
「うん、どうしても眠くて……」
「だから、ゆっくり休まねえとな?」
優しく頭を撫でる悟空に、名無しさんは無言で頷いた。
悟空と名無しさんは無事仲良く就寝して、パオズ山の夜は静かに更けていくのだった。
やがて朝日が昇り、悟空達の寝室にも光が射し込む。
「ん……朝かあ」
悟空は眠そうな目を擦りながら呟いた。
「んん……」
まだ眠りから覚めない名無しさんは、寝返りを打って悟空に身を寄せた。
「おっ? へへっ、あったけえなあ」
悟空は嬉しそうに笑い、名無しさんの肩をぐっと抱き寄せ、彼女の脚に自分の脚を絡ませる。
「んっ……ご、悟空?」
違和感に気づいた名無しさんは薄く瞼を開き、眼前の悟空を見て息を呑んだ。
「名無しさんは柔らけぇし、抱き心地いいな。毎日こうやって寝っか?」
悟空は目を覚ましたばかりの名無しさんを見つめて、嬉しそうに笑っている。
「あの、悟空……くっ、苦しいんだけど」
名無しさんは全く身動きが取れない状態だ。
「あっ、わりぃ。でえじょうぶか?」
悟空が腕を緩めると、上半身が自由になった名無しさんは小さく息を吐いた。
「大丈夫、ちょっと驚いたけどね」
「すまねえ、今度からは気ぃつけっからよ」
悟空が謝った瞬間、彼の腹の虫が盛大に鳴り響く。
「は、腹減ったあ……」
「あ、あはは……すぐご飯作るから待ってて」
「いやあ、重ね重ねすまねえ」
悟空が朝の鍛練に励んでいる間、名無しさんは急いで朝食の支度をする。夕食に劣らない品数の朝ご飯を手早く作り、出来立ての料理をテーブルに並べていると。
「名無しさん、外まで美味そうな匂いすっぞ。もう朝飯食えるんか?」
悟空が朝食の匂いに釣られて帰宅した。
「ちょうど支度終わったところだよ」
「待ってましたあ!」
悟空は喜々として椅子に座り「いっただっきまーす!」と元気よく挨拶をして、ガツガツとご飯を口に詰め込んでいく。
「ふう、満足だ。ご馳走さん」
「相変わらず、物凄い食べっぷりだね」
悟空は感心する彼女に満面の笑みを向ける。
「へへっ、名無しさんの飯はオラの大好物になったからな!」
「そう言って貰えると、作り甲斐があるよ」
名無しさんの頬も自然と綻んだ。
朝食を済ませた後、彼女は家事、悟空は外で筋トレとそれぞれの時間を過ごす。
「ちょっと休もうかな」
洗濯を終えた名無しさんがダイニングで休憩していると、悟空が姿を見せた。
「名無しさん、そろそろ出かけねえか?」
「そうだね。いつ家に帰って来れるか分かんないし」
「じゃあ、行くぞ」
悟空は名無しさんの手を握って、目的地へと瞬間移動する。
カリン塔の遥か上空に浮かぶ、地球の神が住む天界。そこに悟空と名無しさんの二人が現れた。
悟空は神のデンデに会う為に奥へ進み、名無しさんは後ろについて行く。
「空気薄っ……これじゃすぐに息切れしそう」
名無しさんが弱音を吐くと、先を歩いていた悟空が振り向いた。
「オラはもう慣れちまってっかんなあ。我慢出来そうか?」
「今はまだね。けど、長居は出来ないかも……」
「そんじゃあ、早くデンデに会わねえとな」
悟空が前方を見据えると、いつの間にか神の付き人であるミスター・ポポが神殿の前に立っている。
「おっ、ミスター・ポポだ!」
ポポは後ろ手に組み、表情一つ変えることなく、悟空と名無しさんを出迎えた。
「よく来た、悟空。理由は分かっている。神様に会いたいんだな?」
「オッス! さすがだな、おめえの言う通りだ。早速でわりぃけど、デンデを呼んで来てくんねえか?」
「承知した。少しそこで待っていろ」
ポポが神殿の奥へ消えて行くと、それを見送った名無しさんは悟空に視線を移す。
「予想通りというか、ポポさんって表情が全然変わらないんだね」
「ポポか? 確かに何考えてっか、いまいち分かんねえんだよな。でも見かけと違っていいヤツだぞ」
「見かけと違ってって、そんな言い方失礼だよ」
悟空のあっけらかんとした物言いに、名無しさんは早くも疲れを感じてしまう。
「悟空さーん!」
元気な声が響き渡り、地球の神であるデンデが神殿から現れて、嬉しそうに悟空の元へ駆け寄って来た。
「よっ、デンデ!」
悟空は片手を上げて、デンデに笑いかける。
「今日はデンデに聞きてえことがあってよ」
「聞きたいこと、ですか? ボクで分かることだといいんですが……」
そう答えるデンデの視線の先に、名無しさんが立っていた。
「悟空さん、そのお方は?」
「コイツは……」
「初めまして、名無しさんと申します。昨日から訳あって、悟空と一緒に住むことになりました。これから何卒よろしくお願いします」
悟空が紹介する前に、デンデに手を差し伸べる名無しさん。
「お初にお目にかかります。名無しさんさん、ボクのことはデンデと呼んでください」
デンデは頬をほんのり赤く染めて、
名無しさんと握手を交わした。
「可愛いっ!」
名無しさんはデンデの手を引き寄せて、躊躇いなくギュッと抱き締める。
「あっ、名無しさんさん!?」
デンデが叫ぶと、何者かが名無しさんの肩を掴んだ。
「えっ!?」
突然の出来事に身体を硬直させる名無しさん。
「離してやれ、デンデは過剰な触れ合いに慣れていないんだ」
名無しさんの肩を掴んでたしなめたのは、神コロ――いや、最早神でもピッコロ大魔王でもない、超ナメック星人ピッコロだった。
「ビックリした……デンデ、急に抱き着いてごめんね?」
名無しさんはすぐにデンデを解放する。
「……いえ、ボクは構いませんよ」
真っ赤になったまま俯くデンデ。
「オッス、ピッコロ!」
悟空が呼びかければ、ピッコロは一瞥をくれ、「相変わらず平和ボケした顔をしてやがるな、悟空」と皮肉な笑みを浮かべる。
「ピッコロ、おめえの気配がすんのは分かってたけどよ。急に出て来て名無しさんを脅かすのは止めてくれ」
「ふん……名無しさんと言ったか? 驚かせて悪かったな」
ピッコロはマントを翻し、名無しさんに背を向けて告げた。
「いえっ、ピッコロさんが謝る必要はないですよ! いきなりデンデに抱き着いた私が悪いんですから!」
名無しさんがかぶりを振って答えれば、「そうか」と安心したように笑みを浮かべるピッコロ。
「ピッコロはデンデに甘ぇんだよな。悟飯のことも、小せえ頃から可愛がってっしよ。ひょっとして、おめえ可愛いもん好きなんか?」
二人のやり取りを見ていた悟空がニヤニヤと笑いながら、ピッコロをからかった。
「……悟空、オレを茶化しに来たんではなかろう。それとも、貴様が望むなら今ここで決着をつけてやってもいいが?」
ピッコロは自分を冷やかす悟空を睨みつけ、闘う構えを見せる。
「ちょっ、タンマ!」
悟空はすかさずピッコロに近寄り、口元に手を当てて「今はまじいんだよ」とヒソヒソ声で話す。
「何が不味いんだ?」
眉根を寄せるピッコロ。
「いや、おめえと闘うのは大歓迎なんだけどさ。名無しさんが息切れしちまうから長くいられねえってんで、今日はそれどころじゃねえんだ」
「そんな裏事情なんぞ知るか。大体、貴様がオレを挑発するから悪いんだろうが」
ピッコロも何故か小声で返せば、悟空は「そうなんだけどよぉ……」と残念そうに呟いた。
「悟空? 言っておくけど、ここに来た目的を忘れちゃ駄目だよ?」
「……わりぃ、名無しさん」
しょげる悟空の姿に、名無しさんは深い溜め息を吐いて、デンデに向き直る。
そして、サイヤ人である悟空の父と兄を復活させたい旨を伝えた。
「なるほど、事情は分かりました」
「デンデ。死亡してから一年以上経っている者は、ドラゴンボールでは復活出来んだろう」
「残念ながら、ピッコロさんのおっしゃる通りなんです」
デンデの隣に立ったピッコロが望みを打ち砕くような発言をし、デンデは申し訳なさそうに俯く。
「やっぱり駄目かあ……」
「名無しさん……ホントにどうにもなんねえのか、デンデ!」
落ち込む彼女を目にした悟空は、物凄い剣幕でデンデに詰め寄った。
「そ、そうですね……一つだけ方法があります。実例がないので、ボクも詳しくは分からないのですが」
デンデは困惑しながら悟空に告げた。
「デンデ、知ってる範囲でいいから教えてくれる?」
彼女に促されたデンデは神妙に頷く。
「まずは、あの世の閻魔界へ行ってください。そして閻魔大王様から地獄に行く許可を頂いて、直接復活させたい人にお会いするんです」
「そんで、どうすんだ?」
「残念ながら、ボクが知っているのはここまでなんです。閻魔大王様なら詳しくご存知だと思いますが……お役に立てなくてすみません」
デンデは複雑な面持ちで、悟空と名無しさんを交互に見た。
しかし、彼女の表情が忽 ち明るくなる。
「実例がないなら私達で達成すればいいんだよ! 悟空、早速あの世へ行ってみようよ!」
「ああ、そうだな。デンデにピッコロ、色々とサンキューな。オラ達あの世に行って来る!」
悟空はあの世へ瞬間移動する為、名無しさんと手を繋ぐ。
「お二人とも、どうかお気をつけてくださいね。何が待ち受けているか、分かりませんから」
「ありがとう、デンデ。行って来ます!」
二人はデンデとピッコロに見送られて、一路あの世の閻魔界へと向かうのだった。
「きっと大変な苦難が待っているでしょうね」
「だが、試練を乗り越えなければ、話にならんだろうからな。後は、ヤツら次第だ」
ピッコロは空を仰いで、そう呟いた。
「そう、ですね。お二人とも、ご無事で帰って来てください……心からお祈りしています」
デンデは神に相応しく、合掌して悟空達の帰還を祈るのだった。
食事の支度を終えて椅子に座り、悟空の帰りを待ち侘びる。
「悟空、早く帰って来ないかなぁ」
窓外を見ると、辺りには夕闇が迫っていた。それでも尚、悟空が帰って来る気配はない。
「……どこまで修業に行ったんだろう」
テーブルの上に所狭しと並ぶご馳走の山を見て、途方に暮れる名無しさんだったが。
遂に痺れを切らして玄関に向かい、ドアを開け放つ。
すると、目前には橙色が広がった。
「えっ……?」
「ただいま。名無しさん、わざわざ出迎えてくれたんか」
修業を終えて帰って来た悟空が笑顔で立っている。
「お、お帰りなさい」
「遅くなっちまってわりぃな。今日はみっちり身体動かしたくてよ」
頭を掻きながら申しわけなさそうに謝る悟空に、名無しさんは嘆息した。
「もうご飯出来てるよ」
「飯!? オラ、腹ペコなんだよ!」
名無しさんの気持ちを知る由もなく、悟空は瞳を輝かせて嬉しそうにテーブルへ直行する。
「あっ、ちゃんと手を洗ってから……って、聞いてないか」
名無しさんは苦笑しながら玄関のドアを閉めた。
「ん~いい匂いだ。これ全部名無しさんが作ったんか。美味そうだな!」
席に着いた悟空はご馳走を前にして、すぐにでも食らいつきそうな勢いだ。
「なあ、食っていいか!? オラもう我慢出来ねえよ!」
「悟空の為に作ったんだから、好きなだけ召し上がれ?」
「そんじゃ、遠慮なくいっただっきまーす!」
行儀よく両手を合わせて挨拶した悟空は、次の瞬間から凄まじい勢いで料理を食べ始める。
「ほへ、ほんほひふへへは! はひほふば!」
「悟空、何言ってるか分かんないよ」
「ゴクンッ……これ、ホントに美味ぇな! 最高だ!」
豪快に料理を食らう悟空と、次から次へと綺麗になっていく大皿を見て、名無しさんはただただ苦笑するしかない。
「ホントに美味しそうに食べるんだね」
名無しさんも席に着き、自分の分として取り分けて置いた料理を口にする。
「名無しさんって飯作んの上手ぇんだな。オラ、こんな美味ぇ飯が食えるなんて幸せだ!」
その間にも空いた大皿がどんどん積み重なり、とうとう最後の一皿も綺麗に平らげた。
「あー食った食った。ご馳走さん!」
悟空は満足そうに道着の帯を緩めて、膨れた腹を摩っている。
「悟空って何でも美味しそうに食べるから、嫌いな食べ物なんてなさそうだよね」
「美味ぇモンなら何でも好きだぞ。でも苦ぇモンは苦手だ。ビールなんて好き好んで飲みたくねえもんな」
正直な悟空に、名無しさんは小さく笑みを零す。
「悟空はまだいいよ。私には兄が一人いるんだけどね。好き嫌いが多くて、料理一品作るのも一苦労なんだから」
「オラは名無しさんの作った飯、気に入ったぞ。もっと他のモンも食ってみてえな」
「食べて欲しい料理は、まだまだいっぱいあるから楽しみにしててね?」
「ああ!」
食事を終えた名無しさんは、幾重もの大皿をシンクへと運んでいく。
「オラも運ぶの手伝うぞ」
道着の帯を締め直した悟空も率先して食器を運ぶ。
「助かるよ。こんなに食器を扱うのは初めてで」
「オラに出来ることなら、何でもすっからな?」
「うん、ありがとう!」
悟空の優しい言葉を受け、名無しさんは花笑みを向けた。
後片付けを終えた悟空と名無しさんは烏龍茶を淹れて椅子に座り直し、食後のリラックスタイムを過ごす。
「さっきの話の続きだけど、悟空にもお兄さんがいるよね?」
「オラの兄貴って……あっ、サイヤ人のか。昔、ピッコロが倒しちまったんだよな。あんなヤツでもオラと血が繋がってたんだ。今でも地獄にいんのかな」
悟空は何とも複雑な表情を浮かべて、ぽつりと呟く。
「お兄さんのこと気になる?」
「まあ、ちょっとはな。界王様なら何か知ってっかもな。おーい、聞こえっか、界王様!」
悟空は天井を見上げて界王に呼びかける。
《悟空、よーく聞こえとるぞ!》
すぐさま界王の声が辺りに響き渡った。
「えっ、私にも聞こえる!?」
《ふっふっふ。娘よ、界王の力を侮るでないぞ?》
名無しさんが驚いて椅子から立ち上がると、界王は満足そうに笑って答えた。
「そんなことよりさ、界王様。オラの兄ちゃんってまだ地獄にいんのか?」
《なっ、そんなこととは何だ! 相変わらず失礼な男じゃな! 謝らんのなら質問に答えてやらんぞ!》
憤慨する界王に、悟空は肩を竦める。
「うっ……オラが悪かった。界王様のすんげえパワーで、兄ちゃんがまだ地獄にいんのか確かめてくれ」
《ふふん、そこまで頼まれちゃ仕方ないのう》
(えーっ!? 案外単純だよ、界王様……)
容易に掌を返した界王のご機嫌な様子に、ついていけない名無しさん。
《悟空の兄は確か、ラディッツという名前だったか。ふむ……まだ地獄におるようじゃな》
「そっか、まだ生まれ変わってねえんだな」
しばらく沈黙の後。
《……悟空よ。ラディッツの他にも、お前と血縁関係にある者がおるぞ》
界王の重々しい声が届いた。
「オラと血が繋がってるヤツ? それって誰だ?」
《それはな。お前の父親で、名をバーダックと言う。知らなくとも無理はないか。バーダックは悟空が赤ん坊の頃、惑星ベジータとともにフリーザの陰謀によって滅ぼされてしまったんじゃからな……》
「そうか」
《それで、もう用はないのか?》
「ああ、サンキュー界王様!」
(そっか、地獄にはバーダックさんもいるんだっけ)
《ところで、そっちの娘はこの世界の者ではないな?》
「えっ!? あ、はい……」
急に話を振られた名無しさんは、戸惑いつつ返事した。
《ふむ、稀に起こる時空の歪み、謂わば裂け目が生じて、この世とお主の世界が奇跡的に繋がったんじゃろうて。お主も災難だったな》
「い、いえ」
(災難……そんなネガティブにはならなかったな)
《お主、自分の世界に帰りたいと思わんのか?》
「え……」
「だっ、駄目だ! 名無しさんはオラと二人で暮らすんだからよ!」
悟空はオモチャを取り上げられそうになる子供のように、名無しさんを腕の中に閉じ込めてしまう。
「ご、悟空……界王様、私はこの世にいてはいけない存在なんでしょうか? もし問題なければ、この世に留まりたいんです」
名無しさんは天井を見上げ、界王に向かって素直な気持ちを告げた。
《特に問題ないじゃろう。だが、本当によいのか? もう元の世界には戻れないかもしれんのじゃぞ?》
「しつけえぞ、界王様。名無しさんがいてえっつってんだから、問題ねえだろ?」
《しつこいとは何だ、しつこいとは! ワシはその娘を心配してじゃなっ……》
界王と悟空の口喧嘩を見るに見兼ねた名無しさんが「聞いてください、界王様!」と二人の会話に割って入る。
「私は何があっても覚悟は出来ていますので、どうかご心配なさらないでください」
《……そこまで決意しておるのなら、もう何も言うまい。では、またな》
界王がそれだけ言い残すと、辺りに静寂が戻った。
「余計なことばっか言うんだからよ、界王様は」
「きっと界王様なりに気遣ってくれたんだよ」
名無しさんは自分を抱き締める悟空を見つめた。
「ねえ、悟空。界王様のお蔭で一つ決心がついたの」
悟空は「何だ?」と首を傾げた。
「悟空のお父さんとお兄さんを生き返らせよう」
「へ?」
名無しさんの突拍子もない発言に、悟空は口をポカンと開ける。
「二人を生き返らせたら、皆で仲良く暮らすの。そうすれば、もっと賑やかになって楽しくなるよ?」
「皆で仲良くってもなあ……オラは名無しさんがいるだけで充分楽しいぞ」
笑顔で話す名無しさんに反して、悟空はあまり乗り気ではないようだ。
「でも、悟空はお父さんに逢ったことないでしょ? 生き返ったら一緒に修業出来るかもしれないよ?」
それでも諦めるつもりのない名無しさんの“修業”というフレーズに、眉をピクッと動かした悟空は武道家としての顔つきに変わる。
「父ちゃんと修業か。名無しさんが言う通り逢ったことねえけどよ。どれほどの実力か、一度手合わせしてみんのも面白ぇかもな」
「じゃあ、二人を生き返らせなきゃ!」
にっこりと笑う名無しさんに対し、悟空は「ん?」とまたもや首を傾げる。
「何だかまんまと乗せられちまった気もすっけど……ま、いっか!」
(やった、大成功!)
「今日はもう遅ぇから明日、天界に行ってみっか。オラの記憶だと、ドラゴンボールじゃ無理だった気がしてよ。デンデに相談すんのが手っ取り早いと思うんだよな」
「デンデが頼みの綱なんだね」
「おっし! 明日の予定も決まったし、とっとと風呂入ぇって寝るか」
「お風呂沸かしてあるから、先に入って来なよ」
夕飯を作っている間、風呂も同時に用意していたようだ。
「名無しさんも一緒に入ぇろうぜ?」
「え……?」
まさかの爆弾発言に本人は全く無自覚なのだろう、けろりとしている。名無しさんは呆然と立ち尽くす。
「今から独りずつ入ぇったら、それこそ寝んのが遅くなっちまうだろ?」
「い、一緒に入るなんて無理に決まってるでしょ!」
(悟空に他意がないのは分かるけど、裸を見せるなんて心の準備が出来てない今は絶対無理っ!)
「あ~湯船が狭ぇからなあ。けど、オラが名無しさんを抱っこすれば問題ねえだろ?」
二度目の爆弾投下。
「そういう問題じゃないの!」
名無しさんは全力で悟空を玄関へ押しやる。
「な、何だっ!? どうしたんだよ?」
名無しさんに背中を押されつつも、彼女の胸中をまだ理解していない様子の悟空。
「恥ずかしいからに決まってるでしょ! 分かったら独りで入って来て!」
「恥ずかしいんか。そんなら、しょうがねえ……女って未だによく分かんねえなあ」
渋々納得したらしい悟空は玄関の外へ消えていった。
「……無自覚だから厄介だよ」
名無しさんはフラフラと椅子に座り込んだ。
「今日一日で色んなことがあったなあ……」
疲労がピークに達していた名無しさんはテーブルの上に顔を俯せて、静かに寝息を立て始める。
三十分後。悟空がタオルで頭を拭きながら家の中に入って来た。
「あ~さっぱりした。名無しさん、次入ぇって来いよ」
「ん、悟空……?」
のそりと顔を上げ、眠そうな眼を擦って悟空の方へ面を向ける名無しさん。
「ほれ、風邪ひかねえうちに早くした方が良いぞ?」
「……うん、行って来るね」
悟空に促された名無しさんは頼りない足取りで風呂へ向かった。
悟空は椅子に座り、TVを観ながら名無しさんを待つ。
それから更に一時間が経過した。
「名無しさんのヤツ、いつまで入ってんだ?」
悟空は何度も時計を気にしていたが。
「ちっと様子見に行ってみっか」
とうとう待ちくたびれたらしく、点けていたTVを消して名無しさんの所へ向かう。
「なあ、名無しさんまだか? オラ、眠くなっちまったよ」
少し離れた場所から名無しさんに声をかけてみるが、幾ら待っても返事はない。
「ん~? おっかしいなあ……オラの声が聞こえてねえんか?」
悟空が首を捻りつつ歩み寄ると、湯船に浸ったまま、すやすやと眠る名無しさんの姿があった。
「名無しさん、起きろ! ホントに風邪ひくぞ!」
「悟空……えっ、どうしてここにいるのっ!?」
目を覚まして慌てふためく名無しさんに悟空は呆れ顔。
「おめえがいつまでも風呂から出て来ねえんで、様子見に来たんじゃねえか」
「あっ、ごめんなさい……今すぐ出るよ」
「そんじゃ、オラは先に寝室行ってっかんな」
名無しさんが気まずそうに答えると、悟空はそう言い残して家に戻った。
(どうしよう、悟空を怒らせたかも……とにかくちゃんと謝ろう)
風呂から出て着替えを済ませた名無しさんは、悟空が待つ寝室のドアを開ける。
「あの、悟空。さっきは……」
「中に入ぇれよ、名無しさん。湯冷めしちまうぞ?」
「ごめんなさい、悟空」
悟空は躊躇いがちに近寄る名無しさんをベッドの中に引き寄せた。
「気にしてねえって。そんだけ疲れてんだろ?」
「うん、どうしても眠くて……」
「だから、ゆっくり休まねえとな?」
優しく頭を撫でる悟空に、名無しさんは無言で頷いた。
悟空と名無しさんは無事仲良く就寝して、パオズ山の夜は静かに更けていくのだった。
やがて朝日が昇り、悟空達の寝室にも光が射し込む。
「ん……朝かあ」
悟空は眠そうな目を擦りながら呟いた。
「んん……」
まだ眠りから覚めない名無しさんは、寝返りを打って悟空に身を寄せた。
「おっ? へへっ、あったけえなあ」
悟空は嬉しそうに笑い、名無しさんの肩をぐっと抱き寄せ、彼女の脚に自分の脚を絡ませる。
「んっ……ご、悟空?」
違和感に気づいた名無しさんは薄く瞼を開き、眼前の悟空を見て息を呑んだ。
「名無しさんは柔らけぇし、抱き心地いいな。毎日こうやって寝っか?」
悟空は目を覚ましたばかりの名無しさんを見つめて、嬉しそうに笑っている。
「あの、悟空……くっ、苦しいんだけど」
名無しさんは全く身動きが取れない状態だ。
「あっ、わりぃ。でえじょうぶか?」
悟空が腕を緩めると、上半身が自由になった名無しさんは小さく息を吐いた。
「大丈夫、ちょっと驚いたけどね」
「すまねえ、今度からは気ぃつけっからよ」
悟空が謝った瞬間、彼の腹の虫が盛大に鳴り響く。
「は、腹減ったあ……」
「あ、あはは……すぐご飯作るから待ってて」
「いやあ、重ね重ねすまねえ」
悟空が朝の鍛練に励んでいる間、名無しさんは急いで朝食の支度をする。夕食に劣らない品数の朝ご飯を手早く作り、出来立ての料理をテーブルに並べていると。
「名無しさん、外まで美味そうな匂いすっぞ。もう朝飯食えるんか?」
悟空が朝食の匂いに釣られて帰宅した。
「ちょうど支度終わったところだよ」
「待ってましたあ!」
悟空は喜々として椅子に座り「いっただっきまーす!」と元気よく挨拶をして、ガツガツとご飯を口に詰め込んでいく。
「ふう、満足だ。ご馳走さん」
「相変わらず、物凄い食べっぷりだね」
悟空は感心する彼女に満面の笑みを向ける。
「へへっ、名無しさんの飯はオラの大好物になったからな!」
「そう言って貰えると、作り甲斐があるよ」
名無しさんの頬も自然と綻んだ。
朝食を済ませた後、彼女は家事、悟空は外で筋トレとそれぞれの時間を過ごす。
「ちょっと休もうかな」
洗濯を終えた名無しさんがダイニングで休憩していると、悟空が姿を見せた。
「名無しさん、そろそろ出かけねえか?」
「そうだね。いつ家に帰って来れるか分かんないし」
「じゃあ、行くぞ」
悟空は名無しさんの手を握って、目的地へと瞬間移動する。
カリン塔の遥か上空に浮かぶ、地球の神が住む天界。そこに悟空と名無しさんの二人が現れた。
悟空は神のデンデに会う為に奥へ進み、名無しさんは後ろについて行く。
「空気薄っ……これじゃすぐに息切れしそう」
名無しさんが弱音を吐くと、先を歩いていた悟空が振り向いた。
「オラはもう慣れちまってっかんなあ。我慢出来そうか?」
「今はまだね。けど、長居は出来ないかも……」
「そんじゃあ、早くデンデに会わねえとな」
悟空が前方を見据えると、いつの間にか神の付き人であるミスター・ポポが神殿の前に立っている。
「おっ、ミスター・ポポだ!」
ポポは後ろ手に組み、表情一つ変えることなく、悟空と名無しさんを出迎えた。
「よく来た、悟空。理由は分かっている。神様に会いたいんだな?」
「オッス! さすがだな、おめえの言う通りだ。早速でわりぃけど、デンデを呼んで来てくんねえか?」
「承知した。少しそこで待っていろ」
ポポが神殿の奥へ消えて行くと、それを見送った名無しさんは悟空に視線を移す。
「予想通りというか、ポポさんって表情が全然変わらないんだね」
「ポポか? 確かに何考えてっか、いまいち分かんねえんだよな。でも見かけと違っていいヤツだぞ」
「見かけと違ってって、そんな言い方失礼だよ」
悟空のあっけらかんとした物言いに、名無しさんは早くも疲れを感じてしまう。
「悟空さーん!」
元気な声が響き渡り、地球の神であるデンデが神殿から現れて、嬉しそうに悟空の元へ駆け寄って来た。
「よっ、デンデ!」
悟空は片手を上げて、デンデに笑いかける。
「今日はデンデに聞きてえことがあってよ」
「聞きたいこと、ですか? ボクで分かることだといいんですが……」
そう答えるデンデの視線の先に、名無しさんが立っていた。
「悟空さん、そのお方は?」
「コイツは……」
「初めまして、名無しさんと申します。昨日から訳あって、悟空と一緒に住むことになりました。これから何卒よろしくお願いします」
悟空が紹介する前に、デンデに手を差し伸べる名無しさん。
「お初にお目にかかります。名無しさんさん、ボクのことはデンデと呼んでください」
デンデは頬をほんのり赤く染めて、
名無しさんと握手を交わした。
「可愛いっ!」
名無しさんはデンデの手を引き寄せて、躊躇いなくギュッと抱き締める。
「あっ、名無しさんさん!?」
デンデが叫ぶと、何者かが名無しさんの肩を掴んだ。
「えっ!?」
突然の出来事に身体を硬直させる名無しさん。
「離してやれ、デンデは過剰な触れ合いに慣れていないんだ」
名無しさんの肩を掴んでたしなめたのは、神コロ――いや、最早神でもピッコロ大魔王でもない、超ナメック星人ピッコロだった。
「ビックリした……デンデ、急に抱き着いてごめんね?」
名無しさんはすぐにデンデを解放する。
「……いえ、ボクは構いませんよ」
真っ赤になったまま俯くデンデ。
「オッス、ピッコロ!」
悟空が呼びかければ、ピッコロは一瞥をくれ、「相変わらず平和ボケした顔をしてやがるな、悟空」と皮肉な笑みを浮かべる。
「ピッコロ、おめえの気配がすんのは分かってたけどよ。急に出て来て名無しさんを脅かすのは止めてくれ」
「ふん……名無しさんと言ったか? 驚かせて悪かったな」
ピッコロはマントを翻し、名無しさんに背を向けて告げた。
「いえっ、ピッコロさんが謝る必要はないですよ! いきなりデンデに抱き着いた私が悪いんですから!」
名無しさんがかぶりを振って答えれば、「そうか」と安心したように笑みを浮かべるピッコロ。
「ピッコロはデンデに甘ぇんだよな。悟飯のことも、小せえ頃から可愛がってっしよ。ひょっとして、おめえ可愛いもん好きなんか?」
二人のやり取りを見ていた悟空がニヤニヤと笑いながら、ピッコロをからかった。
「……悟空、オレを茶化しに来たんではなかろう。それとも、貴様が望むなら今ここで決着をつけてやってもいいが?」
ピッコロは自分を冷やかす悟空を睨みつけ、闘う構えを見せる。
「ちょっ、タンマ!」
悟空はすかさずピッコロに近寄り、口元に手を当てて「今はまじいんだよ」とヒソヒソ声で話す。
「何が不味いんだ?」
眉根を寄せるピッコロ。
「いや、おめえと闘うのは大歓迎なんだけどさ。名無しさんが息切れしちまうから長くいられねえってんで、今日はそれどころじゃねえんだ」
「そんな裏事情なんぞ知るか。大体、貴様がオレを挑発するから悪いんだろうが」
ピッコロも何故か小声で返せば、悟空は「そうなんだけどよぉ……」と残念そうに呟いた。
「悟空? 言っておくけど、ここに来た目的を忘れちゃ駄目だよ?」
「……わりぃ、名無しさん」
しょげる悟空の姿に、名無しさんは深い溜め息を吐いて、デンデに向き直る。
そして、サイヤ人である悟空の父と兄を復活させたい旨を伝えた。
「なるほど、事情は分かりました」
「デンデ。死亡してから一年以上経っている者は、ドラゴンボールでは復活出来んだろう」
「残念ながら、ピッコロさんのおっしゃる通りなんです」
デンデの隣に立ったピッコロが望みを打ち砕くような発言をし、デンデは申し訳なさそうに俯く。
「やっぱり駄目かあ……」
「名無しさん……ホントにどうにもなんねえのか、デンデ!」
落ち込む彼女を目にした悟空は、物凄い剣幕でデンデに詰め寄った。
「そ、そうですね……一つだけ方法があります。実例がないので、ボクも詳しくは分からないのですが」
デンデは困惑しながら悟空に告げた。
「デンデ、知ってる範囲でいいから教えてくれる?」
彼女に促されたデンデは神妙に頷く。
「まずは、あの世の閻魔界へ行ってください。そして閻魔大王様から地獄に行く許可を頂いて、直接復活させたい人にお会いするんです」
「そんで、どうすんだ?」
「残念ながら、ボクが知っているのはここまでなんです。閻魔大王様なら詳しくご存知だと思いますが……お役に立てなくてすみません」
デンデは複雑な面持ちで、悟空と名無しさんを交互に見た。
しかし、彼女の表情が
「実例がないなら私達で達成すればいいんだよ! 悟空、早速あの世へ行ってみようよ!」
「ああ、そうだな。デンデにピッコロ、色々とサンキューな。オラ達あの世に行って来る!」
悟空はあの世へ瞬間移動する為、名無しさんと手を繋ぐ。
「お二人とも、どうかお気をつけてくださいね。何が待ち受けているか、分かりませんから」
「ありがとう、デンデ。行って来ます!」
二人はデンデとピッコロに見送られて、一路あの世の閻魔界へと向かうのだった。
「きっと大変な苦難が待っているでしょうね」
「だが、試練を乗り越えなければ、話にならんだろうからな。後は、ヤツら次第だ」
ピッコロは空を仰いで、そう呟いた。
「そう、ですね。お二人とも、ご無事で帰って来てください……心からお祈りしています」
デンデは神に相応しく、合掌して悟空達の帰還を祈るのだった。