★悟空Long Dream【Familyー固い絆ー】
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「やっぱりドラゴンボールは何回読んでも面白いなあ。ホントに悟空に逢えたら楽しいだろうな」
名無しさんはドラゴンボールの主人公である、孫悟空が大のお気に入り。
就寝前には必ずドラゴンボールの漫画を読むことが日課になっている。ちょうど一冊読み終えたところで、時計を見ると深夜一時を過ぎていた。
「そろそろ寝ようかな」
漫画を枕元に置くと、部屋の灯を消して眠りに就く。
すると、ほどなく不思議にも枕元の漫画が光を帯び始めた。
「ん~……悟空……」
既に夢の住人になっている名無しさんが気づくわけもなく。
やがて光は名無しさんを覆い尽くすと、一層強さを増した瞬間、その場から消えてしまうのだった。
早朝のパオズ山。橙色の道着を着た男、孫悟空は爽やかな朝に似つかわしくない、過酷な朝稽古に励んでいた。
悟空の鋭い蹴りが虚空を切り裂いた時、盛大に腹の虫が鳴り響く。
「おっ……腹も減ったし、この辺にしとくか」
一通り稽古を終えて帰路についた悟空は、自宅の玄関を開けようとして動きを止める。
「何だ? 微かだけど、気を感じっぞ。オラの知らねえ気だ」
気配を殺しつつ家に入った悟空が寝室のドアを開けると、そこには悟空のベッドで安らかな寝息を立てる名無しさんの姿があった。
「……女だ。だから、やけに小せえ気だったんか」
寝室に足を踏み入れた悟空は忍び足でベッドに歩み寄り、名無しさんの顔を覗き込む。
「誰だか知らねえけど、気持ちよさそうに寝てんなあ」
「ん、んん……だぁれ……?」
悟空の声に反応して、名無しさんは薄ら目を開けた。
「おっ、目ぇ覚めたか?」
「え……嘘?」
自身を覗き込む悟空と視線がかち合い、名無しさんは目をぱちくりさせる。
突然、現れた憧れの悟空を目前にして唖然とした様子だ。
「……まだ夢の中みたい」
あまりにも現実離れした光景に、名無しさんは夢で完結させようと再び目を閉じるが。
「いや、こいつは夢なんかじゃねえって。おめえ、頼むから起きてくれよ」
悟空が冷静に話しかけると、名無しさんはまさかとばかりに再度瞠目する。
「……え? じゃあ、ホントに……悟空、なの?」
「ああ。オラ、悟空だ。けどよ、何でおめえオラのこと知ってんだ?」
悟空も自分の名前を知っている名無しさんを、不思議そうに眺めている。
「そ、それは……」
「あっ、ちょい待ち!」
このままではゆっくり話せないだろうという悟空の提案で、ダイニングに移動した二人はテーブルを挟んで椅子に腰かける。
名無しさんは自己紹介し、自身が異世界の人間で悟空は漫画の主人公であること、彼を含めた仲間達の素性も全て知っていることを明かした。
「そういうことか。だから、おめえはオラを知ってたんだな」
「私の話、信じてくれるの?」
「おめえの目ぇ見りゃ分かっぞ。そんな澄んだ目のヤツが、嘘つくわけねえって!」
「……ありがとう、悟空」
満面に笑みを浮かべてきっぱりと言い切られ、名無しさんの頬がほんのり朱に染まる。
悟空は腕組みして「ん~」と唸った後。
「なあ、名無しさん。おめえさえよけりゃオラんちで暮らさねえか?」
真面目な顔で名無しさんに問いかける。
「悟空の家で?」
(憧れの悟空と一緒に暮らせるなんて願ってもないけど、チチさんや悟飯くん、悟天くんのことを思うと……私はどう考えても厄介者よね)
不安そうな表情を浮かべる名無しさんを見て、悟空は恥ずかしそうに自分の頭を掻いた。
「ちゅうか、そうしてくれっと、オラが助かるんだよな」
「え、どうして?」
名無しさんが理由を聞くと、悟空とチチは既に離別していることが分かり、悟飯と悟天はチチが引き取ったらしい。
「じゃあ、独りでの生活は大変だったよね?」
「まあな、掃除とか洗濯は何とかやってっけど、飯がまともに作れねえから狩りばっかで昔に逆戻りしちまってよ」
(悟空がチチさんと別れたなんて、原作と全然違う。私が首を突っ込んでいいか分からないけど……)
「それなら、悟空のお言葉に甘えて、ここでお世話になるよ。家事全般は私に任せて?」
「おっ、ホントか!? やったぜ、名無しさんがいりゃ毎日楽しいぞ!」
心から喜ぶ悟空の様子に、名無しさんも自然と笑顔になる。
(でも、どうして悟空の世界に紛れ込んじゃったんだろう……まあ、考えて分かるぐらいなら楽なものよね。とにかく深く悩んでもしょうがないし、今は悟空との共同生活を楽しもう!)
「そんじゃ、名無しさん。これから一つ、よろしくな!」
「うん! こちらこそ!」
これが悟空と名無しさんの摩訶不思議な物語の始まりである。
「なあ、さっきから気になってたんだけどよ……」
悟空は名無しさんを無遠慮に眺めて、口を開いた。
「名無しさんの格好、そのまんまだと不便なんじゃねえか?」
「えっ、あっ!? そ、そうだね……」
自分の寝間着姿を確認した名無しさんの顔が上気する。
(うぅ、恥ずかし過ぎる~……あんまりジロジロ見ないで欲しいんだけど……)
「見たとこ、替えの服は持ってなさそうだもんな。オラの服じゃでっけえだろうし、ん~どうしたもんか」
名無しさんの心中も知らず、難しい顔で考え込む悟空だったが、ほどなく「おっ、そうだ!」と手を打つ。
「ちょっくらブルマんとこでも行ってみっか。アイツなら服ぐれぇ何枚か譲ってくれるかもしんねえぞ」
「あっ、行きたい。悟空の仲間に逢えるチャンスだもん!」
パッと顔を上げ、さっきとは打って変わり、無邪気に笑う名無しさんを見つめて「名無しさんって笑うとめんごいんだな」と、悟空はそんな台詞をサラッと口にした。
(今何か、とんでもなく貴重なことを言われたような気がする……めんごいって、確か可愛いって意味だったような……)
「よし、早速ブルマんち行くか!」
急遽、名無しさんの服を求め、西の都にあるブルマ宅へと向かうことになった。
悟空に連れられて西の都にやって来た名無しさんは「……おっきい、生で見ると迫力あるなあ」と、ブルマの住む大邸宅を目前にして呆気にとられている。
「名無しさん、オラについて来いよ」
ぼんやりと外観を眺める名無しさんを余所に、悟空は足早に中へ入っていった。
「勝手に入ってもいいの? 悟空、待ってよ!」
名無しさんも慌てて悟空を追いかけ、無駄に広い玄関を通ると、受付のお手伝いロボットに迎えられた。
「イラッシャイマセ、オジョウサマ。ヨウコソ、オコシクダサイマシタ」
「え……あ、こんにちは」
「めえったなあ。ブルマのヤツ、徹夜で仕事してたらしくて、まだ寝てるんだってよ」
「えっ、そんな時にお邪魔しちゃっても大丈夫かな?」
「けどよ、服がなきゃ名無しさんが困んだろ? ここはオラに任しとけって!」
(確かに……一日中こんな格好で過ごすわけにもいかないし、ここは大人しく悟空に任せよう)
「コチラヘドウゾ」
お手伝いロボットからリビングに通された二人がソファーに座ると、紅茶とショートケーキが振る舞われた。
「そういや、朝飯まだ食ってねえんだった」
悟空は自分に出されたケーキを食すが、「……やっぱ、ケーキだけじゃ腹の足しになんねえな」と、その台詞に応えるように彼の腹の虫が再度鳴り響く。
「ふふっ、悟空。私の分も食べていいよ」
「わりぃな、名無しさん。そんなら、遠慮なく貰うぞ。つっても、まだ全然食い足りねえんだけどよ」
悟空は名無しさんから受け取ったケーキを一口で平らげるのだった。
一時間が経過した頃、リビングにブルマが姿を現した。
「待たせたわね、孫くん」
「オッス、ブルマ!」
「あら? 今日は可愛らしいお客様と一緒なのね」
名無しさんに気づいたブルマが、にこやかな表情で近づいて来る。
「そうなんだよ。今日からオラと暮らすことになった、名無しさんってんだ」
悟空はニコニコ顔で名無しさんを紹介する。
「は、初めまして。名無しさんです」
名無しさんは立ち上がり、緊張した面持ちでブルマにお辞儀した。
「そんなに畏 まらなくてもいいのよ。ほらほら、顔を上げてちょうだい」
「あっ、はい!」
ブルマに促され、名無しさんは慌てて面を上げる。
「私はブルマよ。よろしくね、名無しさんちゃん。立ち話もなんだから座って話しましょ?」
「はい、失礼します」
微笑むブルマに促された名無しさんは、ちょこんとソファーに座った。
ブルマもテーブルを挟んだ向かい側のソファーに脚を組んで腰かけ、悟空に視線を向ける。
「それで、どうして一緒に暮らすってなったわけ?」
「詳しいことは、名無しさんから聞いてくれ」
悟空はそう言って、隣に座る名無しさんの肩を叩いた。
早速、彼女は今朝の事件と、自分が異世界の人間であることを順に話した。
「へえ、不可思議なことってあるのね。まあ、何らかの偶然で時空に歪 みが生じれば、あり得ないことでもないか……」
そう呟いたブルマは、お手伝いロボットが運んで来たカップを手に紅茶を一口飲んだ。
「夢みたいな話ですけど、信じてくれますか?」
ブルマはカップをソーサーに戻すと、名無しさんを見ながら真面目な顔で口を開く。
「確かに現実離れしてるけど、現に名無しさんちゃんは私の目の前にいるんですもの。信じないわけにはいかないわ」
「……ブルマさん、ありがとうございます」
「孫くんと暮らすにしても、これから色々と物入りよね。私に出来る範囲でなら、惜しみなく協力するわよ」
(初対面でこんなに優しくしてくれるなんて、ブルマさんは予想以上に良い人だ)
「そんなら、名無しさんにおめえの服を何枚か譲ってやってくんねえか。今着てるヤツ以外、何も持ってねえみてえでよ」
「あら、それは確かに困るわね。私が昔着てた服がまだある筈だから、それでよければ後で用意するわ」
ブルマは悟空の頼みを二つ返事で引き受けた。
「何から何まですみません、ブルマさん」
「大丈夫、困った時はお互い様よ」
「ところでよ、オラもブルマに頼みがあんだ」
悟空が眉をハの字にして腹部を押さえると、ブルマは小さく笑いながら。
「孫くんの場合は言わなくても分かるわよ。朝ご飯が食べたいんでしょ?」
「ああ、腹減って力 出ねえから、なるべく早く頼むな」
ブルマの問いかけに、悟空は腹部を摩りながら答えた。
「OK、今用意するから少し待ってて」
悟空にねだられるのは日常茶飯なのだろう、ブルマは文句も言わずキッチンに消えていった。
一時間後。
ブルマから朝食をご馳走になった後、悟空は重力室にいるベジータの所へ行ってしまい、名無しさんはブルマと二人で談笑していた。
「とっても大切なこと、名無しさんちゃんに聞きたいのよ」
ブルマがムフフと意味深な笑みを浮かべ、名無しさんを見つめる。
「な、何ですか?」
(うっ……ブルマさんニヤニヤしてるよ。何となく嫌な予感がする……)
ブルマは身構える名無しさんに顔を近づけ「正直に答えてね。名無しさんちゃんは孫くんのこと、どう思う?」と、興味津々といった様子で問いかけてくる。
「どうって……」
(悟空と実際に話すのは今日が初めてだけど、イメージ通りの明るくて優しい人だし、悟空のこと……)
「好きなの?」
「す、好きって……あの……」
名無しさんは頬を熟れた林檎のように染めて俯いた。
「ふふっ、名無しさんちゃんって分かりやすいのねえ♪」
名無しさんのあからさまな態度にブルマは楽しそうに笑い、名無しさんは愛想笑いを返すしかなかった。
「孫くんね、チチさんが出て行ってからどこか寂しそうで。あの天真爛漫な彼が落ち込むなんて、余程堪えたんでしょうね」
宇宙最強の力を持つ悟空とはいえ、彼もまた人間である。チチの意見を尊重出来ず、いつしか反発し合って別れる原因となった。それでも、家族を失った心の傷は深いのだろう。
遠い昔から生死をともにしてきたブルマは、悟空に心から幸せになって欲しい、それだけを願っていると名無しさんに話した。
「今日、久しぶりに孫くんの笑顔を見たのよ。それって名無しさんちゃんのお蔭だと思うの。貴女になら安心して任せられるし、名無しさんちゃんさえ良ければ、孫くんを支えてあげてくれないかしら?」
名無しさんの両手を握って切願するブルマ。
(ブルマさんがこんなにも深く悟空のことを考えてるなんて、仲間って大切な存在なんだな……よし!)
名無しさんは意を決したようにブルマを真っすぐ見つめる。
「分かりました、ブルマさん。悟空のために何が出来るか、まだ分からないですけど、私なりに一生懸命頑張ります!」
「よかった、貴女ならそう言ってくれると信じてたわ。これから何かと大変だろうけどよろしくね、名無しさんちゃん」
「もちろんです!」
名無しさんが力強く頷くと、ブルマは安心したように柔らかい笑みを浮かべた。
「よっ、名無しさん!」
するとそこへ、ほのぼのとした雰囲気をぶち壊すように、悟空が瞬間移動で二人の前に姿を現した。
「わっ、悟空!?」
「孫くんっ、心臓に悪いから急に現れないで!」
唐突に登場した悟空を見て目を丸くする名無しさんと、元凶の彼を怒鳴りつけるブルマ。
「わりぃな、口うるせえヤツに捕まりそうなんだよ。じき、ここもやかましくなっぞ」
悟空は困り顔で二人に謝り、リビングの入口を見つめる。
「何よ、アンタ達また揉めたわけ? 今日は名無しさんちゃんもいるんだから、少しは自重したらどうなの?」
「シッ……そろそろ来る頃だ」
悟空が人差し指を口元に当てて呟くと、ほぼ同時に不機嫌なオーラを纏ったベジータがリビングに入って来た。
「おいっ、カカロット! 貴様逃げるつもりか!? まだオレとの勝負は着いておらんぞ!」
肩を怒らせながら悟空に歩み寄り、彼の胸倉を掴んで罵声を浴びせるベジータ。
「大体だな! 貴様はいつも自分だけ満足して帰っていくなんぞ、自己中過ぎるぞ!」
ベジータの怒りは留まることを知らず、日頃の悟空への鬱憤が爆発したようだ。
「ベジータ、また今度相手すっから今日は勘弁してくれよ。次はおめえの気ぃ済むまでやれば良いじゃねえか!」
ベジータは自分を宥める悟空を鋭い目つきで睨んでいたが「チッ、次は覚悟しておけ!」と、苦々しい顔つきで、乱暴に彼の道着から手を離した。
「分かってるさ。そん代わり、オラも本気でやっかんな!」
悟空もまるで少年のように瞳を輝かせながら、親指を突き出して応えた。
「ふん、今度こそオレ様が勝つに決まっている!」
言いたいことだけ言って、その場を立ち去ろうとしたベジータだが。
「待ちなさいよ、ベジータ!」
今まで傍観していたブルマに呼び止められ、面倒そうに振り向く。
「……何だ、ブルマ」
「アンタに紹介しておきたい子がいるの。こちら、名無しさんちゃんと言って、これから孫くんと同棲するそうよ」
「なあ、ブルマ。ドウセイってどういう意味だ?」
話の腰を折る悟空に、ブルマは「同じ屋根の下に、結婚してない男女が二人で住むことよ」と語気を強める。
「へえ、そうなんか。オラと名無しさんは、ドウセイっちゅうのをすんだな」
(ご、悟空……知らなくて私を誘ったんだ)
「それで用は終わりか?」
「あのっ、ベジータさん。初めまして、私は名無しさんと申します。これから悟空のお世話になるので、どうぞよろしくお願いします」
名無しさんはすっと立ち上がり、ベジータに深々と頭を下げた。
「カカロットが言っていた女ってのは貴様か。ふん、物好きだな」
ベジータは名無しさんを一瞥して、さも興味なさそうに言い放った。
「ベジータ、何てこと言うの!? 全く、口を開けば失礼なことしか言えないんだから! 名無しさんちゃん、気を悪くしないでね?」
「……いえ、大丈夫です」
名無しさんは口端を引き攣らせながらも、そう答えるしかない。
「ベジータ、名無しさんにケチつけんなよな」
「……何だと?」
悟空が膨れっ面で睨みつけると、ベジータも睨み返すが。
「孫くんの言う通りよ。ベジータ、きちっと名無しさんちゃんに謝って!」
ブルマにまで釘を刺された彼はグッと喉を詰まらせ、深く溜め息をつく。
「……名無しさんだったか。悪かったな。ブルマがお前を気に入っているようだから、またいつでも遊びに来い」
「は、はい! ありがとうございます!」
(あの人一倍プライドの高いベジータが謝るなんて、人って変わるんだ……凄いな)
名無しさんが何気なく失礼なことを思っている間に、ベジータはさっさとリビングから立ち去った。
「ベジータが殊勝なこと言うなんて、アイツも大分丸くなったわね」
「あはは……」
(ブルマさんと同意見だった……)
「ところで、ブルマ。名無しさんの服は用意してくれたんか?」
悟空は未だパジャマ姿の名無しさんを見て、ブルマに問いかけた。
「やだ、すっかり忘れてたわ。名無しさんちゃん、今すぐ用意して来るから少し待ってて!」
「あ、ブルマさん!」
名無しさんが呼び止める間もなく、ブルマは慌ててリビングから出ていった。
「しょうがねえな、ブルマのヤツ」
ブルマを見送り、名無しさんに顔を向ける悟空。
「名無しさん、おめえも自分で頼まねえと駄目じゃねえか」
「ごめんなさい、自分からはどうしても言い出せなくて……だから、悟空が代わりに言ってくれて助かったよ。ありがとう、悟空」
名無しさんが笑顔で礼を言えば。
「そっか。けどよ、オラは勇気出して相手に伝えるのって、何より大事だと思うぞ」
悟空は名無しさんの頭をぽんぽんと叩き、何とか奮い立たせようとする。
(まさか悟空にお説教されるなんて……でも、彼の言ってることは正しいんだろうな。それが難しいんだけど……)
その時、リビングに誰かが颯爽と入って来た。
「あっ、悟空さん! やっぱり、いらっしゃってたんですね!」
爽やかな声の持ち主が、青色の髪を揺らして悟空に歩み寄る。
「トランクス、久しぶりだな。オラはブルマに用があってよ。おめえはこっちに遊びに来たんか?」
「オレは父さんと母さんの様子を見に来たんですよ。こっちのオレはどこかに遊びに行っていて、いないみたいですけどね。オレの世界も漸く落ち着いたんで、遊んであげようと思っていたのに残念です」
「あ~ちびトランクスなら、きっと悟天のとこじゃねえかな。しょっちゅう遊びに行ってるって、前にブルマが言ってたぞ」
「はあ、それなら仕方ないですね」
がっくりと肩を落として呟くトランクスだったが思い直したのか、改めて面を上げる。
「ところで、そちらの女性はどなたですか?」
トランクスは名無しさんに視線を移して、興味深げに見つめている。
「ああ、名無しさんってんだ。今日からオラと一緒にパオズ山で暮らすんだよ」
「初めまして、名無しさんです」
彼女は笑顔で、トランクスに手を差し伸べる。
「初めまして、オレはトランクスと言います。名無しさんさんのような可愛らしい方にお逢い出来て、とても光栄ですよ」
今し方落ち込んでいたのが嘘のように、トランクスは爽やかに微笑み、名無しさんの手を両手で包み込んだ。
「あ、あの……」
戸惑う名無しさんの手を離さないまま、トランクスは満面の笑みで言を継いだ。
「まだお帰りにならないんですか? もし時間があれば、オレと二人でゆっくりお話でもしませんか?」
それをつまらなそうに見ていた悟空が。
「わりぃな、トランクス。オラ達そろそろ帰ぇっから、ゆっくり喋ってる暇はねえんだ」
大人気なくトランクスの邪魔をした。
「そうなんですか。せっかくお逢い出来たのに残念です」
悲しげに目を伏せて、名無しさんの手を名残惜しそうに離すトランクス。
それを見て、安堵の胸を撫で下ろす悟空だったが……。
それから、数時間後。
「聞いてください、名無しさんさん。以前、悟飯さんが闘いの姿勢についてご指導してくれたんです。基礎の心構えが、どれ程重要かと言うと──」
結局、悟空の思い通りにはいかず、瞳を輝かせたトランクスが、名無しさんに未来の話を聞かせていた。
「お待たせ、名無しさんちゃん」
そこへ、カプセルケースを手にブルマがリビングへと戻って来た。
「遅ぇよ、ブルマ……」
ソファーにぐったりと身を預けた悟空が、ブルマを恨めしげに見やる。
「悪いわね、孫くん。あれもこれもって用意してたら、意外と手間取っちゃって……」
悟空の徒ならぬオーラに肩を竦めるブルマだったが。
「あら、未来のトランクスも遊びに来てたの?」
名無しさんの向かい側に座るトランクスを見て歩み寄った。
「ええ。お邪魔してます、母さん」
トランクスはブルマを見るなり、素早く立ち上がった。
「アンタってば忘れた頃にしか来ないんだから、もっと頻繁に顔見せなさいよ」
「すみません。これでも仕事を早く終わらせて来たつもりなんです」
「仕事ね、それなら仕方ないか。アンタも未来で頑張ってんだものね」
ブルマがトランクスの背中を叩くと、「いえ……師匠の悟飯さんに比べれば、オレはまだまだ未熟者ですから」と彼は照れ臭そうに俯いた。
ブルマとトランクスの会話を聞いていた名無しさんは、悟空に視線を向ける。
「ねぇ、悟空。ブルマさん、すっかり母親の顔になってるね」
「ああ、トランクスもブルマに逢えて素直に嬉しいだろうしよ」
さっきまで拗ねていた悟空も、今は穏やかな顔で二人を見守っていた。
「あ、そうそう!」
未来トランクスと再会を果たして満足そうなブルマは、改めて名無しさんに向き直る。
「名無しさんちゃん、お待たせしてごめんなさいね。持ち運びやすいように、ホイポイカプセルに入れといたわ」
「ありがとうございます、ブルマさん!」
名無しさんはブルマからカプセルケースを受け取り、中を開いて見ると、数種類のホイポイカプセルが入っている。
「えっ、こんなに沢山ですか?」
「もちろんよ、カプセルには日常生活に必要な物が全て入ってるの。洋服の他に食料とか日用品とか諸々ね」
「そんなに……あのっ、何かお礼をしたいんですけど、私に出来ることありませんか?」
「お礼なんて貰うつもりなかったけど。そうね……じゃあ、名無しさんちゃんに頼みたいことがあるから、また改めて家に来てくれる?」
ブルマが恐縮する名無しさんに片目を瞑って見せると。
「はいっ、もちろんです!」
ブルマの頼みならばと、名無しさんは元気よく返事をした。
「朝っぱらから押しかけて悪かったな。けど、助かったぞ。サンキューな、ブルマ!」
「何言ってんのよ、このぐらい当然でしょ。ていうか、孫くんが殊勝なこと言うなんて、明日は大雨かしらね。何せ、いつもは挨拶もそこそこに脱兎のごとく帰っていくでしょ?」
「ハハハ、そりゃそうだな。あーそれと、ベジータによろしく言っといてくれ」
「ええ、適当に伝えとくわ」
こうして軽口を叩き合うのも、古くからの繋がり故なのだろう。
(悟空とブルマさんの仲は、原作通り良好ね。ちょっと羨ましい……私ももっと悟空と仲良くなりたいな)
「さてと……名無しさんの用も済んだし、そろそろ帰ぇるか。長々と邪魔したな」
「いつでも遊びに来なさいよ。まあ、孫くんなら言わなくても来るんでしょうけど」
「名無しさんさん、また貴女にお逢いできる日を楽しみにしています」
トランクスは笑顔で名無しさんに手を振った。
「またね、トランクスくん。お邪魔しました、ブルマさん」
「またゆっくりお喋りしましょうね、名無しさんちゃん」
「はい!」
ブルマとトランクスに見送られ、悟空と名無しさんはブルマ宅を後にした。
帰宅後。名無しさんはブルマに譲って貰った品物を整理して洋服に着替えた後、夕食の準備に取りかかる。
「名無しさん、ちょっくら修業してくっからよ」
悟空が声をかけると、夕食作りに精を出す名無しさんは彼に顔を向けることなく。
「いってらっしゃい、悟空。夕飯には間に合うように帰って来てね?」
「ああ、なるべく遅くなんねえようにすっからさ」
そう返事したものの、いつまでも動く気配のない悟空に、名無しさんは振り向いた。
「悟空、修業に行くんじゃないの?」
「いや、行くけどよ……名無しさんに伝えなきゃなんねえことがあってさ」
悟空は「あ~」とか「う~」等と唸り、なかなか話を切り出せないでいたが「実はよ」と覚悟を決めて名無しさんを見つめた。
その眼差しはあまりにも真摯で、名無しさんもきちんと向き直り、悟空を見つめ返す。
(……悟空、何を言うつもりなんだろう?)
名無しさんが一抹の不安を抱くなか、悟空は口を開いた。
「何ちゅうか、名無しさんとは今日逢ったばっかだけど、おめえがウチにいると不思議とホッとすんだよな。誰かがいる温もりって久々だからよ、何か擽ってえけど。やっぱ良いもんだな。だからよ、オラんちに住むって決めてくれてサンキューな……って言いたかったのは、そんだけなんだけどよ」
悟空が懸命に言葉を選んで告げると、名無しさんは嬉しいような困ったような複雑な表情を浮かべる。
「悟空にそう言って貰えるのは嬉しいけど、特にまだ何もしてないよ?」
(頑張らなきゃいけないのは、これからだもんね!)
「いっ、良いじゃねえか、これがオラの気持ちなんだからよ! そんじゃあな!」
そそくさと出ていった悟空が耳朶まで真っ赤だったのを、名無しさんは見逃さなかった。
「悟空があんな風に想ってくれるなんて……嬉しい」
悟空の想いを知った名無しさんは夢現でしばらくの間、惚けたまま立ち尽していた。
名無しさんはドラゴンボールの主人公である、孫悟空が大のお気に入り。
就寝前には必ずドラゴンボールの漫画を読むことが日課になっている。ちょうど一冊読み終えたところで、時計を見ると深夜一時を過ぎていた。
「そろそろ寝ようかな」
漫画を枕元に置くと、部屋の灯を消して眠りに就く。
すると、ほどなく不思議にも枕元の漫画が光を帯び始めた。
「ん~……悟空……」
既に夢の住人になっている名無しさんが気づくわけもなく。
やがて光は名無しさんを覆い尽くすと、一層強さを増した瞬間、その場から消えてしまうのだった。
早朝のパオズ山。橙色の道着を着た男、孫悟空は爽やかな朝に似つかわしくない、過酷な朝稽古に励んでいた。
悟空の鋭い蹴りが虚空を切り裂いた時、盛大に腹の虫が鳴り響く。
「おっ……腹も減ったし、この辺にしとくか」
一通り稽古を終えて帰路についた悟空は、自宅の玄関を開けようとして動きを止める。
「何だ? 微かだけど、気を感じっぞ。オラの知らねえ気だ」
気配を殺しつつ家に入った悟空が寝室のドアを開けると、そこには悟空のベッドで安らかな寝息を立てる名無しさんの姿があった。
「……女だ。だから、やけに小せえ気だったんか」
寝室に足を踏み入れた悟空は忍び足でベッドに歩み寄り、名無しさんの顔を覗き込む。
「誰だか知らねえけど、気持ちよさそうに寝てんなあ」
「ん、んん……だぁれ……?」
悟空の声に反応して、名無しさんは薄ら目を開けた。
「おっ、目ぇ覚めたか?」
「え……嘘?」
自身を覗き込む悟空と視線がかち合い、名無しさんは目をぱちくりさせる。
突然、現れた憧れの悟空を目前にして唖然とした様子だ。
「……まだ夢の中みたい」
あまりにも現実離れした光景に、名無しさんは夢で完結させようと再び目を閉じるが。
「いや、こいつは夢なんかじゃねえって。おめえ、頼むから起きてくれよ」
悟空が冷静に話しかけると、名無しさんはまさかとばかりに再度瞠目する。
「……え? じゃあ、ホントに……悟空、なの?」
「ああ。オラ、悟空だ。けどよ、何でおめえオラのこと知ってんだ?」
悟空も自分の名前を知っている名無しさんを、不思議そうに眺めている。
「そ、それは……」
「あっ、ちょい待ち!」
このままではゆっくり話せないだろうという悟空の提案で、ダイニングに移動した二人はテーブルを挟んで椅子に腰かける。
名無しさんは自己紹介し、自身が異世界の人間で悟空は漫画の主人公であること、彼を含めた仲間達の素性も全て知っていることを明かした。
「そういうことか。だから、おめえはオラを知ってたんだな」
「私の話、信じてくれるの?」
「おめえの目ぇ見りゃ分かっぞ。そんな澄んだ目のヤツが、嘘つくわけねえって!」
「……ありがとう、悟空」
満面に笑みを浮かべてきっぱりと言い切られ、名無しさんの頬がほんのり朱に染まる。
悟空は腕組みして「ん~」と唸った後。
「なあ、名無しさん。おめえさえよけりゃオラんちで暮らさねえか?」
真面目な顔で名無しさんに問いかける。
「悟空の家で?」
(憧れの悟空と一緒に暮らせるなんて願ってもないけど、チチさんや悟飯くん、悟天くんのことを思うと……私はどう考えても厄介者よね)
不安そうな表情を浮かべる名無しさんを見て、悟空は恥ずかしそうに自分の頭を掻いた。
「ちゅうか、そうしてくれっと、オラが助かるんだよな」
「え、どうして?」
名無しさんが理由を聞くと、悟空とチチは既に離別していることが分かり、悟飯と悟天はチチが引き取ったらしい。
「じゃあ、独りでの生活は大変だったよね?」
「まあな、掃除とか洗濯は何とかやってっけど、飯がまともに作れねえから狩りばっかで昔に逆戻りしちまってよ」
(悟空がチチさんと別れたなんて、原作と全然違う。私が首を突っ込んでいいか分からないけど……)
「それなら、悟空のお言葉に甘えて、ここでお世話になるよ。家事全般は私に任せて?」
「おっ、ホントか!? やったぜ、名無しさんがいりゃ毎日楽しいぞ!」
心から喜ぶ悟空の様子に、名無しさんも自然と笑顔になる。
(でも、どうして悟空の世界に紛れ込んじゃったんだろう……まあ、考えて分かるぐらいなら楽なものよね。とにかく深く悩んでもしょうがないし、今は悟空との共同生活を楽しもう!)
「そんじゃ、名無しさん。これから一つ、よろしくな!」
「うん! こちらこそ!」
これが悟空と名無しさんの摩訶不思議な物語の始まりである。
「なあ、さっきから気になってたんだけどよ……」
悟空は名無しさんを無遠慮に眺めて、口を開いた。
「名無しさんの格好、そのまんまだと不便なんじゃねえか?」
「えっ、あっ!? そ、そうだね……」
自分の寝間着姿を確認した名無しさんの顔が上気する。
(うぅ、恥ずかし過ぎる~……あんまりジロジロ見ないで欲しいんだけど……)
「見たとこ、替えの服は持ってなさそうだもんな。オラの服じゃでっけえだろうし、ん~どうしたもんか」
名無しさんの心中も知らず、難しい顔で考え込む悟空だったが、ほどなく「おっ、そうだ!」と手を打つ。
「ちょっくらブルマんとこでも行ってみっか。アイツなら服ぐれぇ何枚か譲ってくれるかもしんねえぞ」
「あっ、行きたい。悟空の仲間に逢えるチャンスだもん!」
パッと顔を上げ、さっきとは打って変わり、無邪気に笑う名無しさんを見つめて「名無しさんって笑うとめんごいんだな」と、悟空はそんな台詞をサラッと口にした。
(今何か、とんでもなく貴重なことを言われたような気がする……めんごいって、確か可愛いって意味だったような……)
「よし、早速ブルマんち行くか!」
急遽、名無しさんの服を求め、西の都にあるブルマ宅へと向かうことになった。
悟空に連れられて西の都にやって来た名無しさんは「……おっきい、生で見ると迫力あるなあ」と、ブルマの住む大邸宅を目前にして呆気にとられている。
「名無しさん、オラについて来いよ」
ぼんやりと外観を眺める名無しさんを余所に、悟空は足早に中へ入っていった。
「勝手に入ってもいいの? 悟空、待ってよ!」
名無しさんも慌てて悟空を追いかけ、無駄に広い玄関を通ると、受付のお手伝いロボットに迎えられた。
「イラッシャイマセ、オジョウサマ。ヨウコソ、オコシクダサイマシタ」
「え……あ、こんにちは」
「めえったなあ。ブルマのヤツ、徹夜で仕事してたらしくて、まだ寝てるんだってよ」
「えっ、そんな時にお邪魔しちゃっても大丈夫かな?」
「けどよ、服がなきゃ名無しさんが困んだろ? ここはオラに任しとけって!」
(確かに……一日中こんな格好で過ごすわけにもいかないし、ここは大人しく悟空に任せよう)
「コチラヘドウゾ」
お手伝いロボットからリビングに通された二人がソファーに座ると、紅茶とショートケーキが振る舞われた。
「そういや、朝飯まだ食ってねえんだった」
悟空は自分に出されたケーキを食すが、「……やっぱ、ケーキだけじゃ腹の足しになんねえな」と、その台詞に応えるように彼の腹の虫が再度鳴り響く。
「ふふっ、悟空。私の分も食べていいよ」
「わりぃな、名無しさん。そんなら、遠慮なく貰うぞ。つっても、まだ全然食い足りねえんだけどよ」
悟空は名無しさんから受け取ったケーキを一口で平らげるのだった。
一時間が経過した頃、リビングにブルマが姿を現した。
「待たせたわね、孫くん」
「オッス、ブルマ!」
「あら? 今日は可愛らしいお客様と一緒なのね」
名無しさんに気づいたブルマが、にこやかな表情で近づいて来る。
「そうなんだよ。今日からオラと暮らすことになった、名無しさんってんだ」
悟空はニコニコ顔で名無しさんを紹介する。
「は、初めまして。名無しさんです」
名無しさんは立ち上がり、緊張した面持ちでブルマにお辞儀した。
「そんなに
「あっ、はい!」
ブルマに促され、名無しさんは慌てて面を上げる。
「私はブルマよ。よろしくね、名無しさんちゃん。立ち話もなんだから座って話しましょ?」
「はい、失礼します」
微笑むブルマに促された名無しさんは、ちょこんとソファーに座った。
ブルマもテーブルを挟んだ向かい側のソファーに脚を組んで腰かけ、悟空に視線を向ける。
「それで、どうして一緒に暮らすってなったわけ?」
「詳しいことは、名無しさんから聞いてくれ」
悟空はそう言って、隣に座る名無しさんの肩を叩いた。
早速、彼女は今朝の事件と、自分が異世界の人間であることを順に話した。
「へえ、不可思議なことってあるのね。まあ、何らかの偶然で時空に
そう呟いたブルマは、お手伝いロボットが運んで来たカップを手に紅茶を一口飲んだ。
「夢みたいな話ですけど、信じてくれますか?」
ブルマはカップをソーサーに戻すと、名無しさんを見ながら真面目な顔で口を開く。
「確かに現実離れしてるけど、現に名無しさんちゃんは私の目の前にいるんですもの。信じないわけにはいかないわ」
「……ブルマさん、ありがとうございます」
「孫くんと暮らすにしても、これから色々と物入りよね。私に出来る範囲でなら、惜しみなく協力するわよ」
(初対面でこんなに優しくしてくれるなんて、ブルマさんは予想以上に良い人だ)
「そんなら、名無しさんにおめえの服を何枚か譲ってやってくんねえか。今着てるヤツ以外、何も持ってねえみてえでよ」
「あら、それは確かに困るわね。私が昔着てた服がまだある筈だから、それでよければ後で用意するわ」
ブルマは悟空の頼みを二つ返事で引き受けた。
「何から何まですみません、ブルマさん」
「大丈夫、困った時はお互い様よ」
「ところでよ、オラもブルマに頼みがあんだ」
悟空が眉をハの字にして腹部を押さえると、ブルマは小さく笑いながら。
「孫くんの場合は言わなくても分かるわよ。朝ご飯が食べたいんでしょ?」
「ああ、腹減って
ブルマの問いかけに、悟空は腹部を摩りながら答えた。
「OK、今用意するから少し待ってて」
悟空にねだられるのは日常茶飯なのだろう、ブルマは文句も言わずキッチンに消えていった。
一時間後。
ブルマから朝食をご馳走になった後、悟空は重力室にいるベジータの所へ行ってしまい、名無しさんはブルマと二人で談笑していた。
「とっても大切なこと、名無しさんちゃんに聞きたいのよ」
ブルマがムフフと意味深な笑みを浮かべ、名無しさんを見つめる。
「な、何ですか?」
(うっ……ブルマさんニヤニヤしてるよ。何となく嫌な予感がする……)
ブルマは身構える名無しさんに顔を近づけ「正直に答えてね。名無しさんちゃんは孫くんのこと、どう思う?」と、興味津々といった様子で問いかけてくる。
「どうって……」
(悟空と実際に話すのは今日が初めてだけど、イメージ通りの明るくて優しい人だし、悟空のこと……)
「好きなの?」
「す、好きって……あの……」
名無しさんは頬を熟れた林檎のように染めて俯いた。
「ふふっ、名無しさんちゃんって分かりやすいのねえ♪」
名無しさんのあからさまな態度にブルマは楽しそうに笑い、名無しさんは愛想笑いを返すしかなかった。
「孫くんね、チチさんが出て行ってからどこか寂しそうで。あの天真爛漫な彼が落ち込むなんて、余程堪えたんでしょうね」
宇宙最強の力を持つ悟空とはいえ、彼もまた人間である。チチの意見を尊重出来ず、いつしか反発し合って別れる原因となった。それでも、家族を失った心の傷は深いのだろう。
遠い昔から生死をともにしてきたブルマは、悟空に心から幸せになって欲しい、それだけを願っていると名無しさんに話した。
「今日、久しぶりに孫くんの笑顔を見たのよ。それって名無しさんちゃんのお蔭だと思うの。貴女になら安心して任せられるし、名無しさんちゃんさえ良ければ、孫くんを支えてあげてくれないかしら?」
名無しさんの両手を握って切願するブルマ。
(ブルマさんがこんなにも深く悟空のことを考えてるなんて、仲間って大切な存在なんだな……よし!)
名無しさんは意を決したようにブルマを真っすぐ見つめる。
「分かりました、ブルマさん。悟空のために何が出来るか、まだ分からないですけど、私なりに一生懸命頑張ります!」
「よかった、貴女ならそう言ってくれると信じてたわ。これから何かと大変だろうけどよろしくね、名無しさんちゃん」
「もちろんです!」
名無しさんが力強く頷くと、ブルマは安心したように柔らかい笑みを浮かべた。
「よっ、名無しさん!」
するとそこへ、ほのぼのとした雰囲気をぶち壊すように、悟空が瞬間移動で二人の前に姿を現した。
「わっ、悟空!?」
「孫くんっ、心臓に悪いから急に現れないで!」
唐突に登場した悟空を見て目を丸くする名無しさんと、元凶の彼を怒鳴りつけるブルマ。
「わりぃな、口うるせえヤツに捕まりそうなんだよ。じき、ここもやかましくなっぞ」
悟空は困り顔で二人に謝り、リビングの入口を見つめる。
「何よ、アンタ達また揉めたわけ? 今日は名無しさんちゃんもいるんだから、少しは自重したらどうなの?」
「シッ……そろそろ来る頃だ」
悟空が人差し指を口元に当てて呟くと、ほぼ同時に不機嫌なオーラを纏ったベジータがリビングに入って来た。
「おいっ、カカロット! 貴様逃げるつもりか!? まだオレとの勝負は着いておらんぞ!」
肩を怒らせながら悟空に歩み寄り、彼の胸倉を掴んで罵声を浴びせるベジータ。
「大体だな! 貴様はいつも自分だけ満足して帰っていくなんぞ、自己中過ぎるぞ!」
ベジータの怒りは留まることを知らず、日頃の悟空への鬱憤が爆発したようだ。
「ベジータ、また今度相手すっから今日は勘弁してくれよ。次はおめえの気ぃ済むまでやれば良いじゃねえか!」
ベジータは自分を宥める悟空を鋭い目つきで睨んでいたが「チッ、次は覚悟しておけ!」と、苦々しい顔つきで、乱暴に彼の道着から手を離した。
「分かってるさ。そん代わり、オラも本気でやっかんな!」
悟空もまるで少年のように瞳を輝かせながら、親指を突き出して応えた。
「ふん、今度こそオレ様が勝つに決まっている!」
言いたいことだけ言って、その場を立ち去ろうとしたベジータだが。
「待ちなさいよ、ベジータ!」
今まで傍観していたブルマに呼び止められ、面倒そうに振り向く。
「……何だ、ブルマ」
「アンタに紹介しておきたい子がいるの。こちら、名無しさんちゃんと言って、これから孫くんと同棲するそうよ」
「なあ、ブルマ。ドウセイってどういう意味だ?」
話の腰を折る悟空に、ブルマは「同じ屋根の下に、結婚してない男女が二人で住むことよ」と語気を強める。
「へえ、そうなんか。オラと名無しさんは、ドウセイっちゅうのをすんだな」
(ご、悟空……知らなくて私を誘ったんだ)
「それで用は終わりか?」
「あのっ、ベジータさん。初めまして、私は名無しさんと申します。これから悟空のお世話になるので、どうぞよろしくお願いします」
名無しさんはすっと立ち上がり、ベジータに深々と頭を下げた。
「カカロットが言っていた女ってのは貴様か。ふん、物好きだな」
ベジータは名無しさんを一瞥して、さも興味なさそうに言い放った。
「ベジータ、何てこと言うの!? 全く、口を開けば失礼なことしか言えないんだから! 名無しさんちゃん、気を悪くしないでね?」
「……いえ、大丈夫です」
名無しさんは口端を引き攣らせながらも、そう答えるしかない。
「ベジータ、名無しさんにケチつけんなよな」
「……何だと?」
悟空が膨れっ面で睨みつけると、ベジータも睨み返すが。
「孫くんの言う通りよ。ベジータ、きちっと名無しさんちゃんに謝って!」
ブルマにまで釘を刺された彼はグッと喉を詰まらせ、深く溜め息をつく。
「……名無しさんだったか。悪かったな。ブルマがお前を気に入っているようだから、またいつでも遊びに来い」
「は、はい! ありがとうございます!」
(あの人一倍プライドの高いベジータが謝るなんて、人って変わるんだ……凄いな)
名無しさんが何気なく失礼なことを思っている間に、ベジータはさっさとリビングから立ち去った。
「ベジータが殊勝なこと言うなんて、アイツも大分丸くなったわね」
「あはは……」
(ブルマさんと同意見だった……)
「ところで、ブルマ。名無しさんの服は用意してくれたんか?」
悟空は未だパジャマ姿の名無しさんを見て、ブルマに問いかけた。
「やだ、すっかり忘れてたわ。名無しさんちゃん、今すぐ用意して来るから少し待ってて!」
「あ、ブルマさん!」
名無しさんが呼び止める間もなく、ブルマは慌ててリビングから出ていった。
「しょうがねえな、ブルマのヤツ」
ブルマを見送り、名無しさんに顔を向ける悟空。
「名無しさん、おめえも自分で頼まねえと駄目じゃねえか」
「ごめんなさい、自分からはどうしても言い出せなくて……だから、悟空が代わりに言ってくれて助かったよ。ありがとう、悟空」
名無しさんが笑顔で礼を言えば。
「そっか。けどよ、オラは勇気出して相手に伝えるのって、何より大事だと思うぞ」
悟空は名無しさんの頭をぽんぽんと叩き、何とか奮い立たせようとする。
(まさか悟空にお説教されるなんて……でも、彼の言ってることは正しいんだろうな。それが難しいんだけど……)
その時、リビングに誰かが颯爽と入って来た。
「あっ、悟空さん! やっぱり、いらっしゃってたんですね!」
爽やかな声の持ち主が、青色の髪を揺らして悟空に歩み寄る。
「トランクス、久しぶりだな。オラはブルマに用があってよ。おめえはこっちに遊びに来たんか?」
「オレは父さんと母さんの様子を見に来たんですよ。こっちのオレはどこかに遊びに行っていて、いないみたいですけどね。オレの世界も漸く落ち着いたんで、遊んであげようと思っていたのに残念です」
「あ~ちびトランクスなら、きっと悟天のとこじゃねえかな。しょっちゅう遊びに行ってるって、前にブルマが言ってたぞ」
「はあ、それなら仕方ないですね」
がっくりと肩を落として呟くトランクスだったが思い直したのか、改めて面を上げる。
「ところで、そちらの女性はどなたですか?」
トランクスは名無しさんに視線を移して、興味深げに見つめている。
「ああ、名無しさんってんだ。今日からオラと一緒にパオズ山で暮らすんだよ」
「初めまして、名無しさんです」
彼女は笑顔で、トランクスに手を差し伸べる。
「初めまして、オレはトランクスと言います。名無しさんさんのような可愛らしい方にお逢い出来て、とても光栄ですよ」
今し方落ち込んでいたのが嘘のように、トランクスは爽やかに微笑み、名無しさんの手を両手で包み込んだ。
「あ、あの……」
戸惑う名無しさんの手を離さないまま、トランクスは満面の笑みで言を継いだ。
「まだお帰りにならないんですか? もし時間があれば、オレと二人でゆっくりお話でもしませんか?」
それをつまらなそうに見ていた悟空が。
「わりぃな、トランクス。オラ達そろそろ帰ぇっから、ゆっくり喋ってる暇はねえんだ」
大人気なくトランクスの邪魔をした。
「そうなんですか。せっかくお逢い出来たのに残念です」
悲しげに目を伏せて、名無しさんの手を名残惜しそうに離すトランクス。
それを見て、安堵の胸を撫で下ろす悟空だったが……。
それから、数時間後。
「聞いてください、名無しさんさん。以前、悟飯さんが闘いの姿勢についてご指導してくれたんです。基礎の心構えが、どれ程重要かと言うと──」
結局、悟空の思い通りにはいかず、瞳を輝かせたトランクスが、名無しさんに未来の話を聞かせていた。
「お待たせ、名無しさんちゃん」
そこへ、カプセルケースを手にブルマがリビングへと戻って来た。
「遅ぇよ、ブルマ……」
ソファーにぐったりと身を預けた悟空が、ブルマを恨めしげに見やる。
「悪いわね、孫くん。あれもこれもって用意してたら、意外と手間取っちゃって……」
悟空の徒ならぬオーラに肩を竦めるブルマだったが。
「あら、未来のトランクスも遊びに来てたの?」
名無しさんの向かい側に座るトランクスを見て歩み寄った。
「ええ。お邪魔してます、母さん」
トランクスはブルマを見るなり、素早く立ち上がった。
「アンタってば忘れた頃にしか来ないんだから、もっと頻繁に顔見せなさいよ」
「すみません。これでも仕事を早く終わらせて来たつもりなんです」
「仕事ね、それなら仕方ないか。アンタも未来で頑張ってんだものね」
ブルマがトランクスの背中を叩くと、「いえ……師匠の悟飯さんに比べれば、オレはまだまだ未熟者ですから」と彼は照れ臭そうに俯いた。
ブルマとトランクスの会話を聞いていた名無しさんは、悟空に視線を向ける。
「ねぇ、悟空。ブルマさん、すっかり母親の顔になってるね」
「ああ、トランクスもブルマに逢えて素直に嬉しいだろうしよ」
さっきまで拗ねていた悟空も、今は穏やかな顔で二人を見守っていた。
「あ、そうそう!」
未来トランクスと再会を果たして満足そうなブルマは、改めて名無しさんに向き直る。
「名無しさんちゃん、お待たせしてごめんなさいね。持ち運びやすいように、ホイポイカプセルに入れといたわ」
「ありがとうございます、ブルマさん!」
名無しさんはブルマからカプセルケースを受け取り、中を開いて見ると、数種類のホイポイカプセルが入っている。
「えっ、こんなに沢山ですか?」
「もちろんよ、カプセルには日常生活に必要な物が全て入ってるの。洋服の他に食料とか日用品とか諸々ね」
「そんなに……あのっ、何かお礼をしたいんですけど、私に出来ることありませんか?」
「お礼なんて貰うつもりなかったけど。そうね……じゃあ、名無しさんちゃんに頼みたいことがあるから、また改めて家に来てくれる?」
ブルマが恐縮する名無しさんに片目を瞑って見せると。
「はいっ、もちろんです!」
ブルマの頼みならばと、名無しさんは元気よく返事をした。
「朝っぱらから押しかけて悪かったな。けど、助かったぞ。サンキューな、ブルマ!」
「何言ってんのよ、このぐらい当然でしょ。ていうか、孫くんが殊勝なこと言うなんて、明日は大雨かしらね。何せ、いつもは挨拶もそこそこに脱兎のごとく帰っていくでしょ?」
「ハハハ、そりゃそうだな。あーそれと、ベジータによろしく言っといてくれ」
「ええ、適当に伝えとくわ」
こうして軽口を叩き合うのも、古くからの繋がり故なのだろう。
(悟空とブルマさんの仲は、原作通り良好ね。ちょっと羨ましい……私ももっと悟空と仲良くなりたいな)
「さてと……名無しさんの用も済んだし、そろそろ帰ぇるか。長々と邪魔したな」
「いつでも遊びに来なさいよ。まあ、孫くんなら言わなくても来るんでしょうけど」
「名無しさんさん、また貴女にお逢いできる日を楽しみにしています」
トランクスは笑顔で名無しさんに手を振った。
「またね、トランクスくん。お邪魔しました、ブルマさん」
「またゆっくりお喋りしましょうね、名無しさんちゃん」
「はい!」
ブルマとトランクスに見送られ、悟空と名無しさんはブルマ宅を後にした。
帰宅後。名無しさんはブルマに譲って貰った品物を整理して洋服に着替えた後、夕食の準備に取りかかる。
「名無しさん、ちょっくら修業してくっからよ」
悟空が声をかけると、夕食作りに精を出す名無しさんは彼に顔を向けることなく。
「いってらっしゃい、悟空。夕飯には間に合うように帰って来てね?」
「ああ、なるべく遅くなんねえようにすっからさ」
そう返事したものの、いつまでも動く気配のない悟空に、名無しさんは振り向いた。
「悟空、修業に行くんじゃないの?」
「いや、行くけどよ……名無しさんに伝えなきゃなんねえことがあってさ」
悟空は「あ~」とか「う~」等と唸り、なかなか話を切り出せないでいたが「実はよ」と覚悟を決めて名無しさんを見つめた。
その眼差しはあまりにも真摯で、名無しさんもきちんと向き直り、悟空を見つめ返す。
(……悟空、何を言うつもりなんだろう?)
名無しさんが一抹の不安を抱くなか、悟空は口を開いた。
「何ちゅうか、名無しさんとは今日逢ったばっかだけど、おめえがウチにいると不思議とホッとすんだよな。誰かがいる温もりって久々だからよ、何か擽ってえけど。やっぱ良いもんだな。だからよ、オラんちに住むって決めてくれてサンキューな……って言いたかったのは、そんだけなんだけどよ」
悟空が懸命に言葉を選んで告げると、名無しさんは嬉しいような困ったような複雑な表情を浮かべる。
「悟空にそう言って貰えるのは嬉しいけど、特にまだ何もしてないよ?」
(頑張らなきゃいけないのは、これからだもんね!)
「いっ、良いじゃねえか、これがオラの気持ちなんだからよ! そんじゃあな!」
そそくさと出ていった悟空が耳朶まで真っ赤だったのを、名無しさんは見逃さなかった。
「悟空があんな風に想ってくれるなんて……嬉しい」
悟空の想いを知った名無しさんは夢現でしばらくの間、惚けたまま立ち尽していた。
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