★旧Request Dream
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目の前には鬱蒼と生い茂る木立が広がっている。その木々が太陽の光を遮っているせいで辺りは薄暗い。
自分がどうやって、この場所に来たのかも分からない。思い出そうとしても、頭の中に靄がかかったように記憶がはっきりしない。気がついたら、この森に迷い込んでいた。
もう、どれくらい歩いただろう?
歩いても歩いても同じような景色に気が滅入ってしまう。
「もう……ここは一体どこなのよ!?」
怒りに任せて大声で叫んだ時、茂みの中からガサガサッと何かが動く音が聴こえてくる。
「誰か、いるの?」
すると私の声に応えるように、一匹の狼が唸り声を上げて飛び出した。
「う、嘘でしょ……」
血走った目と視線が合った瞬間、顔から血の気が引くのを感じた。
歩き疲れて、はっきり言って逃げ切る自信なんかない。
息を呑み込んだ瞬間、狼は鋭い牙を剥いて、私に向かって襲いかかって来る。
「っ……!」
「たあ――っ!」
思わず目を瞑ったのと同時に、男の子の声と打撃音、そして狼の呻き声が聴こえた。
何が起きたの?
そう思いながらも、怖くて目が開けられない。
「ねえねえ、いつまでそうやってるつもり?」
下から甲高い声が聴こえて、恐る恐る目を開けてみる。
「え?」
そこには一人の男の子が、じーっと私を見つめていた。
「あっ、えーと……君は?」
彼は腕を組みながら深い溜め息をついて「オレがこの近くを通らなかったら、今頃お姉さんは狼の腹ん中だぜ?」と親指で背後を指す。
「え……あっ!」
そっと彼の後ろを覗き込むと、狼が白目を剥いて完全に伸びている。
「君がこの狼を倒したの?」
「当然。こんな弱っちいヤツ、オレの相手じゃないって」
彼は得意気に親指を立てて、ウインクして見せた。
……この子、一体何者?
どう見ても普通の男の子にしか見えない、この小さな身体のどこにそんな力があるんだろう?
何にしても、この子のお蔭で助かったんだ。
「ありがとう、君強いんだね」
「まあね。オレ、トランクス。お姉さんの名前も教えてよ?」
「私は名無しさん。よろしくね、トランクスくん」
「よろしく、名無しさんさん!」
私が手を差し出すと、トランクスくんは無邪気に笑って、握手に応えてくれる。
彼の子供らしい一面を見て、少し安心感を覚えた。
ところで、とトランクスくんが話を切り出した。
「名無しさんさんは、何でこんな森にいるの? まさか、カリン塔に用があるとか言わないよな?」
「かりんとう?」
「カリン塔ってのは――ほら、あれを見てみなよ」
トランクスくんは一定の方向を指した。その先には木立の隙間から、長大な柱が建っているのが見える。それは雲を突き抜けるくらいの高さで、下からは天辺が見えない。
「なっ……何あれ!?」
「あれがカリン塔だよ。ずっと上の方にカリン様って猫の仙人が住んでるんだ。その上空に神殿があるんだぜ」
「神殿?」
「そう。そこに、デンデさんって神様が住んでるんだ」
神様が存在するなんて、俄かには信じられなかった。
何だか急に不安になる。
もしかして、ここは全然私の知らない世界なんじゃないかって思えて。
「トランクスくんは、どこに住んでるの?」
「オレ? オレは西の都に住んでるよ」
「西の都?」
西の都なんて街、聞いたことがない。
もしかしてもしかすると、本当に異世界だったりして?
どうしよう、その可能性を否定出来ないのが物凄く怖い。
もしもそうだとしたら、どうやって元の世界に帰れるのか、全く見当がつかなかった。
「名無しさんさんは、どこに住んでんの?」
「えっ、私は――」
内心ドキドキしながら、自分が住んでいる場所を告げる。
「ん~……そんな街の名前聞いたことないなあ」
「そ、そう」
私の不安は消えるどころか募る一方だ。このままだと予感的中しそうで。
「名無しさんさん、今からオレんちに来ない? もしかして母さんならその街を知ってる可能性もあるからさ」
「本当!? あっ――でも、急にお邪魔しても大丈夫なの?」
「平気平気。名無しさんさんなら母さんも歓迎してくれるって。だから、一緒に行こうぜ」
「うーん……」
今はトランクスくんについていくのが無難な選択かな?
「ほら、早く行こう!」
トランクスくんは待てないとばかりに私の手を握った。
「わわっ!?」
信じられないことに、身体が地面から離れていく。
私はトランクスくんの手を放さないように、しっかりと握り返した。
「ちょっと、どうなってるの!? トランクスくん!」
「オレ、空を飛べるんだ。怖がんなくても、オレの手を握ってれば大丈夫だよ。急ぐからしっかり掴まってて!」
「っ……!」
トランクスくんは突然スピードを上げて飛行し始めた。
人間が空を飛ぶなんて、夢物語じゃないんだから。
これはもう、異世界に迷い込んでしまったとしか思えない。
「……あれ?」
更に私は異変に気づいた。
かなりの速さで飛んでいるのに、目を開けていても全然平気。それどころか、彼のスピードにちゃんと身体がついていってるような……まさか、自分で飛んでたりして?
異世界なら、とんでもないことが起きてもおかしくない。
私は本当に自分で飛んでいるのか試したくなって、トランクスくんから手を放してみた。
「やっぱり!」
私の身体はそれが当たり前のように浮いている。
「うっそ! 名無しさんさん、舞空術が使えんの!?」
それに気づいたトランクスくんが振り向いて、目を見開いた。
「えっ、うん」
なるほど、舞空術っていうのか。
トランクスくんが驚くってことは、誰でも飛べるってわけじゃないみたいね。
「名無しさんさん。舞空術、誰に教わったの?」
「誰にも教わってないよ。どう飛べば良いか、身体が知ってるみたい」
「……名無しさんさんって天才?」
トランクスくんは、ぽかんと呆気に取られている。
「あ、あはは――何言ってるの。でも、これでトランクスくんの手を煩わせなくて済むね」
「オレは名無しさんさんと手を繋いでる方が良かったな」
唇を尖らせて、宙を蹴るトランクスくん。
あらら、不貞腐れちゃった。
手を繋いだままだと飛び難いかと思ったのに、子供心って案外難しい。
「トランクスくん」
私はトランクスくんに近寄って、ぎゅっと彼の掌を握る。
「名無しさんさん?」
「トランクスくんの家に連れて行ってくれるんでしょ? 手を繋いで一緒に行こう?」
「あっああ、もちろん! オレについて来てよ!」
機嫌を直してくれたことに内心ほっとしつつ、私達は仲良く手を繋いだまま、彼の自宅がある西の都へと向かった。
トランクスくんの家に到着すると、彼の母親であるブルマさんにお逢いした。彼女の話では、予想通り私の住んでいる街は存在しないらしい。
空を飛べる時点で確信はしてたけど……真実を知った今、やっぱりショックは大きかった。
ふと家族や友達の顔を思い出して寂しさが込み上げてくる。今頃は私がいなくなったことに気づいた親が、必死に捜索しているかもしれない。
「私、自分の世界に帰りたい」
「それなら方法はただ一つ。ドラゴンボールを集めて、神龍に頼むしかないわね」
何でもドラゴンボールという球を七つ集めると神龍と呼ばれる龍が現れて、どんな願いでも叶えてくれるとか。
この世界は何から何まで現実離れしている。きっと、私の世界にドラゴンボールみたいな物があったら……止めた、そんなこと考えても意味がない。
「ドラゴンボールを集めるならオレが手伝うよ。ついでに、あいつを呼ぼうっと」
そう言ってトランクスくんが電話で呼び出したのは彼の親友、孫悟天くん。
「よろしくね、悟天くん」
私が手を差し出すと、「ボクこそよろしく、名無しさんお姉ちゃん!」と元気良く握手に応えてくれる悟天くん。
悟天くんの人懐っこい笑顔に癒されつつ、二人の協力を得てドラゴンボールを探し始めた。
「まっさか、名無しさんさんが異世界の人間だったなんてなあ」
「ボクも異世界に行ってみたい! それで、いろんな場所を見てみたいなあ!」
移動中、トランクスくんの言葉に反応した悟天くんが目をキラキラと輝かせている。
「バーカ、悟天。ちょっとは名無しさんさんの気持ちになれって。慣れない世界で心細い思いしてんだからな。それにいつ家族に逢えるか分からないんだぜ? 悟天は堪えられるのか?」
「え~? お母さんや兄ちゃんに逢えないのはヤダなあ」
「ったく、悟天はお気楽過ぎるんだよ」
「へへへ」
少しは悟天くんみたいに楽しもうって気持ちになれば気が楽なんだけど……今の私にはそんな余裕はない。
ドラゴンボールを探して数時間が経った頃、トランクスくんが地上を見下ろして言った。
「ここは探すのが大変そうだなあ」
この地域は豪雪地帯らしく、辺り一面雪景色で、ドラゴンボールを探すのは至難の技だ。
それでも三人で手分けして、ブルマさんから借りたドラゴンレーダーを駆使しつつ、やっと最後のドラゴンボールを見つけ出した。
「ねえ、トランクスくん。何かさ、この辺にスッゴくおっきな気が……」
「悟天も気づいたか?」
二人は神妙な面持ちで囁き合った。
「どうしたの? 二人とも難しい顔して?」
「この辺りに何かいるみたいなんだ」
と、トランクスくん。
「……何もいないよ?」
辺りを見渡しても、別に変わった様子はない。
「気で感じるんだよ、名無しさんお姉ちゃん。トランクスくん、この気が誰なのか探してみようよ!」
「ん~……でも、早く名無しさんさんの願いを叶えてやりたいしな。さっさと帰った方が良いんじゃないか?」
トランクスくんが眉間に皺を寄せて、ちらっと私を見た。
願いは叶えて貰わなくちゃ困るけど、実は私も少しだけ興味がある。
「悟天くんが気になるなら、ちょっとだけ探してみようか。そんなに長い時間は無理だけどね?」
「さっすが名無しさんお姉ちゃん! よーし、張り切って探そう!」
やる気満々の悟天くんとは対照的に、「ハァ――名無しさんさん、あんまり悟天を甘やかさない方が良いぜ?」とトランクスくんはお手上げのポーズを取る。
「甘やかしてるわけじゃないよ? 私もちょっと気になるし」
「……名無しさんさんって、意外と物好きなんだね」
「トランクスくんは気にならないの?」
私が屈んでトランクスくんの顔を覗き込めば、何故か彼は「えっ……うん。ちょっとはね」と頬を赤くして視線を彷徨わせた。
「?」
「トランクスくんと名無しさんお姉ちゃん、ちょっとこっちに来てよ――!」
悟天くんが割と遠く離れた場所で大きく両手を振っている。
「何か見つかったのかな?」
「とにかく行ってみようぜ」
悟天くんがいる場所へ移動すると、目の前には雪山がそびえている。
周りの景色に溶け込んで、見た限りでは普通の雪山だ。
「ほら、この中にいるみたいなんだよ」
悟天くんが指した雪山を前に顔をしかめるトランクスくん。
「見た感じは普通の雪山みたいだよね?」
要領を得ない私に、「見た目はね。でも、この中にいるのは間違いなさそうだ」と険しい表情のトランクスくんが応えた。
「壊してみれば分かるよ!」
悟天くんが右手をかざして掌から眩い光を放つと、雪山に直撃してあっという間に雪崩が起こった。
「きゃあっ!?」
咄嗟に反応出来なかった私は雪崩に巻き込まれそうになる。
「名無しさんさん!」
その直前、トランクスくんが腕を掴み、すんでの所で空中に避難させてくれた。
「あ……ありがとう、トランクスくん」
「良いって、それより名無しさんさんが無事で何よりだよ」
「二人とも、あれ見て!」
途端、悟天くんの叫び声が響いた。
雪崩の後に現れたのは、何と全身凍りづけの男の人だった。
「このおっちゃんが、あの気の正体だったんだな」
トランクスくんが、まじまじと男の人を見つめて言った。
「まだ生きてるんだよね、この人。何とか助けてあげられないかな?」
「オレ達に任せてよ。行くぞ、悟天!」
「うん、トランクスくん!」
二人は難なく氷を破壊して、瞬く間に男の人を救い出した。
トランクスくんだけじゃなくて、悟天くんまであんなことが出来るなんて、しかも掌から何か出してたし……この世界の人間は超人だらけね。
その後、トランクスくんと悟天くんが二人掛かりで男の人を、トランクスくんの家に運び込んだ。
驚き入るブルマさんに事情を話して、空き部屋を提供して貰い、二人が彼をベッドに寝かせる。
私以外の皆が退室した後、改めて相手の顔をしげしげと眺めた。
彼は驚く程、端正な顔立ちで、見ているだけでどうしようもなく胸が騒いだ。
気を失ってる人に対して、ちょっと不謹慎かな……。
「う……」
「目が覚めた?」
意識を取り戻した彼は、私の声に反応してこちらに視線を向ける。
目が合って数秒間、じっと見つめられた。
その間、ドキドキと胸が高鳴る。
やっぱり、私ちょっとおかしいかも……。
「あ、あの? どこか痛むところは……あっ!」
不意に腕を掴まれて、私は一瞬どうしたら良いのか分からなかった。
「お前は……?」
でも、その瞳がまるで親の愛情を知らない子供のように寂しげで、私は彼の手に空いている手をそっと重ねる。
すると、彼は心なし目元がふっと和らいだ気がした。
「私は名無しさんよ。貴方は?」
「オレは……ブロリーだ」
「ブロリー。この部屋には私しかいないから、ゆっくり身体を休めてね?」
「ああ……」
ブロリーと名乗った彼は安らかな表情を浮かべ、やがて規則正しい寝息を立て始める。
私は眠り込んだブロリーを起こさないように、彼からそっと手を放した。
「ブロリー……逢ったばかりでお別れなんて寂しいけど、元気でね」
私の声が聞こえたのか、ブロリーの表情が僅かに歪んだ……ような気がした。
「さようなら、ブロリー……」
後ろ髪を引かれつつも、静かに部屋を後にする。
そしてブルマさん達と合流し、ついに願いを叶える為に庭で神龍を呼び出して、自分の世界に帰りたいと告げる。
やっと願いが叶うと思った。
だけど、待っていた現実はあまりにも残酷で……。
「お前の願いは私を作り出した神の力を大きく超えている。その願いは叶えられない」
「そんな――」
じゃあ、死ぬまでこの世界で生きなくちゃいけないの?
そんなの無茶苦茶だよ……。
自分の世界に帰れると信じていたからこそ、平静を保てていた心が崩れ落ちた瞬間だった。
太陽が傾き始めた頃。
私は一人、庭の片隅でぼんやりと空を眺めながら物思いに耽っていた。
「ハァ――」
この日何度目か分からない溜め息をついた時、背後から誰かが近づいて来る足音が聴こえた。
「名無しさん」
振り向くと、足音の正体は今まで眠っていた筈のブロリーだった。
「身体の調子はもう大丈夫なの?」
「ああ、お前達のお蔭で大分良くなった。世話を掛けたな」
顔色も良いみたいだし、元気になって本当に良かった。
「……私のこと、ブルマさんから聞いた?」
ブロリーは静かに頷いた。
「私、思うの。家族や友達――大切な人達に一生逢えないなら、この世界で生きてたって仕方ない気がするって。ブロリーもそう思わない……?」
目を瞑ると、大切な人達の笑顔が浮かんでは消えていく。
今の私には、もう何も残されていない。
「オレは名無しさんに生きていて欲しい」
ポツリと呟いたブロリーの声が何となく寂しそうで。
「……ブロリー?」
彼を見上げると、その瞳は哀しげに揺れていた。
「オレはある一人の男に敗れた。これまで敗北の経験がなかったオレには、それこそ耐え難い屈辱だった。だが、今度こそ確実に仕留める為、この地球までヤツを追って来た」
「地球ってことは、ブロリーって宇宙人なの?」
「ああ、サイヤ人という戦闘種族だ。ヤツとは赤ん坊の頃から因縁があった。ゴミ同然のヤツに泣かされていた記憶が恨めしくてな……オレはヤツに報復しようとした。それこそ本能の赴くままにな」
だが今は違う、と彼は言葉を紡ぐ。
「名無しさんと出逢い、お前の温もりに触れ、奇妙にも生まれて初めてヤツへの報復など、どうでもいいと思った。それより、もっと大事なことがあるんじゃないかと……こんな不可思議な感情、オレは知らなかった。だが、それも悪くはないとも思う」
ブロリーはふっと目を細めて、私を見つめてくる。
「名無しさんと出逢わなかったら、また同じ過ちを繰り返していた。だから、今度はオレが名無しさんの力になりたい」
「ブロリー……っ」
どう応えて良いのか、今の私には分からない。
「名無しさん、涙が出ているぞ」
自分でも気づかなかった流れる涙を、ブロリーが指で掬い取ってくれる。
「あ……っ」
ブロリーを見上げると、そっと頭を抱き込まれた。
「辛いなら無理に我慢しなくても良い。心の中で泣くよりも、気が済むまで涙を流した方が余程楽になれる。泣きたいだけ泣けば良い。オレが傍にいる」
「……っ」
思いがけない優しさをくれるブロリーの胸に顔を埋めて、とめどなく溢れ出る涙を流し続けた。
彼のように形だけじゃなく、心から慰めてくれる人が傍にいると、何だか気持ちが安らぐ。どんより重たく沈んだ心が次第に癒されていくのを感じていた。
この感情が何なのかまでは、はっきりと分からなかったけど……。
「名無しさん」
漸く少しだけ気持ちが落ち着いた頃、ブロリーが私の名前を呼んだ。
彼を振り仰げば、漆黒の優しげな瞳でじっと見つめられていた。
「名無しさんさえ良いなら、これからはオレと二人で暮らさないか? オレなら、いつでも名無しさんの傍にいてやれる。そうすれば、少しはお前の不安も和らぐ筈だ」
今日初めて逢った男の人といきなり同居なんて、普通なら絶対有り得ない。
だけど、ブロリーの声音がとても穏やかで優しくて。
夕日に照らされた表情も優しげで、私に無上の安心感をもたらしてくれた。
「……うん」
だからかな。あんまり深く考えずに、ブロリーの言葉を受け入れられた。
「心配になって様子を見に来てみたら、どうやらその必要はなかったみたいね」
背後から声がして振り向いた先には、いつの間にかブルマさんが満面の笑みで立っていた。
「ブルマさん!」
「でも、ちょうど良かったわ。二人に渡したい物があるの。この先、絶対に役立つわよ」
ブルマさんは手にしていた四角いケースを開けて、中から一つのカプセルを取り出した。
「ブルマさん、それは?」
「ホイポイカプセルって言うの。使い方は先端のボタンを押して、開けた場所に放り投げるとカプセルハウスが出てくるわ」
ブルマさんがカチッとカプセルの先端を押して、庭の中央に放り投げる。
すると、ボンッと音を立てて目の前に半球状の家が現れた。
「……ま、魔法みたい」
「このスイッチを押せば、カプセルに戻せるから覚えておいてね」
ブルマさんは家に備えつけてあるスイッチを押して、それをカプセルに戻すとケースにしまった。
「そんな高価な物、本当に頂いて良いんですか?」
「当然よ、これはウチの製品だから遠慮することはないわ」
「ありがとうございます、ブルマさん。凄く助かります」
恐縮しながらも、ブルマさんからカプセルケースを受け取る。
「すまないな、オレからも礼を言わせて貰う」
「何にしても、今日はもう遅いから二人とも泊まって行って? トランクスも名無しさんさんに泊まって貰ったら喜ぶしね」
ブルマさんはにっこり笑うと、私の背中を軽く叩いた。
つくづくブルマさんって良い人だなあ。
私はブルマさんの思いやりに、頭が上がらない思いでいっぱいだった。
翌朝。ブルマさんとトランクスくんの見送りを受けた私とブロリーは、カプセルハウスで生活する場所を探していた。
「暮らすって言っても、具体的にどこで暮らすつもりなの?」
「そうだな……出来るだけ静かな場所を探そう」
「ブロリーって賑やかな所は嫌いなの?」
「騒がしい場所はごめんだ。それに、名無しさん以外の人間には興味がないからな」
「え?」
今、サラッと凄いことを言われたような?
ブロリーを見ると、普段と全く変わらない表情……今の言葉にあまり深い意味はないのかな?
「名無しさん、この辺りはどうだ?」
私達の眼下に広がるのは、緑豊かな森に囲まれたとある湖。
太陽の光に湖面が輝いていて、私は吸い込まれるように水際へ降り立った。
「静かだね。他に人はいないみたい」
「ああ、ゆっくり落ち着けそうだな」
私の隣に立ったブロリーは満足そうに言った。
湖畔にカプセルハウスを出して中に入ってみると、生活する為に必要な物が全て揃っていた。
台所、浴室、寝室に電化製品までついてるなんて、本当に魔法みたいで驚かされてしまう。
しかも冷蔵庫には食料がぎっしり詰まっていて、暫く生活に困ることはなさそう。
問題はベッドが一つしかないってこと。
「寝る時はどうしよう?」
「……オレはソファーで寝るから、ベッドは名無しさんが使えば良い」
「でも、良いの? ブロリーは人一倍身体が大きいのに……」
ブロリーは返事の代わりに静かに微笑んだ。あんまり無駄なことは話さないブロリーの目はとても優しい。目は口ほどに物を言うって、きっとブロリーの為にある言葉なんじゃないかな。
ブロリーの言葉に甘えてお礼を言うと、彼は口元に薄く笑みを湛えて頷いてくれる。
「ブロリー、せっかくだから森の散策に行こうよ」
「ああ」
森の中は小鳥のさえずりや、風に揺れる梢がさわさわと聴こえてくる。
頭上を振り仰げば、木立の隙間から木漏れ日が差し込んでいて、思わず目を奪われる程美しかった。
私は大きく両手を広げ、胸いっぱいに森の新鮮な空気を吸い込んだ。
「ん~気持ち良いなあ! 森林浴最高!」
これから、この地でブロリーとの新生活が始まる。
過去を振り返れば、不安が全くないって言ったら嘘になるけど、たった一度きりの人生を悔いの残らないよう、一瞬一瞬大切に過ごしたいと思えた。
「ブロリー。こんな私だけど、改めてよろしくね?」
私は笑顔で右手を差し出す。
だけどブロリーはじっと私を見つめるだけで、握手には応えてくれない。
「ブロリー?」
「名無しさん」
「あっ!」
不意に手首を掴まれて、そのままブロリーの口元に引き寄せられる。
「オレにとって名無しさんは特別な存在だ。こうやってお前に触れたくもなる」
「それってどういう……あっ」
ブロリーは私を見つめたまま、指に唇を這わせた。
「ブロリー……」
指先に柔らかい感触が伝わり、恥ずかしくなって咄嗟に手を引こうとした。
でも、彼はそれを引き留めるように優しく握り締める。
「まだ、分からないか? オレは名無しさんが好きなんだ」
「!?」
いつになく真剣な眼差しと突然の告白に、一気に胸が熱くなった。
「一目見たあの時、名無しさんの全てから目が離せなくなった。気づけば、どうしようもなくお前に惹かれていた」
ブロリーは眉根を寄せて、切なげに私を見つめてくる。
「だから、名無しさんが落ち込んでいた時は放っておけなかったんだ。何としても、この手で愛するお前を守りたいと想った」
「そ、そんな――」
私は肝心なブロリーの想いに気づきもしないで、ただ彼の思いやりに甘えていただけだった。
それを自覚すると、途端に申し訳なさすぎて、ずきんずきんと脈打つように胸が痛くなる。
「名無しさん」
ブロリーの大きな手が背中に回され、はっとして彼を見上げると寂しげな瞳が私を映していた。
それは、初めてブロリーと対面した時と同じ瞳だった。
「迷惑だったか?」
「め、迷惑じゃないよ。ただ驚いただけで……」
真剣に告白されて嬉しくないわけがない。ただブロリーの想いを察することが出来なかった、自分の浅はかさが心苦しいだけで……。
「なら、名無しさんの気持ちを聞かせて欲しい」
「私の気持ち……」
「オレが好きか?」
耳元で優しく囁かれて、一変して穏やかな気持ちになる。
こうやって抱き締められて、ブロリーの胸が温かく思えるのも、気持ちが安らぐのも……。
改めて、自分に正直になってみる。
出逢ってからまだ短い時間だけど、ブロリーと過ごしてみて込み上げる想いはただ一つ。
彼を真っ直ぐ見つめて、「私も、ブロリーが大好きだよ」と素直な気持ちを告げれば、彼は今まで以上に穏和な笑みを湛えた。
「名無しさん、オレの気持ちを受け入れてくれてありがとう」
私は大きな思い違いをしていた。ブロリーの思いやりは単なる同情から来るもので、まさかこんな素敵な人が私を愛してくれているが為に、優しくしてくれるだなんて夢にも思わなかったから、お礼を言いたいのは私の方だ。
「私こそ、好きになってくれてありがとう、ブロリー」
ブロリーが恋しくて、自然と右手を伸ばし、彼の整った輪郭を確かめるように掌で軽く滑らせる。
彼は嬉しそうに微笑んで、私に応えるようにそっと髪を撫でてくれた。
「名無しさん……」
不意にその手が止まり、ブロリーの顔が近づく。
私が瞼を伏せたのを合図にして、お互いの唇が深く重なり合った。
彼とのファーストキスはとても心地好くて、このまま時が止まれば良いのになと本気で想い焦がれた。
あれから、数ヵ月後。
私は人生で最大のイベント、ブロリーとの挙式を迎えようとしている。
憧れのウェディングドレスを身に纏えば、嬉しくて自然と笑みが零れた。
私達は人前式というスタイルを選んだ。それは私とブロリーを祝福してくれる人達の前で、永遠の誓いを立てたいと思ったからだ。
いよいよチャペルの扉が開いた時、目の前には白い道が広がった。
一歩ずつ、ゆっくりと歩を進める。
道の両側にはブルマさん達が温かい笑顔で見守ってくれている。
でも、私にはその表情がよく見えなかった。ベールを被っているからもあるけど――私の目には白い道だけが映っていた。
道の中央にブロリーが立っている。白い薔薇のブーケを持って。
その昔、男性が愛する女性の元へ、プロポーズに向かう途中のこと。野に咲いていた美しい花々を一輪ずつ丁寧に摘んで、プロポーズの言葉と一緒にプレゼントした。
それを受け取った女性は、花束の中から一輪抜き取り、結婚承諾の証として男性に贈ったと言われている。
それが後に、ブーケブートニアの儀式として現代に伝わったとか。
ブロリーは私の足元に恭しく跪いて、真っ白な薔薇のブーケを差し出した。
「名無しさん、オレはお前を心から愛している。これから先も、ずっと二人で生きていこう」
ブロリーの飾らない素直な言葉が胸に染み透るように響いて、思わず涙が零れそうになった。
私はそっと手を差し伸べて、ブロリーからのブーケを受け取る。伝説のようにブーケから一輪の薔薇を抜き取り、彼の胸元に挿してプロポーズに応えた。
そして、ブロリーのエスコートで祭壇へと続く長い道のりを歩いていく。
祭壇を一段ずつ上がって、ゆっくりと振り向いた先には、たくさんの温かい眼差しに見守られていた。私達は列席者に深く頭を下げる。深い感謝の気持ちを込めて。
その後、私とブロリーは皆の前で誓いの言葉を立てる。
「オレはこの場にいる全員の前で、名無しさんを生涯の妻として愛し続けることを誓う。そして必ず幸せにすると約束しよう」
「私は大切な皆様の前で、ブロリーを生涯の夫として愛し続けることを誓います。そしていつも彼の心を癒してあげられる家庭を築きます」
温かい拍手に包まれるなか、私とブロリーはお互いにゆっくりと向かい合った。彼の手がベールにかかり、ふわりと持ち上げられる。
ブロリーと目が合った瞬間、私達はお互いに微笑み、軽く触れ合うだけの誓いのキスを交した。
長いようで短い式が、もう直ぐ幕を閉じようとしている。
結婚証明書に署名を済ませ、次に私達を待っていたのは夫婦の証、指輪の交換。最初はブロリーが私の左手の薬指へと指輪を嵌めてくれた。
それは合ってるんだけど……やけに顔が近いと思っていたら、ブロリーは皆に気づかれない角度で、私の頬にほんの一瞬だけ口づけてくる。
「ブロリー!?」
「名無しさんがあまりにも綺麗だから我慢出来なかった。これぐらい許せ」
私の耳元で囁くブロリーは明らかに楽しそうで……狡いよ、そんな風に言われたら怒れないじゃない。
頬が朱に染まるのを意識しながら、僅かに震える指先でブロリーの左手の薬指へと指輪を嵌めた。
最後は照れながらも、皆に指輪のお披露目。
瞬く間に時が過ぎ、私とブロリーの人前式は盛大な拍手で終幕を迎えた。
始めは別々に入った白い道を、今度はブロリーと腕を組んでゆっくり歩いていく。
「二人ともおめでとう! ブロリー、タキシード姿カッコいいわよー!」
「名無しさんさん、ウェディングドレス似合ってるよ!」
「名無しさんお姉ちゃん、ブロリーと幸せになってねー!」
鳴り止まない拍手のなか――ブルマさん、トランクスくん、悟天くんからの呼びかけに私は微笑んで応えた。皆も最高の笑顔で送り出してくれる。
あの扉の向こうにはまだ見ぬ新しい世界が、私とブロリーを待ち受けているのだろう。
一歩また一歩、扉に向かって歩く。人生という長い道のりを、ブロリーと乗り越えていこうと心に誓って。
END
自分がどうやって、この場所に来たのかも分からない。思い出そうとしても、頭の中に靄がかかったように記憶がはっきりしない。気がついたら、この森に迷い込んでいた。
もう、どれくらい歩いただろう?
歩いても歩いても同じような景色に気が滅入ってしまう。
「もう……ここは一体どこなのよ!?」
怒りに任せて大声で叫んだ時、茂みの中からガサガサッと何かが動く音が聴こえてくる。
「誰か、いるの?」
すると私の声に応えるように、一匹の狼が唸り声を上げて飛び出した。
「う、嘘でしょ……」
血走った目と視線が合った瞬間、顔から血の気が引くのを感じた。
歩き疲れて、はっきり言って逃げ切る自信なんかない。
息を呑み込んだ瞬間、狼は鋭い牙を剥いて、私に向かって襲いかかって来る。
「っ……!」
「たあ――っ!」
思わず目を瞑ったのと同時に、男の子の声と打撃音、そして狼の呻き声が聴こえた。
何が起きたの?
そう思いながらも、怖くて目が開けられない。
「ねえねえ、いつまでそうやってるつもり?」
下から甲高い声が聴こえて、恐る恐る目を開けてみる。
「え?」
そこには一人の男の子が、じーっと私を見つめていた。
「あっ、えーと……君は?」
彼は腕を組みながら深い溜め息をついて「オレがこの近くを通らなかったら、今頃お姉さんは狼の腹ん中だぜ?」と親指で背後を指す。
「え……あっ!」
そっと彼の後ろを覗き込むと、狼が白目を剥いて完全に伸びている。
「君がこの狼を倒したの?」
「当然。こんな弱っちいヤツ、オレの相手じゃないって」
彼は得意気に親指を立てて、ウインクして見せた。
……この子、一体何者?
どう見ても普通の男の子にしか見えない、この小さな身体のどこにそんな力があるんだろう?
何にしても、この子のお蔭で助かったんだ。
「ありがとう、君強いんだね」
「まあね。オレ、トランクス。お姉さんの名前も教えてよ?」
「私は名無しさん。よろしくね、トランクスくん」
「よろしく、名無しさんさん!」
私が手を差し出すと、トランクスくんは無邪気に笑って、握手に応えてくれる。
彼の子供らしい一面を見て、少し安心感を覚えた。
ところで、とトランクスくんが話を切り出した。
「名無しさんさんは、何でこんな森にいるの? まさか、カリン塔に用があるとか言わないよな?」
「かりんとう?」
「カリン塔ってのは――ほら、あれを見てみなよ」
トランクスくんは一定の方向を指した。その先には木立の隙間から、長大な柱が建っているのが見える。それは雲を突き抜けるくらいの高さで、下からは天辺が見えない。
「なっ……何あれ!?」
「あれがカリン塔だよ。ずっと上の方にカリン様って猫の仙人が住んでるんだ。その上空に神殿があるんだぜ」
「神殿?」
「そう。そこに、デンデさんって神様が住んでるんだ」
神様が存在するなんて、俄かには信じられなかった。
何だか急に不安になる。
もしかして、ここは全然私の知らない世界なんじゃないかって思えて。
「トランクスくんは、どこに住んでるの?」
「オレ? オレは西の都に住んでるよ」
「西の都?」
西の都なんて街、聞いたことがない。
もしかしてもしかすると、本当に異世界だったりして?
どうしよう、その可能性を否定出来ないのが物凄く怖い。
もしもそうだとしたら、どうやって元の世界に帰れるのか、全く見当がつかなかった。
「名無しさんさんは、どこに住んでんの?」
「えっ、私は――」
内心ドキドキしながら、自分が住んでいる場所を告げる。
「ん~……そんな街の名前聞いたことないなあ」
「そ、そう」
私の不安は消えるどころか募る一方だ。このままだと予感的中しそうで。
「名無しさんさん、今からオレんちに来ない? もしかして母さんならその街を知ってる可能性もあるからさ」
「本当!? あっ――でも、急にお邪魔しても大丈夫なの?」
「平気平気。名無しさんさんなら母さんも歓迎してくれるって。だから、一緒に行こうぜ」
「うーん……」
今はトランクスくんについていくのが無難な選択かな?
「ほら、早く行こう!」
トランクスくんは待てないとばかりに私の手を握った。
「わわっ!?」
信じられないことに、身体が地面から離れていく。
私はトランクスくんの手を放さないように、しっかりと握り返した。
「ちょっと、どうなってるの!? トランクスくん!」
「オレ、空を飛べるんだ。怖がんなくても、オレの手を握ってれば大丈夫だよ。急ぐからしっかり掴まってて!」
「っ……!」
トランクスくんは突然スピードを上げて飛行し始めた。
人間が空を飛ぶなんて、夢物語じゃないんだから。
これはもう、異世界に迷い込んでしまったとしか思えない。
「……あれ?」
更に私は異変に気づいた。
かなりの速さで飛んでいるのに、目を開けていても全然平気。それどころか、彼のスピードにちゃんと身体がついていってるような……まさか、自分で飛んでたりして?
異世界なら、とんでもないことが起きてもおかしくない。
私は本当に自分で飛んでいるのか試したくなって、トランクスくんから手を放してみた。
「やっぱり!」
私の身体はそれが当たり前のように浮いている。
「うっそ! 名無しさんさん、舞空術が使えんの!?」
それに気づいたトランクスくんが振り向いて、目を見開いた。
「えっ、うん」
なるほど、舞空術っていうのか。
トランクスくんが驚くってことは、誰でも飛べるってわけじゃないみたいね。
「名無しさんさん。舞空術、誰に教わったの?」
「誰にも教わってないよ。どう飛べば良いか、身体が知ってるみたい」
「……名無しさんさんって天才?」
トランクスくんは、ぽかんと呆気に取られている。
「あ、あはは――何言ってるの。でも、これでトランクスくんの手を煩わせなくて済むね」
「オレは名無しさんさんと手を繋いでる方が良かったな」
唇を尖らせて、宙を蹴るトランクスくん。
あらら、不貞腐れちゃった。
手を繋いだままだと飛び難いかと思ったのに、子供心って案外難しい。
「トランクスくん」
私はトランクスくんに近寄って、ぎゅっと彼の掌を握る。
「名無しさんさん?」
「トランクスくんの家に連れて行ってくれるんでしょ? 手を繋いで一緒に行こう?」
「あっああ、もちろん! オレについて来てよ!」
機嫌を直してくれたことに内心ほっとしつつ、私達は仲良く手を繋いだまま、彼の自宅がある西の都へと向かった。
トランクスくんの家に到着すると、彼の母親であるブルマさんにお逢いした。彼女の話では、予想通り私の住んでいる街は存在しないらしい。
空を飛べる時点で確信はしてたけど……真実を知った今、やっぱりショックは大きかった。
ふと家族や友達の顔を思い出して寂しさが込み上げてくる。今頃は私がいなくなったことに気づいた親が、必死に捜索しているかもしれない。
「私、自分の世界に帰りたい」
「それなら方法はただ一つ。ドラゴンボールを集めて、神龍に頼むしかないわね」
何でもドラゴンボールという球を七つ集めると神龍と呼ばれる龍が現れて、どんな願いでも叶えてくれるとか。
この世界は何から何まで現実離れしている。きっと、私の世界にドラゴンボールみたいな物があったら……止めた、そんなこと考えても意味がない。
「ドラゴンボールを集めるならオレが手伝うよ。ついでに、あいつを呼ぼうっと」
そう言ってトランクスくんが電話で呼び出したのは彼の親友、孫悟天くん。
「よろしくね、悟天くん」
私が手を差し出すと、「ボクこそよろしく、名無しさんお姉ちゃん!」と元気良く握手に応えてくれる悟天くん。
悟天くんの人懐っこい笑顔に癒されつつ、二人の協力を得てドラゴンボールを探し始めた。
「まっさか、名無しさんさんが異世界の人間だったなんてなあ」
「ボクも異世界に行ってみたい! それで、いろんな場所を見てみたいなあ!」
移動中、トランクスくんの言葉に反応した悟天くんが目をキラキラと輝かせている。
「バーカ、悟天。ちょっとは名無しさんさんの気持ちになれって。慣れない世界で心細い思いしてんだからな。それにいつ家族に逢えるか分からないんだぜ? 悟天は堪えられるのか?」
「え~? お母さんや兄ちゃんに逢えないのはヤダなあ」
「ったく、悟天はお気楽過ぎるんだよ」
「へへへ」
少しは悟天くんみたいに楽しもうって気持ちになれば気が楽なんだけど……今の私にはそんな余裕はない。
ドラゴンボールを探して数時間が経った頃、トランクスくんが地上を見下ろして言った。
「ここは探すのが大変そうだなあ」
この地域は豪雪地帯らしく、辺り一面雪景色で、ドラゴンボールを探すのは至難の技だ。
それでも三人で手分けして、ブルマさんから借りたドラゴンレーダーを駆使しつつ、やっと最後のドラゴンボールを見つけ出した。
「ねえ、トランクスくん。何かさ、この辺にスッゴくおっきな気が……」
「悟天も気づいたか?」
二人は神妙な面持ちで囁き合った。
「どうしたの? 二人とも難しい顔して?」
「この辺りに何かいるみたいなんだ」
と、トランクスくん。
「……何もいないよ?」
辺りを見渡しても、別に変わった様子はない。
「気で感じるんだよ、名無しさんお姉ちゃん。トランクスくん、この気が誰なのか探してみようよ!」
「ん~……でも、早く名無しさんさんの願いを叶えてやりたいしな。さっさと帰った方が良いんじゃないか?」
トランクスくんが眉間に皺を寄せて、ちらっと私を見た。
願いは叶えて貰わなくちゃ困るけど、実は私も少しだけ興味がある。
「悟天くんが気になるなら、ちょっとだけ探してみようか。そんなに長い時間は無理だけどね?」
「さっすが名無しさんお姉ちゃん! よーし、張り切って探そう!」
やる気満々の悟天くんとは対照的に、「ハァ――名無しさんさん、あんまり悟天を甘やかさない方が良いぜ?」とトランクスくんはお手上げのポーズを取る。
「甘やかしてるわけじゃないよ? 私もちょっと気になるし」
「……名無しさんさんって、意外と物好きなんだね」
「トランクスくんは気にならないの?」
私が屈んでトランクスくんの顔を覗き込めば、何故か彼は「えっ……うん。ちょっとはね」と頬を赤くして視線を彷徨わせた。
「?」
「トランクスくんと名無しさんお姉ちゃん、ちょっとこっちに来てよ――!」
悟天くんが割と遠く離れた場所で大きく両手を振っている。
「何か見つかったのかな?」
「とにかく行ってみようぜ」
悟天くんがいる場所へ移動すると、目の前には雪山がそびえている。
周りの景色に溶け込んで、見た限りでは普通の雪山だ。
「ほら、この中にいるみたいなんだよ」
悟天くんが指した雪山を前に顔をしかめるトランクスくん。
「見た感じは普通の雪山みたいだよね?」
要領を得ない私に、「見た目はね。でも、この中にいるのは間違いなさそうだ」と険しい表情のトランクスくんが応えた。
「壊してみれば分かるよ!」
悟天くんが右手をかざして掌から眩い光を放つと、雪山に直撃してあっという間に雪崩が起こった。
「きゃあっ!?」
咄嗟に反応出来なかった私は雪崩に巻き込まれそうになる。
「名無しさんさん!」
その直前、トランクスくんが腕を掴み、すんでの所で空中に避難させてくれた。
「あ……ありがとう、トランクスくん」
「良いって、それより名無しさんさんが無事で何よりだよ」
「二人とも、あれ見て!」
途端、悟天くんの叫び声が響いた。
雪崩の後に現れたのは、何と全身凍りづけの男の人だった。
「このおっちゃんが、あの気の正体だったんだな」
トランクスくんが、まじまじと男の人を見つめて言った。
「まだ生きてるんだよね、この人。何とか助けてあげられないかな?」
「オレ達に任せてよ。行くぞ、悟天!」
「うん、トランクスくん!」
二人は難なく氷を破壊して、瞬く間に男の人を救い出した。
トランクスくんだけじゃなくて、悟天くんまであんなことが出来るなんて、しかも掌から何か出してたし……この世界の人間は超人だらけね。
その後、トランクスくんと悟天くんが二人掛かりで男の人を、トランクスくんの家に運び込んだ。
驚き入るブルマさんに事情を話して、空き部屋を提供して貰い、二人が彼をベッドに寝かせる。
私以外の皆が退室した後、改めて相手の顔をしげしげと眺めた。
彼は驚く程、端正な顔立ちで、見ているだけでどうしようもなく胸が騒いだ。
気を失ってる人に対して、ちょっと不謹慎かな……。
「う……」
「目が覚めた?」
意識を取り戻した彼は、私の声に反応してこちらに視線を向ける。
目が合って数秒間、じっと見つめられた。
その間、ドキドキと胸が高鳴る。
やっぱり、私ちょっとおかしいかも……。
「あ、あの? どこか痛むところは……あっ!」
不意に腕を掴まれて、私は一瞬どうしたら良いのか分からなかった。
「お前は……?」
でも、その瞳がまるで親の愛情を知らない子供のように寂しげで、私は彼の手に空いている手をそっと重ねる。
すると、彼は心なし目元がふっと和らいだ気がした。
「私は名無しさんよ。貴方は?」
「オレは……ブロリーだ」
「ブロリー。この部屋には私しかいないから、ゆっくり身体を休めてね?」
「ああ……」
ブロリーと名乗った彼は安らかな表情を浮かべ、やがて規則正しい寝息を立て始める。
私は眠り込んだブロリーを起こさないように、彼からそっと手を放した。
「ブロリー……逢ったばかりでお別れなんて寂しいけど、元気でね」
私の声が聞こえたのか、ブロリーの表情が僅かに歪んだ……ような気がした。
「さようなら、ブロリー……」
後ろ髪を引かれつつも、静かに部屋を後にする。
そしてブルマさん達と合流し、ついに願いを叶える為に庭で神龍を呼び出して、自分の世界に帰りたいと告げる。
やっと願いが叶うと思った。
だけど、待っていた現実はあまりにも残酷で……。
「お前の願いは私を作り出した神の力を大きく超えている。その願いは叶えられない」
「そんな――」
じゃあ、死ぬまでこの世界で生きなくちゃいけないの?
そんなの無茶苦茶だよ……。
自分の世界に帰れると信じていたからこそ、平静を保てていた心が崩れ落ちた瞬間だった。
太陽が傾き始めた頃。
私は一人、庭の片隅でぼんやりと空を眺めながら物思いに耽っていた。
「ハァ――」
この日何度目か分からない溜め息をついた時、背後から誰かが近づいて来る足音が聴こえた。
「名無しさん」
振り向くと、足音の正体は今まで眠っていた筈のブロリーだった。
「身体の調子はもう大丈夫なの?」
「ああ、お前達のお蔭で大分良くなった。世話を掛けたな」
顔色も良いみたいだし、元気になって本当に良かった。
「……私のこと、ブルマさんから聞いた?」
ブロリーは静かに頷いた。
「私、思うの。家族や友達――大切な人達に一生逢えないなら、この世界で生きてたって仕方ない気がするって。ブロリーもそう思わない……?」
目を瞑ると、大切な人達の笑顔が浮かんでは消えていく。
今の私には、もう何も残されていない。
「オレは名無しさんに生きていて欲しい」
ポツリと呟いたブロリーの声が何となく寂しそうで。
「……ブロリー?」
彼を見上げると、その瞳は哀しげに揺れていた。
「オレはある一人の男に敗れた。これまで敗北の経験がなかったオレには、それこそ耐え難い屈辱だった。だが、今度こそ確実に仕留める為、この地球までヤツを追って来た」
「地球ってことは、ブロリーって宇宙人なの?」
「ああ、サイヤ人という戦闘種族だ。ヤツとは赤ん坊の頃から因縁があった。ゴミ同然のヤツに泣かされていた記憶が恨めしくてな……オレはヤツに報復しようとした。それこそ本能の赴くままにな」
だが今は違う、と彼は言葉を紡ぐ。
「名無しさんと出逢い、お前の温もりに触れ、奇妙にも生まれて初めてヤツへの報復など、どうでもいいと思った。それより、もっと大事なことがあるんじゃないかと……こんな不可思議な感情、オレは知らなかった。だが、それも悪くはないとも思う」
ブロリーはふっと目を細めて、私を見つめてくる。
「名無しさんと出逢わなかったら、また同じ過ちを繰り返していた。だから、今度はオレが名無しさんの力になりたい」
「ブロリー……っ」
どう応えて良いのか、今の私には分からない。
「名無しさん、涙が出ているぞ」
自分でも気づかなかった流れる涙を、ブロリーが指で掬い取ってくれる。
「あ……っ」
ブロリーを見上げると、そっと頭を抱き込まれた。
「辛いなら無理に我慢しなくても良い。心の中で泣くよりも、気が済むまで涙を流した方が余程楽になれる。泣きたいだけ泣けば良い。オレが傍にいる」
「……っ」
思いがけない優しさをくれるブロリーの胸に顔を埋めて、とめどなく溢れ出る涙を流し続けた。
彼のように形だけじゃなく、心から慰めてくれる人が傍にいると、何だか気持ちが安らぐ。どんより重たく沈んだ心が次第に癒されていくのを感じていた。
この感情が何なのかまでは、はっきりと分からなかったけど……。
「名無しさん」
漸く少しだけ気持ちが落ち着いた頃、ブロリーが私の名前を呼んだ。
彼を振り仰げば、漆黒の優しげな瞳でじっと見つめられていた。
「名無しさんさえ良いなら、これからはオレと二人で暮らさないか? オレなら、いつでも名無しさんの傍にいてやれる。そうすれば、少しはお前の不安も和らぐ筈だ」
今日初めて逢った男の人といきなり同居なんて、普通なら絶対有り得ない。
だけど、ブロリーの声音がとても穏やかで優しくて。
夕日に照らされた表情も優しげで、私に無上の安心感をもたらしてくれた。
「……うん」
だからかな。あんまり深く考えずに、ブロリーの言葉を受け入れられた。
「心配になって様子を見に来てみたら、どうやらその必要はなかったみたいね」
背後から声がして振り向いた先には、いつの間にかブルマさんが満面の笑みで立っていた。
「ブルマさん!」
「でも、ちょうど良かったわ。二人に渡したい物があるの。この先、絶対に役立つわよ」
ブルマさんは手にしていた四角いケースを開けて、中から一つのカプセルを取り出した。
「ブルマさん、それは?」
「ホイポイカプセルって言うの。使い方は先端のボタンを押して、開けた場所に放り投げるとカプセルハウスが出てくるわ」
ブルマさんがカチッとカプセルの先端を押して、庭の中央に放り投げる。
すると、ボンッと音を立てて目の前に半球状の家が現れた。
「……ま、魔法みたい」
「このスイッチを押せば、カプセルに戻せるから覚えておいてね」
ブルマさんは家に備えつけてあるスイッチを押して、それをカプセルに戻すとケースにしまった。
「そんな高価な物、本当に頂いて良いんですか?」
「当然よ、これはウチの製品だから遠慮することはないわ」
「ありがとうございます、ブルマさん。凄く助かります」
恐縮しながらも、ブルマさんからカプセルケースを受け取る。
「すまないな、オレからも礼を言わせて貰う」
「何にしても、今日はもう遅いから二人とも泊まって行って? トランクスも名無しさんさんに泊まって貰ったら喜ぶしね」
ブルマさんはにっこり笑うと、私の背中を軽く叩いた。
つくづくブルマさんって良い人だなあ。
私はブルマさんの思いやりに、頭が上がらない思いでいっぱいだった。
翌朝。ブルマさんとトランクスくんの見送りを受けた私とブロリーは、カプセルハウスで生活する場所を探していた。
「暮らすって言っても、具体的にどこで暮らすつもりなの?」
「そうだな……出来るだけ静かな場所を探そう」
「ブロリーって賑やかな所は嫌いなの?」
「騒がしい場所はごめんだ。それに、名無しさん以外の人間には興味がないからな」
「え?」
今、サラッと凄いことを言われたような?
ブロリーを見ると、普段と全く変わらない表情……今の言葉にあまり深い意味はないのかな?
「名無しさん、この辺りはどうだ?」
私達の眼下に広がるのは、緑豊かな森に囲まれたとある湖。
太陽の光に湖面が輝いていて、私は吸い込まれるように水際へ降り立った。
「静かだね。他に人はいないみたい」
「ああ、ゆっくり落ち着けそうだな」
私の隣に立ったブロリーは満足そうに言った。
湖畔にカプセルハウスを出して中に入ってみると、生活する為に必要な物が全て揃っていた。
台所、浴室、寝室に電化製品までついてるなんて、本当に魔法みたいで驚かされてしまう。
しかも冷蔵庫には食料がぎっしり詰まっていて、暫く生活に困ることはなさそう。
問題はベッドが一つしかないってこと。
「寝る時はどうしよう?」
「……オレはソファーで寝るから、ベッドは名無しさんが使えば良い」
「でも、良いの? ブロリーは人一倍身体が大きいのに……」
ブロリーは返事の代わりに静かに微笑んだ。あんまり無駄なことは話さないブロリーの目はとても優しい。目は口ほどに物を言うって、きっとブロリーの為にある言葉なんじゃないかな。
ブロリーの言葉に甘えてお礼を言うと、彼は口元に薄く笑みを湛えて頷いてくれる。
「ブロリー、せっかくだから森の散策に行こうよ」
「ああ」
森の中は小鳥のさえずりや、風に揺れる梢がさわさわと聴こえてくる。
頭上を振り仰げば、木立の隙間から木漏れ日が差し込んでいて、思わず目を奪われる程美しかった。
私は大きく両手を広げ、胸いっぱいに森の新鮮な空気を吸い込んだ。
「ん~気持ち良いなあ! 森林浴最高!」
これから、この地でブロリーとの新生活が始まる。
過去を振り返れば、不安が全くないって言ったら嘘になるけど、たった一度きりの人生を悔いの残らないよう、一瞬一瞬大切に過ごしたいと思えた。
「ブロリー。こんな私だけど、改めてよろしくね?」
私は笑顔で右手を差し出す。
だけどブロリーはじっと私を見つめるだけで、握手には応えてくれない。
「ブロリー?」
「名無しさん」
「あっ!」
不意に手首を掴まれて、そのままブロリーの口元に引き寄せられる。
「オレにとって名無しさんは特別な存在だ。こうやってお前に触れたくもなる」
「それってどういう……あっ」
ブロリーは私を見つめたまま、指に唇を這わせた。
「ブロリー……」
指先に柔らかい感触が伝わり、恥ずかしくなって咄嗟に手を引こうとした。
でも、彼はそれを引き留めるように優しく握り締める。
「まだ、分からないか? オレは名無しさんが好きなんだ」
「!?」
いつになく真剣な眼差しと突然の告白に、一気に胸が熱くなった。
「一目見たあの時、名無しさんの全てから目が離せなくなった。気づけば、どうしようもなくお前に惹かれていた」
ブロリーは眉根を寄せて、切なげに私を見つめてくる。
「だから、名無しさんが落ち込んでいた時は放っておけなかったんだ。何としても、この手で愛するお前を守りたいと想った」
「そ、そんな――」
私は肝心なブロリーの想いに気づきもしないで、ただ彼の思いやりに甘えていただけだった。
それを自覚すると、途端に申し訳なさすぎて、ずきんずきんと脈打つように胸が痛くなる。
「名無しさん」
ブロリーの大きな手が背中に回され、はっとして彼を見上げると寂しげな瞳が私を映していた。
それは、初めてブロリーと対面した時と同じ瞳だった。
「迷惑だったか?」
「め、迷惑じゃないよ。ただ驚いただけで……」
真剣に告白されて嬉しくないわけがない。ただブロリーの想いを察することが出来なかった、自分の浅はかさが心苦しいだけで……。
「なら、名無しさんの気持ちを聞かせて欲しい」
「私の気持ち……」
「オレが好きか?」
耳元で優しく囁かれて、一変して穏やかな気持ちになる。
こうやって抱き締められて、ブロリーの胸が温かく思えるのも、気持ちが安らぐのも……。
改めて、自分に正直になってみる。
出逢ってからまだ短い時間だけど、ブロリーと過ごしてみて込み上げる想いはただ一つ。
彼を真っ直ぐ見つめて、「私も、ブロリーが大好きだよ」と素直な気持ちを告げれば、彼は今まで以上に穏和な笑みを湛えた。
「名無しさん、オレの気持ちを受け入れてくれてありがとう」
私は大きな思い違いをしていた。ブロリーの思いやりは単なる同情から来るもので、まさかこんな素敵な人が私を愛してくれているが為に、優しくしてくれるだなんて夢にも思わなかったから、お礼を言いたいのは私の方だ。
「私こそ、好きになってくれてありがとう、ブロリー」
ブロリーが恋しくて、自然と右手を伸ばし、彼の整った輪郭を確かめるように掌で軽く滑らせる。
彼は嬉しそうに微笑んで、私に応えるようにそっと髪を撫でてくれた。
「名無しさん……」
不意にその手が止まり、ブロリーの顔が近づく。
私が瞼を伏せたのを合図にして、お互いの唇が深く重なり合った。
彼とのファーストキスはとても心地好くて、このまま時が止まれば良いのになと本気で想い焦がれた。
あれから、数ヵ月後。
私は人生で最大のイベント、ブロリーとの挙式を迎えようとしている。
憧れのウェディングドレスを身に纏えば、嬉しくて自然と笑みが零れた。
私達は人前式というスタイルを選んだ。それは私とブロリーを祝福してくれる人達の前で、永遠の誓いを立てたいと思ったからだ。
いよいよチャペルの扉が開いた時、目の前には白い道が広がった。
一歩ずつ、ゆっくりと歩を進める。
道の両側にはブルマさん達が温かい笑顔で見守ってくれている。
でも、私にはその表情がよく見えなかった。ベールを被っているからもあるけど――私の目には白い道だけが映っていた。
道の中央にブロリーが立っている。白い薔薇のブーケを持って。
その昔、男性が愛する女性の元へ、プロポーズに向かう途中のこと。野に咲いていた美しい花々を一輪ずつ丁寧に摘んで、プロポーズの言葉と一緒にプレゼントした。
それを受け取った女性は、花束の中から一輪抜き取り、結婚承諾の証として男性に贈ったと言われている。
それが後に、ブーケブートニアの儀式として現代に伝わったとか。
ブロリーは私の足元に恭しく跪いて、真っ白な薔薇のブーケを差し出した。
「名無しさん、オレはお前を心から愛している。これから先も、ずっと二人で生きていこう」
ブロリーの飾らない素直な言葉が胸に染み透るように響いて、思わず涙が零れそうになった。
私はそっと手を差し伸べて、ブロリーからのブーケを受け取る。伝説のようにブーケから一輪の薔薇を抜き取り、彼の胸元に挿してプロポーズに応えた。
そして、ブロリーのエスコートで祭壇へと続く長い道のりを歩いていく。
祭壇を一段ずつ上がって、ゆっくりと振り向いた先には、たくさんの温かい眼差しに見守られていた。私達は列席者に深く頭を下げる。深い感謝の気持ちを込めて。
その後、私とブロリーは皆の前で誓いの言葉を立てる。
「オレはこの場にいる全員の前で、名無しさんを生涯の妻として愛し続けることを誓う。そして必ず幸せにすると約束しよう」
「私は大切な皆様の前で、ブロリーを生涯の夫として愛し続けることを誓います。そしていつも彼の心を癒してあげられる家庭を築きます」
温かい拍手に包まれるなか、私とブロリーはお互いにゆっくりと向かい合った。彼の手がベールにかかり、ふわりと持ち上げられる。
ブロリーと目が合った瞬間、私達はお互いに微笑み、軽く触れ合うだけの誓いのキスを交した。
長いようで短い式が、もう直ぐ幕を閉じようとしている。
結婚証明書に署名を済ませ、次に私達を待っていたのは夫婦の証、指輪の交換。最初はブロリーが私の左手の薬指へと指輪を嵌めてくれた。
それは合ってるんだけど……やけに顔が近いと思っていたら、ブロリーは皆に気づかれない角度で、私の頬にほんの一瞬だけ口づけてくる。
「ブロリー!?」
「名無しさんがあまりにも綺麗だから我慢出来なかった。これぐらい許せ」
私の耳元で囁くブロリーは明らかに楽しそうで……狡いよ、そんな風に言われたら怒れないじゃない。
頬が朱に染まるのを意識しながら、僅かに震える指先でブロリーの左手の薬指へと指輪を嵌めた。
最後は照れながらも、皆に指輪のお披露目。
瞬く間に時が過ぎ、私とブロリーの人前式は盛大な拍手で終幕を迎えた。
始めは別々に入った白い道を、今度はブロリーと腕を組んでゆっくり歩いていく。
「二人ともおめでとう! ブロリー、タキシード姿カッコいいわよー!」
「名無しさんさん、ウェディングドレス似合ってるよ!」
「名無しさんお姉ちゃん、ブロリーと幸せになってねー!」
鳴り止まない拍手のなか――ブルマさん、トランクスくん、悟天くんからの呼びかけに私は微笑んで応えた。皆も最高の笑顔で送り出してくれる。
あの扉の向こうにはまだ見ぬ新しい世界が、私とブロリーを待ち受けているのだろう。
一歩また一歩、扉に向かって歩く。人生という長い道のりを、ブロリーと乗り越えていこうと心に誓って。
END