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これはバーダックが、惑星ベジータの戦闘員として有名になり始めた頃の話。
シュッフィ星。
「……ふん、雑魚が」
シュッフィ星人最後の生き残りを始末したバーダックは、足元に転がる死体を踏み潰した。
「ん?」
バーダックのスカウターが生命反応を見せる。
「どうやらそっちも片付いたみたいだな!」
死体の山頂から姿を現した、バーダックと徒党を組んでいる女サイヤ人戦士、名無しさん。
名無しさんはサイヤ人の最下級戦士ではあるが、戦闘力はバーダックに匹敵する実力派で、仲間達からも一目置かれる存在だ。
バーダックは数多の死線を潜り抜けて来た仲間として、名無しさんを運命共同体と認識している。彼女もまた、バーダックを援護する要として生き甲斐を感じていた。
「もっと骨のあるヤツらかと思ったが、全く張り合いなかったぜ」
バーダックは気だるそうに肩を回しながら、愚痴を零す。
「ホント、準備運動にもならなかったな。私の出番も少なかったし、まだ全然暴れ足りないよ」
周囲に転がる死体に目をくれた名無しさんは、指の関節を鳴らしながらぼやいた。
「お前は毎回同じこと言ってんじゃねえか」
「そんなのいちいち覚えてないっての。それよりこの星も制圧したんだし、とっとと惑星ベジータに帰ろうぜ。さっき、セリパから皆待機してるって連絡あったしさ」
「先に行ってろ。オレもすぐ行くからよ」
「じゃあ、早く来いよ?」
「ああ、分かってる」
名無しさんは仲間が待機する方角へ飛び去った。
(名無しさんと組んでから数年経つか。アイツを女だからと甘くみた連中には、ことごとく地獄を見せてきた。全く、肝が座ってるつーか……大した女だぜ)
バーダックは名無しさんが飛んで行った方向を見据えて、感心しながらも彼女の後を追った。
数分後。
バーダック以外のメンバー全員が丸型の前に集まっていた。
「バーダック、ここも大したことなかったな。あっという間に全滅しちまったぜ」
同じく徒党を組むサブリーダーのトーマが、バーダックの肩に腕を回した。
「なら、トーマ。フリーザ様にもっとレベルの高い星を要望したらどうだ?」
バーダックは不敵に笑んで問いかける。
「何言ってやがる。上官が命令を下して、オレ達はそれに従ってるだけだ。そんな恐れ多いこと出来るかよ。大体チームリーダーのお前が一番よく知ってることじゃねえか」
トーマは眉を顰めて言うと、バーダックから離れて自分の丸型に乗り込んだ。
「そりゃそうだ」
バーダックも自身の丸型に乗り込んで起動させると、シュッフィ星を脱出する。
数時間後。
惑星ベジータに戻ったバーダックは、最下級戦士の憩いの場である大衆酒場にやって来た。
「バーダック、最近めっぽう活躍してるそうじゃねえか? 調子に乗って犬死にすんじゃねえぞ!」
ろくに働かず酒場に入り浸っている常連に、厭味を言われるのも日常茶飯事。
「うるせえな……年中酒ばっか呷りやがって。てめえこそ、その内アル中で死ぬんじゃねえか?」
下品な男を見下ろして鼻で笑うバーダック。
「何だとぉ? バーダック! てめえ、喧嘩売ってんのかっ!?」
「止めろって、バーダック。こんなヤツ、相手にするだけ時間の無駄だぜ」
キレる男の肩を掴んで制したのは、バーダックを真顔で見据える名無しさんだった。
「それもそうだ。じゃあな、飲んだくれ」
バーダックは男に言い捨てると、背を向けてカウンターに向かった。
「チッ、ちょっと強いからって偉そうにしてんじゃねえぞ、青二才が!」
「ふん、言ってろ。負け犬が」
男の罵声もバーダック相手では何の意味も成さない。愚かな男は尚も言い募っていたが、彼はそれを流して歩を進めた。
「あんたさ、これ以上バーダックをバカにすると私が許さないぜ?」
名無しさんが男の肩に指を食い込ませるように牽制すると「ぐぁっ!」と呻き声を上げる。
「わ、分かったから! 早く離してくれ!」
一変して男が情けない声で降参すれば、名無しさんは「分かれば良いけど」とあっさり手を離してバーダックの後を追う。
「ったく、末恐ろしい女だぜ」
思い切り掴まれて痛めた肩を摩りながら、男は名無しさんの背中を見送った。
カウンター席に並んで座り、注文した酒を呷るバーダックと名無しさん。
「さっきは悪かったな」
「酒に飲まれて見るも無惨な上に役立たず。私はああ言う輩が、いけ好かないんだよ」
「そうかよ」
バーダックは鼻で笑い、酒を一気に喉へ流し込んだ。
ふと名無しさんは、他の仲間と騒いでいるトーマに視線を向ける。
「そういえば聞いたか? 今回は珍しく長期休暇があるって、トーマが言ってたぜ」
「そうか。それじゃ、久々に休養出来るってわけか」
バーダックは追加の酒を飲みながら答えた。
「期間は明日から二週間程度らしい。その後、すぐ惑星ローレルへの侵略命令が入ってる」
「どうやって暇を潰すか、今のうちに考えておかねえとな」
バーダックは酒を飲み干してグラスをカウンターに置き、目を閉じて思案する。
(さあて、今度の休暇はどう過ごすか……なんか熱中出来ることがあればいいんだがな)
「まさか、女遊びでもするのか?」
からかい口調で顔を覗く名無しさんに、バーダックは心底嫌そうな顔をした。
(コイツはオレを何だと思ってるんだ……)
「しねえよ。つーか、そういう名無しさんは何か予定あるのか?」
「いや、まだ何も決めてない。最近は休暇らしい休暇なんて、殆どなかっただろ。何をしたらいいか思いつかないんだよ」
逆に問われた名無しさんは腕を組み、眉間に皺を寄せて唸った。
「そうか……なら、オレの家に来ねえか?」
バーダックは何か良からぬことを思いついたのか、口元に妖しい笑みを浮かべて名無しさんの肩を抱く。
「バーダックの家に行ってどうするわけ?」
突拍子もないことを言われた名無しさんは眉を顰める。
「それは明日のお楽しみだ。どうする? 来るのか来ねえのか?」
口元はニヤニヤと笑みを浮かべたまま、鋭い双眸が名無しさんを捉えて離さない。
暫く間があった後、名無しさんはバーダックから視線を逸らして答える。
「その笑い方がどうも妖しいんだよな。まあ、暇だから別に行っても良いけどさ」
「よし、決まりだな。明日オレの家に来い。もし昼までに来なかったら……仕置きだ」
名無しさんの耳元に、それも楽しそうに囁くバーダック。
「何だよ、仕置きって」
「嫌なら遅れるなよ?」
名無しさんはバーダックの腕を払い除け「分かった分かった。私はこの辺で帰るから。じゃあな、バーダック!」と勘定を済ませて酒場を出て行った。
「明日が待ち遠しいな」
バーダックは不敵な笑みを浮かべて、名無しさんを見送った。
翌日。
時刻は無情にも、正午過ぎてしまっていた。
「ヤバい! 何でこういう時に限って寝坊するんだろ!」
昨夜酒を飲んだのがまずかったらしく、うっかり寝過ごしてしまった名無しさん。
「バーダックに仕置きされるなんて冗談じゃない!」
名無しさんは超特急で、バーダックの家に向かった。
「全く身勝手な男だ! 大体何で私がバーダックの言うこと聞かなくちゃなんないんだよ! いっつも我が道を貫きやがって……!」
ブツブツと文句を言いながらも、バーダック宅に着いて玄関に入る。
「バーダック、私だ!」
息を切らしながら名無しさんが呼びかけると、バーダックがのんびりと奥から現れた。
「遅かったじゃねえか。待ちくたびれたぜ」
言葉の割には、随分楽しげに目を細めている。
「少し遅れたくらい多目にみろよ。それで一体何の用なんだ?」
バーダックの意図が読めない名無しさんは、改めて問いかけた。
「取り敢えず、中に入れ」
「あ、ああ」
バーダックに従ってリビングに行くと。
「なっ……何だ、これっ!? きったないな!」
足の踏み場もない程、物が散乱していた。
「オレは昔から掃除が苦手なんだよ。名無しさん、前に家事が得意だとか言ってたよな?」
「まさか、私に掃除しろって言うんじゃないだろうな?」
「察しがいいな。つーことでよろしく頼むぜ、名無しさんちゃん?」
バーダックは楽しそうに笑みを浮かべて、名無しさんの肩を叩いた。
「そんなのごめんだ! そんなことで呼び出したんなら私は帰る!」
焦ってここへ来たことがバカらしくなり、バーダックの手を払い退け、踵を返してリビングから出て行こうとする名無しさん。
「ちょっと待て。遅れたら仕置きだっつったよな?」
名無しさんの腕を掴んで、耳元で囁くバーダック。
「バカ言うな! あんたが勝手に決めんだろうが!」
名無しさんは怒りを露にしてバーダックを睨みつける。
「ほう、誇り高き戦闘民族のお前が、尻尾巻いて逃げ帰るのか?」
バーダックは怯むところか、名無しさんの反応を面白がっている。
「何言ってんだ! 離せバカ!」
「離してやってもいいけどよ……名無しさんは女のくせに掃除もまともに出来ねえってトーマ達に喋ったら、会う度に笑われるんだろうなあ?」
バーダックは喉元で低く笑い、言葉とは裏腹に名無しさんが逃げないよう、肩にがっちりと腕を回して言葉巧みに話しかける。
「バーダック……これは新手の嫌がらせか?」
名無しさんはバーダックに殺気を込めた視線を向ける。
「他に頼める妥当なヤツがいなかったんだよ。けどな、お前がどうしても嫌だっつーなら、もう頼まねえ。わざわざ呼び出して悪かったな」
バーダックは名無しさんから離れて、降参とばかりに両手を挙げた。これは、もちろんバーダックの演技なのだが。
「ハァ……仕方ない、やってやるよ。一応言っとくけど、今回だけだからな!」
名無しさんは腕捲りして、黙々と周りに散乱しているゴミを片付け始める。
「悪いな。オレは邪魔にならねえように出かけて来るぜ」
バーダックは見計らったように、家から出て行ってしまう。
「ホント、世話の焼ける男だ」
名無しさんはバーダックを見送ると、手際よくリビングを掃除していく。
それから数時間が経った頃。
バーダックが帰宅すると。
「随分遅かったな?」
そこには見違える程綺麗になったリビングと、達成感に満ちた名無しさんに迎えられる。
「おい……これ、お前がやったんだよな?」
あまりの出来栄えの良さに、バーダックは面食らってしまったようだ。
(名無しさんのヤツ、クソ真面目にやってやがる……)
想像以上の光景にバーダックは開いた口が塞がらない。
「当然! それに夕飯まで作ったんだぜ?」
バーダックが視線を落とすと、テーブルの上にはたくさんのご馳走が並んでいた。
「家事が得意だってのは、本当だったんだな」
(正直ここまでやるとは思ってなかったぜ……結構女らしい一面もあるんだな)
バーダックはすっかり感心した様子で椅子に座り込んだ。
「さては私の家事の腕を侮ってたんだろ? ホント憎たらしい男……」
名無しさんは機嫌を損ねて、バーダックを睨む。
「そう言うなよ。お前の家庭的な一面が見れて嬉しいぜ」
バーダックは柄にもないことを言い、照れ臭そうに頬を掻いた。
「……少しは見直したみたいだな? ご飯も食べてみろよ」
「ああ」
名無しさんに促されて一口食べる。
「美味い」
味も完璧な程美味いらしく、バーダックは全ての料理を平らげた。
「私に頼んだのは正解だっただろ?」
最初は乗り気でなかった名無しさんは、すっかり機嫌が良くなり満面の笑みを浮かべている。
「そうだな。この調子で毎日頼むぜ?」
「はあ? 冗談も大概にしろよ! そんなの絶対にお断りだ!」
バーダックの一言でまた頭に来たらしく、思いきり顔を背けた。
そんな彼女の顎を掴んで無理矢理自分に向かせ、「名無しさん、オレのためにオレの家で存分に家事の腕前を披露しろよ」とバーダック特有の鋭い視線で名無しさんの瞳を貫く。
「何言ってんだ! そんなクサい台詞はそこら辺にいる、安い娼婦にでも言ってやれ! 戦闘とプライベートは別だ! 私はあんたに騙されたりしないからな!」
名無しさんは意地を張って、絶対に視線を合わそうとしない。
「可愛げねえ女だな、お前は」
バーダックはヤレヤレと溜め息を吐いて、名無しさんの顎から手を離す。
「可愛げなくて悪かったな!」
名無しさんはバーダックを怒鳴りつけて、床を踏み鳴らしながら出て行った。
「分かってねえな。反抗的なヤツ程落とし甲斐があるんだぜ、名無しさん」
取り残されたバーダックは不敵な笑みで、名無しさんが自分の家から離れて行くのを窓から見つめていた。
翌日からバーダックの名無しさんに対する態度が変わった。
名無しさんの家に勝手に上がり込んで、我が物顔で寛ぐようになったのだ。
「ちょっと、バーダック……何であんたが私の家にいるんだよ!?」
「同じチームの仲間なんだから、いいじゃねえか」
名無しさんが抗議しても、バーダックは全然帰る様子もなく。
「私だってプライベートな時間が欲しいんだっての。早く自分んちに帰れ!」
「そうは言っても、予定がなかったんだろ? オレが相手してやってんだから感謝しろよ」
怒声を上げても、そう言って帰ろうとしない。
「確かに言ったけど、私と一緒にいて何が楽しいんだ?」
最早追い出すことを諦めたらしい名無しさんは、ソファーに身を預けてバーダックを睨んだ。
「名無しさんみてえな飽きが来ねえ女は、滅多にいねえと思うぜ? 少なくともオレはな」
「もう、好きにしろ」
結局強引に流されてしまい、次の任務までバーダックと過ごす羽目になった名無しさん。
長期休暇が明け、惑星ローレルへ出発する日がやってきた。
「さあて、今回も暴れるか」
バーダックは張り切ってストレッチを始めた。
「ああ……ダルい」
それとは対照的に名無しさんの表情は優れなかった。
バーダックが名無しさんの家に転がり込んだ日から毎晩、身体を求められたのだ。
幾ら名無しさんが腕が立つとはいえ、男と女の力の差は歴然で、まともに抵抗すら出来なかった。
「バーダック、始めからこれが狙いだったんだろ?」
名無しさんが疑いの眼差しを向けると。
「女として最高の喜びだったろ?」
バーダックは名無しさんの肩を抱き寄せて、妖艶な笑みを浮かべた。
「何が女の喜びだ!? あったま来た! 今日はとことん暴れまくってやる!」
「お前、腰に負担かかってんだろ? オレが丸型まで運んでやるよ」
メラメラと闘志を燃やす名無しさんの身体を軽々と抱き上げるバーダック。
彼女は恥ずかしがって抵抗したが、やはりバーダックには敵わなかった。
バーダックにお姫様抱っこされた名無しさんは、トーマやセリパに散々からかわれて始終顔を真っ赤にして俯いていた。
「気にすんなよ。こっちのがもっと羞恥心を煽るぜ?」
バーダックは悪戯な笑みを浮かべ、名無しさんの耳を甘噛みした。
「んっ……バーダック……おちょくるのもいい加減にしろ」
息を乱しながら睨んでも、バーダックの欲望を刺激するだけだ。
「あんまりオレを挑発すんじゃねえよ。後で大変なのはお前なんだからな」
彼女にだけ聞こえるように、耳元で囁くバーダック。
「なっ……!」
「じゃあ、また後でな」
バーダックは名無しさんを丸型に乗せ、自身の丸型に歩いて行った。
「ったく……何を考えてるんだ、バーダックは。今までは私を女扱いするなんて一度もなかったのに……だけど、今は考えても仕方ないから任務に専念するか」
彼女は独りごちて、仲間とともに惑星ローレルに向けて出発した。
数時間後。
惑星ローレル。そこは緑豊かな星で、同時に近代化が進み、高層ビル群が密集して建ち並んでいる。
「ほう、まだこんな星が現存していたのか」
丸型から出たバーダックが、宙に飛び上がって辺りの景色を見渡した。
「今回もいつも通りに事を運ぶ予定だが……ただ一つ、ローレル人の武器装備は厄介だ。全員気を抜くんじゃねえぞ」
全員、神妙な面持ちで頷いた。
バーダックの指示で二人組に別れ、名無しさんは彼と行動を共にする。
惑星ローレルは惑星ベジータに匹敵する程、高度な文明が発達している為、武器や装備の機能が高いらしく、容易に攻略出来なかった。
しかし彼らは連携して、手向かう敵を確実に仕留めていく。
やがて、ビル群は崩壊し、ローレル人の死体が辺りを埋め尽した。
名無しさんは地上からスカウターで逃したローレル人がいないかを探る。
その横で生命反応を探っていたバーダックが、彼女に喋りかけた。
「名無しさん、どうやらこの辺には生きてるヤツはいねえみてえだぜ?」
「なあ、バーダック……何か様子が変じゃないか?」
彼女はトーマ達が侵略中であろう方角で、ローレル人と戦っている形跡がないことに気づく。
「確かに妙だな。トーマ達に何かあったのかもしれねえ」
「バーダック、様子を見に行こうぜ?」
「そうだな」
名無しさんとバーダックはスカウターを頼りに、トーマ達がいる場所へ向かう。
途中で遭遇したローレル人を始末しながら進む二人。
そして。
漸くトーマを発見したまではいいが、何故か半壊したビルの陰に身を潜めていた。
名無しさんとバーダックは不審に思い、互いに顔を見合せる。
「おい、トーマ。一体どうしたんだ?」
「バーダック……名無しさんもここから逃げろ。ヤツらの特殊な武器でセリパ達が石になっちまったんだ。オレも油断しちまった」
壁に身を預けていたトーマの下半身が、徐々に石化し始めていた。
「バカな……トーマ達を見捨てて、おめおめ逃げるなんざ出来るかよ。絶対助かる方法があるに決まっている!」
「だと良いんだけどな……」
トーマは自嘲の笑みを浮かべる。
その様子を黙視したバーダックは拳を強く握り締めると。
「よくも、オレの仲間を……あいつら、絶対に許さねえ……」
低く呻き、猛スピードで飛び去った。
「バーダック!」
名無しさんの呼びかけに反応を示すこともなく。
「不味いな……バーダックの野郎、逆上して理性を失ってやがる」
「トーマ、私はバーダックを追う。もう少し辛抱してくれ!」
名無しさんはバーダックの後を追って、宙へ飛び立った。
「名無しさん……頼んだぜ」
トーマは苦しげに漏らすと、その体躯は完全に石化してしまった。
「うおおおおっ!」
怒りに囚われたバーダックは、そこらじゅうのローレル人を手当たり次第攻撃していた。
バーダックに追いついた名無しさんは、ビルが破壊されて燃え上がる地獄のような光景を目にする。
ふと一人のローレル人が、バーダックを例の武器で狙っているのに気づく。
「そうはさせるか!」
名無しさんはローレル人に連続エネルギー弾を撃つと、その姿は跡形なく消え去った。
どのくらい時間が経っただろう。
辺り一面が火炎に包まれ、ローレル人は殆ど死滅していた。
「クズ共が……」
バーダックは力を使い果たして、とうとうその場に倒れ込んでしまう。
「バーダック!」
名無しさんはバーダックの元へ近寄ると、上半身を抱き起こした。
「無茶して倒れてちゃ様ぁないよ、バーダック」
名無しさんは心配そうにバーダックを見つめる。
「トーマがあんな目に遭ったんだ。報復して何が悪い……」
バーダックは名無しさんから顔を逸らして呟いた。
「ホントに猪突猛進だな」
呆れ顔の名無しさんに、バーダックは鋭い眼差しを向ける。
「うるせえよ。てめえの仲間をてめえで守るのは当然だろうが……」
呻くバーダックに対し、名無しさんは寂しげな面持ちになる。
「私もいつも、そう想って戦ってる」
「……あ?」
「バーダックが思う存分力が出せるように、私なりに精一杯戦ってるんだ。だから一人で、もうあんな無茶はするなよ」
喉から声を絞り出すように名無しさんが言うと、バーダックはふっと笑みを漏らした。
「オレら心が通じ合ってるのかもな」
「どういう意味だ?」
バーダックの言葉に名無しさんは不思議そうに問いかけた。
「何だ、分からねえのか?」
「分かんないよ」
「しょうがねえな、二度と言わねえからよく聞けよ?」
「あ、ああ……」
名無しさんが頷くと、バーダックは小さく息を吐く。
「……オレは名無しさんがいるから、どんな無茶な戦闘でも勝てる自信がある。お前と組んで、初めて実感した。それは今もこれからも変わらねえ。だから、地獄の果てまでもオレについて来い、名無しさん……!」
バーダックは震える手を伸ばして名無しさんの腕を掴み、いつになく真剣な表情で告げた。
「……突っ走るバーダックの背後を守るのは、私の役目だからな。地獄の果てまでだろうが、どこまでだってついて行くに決まってんだろ!」
名無しさんは片方の手でバーダックの手を握り締め、力強く答える。
「約束だぜ」
「ああ」
緊迫状態だったバーダックは、彼女の返事で漸く安らいだ表情に変わった。
その後。
バーダックは名無しさんに支えられて、トーマの所へ戻ると、不思議にも彼は石化状態から元に戻っていた。
どうやらローレル人の使っていた武器の効果は一過性の物だったらしい。
彼らは全員揃って、故郷に帰還した。バーダックは直ぐ様、メディカルマシーンに入って治療を受ける。名無しさんやトーマ達は軽傷だった為、簡単な治療を受ける程度で済んだ。
数時間後、治療を終えたバーダックが廊下に出ると「よっ、バーダック!」と名無しさんは軽く片手を挙げて傍に歩み寄る。
彼は彼女に視線を向け、どこか嬉しそうに口角を上げた。
「名無しさん、オレを迎えに来たのか?」
「ああ、ちょっと私に付き合ってくれ」
「あ? ああ、いいぜ」
バーダックが名無しさんに連れて来られたのは、惑星ベジータで景観の良い高台だった。
(……名無しさんのヤツ、こんな場所に連れて来て、どうするつもりだ?)
てっきり名無しさんの家に行くのだとばかり思っていたバーダックは、片眉を吊り上げる。
「バーダック、惑星ローレルであんたに告白されたことが嬉しかった。地獄の果てまでもついて来いってさ」
「……まさか、そんなことを言う為だけにここまで来たのか?」
途端にバーダックの機嫌が悪くなり、それが手に取るように分かった名無しさんは笑いを堪えた。
「いや、あんたに言っておきたいことがあるんだよ」
「……何だ?」
微笑んで告げる名無しさんに対して、不機嫌そうなバーダックは次の言葉を待つ。
「私はバーダックの傍で戦ってる時が、一番自分らしくいられるんだ。無理のない自然体の自分ってヤツ」
バーダックは何だそんなことかと溜め息を吐いて「……んなの改まって言うことじゃねえだろ。それより、もっと可愛げのあること言えねえのか?」と、気だるげに問いかける。
「何だよ? 可愛げのあることって……」
「たまには可愛くオレに甘えたらどうだって言ってんだよ」
「……バーダックは何で急に私を女扱いするようになったんだ? 今までそんなこと一度も言わなかっただろう?」
バーダックの言葉に名無しさんは昨晩までの情事を思い出し、目を伏せて遠慮がちに問う。
「そうだな……いつからだったか、四六時中名無しさんが頭から離れなくなっていた。始めは仲間だからだと思っていたが、そのうちお前に対する独占欲が湧いてきた。他の誰にも渡したくねえってよ。柄にもねえけどな」
名無しさんを見つめるバーダックの双眸が、いつにも増して真剣みを帯びている。
「バーダック……」
「オレは名無しさんを誰にも渡すつもりはねえし、手離すつもりもねえ」
バーダックは名無しさんの肩を掴み、自身の胸板に抱き寄せる。
「筋金入りのバカだな。私は他のヤツらなんかに興味はない。いつも心惹かれるのはバーダックだけだ。じゃなかったら、あんたの好きなようになんてさせないよ」
名無しさんはリラックスした面持ちで、バーダックの広く逞しい胸板に身を預けて彼を仰ぎ見る。
すると、口元に笑みを刻んだバーダックと視線が絡んだ。
「そうか。ならこの先も死ぬまで、いや死んでもオレの傍にいろよ」
「死んだら傍にいれないだろ」
「言葉のあやだ。それくらい察しろよ。つーか、もう黙れ」
「な、んっ……」
バーダックは瞠目する名無しさんの唇を自分の唇で塞ぎ、深く重ね合わせる。
やがて名無しさんは瞼をゆっくり閉じ、お互いを結ぶ深遠なる絆を感じつつ、一途なパートナーからの甘く濃密なキスを享受するのであった。
END
シュッフィ星。
「……ふん、雑魚が」
シュッフィ星人最後の生き残りを始末したバーダックは、足元に転がる死体を踏み潰した。
「ん?」
バーダックのスカウターが生命反応を見せる。
「どうやらそっちも片付いたみたいだな!」
死体の山頂から姿を現した、バーダックと徒党を組んでいる女サイヤ人戦士、名無しさん。
名無しさんはサイヤ人の最下級戦士ではあるが、戦闘力はバーダックに匹敵する実力派で、仲間達からも一目置かれる存在だ。
バーダックは数多の死線を潜り抜けて来た仲間として、名無しさんを運命共同体と認識している。彼女もまた、バーダックを援護する要として生き甲斐を感じていた。
「もっと骨のあるヤツらかと思ったが、全く張り合いなかったぜ」
バーダックは気だるそうに肩を回しながら、愚痴を零す。
「ホント、準備運動にもならなかったな。私の出番も少なかったし、まだ全然暴れ足りないよ」
周囲に転がる死体に目をくれた名無しさんは、指の関節を鳴らしながらぼやいた。
「お前は毎回同じこと言ってんじゃねえか」
「そんなのいちいち覚えてないっての。それよりこの星も制圧したんだし、とっとと惑星ベジータに帰ろうぜ。さっき、セリパから皆待機してるって連絡あったしさ」
「先に行ってろ。オレもすぐ行くからよ」
「じゃあ、早く来いよ?」
「ああ、分かってる」
名無しさんは仲間が待機する方角へ飛び去った。
(名無しさんと組んでから数年経つか。アイツを女だからと甘くみた連中には、ことごとく地獄を見せてきた。全く、肝が座ってるつーか……大した女だぜ)
バーダックは名無しさんが飛んで行った方向を見据えて、感心しながらも彼女の後を追った。
数分後。
バーダック以外のメンバー全員が丸型の前に集まっていた。
「バーダック、ここも大したことなかったな。あっという間に全滅しちまったぜ」
同じく徒党を組むサブリーダーのトーマが、バーダックの肩に腕を回した。
「なら、トーマ。フリーザ様にもっとレベルの高い星を要望したらどうだ?」
バーダックは不敵に笑んで問いかける。
「何言ってやがる。上官が命令を下して、オレ達はそれに従ってるだけだ。そんな恐れ多いこと出来るかよ。大体チームリーダーのお前が一番よく知ってることじゃねえか」
トーマは眉を顰めて言うと、バーダックから離れて自分の丸型に乗り込んだ。
「そりゃそうだ」
バーダックも自身の丸型に乗り込んで起動させると、シュッフィ星を脱出する。
数時間後。
惑星ベジータに戻ったバーダックは、最下級戦士の憩いの場である大衆酒場にやって来た。
「バーダック、最近めっぽう活躍してるそうじゃねえか? 調子に乗って犬死にすんじゃねえぞ!」
ろくに働かず酒場に入り浸っている常連に、厭味を言われるのも日常茶飯事。
「うるせえな……年中酒ばっか呷りやがって。てめえこそ、その内アル中で死ぬんじゃねえか?」
下品な男を見下ろして鼻で笑うバーダック。
「何だとぉ? バーダック! てめえ、喧嘩売ってんのかっ!?」
「止めろって、バーダック。こんなヤツ、相手にするだけ時間の無駄だぜ」
キレる男の肩を掴んで制したのは、バーダックを真顔で見据える名無しさんだった。
「それもそうだ。じゃあな、飲んだくれ」
バーダックは男に言い捨てると、背を向けてカウンターに向かった。
「チッ、ちょっと強いからって偉そうにしてんじゃねえぞ、青二才が!」
「ふん、言ってろ。負け犬が」
男の罵声もバーダック相手では何の意味も成さない。愚かな男は尚も言い募っていたが、彼はそれを流して歩を進めた。
「あんたさ、これ以上バーダックをバカにすると私が許さないぜ?」
名無しさんが男の肩に指を食い込ませるように牽制すると「ぐぁっ!」と呻き声を上げる。
「わ、分かったから! 早く離してくれ!」
一変して男が情けない声で降参すれば、名無しさんは「分かれば良いけど」とあっさり手を離してバーダックの後を追う。
「ったく、末恐ろしい女だぜ」
思い切り掴まれて痛めた肩を摩りながら、男は名無しさんの背中を見送った。
カウンター席に並んで座り、注文した酒を呷るバーダックと名無しさん。
「さっきは悪かったな」
「酒に飲まれて見るも無惨な上に役立たず。私はああ言う輩が、いけ好かないんだよ」
「そうかよ」
バーダックは鼻で笑い、酒を一気に喉へ流し込んだ。
ふと名無しさんは、他の仲間と騒いでいるトーマに視線を向ける。
「そういえば聞いたか? 今回は珍しく長期休暇があるって、トーマが言ってたぜ」
「そうか。それじゃ、久々に休養出来るってわけか」
バーダックは追加の酒を飲みながら答えた。
「期間は明日から二週間程度らしい。その後、すぐ惑星ローレルへの侵略命令が入ってる」
「どうやって暇を潰すか、今のうちに考えておかねえとな」
バーダックは酒を飲み干してグラスをカウンターに置き、目を閉じて思案する。
(さあて、今度の休暇はどう過ごすか……なんか熱中出来ることがあればいいんだがな)
「まさか、女遊びでもするのか?」
からかい口調で顔を覗く名無しさんに、バーダックは心底嫌そうな顔をした。
(コイツはオレを何だと思ってるんだ……)
「しねえよ。つーか、そういう名無しさんは何か予定あるのか?」
「いや、まだ何も決めてない。最近は休暇らしい休暇なんて、殆どなかっただろ。何をしたらいいか思いつかないんだよ」
逆に問われた名無しさんは腕を組み、眉間に皺を寄せて唸った。
「そうか……なら、オレの家に来ねえか?」
バーダックは何か良からぬことを思いついたのか、口元に妖しい笑みを浮かべて名無しさんの肩を抱く。
「バーダックの家に行ってどうするわけ?」
突拍子もないことを言われた名無しさんは眉を顰める。
「それは明日のお楽しみだ。どうする? 来るのか来ねえのか?」
口元はニヤニヤと笑みを浮かべたまま、鋭い双眸が名無しさんを捉えて離さない。
暫く間があった後、名無しさんはバーダックから視線を逸らして答える。
「その笑い方がどうも妖しいんだよな。まあ、暇だから別に行っても良いけどさ」
「よし、決まりだな。明日オレの家に来い。もし昼までに来なかったら……仕置きだ」
名無しさんの耳元に、それも楽しそうに囁くバーダック。
「何だよ、仕置きって」
「嫌なら遅れるなよ?」
名無しさんはバーダックの腕を払い除け「分かった分かった。私はこの辺で帰るから。じゃあな、バーダック!」と勘定を済ませて酒場を出て行った。
「明日が待ち遠しいな」
バーダックは不敵な笑みを浮かべて、名無しさんを見送った。
翌日。
時刻は無情にも、正午過ぎてしまっていた。
「ヤバい! 何でこういう時に限って寝坊するんだろ!」
昨夜酒を飲んだのがまずかったらしく、うっかり寝過ごしてしまった名無しさん。
「バーダックに仕置きされるなんて冗談じゃない!」
名無しさんは超特急で、バーダックの家に向かった。
「全く身勝手な男だ! 大体何で私がバーダックの言うこと聞かなくちゃなんないんだよ! いっつも我が道を貫きやがって……!」
ブツブツと文句を言いながらも、バーダック宅に着いて玄関に入る。
「バーダック、私だ!」
息を切らしながら名無しさんが呼びかけると、バーダックがのんびりと奥から現れた。
「遅かったじゃねえか。待ちくたびれたぜ」
言葉の割には、随分楽しげに目を細めている。
「少し遅れたくらい多目にみろよ。それで一体何の用なんだ?」
バーダックの意図が読めない名無しさんは、改めて問いかけた。
「取り敢えず、中に入れ」
「あ、ああ」
バーダックに従ってリビングに行くと。
「なっ……何だ、これっ!? きったないな!」
足の踏み場もない程、物が散乱していた。
「オレは昔から掃除が苦手なんだよ。名無しさん、前に家事が得意だとか言ってたよな?」
「まさか、私に掃除しろって言うんじゃないだろうな?」
「察しがいいな。つーことでよろしく頼むぜ、名無しさんちゃん?」
バーダックは楽しそうに笑みを浮かべて、名無しさんの肩を叩いた。
「そんなのごめんだ! そんなことで呼び出したんなら私は帰る!」
焦ってここへ来たことがバカらしくなり、バーダックの手を払い退け、踵を返してリビングから出て行こうとする名無しさん。
「ちょっと待て。遅れたら仕置きだっつったよな?」
名無しさんの腕を掴んで、耳元で囁くバーダック。
「バカ言うな! あんたが勝手に決めんだろうが!」
名無しさんは怒りを露にしてバーダックを睨みつける。
「ほう、誇り高き戦闘民族のお前が、尻尾巻いて逃げ帰るのか?」
バーダックは怯むところか、名無しさんの反応を面白がっている。
「何言ってんだ! 離せバカ!」
「離してやってもいいけどよ……名無しさんは女のくせに掃除もまともに出来ねえってトーマ達に喋ったら、会う度に笑われるんだろうなあ?」
バーダックは喉元で低く笑い、言葉とは裏腹に名無しさんが逃げないよう、肩にがっちりと腕を回して言葉巧みに話しかける。
「バーダック……これは新手の嫌がらせか?」
名無しさんはバーダックに殺気を込めた視線を向ける。
「他に頼める妥当なヤツがいなかったんだよ。けどな、お前がどうしても嫌だっつーなら、もう頼まねえ。わざわざ呼び出して悪かったな」
バーダックは名無しさんから離れて、降参とばかりに両手を挙げた。これは、もちろんバーダックの演技なのだが。
「ハァ……仕方ない、やってやるよ。一応言っとくけど、今回だけだからな!」
名無しさんは腕捲りして、黙々と周りに散乱しているゴミを片付け始める。
「悪いな。オレは邪魔にならねえように出かけて来るぜ」
バーダックは見計らったように、家から出て行ってしまう。
「ホント、世話の焼ける男だ」
名無しさんはバーダックを見送ると、手際よくリビングを掃除していく。
それから数時間が経った頃。
バーダックが帰宅すると。
「随分遅かったな?」
そこには見違える程綺麗になったリビングと、達成感に満ちた名無しさんに迎えられる。
「おい……これ、お前がやったんだよな?」
あまりの出来栄えの良さに、バーダックは面食らってしまったようだ。
(名無しさんのヤツ、クソ真面目にやってやがる……)
想像以上の光景にバーダックは開いた口が塞がらない。
「当然! それに夕飯まで作ったんだぜ?」
バーダックが視線を落とすと、テーブルの上にはたくさんのご馳走が並んでいた。
「家事が得意だってのは、本当だったんだな」
(正直ここまでやるとは思ってなかったぜ……結構女らしい一面もあるんだな)
バーダックはすっかり感心した様子で椅子に座り込んだ。
「さては私の家事の腕を侮ってたんだろ? ホント憎たらしい男……」
名無しさんは機嫌を損ねて、バーダックを睨む。
「そう言うなよ。お前の家庭的な一面が見れて嬉しいぜ」
バーダックは柄にもないことを言い、照れ臭そうに頬を掻いた。
「……少しは見直したみたいだな? ご飯も食べてみろよ」
「ああ」
名無しさんに促されて一口食べる。
「美味い」
味も完璧な程美味いらしく、バーダックは全ての料理を平らげた。
「私に頼んだのは正解だっただろ?」
最初は乗り気でなかった名無しさんは、すっかり機嫌が良くなり満面の笑みを浮かべている。
「そうだな。この調子で毎日頼むぜ?」
「はあ? 冗談も大概にしろよ! そんなの絶対にお断りだ!」
バーダックの一言でまた頭に来たらしく、思いきり顔を背けた。
そんな彼女の顎を掴んで無理矢理自分に向かせ、「名無しさん、オレのためにオレの家で存分に家事の腕前を披露しろよ」とバーダック特有の鋭い視線で名無しさんの瞳を貫く。
「何言ってんだ! そんなクサい台詞はそこら辺にいる、安い娼婦にでも言ってやれ! 戦闘とプライベートは別だ! 私はあんたに騙されたりしないからな!」
名無しさんは意地を張って、絶対に視線を合わそうとしない。
「可愛げねえ女だな、お前は」
バーダックはヤレヤレと溜め息を吐いて、名無しさんの顎から手を離す。
「可愛げなくて悪かったな!」
名無しさんはバーダックを怒鳴りつけて、床を踏み鳴らしながら出て行った。
「分かってねえな。反抗的なヤツ程落とし甲斐があるんだぜ、名無しさん」
取り残されたバーダックは不敵な笑みで、名無しさんが自分の家から離れて行くのを窓から見つめていた。
翌日からバーダックの名無しさんに対する態度が変わった。
名無しさんの家に勝手に上がり込んで、我が物顔で寛ぐようになったのだ。
「ちょっと、バーダック……何であんたが私の家にいるんだよ!?」
「同じチームの仲間なんだから、いいじゃねえか」
名無しさんが抗議しても、バーダックは全然帰る様子もなく。
「私だってプライベートな時間が欲しいんだっての。早く自分んちに帰れ!」
「そうは言っても、予定がなかったんだろ? オレが相手してやってんだから感謝しろよ」
怒声を上げても、そう言って帰ろうとしない。
「確かに言ったけど、私と一緒にいて何が楽しいんだ?」
最早追い出すことを諦めたらしい名無しさんは、ソファーに身を預けてバーダックを睨んだ。
「名無しさんみてえな飽きが来ねえ女は、滅多にいねえと思うぜ? 少なくともオレはな」
「もう、好きにしろ」
結局強引に流されてしまい、次の任務までバーダックと過ごす羽目になった名無しさん。
長期休暇が明け、惑星ローレルへ出発する日がやってきた。
「さあて、今回も暴れるか」
バーダックは張り切ってストレッチを始めた。
「ああ……ダルい」
それとは対照的に名無しさんの表情は優れなかった。
バーダックが名無しさんの家に転がり込んだ日から毎晩、身体を求められたのだ。
幾ら名無しさんが腕が立つとはいえ、男と女の力の差は歴然で、まともに抵抗すら出来なかった。
「バーダック、始めからこれが狙いだったんだろ?」
名無しさんが疑いの眼差しを向けると。
「女として最高の喜びだったろ?」
バーダックは名無しさんの肩を抱き寄せて、妖艶な笑みを浮かべた。
「何が女の喜びだ!? あったま来た! 今日はとことん暴れまくってやる!」
「お前、腰に負担かかってんだろ? オレが丸型まで運んでやるよ」
メラメラと闘志を燃やす名無しさんの身体を軽々と抱き上げるバーダック。
彼女は恥ずかしがって抵抗したが、やはりバーダックには敵わなかった。
バーダックにお姫様抱っこされた名無しさんは、トーマやセリパに散々からかわれて始終顔を真っ赤にして俯いていた。
「気にすんなよ。こっちのがもっと羞恥心を煽るぜ?」
バーダックは悪戯な笑みを浮かべ、名無しさんの耳を甘噛みした。
「んっ……バーダック……おちょくるのもいい加減にしろ」
息を乱しながら睨んでも、バーダックの欲望を刺激するだけだ。
「あんまりオレを挑発すんじゃねえよ。後で大変なのはお前なんだからな」
彼女にだけ聞こえるように、耳元で囁くバーダック。
「なっ……!」
「じゃあ、また後でな」
バーダックは名無しさんを丸型に乗せ、自身の丸型に歩いて行った。
「ったく……何を考えてるんだ、バーダックは。今までは私を女扱いするなんて一度もなかったのに……だけど、今は考えても仕方ないから任務に専念するか」
彼女は独りごちて、仲間とともに惑星ローレルに向けて出発した。
数時間後。
惑星ローレル。そこは緑豊かな星で、同時に近代化が進み、高層ビル群が密集して建ち並んでいる。
「ほう、まだこんな星が現存していたのか」
丸型から出たバーダックが、宙に飛び上がって辺りの景色を見渡した。
「今回もいつも通りに事を運ぶ予定だが……ただ一つ、ローレル人の武器装備は厄介だ。全員気を抜くんじゃねえぞ」
全員、神妙な面持ちで頷いた。
バーダックの指示で二人組に別れ、名無しさんは彼と行動を共にする。
惑星ローレルは惑星ベジータに匹敵する程、高度な文明が発達している為、武器や装備の機能が高いらしく、容易に攻略出来なかった。
しかし彼らは連携して、手向かう敵を確実に仕留めていく。
やがて、ビル群は崩壊し、ローレル人の死体が辺りを埋め尽した。
名無しさんは地上からスカウターで逃したローレル人がいないかを探る。
その横で生命反応を探っていたバーダックが、彼女に喋りかけた。
「名無しさん、どうやらこの辺には生きてるヤツはいねえみてえだぜ?」
「なあ、バーダック……何か様子が変じゃないか?」
彼女はトーマ達が侵略中であろう方角で、ローレル人と戦っている形跡がないことに気づく。
「確かに妙だな。トーマ達に何かあったのかもしれねえ」
「バーダック、様子を見に行こうぜ?」
「そうだな」
名無しさんとバーダックはスカウターを頼りに、トーマ達がいる場所へ向かう。
途中で遭遇したローレル人を始末しながら進む二人。
そして。
漸くトーマを発見したまではいいが、何故か半壊したビルの陰に身を潜めていた。
名無しさんとバーダックは不審に思い、互いに顔を見合せる。
「おい、トーマ。一体どうしたんだ?」
「バーダック……名無しさんもここから逃げろ。ヤツらの特殊な武器でセリパ達が石になっちまったんだ。オレも油断しちまった」
壁に身を預けていたトーマの下半身が、徐々に石化し始めていた。
「バカな……トーマ達を見捨てて、おめおめ逃げるなんざ出来るかよ。絶対助かる方法があるに決まっている!」
「だと良いんだけどな……」
トーマは自嘲の笑みを浮かべる。
その様子を黙視したバーダックは拳を強く握り締めると。
「よくも、オレの仲間を……あいつら、絶対に許さねえ……」
低く呻き、猛スピードで飛び去った。
「バーダック!」
名無しさんの呼びかけに反応を示すこともなく。
「不味いな……バーダックの野郎、逆上して理性を失ってやがる」
「トーマ、私はバーダックを追う。もう少し辛抱してくれ!」
名無しさんはバーダックの後を追って、宙へ飛び立った。
「名無しさん……頼んだぜ」
トーマは苦しげに漏らすと、その体躯は完全に石化してしまった。
「うおおおおっ!」
怒りに囚われたバーダックは、そこらじゅうのローレル人を手当たり次第攻撃していた。
バーダックに追いついた名無しさんは、ビルが破壊されて燃え上がる地獄のような光景を目にする。
ふと一人のローレル人が、バーダックを例の武器で狙っているのに気づく。
「そうはさせるか!」
名無しさんはローレル人に連続エネルギー弾を撃つと、その姿は跡形なく消え去った。
どのくらい時間が経っただろう。
辺り一面が火炎に包まれ、ローレル人は殆ど死滅していた。
「クズ共が……」
バーダックは力を使い果たして、とうとうその場に倒れ込んでしまう。
「バーダック!」
名無しさんはバーダックの元へ近寄ると、上半身を抱き起こした。
「無茶して倒れてちゃ様ぁないよ、バーダック」
名無しさんは心配そうにバーダックを見つめる。
「トーマがあんな目に遭ったんだ。報復して何が悪い……」
バーダックは名無しさんから顔を逸らして呟いた。
「ホントに猪突猛進だな」
呆れ顔の名無しさんに、バーダックは鋭い眼差しを向ける。
「うるせえよ。てめえの仲間をてめえで守るのは当然だろうが……」
呻くバーダックに対し、名無しさんは寂しげな面持ちになる。
「私もいつも、そう想って戦ってる」
「……あ?」
「バーダックが思う存分力が出せるように、私なりに精一杯戦ってるんだ。だから一人で、もうあんな無茶はするなよ」
喉から声を絞り出すように名無しさんが言うと、バーダックはふっと笑みを漏らした。
「オレら心が通じ合ってるのかもな」
「どういう意味だ?」
バーダックの言葉に名無しさんは不思議そうに問いかけた。
「何だ、分からねえのか?」
「分かんないよ」
「しょうがねえな、二度と言わねえからよく聞けよ?」
「あ、ああ……」
名無しさんが頷くと、バーダックは小さく息を吐く。
「……オレは名無しさんがいるから、どんな無茶な戦闘でも勝てる自信がある。お前と組んで、初めて実感した。それは今もこれからも変わらねえ。だから、地獄の果てまでもオレについて来い、名無しさん……!」
バーダックは震える手を伸ばして名無しさんの腕を掴み、いつになく真剣な表情で告げた。
「……突っ走るバーダックの背後を守るのは、私の役目だからな。地獄の果てまでだろうが、どこまでだってついて行くに決まってんだろ!」
名無しさんは片方の手でバーダックの手を握り締め、力強く答える。
「約束だぜ」
「ああ」
緊迫状態だったバーダックは、彼女の返事で漸く安らいだ表情に変わった。
その後。
バーダックは名無しさんに支えられて、トーマの所へ戻ると、不思議にも彼は石化状態から元に戻っていた。
どうやらローレル人の使っていた武器の効果は一過性の物だったらしい。
彼らは全員揃って、故郷に帰還した。バーダックは直ぐ様、メディカルマシーンに入って治療を受ける。名無しさんやトーマ達は軽傷だった為、簡単な治療を受ける程度で済んだ。
数時間後、治療を終えたバーダックが廊下に出ると「よっ、バーダック!」と名無しさんは軽く片手を挙げて傍に歩み寄る。
彼は彼女に視線を向け、どこか嬉しそうに口角を上げた。
「名無しさん、オレを迎えに来たのか?」
「ああ、ちょっと私に付き合ってくれ」
「あ? ああ、いいぜ」
バーダックが名無しさんに連れて来られたのは、惑星ベジータで景観の良い高台だった。
(……名無しさんのヤツ、こんな場所に連れて来て、どうするつもりだ?)
てっきり名無しさんの家に行くのだとばかり思っていたバーダックは、片眉を吊り上げる。
「バーダック、惑星ローレルであんたに告白されたことが嬉しかった。地獄の果てまでもついて来いってさ」
「……まさか、そんなことを言う為だけにここまで来たのか?」
途端にバーダックの機嫌が悪くなり、それが手に取るように分かった名無しさんは笑いを堪えた。
「いや、あんたに言っておきたいことがあるんだよ」
「……何だ?」
微笑んで告げる名無しさんに対して、不機嫌そうなバーダックは次の言葉を待つ。
「私はバーダックの傍で戦ってる時が、一番自分らしくいられるんだ。無理のない自然体の自分ってヤツ」
バーダックは何だそんなことかと溜め息を吐いて「……んなの改まって言うことじゃねえだろ。それより、もっと可愛げのあること言えねえのか?」と、気だるげに問いかける。
「何だよ? 可愛げのあることって……」
「たまには可愛くオレに甘えたらどうだって言ってんだよ」
「……バーダックは何で急に私を女扱いするようになったんだ? 今までそんなこと一度も言わなかっただろう?」
バーダックの言葉に名無しさんは昨晩までの情事を思い出し、目を伏せて遠慮がちに問う。
「そうだな……いつからだったか、四六時中名無しさんが頭から離れなくなっていた。始めは仲間だからだと思っていたが、そのうちお前に対する独占欲が湧いてきた。他の誰にも渡したくねえってよ。柄にもねえけどな」
名無しさんを見つめるバーダックの双眸が、いつにも増して真剣みを帯びている。
「バーダック……」
「オレは名無しさんを誰にも渡すつもりはねえし、手離すつもりもねえ」
バーダックは名無しさんの肩を掴み、自身の胸板に抱き寄せる。
「筋金入りのバカだな。私は他のヤツらなんかに興味はない。いつも心惹かれるのはバーダックだけだ。じゃなかったら、あんたの好きなようになんてさせないよ」
名無しさんはリラックスした面持ちで、バーダックの広く逞しい胸板に身を預けて彼を仰ぎ見る。
すると、口元に笑みを刻んだバーダックと視線が絡んだ。
「そうか。ならこの先も死ぬまで、いや死んでもオレの傍にいろよ」
「死んだら傍にいれないだろ」
「言葉のあやだ。それくらい察しろよ。つーか、もう黙れ」
「な、んっ……」
バーダックは瞠目する名無しさんの唇を自分の唇で塞ぎ、深く重ね合わせる。
やがて名無しさんは瞼をゆっくり閉じ、お互いを結ぶ深遠なる絆を感じつつ、一途なパートナーからの甘く濃密なキスを享受するのであった。
END