★Short Dream

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ヒロイン

 広い宇宙には、まだまだ数え切れない惑星がある。
 その中で一つの星が、今まさに滅びようとしていた。大地に深く根づいた神精樹に生命を吸い上げられて。

 降り頻る雨の中、独りの男が半壊した街を歩いている。
 彼の名前はターレス。サイヤ人の戦士であるターレスは、幾人かの部下を率いて宇宙を暴れ回る日々を送っていた。
 彼等はクラッシャー軍団と恐れられ、行く行くは銀河をその手中に収めようと目論んでいるのだ。

「ククッ……この星も終わりだな。早く神精樹の実を味わいたいもんだぜ」

 ターレスは辺りを見渡して、満足そうに笑みを浮かべる。

「ん?」

 路地を抜けようとした時、スカウターが生命反応を知らせた。
 しかし、それは微々たる数値に過ぎない。
 小動物か何かだろうと通り過ぎようとした時、対象の戦闘力が僅かに上昇した。

「戦闘力が上がった?」

 不審に思ったターレスは、反応を見せた場所へ足を運ぶ。

(この辺りには、もう誰も生き残っていない筈だ)

 歩を進めれば、路地裏の片隅に少女が蹲っていた。

「何だ、ガキか」

「あ……!」

 ゆっくり頭を上げた少女は、ターレスの顔を見て険しい表情を浮かべる。
 一歩ずつゆっくり歩み寄るターレスに、少女は鋭い瞳と殺気を向けた。

「……お前」

(コイツはオレの手元に置いて、飼い馴らせば役に立つかもしれんな)

 そんな恐ろしい考えが浮かんだターレスは、口端を吊り上げる。

「お前、オレについて来ないか? ついて来るなら、命だけは助けてやる」

 ターレスは少女に向けて、右手を差し出した。
 少女は無言で、ターレスを見つめている。その眼差しは拒絶の意味を現しているようだ。

「この星には他に生き残りなんていないんだぜ? 今さら強がりは止せよ」

「アンタ達がお父さん達や皆を殺したくせに……この人殺し!」

 少女は勢いよく立ち上がり、大声で叫ぶと、路地裏を走り抜けて行った。
 ターレスは少女が走り去った方角を見つめる。

(オレを見た時のあの鋭い目つき、気に入ったぜ。絶対モノにしてやる……)

 スカウターで少女を捉えたまま、ゆっくり上昇していく。

「あの向こうは崖か」

 妖しく口元を歪めて、宙から少女を追い掛ける。

「おい、待てよ!」

 必死で駆ける少女に余裕で追いついた。

「こ、来ないで!」

 ターレスを引き離そうと疾走する少女。
 しかし、前方は崖っぷちで道が途切れてしまっている。

「あっ!」

 崖に阻まれた少女は膝に手をついて、苦しげに肩で呼吸を繰り返した。

「どこへ逃げたって無駄だ。お前の負けだぜ、仔猫ちゃん」

 逃げ場を失った少女を、さらに追い詰めていく。

「あ……」

 少女は後退るが、背後は崖――もう逃げ場はない。

「もう観念しな」

 もうすぐ少女を捕まえられる距離だ。ターレスは不敵な笑みを浮かべて、少女を捕えようと手を伸ばす。

「アンタに捕まるくらいなら、私も皆の所に逝く!」

 次の瞬間、少女は躊躇いなく崖から飛び下りた。

「何だと!?」

 少女を捕まえ損ねたターレスは焦りながら、崖を急降下していく。

「くっ……!」

 地面にぶつかるすんでのところで、ターレスは腕の中に少女を捕えた。

「……ったく、冷やっとさせやがって。手間かけさせるなよ。おい、聞いてるのか?」

 しかし、少女は少しも動かない。崖から飛び下りた衝撃で気を失っていたのだ。

「……これからがお愉しみだな」

 ターレスは少女を抱えて、宇宙船がある場所へ飛び立った。

 少女が目を覚ました時、全く見覚えのない部屋にいた。
 上半身を起こせば、ベッドに寝かされていたことに気づく。
 部屋の中は薄暗くて、自分がどこにいるのかも分からない。
 その時、少女の眼前が明るくなった。誰かが電気を点けたらしい。
 少女は眩しさのあまり咄嗟に目を瞑ると、頭上に影が覆い被さった。
 そっと目を開ければ、自分を追いかけ回した男――ターレスが見下ろしていた。
 少女の顔が強張る。
 未だ警戒心を持つ少女は後ろに下がって、少しでもターレスとの距離を取ろうとした。

「おいおい、そんなに怯えるなよ。何も取って食ったりするんじゃないんだぜ? オレが食らうのはコイツだからな」

 ターレスはベッドに腰を下ろして、手にしているオレンジくらいの大きさの――神精樹の実を丸齧まるかじりした。

「あ……」

 少女は暫く何も食べていないことに気づいた。
 夕飯の直前で、惑星がターレス軍団に襲われたからだ。
 視線は自ずと、ターレスが食らう神精樹の実に注がれる。

「これが食いたいのか? この実は貴重なんだがな。特別にお前にくれてやる。ほら、受け取れよ」

 ターレスはかじりかけの神精樹の実を、少女に向けて放り投げた。

「わっ……あ、あ!」

 少女は落としそうになった神精樹の実を間一髪、胸の前で受け止める。

「ククッ、鈍臭いヤツだな」

 ターレスに喉元で低く笑われた少女は、頬を赤く染めて俯いた。

「ところで――お前の名前を教えろよ?」

 大人しく神精樹の実をかじる少女に、好奇の視線を向けるターレス。

「……名無しさん

 少女――名無しさんは、か細い声で呟いた。

名無しさんか。オレはターレスだ」

「ターレス?」

 名前を呼ばれたターレスは、名無しさんに顔を近づける。

名無しさん、勝手に部屋の外には出るなよ? この船にはオレの部下がいるんだが、アイツ等はやたらと血の気が多い。女子供だろうが、容赦なく狩っちまうんだぜ?」

 部下達が名無しさんを狩るというのは、単に独占欲から生まれたターレスの嘘なのだが……。
 ターレスの言葉を鵜呑みにした名無しさんの口元が引き攣る。

「そんな顔するなよ。この部屋から出なければ、安全は保証するぜ」

「……」

 微々たるものだが、緊張の糸を緩める名無しさんの様子を見たターレスは満足そうに笑った。

「ここは、どこなの?」

「オレの宇宙船だ。そして、ここはプライベートルームってところか」

 キングサイズのベッドにソファー等の家具はあるが、名無しさんの目から見ても全く飾り気のない部屋だ。

「……私をどうするつもり?」

「それはな、名無しさんをオレの色にするんだよ」

「……イロ?」

 名無しさんは理解出来ないらしく、不思議そうに自分の腕や脚を眺めている。

「フッ……その内名無しさんにも分かるさ」

 ターレスは名無しさんに真意を話す気はないらしく、喉元で低く笑うだけ。

「……ふーん」

 名無しさんは神精樹の実を一口食べ、白く細い喉に飲み込んでいく。
 ターレスは彼女を食い入るように見つめた。

「あの時、確かに戦闘力が上がったよな」

 名無しさんをの数値を示すスカウターの反応を思い出したターレス。

(確か、アモンドの報告だと……危険を察知した時に、戦闘力が上がる種族だったな。何しても神精樹の実を与え続けて鍛えれば、いずれは部下として遣えるか)

 ターレスは密かに笑みを浮かべた。
 そして。
 数年の月日が流れ。
 名無しさんの戦闘力はターレスに匹敵するまでになり、彼の右腕としての働きをするようになっていた。
 しかし相変わらず、行動を制限されている名無しさんは、任務外の暇を持て余す日々が続いている。

名無しさん、大人しくしてたか?」

 部屋のドアが開いて、中に入って来たターレスが名無しさんに声をかけた。
 彼女は黙ったまま、首を縦に振る。
 それを見たターレスは、ソファーへと歩を進めた。

「こっちに来い、名無しさん

 名無しさんはソファーに座ったターレスの傍に寄って、背後から抱き締めた。
 そして、徐に両手をターレスの首に絡める。

「……ごめんなさい、ターレス」

「オレを殺る気か?」

 冷静なターレスの声に、名無しさんの動きが止まった。

「残念ながら、その程度でオレは殺れないぜ?」

 ターレスはされるがまま抵抗する様子はなく。

「本気でオレを殺るなら、もっと他の方法があるだろ? この数年で、名無しさんは他の部下達を凌ぐ程の力を手に入れたんだからな」

 真っすぐ前を向いたまま、淡々とした口調で言い放った。

「ぐっ……」

 悔しそうに歯を噛み締めて俯く名無しさん

「ターレスを殺して……私も死のうと思ってた」

 喉から絞り出すように呟いた彼女は、ターレスから手を放してその場にしゃがみ込んだ。

「何故、お前まで死ぬ必要がある?」

 ターレスが眉間に皺を寄せて背後を向いた途端、名無しさんは耳まで赤く染めて俯いた。

「……ターレスが、好きだから。大事な家族を殺されたのに、貴方を愛してしまった自分が許せなくて……でも、やっぱり殺せない」

「オレが好き? 愛してるだと?」

「そうよ」

「……そうか」

 微笑したターレスは、俯いたままの名無しさんの脇の下に手を差し込んで抱き上げた。

「やっ、ターレス!?」

 名無しさんは抵抗したがターレスは物ともせず、彼女をソファーに押し倒して組み敷いた。

「故郷のかたきで――しかも好き放題に抱いた男を、お前は本気で好きになれるのか?」

 戸惑いの色を見せる名無しさんに構わず、ターレスは耳元で囁いた。

「好きになったのは、どうしようもないじゃない! この想いが消えるように努力した。でも、私は貴方を憎み切れない!」

 瞳に涙を湛えて、ターレスの首にしがみつく名無しさん――まるで幼子のように。

「……名無しさん

「私を殺して? 貴方を殺そうとした罪は重いでしょう? せめて愛する人の手で殺されたい」

 ターレスから腕を離した名無しさんは、全身の力を抜いた。

「それが名無しさんの望みなのか?」

「最期まで生意気な部下で、ごめんなさい……」

 彼女はゆっくりと目を閉じて、最期の時を待つ。
 ……だが、いつまで立っても痛みも何も感じない。

「ターレス――あっ……」

 突然、耳朶を甘噛みされた名無しさんの身体が小さく震えた。
 ターレスは彼女の頬を優しく撫でる。

「オレも、名無しさんを独りの女として愛してるぜ」

 名無しさんはターレスの掌の温もりを頬に感じながら、吐息混じりの甘い囁きに瞠目した。

「え……?」

「今さら、手放す訳ないだろ。オレの望みは生涯、名無しさんを傍に置いておく――それだけだ」

「んっ……」

 名無しさんの桜色の唇を塞いだ。
 ターレスとのキスは、これが初めてではない。
 今までは乱暴に奪うだけだったターレスからの甘くて優しい口づけ。

名無しさん、今なら色の意味が分かるか?」

 名無しさんが目を開けると、優しく微笑むターレスと目が合った。

「色って……もしかして、恋人のこと?」

「ご名答。お前はオレの何より大事な色だ」

 ターレスにとって名無しさんは可憐な一輪の華であり、神精樹の実よりも夢中になれる魅惑的な果実。

(オレは死ぬまで名無しさんを喰らい続けるだろう……)

END
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