★Short Dream
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幼い頃からパオズ山の麓に住んでいた私は、孫悟空という男の子と幼馴染みで、彼の飛びきり明るい笑顔が大好きだった。
『ねえ、悟空』
『なんだ?』
『大きくなったら、私のことお嫁さんにしてくれる?』
『ん? くれるもんは何でも貰うぞ』
『ホントに? 約束だよ?』
『ああ!』
経緯はどうあれ……。
七年後。
『悟空、昔の約束覚えてる?』
『ん? もしかして嫁に貰うって話か?』
『そう。結婚すれば、ずっと一緒にいられるもの』
『ああ、そういうことか』
『嫌かな?』
『そんなことねえぞ。そんじゃあ、結婚すっか!』
『うん!』
こうして、私達は十九歳で永遠の愛を誓い合った。
幼馴染みの悟空と結婚して早一年。
二十歳になった私達の間に、玉のような男の子が産まれた。
名前は悟空のおじいさんからとって、孫悟飯。
「いないいないばあ!」
とある夜、悟空が楽しそうに悟飯をあやしてくれていた。
見ると悟飯も悟空に可愛らしい手を伸ばして、ニコニコ顔だ。
「悟空もすっかりお父さんだね」
「だってよ、名無しさん。悟飯はこんなに可愛いじゃねえか。オラの目尻も勝手に下がっちまうよ」
「ふふ、私としても助かるんだよ? 悟飯のお世話を買って出てくれるんだもの。お蔭で家事がはかどるわ」
私は食器を片付けながら返事をする。
「おう、名無しさんの飯は宇宙一美味ぇからな。オラとしても大助かりだぞ。お蔭で毎食楽しみだ♪」
「ふふ、私達もすっかり夫婦生活が板についたね。一年前は右も左も分からなくて形振り構わなかったけど……それだけ成長した証拠ね」
「なんちゅうか……おめえも随分、丸くなったよな。母親としての自覚が出たんか?」
「それは確かにあるね。しっかりしなきゃと思うし、悟飯を守らないとって想ってるよ」
子供を産むと女は強くなるって聞いたことがある。あれってホントだな。
「オラもだ。何せ、おめえ達家族を守んなくちゃなんねえかんなあ。一家の大黒柱としちゃ、ちっとはしっかりしねえとよ」
「悟空は傍にいてくれるだけでも頼りになるよ? 安心感ハンパないもん」
「そうか?」
悟空は昔から、太陽みたいな明るい笑顔で周りを照らしてくれていた。
私が落ち込んだ時も、何度も励まされている。
「うん、まるで陽だまりみたいに想ってる。温かくて居心地良いの。だから、悟空がいないと寒々としちゃうな」
「ハハハ、何だか照れ臭えなあ」
悟空は後頭部に手を当て、照れ笑いしてる。
「照れた悟空も可愛い♡」
「ん? 名無しさんのがめんごいぞ。それは譲れねえな」
変なところで頑固なんだから。
「もう、私より悟飯でしょ?」
「オラにとっちゃ、名無しさんも悟飯もどっちもめんごいぞ」
「ありがとう、悟空」
「当たりめえだろ、オラの一等大事な家族だかんな」
悟空は拳を胸板に当て、得意気に話してくれる。
「うん、私もだよ」
その時、急に悟飯が声を上げて泣き出してしまった。
「ありゃ? 悟飯のヤツ、泣き出したぞ」
そっか、悟飯てば寂しいのね。
「きっとボクを仲間外れにしないでって泣いてるのよ。悟空、悟飯を私に預けてくれる?」
「おう」
「よしよし、悟飯もお父さんとお母さんと同じ気持ちだよね」
悟飯を受け止めた私は小さな背を優しく撫でながらあやすと、ピタリと泣き止んでくれた。
「おっ、泣き止んだぞ!」
「悟空、大声出しちゃダメ。悟飯がビックリするでしょ?」
「いっけね」
「ホントにいけないお父さんだね、悟飯ちゃん?」
やっと悟飯が笑顔になった。どうやら機嫌が直ったみたいね。
「お、今度は笑ったぞ」
「ね、悟飯にも私達の言葉が通じるんだよ。この子は賢いわ。将来は偉い学者さんになって欲しいな」
「ホントだな、オラより頭良いかもしんねえぞ」
「大袈裟だなあ」
悟空の物言いがおかしくて笑ってしまう。
「結婚したての頃はこれより幸せってあんのかって思ってたけどよ、今の方が断然幸せだぞ」
「うん、分かる」
「もう独身にゃ戻りたくねえなあ」
「大丈夫だよ。私の宝物は家族だから、何があっても離れないよ」
それだけ二人を深く愛してるってことだ。
「オラもだ。名無しさんを一生離さねえぞ。悟飯は分かんねえけどな。いつか、おめえみてえなめんごい嫁さん貰うだろ?」
「悟空ってば気が早いんだから。ね、悟飯ちゃん?」
私の台詞に悟飯が両手を叩いて笑ってる。
「お、また笑ったぞ」
「ふふ、楽しいって歓んでるのよ」
「そっか? そんなら、もっと歓ばしえなあ……」
「ん?」
悟空は腕組みをして思案してたけど、やがて顔を上げてこっちを見た。
「なあ、名無しさん。明日、三人でピクニックに行かねえか?」
「あ、楽しそう♪」
夫の粋な提案が嬉しくて心が弾む。
「決まりだな。明日に備えて、そろそろ寝っか?」
「うん、そうだね」
後片付けを終えた私は、親子揃って仲良く床に就く。
う~明日が楽しみだ♪
こうして、パオズ山の夜の帳は下りていく。
翌日。澄み渡る青空の下、私達家族はパオズ山随一の花畑にピクニックに来ていた。
「ここに来っと和むなあ」
ビニールシートの上で、両足を伸ばしながら両腕を後ろに広げて寛いでいる悟空。
「ホントだね。この花畑、悟空のお気に入りだもんね」
「ああ、ここはオアシスだ。多分オラと名無しさんしか知らねえと思うぞ」
「悟空と悟飯と私の秘密の花園ね♡」
色彩豊かな花畑は私達の初デートスポットだ。ここでの想い出は今も色褪せない。
「見ろよ、悟飯もニコニコしてっぞ」
「きっと嬉しいんだよ」
「ああ、そうだな」
爽やかな風が吹き抜ける。もうすぐ季節は初夏だ。
「風が気持ちいいな。オラの心も赤ん坊みてえに澄んでっぞ」
悟空は目を細めて、山風を受けている。
「悟空、子供みたい」
「そりゃねえだろ」
「ふふ、永遠の少年ね」
「そんなら、名無しさんは永遠の娘っ子だな!」
対抗してる。やっぱり子供みたい。
「アハハ、悟空は面白いなあ」
「そっか?」
「ふふ、うん」
急に静かになる悟空。
「娘でちっと思い出したことがあんだけどよ」
「ん?」
「オラとおめえがガキの頃」
私達の昔話といえば……。
「あ、私のプロポーズ?」
「ああ、そうだ」
大きく頷く悟空に対し、私は昔に想いを馳せる。
「あれはね、一世一代の告白だったんだよ? 今思い出してみると、悟空の反応がやけに軽かったような?」
「あーあれはよ、嫁の意味が分からなかったんだよなあ」
「えー?」
「てっきり食いもんかと思ったんだよ」
う~ん、冗談ではないみたいだけど。
「ホントに?」
でも、悟空らしいかも。
「ホントだ。オラ、ちっとばっかし頭悪かったかんなあ」
「違うでしょ? 悟空の場合は食べ物に対する執着心だよ」
「ハハハ、そうかもな」
その時、悟空のお腹の虫が鳴り響いた。
「お腹減った?」
「ああ、食いもんの話してたら、腹ペコになっちまった」
やっぱり、悟空らしいなあ。
「それじゃあ、5時起きして作ったお重のお披露目でーす!」
悟飯をシートの上にそっと寝かせて、悟空に運んで貰ったお重を夫の前に並べていく。
「待ってましたあ!」
「今回はね、山の幸をふんだんに使った豪華なお弁当だよ?」
「早く食わしてくれ!」
悟空は今にもがっつきそうな勢いだ。
「落ち着いて、悟空。お弁当は逃げないよ」
「でも食いてえんだ!」
「はいはい、召し上がれ?」
恭しく悟空にお箸を渡す。
「おし、食うぞー!」
箸を受け取った愛夫は張り切って、がっつき始めた。
「悟飯ちゃんはミルク飲みましょうね」
私は哺乳瓶の用意をして、悟飯に飲み口を含ませると、喉を鳴らして美味しそうに飲んでくれる。
「ん~んめえ♪」
悟空お父さんも食欲旺盛ね。
「良かった」
「このステーキ、熊肉か?」
「そう、悟空が仕留めてくれた物だよ。上手に捌いてくれたから、調理は簡単だったよ。お肉の解体は重労働だからね」
悟空は昔から狩りが得意だから、お肉やお魚には困らない。
「熊捌くぐれえ朝飯前だぞ。けど、男の仕事だかんなあ。女にゃ荷が重いだろ」
「うん、下手したら脱臼しちゃうよ」
「はは、そりゃそうだな」
完食した悟空は道着の帯を緩めてる。
「はー食った食った! ご馳走さんでした!」
「お粗末様でした。満足した?」
「ああ、腹いっぺえだ。サンキューな、名無しさん♪」
「どういたしまして」
愛夫の笑顔が見たくて頑張ってるようなものだ。
「悟飯はミルク飲んだか?」
「そろそろなんだけど……うん、飲み終わったね」
哺乳瓶が空になり、愛息の噯を促すと無事に出してくれた。
「お、満足したみてえだな」
「どれ、オラが悟飯見ててやっから、おめえも弁当食っちまえよ?」
「ありがとう、悟空」
悟飯ちゃんを悟空に預けると、お弁当を広げて、お手製梅干しのおにぎりを一口食べる。
「うめえか?」
「うん、我ながら美味しい。悟空のお嫁さんになるために、たくさん花嫁修業したもの」
「名無しさんは頑張り屋だもんな。初めて食った時は、あまりの腕前にオラも舌を巻いたぞ!」
「悟空には精をつけて欲しかったからね。私に出来ることは何でもしてあげたかったの」
十代は花嫁修業に明け暮れてたもんなあ。懐かしい……。
「縫いもんもうめえもんな」
「お裁縫なら任せて。悟空の道着を仕立てるのも特技だよ」
繕い物は結構楽しくて、自分の服も仕立てちゃうくらいだ。
「ああ、確かになあ。お陰で助かってっぞ。すぐボロっちくなっちまうしよ」
「ふふ、それだけ修業が激しいのよね?」
「ヘヘ、まあな」
鼻の下を擦る悟空。
ふと空を見上げると、茜色に染まり始めていた。
「そろそろ帰る?」
「ああ、日が暮れちまうもんな」
「いつも家で悟飯と二人だから、悟空とのお喋り楽しかった。今日はありがとうね?」
「こんなことで良いんなら、いつでも連れてくっぞ。嫁さん歓ばすのも旦那の役目だしよ」
「うん!」
親子水入らずのひととき、のんびりと過ごすことが出来て、日々の疲れが吹き飛んだ一日だった。
やがて、新緑の季節。私達夫婦は森のなかをゆったり散策していた。
悟飯は大人しく私の腕の中におさまっている。
「ん~森林浴最高だね、悟空」
「ああ、空気が一段とうめえな。腹は膨れねえけどよ」
「アハハ」
食いしん坊な悟空らしい。
そこで、私は一つ気になっていたことがある。
「ねえ、悟空。いつもは森で修業してるの?」
悟空はあんまり修業の話をしないから、普段どんなことをしてるのか見当もつかない。
「いいや、この辺は動物達が棲んでっからな。修業はもっと奥地ですっぞ」
「そっか……やっぱり、滝に打たれるの?」
修業と言えば滝のイメージよね。
「それは昔やったぞ。今はあんましやらねえなあ。最近は相手がいるのを想定したイメトレの組手形式でやってっぞ」
「何だか難しそうね……」
「なあに、簡単さ。つまり、架空の敵を相手に動くんだ。頭でイメージした攻防戦を実践するんだよ。オラが好んでやる修業だ。これなら、独りでも組手が出来っかんなあ」
根気よく説明してくれる悟空。
分かったような、分からないような……。
「なるほどね~」
一応、相槌は打っておく。
「ああ、始めは苦労したけど要は慣れだな」
「そういう問題かな?」
それは誰にでも出来ることじゃないと思う。
「ああ、そんなもんだ」
「そっか」
悟空が言うと簡単そうだけど、私には到底真似出来ない。
「おっ、見ろよ。野苺が生ってんぞ」
目の前の茂みにたくさんの野苺が生っていた。まるで宝石のルビーを彷彿とさせる程、綺麗な果実だ。
「わあ、美味しそう! ちょっと摘んでいこうよ、悟空」
「ああ、オラに任しとけ!」
悟空は手際よく茂みに生っている野苺を摘んでいく。
数分後、半分くらい摘み終えたところで振り向いた。
「こんなもんか」
夫はたくさんの野苺を両腕いっぱいに抱えている。
「うん、良いね。ありがとう、悟空」
「これぐれえお安い御用だ。そん代わり、帰ったらジャムにしてくれよ?」
「もちろん!」
「約束だぞ。おめえの手作りジャムは最高だかんなあ。今から楽しみだ♪」
悟空はジャムの味を想像してるのか、満面の笑みだ。
「もう、気が早いなあ」
「名無しさんの作るどんぐりパンもうめえし、野苺ジャムつけて食ったら絶品だぞ!」
「期待値ハンパないね。これは気合い入れて作らなくちゃ!」
「おう、期待してっぞ!」
今夜は徹夜覚悟かな?
と、その時だった。
「あら?」
急に両腕がずっしり重たくなる。
「ん?」
「悟飯が大人しいと思ったら、よく寝てるわ」
悟空は悟飯の顔を覗き込んだ。
「ホントだな。随分気持ち良さげに寝てんぞ」
「悟飯ちゃんは寝顔も可愛いからね。見てると癒されるよ」
「それを言うなら、名無しさんの寝顔もめんごいぞ。オラの毎朝の楽しみだ♪」
何かと張り合う悟空。何も息子と張り合わなくてもと思う。それより……。
「恥ずかしい……明日から悟空より早起きしようかな」
「ダメだ、オラの憩いの時間なんだぞ?」
「ん~?」
真剣な瞳の悟空に首を捻る私。
「名無しさんの寝顔眺めて、その日一日頑張れるんだ。オラの元気の源だな!」
たまに、さらっと男前なことを口にする悟空に頬が熱くなる。
「う~……」
「どうした? 顔赤いぞ?」
「うん……私、愛されてるなあって……」
「実感湧くんか?」
「それはもう沸々と……」
「ハハハ、名無しさんはホントにめんごいなあ!」
悟空は豪快に笑うけど、男らしい夫に愛を口ずさまれたら、本気で卒倒しちゃいそう……。
「もう……からかわないでよ」
「オラ、本気だぞ。やっぱオラの嫁さん最高だ♪」
「それを言うなら、私の旦那さんも優しくて頼もしくて最高だよ?」
言い負かされっぱなしはイヤだ。
「オラ達惚気捲ってんな?」
「森のなかで誰にも気兼ねしないし、良いんじゃないかな」
「そりゃそうだな」
二人で一頻り笑い合う。
「さてと、そろそろ帰ぇるか。名無しさんのジャム、早く食いてえしよ」
「ジャムは今夜仕込んで、食べられるのは明日の朝よ」
「そんじゃあよ、味見ならどうだ?」
小首を傾げる悟空。
「ダーメ」
「ちぇっ、殺生だな」
私が反対すると、唇を尖らせるところが素直で可愛い。
「食いしん坊の旦那さん、楽しみは後に取っておくものよ?」
「分かった、明日まで楽しみにしてっぞ」
「素直でよろしい。なーんてね?」
「おめえにゃ言い負かされっぱなしだ。オラの強敵だな」
「母は強しよ」
「ハハ、恐れ入ったぞ」
夕焼け空をカラスが鳴く頃、私達は軽口を叩きながら仲良く帰路に就いた。
夕飯後。明日、悟空が喜んでくれるのを想像しながら、精を出してジャムの仕込みに取り組んで就寝した。
明日は何が待ってるのか胸を弾ませつつ、パオズ山の夜は更けていく。
翌朝の朝食は、どんぐりの粉を捏ねて焼いた自家製どんぐりパンと野いちごジャムを、悟空が夢中で食べてくれて、あまりの豪快さに悟飯が目を丸くしていた。
悟飯にも大きくなったら食べて欲しいな。
こうして、ゆったり流れる時のなか、愛する旦那様と愛息との想い出が一つ一つ積み重なっていく。
いつか、悟飯が大きくなったら昔話として聞かせてあげたい。
貴方はお父さんとお母さんの愛情に包まれて育ったのよと。
その日を待ち焦がれながら、これからも私達、新米夫婦の物語は綴られていくと思う。
今でも悟空と結婚して良かったと思うけど、未来はもっともっと明るいに違いない。
幸せな田舎ライフを送りながら、愛息の成長を楽しみにしつつ、孫家の貴重な家族時間は過ぎていった。
END
『ねえ、悟空』
『なんだ?』
『大きくなったら、私のことお嫁さんにしてくれる?』
『ん? くれるもんは何でも貰うぞ』
『ホントに? 約束だよ?』
『ああ!』
経緯はどうあれ……。
七年後。
『悟空、昔の約束覚えてる?』
『ん? もしかして嫁に貰うって話か?』
『そう。結婚すれば、ずっと一緒にいられるもの』
『ああ、そういうことか』
『嫌かな?』
『そんなことねえぞ。そんじゃあ、結婚すっか!』
『うん!』
こうして、私達は十九歳で永遠の愛を誓い合った。
幼馴染みの悟空と結婚して早一年。
二十歳になった私達の間に、玉のような男の子が産まれた。
名前は悟空のおじいさんからとって、孫悟飯。
「いないいないばあ!」
とある夜、悟空が楽しそうに悟飯をあやしてくれていた。
見ると悟飯も悟空に可愛らしい手を伸ばして、ニコニコ顔だ。
「悟空もすっかりお父さんだね」
「だってよ、名無しさん。悟飯はこんなに可愛いじゃねえか。オラの目尻も勝手に下がっちまうよ」
「ふふ、私としても助かるんだよ? 悟飯のお世話を買って出てくれるんだもの。お蔭で家事がはかどるわ」
私は食器を片付けながら返事をする。
「おう、名無しさんの飯は宇宙一美味ぇからな。オラとしても大助かりだぞ。お蔭で毎食楽しみだ♪」
「ふふ、私達もすっかり夫婦生活が板についたね。一年前は右も左も分からなくて形振り構わなかったけど……それだけ成長した証拠ね」
「なんちゅうか……おめえも随分、丸くなったよな。母親としての自覚が出たんか?」
「それは確かにあるね。しっかりしなきゃと思うし、悟飯を守らないとって想ってるよ」
子供を産むと女は強くなるって聞いたことがある。あれってホントだな。
「オラもだ。何せ、おめえ達家族を守んなくちゃなんねえかんなあ。一家の大黒柱としちゃ、ちっとはしっかりしねえとよ」
「悟空は傍にいてくれるだけでも頼りになるよ? 安心感ハンパないもん」
「そうか?」
悟空は昔から、太陽みたいな明るい笑顔で周りを照らしてくれていた。
私が落ち込んだ時も、何度も励まされている。
「うん、まるで陽だまりみたいに想ってる。温かくて居心地良いの。だから、悟空がいないと寒々としちゃうな」
「ハハハ、何だか照れ臭えなあ」
悟空は後頭部に手を当て、照れ笑いしてる。
「照れた悟空も可愛い♡」
「ん? 名無しさんのがめんごいぞ。それは譲れねえな」
変なところで頑固なんだから。
「もう、私より悟飯でしょ?」
「オラにとっちゃ、名無しさんも悟飯もどっちもめんごいぞ」
「ありがとう、悟空」
「当たりめえだろ、オラの一等大事な家族だかんな」
悟空は拳を胸板に当て、得意気に話してくれる。
「うん、私もだよ」
その時、急に悟飯が声を上げて泣き出してしまった。
「ありゃ? 悟飯のヤツ、泣き出したぞ」
そっか、悟飯てば寂しいのね。
「きっとボクを仲間外れにしないでって泣いてるのよ。悟空、悟飯を私に預けてくれる?」
「おう」
「よしよし、悟飯もお父さんとお母さんと同じ気持ちだよね」
悟飯を受け止めた私は小さな背を優しく撫でながらあやすと、ピタリと泣き止んでくれた。
「おっ、泣き止んだぞ!」
「悟空、大声出しちゃダメ。悟飯がビックリするでしょ?」
「いっけね」
「ホントにいけないお父さんだね、悟飯ちゃん?」
やっと悟飯が笑顔になった。どうやら機嫌が直ったみたいね。
「お、今度は笑ったぞ」
「ね、悟飯にも私達の言葉が通じるんだよ。この子は賢いわ。将来は偉い学者さんになって欲しいな」
「ホントだな、オラより頭良いかもしんねえぞ」
「大袈裟だなあ」
悟空の物言いがおかしくて笑ってしまう。
「結婚したての頃はこれより幸せってあんのかって思ってたけどよ、今の方が断然幸せだぞ」
「うん、分かる」
「もう独身にゃ戻りたくねえなあ」
「大丈夫だよ。私の宝物は家族だから、何があっても離れないよ」
それだけ二人を深く愛してるってことだ。
「オラもだ。名無しさんを一生離さねえぞ。悟飯は分かんねえけどな。いつか、おめえみてえなめんごい嫁さん貰うだろ?」
「悟空ってば気が早いんだから。ね、悟飯ちゃん?」
私の台詞に悟飯が両手を叩いて笑ってる。
「お、また笑ったぞ」
「ふふ、楽しいって歓んでるのよ」
「そっか? そんなら、もっと歓ばしえなあ……」
「ん?」
悟空は腕組みをして思案してたけど、やがて顔を上げてこっちを見た。
「なあ、名無しさん。明日、三人でピクニックに行かねえか?」
「あ、楽しそう♪」
夫の粋な提案が嬉しくて心が弾む。
「決まりだな。明日に備えて、そろそろ寝っか?」
「うん、そうだね」
後片付けを終えた私は、親子揃って仲良く床に就く。
う~明日が楽しみだ♪
こうして、パオズ山の夜の帳は下りていく。
翌日。澄み渡る青空の下、私達家族はパオズ山随一の花畑にピクニックに来ていた。
「ここに来っと和むなあ」
ビニールシートの上で、両足を伸ばしながら両腕を後ろに広げて寛いでいる悟空。
「ホントだね。この花畑、悟空のお気に入りだもんね」
「ああ、ここはオアシスだ。多分オラと名無しさんしか知らねえと思うぞ」
「悟空と悟飯と私の秘密の花園ね♡」
色彩豊かな花畑は私達の初デートスポットだ。ここでの想い出は今も色褪せない。
「見ろよ、悟飯もニコニコしてっぞ」
「きっと嬉しいんだよ」
「ああ、そうだな」
爽やかな風が吹き抜ける。もうすぐ季節は初夏だ。
「風が気持ちいいな。オラの心も赤ん坊みてえに澄んでっぞ」
悟空は目を細めて、山風を受けている。
「悟空、子供みたい」
「そりゃねえだろ」
「ふふ、永遠の少年ね」
「そんなら、名無しさんは永遠の娘っ子だな!」
対抗してる。やっぱり子供みたい。
「アハハ、悟空は面白いなあ」
「そっか?」
「ふふ、うん」
急に静かになる悟空。
「娘でちっと思い出したことがあんだけどよ」
「ん?」
「オラとおめえがガキの頃」
私達の昔話といえば……。
「あ、私のプロポーズ?」
「ああ、そうだ」
大きく頷く悟空に対し、私は昔に想いを馳せる。
「あれはね、一世一代の告白だったんだよ? 今思い出してみると、悟空の反応がやけに軽かったような?」
「あーあれはよ、嫁の意味が分からなかったんだよなあ」
「えー?」
「てっきり食いもんかと思ったんだよ」
う~ん、冗談ではないみたいだけど。
「ホントに?」
でも、悟空らしいかも。
「ホントだ。オラ、ちっとばっかし頭悪かったかんなあ」
「違うでしょ? 悟空の場合は食べ物に対する執着心だよ」
「ハハハ、そうかもな」
その時、悟空のお腹の虫が鳴り響いた。
「お腹減った?」
「ああ、食いもんの話してたら、腹ペコになっちまった」
やっぱり、悟空らしいなあ。
「それじゃあ、5時起きして作ったお重のお披露目でーす!」
悟飯をシートの上にそっと寝かせて、悟空に運んで貰ったお重を夫の前に並べていく。
「待ってましたあ!」
「今回はね、山の幸をふんだんに使った豪華なお弁当だよ?」
「早く食わしてくれ!」
悟空は今にもがっつきそうな勢いだ。
「落ち着いて、悟空。お弁当は逃げないよ」
「でも食いてえんだ!」
「はいはい、召し上がれ?」
恭しく悟空にお箸を渡す。
「おし、食うぞー!」
箸を受け取った愛夫は張り切って、がっつき始めた。
「悟飯ちゃんはミルク飲みましょうね」
私は哺乳瓶の用意をして、悟飯に飲み口を含ませると、喉を鳴らして美味しそうに飲んでくれる。
「ん~んめえ♪」
悟空お父さんも食欲旺盛ね。
「良かった」
「このステーキ、熊肉か?」
「そう、悟空が仕留めてくれた物だよ。上手に捌いてくれたから、調理は簡単だったよ。お肉の解体は重労働だからね」
悟空は昔から狩りが得意だから、お肉やお魚には困らない。
「熊捌くぐれえ朝飯前だぞ。けど、男の仕事だかんなあ。女にゃ荷が重いだろ」
「うん、下手したら脱臼しちゃうよ」
「はは、そりゃそうだな」
完食した悟空は道着の帯を緩めてる。
「はー食った食った! ご馳走さんでした!」
「お粗末様でした。満足した?」
「ああ、腹いっぺえだ。サンキューな、名無しさん♪」
「どういたしまして」
愛夫の笑顔が見たくて頑張ってるようなものだ。
「悟飯はミルク飲んだか?」
「そろそろなんだけど……うん、飲み終わったね」
哺乳瓶が空になり、愛息の噯を促すと無事に出してくれた。
「お、満足したみてえだな」
「どれ、オラが悟飯見ててやっから、おめえも弁当食っちまえよ?」
「ありがとう、悟空」
悟飯ちゃんを悟空に預けると、お弁当を広げて、お手製梅干しのおにぎりを一口食べる。
「うめえか?」
「うん、我ながら美味しい。悟空のお嫁さんになるために、たくさん花嫁修業したもの」
「名無しさんは頑張り屋だもんな。初めて食った時は、あまりの腕前にオラも舌を巻いたぞ!」
「悟空には精をつけて欲しかったからね。私に出来ることは何でもしてあげたかったの」
十代は花嫁修業に明け暮れてたもんなあ。懐かしい……。
「縫いもんもうめえもんな」
「お裁縫なら任せて。悟空の道着を仕立てるのも特技だよ」
繕い物は結構楽しくて、自分の服も仕立てちゃうくらいだ。
「ああ、確かになあ。お陰で助かってっぞ。すぐボロっちくなっちまうしよ」
「ふふ、それだけ修業が激しいのよね?」
「ヘヘ、まあな」
鼻の下を擦る悟空。
ふと空を見上げると、茜色に染まり始めていた。
「そろそろ帰る?」
「ああ、日が暮れちまうもんな」
「いつも家で悟飯と二人だから、悟空とのお喋り楽しかった。今日はありがとうね?」
「こんなことで良いんなら、いつでも連れてくっぞ。嫁さん歓ばすのも旦那の役目だしよ」
「うん!」
親子水入らずのひととき、のんびりと過ごすことが出来て、日々の疲れが吹き飛んだ一日だった。
やがて、新緑の季節。私達夫婦は森のなかをゆったり散策していた。
悟飯は大人しく私の腕の中におさまっている。
「ん~森林浴最高だね、悟空」
「ああ、空気が一段とうめえな。腹は膨れねえけどよ」
「アハハ」
食いしん坊な悟空らしい。
そこで、私は一つ気になっていたことがある。
「ねえ、悟空。いつもは森で修業してるの?」
悟空はあんまり修業の話をしないから、普段どんなことをしてるのか見当もつかない。
「いいや、この辺は動物達が棲んでっからな。修業はもっと奥地ですっぞ」
「そっか……やっぱり、滝に打たれるの?」
修業と言えば滝のイメージよね。
「それは昔やったぞ。今はあんましやらねえなあ。最近は相手がいるのを想定したイメトレの組手形式でやってっぞ」
「何だか難しそうね……」
「なあに、簡単さ。つまり、架空の敵を相手に動くんだ。頭でイメージした攻防戦を実践するんだよ。オラが好んでやる修業だ。これなら、独りでも組手が出来っかんなあ」
根気よく説明してくれる悟空。
分かったような、分からないような……。
「なるほどね~」
一応、相槌は打っておく。
「ああ、始めは苦労したけど要は慣れだな」
「そういう問題かな?」
それは誰にでも出来ることじゃないと思う。
「ああ、そんなもんだ」
「そっか」
悟空が言うと簡単そうだけど、私には到底真似出来ない。
「おっ、見ろよ。野苺が生ってんぞ」
目の前の茂みにたくさんの野苺が生っていた。まるで宝石のルビーを彷彿とさせる程、綺麗な果実だ。
「わあ、美味しそう! ちょっと摘んでいこうよ、悟空」
「ああ、オラに任しとけ!」
悟空は手際よく茂みに生っている野苺を摘んでいく。
数分後、半分くらい摘み終えたところで振り向いた。
「こんなもんか」
夫はたくさんの野苺を両腕いっぱいに抱えている。
「うん、良いね。ありがとう、悟空」
「これぐれえお安い御用だ。そん代わり、帰ったらジャムにしてくれよ?」
「もちろん!」
「約束だぞ。おめえの手作りジャムは最高だかんなあ。今から楽しみだ♪」
悟空はジャムの味を想像してるのか、満面の笑みだ。
「もう、気が早いなあ」
「名無しさんの作るどんぐりパンもうめえし、野苺ジャムつけて食ったら絶品だぞ!」
「期待値ハンパないね。これは気合い入れて作らなくちゃ!」
「おう、期待してっぞ!」
今夜は徹夜覚悟かな?
と、その時だった。
「あら?」
急に両腕がずっしり重たくなる。
「ん?」
「悟飯が大人しいと思ったら、よく寝てるわ」
悟空は悟飯の顔を覗き込んだ。
「ホントだな。随分気持ち良さげに寝てんぞ」
「悟飯ちゃんは寝顔も可愛いからね。見てると癒されるよ」
「それを言うなら、名無しさんの寝顔もめんごいぞ。オラの毎朝の楽しみだ♪」
何かと張り合う悟空。何も息子と張り合わなくてもと思う。それより……。
「恥ずかしい……明日から悟空より早起きしようかな」
「ダメだ、オラの憩いの時間なんだぞ?」
「ん~?」
真剣な瞳の悟空に首を捻る私。
「名無しさんの寝顔眺めて、その日一日頑張れるんだ。オラの元気の源だな!」
たまに、さらっと男前なことを口にする悟空に頬が熱くなる。
「う~……」
「どうした? 顔赤いぞ?」
「うん……私、愛されてるなあって……」
「実感湧くんか?」
「それはもう沸々と……」
「ハハハ、名無しさんはホントにめんごいなあ!」
悟空は豪快に笑うけど、男らしい夫に愛を口ずさまれたら、本気で卒倒しちゃいそう……。
「もう……からかわないでよ」
「オラ、本気だぞ。やっぱオラの嫁さん最高だ♪」
「それを言うなら、私の旦那さんも優しくて頼もしくて最高だよ?」
言い負かされっぱなしはイヤだ。
「オラ達惚気捲ってんな?」
「森のなかで誰にも気兼ねしないし、良いんじゃないかな」
「そりゃそうだな」
二人で一頻り笑い合う。
「さてと、そろそろ帰ぇるか。名無しさんのジャム、早く食いてえしよ」
「ジャムは今夜仕込んで、食べられるのは明日の朝よ」
「そんじゃあよ、味見ならどうだ?」
小首を傾げる悟空。
「ダーメ」
「ちぇっ、殺生だな」
私が反対すると、唇を尖らせるところが素直で可愛い。
「食いしん坊の旦那さん、楽しみは後に取っておくものよ?」
「分かった、明日まで楽しみにしてっぞ」
「素直でよろしい。なーんてね?」
「おめえにゃ言い負かされっぱなしだ。オラの強敵だな」
「母は強しよ」
「ハハ、恐れ入ったぞ」
夕焼け空をカラスが鳴く頃、私達は軽口を叩きながら仲良く帰路に就いた。
夕飯後。明日、悟空が喜んでくれるのを想像しながら、精を出してジャムの仕込みに取り組んで就寝した。
明日は何が待ってるのか胸を弾ませつつ、パオズ山の夜は更けていく。
翌朝の朝食は、どんぐりの粉を捏ねて焼いた自家製どんぐりパンと野いちごジャムを、悟空が夢中で食べてくれて、あまりの豪快さに悟飯が目を丸くしていた。
悟飯にも大きくなったら食べて欲しいな。
こうして、ゆったり流れる時のなか、愛する旦那様と愛息との想い出が一つ一つ積み重なっていく。
いつか、悟飯が大きくなったら昔話として聞かせてあげたい。
貴方はお父さんとお母さんの愛情に包まれて育ったのよと。
その日を待ち焦がれながら、これからも私達、新米夫婦の物語は綴られていくと思う。
今でも悟空と結婚して良かったと思うけど、未来はもっともっと明るいに違いない。
幸せな田舎ライフを送りながら、愛息の成長を楽しみにしつつ、孫家の貴重な家族時間は過ぎていった。
END