★バーダックLong Dream【Changes-ふたりの変化-】
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バーダックSide
午前中はカカロットを徹底的に特訓し、昼間になるとカプセルハウスに戻った。
「あ、お帰り……ええ!?」
出迎えるなり、目を丸くした名無しさんが喚いた。
「いきなりでかい声出すな」
「だって! 悟空の格好が!」
オレの背後に立つカカロットの姿は、道着があちこち破れ、全身傷だらけだ。
「短時間で密度の濃い修業をしてやったからな。こうなるのは当然だ」
「へへ……父ちゃんは容赦ねえんだもんなあ。今までの修業で一番辛ぇぞ」
「初っ端から、あの程度で弱音を吐くな」
肩越しに苦言を呈すると、倅は肩を竦めた。
「分かってるって。オラが望んだことだもんな。何たって、やり甲斐もあっしよ!」
「とにかく、悟空の傷の手当てしようよ。それから、お昼に――」
「待て、名無しさん。今日はまだ修業を続ける予定だからな。手当てするなら、夜にしてやれ」
オレの台詞を聞いた名無しさんは唖然としていたが、「でもっ、そんな怪我じゃ悟空が可哀相だよ! 今すぐ手当てしなくちゃ!」と、せきを切ったように喋り出した。
「オラはでえじょうぶだって。この程度、何ともねえよ!」
カカロットは屈伸運動して、名無しさんに笑って見せる。
「本人もこう言ってんだ。平気だろ。それより、早いところ飯にしてくれ。カカロットも腹減ってんだろ?」
「ああ、オラもう腹ペコで死にそうだあ……」
腹ペコで死ぬって、さっきまでの元気は何だったんだ。
「そ、そう……分かった。すぐお昼の用意するね」
不安げにカカロットを見つめていた名無しさんだが、複雑な面でキッチンに向かった。
それほど心配するような怪我じゃねえが、この感覚の違いはサイヤ人と地球人の差か。
昼飯を食った後。
「父ちゃん達、散歩するんだよな? オラは昼寝してっから、ゆっくり楽しんで来いよ」
カカロットがソファーに身を沈めたまま言った。
「ああ、そうさせてもらうぜ。行くぞ、名無しさん」
名無しさんはしばらくカカロットを眺めていたが、オレが呼びかけると急いでついて来る。
カプセルハウスから出てしばらく歩いた所で、オレは名無しさんに振り返った。
「そんなにカカロットが心配なのか?」
「えっ、まあね……」
オレの問いかけに一瞬言葉を詰まらせ、視線を逸らす名無しさん。
「悟空があんなにボロボロなのに、ソファーが汚れないかと思ってさ……」
心底不安げな目で訴えてくる。
コイツは、何を言い出すのかと思えば……。
「くっ……はははっ!」
いきなり笑い出したオレを見た名無しさんは、満月みてえに目を丸くしてやがる。
「なっ、何で笑うの!?」
「いや、くくくっ……オレはてっきり、名無しさんがカカロットの身を案じてんのかと思ったからよ。まさか、ソファーを気にしてるとは予想外だったぜ」
「えっ、あ、それももちろんだけど! ブルマさんからの借り物だから、汚したら大変かと思ったの!」
耳まで紅潮して慌てる名無しさんの腰を軽く抱き寄せ、「お前は優しいんだな」と耳元で囁いてやる。
「べ、別に普通だしっ! そんなことより早く離してよ!」
さらに朱に染めて、オレを上目遣いで睨む名無しさん。
オレは余裕の笑みを浮かべる。
「そんな面で睨まれても、全然迫力ねえよ。むしろ、オレを喜ばせるだけだぜ?」
普段より幾分低いトーンのオレに反応し、名無しさんは僅かにビクついた。
「お前はそれを知ってて、わざとやってんじゃねえのか? 本当はオレに興味を持ち始めている。オレのことが、もっと知りたいって面してるぜ」
オレを睨み続ける名無しさんを目にして、自然と笑みが深くなる。
「図星だろ?」
「違っ……」
「違わねえよ。名無しさんの心がオレを求めてるのが、手に取るように分かるぜ。お前の彼氏じゃなく、このオレをな」
名無しさんの面を覗き込んで、眉間に唇を落とす……抵抗はなかった。
「そうじゃねえなら、オレの手からとっくに逃げてんだろ」
その台詞を肯定するように、華奢な体躯が震える。
「……名無しさん、もっと自分に素直になれよ」
駄目押しのごとく、名無しさんの耳孔に息を吹き込むように囁いた。
オレの掌から、コイツの身体が強張るのが伝わってくる。
「私は……」
「!?」
名無しさんが何かを言いかけた時、何者かがこっちへ近づいて来る気配がした。
この気は、ラディッツか!
昨日あんなにドラゴンボール集めを拒んでた野郎が、今頃何の用だ?
オレは軽く舌打ちをした。
「……何にしても、いいところで邪魔しに来やがって」
「えっ、急にどうしたの?」
「散歩はまた今度だ、名無しさん。何の用か知らんが、バカ息子がこっちに向かって来てやがる」
振り仰げば、ヤツはすぐ近くまで来ていた。
「バカ息子って、もしかしてラディッツ?」
「ご名答。ほら、来たぜ」
オレが返事をしたのとほぼ同時に、ラディッツがオレ達の目前に降り立つ。
「ドラゴンボール集めはやりたくなかったんじゃねえのか、ラディッツ……」
自分でも倅を見る目が、鋭くなるのが分かった。
ヤツは落ち着かねえ様子で、何かを言おうとしている。
「黙ってねえで、何とか言え」
ようやく意を決したのか、ラディッツは真正面からオレを見据えてくる。
「実は、親父に言うことがある」
ヤツは何かを隠しているようだった。それを喋る気になったってことか。
「何だ、さっさと言え」
「……親父は、ベジータ王子を知ってるよな?」
ベジータ王子――サイヤ人でその名を知らない者はいねえ。亡きベジータ王の忘れ形見。
確かフリーザにえらく気に入られて、ヤツの星に招かれたか何だったか……とにかく覚えているのは名前と顔ぐらいで、王子に関しての記憶は殆どねえに等しい。
「当然だろ。で、その王子様が一体何だってんだ?」
「実は……オレは今、王子と側近のナッパとフリーザの元で働いているんだ」
「な、何だと……?」
信じられん事実に、オレは驚愕する。
「仕方なかったんだ! 自分の命を守る為には、それしか生き残れる方法がなかったんだよ!」
フリーザが生きていると確定したが……情けねえ。まさか未だに愚息があんな化け物の部下をやってるなんざ、思ってもみなかったぜ。
「親父?」
「話はそれだけか? そんなくだらん話の為だけに邪魔しに来たんなら――」
オレはイラついた口調で言いかけた。
「あ、いや……その王子とナッパに昨日のドラゴンボールの話を、ついうっかりスカウターの通信で傍受されちまったらしくて……二人がドラゴンボール目当てで地球に向かってるらしい……」
「何っ!?」
頭に血が上り、ラディッツに掴み掛かった。
「バカ野郎っ! 何でそれをもっと早く言わねえんだっ!?」
「ぐうっ……言い出せなかったんだ。ヤツらにこき使われてるなんて、情けなくて……どうしても親父には知られたくなかった」
「この、くそったれがっ!」
「があっ!」
ラディッツの肩を掴む掌に力が籠り、ヤツの戦闘服のショルダー部分が派手な音を立てて破損する。
「バーダック、落ち着いて!」
名無しさんの叫び声で我に返ると、ラディッツは酸欠状態で苦しげに喘いでいる。無意識に首を絞めていたようだ。
「……てめえは本当にバカ息子だな!」
「ぐあっ!」
地面に向け力任せに叩きつけると、ダメージを受けたラディッツは激しく咳き込んだ。
やがて、俯せになっていた倅が弱々しく顔を上げる。
「本当に、悪かった……親父、どうか許してくれ」
「バーダック……」
懸念に満ちた眼差しを向けてくる名無しさんに、オレは「安心しろ」と頭を撫でてやると、幾分表情を和らげた。
オレは名無しさんから手を離し、舌打ちする。
それにしても迂闊だったな。オレとしたことが、ラディッツがつけているスカウターに、通信機能があるのを忘れていた。これはオレの落ち度でもある。愚息だけのせいには出来ねえか。
オレは冷静になり、ラディッツを見やる。
「おい、ベジータ達はいつ頃、地球に到着する予定だ?」
「あ、ああ……大体一年後、いや、恐らくそれより早く到着するかもしれん」
「そうか。名無しさん、一度カプセルハウスに戻るぜ」
「う、うん」
オレは踵を返して、カプセルハウスに戻ろうとした。
「親父、オレはどうしたらいいんだ?」
「……お前は、ピッコロを呼んで来い。多少は戦力になるだろうからな。それと、スカウターはもう使うなよ。これ以上、ヤツらに余計な情報をくれてやるこたねえからな」
肩越しに答えてやると、倅は頷き、空の彼方へ飛び去った。
「ったく、アイツは問題を引き起こすのだけは天下一品だぜ」
「バーダック、それ使い方違うんじゃない?」
「厭味だ」
「何よ、それ……」
並んで歩きながら、名無しさんがオレを振り仰いだ。
「でも、ホントに大丈夫なの?」
その目は、不安げに揺れている。
「ベジータ共の件か?」
「ドラゴンボール目当てで地球に来るなんて……」
「ナッパは大したことねえだろうが、ベジータの戦闘力は相当なもんだろう。かと言って、まだ負けると決まったわけじゃねえ」
オレが答えると、急に立ち止まる名無しさん。
「ホント?」
「ああ、オレは幾人もの強敵と対決し、激闘を繰り広げたこともあるからな。お蔭で今のオレは、昔の戦闘力より大幅に上がっている」
名無しさんに視線を向け、白肌の柔らかい頬に触れて言葉を紡いだ。
「だから、お前は何も心配するな」
オレが安心させるように出来るだけ落ち着いた口調で告げれば、名無しさんはぎこちない笑顔で頷いた。
恐らく名無しさんの胸中は、言い知れねえ不安が渦巻いているんだろう。無理もねえか。
だが、今は目前の問題を真っ向から受け止めるしか頭になかった。
カプセルハウスに帰ってから約30分後、ラディッツがピッコロを引き連れて来た。
「よく来てくれたな、ピッコロ」
「ラディッツから大体の事情は聞いた。で、どうするつもりだ?」
単刀直入に聞いてきたな。
「ああ。オレは今、カカロットを鍛えてやってんだが、ラディッツも修業に加えようと考えている」
「はあ!? オレもか!?」
「……何か文句でもあんのか?」
オレはドスを利かせる。
「ぐっ……」
ラディッツが口を噤んだところで、ピッコロに視線を戻して話を続ける。
「そこで、ピッコロ。お前も力を貸す気はねえか?」
ピッコロのヤツ、目つきが変わったな。オレの表情から真意を読み取ろうとしているのか?
「返事をする前に、聞いておきたいことがある」
「何だ?」
「本当は貴様、ベジータとナッパって野郎に独りで勝てる程の実力なんじゃないのか?」
なかなか鋭い所を突いてきやがる。侮れんヤツだ。
「そうだな……当たらずといえども遠からずって所か。勝負ってのは時の運だからな。実際に闘ってみなけりゃ分からねえよ」
そう答えてやれば、ピッコロの口元に笑みが浮かんだ。それは好意的というより、皮肉の色が濃い。
「それならば、オレは断る。サイヤ人同士の問題は、サイヤ人だけで決着をつけるのが道理だろう」
オレは微かに笑った。ピッコロならそう答えるだろうと、何となく予想していたからだ。
ただどっちに転がろうが、オレらの存在を知るヤツには、事情を伝えるのが礼儀だろうと考えての判断だ。
「そりゃそうだな」
確かにピッコロの言うことは、至極真っ当な意見だ。もしオレが勝てる見込みがねえと答えれば、ヤツは参戦しようとしたかもしれん。
しかし、オレに少なからず勝算があると見抜いたピッコロは、やはり同意しなかった。
と言っても、対峙しなけりゃベジータの実力は分からんが……。
「話は終わったな。オレ様はこれで失礼するぜ」
「わざわざ来てもらって悪かったな、ピッコロ」
踵を返して立ち去ろうとするピッコロに声をかけると、ヤツは片手を上げて応え、カプセルハウスを後にした。
「親父、本当にベジータ達に勝てるのか?」
「オレ達で己の限界を超える修業を積めば、こっちにも充分勝算はある。要はお前ら次第だ」
オレは倅共を見据えて答える。
幾らオレ達が最下級戦士とはいえ、ヤツらより格下なんざ正直考えたくもねえがな。
「オラはやってやるぞ! 自分より遥かに強ぇヤツと闘ぇるなんて久々だかんな!」
表情が暗いラディッツとは対照的に、カカロットの目は生き生きと輝いている。
「その意気だ、カカロット。ラディッツも兄貴なんだからよ、弟に負けんじゃねえぞ」
「あっ、ああ」
返事だけはいっちょまえだが、問題はヘタレな性格だな。
強者に媚びへつらい、弱者には傍若無人な態度を取るってのが気に入らねえ。ラディッツには、カカロット共々厳しい特訓を強いてやるか。
ふと、アイツの姿がリビングに見当たらねえことに気づいた。
「カカロット、名無しさんがどこにいるか知ってるか?」
「名無しさんなら、ついさっきちょっと休みてえとか言って、寝室に籠ってんぞ」
「そうか、これまでの疲れが出たのかもしれんな」
ドラゴンボールを五つ集めたところで、思わぬ事態からカカロットを特訓してやることになり、挙げ句の果てにはベジータ共が約一年後、地球に襲来すると判明した。最悪にもドラゴンボールを目当てにしてだ。
「ちょっと様子見に行って来るぜ」
名無しさんのヤツ、目まぐるしい展開を前に、精神的に参ってねえといいが……。
寝室のドアをノックすると、室内からすぐに返事がした。起きているようだが、何となく名無しさんの声が弱々しく聞こえる。
「名無しさん、オレだ。中に入ってもいいか?」
しばらく沈黙が続いたが「どーぞ」と言う声に、寝室のドアを開けて中に足を踏み入れる。
ドアを閉めて、室内を見渡した。窓越しに見える夕日が暮れかけていたせいもあったが、電気が点いてねえ部屋の中は思いの外、視界が悪かった。
肝心の名無しさんは、窓際にあるベッドの上に座り、身体を丸めていた。
「どうした。色々ありすぎて疲れたか?」
名無しさんからの返答はなかった。
オレは僅かに距離を置いて、ベッドに腰を下ろす。
「お前には、悪いことをしたと思っている。ドラゴンボール集めに協力すると言いながら、カカロットの修業することになっちまったしな」
名無しさんは膝に埋めていた顔を上げて、緩慢に首を振る。
「それは気にしてないよ。元は私が言い出したことだし、バーダックだって私の為に凄いアイデア出してくれたじゃない。だから、おあいこだよ」
凄いアイデア――神龍への願いか。
『名無しさんが元の世界から消えた日に帰してくれと願えば、この世界に何日滞在してても、向こうで消えたことにはならねぇんじゃねえか?』
「あれは名無しさんが、カカロットに対して誠意を見せたからだ。一日も早くカカロットを強くしてやって欲しいってな。アイツの親として嬉しかったぜ。だから、オレもお前の為になることをしたかっただけだ」
オレがそう言うと、再び首を振る名無しさん。
「違う。あれは咄嗟に口から出ただけで、やっぱり後回しにしてもらおうと思った時、バーダックがああいう風に言ってくれたから。本心から言ったわけじゃないの……」
喋るにつれ、語尾が小さくなっていく。
「なら聞くが、それを言ったことで名無しさんは後悔してるのか?」
「後悔はしてないよ。悟空も喜んでくれたし、結果的には言ってよかったって思ってる」
オレの口元に笑みが浮かぶ。
あの時、名無しさんが提案したことを後悔しちゃいねえ、それだけ分かれば充分だ。
「名無しさん。ベジータ共が地球に来る前に、なるべく早く自分の世界へ帰れ。残りのドラゴンボール集めも協力してやるからよ」
未来を見通せば、オレ達サイヤ人の問題にコイツを巻き込むわけにはいかねえ。もう私情を挟んでる場合じゃねえんだ。
名無しさんがいるべき場所はここじゃなく、元の世界だ。コイツの幸せを想うなら、やはり帰してやるのがベストだろう。正直、身を切られるような思いだが……。
「そんな、何で急に……」
即同意するだろうと思っていた名無しさんの表情が、何故か強張っていた。
「今さらそんな勝手なこと言わないでよ。こっちは、ずっと悩んでるのに……」
ポツリと呟く名無しさんの言葉が、オレにはすぐ理解出来なかった。
「何を悩む必要がある? お前はあんなに自分の世界に帰りたがってたじゃねえか。絶対に元の世界に帰って、いつもの生活を取り戻すんだろ?」
はっきり言って、オレの頭ん中は混乱していた。何故今になって、名無しさんがこんなことを言い出すのかと。
「とにかく、少し休め。色々ありすぎて、頭の中が混乱してるだけだろうしよ」
どっちかといえば、それはオレの方だが。
「……」
当の名無しさんは無言だ。これじゃ、埒が明かねえな。
「じゃあ、オレは行くからな」
オレが立ち上がろうとした時、片腕を名無しさんの手に掴まれた。
「待って、バーダック。まだもう少し、ここにいて?」
すがりつくような名無しさんの瞳に、吸い込まれそうになる。
一体、オレの目前で何が起こってるんだ?
まるで、夢と現実の狭間にいるような気分だった。
午前中はカカロットを徹底的に特訓し、昼間になるとカプセルハウスに戻った。
「あ、お帰り……ええ!?」
出迎えるなり、目を丸くした名無しさんが喚いた。
「いきなりでかい声出すな」
「だって! 悟空の格好が!」
オレの背後に立つカカロットの姿は、道着があちこち破れ、全身傷だらけだ。
「短時間で密度の濃い修業をしてやったからな。こうなるのは当然だ」
「へへ……父ちゃんは容赦ねえんだもんなあ。今までの修業で一番辛ぇぞ」
「初っ端から、あの程度で弱音を吐くな」
肩越しに苦言を呈すると、倅は肩を竦めた。
「分かってるって。オラが望んだことだもんな。何たって、やり甲斐もあっしよ!」
「とにかく、悟空の傷の手当てしようよ。それから、お昼に――」
「待て、名無しさん。今日はまだ修業を続ける予定だからな。手当てするなら、夜にしてやれ」
オレの台詞を聞いた名無しさんは唖然としていたが、「でもっ、そんな怪我じゃ悟空が可哀相だよ! 今すぐ手当てしなくちゃ!」と、せきを切ったように喋り出した。
「オラはでえじょうぶだって。この程度、何ともねえよ!」
カカロットは屈伸運動して、名無しさんに笑って見せる。
「本人もこう言ってんだ。平気だろ。それより、早いところ飯にしてくれ。カカロットも腹減ってんだろ?」
「ああ、オラもう腹ペコで死にそうだあ……」
腹ペコで死ぬって、さっきまでの元気は何だったんだ。
「そ、そう……分かった。すぐお昼の用意するね」
不安げにカカロットを見つめていた名無しさんだが、複雑な面でキッチンに向かった。
それほど心配するような怪我じゃねえが、この感覚の違いはサイヤ人と地球人の差か。
昼飯を食った後。
「父ちゃん達、散歩するんだよな? オラは昼寝してっから、ゆっくり楽しんで来いよ」
カカロットがソファーに身を沈めたまま言った。
「ああ、そうさせてもらうぜ。行くぞ、名無しさん」
名無しさんはしばらくカカロットを眺めていたが、オレが呼びかけると急いでついて来る。
カプセルハウスから出てしばらく歩いた所で、オレは名無しさんに振り返った。
「そんなにカカロットが心配なのか?」
「えっ、まあね……」
オレの問いかけに一瞬言葉を詰まらせ、視線を逸らす名無しさん。
「悟空があんなにボロボロなのに、ソファーが汚れないかと思ってさ……」
心底不安げな目で訴えてくる。
コイツは、何を言い出すのかと思えば……。
「くっ……はははっ!」
いきなり笑い出したオレを見た名無しさんは、満月みてえに目を丸くしてやがる。
「なっ、何で笑うの!?」
「いや、くくくっ……オレはてっきり、名無しさんがカカロットの身を案じてんのかと思ったからよ。まさか、ソファーを気にしてるとは予想外だったぜ」
「えっ、あ、それももちろんだけど! ブルマさんからの借り物だから、汚したら大変かと思ったの!」
耳まで紅潮して慌てる名無しさんの腰を軽く抱き寄せ、「お前は優しいんだな」と耳元で囁いてやる。
「べ、別に普通だしっ! そんなことより早く離してよ!」
さらに朱に染めて、オレを上目遣いで睨む名無しさん。
オレは余裕の笑みを浮かべる。
「そんな面で睨まれても、全然迫力ねえよ。むしろ、オレを喜ばせるだけだぜ?」
普段より幾分低いトーンのオレに反応し、名無しさんは僅かにビクついた。
「お前はそれを知ってて、わざとやってんじゃねえのか? 本当はオレに興味を持ち始めている。オレのことが、もっと知りたいって面してるぜ」
オレを睨み続ける名無しさんを目にして、自然と笑みが深くなる。
「図星だろ?」
「違っ……」
「違わねえよ。名無しさんの心がオレを求めてるのが、手に取るように分かるぜ。お前の彼氏じゃなく、このオレをな」
名無しさんの面を覗き込んで、眉間に唇を落とす……抵抗はなかった。
「そうじゃねえなら、オレの手からとっくに逃げてんだろ」
その台詞を肯定するように、華奢な体躯が震える。
「……名無しさん、もっと自分に素直になれよ」
駄目押しのごとく、名無しさんの耳孔に息を吹き込むように囁いた。
オレの掌から、コイツの身体が強張るのが伝わってくる。
「私は……」
「!?」
名無しさんが何かを言いかけた時、何者かがこっちへ近づいて来る気配がした。
この気は、ラディッツか!
昨日あんなにドラゴンボール集めを拒んでた野郎が、今頃何の用だ?
オレは軽く舌打ちをした。
「……何にしても、いいところで邪魔しに来やがって」
「えっ、急にどうしたの?」
「散歩はまた今度だ、名無しさん。何の用か知らんが、バカ息子がこっちに向かって来てやがる」
振り仰げば、ヤツはすぐ近くまで来ていた。
「バカ息子って、もしかしてラディッツ?」
「ご名答。ほら、来たぜ」
オレが返事をしたのとほぼ同時に、ラディッツがオレ達の目前に降り立つ。
「ドラゴンボール集めはやりたくなかったんじゃねえのか、ラディッツ……」
自分でも倅を見る目が、鋭くなるのが分かった。
ヤツは落ち着かねえ様子で、何かを言おうとしている。
「黙ってねえで、何とか言え」
ようやく意を決したのか、ラディッツは真正面からオレを見据えてくる。
「実は、親父に言うことがある」
ヤツは何かを隠しているようだった。それを喋る気になったってことか。
「何だ、さっさと言え」
「……親父は、ベジータ王子を知ってるよな?」
ベジータ王子――サイヤ人でその名を知らない者はいねえ。亡きベジータ王の忘れ形見。
確かフリーザにえらく気に入られて、ヤツの星に招かれたか何だったか……とにかく覚えているのは名前と顔ぐらいで、王子に関しての記憶は殆どねえに等しい。
「当然だろ。で、その王子様が一体何だってんだ?」
「実は……オレは今、王子と側近のナッパとフリーザの元で働いているんだ」
「な、何だと……?」
信じられん事実に、オレは驚愕する。
「仕方なかったんだ! 自分の命を守る為には、それしか生き残れる方法がなかったんだよ!」
フリーザが生きていると確定したが……情けねえ。まさか未だに愚息があんな化け物の部下をやってるなんざ、思ってもみなかったぜ。
「親父?」
「話はそれだけか? そんなくだらん話の為だけに邪魔しに来たんなら――」
オレはイラついた口調で言いかけた。
「あ、いや……その王子とナッパに昨日のドラゴンボールの話を、ついうっかりスカウターの通信で傍受されちまったらしくて……二人がドラゴンボール目当てで地球に向かってるらしい……」
「何っ!?」
頭に血が上り、ラディッツに掴み掛かった。
「バカ野郎っ! 何でそれをもっと早く言わねえんだっ!?」
「ぐうっ……言い出せなかったんだ。ヤツらにこき使われてるなんて、情けなくて……どうしても親父には知られたくなかった」
「この、くそったれがっ!」
「があっ!」
ラディッツの肩を掴む掌に力が籠り、ヤツの戦闘服のショルダー部分が派手な音を立てて破損する。
「バーダック、落ち着いて!」
名無しさんの叫び声で我に返ると、ラディッツは酸欠状態で苦しげに喘いでいる。無意識に首を絞めていたようだ。
「……てめえは本当にバカ息子だな!」
「ぐあっ!」
地面に向け力任せに叩きつけると、ダメージを受けたラディッツは激しく咳き込んだ。
やがて、俯せになっていた倅が弱々しく顔を上げる。
「本当に、悪かった……親父、どうか許してくれ」
「バーダック……」
懸念に満ちた眼差しを向けてくる名無しさんに、オレは「安心しろ」と頭を撫でてやると、幾分表情を和らげた。
オレは名無しさんから手を離し、舌打ちする。
それにしても迂闊だったな。オレとしたことが、ラディッツがつけているスカウターに、通信機能があるのを忘れていた。これはオレの落ち度でもある。愚息だけのせいには出来ねえか。
オレは冷静になり、ラディッツを見やる。
「おい、ベジータ達はいつ頃、地球に到着する予定だ?」
「あ、ああ……大体一年後、いや、恐らくそれより早く到着するかもしれん」
「そうか。名無しさん、一度カプセルハウスに戻るぜ」
「う、うん」
オレは踵を返して、カプセルハウスに戻ろうとした。
「親父、オレはどうしたらいいんだ?」
「……お前は、ピッコロを呼んで来い。多少は戦力になるだろうからな。それと、スカウターはもう使うなよ。これ以上、ヤツらに余計な情報をくれてやるこたねえからな」
肩越しに答えてやると、倅は頷き、空の彼方へ飛び去った。
「ったく、アイツは問題を引き起こすのだけは天下一品だぜ」
「バーダック、それ使い方違うんじゃない?」
「厭味だ」
「何よ、それ……」
並んで歩きながら、名無しさんがオレを振り仰いだ。
「でも、ホントに大丈夫なの?」
その目は、不安げに揺れている。
「ベジータ共の件か?」
「ドラゴンボール目当てで地球に来るなんて……」
「ナッパは大したことねえだろうが、ベジータの戦闘力は相当なもんだろう。かと言って、まだ負けると決まったわけじゃねえ」
オレが答えると、急に立ち止まる名無しさん。
「ホント?」
「ああ、オレは幾人もの強敵と対決し、激闘を繰り広げたこともあるからな。お蔭で今のオレは、昔の戦闘力より大幅に上がっている」
名無しさんに視線を向け、白肌の柔らかい頬に触れて言葉を紡いだ。
「だから、お前は何も心配するな」
オレが安心させるように出来るだけ落ち着いた口調で告げれば、名無しさんはぎこちない笑顔で頷いた。
恐らく名無しさんの胸中は、言い知れねえ不安が渦巻いているんだろう。無理もねえか。
だが、今は目前の問題を真っ向から受け止めるしか頭になかった。
カプセルハウスに帰ってから約30分後、ラディッツがピッコロを引き連れて来た。
「よく来てくれたな、ピッコロ」
「ラディッツから大体の事情は聞いた。で、どうするつもりだ?」
単刀直入に聞いてきたな。
「ああ。オレは今、カカロットを鍛えてやってんだが、ラディッツも修業に加えようと考えている」
「はあ!? オレもか!?」
「……何か文句でもあんのか?」
オレはドスを利かせる。
「ぐっ……」
ラディッツが口を噤んだところで、ピッコロに視線を戻して話を続ける。
「そこで、ピッコロ。お前も力を貸す気はねえか?」
ピッコロのヤツ、目つきが変わったな。オレの表情から真意を読み取ろうとしているのか?
「返事をする前に、聞いておきたいことがある」
「何だ?」
「本当は貴様、ベジータとナッパって野郎に独りで勝てる程の実力なんじゃないのか?」
なかなか鋭い所を突いてきやがる。侮れんヤツだ。
「そうだな……当たらずといえども遠からずって所か。勝負ってのは時の運だからな。実際に闘ってみなけりゃ分からねえよ」
そう答えてやれば、ピッコロの口元に笑みが浮かんだ。それは好意的というより、皮肉の色が濃い。
「それならば、オレは断る。サイヤ人同士の問題は、サイヤ人だけで決着をつけるのが道理だろう」
オレは微かに笑った。ピッコロならそう答えるだろうと、何となく予想していたからだ。
ただどっちに転がろうが、オレらの存在を知るヤツには、事情を伝えるのが礼儀だろうと考えての判断だ。
「そりゃそうだな」
確かにピッコロの言うことは、至極真っ当な意見だ。もしオレが勝てる見込みがねえと答えれば、ヤツは参戦しようとしたかもしれん。
しかし、オレに少なからず勝算があると見抜いたピッコロは、やはり同意しなかった。
と言っても、対峙しなけりゃベジータの実力は分からんが……。
「話は終わったな。オレ様はこれで失礼するぜ」
「わざわざ来てもらって悪かったな、ピッコロ」
踵を返して立ち去ろうとするピッコロに声をかけると、ヤツは片手を上げて応え、カプセルハウスを後にした。
「親父、本当にベジータ達に勝てるのか?」
「オレ達で己の限界を超える修業を積めば、こっちにも充分勝算はある。要はお前ら次第だ」
オレは倅共を見据えて答える。
幾らオレ達が最下級戦士とはいえ、ヤツらより格下なんざ正直考えたくもねえがな。
「オラはやってやるぞ! 自分より遥かに強ぇヤツと闘ぇるなんて久々だかんな!」
表情が暗いラディッツとは対照的に、カカロットの目は生き生きと輝いている。
「その意気だ、カカロット。ラディッツも兄貴なんだからよ、弟に負けんじゃねえぞ」
「あっ、ああ」
返事だけはいっちょまえだが、問題はヘタレな性格だな。
強者に媚びへつらい、弱者には傍若無人な態度を取るってのが気に入らねえ。ラディッツには、カカロット共々厳しい特訓を強いてやるか。
ふと、アイツの姿がリビングに見当たらねえことに気づいた。
「カカロット、名無しさんがどこにいるか知ってるか?」
「名無しさんなら、ついさっきちょっと休みてえとか言って、寝室に籠ってんぞ」
「そうか、これまでの疲れが出たのかもしれんな」
ドラゴンボールを五つ集めたところで、思わぬ事態からカカロットを特訓してやることになり、挙げ句の果てにはベジータ共が約一年後、地球に襲来すると判明した。最悪にもドラゴンボールを目当てにしてだ。
「ちょっと様子見に行って来るぜ」
名無しさんのヤツ、目まぐるしい展開を前に、精神的に参ってねえといいが……。
寝室のドアをノックすると、室内からすぐに返事がした。起きているようだが、何となく名無しさんの声が弱々しく聞こえる。
「名無しさん、オレだ。中に入ってもいいか?」
しばらく沈黙が続いたが「どーぞ」と言う声に、寝室のドアを開けて中に足を踏み入れる。
ドアを閉めて、室内を見渡した。窓越しに見える夕日が暮れかけていたせいもあったが、電気が点いてねえ部屋の中は思いの外、視界が悪かった。
肝心の名無しさんは、窓際にあるベッドの上に座り、身体を丸めていた。
「どうした。色々ありすぎて疲れたか?」
名無しさんからの返答はなかった。
オレは僅かに距離を置いて、ベッドに腰を下ろす。
「お前には、悪いことをしたと思っている。ドラゴンボール集めに協力すると言いながら、カカロットの修業することになっちまったしな」
名無しさんは膝に埋めていた顔を上げて、緩慢に首を振る。
「それは気にしてないよ。元は私が言い出したことだし、バーダックだって私の為に凄いアイデア出してくれたじゃない。だから、おあいこだよ」
凄いアイデア――神龍への願いか。
『名無しさんが元の世界から消えた日に帰してくれと願えば、この世界に何日滞在してても、向こうで消えたことにはならねぇんじゃねえか?』
「あれは名無しさんが、カカロットに対して誠意を見せたからだ。一日も早くカカロットを強くしてやって欲しいってな。アイツの親として嬉しかったぜ。だから、オレもお前の為になることをしたかっただけだ」
オレがそう言うと、再び首を振る名無しさん。
「違う。あれは咄嗟に口から出ただけで、やっぱり後回しにしてもらおうと思った時、バーダックがああいう風に言ってくれたから。本心から言ったわけじゃないの……」
喋るにつれ、語尾が小さくなっていく。
「なら聞くが、それを言ったことで名無しさんは後悔してるのか?」
「後悔はしてないよ。悟空も喜んでくれたし、結果的には言ってよかったって思ってる」
オレの口元に笑みが浮かぶ。
あの時、名無しさんが提案したことを後悔しちゃいねえ、それだけ分かれば充分だ。
「名無しさん。ベジータ共が地球に来る前に、なるべく早く自分の世界へ帰れ。残りのドラゴンボール集めも協力してやるからよ」
未来を見通せば、オレ達サイヤ人の問題にコイツを巻き込むわけにはいかねえ。もう私情を挟んでる場合じゃねえんだ。
名無しさんがいるべき場所はここじゃなく、元の世界だ。コイツの幸せを想うなら、やはり帰してやるのがベストだろう。正直、身を切られるような思いだが……。
「そんな、何で急に……」
即同意するだろうと思っていた名無しさんの表情が、何故か強張っていた。
「今さらそんな勝手なこと言わないでよ。こっちは、ずっと悩んでるのに……」
ポツリと呟く名無しさんの言葉が、オレにはすぐ理解出来なかった。
「何を悩む必要がある? お前はあんなに自分の世界に帰りたがってたじゃねえか。絶対に元の世界に帰って、いつもの生活を取り戻すんだろ?」
はっきり言って、オレの頭ん中は混乱していた。何故今になって、名無しさんがこんなことを言い出すのかと。
「とにかく、少し休め。色々ありすぎて、頭の中が混乱してるだけだろうしよ」
どっちかといえば、それはオレの方だが。
「……」
当の名無しさんは無言だ。これじゃ、埒が明かねえな。
「じゃあ、オレは行くからな」
オレが立ち上がろうとした時、片腕を名無しさんの手に掴まれた。
「待って、バーダック。まだもう少し、ここにいて?」
すがりつくような名無しさんの瞳に、吸い込まれそうになる。
一体、オレの目前で何が起こってるんだ?
まるで、夢と現実の狭間にいるような気分だった。