Changes-２人の変化-

【朝寝】

　これは事件が起こる前の出来事。
　ある朝、その時は突如として訪れた。
　何かが焦げているような、不快な臭いで起こされる。

「クッサ！　何この臭い！」

　私は慌てて起床すると、身支度を整えて、リビングに向かう。

「ちょっとバーダック！」

「あ？」

　ちょうどキッチンに立っていたバーダックがのんびり振り向いた。

「あ？　じゃないわよ！　この異臭は一体何のつもり!?」

「何って飯の用意に決まってんだろうが。今魚焼いてんだよ」

　魚焼きグリルの上で真っ黒焦げの物体を裏返しにしながら、この男は宣う。

「それのどこが魚よ！　真っ黒じゃないの！」

「んだよ、るせえな。人がやることにいちいち文句言うなよ」

「言うに決まってるでしょ！　もう良いから、朝食は私に任せてよね！」

　私はバーダックに歩み寄ると、彼を退かし、換気扇を強にした。

「てめえ……人がせっかく」

「せっかくですって？　魚を台無しにして言う台詞じゃないでしょうが！」

「ったく、分かった分かった。朝っぱらから耳元でぎゃあぎゃあ喚くな。耳障りだ」

「何ですって？　大体バーダックが……んん！」

　反論しようとすると、大きな掌に口を塞がれてしまう。

「これ以上騒ぐと、キスするぜ？　それも濃厚なヤツをな」

　物騒な笑みを湛えて囁く様は、最早悪魔にしか見えない。

「っ……」

「分かったな？」

　かなり卑怯だけど、従わざるを得ない。
　私はこくこくと首を縦に振る。
　すると、彼はやっと私を解放してくれた。

「ハァ……アンタって、ホントに性悪よね」

「誉め言葉だな」

「どこがよ」

「じゃあ、朝飯はお前に任せてオレは倅共と修業してくるぜ」

　バーダックは飄々と言って退け、ハウスを出ていった。

「変なヤツ……」

　私は気を取り直して、魚らしき物体を始末してから、朝ご飯を作り始める。
　グリーンサラダや目玉焼きを焼きながら、ふと思う。

「あ、もしかして……」

　よくよく考えてみれば、いつもより朝寝坊だったかもしれない。
　そうなると、バーダックは私の代わりに朝食を作ってくれていたのかもしれない。
　そう思ったら、温かく満たされたような気持ちになる。

「不器用なだけか……ふふ、アイツらしいなあ」

　分かりにくい優しさだけど、バーダックなりに私のことを考えてくれてるんだな。
　男らしい彼だけど、結果はどうあれ、バーダックの思いやりを嬉しく思う。

「ありがとう、バーダック」

　私は彼に感謝しつつ、一度フライパンを洗ってから、冷蔵庫から飛びっきりの厚切りベーコンを取り出し、張り切って焼き始める。
　今日の朝ご飯はデザートもつけよう。お手製のジャムにヨーグルトのオマケつき。バーダックには特別に大盛りでね。
　朝から気分が良い私は鼻歌を口ずさみながら、テーブルに朝食を並べ、皆の帰宅を待つ。

　彼らが食卓についた頃には、朝からわいわいお喋りしながら楽しいひとときを過ごす。

　後から、バーダックに改めて謝罪とお礼を述べると、「何のことだ？」と惚けていたけど、私はそれでも彼らしいなと思うだけ。
　ぶっきらぼうだけど、男らしい優しさを持つ彼に感謝の思いでいっぱいの、爽やかな朝のヒトコマだった。