★バーダックLong Dream【Changes-ふたりの変化-】
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お風呂から出てさっぱりした後、私は夕食作りに取り掛かっていた。
「わ、びっしり!」
冷蔵庫を開けて見ると、それこそいろんな食材や飲み物、調味料が隙間なくぎっしりと詰まっている。
「随分と用意がいいのね、ブルマさん」
「名無しさん、どうしたんだ?」
お風呂待ちでテレビを観ていた悟空が私の声を聞き付けたらしく、傍に寄って来た。
「悟空。冷蔵庫の中、満杯だね。何でも入ってるから驚いちゃった」
絶対驚くと思ってたのに、悟空の反応は至って冷静で。
「ん~そうかあ? オラ一人でも足りねえくらいだぞ」
とんでもないことを言い出す悟空に驚き入る。
「ええっ!? この食材ハンパないよっ?」
「いや、全然足りねえって。けど、文句言ってもしょうがねえし、もっと食いたくなったら山で狩りでもすっかな」
呆気にとられる私に構わず、悟空はお腹を摩りながらソファーに戻っていった。
「……サイヤ人の男って、いろんな意味で怖いわ。まるで欲望の固まりじゃん」
ふとバーダックの意地悪そうな笑顔が思い浮かぶ。それを、慌てて振り払った。
当人がお風呂に入ってくれてて、ホントによかった。そうじゃなきゃ、何かと絡まれそうだし……。
「因みに悟空の奥さんって、いつもどれくらいの量のご飯作ってくれんの?」
「チチか?」
ソファーに戻った悟空が、私の方を向いて満面の笑みを浮かべる。
「そうだなあ、テーブルに並べ切れねえくれえの大皿に、テンコ盛りの飯が乗っかってんぞ。チチの飯は何でもうめえんだ!」
うわ、想像しただけでお腹いっぱいになってきた……悟空の奥さん、毎日ご苦労様。
「あれ? ってことは、バーダックとラディッツも大食漢ってこと!?」
昨日は二人がご飯を食べてる姿なんて、特に気にしてなかったもんなあ。
「分かんねえ。オラ、あの二人とは昨日初めて会ったばっかだからよ」
「あ、そうなんだ」
一体どういう関係よ……。
「何でもよ、オラが赤ん坊の頃、惑星ベジータから地球に飛ばされたらしいぜ。そんで、悟飯じいちゃんがオラを拾って育ててくれたんだ」
悟空の瞳がとても優しくて、どれだけおじいさんを大好きだったのかが伝わってくる。
「けどよ、じいちゃんは化けモンに殺されちまって、もうこの世にはいねぇんだ。じいちゃんが死んでから、何回か逢ってんだけどな」
「そ、そうなんだ」
死人にどうやって逢うのよ……。
「その悟飯じいさんってのが、お前の育ての親なのか」
声のした方を向くと、お風呂上がりのバーダックが浴室の前に立っていた。
「ひっ!?」
それもパンイチで。
その格好を目にした私の絶叫が、家中に響き渡る瞬間だった。
――数分後。
「おい、いつまでむくれてんだよ?」
寝室のクローゼットに収納されていた男物の寝間着に着替えたバーダックが、ぬけぬけと話しかけてきた。
「煩い、ほっといて」
バーダックの顔も見たくなくて、ひたすら調理に集中する。
今、悟空がお風呂に入っているから、リビングには尚更気まずい雰囲気が漂っていた。
「真っ裸だったわけじゃねえのに、あれぐらいで悲鳴上げやがって大袈裟なんだよ。彼氏ので見慣れてんじゃねえのか?」
バーダックの発言で、思わず彼氏の姿を想像してしまった。途端、頬が熱くなる。
「バ、バカ言わないでよ……彼とアンタを一緒にしないで!」
深呼吸して、何とか野菜を切ろうとするけど、手が震えて上手く切れない。
焦りすぎだぞ、私――!
とにかく落ち着かなきゃ……。
何とか冷静になって、野菜を切ろうとした時だった。
「……名無しさん」
ふと至近距離からバーダックの少し掠れた声が届いて、私と同じシャンプーの匂いと温もりに包まれた。
「!?」
抵抗しなきゃいけないって分かってるのに、私は呆然としてされるがままだった。
いつものバーダックと違うのは分かるけど……昨日部屋に来た時とも、どこか違うような気がして、どうしてもこの腕を振り払えない。
「名無しさん」
もう一度名前を呼ばれて、私の身体を抱き締める腕に力が込められる。ちょっと息苦しいかも……。
「お前がこの世界からいなくなるなんざ……想像したくねえ」
私の耳朶に唇を寄せて囁く声は憂いを帯びていて、突然起こったアクシデントにただ困惑するしかなかった。
ホントにいつもの俺様はどこにいったの!?
「ねえ、バーダック! ほら、悟空に聞こえちゃうから――」
とにかく落ち着いてもらおうと声をかけた瞬間。
「分かってるんだ。お前には他に男がいるってことも、オレがお前の心に入る隙間がねえってことも。だから、何度も諦めようとした……けど、どうやっても諦めきれねえんだよ!」
心の奥底から叫んでるような悲痛な声だった。だからバーダックの腕を払えず、躊躇ってしまう。
「名無しさんがこの世界から消えちまうのは嫌なんだ。何故、オレとお前は住む世界が違う?」
不意に首筋に温かい重みを感じる。バーダックが、私の肩に顔を埋めていた。
「お前を……名無しさんを失いたくねえ」
身体がビクッと震えた。
シンプルな言葉の中に、偽りのない気持ちが込められているようで、思わず流されそうになる。
……けど、駄目だ。ここで情にほだされても、お互いの為にはならない。
「ごめん、バーダックの気持ちには応えられない。それに、私を誰かの代わりにしないで。私にもギネさんにも失礼だよ」
バーダックの身体が僅かに揺れた。
「違うっ、名無しさんは誰の代わりでもねえ! オレはお前が――」
「それ以上、聞きたくない!」
その言葉の続きを言って欲しくなくて、バーダックの声を遮った。
「お願い……これ以上、私を苦しめないで」
揺るぎない決意を感じ取って欲しくて、そう口にする。
バーダックはしばらくの間、そのままでいた。
「悪い、つい感情的になっちまったな……お前を苦しめたいわけじゃなかった」
やがて、私を抱き締めていた腕を解いた彼が、ゆっくりと離れていく。
これでいいんだ。バーダックには彼の歩む道があって、私にも自分の歩む道がある。
私は心の内で、好きになってくれてありがとうと呟いた。
その後、お風呂から上がって来た悟空を含め、三人で肉鍋を囲んでいた。
アクシデントがあったって言っても、悟空は普段と変わらない様子だから、私達の声が聞こえなかったとか?
でも、相当大声出してたし、わざと触れないでくれてるのかも。
今は悟空の優しさが、身に沁みて嬉しかった。
正面に座っているバーダックを盗み見ると、無表情でビールを呷っていた。
複雑な心境であるのは確かだけど、いつまでも引きずっていたくない。一連の出来事を吹き飛ばすように、傍らにあった烏龍茶を一気に飲み干した。
「さっきの話だけどよ」
バーダックが徐に口を開く。
……まさか、悟空に説明する気じゃないでしょうね?
「カカロットが赤ん坊の頃、お前が惑星ベジータから飛び立つ前に、オレと一度だけ会ってるんだぜ」
あ、焦った……私と悟空が喋ってた時の話か。でも、バーダックは悟空の赤ん坊の時を知ってるんだ。
当たり前か、お父さんなんだから。
「オラと父ちゃんがか? 全然覚えてねえよ」
「当然だ。お前、保育器の中で寝てたんだからな。そもそも赤ん坊の記憶なんざ、ねえだろ」
「あ、そっか。ははっ、確かに赤ん坊ん時の記憶なんか殆どねえや」
悟空はからから笑いながら、後頭部を掻いた。
「悟空が赤ちゃんの頃、可愛かった?」
「どうだろうな……まあ、そのまんま成長したって感じだな」
「そっか。ふふ、何か想像できるかも」
幼い悟空、絶対可愛かったと思うな。
「で、その時のお前の戦闘力だけどよ。聞きてえか?」
「幾つだったんだ?」
悟空が瞳をキラキラと輝かせながら尋ねた。
反対にバーダックは深々と溜め息を吐く。
「たったの2だ」
「へっ? たったの2!?」
これ以上ないぐらい、目を見張る悟空。
「心底失望した瞬間だったぜ。オレの息子はクズだってな」
「あーひっでえよ! これでも必死に修業したんだぞ!」
「今は修業してんのか?」
「うっ、正直に言っちまうと最近はちょびっと怠けてた。兄ちゃんにもてんで敵わなかったんだ」
悟空が俯くと、バーダックの瞳が厳しくなる。
「そんな調子でフリーザに挑むとかほざいてやがったのか!? ラディッツの野郎にも敵わねえのは当然だな。戦闘力の問題じゃねえ。オレは闘いに対する、お前の生温い精神が許せねえんだよ。どんな状況でも向上心がなくなったら終わりだ。この先、戦闘に関わるなら肝に銘じとけ。いいな?」
闘いのことはよく分からないけど、熱心に話をするバーダックの姿は、何にも増して輝いて見えた。彼がこんなにも熱い人だったなんて知らなかった。
……違う、知ろうとしてなかっただけ。バーダックの良さを知りもしないくせに、私ってばあんな風に拒絶して失礼だ。
「父ちゃんの言う通りだ」
悟空の目つきが変わった。夢から覚めたような、目の前の現実に向き合ったような、そんな様子に見えた。
「オラは昔、地球の命運を賭けて、ピッコロと天下一武道会で闘ったことがあんだ。あん時はヤツを倒す為に、天界で死に物狂いで修業して、何とかオラが勝った」
そこで一拍置いて、悟空は話を続ける。
「だけど、最近は自分より強ぇヤツがいねえからって、前より必死に修業しなくなっちまってさ。ピッコロにも怒られちまったし、今のまんまじゃ駄目なんだよな」
悟空が真剣な眼差しで、バーダックを見つめた。
「父ちゃん、オラを鍛えて欲しい。どんなに厳しくても、必ず堪え抜いて見せっからよ。どうか、お願いだ」
テーブルから少し距離を置いて、両膝に手をついた悟空は、バーダックに深く頭を下げた。彼がどれだけ本気なのかが、私にもひしひしと伝わってくる。
宇宙最強の戦闘民族サイヤ人。闘いに対する、どこまでも真摯な態度。ほんの少しだけ、彼らのことが理解出来たような気がした。
「本当にどんなに辛い特訓でも、音を上げねえと誓えるか?」
「もちろんだ!」
バッと顔を上げ、これ以上ないぐらい目を輝かせる悟空。
「死ぬ覚悟はあるか?」
「……あるぞ!」
悟空は一瞬躊躇ったものの、力強く返事をした。
その様子を見て、口角を上げるバーダックは何だか楽しそうに見える。
「いいだろう。思う存分扱いてやるよ。それこそ、死んだ方がマシだと思えるぐらいにな」
野獣のような獰猛な瞳。初めて彼と会った時みたいな、鋭い目つきをしている。血に餓えてるって感じだ。
「どんなに辛くても、堪え抜いて見せるさ!」
「楽しみにしてるぜ、カカロット」
こんなにギラギラした目をする人が、私を好きになってくれたんだよね。何でだろう?
それは幾ら考えてみても、全然分からなかった。
「ところで、いつから特訓してくれるんだ?」
「ああ、そうだな」
バーダックが私を見る。何故か、胸がドキッとした。
「えーと……明日からでも、いいんじゃない?」
思わず、そんな台詞が口を衝いて出る。
……って、私ってば何言っちゃってんの!?
だけど、口が勝手に動く。
「ほら、一日も早く悟空を強くしてあげて欲しいっていうか……」
これじゃ、何のためにドラゴンボール集めしてるんだか分かんないよ……。
心中で嘆くも、一度口にしたことを取り消せるわけがなかった。
「オラはありがてえけどさ。修業始めたら、ドラゴンボールを全部集めんのがいつになるか分かんねえぞ。それだと、名無しさんが困るんじゃねえんか?」
……おっしゃる通り。
恥を捨てて「やっぱり後回しにして」と言おうとした時。
「カカロットに確認するが、願いってのは本当に何でも叶うのか?」
「ああ。間違ぇなく、何でも一個だけ叶うぞ」
何やら難しい顔をして黙り込むバーダック。この様子から察するに、何かを考え込んでるみたい。
しばらく待っていると、彼は徐に口を開いた。
「名無しさんが元の世界から消えた日に帰してくれと願えば、この世界に何日滞在してても、向こうで消えたことにはならねぇんじゃねえか?」
「あーそっかそっか! さっすが父ちゃん頭いいな! その願いなら叶うかもしんねえぞ!」
ビックリ……バーダックがここまで真剣に私のことを考えてくれるなんて。とてもあんなに悲痛な声を上げていた人とは思えない。
頼もしい、と心の底から思えた。
「だとよ、名無しさん。お前、それでもいいか?」
バーダックの問いかけに、私は「もちろん!」と二つ返事で受け入れた。
それにしても、彼がこんなにも優れた人だったなんて驚きだ。ただ白黒はっきりさせるんじゃなくて、お互いがすんなり納得できる答えを導き出せるんだもの。
「二人共、ホントにすまねえ。オラに協力してくれるなんて、すっげえ嬉しいぞ!」
悟空も嬉しそうで良かった。バーダックとあんなことがあった後だけど、普通に接してくれてるのが心の救い。
不謹慎かもしれないけど、これから三人で共同生活するのも楽しみだし、しばらくこの世界にいるのもいいかなって思う。
今回の件を経て、私の中で確実にバーダックへの見方が変わり始めていた。
翌日からバーダックの指導の元、悟空の血の滲むような修業が始まった。
それはいいとしても、明け方の5時にバーダックから叩き起こされて、無情にも彼は私に向けて言い放った。
「名無しさんはオレ達の朝飯作っといてくれ。それも超特盛りで頼むぜ」
あり得ないし!
「朝ご飯作るのは構わないけどさ。何で私まで早起きしなきゃなんないのよぉ……」
バーダックに反論したら「じゃあ、お前もオレの地獄の特訓受けるか? 身体を鍛えるのは大事だぜ?」って、アンタは鬼か!
昨夜の悟空の熱意が、バーダックにも伝染したらしくて、今朝の彼はまさしく鬼神そのものだった。
そんなバーダックの言葉を拒否する術もなく。
私は涙をふるって、二人の為に朝食を作り始める。時折出る欠伸を噛み殺しながら。
それにしても、やっぱりバーダックも悟空に負けず劣らずの大食漢だった。
サイヤ人って、皆そうなのかな? そうだったら、ラディッツも大食いってことになる。
「あれ? ラディッツって今ブルマさんちにいるんだっけ?」
あの人って、いまいち掴み所がない。あんまり喋った記憶もないし、ちょっと異質な雰囲気を纏ってる気がした。近寄りがたいっていうか……。
そんなことを思いながら、出来上がったばかりのご飯をテーブルに並べていると、玄関の扉が開いた。
「帰ったぞ」
「あ~腹減った!」
「お帰りなさい。ちょうどいいタイミングで、朝ご飯出来たところだよ」
私がそう答えると、悟空が真っ先に「やったぜー! 飯飯っ!」と超特急でテーブルの前につく。
さすが、食べ物に対する執着心が並外れて強いのね……。
「無理言って悪かったな、名無しさん」
そう言いながら、バーダックもテーブルの前に座る。
「ホントだよ。こんなに早く起きたのは久しぶりだから、まだ眠いよ……」
「そんじゃ、いっただきまーす!」
悟空が自分の目前にある朝ご飯をガツガツと食べ始めた。
この人って、マイペースだなあ。美味しそうに食べてくれるから許せるけど。
「名無しさん、午後から少し散歩しねえか? 気晴らしによ」
急に、バーダックが珍しいことを言い出した。
「どういう風の吹き回し?」
「別に、この中にいるだけじゃつまんねえかと思っただけだ」
顔を覗き込むと、視線を逸らして早口で答えるバーダック。
「もしかして、私を早く起こしたのって……散歩に行く時間を作る為、だったりする?」
途端、バーダックの頬が微かに赤くなる。
「だったら悪いか!?」
そんな赤い顔で凄まれても怖くないっていうか、こんな厳つい顔立ちなのに、案外可愛いとこもあるんじゃないの。
そう思ったら、自然に笑みが零れた。
「何を笑ってやがる。行くのか行かねえのか、はっきりしやがれ……」
ドスの利いた声を出すバーダック。
「ふふっ、ごめん。是非、連れてってよ」
私がそう答えれば、彼の口元にふっと笑みが浮かんだ。
あんな風に振ったのに、まだこうやって気にかけてくれる。バーダックって大人だな。
きっと、まだまだ私の知らない表情もいっぱい持ってるんだろう。知らず知らずの内に、それを知りたいと望む気持ちが芽生え始めていた。
「わ、びっしり!」
冷蔵庫を開けて見ると、それこそいろんな食材や飲み物、調味料が隙間なくぎっしりと詰まっている。
「随分と用意がいいのね、ブルマさん」
「名無しさん、どうしたんだ?」
お風呂待ちでテレビを観ていた悟空が私の声を聞き付けたらしく、傍に寄って来た。
「悟空。冷蔵庫の中、満杯だね。何でも入ってるから驚いちゃった」
絶対驚くと思ってたのに、悟空の反応は至って冷静で。
「ん~そうかあ? オラ一人でも足りねえくらいだぞ」
とんでもないことを言い出す悟空に驚き入る。
「ええっ!? この食材ハンパないよっ?」
「いや、全然足りねえって。けど、文句言ってもしょうがねえし、もっと食いたくなったら山で狩りでもすっかな」
呆気にとられる私に構わず、悟空はお腹を摩りながらソファーに戻っていった。
「……サイヤ人の男って、いろんな意味で怖いわ。まるで欲望の固まりじゃん」
ふとバーダックの意地悪そうな笑顔が思い浮かぶ。それを、慌てて振り払った。
当人がお風呂に入ってくれてて、ホントによかった。そうじゃなきゃ、何かと絡まれそうだし……。
「因みに悟空の奥さんって、いつもどれくらいの量のご飯作ってくれんの?」
「チチか?」
ソファーに戻った悟空が、私の方を向いて満面の笑みを浮かべる。
「そうだなあ、テーブルに並べ切れねえくれえの大皿に、テンコ盛りの飯が乗っかってんぞ。チチの飯は何でもうめえんだ!」
うわ、想像しただけでお腹いっぱいになってきた……悟空の奥さん、毎日ご苦労様。
「あれ? ってことは、バーダックとラディッツも大食漢ってこと!?」
昨日は二人がご飯を食べてる姿なんて、特に気にしてなかったもんなあ。
「分かんねえ。オラ、あの二人とは昨日初めて会ったばっかだからよ」
「あ、そうなんだ」
一体どういう関係よ……。
「何でもよ、オラが赤ん坊の頃、惑星ベジータから地球に飛ばされたらしいぜ。そんで、悟飯じいちゃんがオラを拾って育ててくれたんだ」
悟空の瞳がとても優しくて、どれだけおじいさんを大好きだったのかが伝わってくる。
「けどよ、じいちゃんは化けモンに殺されちまって、もうこの世にはいねぇんだ。じいちゃんが死んでから、何回か逢ってんだけどな」
「そ、そうなんだ」
死人にどうやって逢うのよ……。
「その悟飯じいさんってのが、お前の育ての親なのか」
声のした方を向くと、お風呂上がりのバーダックが浴室の前に立っていた。
「ひっ!?」
それもパンイチで。
その格好を目にした私の絶叫が、家中に響き渡る瞬間だった。
――数分後。
「おい、いつまでむくれてんだよ?」
寝室のクローゼットに収納されていた男物の寝間着に着替えたバーダックが、ぬけぬけと話しかけてきた。
「煩い、ほっといて」
バーダックの顔も見たくなくて、ひたすら調理に集中する。
今、悟空がお風呂に入っているから、リビングには尚更気まずい雰囲気が漂っていた。
「真っ裸だったわけじゃねえのに、あれぐらいで悲鳴上げやがって大袈裟なんだよ。彼氏ので見慣れてんじゃねえのか?」
バーダックの発言で、思わず彼氏の姿を想像してしまった。途端、頬が熱くなる。
「バ、バカ言わないでよ……彼とアンタを一緒にしないで!」
深呼吸して、何とか野菜を切ろうとするけど、手が震えて上手く切れない。
焦りすぎだぞ、私――!
とにかく落ち着かなきゃ……。
何とか冷静になって、野菜を切ろうとした時だった。
「……名無しさん」
ふと至近距離からバーダックの少し掠れた声が届いて、私と同じシャンプーの匂いと温もりに包まれた。
「!?」
抵抗しなきゃいけないって分かってるのに、私は呆然としてされるがままだった。
いつものバーダックと違うのは分かるけど……昨日部屋に来た時とも、どこか違うような気がして、どうしてもこの腕を振り払えない。
「名無しさん」
もう一度名前を呼ばれて、私の身体を抱き締める腕に力が込められる。ちょっと息苦しいかも……。
「お前がこの世界からいなくなるなんざ……想像したくねえ」
私の耳朶に唇を寄せて囁く声は憂いを帯びていて、突然起こったアクシデントにただ困惑するしかなかった。
ホントにいつもの俺様はどこにいったの!?
「ねえ、バーダック! ほら、悟空に聞こえちゃうから――」
とにかく落ち着いてもらおうと声をかけた瞬間。
「分かってるんだ。お前には他に男がいるってことも、オレがお前の心に入る隙間がねえってことも。だから、何度も諦めようとした……けど、どうやっても諦めきれねえんだよ!」
心の奥底から叫んでるような悲痛な声だった。だからバーダックの腕を払えず、躊躇ってしまう。
「名無しさんがこの世界から消えちまうのは嫌なんだ。何故、オレとお前は住む世界が違う?」
不意に首筋に温かい重みを感じる。バーダックが、私の肩に顔を埋めていた。
「お前を……名無しさんを失いたくねえ」
身体がビクッと震えた。
シンプルな言葉の中に、偽りのない気持ちが込められているようで、思わず流されそうになる。
……けど、駄目だ。ここで情にほだされても、お互いの為にはならない。
「ごめん、バーダックの気持ちには応えられない。それに、私を誰かの代わりにしないで。私にもギネさんにも失礼だよ」
バーダックの身体が僅かに揺れた。
「違うっ、名無しさんは誰の代わりでもねえ! オレはお前が――」
「それ以上、聞きたくない!」
その言葉の続きを言って欲しくなくて、バーダックの声を遮った。
「お願い……これ以上、私を苦しめないで」
揺るぎない決意を感じ取って欲しくて、そう口にする。
バーダックはしばらくの間、そのままでいた。
「悪い、つい感情的になっちまったな……お前を苦しめたいわけじゃなかった」
やがて、私を抱き締めていた腕を解いた彼が、ゆっくりと離れていく。
これでいいんだ。バーダックには彼の歩む道があって、私にも自分の歩む道がある。
私は心の内で、好きになってくれてありがとうと呟いた。
その後、お風呂から上がって来た悟空を含め、三人で肉鍋を囲んでいた。
アクシデントがあったって言っても、悟空は普段と変わらない様子だから、私達の声が聞こえなかったとか?
でも、相当大声出してたし、わざと触れないでくれてるのかも。
今は悟空の優しさが、身に沁みて嬉しかった。
正面に座っているバーダックを盗み見ると、無表情でビールを呷っていた。
複雑な心境であるのは確かだけど、いつまでも引きずっていたくない。一連の出来事を吹き飛ばすように、傍らにあった烏龍茶を一気に飲み干した。
「さっきの話だけどよ」
バーダックが徐に口を開く。
……まさか、悟空に説明する気じゃないでしょうね?
「カカロットが赤ん坊の頃、お前が惑星ベジータから飛び立つ前に、オレと一度だけ会ってるんだぜ」
あ、焦った……私と悟空が喋ってた時の話か。でも、バーダックは悟空の赤ん坊の時を知ってるんだ。
当たり前か、お父さんなんだから。
「オラと父ちゃんがか? 全然覚えてねえよ」
「当然だ。お前、保育器の中で寝てたんだからな。そもそも赤ん坊の記憶なんざ、ねえだろ」
「あ、そっか。ははっ、確かに赤ん坊ん時の記憶なんか殆どねえや」
悟空はからから笑いながら、後頭部を掻いた。
「悟空が赤ちゃんの頃、可愛かった?」
「どうだろうな……まあ、そのまんま成長したって感じだな」
「そっか。ふふ、何か想像できるかも」
幼い悟空、絶対可愛かったと思うな。
「で、その時のお前の戦闘力だけどよ。聞きてえか?」
「幾つだったんだ?」
悟空が瞳をキラキラと輝かせながら尋ねた。
反対にバーダックは深々と溜め息を吐く。
「たったの2だ」
「へっ? たったの2!?」
これ以上ないぐらい、目を見張る悟空。
「心底失望した瞬間だったぜ。オレの息子はクズだってな」
「あーひっでえよ! これでも必死に修業したんだぞ!」
「今は修業してんのか?」
「うっ、正直に言っちまうと最近はちょびっと怠けてた。兄ちゃんにもてんで敵わなかったんだ」
悟空が俯くと、バーダックの瞳が厳しくなる。
「そんな調子でフリーザに挑むとかほざいてやがったのか!? ラディッツの野郎にも敵わねえのは当然だな。戦闘力の問題じゃねえ。オレは闘いに対する、お前の生温い精神が許せねえんだよ。どんな状況でも向上心がなくなったら終わりだ。この先、戦闘に関わるなら肝に銘じとけ。いいな?」
闘いのことはよく分からないけど、熱心に話をするバーダックの姿は、何にも増して輝いて見えた。彼がこんなにも熱い人だったなんて知らなかった。
……違う、知ろうとしてなかっただけ。バーダックの良さを知りもしないくせに、私ってばあんな風に拒絶して失礼だ。
「父ちゃんの言う通りだ」
悟空の目つきが変わった。夢から覚めたような、目の前の現実に向き合ったような、そんな様子に見えた。
「オラは昔、地球の命運を賭けて、ピッコロと天下一武道会で闘ったことがあんだ。あん時はヤツを倒す為に、天界で死に物狂いで修業して、何とかオラが勝った」
そこで一拍置いて、悟空は話を続ける。
「だけど、最近は自分より強ぇヤツがいねえからって、前より必死に修業しなくなっちまってさ。ピッコロにも怒られちまったし、今のまんまじゃ駄目なんだよな」
悟空が真剣な眼差しで、バーダックを見つめた。
「父ちゃん、オラを鍛えて欲しい。どんなに厳しくても、必ず堪え抜いて見せっからよ。どうか、お願いだ」
テーブルから少し距離を置いて、両膝に手をついた悟空は、バーダックに深く頭を下げた。彼がどれだけ本気なのかが、私にもひしひしと伝わってくる。
宇宙最強の戦闘民族サイヤ人。闘いに対する、どこまでも真摯な態度。ほんの少しだけ、彼らのことが理解出来たような気がした。
「本当にどんなに辛い特訓でも、音を上げねえと誓えるか?」
「もちろんだ!」
バッと顔を上げ、これ以上ないぐらい目を輝かせる悟空。
「死ぬ覚悟はあるか?」
「……あるぞ!」
悟空は一瞬躊躇ったものの、力強く返事をした。
その様子を見て、口角を上げるバーダックは何だか楽しそうに見える。
「いいだろう。思う存分扱いてやるよ。それこそ、死んだ方がマシだと思えるぐらいにな」
野獣のような獰猛な瞳。初めて彼と会った時みたいな、鋭い目つきをしている。血に餓えてるって感じだ。
「どんなに辛くても、堪え抜いて見せるさ!」
「楽しみにしてるぜ、カカロット」
こんなにギラギラした目をする人が、私を好きになってくれたんだよね。何でだろう?
それは幾ら考えてみても、全然分からなかった。
「ところで、いつから特訓してくれるんだ?」
「ああ、そうだな」
バーダックが私を見る。何故か、胸がドキッとした。
「えーと……明日からでも、いいんじゃない?」
思わず、そんな台詞が口を衝いて出る。
……って、私ってば何言っちゃってんの!?
だけど、口が勝手に動く。
「ほら、一日も早く悟空を強くしてあげて欲しいっていうか……」
これじゃ、何のためにドラゴンボール集めしてるんだか分かんないよ……。
心中で嘆くも、一度口にしたことを取り消せるわけがなかった。
「オラはありがてえけどさ。修業始めたら、ドラゴンボールを全部集めんのがいつになるか分かんねえぞ。それだと、名無しさんが困るんじゃねえんか?」
……おっしゃる通り。
恥を捨てて「やっぱり後回しにして」と言おうとした時。
「カカロットに確認するが、願いってのは本当に何でも叶うのか?」
「ああ。間違ぇなく、何でも一個だけ叶うぞ」
何やら難しい顔をして黙り込むバーダック。この様子から察するに、何かを考え込んでるみたい。
しばらく待っていると、彼は徐に口を開いた。
「名無しさんが元の世界から消えた日に帰してくれと願えば、この世界に何日滞在してても、向こうで消えたことにはならねぇんじゃねえか?」
「あーそっかそっか! さっすが父ちゃん頭いいな! その願いなら叶うかもしんねえぞ!」
ビックリ……バーダックがここまで真剣に私のことを考えてくれるなんて。とてもあんなに悲痛な声を上げていた人とは思えない。
頼もしい、と心の底から思えた。
「だとよ、名無しさん。お前、それでもいいか?」
バーダックの問いかけに、私は「もちろん!」と二つ返事で受け入れた。
それにしても、彼がこんなにも優れた人だったなんて驚きだ。ただ白黒はっきりさせるんじゃなくて、お互いがすんなり納得できる答えを導き出せるんだもの。
「二人共、ホントにすまねえ。オラに協力してくれるなんて、すっげえ嬉しいぞ!」
悟空も嬉しそうで良かった。バーダックとあんなことがあった後だけど、普通に接してくれてるのが心の救い。
不謹慎かもしれないけど、これから三人で共同生活するのも楽しみだし、しばらくこの世界にいるのもいいかなって思う。
今回の件を経て、私の中で確実にバーダックへの見方が変わり始めていた。
翌日からバーダックの指導の元、悟空の血の滲むような修業が始まった。
それはいいとしても、明け方の5時にバーダックから叩き起こされて、無情にも彼は私に向けて言い放った。
「名無しさんはオレ達の朝飯作っといてくれ。それも超特盛りで頼むぜ」
あり得ないし!
「朝ご飯作るのは構わないけどさ。何で私まで早起きしなきゃなんないのよぉ……」
バーダックに反論したら「じゃあ、お前もオレの地獄の特訓受けるか? 身体を鍛えるのは大事だぜ?」って、アンタは鬼か!
昨夜の悟空の熱意が、バーダックにも伝染したらしくて、今朝の彼はまさしく鬼神そのものだった。
そんなバーダックの言葉を拒否する術もなく。
私は涙をふるって、二人の為に朝食を作り始める。時折出る欠伸を噛み殺しながら。
それにしても、やっぱりバーダックも悟空に負けず劣らずの大食漢だった。
サイヤ人って、皆そうなのかな? そうだったら、ラディッツも大食いってことになる。
「あれ? ラディッツって今ブルマさんちにいるんだっけ?」
あの人って、いまいち掴み所がない。あんまり喋った記憶もないし、ちょっと異質な雰囲気を纏ってる気がした。近寄りがたいっていうか……。
そんなことを思いながら、出来上がったばかりのご飯をテーブルに並べていると、玄関の扉が開いた。
「帰ったぞ」
「あ~腹減った!」
「お帰りなさい。ちょうどいいタイミングで、朝ご飯出来たところだよ」
私がそう答えると、悟空が真っ先に「やったぜー! 飯飯っ!」と超特急でテーブルの前につく。
さすが、食べ物に対する執着心が並外れて強いのね……。
「無理言って悪かったな、名無しさん」
そう言いながら、バーダックもテーブルの前に座る。
「ホントだよ。こんなに早く起きたのは久しぶりだから、まだ眠いよ……」
「そんじゃ、いっただきまーす!」
悟空が自分の目前にある朝ご飯をガツガツと食べ始めた。
この人って、マイペースだなあ。美味しそうに食べてくれるから許せるけど。
「名無しさん、午後から少し散歩しねえか? 気晴らしによ」
急に、バーダックが珍しいことを言い出した。
「どういう風の吹き回し?」
「別に、この中にいるだけじゃつまんねえかと思っただけだ」
顔を覗き込むと、視線を逸らして早口で答えるバーダック。
「もしかして、私を早く起こしたのって……散歩に行く時間を作る為、だったりする?」
途端、バーダックの頬が微かに赤くなる。
「だったら悪いか!?」
そんな赤い顔で凄まれても怖くないっていうか、こんな厳つい顔立ちなのに、案外可愛いとこもあるんじゃないの。
そう思ったら、自然に笑みが零れた。
「何を笑ってやがる。行くのか行かねえのか、はっきりしやがれ……」
ドスの利いた声を出すバーダック。
「ふふっ、ごめん。是非、連れてってよ」
私がそう答えれば、彼の口元にふっと笑みが浮かんだ。
あんな風に振ったのに、まだこうやって気にかけてくれる。バーダックって大人だな。
きっと、まだまだ私の知らない表情もいっぱい持ってるんだろう。知らず知らずの内に、それを知りたいと望む気持ちが芽生え始めていた。