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ヒロイン

Desire―願う―

【夜桜に囲まれて…】

 春の日差しが心地良い日曜の昼下がり。私達はカフェでティータイムを楽しんでいた。

「ん、これ美味しい!」

 仄かに香る桜あんに生クリームが絶妙な桜のモンブランを、私は幸せな気持ちで食べる。それに、桜餅の香りのような紅茶も、上品な味わいでとても美味しい。

「ん~幸せ!」

 それを向かい側の席で見ていたバーダックが口を開く。

「お前は食ってる時が1番幸せな顔してるよな」

「ムッ、失礼な。幸せを感じる時は他にもちゃんとあるよ」

「例えば、オレに抱かれてる時か?」

「ぶっ!」

 彼の余りにも直接的な物言いに、思い切り吹き出してしまった。

「それ、セクハラ発言だよ」

 人目を気にしつつ、身を乗り出して小声で反論する。

「セクハラじゃねえだろ。お前も喜んでるしな?」

 彼は人目も憚らず、人聞きの悪い台詞を宣った。
 周りのお客さんの冷たい視線を感じながらも、私はなるべくそれを気にしないようにして、口を開く。

「ちっとも喜んでません!」

「ハハッ!」

 堪らず睨みつけるけど、当の本人は楽しげに笑ってコーヒーを飲んでいる。
 この人に意見したところで、馬耳東風。全く意味を成さないので諦めるしかない。
 気を取り直して、話題を変えることにした。

「ところで、今朝のテレビで観た桜のニュース覚えてる?」

「ああ、各所で満開の桜が映ってたな」

「そうそう、あれ見たらお花見したくなっちゃったよ!」

 去年の今時分、2人でお弁当持って、近所の公園にお花見に出掛けたことを思い出す。

「確か、あん時はオレが人前でお前に――」

「それは言わないで!」

「何だよ、大声出しやがって。たかがキスぐらいでよ」

「たかがじゃないよ。私にとって、キスは大事なモノなの。バーダックはそれを全然分かってないんだから!」

 バーダックとのキスは特別な行為。それを人前でされたことは、羞恥プレイ以外の何物でもない。

「あーオレが悪かった。機嫌直せよ」

 機嫌を損ねつつも、私はあることを思い付いていた。

「……じゃあ、お花見に連れてってくれたら許してあげる」

「そんなことで良いのか。良いぜ、連れてってやるよ」

「ホント!? 実はね、夜桜見物に行きたいの。昔家族で見に行ったんだけど、夜桜がライトアップされてすごくキレイだったんだ」

「へえ。なら、早速今晩見に行くか?」

 普段より幾分優しい瞳が、私を覗き込んでくる。

「うん、行きたい!」

「じゃ、行くか。で、肝心の場所は覚えてるのか?」

「それなら大丈夫。しっかり覚えてるから」

「なら、安心だな。そんじゃ、夕方まで街をぶらつくか」

 私達はカフェを後にして、夕方になるまでウインドーショッピングで時間を潰した。

 やがて、宵闇が迫り、夜桜を見るにはちょうど良い時間帯になる。
 私はバーダックに目的の場所を伝えた。

「そろそろ行くか」

 バーダックに人気のない路地で、もう何度目か分からない程のお姫様抱っこをされ、私は彼の首に腕を絡めた。

「飛ばすからしっかり掴まっとけよ」

「う、うん」

 ふわりと空に浮き上がり、目的地へと物凄いスピードで飛ばしていく。

「もっとゆっくり飛んでよ!」

「ちんたらしてたら、帰りが遅くなんだろうが」

 一向にスピードを緩めないバーダックに、私はギュッと目を瞑って彼の首にしがみついてるしかなかった。
 それから約20分後。

「着いたぜ」

 目的地に着いて地上に降ろされた時には、息も絶え絶え。

「だらしねえな」

「し、仕方ないでしょ……ジェットコースター以上のスリルだったんだから……」

「んなことより、ここでいいんだろ?」

 息を整えて、辺りを見回す。到着したのは、私の住む街から1番近場の山奥。

「わぁ!」

 目の前には、雪洞でライトアップされた満開の桜が闇夜に鮮やかに浮かんで、美しく咲き誇っていた。

「見事なもんだな」

「まさに圧巻だね。昔見に来た時以上だよ!」

 ライトアップされた夜桜は一面ピンク色で、とても幻想的。太陽の下で楽しむお花見とは、また一味違った雰囲気だ。

「しかし、人気ねえな」

 彼の言う通り、他に人の気配はない。

「うん。ここは滅多に人が来ない穴場なの」

「まるで貸し切り状態だな」

 辺りを見回していた彼が私に視線を戻して、私の腰を抱き寄せる。

「さっきは悪かったな。たががキスなんて言っちまってよ。つい、あんな言い方しちまったが……本当はオレにとっても、お前とのキスが何より大事だ」

「ううん。それを聞けただけで充分だよ」

 私はにっこりと笑う。

「なあ、キスしても良いか?」

「うん……ていうか、いつも断らないじゃん」

「ふっ、そうだな」

 バーダックは満足そうな笑みを浮かべると、満開の夜桜に囲まれて、重ねるだけの優しいキスをくれた。
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