★バーダックLong Dream【Changes-ふたりの変化-】
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バーダックSide
明くる朝。三つのドラゴンボールを持って来たカカロットとオレで、残りの四つを集めることになった。
本来ならラディッツにも手伝わせるつもりだったが、何故か今朝になって急に怯えた様子で「オレは行かない」だとか吐かしやがった。まったく、役に立たねえバカ息子だ。
ふと、昨日のことを思い返す。アイツは別世界の住人で、元の世界に帰りたがっている。
その事実を知ったオレは、思いの外動揺していた。オレ自身も戸惑うほど、どうしようもなく名無しさんを手放したくねえと思ったからだ。
と言っても、アイツには既に決まった男がいるようだがな。
それでも諦めがつかねえオレは昨晩、名無しさんがいる部屋に行った時、アイツのすべてを奪ってやるつもりだった。
だが、名無しさんの反応を見て、そんなことをしても虚しいだけだと気づかされた。アイツの心中に別の男がいる限り、何をやってもオレに靡くわけがねえ。
それに加えて嫁の話題を振られ、図らずも躊躇う自分がいたのも事実だ。
今のオレが名無しさんにしてやれるのは、ドラゴンボールを集めてやることだけだろう。それが永遠の別れに繋がるとしても……。
「待って!」
オレとカカロットが玄関を出てすぐに、慌ててオレ達を追って来た名無しさんが呼び止めた。
かなり面倒だが、オレはやむを得ず振り向いた。
「……何だ?」
「当事者の私を置いてくって、どういうこと?」
「どうもこうもねえ。お前はブルマと大人しく、ここで待ってろ。ドラゴンボールはオレ達が必ず集めてやるからよ」
「勝手なこと言わないでよ。私自身のことなのに、ただ黙ってじっとしてられる訳ないじゃない。それに、私だけ何もしないで、誰かの手を借りるのは気が引けるの!」
大人しく甘えてればいいものを、人の言うことを素直に聞き入れやしねえ。まあ、コイツの言い分も分からんでもねえが。
幾ら地球に強敵がいねえとはいえ、名無しさんが危険に見舞われる可能性がある限り、出来るだけ不安要素はなくしておきたいってのが本音だ。
「なら、はっきり言ってやる。お前がくっついて来たところで、足手まといにしかならねえんだよ」
「そうかもしれないけど……でも、やっぱり大人しく待ってるなんて出来ない。自分のことは自分で何とかしたいの。だから、お願い! 私も連れてって!」
チッ、どこまでも食い下がりやがる。
「駄目だって言ってんのが分からねえのか!」
「まあまあ、二人とも落ち着けよ」
オレと名無しさんが睨み合うなか、無言だったカカロットが割り込んで来やがった。
オレはヤツに構わず言ってやる。
「また昨日のように襲われてもいいのか?」
「それは……」
名無しさんは言葉に詰まって、視線を逸らした。
「名無しさん、何かに襲われたんか?」
苦い表情を浮かべた名無しさんが、オレを見て首を振った。
恐らく、黙ってろってことなんだろう。
「まあ、ちょっとな」
「ふーん? ま、いっか」
カカロットが思慮深い男じゃなくて助かったな、名無しさんよ。オレにしてみりゃ複雑な心境だが。
「いいじゃないの。連れてってあげなさいよ」
「ブルマさん!」
「いざとなったら、バーダックが彼女を守ってあげればいいじゃないの」
名無しさんにくっついて来たブルマが、横から口を挟んだ。
ブルマ、てめえもか……ったく、どいつもこいつも好き勝手言いやがって。
「それで、連れてってくれる? あ、手間は取らせないよ。ブルマさんからジェット機の操縦法も教わったしね」
「そういう問題じゃねえよ」
オレは頭部を乱暴に掻いて、名無しさんを睨んだ。
この強情っ張り娘に何を言っても聞き入れねえんなら、こっちにも考えがある。
「そんなについて来たいなら、好きにしろ」
「ホントに!?」
途端、名無しさんの表情がパッと明るくなる。現金なヤツだ。
「ただし、一つだけ条件がある」
「条件って、何よ?」
今度は不満げに、唇を尖らせてやがる。コイツは感情のまま表情が次々に変化して、見てるだけで飽きねえ女だな。
思わず笑いそうになる面を引き締めて、名無しさんを真正面から見据える。
「オレの言うことは絶対だ。逆らうことは許さねえ。それを厳守出来るんなら、連れてってやってもいいぜ」
「何、それ……」
あからさまに、不服そうな視線を向けてくる名無しさん。
こんな悪条件、コイツみてえな勝ち気な女が簡単に従うわけ――
「分かった。バーダックの言うこと、ちゃんと聞くから……私も一緒に連れてって!」
オレは予想と違う、名無しさんの台詞に驚いた。
自分の身も満足に守れねえくせに、そこまでしてドラゴンボールを集めに行きたいのか。妙な女だ。
「そうそう、孫くん。名無しさんさんにカプセルケース渡しといたから、有効活用してよね?」
「ああ、分かった。そんじゃあ、父ちゃん。そろそろ行こうぜ?」
「……ああ、そうだな」
オレは踵を返そうとした。
「ねえ、バーダックってば!」
コイツは何が何でも、ついて来る気だ。
ったく、しょうがねえな。
「……名無しさん、お前はオレが運んでやる」
「は? 何言って――きゃっ!?」
オレは有無を言わせず、名無しさんの腰を抱き寄せて、互いの身体を密着させる。
「ジェット機でちんたらついて来られるより、こっちのが手っ取り早いんだよ。もちろん、文句はねえな?」
「バーダック……!」
名無しさんはオレの目を睨み据えてくる。真っ赤な面で。
「おい、面が真っ赤だぜ。まさか、恥ずかしいのか?」
オレはからかい口調で問う。
「そんな訳ないじゃない! それより、早くドラゴンボール探しに行くんでしょ!?」
図星だったのか、耳まで朱に染まる名無しさん。
そんな状態で睨んでも、逆効果だとは気づいちゃいねえんだろうな。
「カカロット、行くぞ」
「ああ!」
散々ごたついたが、オレ達はようやくドラゴンボールの探索に乗り出した。
地球の空は惑星ベジータの空とは違い、青く澄んでいる。
何より地球の重力が軽いってのは好都合だ。その証拠に、名無しさんを抱いたまま飛んでも全然重たくねえ。そう考えると、故郷にいた頃は自然と身体が鍛えられていたってことか。
「カカロット、四つ目はどの辺にあるんだ?」
「んーと、この方角を真っ直ぐ行ったとこだ」
ドラゴンレーダーを手にしているカカロットが、飛行中の方向を指して答えた。
「なら、もっとスピード上げるか」
「ええっ!? これ以上飛ばすの!?」
「早く見つけたいんだろ、ドラゴンボールをよ。それとも、もう約束を忘れちまったんじゃねえよな?」
「そうだけど、でも怖いんだから仕方ないでしょ!」
甲高い声で怒鳴る、名無しさんの華奢な身体が小刻みに震えていた。
「だったらオレにしっかり掴まって、目を瞑っとけ。そうすりゃ、少しは怖くねえだろ」
名無しさんは頷いて、オレの首に回していた腕に力を込めて目を瞑る。
へえ、素直に言うことを聞くとは可愛い所もあるじゃねえか。
「よし、カカロット。目的地まで一気に飛ばすぞ!」
「おう!」
コイツと縁を切るなら、少しでも早い方がいい。共に過ごす時間が延びる分、別れが惜しくなるだけだからな。
名無しさんを抱く手に力を入れると、オレはさらにスピードを上げて目的のポイントまで急いだ。
四つ目のドラゴンボールは、北の方角に位置する谷底の洞窟ん中で発見した。途中、獣が群れで襲って来やがったから、恐らくそいつらが餌と間違えて巣に持ち帰ったんだろう。
「残り三つだね。今日中に全部揃うといいなあ」
「……」
名無しさんにしてみりゃ、何の気なしに言ったんだろうが、オレにはその台詞が後頭部を強打されたぐらいの衝撃だった。
覚悟していた筈だが、自らドラゴンボール集めに協力しときながら、ここまで落ち込むとはな……。
色恋沙汰でゴチャゴチャと悩む経験をしなかったオレが今、こんな小娘相手に翻弄されてるなんざ様ぁねえぜ。トーマ達が生きてりゃ、それこそアイツらの笑い種になっていただろうよ。
決意した筈が、今さらになって名無しさんを帰してやりたい気持ちと、帰したくねえ気持ちが交錯してやがる。我ながら嫌気が差すぜ。
「父ちゃん、次のポイントだけどよ」
カカロットの呼びかけで、我に返る。
「あ? ああ、ここから遠いのか?」
「結構遠いけど、このまんま飛んでけば数時間で着くと思うぞ」
次のポイントへと移動中、レーダーを手にしているカカロットが笑顔で言うと、名無しさんの口元も綻んだ。
「ドラゴンレーダーのお蔭で楽勝だね。ブルマさんに感謝しなくちゃ」
「だろ? ブルマは見かけに依らず、天才なんだぜ? ついでにアイツの父ちゃんもな。何たって、世界初のホイポイカプセルを開発したんだからよ」
「へえ、凄いね!」
オレはお前らみてぇに笑える気分じゃねぇよ……。
思わず眉間に皺を寄せると、名無しさんがオレを覗き込んでくる。
「バーダック、怖い顔してどうしたの?」
「……何でもねえよ」
「そう? ならいいんだけど」
全然よかねえよ。この鈍感娘がオレを悩ませていると思うと、無性に腹が立ってくる。
……いや、コイツは何も悪くねえか。
ただ、運悪くこの世に紛れ込んだ犠牲者なんだ。
悶々とした気分を一掃する為、オレは軽くかぶりを振った。
「ねえ、バーダック。素朴な質問してもいい?」
不意に名無しさんが話しかけてくる。
「何だ?」
「昨日からずっと気になってたけど、どうして皆空を飛べるの? まさかトリックじゃないだろうしさ。あ、先祖は鳥人間とか言わないでよね?」
……コイツの話、時々突拍子もねえんだよな。
「そんなわけあるか。飛べて当然つーか、飛べなきゃサイヤ人じゃねえよ」
「先祖が鳥人間? ははっ、名無しさんは面白ぇヤツだな!」
全然笑えねえよ。
「だから、そのサイヤ人って何者なの?」
「宇宙最強の戦闘民族だ……と言っても、生き残りは少ねぇがな」
「少子化問題とか?」
「それより深刻だぜ……惑星ベジータとそこにいた殆どのサイヤ人が、フリーザって独裁者に消されたからだ」
この史実を口にすると、残酷な現実が重く胸に伸し掛かる。
オレ達サイヤ人が死に物狂いでフリーザに尽くして戦闘に明け暮れた日々が、何の価値もなかったということに……。
「オレ達はフリーザに散々利用され、その果てに待っていたのがヤツの裏切りだ。まず、オレの戦友がフリーザの部下に殺られちまった」
「そんな……」
今でも、はっきり覚えている。親友の死に顔を……。
「……オレは惑星ベジータに残っていた仲間を集めてフリーザを倒そうとしたが、オレの話を信じるヤツは誰もいなかった。だからオレは一矢報いるため、単身フリーザに挑んだ。だがそれは無駄に終わり、結局惑星ベジータはヤツの手に掛かって消滅しちまったよ」
「そんなことって……まさか、奥さんは……?」
「ああ、既にこの世にはいねぇ……」
名無しさんは驚愕の表情で、こっちを見ていた。
あまりにも重い話だ。だから、オレは好き好んでこの話題に触れたくなかった。
「その話だけどよ、よく父ちゃんは無事だったな?」
「確かに死んだ筈のオレが未だに信じられんが、過去の時代にタイムスリップして、ある先住民族に助けられた。その後は色々あったが、今度は未来にタイムスリップして今に至る。つまり、オレは過去の人間って訳だ」
あの時は死を覚悟したが、確かにオレは生きている。それは、何か意味があるんじゃねえかと思っている。それが何なのかまでは、まだ分からんが……。
とにかく今は頭を切り替え、名無しさんをサポートすることに尽力するか。
「……あのさ、バーダック。知らなかったとはいえ、奥さんのことごめん」
名無しさんが憂いに沈んだ面持ちで、オレを見ている。その目尻には、涙が光っていた。
本当に悪いと思っているんだろう。
その健気な様が、オレには込み上げる想いがあった。
「何言ってんだ、お前が謝ることじゃねえだろ。それに昔のことだからな」
昔のことってのは、オレ自身に言い聞かせている部分もある。
それでもコイツは「でも……」と呟く。どうやら、オレの言葉を素直に受け入れられねえらしい。
「名無しさんが本当に悪いと思ってんなら、キスしてくれよ。それも熱烈なのをな」
名無しさんの耳元で、カカロットには聞こえねぇ声量で囁いてやる。
途端、目尻を吊り上げる名無しさん。
「バカ!」
今度はオレの耳元で、大声を出しやがった。
「人が本気で悪いって思ってるのに、こんな時まで冗談も大概にしてよね!」
そう言って、コイツはオレから面を背ける。
「オレも悪い。冗談で気を紛らわせてやりたかっただけだ」
本当は冗談じゃねえけどな。
こっちを向いて、見る間に目を見張る名無しさんに対し、オレは目を細めた。
「お前に直接関係ねえことで、罪悪感を持って欲しくなかった。だから、気に病むな」
「……そっか、さっきの言葉は聞き捨てならないけど。そういうことなら分かったよ」
柔らかい笑みを湛えて頷く名無しさんに、一瞬たりとも目が離せなかった。
コイツはこんな風に笑うのか。サイヤ人にはとても真似できねえ、心穏やかな笑顔だ。
いや、アイツの笑顔にも癒されていたが、名無しさんにはそれ以上の癒しを感じている。
「ねえ、よければ奥さんのこと教えて?」
名無しさんは意外なことを求めてきた。
「あ?」
「そいつはオラも気になっぞ」
「……そうだな」
オレは二人に昔話を聞かせた。
嫁の名はギネだ。
倅が生まれる以前、オレとギネはチームを組み、戦闘に明け暮れていた。
ギネはサイヤ人には珍しく穏やかな性格で、世辞にも戦闘員には向いていなかった。現にアイツの危機はオレが何度も救っている。
その頃からか。オレらにある感情が芽生えたのは……ギネを守ってやれるのはオレしかいねえ。
だからか、いつの間にかアイツが無二の存在になっていた。
やがて結ばれたオレ達は二人の息子を儲け、それなりに幸せな暮らしをしていた。
だが結局、オレはアイツを最期まで守ってやれず、無惨にも惑星ベジータは消失した。
仲間とギネを守れなかったのは、オレが無力だったからだ。オレは、その十字架を一生背負って生きていく必要がある。
「……湿っぽくなっちまったな。この話はこれで終わりだ」
話終えて名無しさんに目線をやると、コイツはただ泣き濡れていた。その泣き顔が、オレの代わりに涙を流している気がして、不思議な感覚だが、純粋に綺麗だと思えた。
「うっ……うっ……アンタって見かけに依らず苦労してんのね……なのに、酷いことばかり言ってごめん……」
殊勝なことを言いやがる。
それだけで、オレには充分価値ある台詞だ。
「気にしてねえよ。だから、そろそろ泣き止め。メソメソしてると幸せが逃げるぜ。元の世界に帰れなくなっても知らねえからな」
「それは困るっ……意地でも、ぜーったいに帰るんだから!」
名無しさんは片手で涙を拭い、奮起したようだ。その勇ましさがオレには眩しく魅える。
コイツを気になる理由が、今は分かる気がするぜ。
ギネを見捨てた大罪は無罪放免になるとは思ってねえが……それでも赦されるならば、上手く言葉に出来ねえ名無しさんへの想いを貫きたいと思った。
「なあ、父ちゃん。母ちゃんのことは分かったけどよ。そのフリーザってヤツはまだ生きてんのか?」
カカロットの発言で、オレは我に返った。
「断定は出来んが、恐らく生きているだろうな。だとすれば、ヤツの手で宇宙の塵になる犠牲者は増え続けている筈だ」
オレが言える立場じゃねえが、あの野郎はまさに悪の化身だった。
「父ちゃん、フリーザをぶっ倒せねえんか? 前よりもずっと強くなってんだろ?」
「フリーザの強さはハンパねえが、オレはヤツの祖先と思 しき野郎に勝ったことがある。ヤツを追い込むだけの勝算は、少なからずあるぜ。もしヤツが生きているなら、いつか必ずこの手で地獄に葬ってやるつもりだ」
それが死んだトーマ達への弔いになる。何せ、未だにオレがこの世に生きている時点で、予知夢で見た未来が確実に変わろうとしているんだ。サイヤ人の無念はサイヤ人の手によってのみ晴らされる……オレの戦友も、それを望んでいた。
「父ちゃん、そん時はオラにも手伝わせてくれ!」
カカロットは眼光爛々とオレを見据えている。
戦闘力の低さに拘わらず、闘いとなるとサイヤ人の血が騒ぐようだ。所詮、血は争えねえってことか。
「お前が今の百万倍力をつけたらな」
「そっかあ。宇宙にはまだまだ強ぇヤツがいるなんてホントすげえよ。父ちゃんの言う通り、オラももっと修業して強くなるぜ!」
まだまだ未熟者とはいえ、その意志の強さだけは買ってやるか。
――数時間後。
五つ目のドラゴンボールは、南西に位置する山脈の鳥の巣に紛れていた。
……どうでもいいが、地球の動物はドラゴンボールを持ち去る習性でもあるんじゃねえだろうな。
「そろそろ日が暮れてきたぞ。今日はここまでにして、続きは明日にしねえか?」
山麓に下りると、カカロットが辺りを見渡しながら問いかけてくる。
確かに周辺は、見通しが悪くなり始めていた。
「賢明な判断だろうな」
「ホントはもう少し頑張りたい所だけど……お腹空いちゃったし、そうしよっか」
「オラも腹ペコだ。名無しさん、ブルマからカプセルケース預かってるんだよな? ちょっと貸してくれ」
「ちょっと待って……はい、これだよ」
名無しさんが自分の鞄から四角いケースを取り出して、カカロットに手渡す。
「サンキュー。えーと、確かこん中に……おっ、これか!」
ケースを受け取ったカカロットはそいつを開けて、特定のカプセルを取り出した。
「二人共、ちょっくら離れててくれよ」
オレ達からある程度、距離を置いたカカロットがカプセルの先端部分を押すと、開けた場所に向かって放り投げる。
すると、でかい音と煙と共に半球状の白い家が現れた。
「何これ!? 家まで出てくるなんて魔法みたいっ!」
「ほう、コイツは便利だな」
オレが感心すると、カカロットは「へへへ、すげえよな」と人差し指で鼻の下を摩る。
「カプセルハウスってんだぜ。オラも初めて見た時は、ブルマが魔法使いか何かかと思っちまったもんな」
カカロットは意味不明な発言をしながら、家のドアを開けて中に入っていく。
「父ちゃんも名無しさんも、早く来いよ!」
ヤツに続いて家の中に入ると、キッチンやリビングに寝室、日常生活に欠かせねえ家具、家電が備え付けられていた。
「中は結構広いんだね」
「風呂場もあっぞ」
「えっ、お風呂まであるの!? 至れり尽くせりだね!」
二人は家中を見て回り、何やら名無しさんは感嘆の声を上げていた。
「どれだけ興奮してんだよ。ガキか、アイツは」
オレは部屋の中央にあるカーブ型のソファーにどかりと座り、改めて辺りを見回す。
惑星ベジータに比べれば文明は劣るが、こんな家まで収納出来ちまうなんざ、カプセルってのを開発したヤツは大したもんだ。
「父ちゃん。ぼーっとして、どうしたんだ?」
しばらくぼんやり天井を眺めていると、いきなりカカロットがオレの顔を覗き込んできやがった。
「特にやることもねえからな。それより、名無しさんはどうした?」
「風呂だ。父ちゃんも次に入ったらどうだ?」
「ああ、そうだな」
生返事するオレを横目に、少し離れた場所に腰を下ろすカカロット。
「なあ、父ちゃん。オラ、ずっと気になってっことがあんだけどよ」
神妙な面持ちで話を切り出すカカロットに、オレは視線を移した。
「改まって、どうした」
「何で、ラディッツ――兄ちゃんは一緒に来なかったんだろうな?」
「……さあな。大方、面倒事には関わりたくなかったんだろ」
だが言われてみれば、今朝のラディッツは何かに怯えているようだった。幾らヤツがヘタレとはいえ、あの様子は尋常じゃなかったな。
「オラ、思うんだけどよ……兄ちゃんさ、何かオラ達に隠してんじゃねえかなって」
オレは眉根を寄せる。
「何を隠してるってんだ?」
「オラもさすがに、そこまでは分かんねえけどよ!」
カカロットはかぶりを振りながら答えた。
ラディッツが怯える理由か。今の今まで大して気にも留めてなかったが、何となく嫌な予感がするぜ……。
それは最悪な形で的中することとなる。その時は、刻一刻と迫っていた。
明くる朝。三つのドラゴンボールを持って来たカカロットとオレで、残りの四つを集めることになった。
本来ならラディッツにも手伝わせるつもりだったが、何故か今朝になって急に怯えた様子で「オレは行かない」だとか吐かしやがった。まったく、役に立たねえバカ息子だ。
ふと、昨日のことを思い返す。アイツは別世界の住人で、元の世界に帰りたがっている。
その事実を知ったオレは、思いの外動揺していた。オレ自身も戸惑うほど、どうしようもなく名無しさんを手放したくねえと思ったからだ。
と言っても、アイツには既に決まった男がいるようだがな。
それでも諦めがつかねえオレは昨晩、名無しさんがいる部屋に行った時、アイツのすべてを奪ってやるつもりだった。
だが、名無しさんの反応を見て、そんなことをしても虚しいだけだと気づかされた。アイツの心中に別の男がいる限り、何をやってもオレに靡くわけがねえ。
それに加えて嫁の話題を振られ、図らずも躊躇う自分がいたのも事実だ。
今のオレが名無しさんにしてやれるのは、ドラゴンボールを集めてやることだけだろう。それが永遠の別れに繋がるとしても……。
「待って!」
オレとカカロットが玄関を出てすぐに、慌ててオレ達を追って来た名無しさんが呼び止めた。
かなり面倒だが、オレはやむを得ず振り向いた。
「……何だ?」
「当事者の私を置いてくって、どういうこと?」
「どうもこうもねえ。お前はブルマと大人しく、ここで待ってろ。ドラゴンボールはオレ達が必ず集めてやるからよ」
「勝手なこと言わないでよ。私自身のことなのに、ただ黙ってじっとしてられる訳ないじゃない。それに、私だけ何もしないで、誰かの手を借りるのは気が引けるの!」
大人しく甘えてればいいものを、人の言うことを素直に聞き入れやしねえ。まあ、コイツの言い分も分からんでもねえが。
幾ら地球に強敵がいねえとはいえ、名無しさんが危険に見舞われる可能性がある限り、出来るだけ不安要素はなくしておきたいってのが本音だ。
「なら、はっきり言ってやる。お前がくっついて来たところで、足手まといにしかならねえんだよ」
「そうかもしれないけど……でも、やっぱり大人しく待ってるなんて出来ない。自分のことは自分で何とかしたいの。だから、お願い! 私も連れてって!」
チッ、どこまでも食い下がりやがる。
「駄目だって言ってんのが分からねえのか!」
「まあまあ、二人とも落ち着けよ」
オレと名無しさんが睨み合うなか、無言だったカカロットが割り込んで来やがった。
オレはヤツに構わず言ってやる。
「また昨日のように襲われてもいいのか?」
「それは……」
名無しさんは言葉に詰まって、視線を逸らした。
「名無しさん、何かに襲われたんか?」
苦い表情を浮かべた名無しさんが、オレを見て首を振った。
恐らく、黙ってろってことなんだろう。
「まあ、ちょっとな」
「ふーん? ま、いっか」
カカロットが思慮深い男じゃなくて助かったな、名無しさんよ。オレにしてみりゃ複雑な心境だが。
「いいじゃないの。連れてってあげなさいよ」
「ブルマさん!」
「いざとなったら、バーダックが彼女を守ってあげればいいじゃないの」
名無しさんにくっついて来たブルマが、横から口を挟んだ。
ブルマ、てめえもか……ったく、どいつもこいつも好き勝手言いやがって。
「それで、連れてってくれる? あ、手間は取らせないよ。ブルマさんからジェット機の操縦法も教わったしね」
「そういう問題じゃねえよ」
オレは頭部を乱暴に掻いて、名無しさんを睨んだ。
この強情っ張り娘に何を言っても聞き入れねえんなら、こっちにも考えがある。
「そんなについて来たいなら、好きにしろ」
「ホントに!?」
途端、名無しさんの表情がパッと明るくなる。現金なヤツだ。
「ただし、一つだけ条件がある」
「条件って、何よ?」
今度は不満げに、唇を尖らせてやがる。コイツは感情のまま表情が次々に変化して、見てるだけで飽きねえ女だな。
思わず笑いそうになる面を引き締めて、名無しさんを真正面から見据える。
「オレの言うことは絶対だ。逆らうことは許さねえ。それを厳守出来るんなら、連れてってやってもいいぜ」
「何、それ……」
あからさまに、不服そうな視線を向けてくる名無しさん。
こんな悪条件、コイツみてえな勝ち気な女が簡単に従うわけ――
「分かった。バーダックの言うこと、ちゃんと聞くから……私も一緒に連れてって!」
オレは予想と違う、名無しさんの台詞に驚いた。
自分の身も満足に守れねえくせに、そこまでしてドラゴンボールを集めに行きたいのか。妙な女だ。
「そうそう、孫くん。名無しさんさんにカプセルケース渡しといたから、有効活用してよね?」
「ああ、分かった。そんじゃあ、父ちゃん。そろそろ行こうぜ?」
「……ああ、そうだな」
オレは踵を返そうとした。
「ねえ、バーダックってば!」
コイツは何が何でも、ついて来る気だ。
ったく、しょうがねえな。
「……名無しさん、お前はオレが運んでやる」
「は? 何言って――きゃっ!?」
オレは有無を言わせず、名無しさんの腰を抱き寄せて、互いの身体を密着させる。
「ジェット機でちんたらついて来られるより、こっちのが手っ取り早いんだよ。もちろん、文句はねえな?」
「バーダック……!」
名無しさんはオレの目を睨み据えてくる。真っ赤な面で。
「おい、面が真っ赤だぜ。まさか、恥ずかしいのか?」
オレはからかい口調で問う。
「そんな訳ないじゃない! それより、早くドラゴンボール探しに行くんでしょ!?」
図星だったのか、耳まで朱に染まる名無しさん。
そんな状態で睨んでも、逆効果だとは気づいちゃいねえんだろうな。
「カカロット、行くぞ」
「ああ!」
散々ごたついたが、オレ達はようやくドラゴンボールの探索に乗り出した。
地球の空は惑星ベジータの空とは違い、青く澄んでいる。
何より地球の重力が軽いってのは好都合だ。その証拠に、名無しさんを抱いたまま飛んでも全然重たくねえ。そう考えると、故郷にいた頃は自然と身体が鍛えられていたってことか。
「カカロット、四つ目はどの辺にあるんだ?」
「んーと、この方角を真っ直ぐ行ったとこだ」
ドラゴンレーダーを手にしているカカロットが、飛行中の方向を指して答えた。
「なら、もっとスピード上げるか」
「ええっ!? これ以上飛ばすの!?」
「早く見つけたいんだろ、ドラゴンボールをよ。それとも、もう約束を忘れちまったんじゃねえよな?」
「そうだけど、でも怖いんだから仕方ないでしょ!」
甲高い声で怒鳴る、名無しさんの華奢な身体が小刻みに震えていた。
「だったらオレにしっかり掴まって、目を瞑っとけ。そうすりゃ、少しは怖くねえだろ」
名無しさんは頷いて、オレの首に回していた腕に力を込めて目を瞑る。
へえ、素直に言うことを聞くとは可愛い所もあるじゃねえか。
「よし、カカロット。目的地まで一気に飛ばすぞ!」
「おう!」
コイツと縁を切るなら、少しでも早い方がいい。共に過ごす時間が延びる分、別れが惜しくなるだけだからな。
名無しさんを抱く手に力を入れると、オレはさらにスピードを上げて目的のポイントまで急いだ。
四つ目のドラゴンボールは、北の方角に位置する谷底の洞窟ん中で発見した。途中、獣が群れで襲って来やがったから、恐らくそいつらが餌と間違えて巣に持ち帰ったんだろう。
「残り三つだね。今日中に全部揃うといいなあ」
「……」
名無しさんにしてみりゃ、何の気なしに言ったんだろうが、オレにはその台詞が後頭部を強打されたぐらいの衝撃だった。
覚悟していた筈だが、自らドラゴンボール集めに協力しときながら、ここまで落ち込むとはな……。
色恋沙汰でゴチャゴチャと悩む経験をしなかったオレが今、こんな小娘相手に翻弄されてるなんざ様ぁねえぜ。トーマ達が生きてりゃ、それこそアイツらの笑い種になっていただろうよ。
決意した筈が、今さらになって名無しさんを帰してやりたい気持ちと、帰したくねえ気持ちが交錯してやがる。我ながら嫌気が差すぜ。
「父ちゃん、次のポイントだけどよ」
カカロットの呼びかけで、我に返る。
「あ? ああ、ここから遠いのか?」
「結構遠いけど、このまんま飛んでけば数時間で着くと思うぞ」
次のポイントへと移動中、レーダーを手にしているカカロットが笑顔で言うと、名無しさんの口元も綻んだ。
「ドラゴンレーダーのお蔭で楽勝だね。ブルマさんに感謝しなくちゃ」
「だろ? ブルマは見かけに依らず、天才なんだぜ? ついでにアイツの父ちゃんもな。何たって、世界初のホイポイカプセルを開発したんだからよ」
「へえ、凄いね!」
オレはお前らみてぇに笑える気分じゃねぇよ……。
思わず眉間に皺を寄せると、名無しさんがオレを覗き込んでくる。
「バーダック、怖い顔してどうしたの?」
「……何でもねえよ」
「そう? ならいいんだけど」
全然よかねえよ。この鈍感娘がオレを悩ませていると思うと、無性に腹が立ってくる。
……いや、コイツは何も悪くねえか。
ただ、運悪くこの世に紛れ込んだ犠牲者なんだ。
悶々とした気分を一掃する為、オレは軽くかぶりを振った。
「ねえ、バーダック。素朴な質問してもいい?」
不意に名無しさんが話しかけてくる。
「何だ?」
「昨日からずっと気になってたけど、どうして皆空を飛べるの? まさかトリックじゃないだろうしさ。あ、先祖は鳥人間とか言わないでよね?」
……コイツの話、時々突拍子もねえんだよな。
「そんなわけあるか。飛べて当然つーか、飛べなきゃサイヤ人じゃねえよ」
「先祖が鳥人間? ははっ、名無しさんは面白ぇヤツだな!」
全然笑えねえよ。
「だから、そのサイヤ人って何者なの?」
「宇宙最強の戦闘民族だ……と言っても、生き残りは少ねぇがな」
「少子化問題とか?」
「それより深刻だぜ……惑星ベジータとそこにいた殆どのサイヤ人が、フリーザって独裁者に消されたからだ」
この史実を口にすると、残酷な現実が重く胸に伸し掛かる。
オレ達サイヤ人が死に物狂いでフリーザに尽くして戦闘に明け暮れた日々が、何の価値もなかったということに……。
「オレ達はフリーザに散々利用され、その果てに待っていたのがヤツの裏切りだ。まず、オレの戦友がフリーザの部下に殺られちまった」
「そんな……」
今でも、はっきり覚えている。親友の死に顔を……。
「……オレは惑星ベジータに残っていた仲間を集めてフリーザを倒そうとしたが、オレの話を信じるヤツは誰もいなかった。だからオレは一矢報いるため、単身フリーザに挑んだ。だがそれは無駄に終わり、結局惑星ベジータはヤツの手に掛かって消滅しちまったよ」
「そんなことって……まさか、奥さんは……?」
「ああ、既にこの世にはいねぇ……」
名無しさんは驚愕の表情で、こっちを見ていた。
あまりにも重い話だ。だから、オレは好き好んでこの話題に触れたくなかった。
「その話だけどよ、よく父ちゃんは無事だったな?」
「確かに死んだ筈のオレが未だに信じられんが、過去の時代にタイムスリップして、ある先住民族に助けられた。その後は色々あったが、今度は未来にタイムスリップして今に至る。つまり、オレは過去の人間って訳だ」
あの時は死を覚悟したが、確かにオレは生きている。それは、何か意味があるんじゃねえかと思っている。それが何なのかまでは、まだ分からんが……。
とにかく今は頭を切り替え、名無しさんをサポートすることに尽力するか。
「……あのさ、バーダック。知らなかったとはいえ、奥さんのことごめん」
名無しさんが憂いに沈んだ面持ちで、オレを見ている。その目尻には、涙が光っていた。
本当に悪いと思っているんだろう。
その健気な様が、オレには込み上げる想いがあった。
「何言ってんだ、お前が謝ることじゃねえだろ。それに昔のことだからな」
昔のことってのは、オレ自身に言い聞かせている部分もある。
それでもコイツは「でも……」と呟く。どうやら、オレの言葉を素直に受け入れられねえらしい。
「名無しさんが本当に悪いと思ってんなら、キスしてくれよ。それも熱烈なのをな」
名無しさんの耳元で、カカロットには聞こえねぇ声量で囁いてやる。
途端、目尻を吊り上げる名無しさん。
「バカ!」
今度はオレの耳元で、大声を出しやがった。
「人が本気で悪いって思ってるのに、こんな時まで冗談も大概にしてよね!」
そう言って、コイツはオレから面を背ける。
「オレも悪い。冗談で気を紛らわせてやりたかっただけだ」
本当は冗談じゃねえけどな。
こっちを向いて、見る間に目を見張る名無しさんに対し、オレは目を細めた。
「お前に直接関係ねえことで、罪悪感を持って欲しくなかった。だから、気に病むな」
「……そっか、さっきの言葉は聞き捨てならないけど。そういうことなら分かったよ」
柔らかい笑みを湛えて頷く名無しさんに、一瞬たりとも目が離せなかった。
コイツはこんな風に笑うのか。サイヤ人にはとても真似できねえ、心穏やかな笑顔だ。
いや、アイツの笑顔にも癒されていたが、名無しさんにはそれ以上の癒しを感じている。
「ねえ、よければ奥さんのこと教えて?」
名無しさんは意外なことを求めてきた。
「あ?」
「そいつはオラも気になっぞ」
「……そうだな」
オレは二人に昔話を聞かせた。
嫁の名はギネだ。
倅が生まれる以前、オレとギネはチームを組み、戦闘に明け暮れていた。
ギネはサイヤ人には珍しく穏やかな性格で、世辞にも戦闘員には向いていなかった。現にアイツの危機はオレが何度も救っている。
その頃からか。オレらにある感情が芽生えたのは……ギネを守ってやれるのはオレしかいねえ。
だからか、いつの間にかアイツが無二の存在になっていた。
やがて結ばれたオレ達は二人の息子を儲け、それなりに幸せな暮らしをしていた。
だが結局、オレはアイツを最期まで守ってやれず、無惨にも惑星ベジータは消失した。
仲間とギネを守れなかったのは、オレが無力だったからだ。オレは、その十字架を一生背負って生きていく必要がある。
「……湿っぽくなっちまったな。この話はこれで終わりだ」
話終えて名無しさんに目線をやると、コイツはただ泣き濡れていた。その泣き顔が、オレの代わりに涙を流している気がして、不思議な感覚だが、純粋に綺麗だと思えた。
「うっ……うっ……アンタって見かけに依らず苦労してんのね……なのに、酷いことばかり言ってごめん……」
殊勝なことを言いやがる。
それだけで、オレには充分価値ある台詞だ。
「気にしてねえよ。だから、そろそろ泣き止め。メソメソしてると幸せが逃げるぜ。元の世界に帰れなくなっても知らねえからな」
「それは困るっ……意地でも、ぜーったいに帰るんだから!」
名無しさんは片手で涙を拭い、奮起したようだ。その勇ましさがオレには眩しく魅える。
コイツを気になる理由が、今は分かる気がするぜ。
ギネを見捨てた大罪は無罪放免になるとは思ってねえが……それでも赦されるならば、上手く言葉に出来ねえ名無しさんへの想いを貫きたいと思った。
「なあ、父ちゃん。母ちゃんのことは分かったけどよ。そのフリーザってヤツはまだ生きてんのか?」
カカロットの発言で、オレは我に返った。
「断定は出来んが、恐らく生きているだろうな。だとすれば、ヤツの手で宇宙の塵になる犠牲者は増え続けている筈だ」
オレが言える立場じゃねえが、あの野郎はまさに悪の化身だった。
「父ちゃん、フリーザをぶっ倒せねえんか? 前よりもずっと強くなってんだろ?」
「フリーザの強さはハンパねえが、オレはヤツの祖先と
それが死んだトーマ達への弔いになる。何せ、未だにオレがこの世に生きている時点で、予知夢で見た未来が確実に変わろうとしているんだ。サイヤ人の無念はサイヤ人の手によってのみ晴らされる……オレの戦友も、それを望んでいた。
「父ちゃん、そん時はオラにも手伝わせてくれ!」
カカロットは眼光爛々とオレを見据えている。
戦闘力の低さに拘わらず、闘いとなるとサイヤ人の血が騒ぐようだ。所詮、血は争えねえってことか。
「お前が今の百万倍力をつけたらな」
「そっかあ。宇宙にはまだまだ強ぇヤツがいるなんてホントすげえよ。父ちゃんの言う通り、オラももっと修業して強くなるぜ!」
まだまだ未熟者とはいえ、その意志の強さだけは買ってやるか。
――数時間後。
五つ目のドラゴンボールは、南西に位置する山脈の鳥の巣に紛れていた。
……どうでもいいが、地球の動物はドラゴンボールを持ち去る習性でもあるんじゃねえだろうな。
「そろそろ日が暮れてきたぞ。今日はここまでにして、続きは明日にしねえか?」
山麓に下りると、カカロットが辺りを見渡しながら問いかけてくる。
確かに周辺は、見通しが悪くなり始めていた。
「賢明な判断だろうな」
「ホントはもう少し頑張りたい所だけど……お腹空いちゃったし、そうしよっか」
「オラも腹ペコだ。名無しさん、ブルマからカプセルケース預かってるんだよな? ちょっと貸してくれ」
「ちょっと待って……はい、これだよ」
名無しさんが自分の鞄から四角いケースを取り出して、カカロットに手渡す。
「サンキュー。えーと、確かこん中に……おっ、これか!」
ケースを受け取ったカカロットはそいつを開けて、特定のカプセルを取り出した。
「二人共、ちょっくら離れててくれよ」
オレ達からある程度、距離を置いたカカロットがカプセルの先端部分を押すと、開けた場所に向かって放り投げる。
すると、でかい音と煙と共に半球状の白い家が現れた。
「何これ!? 家まで出てくるなんて魔法みたいっ!」
「ほう、コイツは便利だな」
オレが感心すると、カカロットは「へへへ、すげえよな」と人差し指で鼻の下を摩る。
「カプセルハウスってんだぜ。オラも初めて見た時は、ブルマが魔法使いか何かかと思っちまったもんな」
カカロットは意味不明な発言をしながら、家のドアを開けて中に入っていく。
「父ちゃんも名無しさんも、早く来いよ!」
ヤツに続いて家の中に入ると、キッチンやリビングに寝室、日常生活に欠かせねえ家具、家電が備え付けられていた。
「中は結構広いんだね」
「風呂場もあっぞ」
「えっ、お風呂まであるの!? 至れり尽くせりだね!」
二人は家中を見て回り、何やら名無しさんは感嘆の声を上げていた。
「どれだけ興奮してんだよ。ガキか、アイツは」
オレは部屋の中央にあるカーブ型のソファーにどかりと座り、改めて辺りを見回す。
惑星ベジータに比べれば文明は劣るが、こんな家まで収納出来ちまうなんざ、カプセルってのを開発したヤツは大したもんだ。
「父ちゃん。ぼーっとして、どうしたんだ?」
しばらくぼんやり天井を眺めていると、いきなりカカロットがオレの顔を覗き込んできやがった。
「特にやることもねえからな。それより、名無しさんはどうした?」
「風呂だ。父ちゃんも次に入ったらどうだ?」
「ああ、そうだな」
生返事するオレを横目に、少し離れた場所に腰を下ろすカカロット。
「なあ、父ちゃん。オラ、ずっと気になってっことがあんだけどよ」
神妙な面持ちで話を切り出すカカロットに、オレは視線を移した。
「改まって、どうした」
「何で、ラディッツ――兄ちゃんは一緒に来なかったんだろうな?」
「……さあな。大方、面倒事には関わりたくなかったんだろ」
だが言われてみれば、今朝のラディッツは何かに怯えているようだった。幾らヤツがヘタレとはいえ、あの様子は尋常じゃなかったな。
「オラ、思うんだけどよ……兄ちゃんさ、何かオラ達に隠してんじゃねえかなって」
オレは眉根を寄せる。
「何を隠してるってんだ?」
「オラもさすがに、そこまでは分かんねえけどよ!」
カカロットはかぶりを振りながら答えた。
ラディッツが怯える理由か。今の今まで大して気にも留めてなかったが、何となく嫌な予感がするぜ……。
それは最悪な形で的中することとなる。その時は、刻一刻と迫っていた。