★Memories
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Desire―願う―
【お風呂で甘い誘惑】
ある土曜の夜。私は今、脱衣所で窮地に追い込まれていた。
「なあ、良いだろ?」
「絶対嫌!」
「減るもんじゃねえだろうが」
「減るわよ! 確実に私の体力が!」
「ククッ、やーらしい奴だな。お前、実は期待してんじゃねえのか?」
「してません! とにかく一緒に入るなんて嫌よ!」
そう、バーダックは温泉旅行から帰って来てから、度々私をお風呂に誘ってくるようになっていた。その都度、上手くかわしていたんだけど。
「オレがこんなに頭を下げて頼んでるのに断るのか」
「その横柄な態度のどこが頭を下げてるってのよ」
「なら、アレか。オレと風呂に入るのが恥ずかしいのか」
「っ……!」
図星だ。温泉の時みたいに湯着があるわけじゃないし。それも意味なかったけど……。
「あのな、お前の裸は見慣れてんだろ。それが風呂に入るぐらいで何で恥ずかしいんだよ?」
「だって明るいし……」
「はあ? 電気消して入るわけにもいかねえだろ」
どうしよう、これ以上拒んだら可哀相かな。
あ、良いこと思い付いた。アレを使えば少しは羞恥心も拭えるかも。
思わず情にほだされた私は、意を決して口を開いた。
「……分かった、恥ずかしいけど一緒に入るわよ」
「ふっ、最初からそうやって素直になりゃあ良いんだよ」
何よ、偉そうに……。
そう思ったけど、何を言われるか分かったもんじゃないし、口に出さないことにした。
「それより、一つ約束して」
「何だ?」
「ただ一緒に入るだけだけで、それ以上のことはしないからね? 約束よ?」
「分かった分かった。じゃ、お前が先に入れ。オレはお前が入ったのを確かめてから入るからよ」
「意外と紳士的ね?」
「それぐらい譲歩してやらねえとな。それより、オレは廊下に出てるから早くしろよ」
そう言い残して、彼は脱衣所から出て行く。
私はいそいそと衣服を脱ぎ、洗面台の下の扉を開けて入浴剤を取り出す。
「バーダック、入って来ても良いよ!」
「分かった」
ドア越しに声を掛けてから、お風呂場に足を踏み入れる。
そして、沸かしたばかりのお風呂に入浴剤を投入して掻き混ぜると、さっと身体を洗い、湯舟に浸かった。
程なくして、彼がお風呂場に入って来た。
目のやり場に困って、慌てて背を向ける。
彼は気にせず、かけ湯もそこそこに湯舟に浸かった。
「おい、何だこれは……湯が白くて何も見えねえじゃねえか」
後ろを見てるから分からないけど、音からしてバーダックが乳白色のお湯を片手で掬いながら、文句をつけてくる。
「だって……」
「恥ずかしいからだろ。そんなもんはオレが吹き飛ばしてやるよ」
「えっ……きゃっ!?」
波打つお湯と一緒に、バーダックの温かな腕が私を背中から包み込んだ。
お湯の中で直接触れ合う肌と肌……。
バーダックの広い胸と私の背中は、お湯が入る隙間もないくらい密着している。
何だか、すごく熱い。
それがお湯の温度なのか、バーダックの体温なのか、分からない。
物凄くドキドキしてしまい、身動き一つ出来ずにいる。
「どうだ、少しは慣れたか?」
吐息混じりの声が耳元に触れて、更にドキドキしてしまう。
私が返事をしないでいると、バーダックが私の両肩を掴み、彼の方へと向かされる。
そして顎を掴まれ、上向かされた。
「まだ恥ずかしいか?」
「ちょっとだけ……」
「なら、お前の気を紛らわしてやる。目を閉じて口を開けろよ」
普段は鋭い瞳が、今は柔和な顔で私を見つめてくる。
最初の約束と違うのに、バーダックの穏やかな眼差しには抗えない。
彼の優しい瞳に魅せられた私は、大人しく目を閉じて少しだけ唇を開くと、するりと舌が入って来る。
彼の舌は優しく柔らかく、私の口内を撫で回し始め、細やかな動きに翻弄される。やがて舌で上顎を舐められた時には、自ら彼にしがみついていた。
「可愛いな、お前……」
バーダックは一度口を離して囁くと、再度私の唇を塞いだ。舌を引き出されて、先端を何度かつつかれる。
もっと激しくされたいのに、彼の動きは変わらない。
もどかしくてバーダックの舌を求めて自分から絡めようとしたら、彼がすっと舌を引いた。
それに寂しさを覚えた私の唇は、まだ熱を持っている。
「ここで終わりにするか? それとも、もっと続けるか?」
唇の隙間に指を置かれて、私は舌を出してそれを舐めた。
「やらしい顔して指舐めてんじゃねえよ。ほら、答えろ。もっとキスして欲しいんだろ?」
「して……」
普段の私だったら絶対拒否するのに、今は彼が欲しくて堪らない。
「……欲しい」
バーダックは勝ち誇ったように笑うと、指を引き抜いて激しいキスをしてくる。頭がくらくらするようなキスだ。
こうして私達は温泉の時のように、お風呂の中で1つに溶け合うのだった。
Desire―願う―
【心地良い疲労感】
気温がぐっと下がった11月のとある週末、私はよく眠れるようにと、就寝前にカモミールのハーブティーを淹れて飲むことにした。
これは会社の同僚が勧めてくれたもので、リラックス効果が高く、神経を鎮めて、不眠症にも効果的らしい。
ガラス製のティーポットでカモミールティーをマグカップに注ぐと、甘い林檎のような優しい香りが漂う。
カップを片手に部屋へと戻ってベッドに近寄ると。
「……それは何だ?」
先に寝そべっていた彼が香りに誘われたのか、閉じていた目を開けて問い掛けてくる。
「カモミールのハーブティーだよ。貰い物なんだけどね、不眠に効くんだって」
「ふーん」
ベッドの隅に腰を下ろして、ティーカップに口をつけようとした。
その時、背後から私のお腹に彼が両腕を回してくる。
逞しく厚い胸板を押し付けられるように抱き締められて、私は焦ってカップを落としそうになるのを必死に堪える。
「ちょ、ちょっと……危ないじゃないの! マグカップ持ってるの知ってるでしょ!?」
「バーカ、オレは邪魔してんだよ。秋の夜長に無理して寝ることもねえだろ」
「でもっ……」
「それに明日は休日だ。オレの相手してくれても良いんじゃねえか?」
「相手って……」
いつものストレートな物言いに、頬が熱くなるのを感じる。
それに胸がドキドキと早鐘を撞くように高鳴った。
「プッ、お前……どんだけ意識してんだよ。心臓の音、早過ぎだぜ?」
「そ、それは……む……む……」
「む? 何だよ?」
「む、胸板を押し付けてくるからよ!」
私は思わず叫んでしまった。
「クッ……ハハハッ!」
「何も笑わなくても良いじゃないの!」
「ククッ……悪い悪い。だが、お前はいつまで経ってもウブだな。清い関係ってわけでもねえのによ」
「うっ……意地悪」
「バカだな、オレが意地悪なのは今に始まったことじゃねえだろうが。そろそろ慣れろ」
何ていう、オレ様発言。
私はそっと溜め息を吐き、ハーブティーを飲むのを諦めて、マグカップをナイトテーブルに置いた。
「……慣れないよ。そんなに私を虐めて楽しいわけ?」
「お前を虐めるのは、オレのライフワークだからな。そいつは諦めろよ」
オレ様発言、その2。
「嫌だって言ったら?」
「オレがそれを許すと思うか?」
「質問に質問で返さないでよ」
「フン、それより……」
「あっ……」
私の耳朶に舌を這わされて、ぞくり、と背筋が粟立ち、思わず声が漏れてしまう。
そんな私を見て、ふっと笑ったバーダックが口を開いた。
「質の良い睡眠を取るには心地良い疲労感が必要なんだよ。知ってるか?」
「知ってるけど、それが何よ?」
「察しが悪いヤツだな。オレが協力してやるっつってんだよ」
心地良い疲労感。
バーダックが協力。
何か物凄く嫌な予感がする。
あ、もしかして……。
「いっ、いい! 協力してもらわなくても結構よ!」
「勘の鈍いお前でも、流石に気づいたみてえだな。だが、却下だ。オレの優しさ、甘んじて受け入れろ」
腰を掴まれて後ろに引っ張られ、重力に逆らえずベッドに縫い付けられる。
「や、止めてよ……!」
「そいつも却下。心地良い疲労を感じるには、セッ――」
「もうっ! それ以上は言わなくても良いから!」
「クククッ……やっぱ、お前はオレの玩具だな」
「誰が玩具ですって! 彼女に向かって発する言葉じゃないわよ!」
「違ったか? なら――」
「言っとくけど、下僕でも奴隷でもないからね! 正真正銘、恋人よ。こ・い・び・と!」
「チッ……オレの考えを読むなよ。分かった分かった、お前はオレの愛しい姫君だぜ?」
「そこまで求めてないけどね……」
バーダックは時々、私をお姫様呼ばわりする。
彼なりに飴と鞭を使い分けてるのかな。
「安心しろ。お前が気持ち良く眠れるようにしてやるからな」
何を安心しろと言うんだと思った直後、彼の唇が強く押し付けられる。
溢れそうな吐息さえ、すべて吸い取られていくようなキス。
「ん……ん……」
何だかんだ言っても、私はバーダックとのキスが好きなんだろう。
私は薄れていく意識の中で、私の唇をなぞる彼の舌に、ついていくのに必死だった。
時間を忘れる程長いキスの後に、彼は僅かに唇を離した。
「目が潤んでるぜ、姫君?」
「……もっと」
「もっと、何だ?」
「……ちょうだい」
「ふっ、素直なお前も最高に可愛いぜ。姫君の仰せのままに、なんてな」
大きな掌が私の頬を包み、さっきより濃厚なキスを与えてくれる。
私はバーダックの言葉じゃないけど、甘んじて彼からの愛に溢れた口づけを受け入れるのだった。
その夜、バーダックと愛し合った後、心地良い疲労感に包まれ、お昼までぐっすり眠るのだった。
Desire―願う―
【姫君と呼ぶ理由】
冷たい木枯らしが吹き荒れるようになった、11月末。私はソファーに座り、温かいココアを一口飲んで、その甘さにホッと人心地ついた。
それにしても、私には前からバーダックについて、疑問に思っていたことがある。今日は思い切って、それを聞いてみることにした。
私は隣で煙草を吸っているバーダックに向き直ると、
「ねえ、バーダック」
チラッと私を見て、煙草を吹かすバーダック。
「バーダックは時々、私のこと……その……」
やっぱり言葉にするのが恥ずかしくて、ついもごもごと口ごもる。
「何だ、はっきり言え」
「えーと、つまり……お姫様扱いっていうか、お姫様呼ばわりするよね?」
「そうか? 玩具扱いの間違いだろ?」
彼はくつくつと笑い、煙草を灰皿に押し付けて火を消す仕草をした。
「ごまかさないで。『オレの愛しい姫君』って言うじゃない。しかも恥ずかしげもなく。私お姫様って柄じゃないのに、どうして?」
彼は私の問いに答えようとせず、ただ目を瞑った。
私はカップをテーブルに置いて「ねえってば!」と彼の太股に手を置いて強く揺さ振る。
「……うるせえ」
その直後、手首を掴まれて力強く引っ張られ、彼の身体に寄り掛かる体勢になる。
「なっ……!」
何するの、と口にしようとした言葉は発することが出来なかった。何故なら、顔を上げた先で見た彼の瞳はいつになく真剣そのものだったから。
私は不覚にもドキッと胸が高鳴り、その瞳に釘付けになる。
「聞いちゃいけなかった? なら――」
「お前は……たった1人のオレの恩人だ」
それは全く予想だにしない台詞だった。
「え? 恩人?」
バーダックは私を抱き寄せたまま、静かに語り始めた。
「お前が主になる以前の話だ。魔法のランプを手にした人間からの願いは決まって、己の欲望に塗(まみ)れていてな、それを叶えてやるのはそりゃ苦痛だった。つっても、逃げ道はなかったがな」
「バーダック……」
「死んだ人間を蘇らせたり、願いを増やしたりは出来なかったが、それ以外の願いは別段条件はなかったからな。主になったヤツの願いは、大抵叶えてやった。それがオレの存在意義だったからな。人間の欲望のまま願いを叶える――オレはそんな自分に嫌気が差していた。同時に人間なんざ所詮、身勝手な生き物だと悟った」
彼は一拍置いて、話を続ける。
「だからだろうな、オレはいつしか自由を求めるようになっていた。だが、お前のようにオレの願いを訊く奇特なヤツはいなかった。ま、それが普通なんだろうがな」
「そんな……」
「幾度も願いを叶え続けたオレは、自由を手にすることもなく眠りについた。それから時は流れ、次に封印が解かれたのは10年後だった」
「それって、私の部屋にあった……」
「ああ、そうだ。恐らくお前が手にした魔法のランプは、昔の住人が置いてったんだろう。幸い10年間見つかることもなくな」
初めて聞く昔話に私は胸が張り裂ける思いだった。誰もが彼の都合を考えずに、自分の欲望を優先したなんて許されることじゃない。
「お前だけだ。オレのただ1つの自由になりたいっつう願い事をしたのは……だから、お前はオレの恩人なんだよ」
「私、バーダックの役に立てたんだね」
「ああ、大いに貢献してくれたぜ。お前はオレにとって特別な女、つまり唯一無二の姫君ってわけだ」
「……そうだったんだ。じゃあ私がお姫様なら、バーダックは王子様だね」
「クッ、そんな柄じゃねえよ。差し詰め、オレは姫君を守る傭兵ってところか」
「傭兵って、それじゃ身分差の恋だよ。バーダックはオレ様なのに……」
「何か言ったか?」
「な、何でもございませんことよ。オホホ!」
「何だ、そりゃ」
「少しはアンタのお姫様らしくしようと思っただけよ!」
冷静に突っ込まれた私は、頬を膨らませてそっぽを向く。
「膨れっ面してねえで機嫌直せよ」
彼は私の膨れた頬を指で突いてくる。
「ふーんだ!」
「お前はガキか」
「ガキじゃ――んんっ!?」
反論しようとした口は彼の唇で塞がれた。何度も角度を変え、身体の芯まで溶かされてしまいそうな、甘く優しいキス。
機嫌が悪かった私の心はキス1つで、すっかり彼の虜になってしまう。我ながらお手軽だけど、堪らなく好きなんだからしょうがない。
やがて唇が離され、大きな両手が私の頬を包み込む。
「機嫌直ったか?」
「……うん」
「やけに素直だな」
「私はいつだって自分に素直ですぅ」
「へえ? じゃあ、もっと素直になってもらおうじゃねえか」
「え? きゃあっ!?」
彼は私をお姫様抱っこしてスタスタとベッドへ運び、私の身体をそっと下ろす。
「今はどうしようもなくお前が欲しい」
「……私も」
段々と近づいて来る彼の唇を受け止める為、私はゆっくりと目を閉じるのだった。
Desire―願う―
【バーダックの独白】
お前には『オレの愛しい姫君』と言ったことがあるが、もっと相応しい言葉がある。
お前はオレにとって『幸運の女神』だ。オレにランプの精以外の存在意義を教えてくれたからだ。
このオレがまさか、1人の女に執着する時が来るとはな。ランプの精だった頃は、想像もしてなかったぜ。いや、お前に出逢ってから、オレの運命が変わったのか。
お前はオレが見てきたどの人間よりも欲がなく、また情が深く、オレにとっては不思議な存在だった。そんなお前だから、オレは次第に惹かれていったんだろう。
ランプの精だった頃、欲望に塗れた人間どもの願いを叶え続け、すっかり汚れていたオレの心を、お前の『単純な性格』が浄化してくれた。
おっと、怒るなよ? お前の外見はもちろん、中身も結構気に入ってるんだからな。
お前のお陰で、人間も捨てたもんじゃねえと思うようになった。一度しか言わねえから、よく聞けよ? ……心から感謝してるぜ、ありがとな。
小っ恥ずかしいから普段は滅多に口にしねえが、オレはお前を愛してる。お前以外何も要らねえ。これまで何度もお前を抱いたが、それでもまだ足りねえくらいだ。だから、オレはオレの命が尽きるまで、お前を求めるだろう。今のうちに覚悟しとくんだな。そんな覚悟は出来ねえって? ふっ、お前に拒否権はねえよ。
お前という愛しい温もりを抱き寄せて、何度でも濃厚な口づけをしてやる。お前がオレのモンだって証にな。
照れ臭えし、ずっと黙ってるつもりだったが、今だから言うぜ。オレはお前の笑顔が好きなんだ。その笑顔を見ていると不思議と心が癒される。コロコロと表情が変わって、オレを飽きさせねえところも好きだ。
ともかく、お前はずっとオレの傍にいろ。そして、これからも2人で新しい道を歩いていこうぜ、オレの幸運の女神。
【お風呂で甘い誘惑】
ある土曜の夜。私は今、脱衣所で窮地に追い込まれていた。
「なあ、良いだろ?」
「絶対嫌!」
「減るもんじゃねえだろうが」
「減るわよ! 確実に私の体力が!」
「ククッ、やーらしい奴だな。お前、実は期待してんじゃねえのか?」
「してません! とにかく一緒に入るなんて嫌よ!」
そう、バーダックは温泉旅行から帰って来てから、度々私をお風呂に誘ってくるようになっていた。その都度、上手くかわしていたんだけど。
「オレがこんなに頭を下げて頼んでるのに断るのか」
「その横柄な態度のどこが頭を下げてるってのよ」
「なら、アレか。オレと風呂に入るのが恥ずかしいのか」
「っ……!」
図星だ。温泉の時みたいに湯着があるわけじゃないし。それも意味なかったけど……。
「あのな、お前の裸は見慣れてんだろ。それが風呂に入るぐらいで何で恥ずかしいんだよ?」
「だって明るいし……」
「はあ? 電気消して入るわけにもいかねえだろ」
どうしよう、これ以上拒んだら可哀相かな。
あ、良いこと思い付いた。アレを使えば少しは羞恥心も拭えるかも。
思わず情にほだされた私は、意を決して口を開いた。
「……分かった、恥ずかしいけど一緒に入るわよ」
「ふっ、最初からそうやって素直になりゃあ良いんだよ」
何よ、偉そうに……。
そう思ったけど、何を言われるか分かったもんじゃないし、口に出さないことにした。
「それより、一つ約束して」
「何だ?」
「ただ一緒に入るだけだけで、それ以上のことはしないからね? 約束よ?」
「分かった分かった。じゃ、お前が先に入れ。オレはお前が入ったのを確かめてから入るからよ」
「意外と紳士的ね?」
「それぐらい譲歩してやらねえとな。それより、オレは廊下に出てるから早くしろよ」
そう言い残して、彼は脱衣所から出て行く。
私はいそいそと衣服を脱ぎ、洗面台の下の扉を開けて入浴剤を取り出す。
「バーダック、入って来ても良いよ!」
「分かった」
ドア越しに声を掛けてから、お風呂場に足を踏み入れる。
そして、沸かしたばかりのお風呂に入浴剤を投入して掻き混ぜると、さっと身体を洗い、湯舟に浸かった。
程なくして、彼がお風呂場に入って来た。
目のやり場に困って、慌てて背を向ける。
彼は気にせず、かけ湯もそこそこに湯舟に浸かった。
「おい、何だこれは……湯が白くて何も見えねえじゃねえか」
後ろを見てるから分からないけど、音からしてバーダックが乳白色のお湯を片手で掬いながら、文句をつけてくる。
「だって……」
「恥ずかしいからだろ。そんなもんはオレが吹き飛ばしてやるよ」
「えっ……きゃっ!?」
波打つお湯と一緒に、バーダックの温かな腕が私を背中から包み込んだ。
お湯の中で直接触れ合う肌と肌……。
バーダックの広い胸と私の背中は、お湯が入る隙間もないくらい密着している。
何だか、すごく熱い。
それがお湯の温度なのか、バーダックの体温なのか、分からない。
物凄くドキドキしてしまい、身動き一つ出来ずにいる。
「どうだ、少しは慣れたか?」
吐息混じりの声が耳元に触れて、更にドキドキしてしまう。
私が返事をしないでいると、バーダックが私の両肩を掴み、彼の方へと向かされる。
そして顎を掴まれ、上向かされた。
「まだ恥ずかしいか?」
「ちょっとだけ……」
「なら、お前の気を紛らわしてやる。目を閉じて口を開けろよ」
普段は鋭い瞳が、今は柔和な顔で私を見つめてくる。
最初の約束と違うのに、バーダックの穏やかな眼差しには抗えない。
彼の優しい瞳に魅せられた私は、大人しく目を閉じて少しだけ唇を開くと、するりと舌が入って来る。
彼の舌は優しく柔らかく、私の口内を撫で回し始め、細やかな動きに翻弄される。やがて舌で上顎を舐められた時には、自ら彼にしがみついていた。
「可愛いな、お前……」
バーダックは一度口を離して囁くと、再度私の唇を塞いだ。舌を引き出されて、先端を何度かつつかれる。
もっと激しくされたいのに、彼の動きは変わらない。
もどかしくてバーダックの舌を求めて自分から絡めようとしたら、彼がすっと舌を引いた。
それに寂しさを覚えた私の唇は、まだ熱を持っている。
「ここで終わりにするか? それとも、もっと続けるか?」
唇の隙間に指を置かれて、私は舌を出してそれを舐めた。
「やらしい顔して指舐めてんじゃねえよ。ほら、答えろ。もっとキスして欲しいんだろ?」
「して……」
普段の私だったら絶対拒否するのに、今は彼が欲しくて堪らない。
「……欲しい」
バーダックは勝ち誇ったように笑うと、指を引き抜いて激しいキスをしてくる。頭がくらくらするようなキスだ。
こうして私達は温泉の時のように、お風呂の中で1つに溶け合うのだった。
Desire―願う―
【心地良い疲労感】
気温がぐっと下がった11月のとある週末、私はよく眠れるようにと、就寝前にカモミールのハーブティーを淹れて飲むことにした。
これは会社の同僚が勧めてくれたもので、リラックス効果が高く、神経を鎮めて、不眠症にも効果的らしい。
ガラス製のティーポットでカモミールティーをマグカップに注ぐと、甘い林檎のような優しい香りが漂う。
カップを片手に部屋へと戻ってベッドに近寄ると。
「……それは何だ?」
先に寝そべっていた彼が香りに誘われたのか、閉じていた目を開けて問い掛けてくる。
「カモミールのハーブティーだよ。貰い物なんだけどね、不眠に効くんだって」
「ふーん」
ベッドの隅に腰を下ろして、ティーカップに口をつけようとした。
その時、背後から私のお腹に彼が両腕を回してくる。
逞しく厚い胸板を押し付けられるように抱き締められて、私は焦ってカップを落としそうになるのを必死に堪える。
「ちょ、ちょっと……危ないじゃないの! マグカップ持ってるの知ってるでしょ!?」
「バーカ、オレは邪魔してんだよ。秋の夜長に無理して寝ることもねえだろ」
「でもっ……」
「それに明日は休日だ。オレの相手してくれても良いんじゃねえか?」
「相手って……」
いつものストレートな物言いに、頬が熱くなるのを感じる。
それに胸がドキドキと早鐘を撞くように高鳴った。
「プッ、お前……どんだけ意識してんだよ。心臓の音、早過ぎだぜ?」
「そ、それは……む……む……」
「む? 何だよ?」
「む、胸板を押し付けてくるからよ!」
私は思わず叫んでしまった。
「クッ……ハハハッ!」
「何も笑わなくても良いじゃないの!」
「ククッ……悪い悪い。だが、お前はいつまで経ってもウブだな。清い関係ってわけでもねえのによ」
「うっ……意地悪」
「バカだな、オレが意地悪なのは今に始まったことじゃねえだろうが。そろそろ慣れろ」
何ていう、オレ様発言。
私はそっと溜め息を吐き、ハーブティーを飲むのを諦めて、マグカップをナイトテーブルに置いた。
「……慣れないよ。そんなに私を虐めて楽しいわけ?」
「お前を虐めるのは、オレのライフワークだからな。そいつは諦めろよ」
オレ様発言、その2。
「嫌だって言ったら?」
「オレがそれを許すと思うか?」
「質問に質問で返さないでよ」
「フン、それより……」
「あっ……」
私の耳朶に舌を這わされて、ぞくり、と背筋が粟立ち、思わず声が漏れてしまう。
そんな私を見て、ふっと笑ったバーダックが口を開いた。
「質の良い睡眠を取るには心地良い疲労感が必要なんだよ。知ってるか?」
「知ってるけど、それが何よ?」
「察しが悪いヤツだな。オレが協力してやるっつってんだよ」
心地良い疲労感。
バーダックが協力。
何か物凄く嫌な予感がする。
あ、もしかして……。
「いっ、いい! 協力してもらわなくても結構よ!」
「勘の鈍いお前でも、流石に気づいたみてえだな。だが、却下だ。オレの優しさ、甘んじて受け入れろ」
腰を掴まれて後ろに引っ張られ、重力に逆らえずベッドに縫い付けられる。
「や、止めてよ……!」
「そいつも却下。心地良い疲労を感じるには、セッ――」
「もうっ! それ以上は言わなくても良いから!」
「クククッ……やっぱ、お前はオレの玩具だな」
「誰が玩具ですって! 彼女に向かって発する言葉じゃないわよ!」
「違ったか? なら――」
「言っとくけど、下僕でも奴隷でもないからね! 正真正銘、恋人よ。こ・い・び・と!」
「チッ……オレの考えを読むなよ。分かった分かった、お前はオレの愛しい姫君だぜ?」
「そこまで求めてないけどね……」
バーダックは時々、私をお姫様呼ばわりする。
彼なりに飴と鞭を使い分けてるのかな。
「安心しろ。お前が気持ち良く眠れるようにしてやるからな」
何を安心しろと言うんだと思った直後、彼の唇が強く押し付けられる。
溢れそうな吐息さえ、すべて吸い取られていくようなキス。
「ん……ん……」
何だかんだ言っても、私はバーダックとのキスが好きなんだろう。
私は薄れていく意識の中で、私の唇をなぞる彼の舌に、ついていくのに必死だった。
時間を忘れる程長いキスの後に、彼は僅かに唇を離した。
「目が潤んでるぜ、姫君?」
「……もっと」
「もっと、何だ?」
「……ちょうだい」
「ふっ、素直なお前も最高に可愛いぜ。姫君の仰せのままに、なんてな」
大きな掌が私の頬を包み、さっきより濃厚なキスを与えてくれる。
私はバーダックの言葉じゃないけど、甘んじて彼からの愛に溢れた口づけを受け入れるのだった。
その夜、バーダックと愛し合った後、心地良い疲労感に包まれ、お昼までぐっすり眠るのだった。
Desire―願う―
【姫君と呼ぶ理由】
冷たい木枯らしが吹き荒れるようになった、11月末。私はソファーに座り、温かいココアを一口飲んで、その甘さにホッと人心地ついた。
それにしても、私には前からバーダックについて、疑問に思っていたことがある。今日は思い切って、それを聞いてみることにした。
私は隣で煙草を吸っているバーダックに向き直ると、
「ねえ、バーダック」
チラッと私を見て、煙草を吹かすバーダック。
「バーダックは時々、私のこと……その……」
やっぱり言葉にするのが恥ずかしくて、ついもごもごと口ごもる。
「何だ、はっきり言え」
「えーと、つまり……お姫様扱いっていうか、お姫様呼ばわりするよね?」
「そうか? 玩具扱いの間違いだろ?」
彼はくつくつと笑い、煙草を灰皿に押し付けて火を消す仕草をした。
「ごまかさないで。『オレの愛しい姫君』って言うじゃない。しかも恥ずかしげもなく。私お姫様って柄じゃないのに、どうして?」
彼は私の問いに答えようとせず、ただ目を瞑った。
私はカップをテーブルに置いて「ねえってば!」と彼の太股に手を置いて強く揺さ振る。
「……うるせえ」
その直後、手首を掴まれて力強く引っ張られ、彼の身体に寄り掛かる体勢になる。
「なっ……!」
何するの、と口にしようとした言葉は発することが出来なかった。何故なら、顔を上げた先で見た彼の瞳はいつになく真剣そのものだったから。
私は不覚にもドキッと胸が高鳴り、その瞳に釘付けになる。
「聞いちゃいけなかった? なら――」
「お前は……たった1人のオレの恩人だ」
それは全く予想だにしない台詞だった。
「え? 恩人?」
バーダックは私を抱き寄せたまま、静かに語り始めた。
「お前が主になる以前の話だ。魔法のランプを手にした人間からの願いは決まって、己の欲望に塗(まみ)れていてな、それを叶えてやるのはそりゃ苦痛だった。つっても、逃げ道はなかったがな」
「バーダック……」
「死んだ人間を蘇らせたり、願いを増やしたりは出来なかったが、それ以外の願いは別段条件はなかったからな。主になったヤツの願いは、大抵叶えてやった。それがオレの存在意義だったからな。人間の欲望のまま願いを叶える――オレはそんな自分に嫌気が差していた。同時に人間なんざ所詮、身勝手な生き物だと悟った」
彼は一拍置いて、話を続ける。
「だからだろうな、オレはいつしか自由を求めるようになっていた。だが、お前のようにオレの願いを訊く奇特なヤツはいなかった。ま、それが普通なんだろうがな」
「そんな……」
「幾度も願いを叶え続けたオレは、自由を手にすることもなく眠りについた。それから時は流れ、次に封印が解かれたのは10年後だった」
「それって、私の部屋にあった……」
「ああ、そうだ。恐らくお前が手にした魔法のランプは、昔の住人が置いてったんだろう。幸い10年間見つかることもなくな」
初めて聞く昔話に私は胸が張り裂ける思いだった。誰もが彼の都合を考えずに、自分の欲望を優先したなんて許されることじゃない。
「お前だけだ。オレのただ1つの自由になりたいっつう願い事をしたのは……だから、お前はオレの恩人なんだよ」
「私、バーダックの役に立てたんだね」
「ああ、大いに貢献してくれたぜ。お前はオレにとって特別な女、つまり唯一無二の姫君ってわけだ」
「……そうだったんだ。じゃあ私がお姫様なら、バーダックは王子様だね」
「クッ、そんな柄じゃねえよ。差し詰め、オレは姫君を守る傭兵ってところか」
「傭兵って、それじゃ身分差の恋だよ。バーダックはオレ様なのに……」
「何か言ったか?」
「な、何でもございませんことよ。オホホ!」
「何だ、そりゃ」
「少しはアンタのお姫様らしくしようと思っただけよ!」
冷静に突っ込まれた私は、頬を膨らませてそっぽを向く。
「膨れっ面してねえで機嫌直せよ」
彼は私の膨れた頬を指で突いてくる。
「ふーんだ!」
「お前はガキか」
「ガキじゃ――んんっ!?」
反論しようとした口は彼の唇で塞がれた。何度も角度を変え、身体の芯まで溶かされてしまいそうな、甘く優しいキス。
機嫌が悪かった私の心はキス1つで、すっかり彼の虜になってしまう。我ながらお手軽だけど、堪らなく好きなんだからしょうがない。
やがて唇が離され、大きな両手が私の頬を包み込む。
「機嫌直ったか?」
「……うん」
「やけに素直だな」
「私はいつだって自分に素直ですぅ」
「へえ? じゃあ、もっと素直になってもらおうじゃねえか」
「え? きゃあっ!?」
彼は私をお姫様抱っこしてスタスタとベッドへ運び、私の身体をそっと下ろす。
「今はどうしようもなくお前が欲しい」
「……私も」
段々と近づいて来る彼の唇を受け止める為、私はゆっくりと目を閉じるのだった。
Desire―願う―
【バーダックの独白】
お前には『オレの愛しい姫君』と言ったことがあるが、もっと相応しい言葉がある。
お前はオレにとって『幸運の女神』だ。オレにランプの精以外の存在意義を教えてくれたからだ。
このオレがまさか、1人の女に執着する時が来るとはな。ランプの精だった頃は、想像もしてなかったぜ。いや、お前に出逢ってから、オレの運命が変わったのか。
お前はオレが見てきたどの人間よりも欲がなく、また情が深く、オレにとっては不思議な存在だった。そんなお前だから、オレは次第に惹かれていったんだろう。
ランプの精だった頃、欲望に塗れた人間どもの願いを叶え続け、すっかり汚れていたオレの心を、お前の『単純な性格』が浄化してくれた。
おっと、怒るなよ? お前の外見はもちろん、中身も結構気に入ってるんだからな。
お前のお陰で、人間も捨てたもんじゃねえと思うようになった。一度しか言わねえから、よく聞けよ? ……心から感謝してるぜ、ありがとな。
小っ恥ずかしいから普段は滅多に口にしねえが、オレはお前を愛してる。お前以外何も要らねえ。これまで何度もお前を抱いたが、それでもまだ足りねえくらいだ。だから、オレはオレの命が尽きるまで、お前を求めるだろう。今のうちに覚悟しとくんだな。そんな覚悟は出来ねえって? ふっ、お前に拒否権はねえよ。
お前という愛しい温もりを抱き寄せて、何度でも濃厚な口づけをしてやる。お前がオレのモンだって証にな。
照れ臭えし、ずっと黙ってるつもりだったが、今だから言うぜ。オレはお前の笑顔が好きなんだ。その笑顔を見ていると不思議と心が癒される。コロコロと表情が変わって、オレを飽きさせねえところも好きだ。
ともかく、お前はずっとオレの傍にいろ。そして、これからも2人で新しい道を歩いていこうぜ、オレの幸運の女神。