★お題小説
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【第八話 二度目の奇跡が無くたって】
「天気も良いし、お昼はたまに外で食べようか!」
「そうだな、オラも何か手伝うぞ」
「じゃあ、お父さんはテーブルと椅子を外に運んでくれる? それさえやってくれれば、後は大丈夫だからさ」
「よし来た。そんぐらい訳ねえぞ」
「名無しさんちゃんもお手伝いしてくれる?」
「勿論だ」
そんな訳で、昼食は孫家の外にテーブルを出して食べることになった。
悟空が軽々とテーブルと椅子を外に運び出し、悟天くんと私は出来立ての料理を運び終えた時だった。
「あれ?」
「どうした?」
「この気はもしかして……」
悟天くんが空を仰ぐと同時に、太陽を背にして黒い影が降下した。
その姿を注視すると、黒い影の正体は、青色のサラサラ髪で少し気の強そうな美少年だ。
「やっぱり、トランクスくんだ!」
「よぉ、悟天!」
「まさか今日来るとは思わなかったよ!」
「へへ、お前をビックリさせてやろうと思ってサプライズさ」
「ちょうど良かった。ボク達、今からお昼なんだ。トランクスくんも一緒に食べようよ!」
悟天くんが笑顔で言うと、トランクスくんは料理を眺めて「ふーん、別に食べてやっても良いぞ。お前のご飯、まあまあだからな」と踏ん反り返る。
……何だか独特な雰囲気の子だな。
「トランクス、おめえは相変わらず手厳しいなあ。悟天の飯は世辞抜きに美味ぇぞ。なあ、名無しさん」
「えっ、うん。美味いよ」
私に振るなよ、悟空。
「おじさん居たの? 今まで黙ってるから気づかなかった」
「おめえ達が喋ってっから、口挟まなかっただけだ。それよか、悟天。飯だ、飯。オラ、腹ペコだぞ」
「はいはい。じゃあ、ご飯にしよっか。皆、席について!」
私達はそれぞれ席に着き、両手を合わせる。
「いただきます!」
「死ぬ程食うぞ!」
「いっただっきまーす」
「いただきます」
悟天くん、悟空、トランクスくん、私が一斉に挨拶(?)して食事にありつく。
「今日のお昼は名無しさんちゃんにも手伝って貰いました! 皆、有り難く食べるようにね!」
「んーんめえ! 名無しさんは飯作んの上手ぇな!」
「うん、美味い。つーかよ、一つ気になってたんだけど、その人誰なんだ?」
トランクスくんが私に視線を向けて質問する。
「え? だから、名無しさんちゃんだよ」
「それは分かったての。じゃなくて、オレが訊きたいのは──」
「名無しさんが何モンかってことだろ、トランクス」
「うん、そういうこと」
悟天くんは「あ、そっか」と後頭部を掻いて、誤魔化し笑いする。
「しっかりしろよな、悟天」
「まあまあ、あんま責めてやるなって。オラが説明してやっからよ。名無しさんはな、別の世界から来た異世界人でよ」
「異世界人?」
「ああ、そうだ。訳あって、オラんちで預かることになったんだ」
「へえ、そんな夢みたいなことってホントにあるんだな」
「ちゅーわけで、仲良くしてやってくれよな、トランクス!」
「うん、分かった。よろしくね、名無しさんさん」
トランクスくんが右手を差し出した。
「ああ、よろしくな。トランクスくん」
私も手を伸ばして、固い握手を交わす。
悟天くんは天真爛漫だが、トランクスくんは沈着冷静って感じだな。
「それにしても、悟天。この葉っぱ、なかなかイケるな。何て言うんだ?」
「それはコシアブラって山菜の女王だよ。トランクスくんは食べたことないの?」
悟天くんが逆に質問するとトランクスくんは「ない、西の都には売ってないからな」とクールに返す。
「そっか。じゃあ、お土産に持たせてあげるから、おばさんに天ぷら揚げてもらいなよ」
「おう、サンキュー!」
どうやらトランクスくんはコシアブラを、いたく気に入ったらしい。
確かに美味い。
私も黙々と山菜を食べる。
「悟天、おかわり!」
「お父さん、早すぎだよ。名無しさんちゃんはちゃんと食べてる?」
「私は充分だ」
「名無しさん、もっと食った方が良いぞ」
「でも、女の人は少食だよな。オレのママも名無しさんさんぐらいしか食べないぞ」
「ハハ……」
「悟天、おかわり!」
「早っ!」
「もうお父さん、少しは遠慮してよね」
「自分ちで遠慮してどうすんだ。良いから、ほれ早く」
「分かったよ。もっと味わって食べてよね?」
悟天くんはご飯を大盛りによそって、悟空に釘を刺しながら丼を渡す。
「分かってるって」
「ホントかなあ?」
仲良し親子の微笑ましい光景を眺めつつ、悟天くんの美味しい昼ご飯を心行くまで堪能するのだった。
【第九話 胸を焦がした永遠】
昼食を食べて片付け終えた後、悟空は孫家の前にあるハンモックでスヤスヤと昼寝している。
子供達は林の中に出掛けた。天気が良いから川遊びするらしい。
悟空親子は自然と上手く共生しているというか、山での生活を満喫しているのが見て取れた。
だからだろうか、私もその一員になりたいと願わずにはいられなかった。
確かに私は悟空にこの世界に残ると宣言したが、彼から正式に許可を貰った訳でもなく、そう自分で決めただけだ。
それは傲慢かもしれないが、誰かのために心を砕くのは大事なことで、その想いを大切にしたいと思う。
私は悟空が眠るハンモックの木に寄りかかりながら、そんなことを思い巡らせた。
「名無しさん……」
「え?」
突然、悟空に呼ばれて仰ぎ見ると、彼はまだ眠っている。
「寝言か」
「名無しさん……」
「ん?」
また私を呼ぶ悟空の声に耳を澄ます。
「名無しさんはほっせぇんだからよぉ……おめえも、たんと食え……ほれ、肉まん百個だ……」
「は?」
私は唖然とした。
夢の中まで飯を食べているのか、悟空は……。
私は悟空の底なしの食欲に圧倒されてしまう。
「悟空らしいな」
悟空は本当に面白い男だな。
私は瞑想を止めて、悟空の顔を覗き込んだ。
「!?」
途端、悟空が瞠目する。
私は慌てふためいた。
「ご、悟空……これは、その、何だ……」
私が狼狽えるのを余所に悟空が呟く。
「ヤツが来やがった」
「ヤツ?」
「ブロリーだ」
「ブロリーって……」
「ああ、名無しさんが予知夢で見た男だ」
「何で分かるんだ?」
「気で感じんだ。おめえも武術を嗜んでんなら、しっかり修業すりゃ会得出来っぞ」
「そ、そうか」
正直、訳が分からないが……。
「それよか、今はアイツを倒しに行くのが先決だ。名無しさんは大人しくここで待ってろ」
「ちょっと待て。私も──」
私が最後まで言う前に悟空は大空へ飛び立ってしまった。
「悟空!」
私は呆けて空を見るしかない。
「名無しさんちゃーん!」
「!?」
その時、ちょうど良いタイミングで子供達が帰って来た。
「悟天くん! 今、悟空が──」
私が説明しようとすると、彼は頷いた。
「分かってるよ、ブロリーだよね?」
「そうだ。ヤツの元に行ってしまった」
「ボクらも行ってみる。ね、トランクスくん?」
「そうだな、悟空さんの闘いは見物だしな」
「待ってくれ。私も連れてって欲しい。この通りだ」
子供達が飛び立とうとするのを引き留め、彼らに乞い願う。
「んー……でも、危ないと思うけど」
「そうだぜ、名無しさんさんには危険だから止めとけば?」
「それでも、悟空の所に行って彼らの全てを見届けたいんだ! 頼む、悟天くん!」
私が必死で頼み込むと、悟天くんは天を仰ぎ嘆息する。
「お父さんに叱られても知らないからね?」
「悟天くん!」
「良いのか、悟天」
「うん、名無しさんちゃん必死なんだもん。叶えてあげなきゃ可哀想だよ」
「恩に着るよ、悟天くん!」
これで予知夢の真相が分かる!
私は胸が高鳴るのを感じた。
「そうと決まれば、アレを呼ばなくちゃね」
「アレ?」
私が首を捻ると同時に悟天くんは空に向け「きんとうーん!」と大声で呼ぶ。
すると、どこからともなく黄色い雲の塊が目前に飛んで来た。
「なっ!?」
「よーしよし、筋斗雲よく来たね」
悟天くんは筋斗雲と呼んだ雲を撫で擦り、私に視線をくれた。
「さあ、名無しさんちゃんは筋斗雲に乗って?」
「え?」
「筋斗雲に乗ると、空を自由に飛べるんだ。これに乗って、ボクらと一緒にお父さんの所へ行こう」
「凄いな、空を自由に飛べるなんて」
そういえば、悟空も普通に飛んで行ったな。私も普通に受け入れているが、本当は物凄いことなんだよな。
「ほら、名無しさんちゃんてば早く乗って!」
「わ、分かった」
私は意を決して筋斗雲に乗り上がる。
思いの外、もこもこしていて乗り心地が良い。
「良いな、これ」
「へへーん、そうでしょ。ボクもいっぱいお世話になったんだ」
「へえ?」
「おい、悟天。そろそろ行かなくても良いのか?」
「あ、そうだった。筋斗雲、ボクらについて来て。名無しさんちゃんは筋斗雲に振り落とされないようにね?」
私が返事をする前に、子供達は空に舞い上がり、どこかに向けて飛行を開始した。
筋斗雲も彼らの後を追い、空を突っ切っていく。
私は筋斗雲にしっかり掴まり、ただ目前を見据えていた。悟空の身を案じながら。
【最終話 きっと、この日の為に】
「この辺りから反応があるね、トランクスくん」
「ああ、もうちょい近づきたいとこだけど」
二人がこっちを見る。
「何だ?」
「名無しさんちゃん、お父さん達が闘ってる姿を見たいんだよね?」
「ああ」
「危ないけど、それでも?」
先程から危険だと言われているが、ブロリーはそれほど物凄い強敵だということが分かる。
しかし、私には選択肢が一つしかない。
「それでも、連れてってくれ」
「名無しさんさんて、結構な頑固者だよな」
「う……それを言われると耳が痛いな」
「ふーん、自覚はあるんだ」
「トランクスくん止しなよ。今はのんびり喋ってる暇ないでしょ?」
私とトランクスくんの間に悟天くんが割って入る。
その時、近辺で爆発音が聞こえた。
「何だ!?」
「お父さんとブロリーが闘ってるんだよ」
「ブロリーの気のデカさはハンパないな」
「けど、お父さんは無敵なんだから負けるわけないよ!」
二人が言い合いしている最中、私は筋斗雲でもう少し近づいてみることにした。
「筋斗雲、もっと近づいてくれ」
宙に留まっていた筋斗雲は、私の指示で更に爆発音との距離を縮めてくれる。
すると、爆発範囲に入った私の目に、悟空とブロリーらしき男が激しい攻防戦を繰り広げていた。
「予知夢通りだ。いや、夢以上にリアルで迫力がある」
普段の悟空と闘っている時は雰囲気が全然違う。何というか勇ましい──これに尽きる。
「名無しさん! 何で来たんだ! 大人しく待ってろって言ったじゃねえか!」
悟空がブロリーと闘いながら私に怒号を飛ばす。
「悟空が心配だからに決まってるだろ! あなたが居なくなったら、私がこの世界に留まる意味がなくなる! それは嫌だ! 私はもっと二人と一緒に居たい!」
悟空に有りっ丈の想いをぶつけた。
「名無しさん……おめえ、そこまでオラ達を……ぐっ!」
悟空が呟いた時、ブロリーの拳が彼の左頬にめり込み、大きく仰け反った。
「悟空!?」
「油断したな、カカロット」
「くっ、おめえにばっか良いようにさせて堪っかよ!」
「何だと……ぐっ!?」
悟空はブロリーの脚を掴み、回転しながら空中に力強く投げ飛ばす。ブロリーは勢い良く身体を投げ出され、岩壁に激突した。
「名無しさん、この勝負が終わったら話がある」
悟空はブロリーを見据えたまま、私に向けて言い放った。
「話?」
「だから、おめえは物陰にでも隠れてろよ?」
「だが……」
「分かったな?」
有無を言わせない迫力に私は「分かった」と素直に頷く他なかった。
「そんじゃあ、いっちょ気合い入れて闘わねえとな!」
そう言って、悟空はブロリーの元へ飛んでいく。
私が筋斗雲に物陰に隠れたいとお願いすると、筋斗雲は近辺の木々の間まで運んでくれ、どこかに飛び去った。
「名無しさんちゃーん!」
「悟天くん、こっちだ!」
彼を手招きすると、悟天くんは一気に腕の中へと飛び込んで来る。
狼狽しつつ、彼の身体をしっかりと受け止めた私は悟天くんに言った。
「悟空がこの勝負に勝ったら話があるんだってさ」
「話って、名無しさんちゃんに?」
「ああ、何だろうな?」
「ははーん、オレ分かっちゃったもんね!」
悟天くんとともに飛んで来たトランクスくんが後頭部で腕を組みながら、得意気に言って退ける。
「何々!? ボクにも教えてよ、トランクスくん!」
「やーだね、ちょっとは自分で考えろよな? て言っても、悟天はお子ちゃまだから到底、理解出来ないだろうけどさ」
「トランクスくんだって子供じゃないか! 意地悪しないで教えてよぉ!」
子供達の戯れを横目に天を仰ぐと、悟空達は相変わらず熾烈な攻防を打ち続けていた。
彼らが発する空気がピリピリと張り詰め、それくらい次元を越えた強さと勝負だということが、私にも肌で感じ取れる。
ブロリーは手強い。だが、先程の悟空の瞳には、燃え盛るような闘志が漲っているのを悟った私は、彼が絶対に勝つと信じているため、何も恐れることはなかった。
私は悟空とブロリーの真剣勝負を固い一念で見守った。
そして。あれから、どれ程の時が経ったのだろう?
私には悟空を信じることしか出来なかった。
しかし、漸く雌雄は決した。
僅差で悟空のパワーが上回り、何と栄光の勝利を掴んだのだ。
その勇ましい姿を目にした私は、悟空こそ真の武道家足り得ると、心から称賛の拍手を贈りたい気持ちになる。
私は悟空の元に駆け出していた。
「やっぱり、お父さんはスゴいや!」
「悟天」
「ん?」
「悟空さん達の邪魔はするなよ」
「邪魔? どうして?」
「決まってるだろ。あの二人が良い感じだからだ」
「良い感じ?」
二人がそんな会話をしているとは露知らず、ゆっくり降下してきた悟空に私は片手を振りながら駆け寄る。
悟空は変身を解いて私に視線を向け、口許にふっと笑みを浮かべた。
「やったぞ、名無しさん!」
「ああ、さすが悟空だな!」
「ちっとばっかし疲れちまったがな」
「なら、木陰で休むか? あっちに悟天くん達が──」
私が悟空に背を向けると、彼は私の肩を掴んで「名無しさん」と呼んだ。
「ブロリーとの勝負が終わったら、話があるって言ったろ?」
「あ、ああ」
私は悟空を振り返り「話って何だ?」と首を傾げる。
「名無しさんがオラと悟天をどんだけ大事に想っててくれんのか、闘いの最中に分かって決めたんだ」
「決めたって、何をだ?」
「名無しさんを正式にパオズ山に迎え入れようと思ってよ」
悟空は予知夢通り、ニコニコと眩しい笑顔で私に宣言した。
「悟空!」
「名無しさんがオラ達の世界に残るって言った時はどこまで本気なんか、いまいち判断出来なかったからよ。オラは受け入れんのを躊躇ってたんだ」
すまねえな、と自分の眼前に片手を持って来て謝る悟空。
その言葉を受けた私はなるほどなと納得し、微笑する。
「良いんだ、悟空はちゃんと分かってくれたじゃないか。私はそれで充分だ」
「おめえがそう言ってくれっと助かっぞ。これからもよろしく頼むぜ、名無しさん」
「こちらこそだ、悟空」
私が応えると、悟空は急に真剣な顔つきになって、私の腕を引き寄せた。
悟空の腕の中に閉じ込められ、再び「名無しさん」と名前を呼ばれる。
返事をしようとした時、悟空の顔が眼前に迫り、唇に柔らかい感触が重なった。
不意のことで瞠目する。まさか、今悟空にキスされるなんて予想だにしなかったからだ。
だが、悟空とのファーストキスは甘酸っぱく、胸が熱くなる程、心地好いものだった。
予知夢はきっと、この素晴らしい時のために、この日を迎えるための大事な予見だったに違いない。そう確信があった。
それは無二の想い人と出逢うための、私にとって大切な能力だった。
ここが異世界だと知った時は確かに戸惑ったが、こんなにも満ち足りた日々を送れるのはとても幸福なことで、私は予知夢が見れて良かったと心底、素直に思えた。
悟空からのキスを一身に受けながら、密かに想い抱いた。
彼を心から愛していると……。
キスを交わしている間、まるで時が止まり、二人だけの世界にいるような感覚を覚えていた。
やがて、ゆっくり唇が離される。
「……名無しさん、やっぱおめえはめんごいな」
悟空はとても穏やかな眼差しをくれた。
それだけで胸が高鳴る。
私の髪を武骨な指で幾度も梳き、おでこにキスを落とされた。
それを擽ったく思いながら、彼の胴に腕を回し、優しい温もりを甘受する。
「悟空、私この世界に来れて良かった。怪我の功名かもしれないが、これが運命だと信じたい」
「ああ。名無しさんと出逢うのは、きっと最初っから決まってたことだ。オラもそう信じてっぞ。神様に感謝しなくちゃな」
「ああ、そうだな」
こんなにも穏やかな心持ちになるのは初めてだった。
彼を好きになって本当に良かった。
悟空との想い出を噛み締めつつ、私達は互いに引き合うように唇を重ね合わせる。
悟天くん達が遠くから見守っているとも知らず、私は彼との甘いキスに浸っていた。
後日談。
私は悟空から正式にパオズ山に迎え入れてもらい、彼らとの新生活をスタートさせた。
何より嬉しかったのは、悟天くんが飛び上がる程悦んでくれたことだ。
勇気を出して行動すると、何かしらの実りがあることを悟った。
平日は悟天くんを学校に送り出した後、悟空の仕事を手伝う日々を送っている。
悟空はのんびり気儘に仕事しながら、時間が空いた時に修業するのが楽しみらしい。どこまで行っても根っからの武道家で、そんな悟空に惚れたのだから、愚痴も文句も毛頭出てこない。
そうそう、私は新たに身につけた力がある。それは悟空達が空を自由に飛び回れる、舞空術という術だ。
私が武道家の端くれだからなのか、ありがたいことに悟空にみっちり教わってどうにか会得することが出来た。
悟空からは筋が良いとか、さすが武道家なだけあると少し気恥ずかしくなる程、褒め言葉を貰えたのが最高に嬉しい。舞空術は本当に便利な能力で、特に買い出しに行く時は重宝している。
そして、オフの過ごし方は二人に混じって修業に打ち込んだり、たまに三人で遠出したり、悟天くんの勉強を見てあげたりと、新鮮な気持ちで毎日を過ごしている。
こんな充足感は、決して今までの世界ではあり得なかったことだ。きっと私は悟空達とともに、パオズ山で生涯を終えるのだろう。
ごくありふれた(?)日常の中に幸せは見つかるというが、私の幸福はこの世界で得られた。
そんなことをぼんやりと思いながら、トラックの助手席で窓外を眺めている時だった。
「名無しさん」
「ん?」
「おめえさ、オラの嫁になんねえか?」
「は?」
あまりに唐突すぎて、一瞬何を言われたのか理解出来なかった。
「悟天も名無しさんにかなり懐いてっしよ。オラもおめえを気に入ってかんなあ」
「……」
「嫌なら、今のまんまで良いけどよ」
「いや! 私は悟空が好きだ。ずっと黙っていたが、予知夢で悟空を見た時、その太陽みたいな笑顔に一目惚れしたんだ」
「名無しさん……そうだったんか」
「だから、悟空の嫁になれるなら、これ程嬉しいことはない。だが……」
私は言い淀んだ。
「どうしたんだ?」
「私は普通の女子みたいに女らしくない。悟空はそれでも良いのか?」
悟空は小さく笑い、私の頭にぽんと掌を乗せる。
「そんなこと気にすんなって。ちゅーか、それが名無しさんの個性なんだろうからよ。自分のこと真っ向から否定すんのは間違ってっぞ?」
「悟空……」
「もっと言うとよ、オラはそんな飾らねえ名無しさんだから惚れたんだぜ。だから、もっと自信持てよ」
それに名無しさんは充分女らしいぞ、と悟空はウインクして見せる。
「どこがだ?」
「ん? そうだな、オラにチューされただけで茹で蛸みてえに真っ赤になるとことかよ」
「っ……」
「オラの腕ん中でちっちゃくなってるとこだな」
「か、からかわないでくれ!」
私が反論すると、悟空は豪快に笑う。
「からかってねえよ。オラの本心だかんなあ。とにかく、しんぺえしねえでも、でえじょうぶだ。オラの目にゃ名無しさんは魅力的な女にしか映ってねえからさ」
悟空の口調はどこまでも優しかった。
「それは、どうも……」
私は熱くなった顔を隠すように悟空から背ける。
「オラも嬉しかったぜ」
と、出し抜けに言う悟空。
「え?」
私は意味が分からず、首を捻った。
「名無しさんがオラに一目惚れしたってよ」
「あ……それはだな」
「言い訳すんなって。嬉しいもんなんだからよ。オラ達両想いっちゅーことで良いんだよな?」
「ああ、そうなるな」
「そんじゃあ、オラの嫁になっか?」
思い切って悟空を見ると、彼は運転しながら真正面を見据えている。
その面差しは柔和だった。
「悦んでお受けするよ」
「そうか。悟天に良い報せが出来るな。アイツは母親の愛情に飢えてっからよ」
「そうだな。私、良い母親を目指すよ」
「あんま気負わず、気楽にな?」
「ああ、分かってる」
「そんじゃ、今日もいっちょ頑張ろうぜ。そんでもって、帰ったらお祝いすっぞ」
「悟天くん、悦ぶだろうな」
「もう、くん付けすんなよ。悟天で良いぜ」
「ご、悟天……やっぱり慣れない」
「ハハハ、そのうち慣れるさ。ゆっくりで良いからよ」
「そう言って貰えると助かる」
そんな会話を交わしつつ、悟空が運転するトラックは通り路をひたすら走っていく。
私と悟空の関係も変わろうとしている。
シナリオのないドラマのスタートラインに立ち、新たな人生に向かって走り出す。
それが、瑞光の道だとどこまでも信じ抜いて──
END
「天気も良いし、お昼はたまに外で食べようか!」
「そうだな、オラも何か手伝うぞ」
「じゃあ、お父さんはテーブルと椅子を外に運んでくれる? それさえやってくれれば、後は大丈夫だからさ」
「よし来た。そんぐらい訳ねえぞ」
「名無しさんちゃんもお手伝いしてくれる?」
「勿論だ」
そんな訳で、昼食は孫家の外にテーブルを出して食べることになった。
悟空が軽々とテーブルと椅子を外に運び出し、悟天くんと私は出来立ての料理を運び終えた時だった。
「あれ?」
「どうした?」
「この気はもしかして……」
悟天くんが空を仰ぐと同時に、太陽を背にして黒い影が降下した。
その姿を注視すると、黒い影の正体は、青色のサラサラ髪で少し気の強そうな美少年だ。
「やっぱり、トランクスくんだ!」
「よぉ、悟天!」
「まさか今日来るとは思わなかったよ!」
「へへ、お前をビックリさせてやろうと思ってサプライズさ」
「ちょうど良かった。ボク達、今からお昼なんだ。トランクスくんも一緒に食べようよ!」
悟天くんが笑顔で言うと、トランクスくんは料理を眺めて「ふーん、別に食べてやっても良いぞ。お前のご飯、まあまあだからな」と踏ん反り返る。
……何だか独特な雰囲気の子だな。
「トランクス、おめえは相変わらず手厳しいなあ。悟天の飯は世辞抜きに美味ぇぞ。なあ、名無しさん」
「えっ、うん。美味いよ」
私に振るなよ、悟空。
「おじさん居たの? 今まで黙ってるから気づかなかった」
「おめえ達が喋ってっから、口挟まなかっただけだ。それよか、悟天。飯だ、飯。オラ、腹ペコだぞ」
「はいはい。じゃあ、ご飯にしよっか。皆、席について!」
私達はそれぞれ席に着き、両手を合わせる。
「いただきます!」
「死ぬ程食うぞ!」
「いっただっきまーす」
「いただきます」
悟天くん、悟空、トランクスくん、私が一斉に挨拶(?)して食事にありつく。
「今日のお昼は名無しさんちゃんにも手伝って貰いました! 皆、有り難く食べるようにね!」
「んーんめえ! 名無しさんは飯作んの上手ぇな!」
「うん、美味い。つーかよ、一つ気になってたんだけど、その人誰なんだ?」
トランクスくんが私に視線を向けて質問する。
「え? だから、名無しさんちゃんだよ」
「それは分かったての。じゃなくて、オレが訊きたいのは──」
「名無しさんが何モンかってことだろ、トランクス」
「うん、そういうこと」
悟天くんは「あ、そっか」と後頭部を掻いて、誤魔化し笑いする。
「しっかりしろよな、悟天」
「まあまあ、あんま責めてやるなって。オラが説明してやっからよ。名無しさんはな、別の世界から来た異世界人でよ」
「異世界人?」
「ああ、そうだ。訳あって、オラんちで預かることになったんだ」
「へえ、そんな夢みたいなことってホントにあるんだな」
「ちゅーわけで、仲良くしてやってくれよな、トランクス!」
「うん、分かった。よろしくね、名無しさんさん」
トランクスくんが右手を差し出した。
「ああ、よろしくな。トランクスくん」
私も手を伸ばして、固い握手を交わす。
悟天くんは天真爛漫だが、トランクスくんは沈着冷静って感じだな。
「それにしても、悟天。この葉っぱ、なかなかイケるな。何て言うんだ?」
「それはコシアブラって山菜の女王だよ。トランクスくんは食べたことないの?」
悟天くんが逆に質問するとトランクスくんは「ない、西の都には売ってないからな」とクールに返す。
「そっか。じゃあ、お土産に持たせてあげるから、おばさんに天ぷら揚げてもらいなよ」
「おう、サンキュー!」
どうやらトランクスくんはコシアブラを、いたく気に入ったらしい。
確かに美味い。
私も黙々と山菜を食べる。
「悟天、おかわり!」
「お父さん、早すぎだよ。名無しさんちゃんはちゃんと食べてる?」
「私は充分だ」
「名無しさん、もっと食った方が良いぞ」
「でも、女の人は少食だよな。オレのママも名無しさんさんぐらいしか食べないぞ」
「ハハ……」
「悟天、おかわり!」
「早っ!」
「もうお父さん、少しは遠慮してよね」
「自分ちで遠慮してどうすんだ。良いから、ほれ早く」
「分かったよ。もっと味わって食べてよね?」
悟天くんはご飯を大盛りによそって、悟空に釘を刺しながら丼を渡す。
「分かってるって」
「ホントかなあ?」
仲良し親子の微笑ましい光景を眺めつつ、悟天くんの美味しい昼ご飯を心行くまで堪能するのだった。
【第九話 胸を焦がした永遠】
昼食を食べて片付け終えた後、悟空は孫家の前にあるハンモックでスヤスヤと昼寝している。
子供達は林の中に出掛けた。天気が良いから川遊びするらしい。
悟空親子は自然と上手く共生しているというか、山での生活を満喫しているのが見て取れた。
だからだろうか、私もその一員になりたいと願わずにはいられなかった。
確かに私は悟空にこの世界に残ると宣言したが、彼から正式に許可を貰った訳でもなく、そう自分で決めただけだ。
それは傲慢かもしれないが、誰かのために心を砕くのは大事なことで、その想いを大切にしたいと思う。
私は悟空が眠るハンモックの木に寄りかかりながら、そんなことを思い巡らせた。
「名無しさん……」
「え?」
突然、悟空に呼ばれて仰ぎ見ると、彼はまだ眠っている。
「寝言か」
「名無しさん……」
「ん?」
また私を呼ぶ悟空の声に耳を澄ます。
「名無しさんはほっせぇんだからよぉ……おめえも、たんと食え……ほれ、肉まん百個だ……」
「は?」
私は唖然とした。
夢の中まで飯を食べているのか、悟空は……。
私は悟空の底なしの食欲に圧倒されてしまう。
「悟空らしいな」
悟空は本当に面白い男だな。
私は瞑想を止めて、悟空の顔を覗き込んだ。
「!?」
途端、悟空が瞠目する。
私は慌てふためいた。
「ご、悟空……これは、その、何だ……」
私が狼狽えるのを余所に悟空が呟く。
「ヤツが来やがった」
「ヤツ?」
「ブロリーだ」
「ブロリーって……」
「ああ、名無しさんが予知夢で見た男だ」
「何で分かるんだ?」
「気で感じんだ。おめえも武術を嗜んでんなら、しっかり修業すりゃ会得出来っぞ」
「そ、そうか」
正直、訳が分からないが……。
「それよか、今はアイツを倒しに行くのが先決だ。名無しさんは大人しくここで待ってろ」
「ちょっと待て。私も──」
私が最後まで言う前に悟空は大空へ飛び立ってしまった。
「悟空!」
私は呆けて空を見るしかない。
「名無しさんちゃーん!」
「!?」
その時、ちょうど良いタイミングで子供達が帰って来た。
「悟天くん! 今、悟空が──」
私が説明しようとすると、彼は頷いた。
「分かってるよ、ブロリーだよね?」
「そうだ。ヤツの元に行ってしまった」
「ボクらも行ってみる。ね、トランクスくん?」
「そうだな、悟空さんの闘いは見物だしな」
「待ってくれ。私も連れてって欲しい。この通りだ」
子供達が飛び立とうとするのを引き留め、彼らに乞い願う。
「んー……でも、危ないと思うけど」
「そうだぜ、名無しさんさんには危険だから止めとけば?」
「それでも、悟空の所に行って彼らの全てを見届けたいんだ! 頼む、悟天くん!」
私が必死で頼み込むと、悟天くんは天を仰ぎ嘆息する。
「お父さんに叱られても知らないからね?」
「悟天くん!」
「良いのか、悟天」
「うん、名無しさんちゃん必死なんだもん。叶えてあげなきゃ可哀想だよ」
「恩に着るよ、悟天くん!」
これで予知夢の真相が分かる!
私は胸が高鳴るのを感じた。
「そうと決まれば、アレを呼ばなくちゃね」
「アレ?」
私が首を捻ると同時に悟天くんは空に向け「きんとうーん!」と大声で呼ぶ。
すると、どこからともなく黄色い雲の塊が目前に飛んで来た。
「なっ!?」
「よーしよし、筋斗雲よく来たね」
悟天くんは筋斗雲と呼んだ雲を撫で擦り、私に視線をくれた。
「さあ、名無しさんちゃんは筋斗雲に乗って?」
「え?」
「筋斗雲に乗ると、空を自由に飛べるんだ。これに乗って、ボクらと一緒にお父さんの所へ行こう」
「凄いな、空を自由に飛べるなんて」
そういえば、悟空も普通に飛んで行ったな。私も普通に受け入れているが、本当は物凄いことなんだよな。
「ほら、名無しさんちゃんてば早く乗って!」
「わ、分かった」
私は意を決して筋斗雲に乗り上がる。
思いの外、もこもこしていて乗り心地が良い。
「良いな、これ」
「へへーん、そうでしょ。ボクもいっぱいお世話になったんだ」
「へえ?」
「おい、悟天。そろそろ行かなくても良いのか?」
「あ、そうだった。筋斗雲、ボクらについて来て。名無しさんちゃんは筋斗雲に振り落とされないようにね?」
私が返事をする前に、子供達は空に舞い上がり、どこかに向けて飛行を開始した。
筋斗雲も彼らの後を追い、空を突っ切っていく。
私は筋斗雲にしっかり掴まり、ただ目前を見据えていた。悟空の身を案じながら。
【最終話 きっと、この日の為に】
「この辺りから反応があるね、トランクスくん」
「ああ、もうちょい近づきたいとこだけど」
二人がこっちを見る。
「何だ?」
「名無しさんちゃん、お父さん達が闘ってる姿を見たいんだよね?」
「ああ」
「危ないけど、それでも?」
先程から危険だと言われているが、ブロリーはそれほど物凄い強敵だということが分かる。
しかし、私には選択肢が一つしかない。
「それでも、連れてってくれ」
「名無しさんさんて、結構な頑固者だよな」
「う……それを言われると耳が痛いな」
「ふーん、自覚はあるんだ」
「トランクスくん止しなよ。今はのんびり喋ってる暇ないでしょ?」
私とトランクスくんの間に悟天くんが割って入る。
その時、近辺で爆発音が聞こえた。
「何だ!?」
「お父さんとブロリーが闘ってるんだよ」
「ブロリーの気のデカさはハンパないな」
「けど、お父さんは無敵なんだから負けるわけないよ!」
二人が言い合いしている最中、私は筋斗雲でもう少し近づいてみることにした。
「筋斗雲、もっと近づいてくれ」
宙に留まっていた筋斗雲は、私の指示で更に爆発音との距離を縮めてくれる。
すると、爆発範囲に入った私の目に、悟空とブロリーらしき男が激しい攻防戦を繰り広げていた。
「予知夢通りだ。いや、夢以上にリアルで迫力がある」
普段の悟空と闘っている時は雰囲気が全然違う。何というか勇ましい──これに尽きる。
「名無しさん! 何で来たんだ! 大人しく待ってろって言ったじゃねえか!」
悟空がブロリーと闘いながら私に怒号を飛ばす。
「悟空が心配だからに決まってるだろ! あなたが居なくなったら、私がこの世界に留まる意味がなくなる! それは嫌だ! 私はもっと二人と一緒に居たい!」
悟空に有りっ丈の想いをぶつけた。
「名無しさん……おめえ、そこまでオラ達を……ぐっ!」
悟空が呟いた時、ブロリーの拳が彼の左頬にめり込み、大きく仰け反った。
「悟空!?」
「油断したな、カカロット」
「くっ、おめえにばっか良いようにさせて堪っかよ!」
「何だと……ぐっ!?」
悟空はブロリーの脚を掴み、回転しながら空中に力強く投げ飛ばす。ブロリーは勢い良く身体を投げ出され、岩壁に激突した。
「名無しさん、この勝負が終わったら話がある」
悟空はブロリーを見据えたまま、私に向けて言い放った。
「話?」
「だから、おめえは物陰にでも隠れてろよ?」
「だが……」
「分かったな?」
有無を言わせない迫力に私は「分かった」と素直に頷く他なかった。
「そんじゃあ、いっちょ気合い入れて闘わねえとな!」
そう言って、悟空はブロリーの元へ飛んでいく。
私が筋斗雲に物陰に隠れたいとお願いすると、筋斗雲は近辺の木々の間まで運んでくれ、どこかに飛び去った。
「名無しさんちゃーん!」
「悟天くん、こっちだ!」
彼を手招きすると、悟天くんは一気に腕の中へと飛び込んで来る。
狼狽しつつ、彼の身体をしっかりと受け止めた私は悟天くんに言った。
「悟空がこの勝負に勝ったら話があるんだってさ」
「話って、名無しさんちゃんに?」
「ああ、何だろうな?」
「ははーん、オレ分かっちゃったもんね!」
悟天くんとともに飛んで来たトランクスくんが後頭部で腕を組みながら、得意気に言って退ける。
「何々!? ボクにも教えてよ、トランクスくん!」
「やーだね、ちょっとは自分で考えろよな? て言っても、悟天はお子ちゃまだから到底、理解出来ないだろうけどさ」
「トランクスくんだって子供じゃないか! 意地悪しないで教えてよぉ!」
子供達の戯れを横目に天を仰ぐと、悟空達は相変わらず熾烈な攻防を打ち続けていた。
彼らが発する空気がピリピリと張り詰め、それくらい次元を越えた強さと勝負だということが、私にも肌で感じ取れる。
ブロリーは手強い。だが、先程の悟空の瞳には、燃え盛るような闘志が漲っているのを悟った私は、彼が絶対に勝つと信じているため、何も恐れることはなかった。
私は悟空とブロリーの真剣勝負を固い一念で見守った。
そして。あれから、どれ程の時が経ったのだろう?
私には悟空を信じることしか出来なかった。
しかし、漸く雌雄は決した。
僅差で悟空のパワーが上回り、何と栄光の勝利を掴んだのだ。
その勇ましい姿を目にした私は、悟空こそ真の武道家足り得ると、心から称賛の拍手を贈りたい気持ちになる。
私は悟空の元に駆け出していた。
「やっぱり、お父さんはスゴいや!」
「悟天」
「ん?」
「悟空さん達の邪魔はするなよ」
「邪魔? どうして?」
「決まってるだろ。あの二人が良い感じだからだ」
「良い感じ?」
二人がそんな会話をしているとは露知らず、ゆっくり降下してきた悟空に私は片手を振りながら駆け寄る。
悟空は変身を解いて私に視線を向け、口許にふっと笑みを浮かべた。
「やったぞ、名無しさん!」
「ああ、さすが悟空だな!」
「ちっとばっかし疲れちまったがな」
「なら、木陰で休むか? あっちに悟天くん達が──」
私が悟空に背を向けると、彼は私の肩を掴んで「名無しさん」と呼んだ。
「ブロリーとの勝負が終わったら、話があるって言ったろ?」
「あ、ああ」
私は悟空を振り返り「話って何だ?」と首を傾げる。
「名無しさんがオラと悟天をどんだけ大事に想っててくれんのか、闘いの最中に分かって決めたんだ」
「決めたって、何をだ?」
「名無しさんを正式にパオズ山に迎え入れようと思ってよ」
悟空は予知夢通り、ニコニコと眩しい笑顔で私に宣言した。
「悟空!」
「名無しさんがオラ達の世界に残るって言った時はどこまで本気なんか、いまいち判断出来なかったからよ。オラは受け入れんのを躊躇ってたんだ」
すまねえな、と自分の眼前に片手を持って来て謝る悟空。
その言葉を受けた私はなるほどなと納得し、微笑する。
「良いんだ、悟空はちゃんと分かってくれたじゃないか。私はそれで充分だ」
「おめえがそう言ってくれっと助かっぞ。これからもよろしく頼むぜ、名無しさん」
「こちらこそだ、悟空」
私が応えると、悟空は急に真剣な顔つきになって、私の腕を引き寄せた。
悟空の腕の中に閉じ込められ、再び「名無しさん」と名前を呼ばれる。
返事をしようとした時、悟空の顔が眼前に迫り、唇に柔らかい感触が重なった。
不意のことで瞠目する。まさか、今悟空にキスされるなんて予想だにしなかったからだ。
だが、悟空とのファーストキスは甘酸っぱく、胸が熱くなる程、心地好いものだった。
予知夢はきっと、この素晴らしい時のために、この日を迎えるための大事な予見だったに違いない。そう確信があった。
それは無二の想い人と出逢うための、私にとって大切な能力だった。
ここが異世界だと知った時は確かに戸惑ったが、こんなにも満ち足りた日々を送れるのはとても幸福なことで、私は予知夢が見れて良かったと心底、素直に思えた。
悟空からのキスを一身に受けながら、密かに想い抱いた。
彼を心から愛していると……。
キスを交わしている間、まるで時が止まり、二人だけの世界にいるような感覚を覚えていた。
やがて、ゆっくり唇が離される。
「……名無しさん、やっぱおめえはめんごいな」
悟空はとても穏やかな眼差しをくれた。
それだけで胸が高鳴る。
私の髪を武骨な指で幾度も梳き、おでこにキスを落とされた。
それを擽ったく思いながら、彼の胴に腕を回し、優しい温もりを甘受する。
「悟空、私この世界に来れて良かった。怪我の功名かもしれないが、これが運命だと信じたい」
「ああ。名無しさんと出逢うのは、きっと最初っから決まってたことだ。オラもそう信じてっぞ。神様に感謝しなくちゃな」
「ああ、そうだな」
こんなにも穏やかな心持ちになるのは初めてだった。
彼を好きになって本当に良かった。
悟空との想い出を噛み締めつつ、私達は互いに引き合うように唇を重ね合わせる。
悟天くん達が遠くから見守っているとも知らず、私は彼との甘いキスに浸っていた。
後日談。
私は悟空から正式にパオズ山に迎え入れてもらい、彼らとの新生活をスタートさせた。
何より嬉しかったのは、悟天くんが飛び上がる程悦んでくれたことだ。
勇気を出して行動すると、何かしらの実りがあることを悟った。
平日は悟天くんを学校に送り出した後、悟空の仕事を手伝う日々を送っている。
悟空はのんびり気儘に仕事しながら、時間が空いた時に修業するのが楽しみらしい。どこまで行っても根っからの武道家で、そんな悟空に惚れたのだから、愚痴も文句も毛頭出てこない。
そうそう、私は新たに身につけた力がある。それは悟空達が空を自由に飛び回れる、舞空術という術だ。
私が武道家の端くれだからなのか、ありがたいことに悟空にみっちり教わってどうにか会得することが出来た。
悟空からは筋が良いとか、さすが武道家なだけあると少し気恥ずかしくなる程、褒め言葉を貰えたのが最高に嬉しい。舞空術は本当に便利な能力で、特に買い出しに行く時は重宝している。
そして、オフの過ごし方は二人に混じって修業に打ち込んだり、たまに三人で遠出したり、悟天くんの勉強を見てあげたりと、新鮮な気持ちで毎日を過ごしている。
こんな充足感は、決して今までの世界ではあり得なかったことだ。きっと私は悟空達とともに、パオズ山で生涯を終えるのだろう。
ごくありふれた(?)日常の中に幸せは見つかるというが、私の幸福はこの世界で得られた。
そんなことをぼんやりと思いながら、トラックの助手席で窓外を眺めている時だった。
「名無しさん」
「ん?」
「おめえさ、オラの嫁になんねえか?」
「は?」
あまりに唐突すぎて、一瞬何を言われたのか理解出来なかった。
「悟天も名無しさんにかなり懐いてっしよ。オラもおめえを気に入ってかんなあ」
「……」
「嫌なら、今のまんまで良いけどよ」
「いや! 私は悟空が好きだ。ずっと黙っていたが、予知夢で悟空を見た時、その太陽みたいな笑顔に一目惚れしたんだ」
「名無しさん……そうだったんか」
「だから、悟空の嫁になれるなら、これ程嬉しいことはない。だが……」
私は言い淀んだ。
「どうしたんだ?」
「私は普通の女子みたいに女らしくない。悟空はそれでも良いのか?」
悟空は小さく笑い、私の頭にぽんと掌を乗せる。
「そんなこと気にすんなって。ちゅーか、それが名無しさんの個性なんだろうからよ。自分のこと真っ向から否定すんのは間違ってっぞ?」
「悟空……」
「もっと言うとよ、オラはそんな飾らねえ名無しさんだから惚れたんだぜ。だから、もっと自信持てよ」
それに名無しさんは充分女らしいぞ、と悟空はウインクして見せる。
「どこがだ?」
「ん? そうだな、オラにチューされただけで茹で蛸みてえに真っ赤になるとことかよ」
「っ……」
「オラの腕ん中でちっちゃくなってるとこだな」
「か、からかわないでくれ!」
私が反論すると、悟空は豪快に笑う。
「からかってねえよ。オラの本心だかんなあ。とにかく、しんぺえしねえでも、でえじょうぶだ。オラの目にゃ名無しさんは魅力的な女にしか映ってねえからさ」
悟空の口調はどこまでも優しかった。
「それは、どうも……」
私は熱くなった顔を隠すように悟空から背ける。
「オラも嬉しかったぜ」
と、出し抜けに言う悟空。
「え?」
私は意味が分からず、首を捻った。
「名無しさんがオラに一目惚れしたってよ」
「あ……それはだな」
「言い訳すんなって。嬉しいもんなんだからよ。オラ達両想いっちゅーことで良いんだよな?」
「ああ、そうなるな」
「そんじゃあ、オラの嫁になっか?」
思い切って悟空を見ると、彼は運転しながら真正面を見据えている。
その面差しは柔和だった。
「悦んでお受けするよ」
「そうか。悟天に良い報せが出来るな。アイツは母親の愛情に飢えてっからよ」
「そうだな。私、良い母親を目指すよ」
「あんま気負わず、気楽にな?」
「ああ、分かってる」
「そんじゃ、今日もいっちょ頑張ろうぜ。そんでもって、帰ったらお祝いすっぞ」
「悟天くん、悦ぶだろうな」
「もう、くん付けすんなよ。悟天で良いぜ」
「ご、悟天……やっぱり慣れない」
「ハハハ、そのうち慣れるさ。ゆっくりで良いからよ」
「そう言って貰えると助かる」
そんな会話を交わしつつ、悟空が運転するトラックは通り路をひたすら走っていく。
私と悟空の関係も変わろうとしている。
シナリオのないドラマのスタートラインに立ち、新たな人生に向かって走り出す。
それが、瑞光の道だとどこまでも信じ抜いて──
END