★お題小説
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翌日。約束した時間より十分早く着いた私は、悟空が来るのを待っていた。そこへ……。
「ねえ、彼女独り?」
「暇ならオレらと遊ばない?」
見た目からして軽薄そうな感じの男が二人、慣れ慣れしく話しかけてきた。
「……連れを待ってるんで結構です」
「そーんな冷たい事言わないでさ」
二人の男が左右に陣取って、逃げたくても逃げ出せない。
「一緒に遊ぼうぜ?」
「人を待ってるって言ってるじゃないですか!」
「何だよ、ちょっとくらい良いじゃないかよ」
一人の男が不機嫌そうに舌打ちをした。
男の手が私の腕に触れようとした瞬間。
「おい、嫌がってんじゃねえか。おめえ達いい加減にしろよ」
耳慣れた声が響いた。
「あっ!」
男達の背後に仁王立ちの悟空がいる。でも何だか、いつもと雰囲気が違う。
「何だ、てめえは?」
「オラは悟空だ」
「ざけやがって……!」
男が悟空に殴りかかろうとした時、彼は超スピードで男の背後に立つ。
「うわっ……な、何しやがる!?」
男は首根っこを押さえつけられて、悲鳴に近い声を上げた。
暴れて悟空の手から逃れようとするけど、彼はビクともせずに無言で男を睨んでいる。
「悟空……」
「この野郎!」
もう独りの男が叫びながら、悟空に向かって拳を振り上げた。
「ぐあっ……!」
振り落とされた拳は難なく悟空の空いてる腕で、逆手に取って捻り上げられる。
例になく冷たい瞳で見下ろす悟空に、男達は顔面蒼白。
「ご、悟空、私は大丈夫だからもう許してあげて?」
悟空は私に視線をくれた。
おめえがそう言うならと、彼は男達に目線を戻して口を開く。
「おめえ達、二度と名無しさんに近寄らねえと誓うか?」
「誓います誓います!」
「もう二度と近寄らないって誓うから助けてくれっ!」
「分かった。ほら、行けよ」
地面に放り投げられた二人の男は慌てて立ち上がると、一目散に逃げて行った。
「何なんだ、あいつら」
二人が逃げ出した方を見て、悟空は眉間に皺を寄せる。
「連れを待ってるって言ったのにしつこくて……助けてくれて、ありがとう」
いつも笑顔を絶やさない悟空が、あんな冷酷な顔を見せるなんて。
怖かったというより、驚いたという方が近い。
「それより、おめえが無事で良かったぞ。手負いのリスザルみてえに威嚇してたもんなあ」
「リスザルって……」
「違ぇな、山猫か?」
「もう!」
「ははは!」
冗談で気を紛らわせてくれるのは悟空らしいかな。あんまり、冗談に聞こえなかったけど……。
やっぱり彼には優しい笑顔が一番似合ってると、改めてそう思った瞬間だった。
悟空と私は早速、向日葵畑へ足を運んだ。
見渡す限り向日葵が咲き誇って、まるで黄色い絨毯を敷いたみたいに色鮮やかな景色が広がっていた。
「すげえな! オラの背丈ぐれえあるんじゃねえか?」
隣には目を輝かせて、向日葵畑に魅入る悟空。
「観に来て良かったね、悟空」
一面に広がる壮大な向日葵を眺めていると、たかが失恋で落ち込んでいたことがちっぽけに思えた。
「力強くて凛々しくて、皆に愛されて。悟空は向日葵そのものじゃない?」
「そっか? はは、そう言われっと照れちまうなあ」
悟空は頭部を掻きながら、頬を染めた。
「でもよ、オラも名無しさんは向日葵みてえだって思うぜ」
「私が?」
「名無しさんの笑った顔が向日葵みてえで、オラまで癒されるっちゅうか、元気になれんだよな。オラ、おめえの笑顔が好きだからさ」
「え……?」
思わず悟空を見ると、ニコニコと私を見つめていた。
笑顔が良いって言われたことはあったけど、ハッキリと好きだって言われたのは初めてだった。
そこに恋愛感情があるのか分からなかったけど……。
しばらく壮大な景色を楽しんでいると、不意に向日葵畑から少し離れた時計台の鐘が鳴った。見ると、ちょうど十二時を回ったところだ。
「あ、もうお昼?」
「おっ、もうそんな時間か」
「そろそろお弁当食べようか?」
「ああ、腹減ったしな。名無しさんの弁当楽しみだ」
悟空のお腹も主張するように、盛大な音が鳴り響いた。
「あはは! なら、広場に移動してお昼にしよっか!」
「どうせなら、向日葵がよく見える場所で食おうぜ?」
悟空が指した所に、小高い丘があった。
「広場があるのに?」
「オラはあの丘で食いてえんだ。ほら行こうぜ!」
悟空に腕を掴まれて、そのまま丘に向かって走り出した。
「ちょっ、そんなに急がなくても……!」
「無理無理、腹減ってもう我慢出来ねえよ!」
悟空は食べ物が関わると見境がなくなる。
私は仕方ないなと思いながら、悟空と小高い丘まで走った。
向日葵畑から少し離れた小高い丘に、シートを敷いて二人だけのランチタイム。
大食漢の彼でも満足して貰えるように、早起きして作った大量のお弁当を広げると、悟空の顔が輝く。
「おっ、美味そうだなあ!」
悟空は余程お腹が空いてたんだなって思わせるぐらい、物凄い速さでサンドイッチやおかずを平らげてしまった。
「ふぅ、食った食った! ご馳走さん。こんなにうめえなら、毎日でも名無しさんの飯食いてえぞ!」
「お粗末様。悟空の口に合って良かった」
「そんな謙遜すんなよ。おめえの飯はうめえって、オラが保証すっからさ」
その場に寝転んだ悟空が、気持ち良さげに目を細めて言った。
その様子を見て、とても温かい気持ちになる。
悟空になら毎日作ってあげても良いかな。そして、いつも悟空の明るい笑顔を眺めていたい。それだけで穏やかな気持ちになれるから……。
「なあ、名無しさん」
「ん?」
悟空を見ると、顔を下から覗き込まれていた。
「オラに膝枕してくれよ?」
「膝枕って……」
「もちろん良いよな!」
悟空はニカッと笑って、私の膝に頭を乗せてくる。
「あっ、まだOKしてないよ」
「ヘヘ、名無しさんの膝枕最高だ!」
「もう、調子良いんだから」
私は小さく笑うと、悟空の前髪をそっと撫でる。
彼は心地好さげに目を細めた。
「だってよ、オラおめえのことが……」
「ご、悟空?」
悟空は目を閉じて、ゆっくり口を開いた。
「名無しさんといると安心するっちゅうか、ブルマや他のヤツらとは何か違うんだ。今までこんな気持ちになったことねえんだよな、オラ……」
そう呟いて、やがて静かな寝息を立て始める悟空。
「悟空……」
そんな風に思ってくれていたことが嬉しくて、幸せな気持ちになれた。
こうして悟空と私の二人だけの、ゆったりした時間は過ぎてゆくのだった。
【第七話 世界中に叫びたい】
悟空と遊んだ翌週、ブルマさんから一本の電話を貰った。内容は私をブルマさん宅のディナーに招待したいという旨だった。
いつも独りご飯の私を気遣ってくれたのだ。もちろん私はブルマさんのお誘いを喜んで受けた。
夕方、ブルマさん宅に訪れる。
「いらっしゃい、名無しさんさん」
ブルマさんが満面の笑みで、出迎えてくれた。
「今晩は、ブルマさん。これ、私が焼いた桃のタルトなんですけど、良かったら夕食後に皆で食べませんか?」
「そんなに気を遣ってもらわなくても良かったのよ、名無しさんさん。でも、折角だから戴くわね?」
「ええ、どうぞ」
私が差し出したタルトの箱をブルマさんが笑顔で受け取る。
「そうそう、孫くんも呼んだのよ。アイツを招待すれば、名無しさんさんも嬉しいでしょ?」
「っ……そんなこと」
「ふふ、隠さなくても良いのよ。孫くん、割とカッコいいしね?」
「ブ、ブルマさん……」
そんなやり取りをしながら、ダイニングルームに通されると、ベジータさんが椅子に座っていた。
「よく来たな、名無しさん」
「今晩は、ベジータさん」
「孫くんも、もうそろそろ来る頃なんだけど……」
その時、ちょうど良いタイミングでインターホンが鳴り響く。
「あ、来たみたい! ちょっと待っててね?」
ブルマさんは悟空を迎えに、玄関へ駆けて行った。
「……つっ立ってないで、座ったらどうだ?」
ベジータさんが静かに口を開いて、向かい側の椅子を指す。
「あ、はい」
ベジータさんとは落ち着いて話す機会がなかったなと思いながら、椅子に腰を下ろした。
どんな話をしようか考えていると。
「ところで、お前はカカロットと付き合っているのか?」
「っ……いいえ、付き合ってないですよ!」
ベジータさんから話しかけてくれたのは嬉しいけど、まさかこんな質問されるなんてビックリ。
「そうか」
「実は以前ブルマさんからも、同じ質問をされたんですよ」
「ブルマが……そうか」
「え?」
「いや、気にするな」
ベジータさんは何故か、薄く笑みを浮かべていた。
「お待たせ、孫くん連れて来たわよ」
「オッス! 待たせちまったみてえでわりぃな」
ブルマさんと一緒に現れた悟空は、迷わず私の隣席に座った。
「ふん」
ベジータさんは悟空から視線を外していたけど、どこか嬉しそうに見えた。
この二人って、仲が良いのか悪いのか今でもよく分からないのよね。
「名無しさんさんは、きっと良いお嫁さんになるんじゃないかしら」
夕食時、ブルマさんがそんなことを言い出した。
「えっ、私にはそんな相手いないですよ!」
慌てて否定すると、ブルマさんは小さく笑う。
「大丈夫、貴女ならすぐに相手が見つかるわよ。案外身近にいるかもしれないわね?」
「あ、あはは……」
ブルマさんに言われるまで、結婚なんて考えてもみなかった。
今までは他人事のように思っていたから。
「ヨメ……なあ、ブルマ。ヨメって何だっけ?」
「お嫁さんっていうのは、結婚相手の女性のことよ」
「ああ、そうだっけ! 確かに名無しさんなら良い嫁さんになれるだろうな。飯もすげえうめえしよ」
穏やかな眼差しを私に向けて、軽く肩を叩いてくる悟空。
「あ、ありがとう」
ただ悟空に出逢ってからは、日に日に彼への想いが強くなっていくのは確かで。
悟空が大好き、と世界中に叫びたいくらい。
だけどそれを悟空に言ってしまったら、今までのような関係でいられるかどうか心配で……彼は自由を愛する人だって知っていたから。
「折角だから、四人で写真撮りましょうよ。今日のために最新のスマホを用意したのよ」
夕食を終えて、写真を撮ることになったんだけど。
「オレはごめんだな」
「良いじゃねえか、ベジータ。こんな機会も滅多にねえんだから、皆で仲良く撮ろうぜ?」
「チッ……」
出て行こうとするベジータさんを悟空が呼び止めて、皆揃っての記念撮影。
「次はそうね……孫くんと名無しさんさんのツーショットで撮ってあげるわよ?」
「おっ、良いな。名無しさん、撮ってもらおうぜ?」
ニコニコ顔の悟空に背後から、ふわりと抱き締められた。
「!?」
彼の胸板が私の背中に密着して、不覚にも胸がどくんと高鳴った。
「ご、悟空……このカッコで撮るの?」
「ああ。これなら名無しさんとオラがどんだけ仲が良いか、一目で分かるしな!」
悟空の言葉で、一気に頬が熱くなる。
その瞬間をブルマさんに、ばっちり撮られてしまったのだった。
「今のはなしですよっ、ブルマさん!」
「おほほほ、何のことかしら?」
「悟空も何とか言ってよ!」
「良いじゃねえか、記念だ記念」
「後でプリントアウトして二人にプレゼントするから、楽しみにしててよね」
「サンキュー、ブルマ」
悟空があの調子だから何を言っても無駄だと思い、私は盛大に溜め息を吐くしかなかった。
まあ、今ではすっかり良い想い出だけどね。
その後は私の手作りタルトを皆で食べ、大半は悟空のお腹の中に収まった。タルトはこの時初めてチャレンジしたんだけど、美味しく出来て一安心したっけ。
【第八話 憎さ余って愛しさ千倍】
あれから、もう少しだけ続きがあって。
ブルマさんにディナーをご馳走になった翌週、特に予定のなかった私は散歩に出かけた。
折角の休日なのに、部屋に閉じ籠ったままでいると、気が滅入りそうで。
散歩の途中、公園に立ち寄った。私自身はうろ覚えだったけど、初めて悟空に出逢った場所だ。
ふと隅のベンチに座って、うたた寝をしている人が目に入った。
「……あれ?」
まさかと思いながら歩み寄ると、そこにいるのは紛れもなく悟空で。
どうしてここにいるのか疑問に思いつつ、悟空の隣に腰を下ろした。
「名無しさん……」
「えっ?」
名前を呼ばれたと同時に肩に重みがかかって、耳の辺りにチクチクと何かが当たる感触が……。
そっと横目で見ると、悟空が私の肩に寄りかかっていた。
チクッとしたのは、悟空の髪の毛。
寝顔を覗き見ると穏やかな表情で、規則正しい寝息を立てている。
気持ち良さそうに寝ている悟空を起こすのは忍びなくて、目が覚めるまでそっとしておいた。
子供のように純真な心の持ち主で、素直に甘えてくれる悟空に、どんどん惹かれていく。
面と向かって言える勇気はないけど、悟空が眠っている今なら……。
「ずっと黙ってるつもりだったけど、言うね。私は悟空が好き。友達としてじゃなくて異性として好きなの」
一度好きと口にしてしまえば、秘めていた想いが一気に溢れ出してしまう。
「私は悟空の笑顔をもっと近くで見ていたい。他には何も望まないから、ずっと悟空の傍にいさせてください」
聞こえている筈のない悟空に向けて、私は自分の想いを告げた。
それだけでも、悶々とした気持ちが晴れていくような気がした。
「そうだったんか」
「えっ!?」
傍らで声がして、心臓が止まるんじゃないかってくらい驚いた。
慌てて悟空を見れば、バッチリ目が合って……頭の中が一瞬で真っ白になってしまう。
「あ、あの……悟空サン。いつから起きてたの?」
「名無しさんがオラを好きって言った辺りからだな」
それって、ほぼ全部聞かれてたってことじゃない!
私が黙っていると、悟空が真面目な顔で話を切り出した。
「なあ、名無しさん。ちょっとオラの話聞いてくんねえか?」
私は悟空の問いかけに、無言で頷いた。
「まだおめえにゃ言ってなかったけど……オラ、サイヤ人っちゅう戦闘民族なんだってよ」
「サイヤ人って、ブルマさんが前に言ってた……」
「オラが赤ん坊の頃、惑星ベジータっちゅう星から地球に送られたらしい。オラの兄貴ってヤツから聞いたんだ。最初は信じられなかったけどな」
悟空はどこか遠くを見つめながら呟いた。
「悟空のお兄さんって、今どこにいるの?」
「あいつは、あの世にいるんじゃねえかな」
「あの世って……」
悟空の表情が固い。
きっと触れられたくないんだろうと思った私は、話題を変えることにした。
「ベジータさんからカカロットって呼ばれてるのは、サイヤ人に関係あるの?」
「カカロットっちゅうのはオラのサイヤ人としての名前らしいが、生まれた環境は関係ねえよ。今は地球人として生きてっからな。孫悟空が、オラの名前だって思ってるぜ」
「確かにいきなり他の名前で呼ばれても困るよね……あれ? ひょっとして、ベジータさんもサイヤ人なの?」
「ベジータはサイヤ人の王子なんだってよ。惑星ベジータ自体はとっくの昔に滅びたんだけどな」
ベジータさんが悟空をカカロットと呼ぶのは、サイヤ人としての誇りなのかもしれない。
「聞いてくれてサンキューな。おめえにはオラがサイヤ人だって、知ってて欲しかったからよ」
「ううん。悟空のことなら何でも知りたいって思ってるから、話してくれて嬉しい」
「そう言ってくれっと、結構嬉しいもんだな」
少しの沈黙の後、でもよと悟空は続けた。
「名無しさんが真剣にオラを想ってくれてんのに、いい加減な返事はしたくねえ。オラも本気で答えなきゃなんねえよな。だからよ、わりぃけど返事はちょっと待っててくんねえか?」
「それは、もちろん構わないよ」
私の気持ちを聞かせるつもりはなかった訳で、悟空がそう言ってくれただけでも嬉しかった。
返事をくれるのなら、いつまでも待っていようと思った。
【第九話 言ったが最後】
その日、仕事から真っ直ぐ帰宅して身体を休めていると、インターホンが鳴り響いた。
もしかしてと思って、玄関のドアを開けた先には……。
「よっ、名無しさん!」
予想通り、晴れやかな明るい笑みを浮かべた悟空が立っていた。
「悟空、久しぶりだね」
「ああ。なあ、ちょっくらオラに付き合ってくれ」
そう言われて連れて来られたのは、馴染みの児童公園。
先を歩いていた悟空が振り向いて、私に視線を向けてくる。いつもの穏やかな感じじゃなく、真剣そのもので。
私も真面目な顔で悟空を見つめ返した。
「あれからオラなりに考えて、やっと納得出来る答えが出たんだ」
「……うん」
少しの沈黙の後、彼は口を開いた。
「名無しさん、オラの嫁になってくれ。結婚するなら、おめえしかいねえんだ」
「え……」
突然のプロポーズに、私の思考は停止した。
「なあ、オラの話聞いてっか?」
気がつけば悟空の顔が間近にあって、今にも互いの鼻がくっつきそうな距離に……。
「あっ……はい! 聞いてる聞いてる!」
途端、耳まで熱くなるのを感じて、コクコクと首を縦に振る私……余裕がなさすぎる。
まさか悟空がプロポーズしてくれるなんて、こんなにも嬉しいことはなかった。
嬉しくて涙が溢れそうになるのを堪えて、精一杯の笑顔を悟空に見せる。
「私で良ければ、是非よろしくお願いします」
「オラは名無しさんじゃねえと嫌なんだよ。ここまで誰かを好きになったんは、オラを育ててくれた悟飯じいちゃん以来だ」
不意に視界が暗くなって、気づいたら悟空に抱き締められていた。
「悟空……」
私も悟空の胴に腕を回して優しい温もりに包まれ、無上の幸せに浸った。
キスをねだるように目を瞑ると、悟空の唇が私にゆっくりと重なる。ちょっとぎこちないけど、彼の優しさを感じるキスに心が、ふわふわした気分になる。
今までの想いが悟空に届いた喜びを噛み締めながら、時が経つのも忘れるくらい長い間、キスを交した。
悟空にプロポーズされてから半年後。
彼と私は海沿いの小さな式場で結婚式を挙げた。
式場の外にはカラフルなフラワーシャワーが降り注ぎ、祝福の声と拍手に包まれる。
列席者は悟空の仲間と私の同僚に数人の友達。そのなかには、もちろんブルマさんとベジータさんの姿も在った。
二人に向けて小さく手を振ると、ブルマさんは笑顔で、ベジータさんは片手を上げて応えてくれる。
横を見上げると悟空と目が合って、自然に笑みが零れた。
「ヘヘッ、オラのめんこい花嫁さんを皆にお披露目すっか!」
「きゃっ……!」
ふわりと抱き上げられ、皆の前でお姫様抱っこされてしまった。
恥ずかしいと思う暇もなく、彼の顔が近づいて二人の唇が重なる。その瞬間、一際盛大な歓声が上がった。
一度は止まっていたフラワーシャワーが、再びたくさん舞い始める。
「悟空。ブーケトスするから、後ろ向いてくれる?」
「こうか?」
悟空は私を抱っこしたまま、背後を向いた。
「じゃあ、投げるよっ!」
ジンクスに関係なく、手にした人が心から幸せになれるよう願いを籠めて――ブーケを空に向け、勢い良く投げる。
ブーケは綺麗に弧を描いて。
「何だ、これは?」
……なんと、ベジータさんの手中に収まった。
「ちょっと! 何であんたが取っちゃうのよ!?」
「知らん、オレの所に投げた名無しさんが悪い」
「名無しさんさんの所為にしないの!」
「ふん……そんなに欲しいなら、くれてやる。オレが持っているより、お前の方が似合うだろうからな」
「え――あ、ありがとう」
ほんのり顔を染めたベジータさんからブーケを押しつけられたブルマさんは、とても嬉しそうに受け取っていた。
なんだかんだ言っていても、二人は仲が良いみたい。
「名無しさん。オラ達、うんと幸せになろうぜ」
「私は今でも充分幸せだよ?」
「それじゃあ、まだまだ足りねえよ。世界一幸せな夫婦目指さねえとな!」
そんなことを、私を強く抱き締めながら言ってくれる悟空が堪らなく愛しくて。
「もう……悟空大好きっ!」
「おわっ!」
愛しい悟空の頬にキスを贈ると、彼はこれ以上ないくらい真っ赤になって、周囲から一斉に笑いが起こる。
最高に幸せを感じる、和やかな挙式だった。
【最終話 君でいっぱいいっぱい】
悟空との出逢いが、まるで昨日のことみたいに心に染みついている。それだけ、彼とのひとときが何より大切でかけがえのない追想だから。
幾つもの想い出を積み重ねてきた私は今、悟空との新婚生活を満喫している。
山での暮らしは、半月もしないうちに馴染んだ。元々都会の喧騒が苦手な私は、自然に囲まれた生活が苦ではなかったから。
ふと窓外を見ると、もうすぐ陽が暮れようとしている。
その時、寝室のドアが開いて、今まで修業に励んでいた悟空が顔を覗かせた。
「ただいま、名無しさん」
「お帰りなさい、悟空」
「なあ、押し入れなんか開けっ放しにして何やってんだ?」
「あ……」
押し入れの整理してる途中だったの、すっかり忘れてた……。
「気にしないで! それよりも、悟空もこれ見てよ?」
私は誤魔化すようにして、悟空にフォトブックを差し出した。
「何だ?」
「ほら、ブルマさんに初めてツーショットで撮って貰った写真よ。覚えてる?」
興味深そうに近づいて来た悟空はフォトブックを受け取って、私が指した写真を見つめている。
それにしても、ブルマさんがあれから挙式までの写真を選り抜いて、フォトブックにしてくれたのもすっかり忘れてた。
「これって……いつだったか、ブルマんちで夕飯食った後に撮ったんだっけか。あん時の名無しさん、熟れた林檎みてえで、すんげえ可愛かったんだよなあ」
悟空は写真を優しげな眼差しで愛しそうに眺めている。
それは良いんだけど……私には気になったことが一つだけ。
「あの時の私ってことは、今は可愛くないの?」
「……へ?」
幾ら自分の写真だからって、目の前にいる本人を差し置いて褒められても素直に喜べない。
「そんな失礼な人には、今日の夕飯抜きにしようかなあ?」
「いっ!? それだけは勘弁してくれよ! 今は可愛くねえなんて言ってねえじゃねえか!」
「だーめ! ちゃんと口にしてくれなきゃ許してあげないんだから!」
「そう言われてもよ……弱っちまうなあ」
そう呟いた悟空はフォトブックをベッドサイドに置いて隣に座ると、遠慮がちに私の腰を引き寄せた。
私は悟空と目を合わせないように顔を背ける。
「なんて言ったら良いんかな……確かに、名無しさんは可愛いけどさ。最近は思わず触りたくなっちまうぐれえ、別嬪になったなって思うんだよ」
私の髪に指を絡ませた悟空は耳元に顔を寄せると、甘い台詞を口ずさんだ。
たったそれだけで、胸がキュンとなる。
ちょっと悔しいけど――これも惚れた弱味、よね……。
「なあ、名無しさん……」
ああ、もう……そんな艶を含んだ声で呼ばれたら許すしかないじゃない。
「わ、分かったから……ちゃんと悟空の分も作るよ」
「ヘヘッ、やったぞ。そんじゃあ、仲直りのキスしような?」
悟空の顔が近づいて、私はそれに応じて目を閉じた。
「んっ……んん」
何度もキスを交して、徐々に深く重なり合っていく。
互いの舌を絡ませ合い、静かな部屋の中に水音を響かせる。
「ん……はぁっ……」
名残り惜しげに唇が離され、悟空の手が私の頬に添えられた。
その瞳は熱っぽく、真っ直ぐ私だけを見つめている。
「名無しさん……続き、良いか?」
返事の代わりに悟空の逞しい首へそっと腕を絡ませると、ゆっくりベッドに押し倒された。
「名無しさん」
「ん……?」
目を覚ましてすぐ視界に入ったのが、心配そうに眉を顰めた悟空で。
「身体、でえじょうぶか?」
「心配しなくても、これくらい……っ」
起き上がろうとすると下半身に鈍痛が走って、それを物語るように私の顔が歪む。
悟空サン……一日中身体動かしても、まだ体力あり余ってるのね……。
「どうした?」
「腰が痛い……」
「すまねえ! 無理させちまったよな? その様子だと、まだ起きねえ方が良いか……」
「でも、そろそろお腹空いたでしょ? 夕飯の支度しなきゃ……」
痛む腰を庇いつつ、ベッドから降りようとすると。
「駄目だ駄目だ、おめえが腰痛ぇってのに無理させらんねえよ!」
悟空が慌てて私の肩を掴んだ。
その真剣な眼差しから、本気で心配してくれているのが伝わる。
「じゃあ……痛みが治まるまで、傍にいてくれる?」
「当ったりめえだ。名無しさんの傍にいっから、しばらく大人しくしてろよ」
柔らかく微笑んだ悟空の温かい腕の中に、すっぽりと包み込まれた。
悟空の胸板に顔を擦り寄せると、壊れ物を扱うように腰を優しく撫でてくれる。
「ふふ、ありがと」
「礼なんか言うなよ。元はオラがわりぃんだからさ」
「それだけ悟空が私を愛してくれてるって証拠でしょ? だから、嬉しいのよ」
笑顔を向けた途端、悟空の喉が鳴った。
「駄目だな……オラ、名無しさんが愛しくて、おめえに溺れちまいそうだ」
「んっ……悟空」
あまりにもストレートな台詞と、唇を何度も啄ばむ甘いキスで、心も身体も蕩けそうになる。
「そんな顔すんなよ。もっとおめえが欲しくなっちまうじゃねえか……」
「何度でも受け止めるから、欲しくなっても良いよ。逆に我慢される方が辛いもの」
私の背中を掻き抱いて辛そうに呟く悟空に、安心して貰えるようにと満面の笑みを向ける。
「……そんなら、なるべく優しくすっからな?」
悟空は余裕なさげに微笑んだ。
「うん……」
「愛してっぞ、名無しさん」
「んっ……私も、悟空……」
私は瞼や頬に降り注ぐキスを心地好く思いながら、悟空に身を委ねた。
――私達夫婦の物語は、まだ序章に過ぎない。
これから二人で築いていく未来が光り輝くように……私は一心に祈りを捧げる。
END
「ねえ、彼女独り?」
「暇ならオレらと遊ばない?」
見た目からして軽薄そうな感じの男が二人、慣れ慣れしく話しかけてきた。
「……連れを待ってるんで結構です」
「そーんな冷たい事言わないでさ」
二人の男が左右に陣取って、逃げたくても逃げ出せない。
「一緒に遊ぼうぜ?」
「人を待ってるって言ってるじゃないですか!」
「何だよ、ちょっとくらい良いじゃないかよ」
一人の男が不機嫌そうに舌打ちをした。
男の手が私の腕に触れようとした瞬間。
「おい、嫌がってんじゃねえか。おめえ達いい加減にしろよ」
耳慣れた声が響いた。
「あっ!」
男達の背後に仁王立ちの悟空がいる。でも何だか、いつもと雰囲気が違う。
「何だ、てめえは?」
「オラは悟空だ」
「ざけやがって……!」
男が悟空に殴りかかろうとした時、彼は超スピードで男の背後に立つ。
「うわっ……な、何しやがる!?」
男は首根っこを押さえつけられて、悲鳴に近い声を上げた。
暴れて悟空の手から逃れようとするけど、彼はビクともせずに無言で男を睨んでいる。
「悟空……」
「この野郎!」
もう独りの男が叫びながら、悟空に向かって拳を振り上げた。
「ぐあっ……!」
振り落とされた拳は難なく悟空の空いてる腕で、逆手に取って捻り上げられる。
例になく冷たい瞳で見下ろす悟空に、男達は顔面蒼白。
「ご、悟空、私は大丈夫だからもう許してあげて?」
悟空は私に視線をくれた。
おめえがそう言うならと、彼は男達に目線を戻して口を開く。
「おめえ達、二度と名無しさんに近寄らねえと誓うか?」
「誓います誓います!」
「もう二度と近寄らないって誓うから助けてくれっ!」
「分かった。ほら、行けよ」
地面に放り投げられた二人の男は慌てて立ち上がると、一目散に逃げて行った。
「何なんだ、あいつら」
二人が逃げ出した方を見て、悟空は眉間に皺を寄せる。
「連れを待ってるって言ったのにしつこくて……助けてくれて、ありがとう」
いつも笑顔を絶やさない悟空が、あんな冷酷な顔を見せるなんて。
怖かったというより、驚いたという方が近い。
「それより、おめえが無事で良かったぞ。手負いのリスザルみてえに威嚇してたもんなあ」
「リスザルって……」
「違ぇな、山猫か?」
「もう!」
「ははは!」
冗談で気を紛らわせてくれるのは悟空らしいかな。あんまり、冗談に聞こえなかったけど……。
やっぱり彼には優しい笑顔が一番似合ってると、改めてそう思った瞬間だった。
悟空と私は早速、向日葵畑へ足を運んだ。
見渡す限り向日葵が咲き誇って、まるで黄色い絨毯を敷いたみたいに色鮮やかな景色が広がっていた。
「すげえな! オラの背丈ぐれえあるんじゃねえか?」
隣には目を輝かせて、向日葵畑に魅入る悟空。
「観に来て良かったね、悟空」
一面に広がる壮大な向日葵を眺めていると、たかが失恋で落ち込んでいたことがちっぽけに思えた。
「力強くて凛々しくて、皆に愛されて。悟空は向日葵そのものじゃない?」
「そっか? はは、そう言われっと照れちまうなあ」
悟空は頭部を掻きながら、頬を染めた。
「でもよ、オラも名無しさんは向日葵みてえだって思うぜ」
「私が?」
「名無しさんの笑った顔が向日葵みてえで、オラまで癒されるっちゅうか、元気になれんだよな。オラ、おめえの笑顔が好きだからさ」
「え……?」
思わず悟空を見ると、ニコニコと私を見つめていた。
笑顔が良いって言われたことはあったけど、ハッキリと好きだって言われたのは初めてだった。
そこに恋愛感情があるのか分からなかったけど……。
しばらく壮大な景色を楽しんでいると、不意に向日葵畑から少し離れた時計台の鐘が鳴った。見ると、ちょうど十二時を回ったところだ。
「あ、もうお昼?」
「おっ、もうそんな時間か」
「そろそろお弁当食べようか?」
「ああ、腹減ったしな。名無しさんの弁当楽しみだ」
悟空のお腹も主張するように、盛大な音が鳴り響いた。
「あはは! なら、広場に移動してお昼にしよっか!」
「どうせなら、向日葵がよく見える場所で食おうぜ?」
悟空が指した所に、小高い丘があった。
「広場があるのに?」
「オラはあの丘で食いてえんだ。ほら行こうぜ!」
悟空に腕を掴まれて、そのまま丘に向かって走り出した。
「ちょっ、そんなに急がなくても……!」
「無理無理、腹減ってもう我慢出来ねえよ!」
悟空は食べ物が関わると見境がなくなる。
私は仕方ないなと思いながら、悟空と小高い丘まで走った。
向日葵畑から少し離れた小高い丘に、シートを敷いて二人だけのランチタイム。
大食漢の彼でも満足して貰えるように、早起きして作った大量のお弁当を広げると、悟空の顔が輝く。
「おっ、美味そうだなあ!」
悟空は余程お腹が空いてたんだなって思わせるぐらい、物凄い速さでサンドイッチやおかずを平らげてしまった。
「ふぅ、食った食った! ご馳走さん。こんなにうめえなら、毎日でも名無しさんの飯食いてえぞ!」
「お粗末様。悟空の口に合って良かった」
「そんな謙遜すんなよ。おめえの飯はうめえって、オラが保証すっからさ」
その場に寝転んだ悟空が、気持ち良さげに目を細めて言った。
その様子を見て、とても温かい気持ちになる。
悟空になら毎日作ってあげても良いかな。そして、いつも悟空の明るい笑顔を眺めていたい。それだけで穏やかな気持ちになれるから……。
「なあ、名無しさん」
「ん?」
悟空を見ると、顔を下から覗き込まれていた。
「オラに膝枕してくれよ?」
「膝枕って……」
「もちろん良いよな!」
悟空はニカッと笑って、私の膝に頭を乗せてくる。
「あっ、まだOKしてないよ」
「ヘヘ、名無しさんの膝枕最高だ!」
「もう、調子良いんだから」
私は小さく笑うと、悟空の前髪をそっと撫でる。
彼は心地好さげに目を細めた。
「だってよ、オラおめえのことが……」
「ご、悟空?」
悟空は目を閉じて、ゆっくり口を開いた。
「名無しさんといると安心するっちゅうか、ブルマや他のヤツらとは何か違うんだ。今までこんな気持ちになったことねえんだよな、オラ……」
そう呟いて、やがて静かな寝息を立て始める悟空。
「悟空……」
そんな風に思ってくれていたことが嬉しくて、幸せな気持ちになれた。
こうして悟空と私の二人だけの、ゆったりした時間は過ぎてゆくのだった。
【第七話 世界中に叫びたい】
悟空と遊んだ翌週、ブルマさんから一本の電話を貰った。内容は私をブルマさん宅のディナーに招待したいという旨だった。
いつも独りご飯の私を気遣ってくれたのだ。もちろん私はブルマさんのお誘いを喜んで受けた。
夕方、ブルマさん宅に訪れる。
「いらっしゃい、名無しさんさん」
ブルマさんが満面の笑みで、出迎えてくれた。
「今晩は、ブルマさん。これ、私が焼いた桃のタルトなんですけど、良かったら夕食後に皆で食べませんか?」
「そんなに気を遣ってもらわなくても良かったのよ、名無しさんさん。でも、折角だから戴くわね?」
「ええ、どうぞ」
私が差し出したタルトの箱をブルマさんが笑顔で受け取る。
「そうそう、孫くんも呼んだのよ。アイツを招待すれば、名無しさんさんも嬉しいでしょ?」
「っ……そんなこと」
「ふふ、隠さなくても良いのよ。孫くん、割とカッコいいしね?」
「ブ、ブルマさん……」
そんなやり取りをしながら、ダイニングルームに通されると、ベジータさんが椅子に座っていた。
「よく来たな、名無しさん」
「今晩は、ベジータさん」
「孫くんも、もうそろそろ来る頃なんだけど……」
その時、ちょうど良いタイミングでインターホンが鳴り響く。
「あ、来たみたい! ちょっと待っててね?」
ブルマさんは悟空を迎えに、玄関へ駆けて行った。
「……つっ立ってないで、座ったらどうだ?」
ベジータさんが静かに口を開いて、向かい側の椅子を指す。
「あ、はい」
ベジータさんとは落ち着いて話す機会がなかったなと思いながら、椅子に腰を下ろした。
どんな話をしようか考えていると。
「ところで、お前はカカロットと付き合っているのか?」
「っ……いいえ、付き合ってないですよ!」
ベジータさんから話しかけてくれたのは嬉しいけど、まさかこんな質問されるなんてビックリ。
「そうか」
「実は以前ブルマさんからも、同じ質問をされたんですよ」
「ブルマが……そうか」
「え?」
「いや、気にするな」
ベジータさんは何故か、薄く笑みを浮かべていた。
「お待たせ、孫くん連れて来たわよ」
「オッス! 待たせちまったみてえでわりぃな」
ブルマさんと一緒に現れた悟空は、迷わず私の隣席に座った。
「ふん」
ベジータさんは悟空から視線を外していたけど、どこか嬉しそうに見えた。
この二人って、仲が良いのか悪いのか今でもよく分からないのよね。
「名無しさんさんは、きっと良いお嫁さんになるんじゃないかしら」
夕食時、ブルマさんがそんなことを言い出した。
「えっ、私にはそんな相手いないですよ!」
慌てて否定すると、ブルマさんは小さく笑う。
「大丈夫、貴女ならすぐに相手が見つかるわよ。案外身近にいるかもしれないわね?」
「あ、あはは……」
ブルマさんに言われるまで、結婚なんて考えてもみなかった。
今までは他人事のように思っていたから。
「ヨメ……なあ、ブルマ。ヨメって何だっけ?」
「お嫁さんっていうのは、結婚相手の女性のことよ」
「ああ、そうだっけ! 確かに名無しさんなら良い嫁さんになれるだろうな。飯もすげえうめえしよ」
穏やかな眼差しを私に向けて、軽く肩を叩いてくる悟空。
「あ、ありがとう」
ただ悟空に出逢ってからは、日に日に彼への想いが強くなっていくのは確かで。
悟空が大好き、と世界中に叫びたいくらい。
だけどそれを悟空に言ってしまったら、今までのような関係でいられるかどうか心配で……彼は自由を愛する人だって知っていたから。
「折角だから、四人で写真撮りましょうよ。今日のために最新のスマホを用意したのよ」
夕食を終えて、写真を撮ることになったんだけど。
「オレはごめんだな」
「良いじゃねえか、ベジータ。こんな機会も滅多にねえんだから、皆で仲良く撮ろうぜ?」
「チッ……」
出て行こうとするベジータさんを悟空が呼び止めて、皆揃っての記念撮影。
「次はそうね……孫くんと名無しさんさんのツーショットで撮ってあげるわよ?」
「おっ、良いな。名無しさん、撮ってもらおうぜ?」
ニコニコ顔の悟空に背後から、ふわりと抱き締められた。
「!?」
彼の胸板が私の背中に密着して、不覚にも胸がどくんと高鳴った。
「ご、悟空……このカッコで撮るの?」
「ああ。これなら名無しさんとオラがどんだけ仲が良いか、一目で分かるしな!」
悟空の言葉で、一気に頬が熱くなる。
その瞬間をブルマさんに、ばっちり撮られてしまったのだった。
「今のはなしですよっ、ブルマさん!」
「おほほほ、何のことかしら?」
「悟空も何とか言ってよ!」
「良いじゃねえか、記念だ記念」
「後でプリントアウトして二人にプレゼントするから、楽しみにしててよね」
「サンキュー、ブルマ」
悟空があの調子だから何を言っても無駄だと思い、私は盛大に溜め息を吐くしかなかった。
まあ、今ではすっかり良い想い出だけどね。
その後は私の手作りタルトを皆で食べ、大半は悟空のお腹の中に収まった。タルトはこの時初めてチャレンジしたんだけど、美味しく出来て一安心したっけ。
【第八話 憎さ余って愛しさ千倍】
あれから、もう少しだけ続きがあって。
ブルマさんにディナーをご馳走になった翌週、特に予定のなかった私は散歩に出かけた。
折角の休日なのに、部屋に閉じ籠ったままでいると、気が滅入りそうで。
散歩の途中、公園に立ち寄った。私自身はうろ覚えだったけど、初めて悟空に出逢った場所だ。
ふと隅のベンチに座って、うたた寝をしている人が目に入った。
「……あれ?」
まさかと思いながら歩み寄ると、そこにいるのは紛れもなく悟空で。
どうしてここにいるのか疑問に思いつつ、悟空の隣に腰を下ろした。
「名無しさん……」
「えっ?」
名前を呼ばれたと同時に肩に重みがかかって、耳の辺りにチクチクと何かが当たる感触が……。
そっと横目で見ると、悟空が私の肩に寄りかかっていた。
チクッとしたのは、悟空の髪の毛。
寝顔を覗き見ると穏やかな表情で、規則正しい寝息を立てている。
気持ち良さそうに寝ている悟空を起こすのは忍びなくて、目が覚めるまでそっとしておいた。
子供のように純真な心の持ち主で、素直に甘えてくれる悟空に、どんどん惹かれていく。
面と向かって言える勇気はないけど、悟空が眠っている今なら……。
「ずっと黙ってるつもりだったけど、言うね。私は悟空が好き。友達としてじゃなくて異性として好きなの」
一度好きと口にしてしまえば、秘めていた想いが一気に溢れ出してしまう。
「私は悟空の笑顔をもっと近くで見ていたい。他には何も望まないから、ずっと悟空の傍にいさせてください」
聞こえている筈のない悟空に向けて、私は自分の想いを告げた。
それだけでも、悶々とした気持ちが晴れていくような気がした。
「そうだったんか」
「えっ!?」
傍らで声がして、心臓が止まるんじゃないかってくらい驚いた。
慌てて悟空を見れば、バッチリ目が合って……頭の中が一瞬で真っ白になってしまう。
「あ、あの……悟空サン。いつから起きてたの?」
「名無しさんがオラを好きって言った辺りからだな」
それって、ほぼ全部聞かれてたってことじゃない!
私が黙っていると、悟空が真面目な顔で話を切り出した。
「なあ、名無しさん。ちょっとオラの話聞いてくんねえか?」
私は悟空の問いかけに、無言で頷いた。
「まだおめえにゃ言ってなかったけど……オラ、サイヤ人っちゅう戦闘民族なんだってよ」
「サイヤ人って、ブルマさんが前に言ってた……」
「オラが赤ん坊の頃、惑星ベジータっちゅう星から地球に送られたらしい。オラの兄貴ってヤツから聞いたんだ。最初は信じられなかったけどな」
悟空はどこか遠くを見つめながら呟いた。
「悟空のお兄さんって、今どこにいるの?」
「あいつは、あの世にいるんじゃねえかな」
「あの世って……」
悟空の表情が固い。
きっと触れられたくないんだろうと思った私は、話題を変えることにした。
「ベジータさんからカカロットって呼ばれてるのは、サイヤ人に関係あるの?」
「カカロットっちゅうのはオラのサイヤ人としての名前らしいが、生まれた環境は関係ねえよ。今は地球人として生きてっからな。孫悟空が、オラの名前だって思ってるぜ」
「確かにいきなり他の名前で呼ばれても困るよね……あれ? ひょっとして、ベジータさんもサイヤ人なの?」
「ベジータはサイヤ人の王子なんだってよ。惑星ベジータ自体はとっくの昔に滅びたんだけどな」
ベジータさんが悟空をカカロットと呼ぶのは、サイヤ人としての誇りなのかもしれない。
「聞いてくれてサンキューな。おめえにはオラがサイヤ人だって、知ってて欲しかったからよ」
「ううん。悟空のことなら何でも知りたいって思ってるから、話してくれて嬉しい」
「そう言ってくれっと、結構嬉しいもんだな」
少しの沈黙の後、でもよと悟空は続けた。
「名無しさんが真剣にオラを想ってくれてんのに、いい加減な返事はしたくねえ。オラも本気で答えなきゃなんねえよな。だからよ、わりぃけど返事はちょっと待っててくんねえか?」
「それは、もちろん構わないよ」
私の気持ちを聞かせるつもりはなかった訳で、悟空がそう言ってくれただけでも嬉しかった。
返事をくれるのなら、いつまでも待っていようと思った。
【第九話 言ったが最後】
その日、仕事から真っ直ぐ帰宅して身体を休めていると、インターホンが鳴り響いた。
もしかしてと思って、玄関のドアを開けた先には……。
「よっ、名無しさん!」
予想通り、晴れやかな明るい笑みを浮かべた悟空が立っていた。
「悟空、久しぶりだね」
「ああ。なあ、ちょっくらオラに付き合ってくれ」
そう言われて連れて来られたのは、馴染みの児童公園。
先を歩いていた悟空が振り向いて、私に視線を向けてくる。いつもの穏やかな感じじゃなく、真剣そのもので。
私も真面目な顔で悟空を見つめ返した。
「あれからオラなりに考えて、やっと納得出来る答えが出たんだ」
「……うん」
少しの沈黙の後、彼は口を開いた。
「名無しさん、オラの嫁になってくれ。結婚するなら、おめえしかいねえんだ」
「え……」
突然のプロポーズに、私の思考は停止した。
「なあ、オラの話聞いてっか?」
気がつけば悟空の顔が間近にあって、今にも互いの鼻がくっつきそうな距離に……。
「あっ……はい! 聞いてる聞いてる!」
途端、耳まで熱くなるのを感じて、コクコクと首を縦に振る私……余裕がなさすぎる。
まさか悟空がプロポーズしてくれるなんて、こんなにも嬉しいことはなかった。
嬉しくて涙が溢れそうになるのを堪えて、精一杯の笑顔を悟空に見せる。
「私で良ければ、是非よろしくお願いします」
「オラは名無しさんじゃねえと嫌なんだよ。ここまで誰かを好きになったんは、オラを育ててくれた悟飯じいちゃん以来だ」
不意に視界が暗くなって、気づいたら悟空に抱き締められていた。
「悟空……」
私も悟空の胴に腕を回して優しい温もりに包まれ、無上の幸せに浸った。
キスをねだるように目を瞑ると、悟空の唇が私にゆっくりと重なる。ちょっとぎこちないけど、彼の優しさを感じるキスに心が、ふわふわした気分になる。
今までの想いが悟空に届いた喜びを噛み締めながら、時が経つのも忘れるくらい長い間、キスを交した。
悟空にプロポーズされてから半年後。
彼と私は海沿いの小さな式場で結婚式を挙げた。
式場の外にはカラフルなフラワーシャワーが降り注ぎ、祝福の声と拍手に包まれる。
列席者は悟空の仲間と私の同僚に数人の友達。そのなかには、もちろんブルマさんとベジータさんの姿も在った。
二人に向けて小さく手を振ると、ブルマさんは笑顔で、ベジータさんは片手を上げて応えてくれる。
横を見上げると悟空と目が合って、自然に笑みが零れた。
「ヘヘッ、オラのめんこい花嫁さんを皆にお披露目すっか!」
「きゃっ……!」
ふわりと抱き上げられ、皆の前でお姫様抱っこされてしまった。
恥ずかしいと思う暇もなく、彼の顔が近づいて二人の唇が重なる。その瞬間、一際盛大な歓声が上がった。
一度は止まっていたフラワーシャワーが、再びたくさん舞い始める。
「悟空。ブーケトスするから、後ろ向いてくれる?」
「こうか?」
悟空は私を抱っこしたまま、背後を向いた。
「じゃあ、投げるよっ!」
ジンクスに関係なく、手にした人が心から幸せになれるよう願いを籠めて――ブーケを空に向け、勢い良く投げる。
ブーケは綺麗に弧を描いて。
「何だ、これは?」
……なんと、ベジータさんの手中に収まった。
「ちょっと! 何であんたが取っちゃうのよ!?」
「知らん、オレの所に投げた名無しさんが悪い」
「名無しさんさんの所為にしないの!」
「ふん……そんなに欲しいなら、くれてやる。オレが持っているより、お前の方が似合うだろうからな」
「え――あ、ありがとう」
ほんのり顔を染めたベジータさんからブーケを押しつけられたブルマさんは、とても嬉しそうに受け取っていた。
なんだかんだ言っていても、二人は仲が良いみたい。
「名無しさん。オラ達、うんと幸せになろうぜ」
「私は今でも充分幸せだよ?」
「それじゃあ、まだまだ足りねえよ。世界一幸せな夫婦目指さねえとな!」
そんなことを、私を強く抱き締めながら言ってくれる悟空が堪らなく愛しくて。
「もう……悟空大好きっ!」
「おわっ!」
愛しい悟空の頬にキスを贈ると、彼はこれ以上ないくらい真っ赤になって、周囲から一斉に笑いが起こる。
最高に幸せを感じる、和やかな挙式だった。
【最終話 君でいっぱいいっぱい】
悟空との出逢いが、まるで昨日のことみたいに心に染みついている。それだけ、彼とのひとときが何より大切でかけがえのない追想だから。
幾つもの想い出を積み重ねてきた私は今、悟空との新婚生活を満喫している。
山での暮らしは、半月もしないうちに馴染んだ。元々都会の喧騒が苦手な私は、自然に囲まれた生活が苦ではなかったから。
ふと窓外を見ると、もうすぐ陽が暮れようとしている。
その時、寝室のドアが開いて、今まで修業に励んでいた悟空が顔を覗かせた。
「ただいま、名無しさん」
「お帰りなさい、悟空」
「なあ、押し入れなんか開けっ放しにして何やってんだ?」
「あ……」
押し入れの整理してる途中だったの、すっかり忘れてた……。
「気にしないで! それよりも、悟空もこれ見てよ?」
私は誤魔化すようにして、悟空にフォトブックを差し出した。
「何だ?」
「ほら、ブルマさんに初めてツーショットで撮って貰った写真よ。覚えてる?」
興味深そうに近づいて来た悟空はフォトブックを受け取って、私が指した写真を見つめている。
それにしても、ブルマさんがあれから挙式までの写真を選り抜いて、フォトブックにしてくれたのもすっかり忘れてた。
「これって……いつだったか、ブルマんちで夕飯食った後に撮ったんだっけか。あん時の名無しさん、熟れた林檎みてえで、すんげえ可愛かったんだよなあ」
悟空は写真を優しげな眼差しで愛しそうに眺めている。
それは良いんだけど……私には気になったことが一つだけ。
「あの時の私ってことは、今は可愛くないの?」
「……へ?」
幾ら自分の写真だからって、目の前にいる本人を差し置いて褒められても素直に喜べない。
「そんな失礼な人には、今日の夕飯抜きにしようかなあ?」
「いっ!? それだけは勘弁してくれよ! 今は可愛くねえなんて言ってねえじゃねえか!」
「だーめ! ちゃんと口にしてくれなきゃ許してあげないんだから!」
「そう言われてもよ……弱っちまうなあ」
そう呟いた悟空はフォトブックをベッドサイドに置いて隣に座ると、遠慮がちに私の腰を引き寄せた。
私は悟空と目を合わせないように顔を背ける。
「なんて言ったら良いんかな……確かに、名無しさんは可愛いけどさ。最近は思わず触りたくなっちまうぐれえ、別嬪になったなって思うんだよ」
私の髪に指を絡ませた悟空は耳元に顔を寄せると、甘い台詞を口ずさんだ。
たったそれだけで、胸がキュンとなる。
ちょっと悔しいけど――これも惚れた弱味、よね……。
「なあ、名無しさん……」
ああ、もう……そんな艶を含んだ声で呼ばれたら許すしかないじゃない。
「わ、分かったから……ちゃんと悟空の分も作るよ」
「ヘヘッ、やったぞ。そんじゃあ、仲直りのキスしような?」
悟空の顔が近づいて、私はそれに応じて目を閉じた。
「んっ……んん」
何度もキスを交して、徐々に深く重なり合っていく。
互いの舌を絡ませ合い、静かな部屋の中に水音を響かせる。
「ん……はぁっ……」
名残り惜しげに唇が離され、悟空の手が私の頬に添えられた。
その瞳は熱っぽく、真っ直ぐ私だけを見つめている。
「名無しさん……続き、良いか?」
返事の代わりに悟空の逞しい首へそっと腕を絡ませると、ゆっくりベッドに押し倒された。
「名無しさん」
「ん……?」
目を覚ましてすぐ視界に入ったのが、心配そうに眉を顰めた悟空で。
「身体、でえじょうぶか?」
「心配しなくても、これくらい……っ」
起き上がろうとすると下半身に鈍痛が走って、それを物語るように私の顔が歪む。
悟空サン……一日中身体動かしても、まだ体力あり余ってるのね……。
「どうした?」
「腰が痛い……」
「すまねえ! 無理させちまったよな? その様子だと、まだ起きねえ方が良いか……」
「でも、そろそろお腹空いたでしょ? 夕飯の支度しなきゃ……」
痛む腰を庇いつつ、ベッドから降りようとすると。
「駄目だ駄目だ、おめえが腰痛ぇってのに無理させらんねえよ!」
悟空が慌てて私の肩を掴んだ。
その真剣な眼差しから、本気で心配してくれているのが伝わる。
「じゃあ……痛みが治まるまで、傍にいてくれる?」
「当ったりめえだ。名無しさんの傍にいっから、しばらく大人しくしてろよ」
柔らかく微笑んだ悟空の温かい腕の中に、すっぽりと包み込まれた。
悟空の胸板に顔を擦り寄せると、壊れ物を扱うように腰を優しく撫でてくれる。
「ふふ、ありがと」
「礼なんか言うなよ。元はオラがわりぃんだからさ」
「それだけ悟空が私を愛してくれてるって証拠でしょ? だから、嬉しいのよ」
笑顔を向けた途端、悟空の喉が鳴った。
「駄目だな……オラ、名無しさんが愛しくて、おめえに溺れちまいそうだ」
「んっ……悟空」
あまりにもストレートな台詞と、唇を何度も啄ばむ甘いキスで、心も身体も蕩けそうになる。
「そんな顔すんなよ。もっとおめえが欲しくなっちまうじゃねえか……」
「何度でも受け止めるから、欲しくなっても良いよ。逆に我慢される方が辛いもの」
私の背中を掻き抱いて辛そうに呟く悟空に、安心して貰えるようにと満面の笑みを向ける。
「……そんなら、なるべく優しくすっからな?」
悟空は余裕なさげに微笑んだ。
「うん……」
「愛してっぞ、名無しさん」
「んっ……私も、悟空……」
私は瞼や頬に降り注ぐキスを心地好く思いながら、悟空に身を委ねた。
――私達夫婦の物語は、まだ序章に過ぎない。
これから二人で築いていく未来が光り輝くように……私は一心に祈りを捧げる。
END