★お題小説
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【第一話 全力疾走の先に…】
寝室で押し入れの整理をしている最中、一冊のフォトブックを見つけた。
表紙には『悟空と名無しさんの想い出』と書いてある。
ベッドに座ってフォトブックを開いてみると、ある写真が目に止まった。
「あ、これ……」
写真には無邪気に笑う悟空に後ろから抱き着かれて、顔を赤らめた私が写っている。
これは悟空と知り合ってから二ヶ月後に、ブルマさんの家で撮られた写真だ。
そもそも悟空と出逢ったのは一年程前。
私は当時付き合っていた恋人から、一方的に別れを告げられた。
理由は他に好きな人が出来たからと。
私は裏切られたような気分になって、悔しくて腹が立っていた。
どうしようもなく行き場のない思いを紛らわす為、コンビニで缶ビールを大量に購入して、児童公園のベンチで自棄酒を飲んだ。
「男なんて自分のことしか考えてないじゃない! もう二度と恋なんてするもんか――!」
酔いが回ると益々怒りが込み上げて、ビール片手に思いっ切り叫んだ。
辺りが暗くなっていたとはいえ、何本もの空き缶がベンチの周りに散乱して、目も当てられない状態。
そんな折り、突然頭上から声が聞こえた。
「おい、おめえ。独りで何やってんだ?」
顔を上げて見ると、口をぽかんと開けて私を見ている男がいる。
「何よ、あんた。私に何か用?」
「オラか? オラは孫悟空ってんだ。用っちゅうか……はは、めえったな」
酔っ払いの私に下から睨まれて、彼は困ったように笑っていた。
あんな醜態を晒したなんて、今思い出すだけでも顔から火が出そうだけど……この時は一刻も早く失恋を忘れてしまいたかった。
「あんたには関係ないでしょ……独りでいたいんだから、ほっといて!」
「おめえ、飲みすぎなんじゃねえか? 何があったか知らねえけどよ、こんなとこにいたら風邪ひいちまうぞ。それによ、女独りをほっとくわけにゃいかねえよ……つっても、おめえんち知らねえしなあ」
この時はまさか悟空との出逢いが、私の後の人生を変えることになるなんて、夢にも思わなかった。
【第二話 これだけはどうしても】
窓外から小鳥のさえずりが聴こえて、重い瞼を薄ら開いた。
見慣れない天井が目に入る。
心なしか身体が重たい。
起き上がって辺りを見ると、私が寝ていたベッドと箪笥しかないシンプルな部屋だった。
どうして、私こんな所にいるんだろう?
昨日は公園でビール飲んでる最中、知らない男に声をかけられて……名前は確か、孫悟空とか言ってたような……。
ぼんやりした頭で昨夜のことを思い出していると、突然扉が開いた。
「何だ、起きてたんだな」
部屋に入って来たのは、たった今頭の中を占めている人だった。
「あ、あんたっ……うっ……」
自分の声がズキズキと頭に響いて、思わず両手で頭部を押さえた。
完全に二日酔いだ。自業自得だから仕方ないけど……。
「でえじょうぶか、おめえ」
「……おめえじゃなくて、名無しさんよ。これぐらい平気だから、心配しないで……」
心配そうに話しかける悟空に、私は無理やり顔を上げて応えた。
するとベッドに片手をついた悟空が、真横から私の顔を覗き込んでくる。
「おめえ、名無しさんってのか。しんぺえすんなってもよ、まだ顔色わりぃぞ。無理しねえで、ゆっくり休んでけよ」
昨日知り合ったばかりの人にお世話になるなんて、滅茶苦茶カッコ悪いじゃない、私……。
「なあ、昨夜だけどよ。何か嫌なことでもあったのか?」
ベッドの端に腰を下ろした悟空が、眉根を寄せて私を見つめてくる。
「別に、何もないよ……」
昨日知り合ったばかりの他人に話せる筈もない。
元彼にフラれて悔しくてどうしようもないから、自棄酒飲んでました……なんて。
「何もねえなら良いんだけどよ。それより、おめえ頭痛ぇんだよな。後で薬持って来っから、もうちょい寝てろよ?」
悟空はそう言い残して、部屋を出て行ってしまった。
「……」
ここは大人しく彼の厚意に甘えて、頭痛が治まるまでもう少し寝よう。
起きたら早く家に帰らなくちゃ……頭の片隅でそう思いながら、目を瞑ってすぐに深い眠りに落ちた。
【第三話 君が笑ってくれるまで】
次に目を覚ました時、悟空が二日酔いに効く薬を用意してくれて、川で獲った巨大魚までご馳走してくれた。
「どうしてこんなに優しくしてくれるの? 普通は見ず知らずの人間なんて、誰も関わろうとしないのに……」
「何だ、そんなこと気にしてんのか?」
悟空は私を見つめて、言葉を紡ぐ。
「勝手にオラんち連れて来ちまったのは、わりぃと思ったけどよ。ずっとあんなとこにいたら風邪ひいちまうだろ? それによ、おめえまるで捨て猫みてえな顔しててさ。そんなヤツほっとくなんて真似、オラには出来ねえって」
他人を自分のことのように思いやれるなんて、誰にでも出来ることじゃない。それは、私も同じ……。
「名無しさん、泣きそうな顔してっぞ? あんまり無理すんな。辛ぇ時は誰かに甘ぇたって罰なんか当たんねえよ」
不意に頭を撫でられた。
その手が酷く優しくて、涙が滲んだ。
私は慌てて目に溜った涙を、服の袖で拭い取る。
悟空の人柄に触れた私は、彼になら話しても良いかなって気になれた。
「……情けない話だけど、聞いてくれる?」
上目遣いで見上げると、悟空は分かったと頷いた。
「オラで良いなら、何でも聞いてやっぞ」
「ありがと」
私は深呼吸して、ゆっくり語り始めた。
「実は私、恋人にフラれたの。好きな人が出来たから別れて欲しいって。それで裏切られた気分になって、自棄酒飲んで鬱憤を晴らそうとしてた。でも結局何も変わらなくて。悟空を巻き込んで、挙げ句の果てに二日酔いになって……」
言葉にすると余計惨めな気持ちになったけど、それが事実。
「こんな女に関わらない方が良かったって、思ってるんじゃない?」
私を軽蔑したに決まってると思った。大人気ないし、見苦しいって。
だけど、悟空は違った。
「それってよ……無理に忘れようとするから、苦しいんじゃねえか?」
「え?」
「いや、本来オラがどうこう言える立場じゃねえけどよ……今は辛ぇかもしんねえが、どんな酷ぇ傷だって時間が経てば必ず癒えるもんだ。そんなに焦らねえでも、でえじょうぶだって。だから、あんまり思い悩むなよ。な、名無しさん」
悟空の言う通り、時間が解決してくれるのを待つしかないんだろう。
所詮、私がやったことは現実逃避であって、何の解決にもなっていないと思い知った。
「悟空……ありがとう」
悟空の言葉が胸に響いて、苦しかった気持ちが少し軽くなったような気がした。
結局二日も悟空のお世話になってしまった。
「明日は仕事だから、もうお暇しなくちゃ」
「そんじゃあ、送ってやっからこっち来いよ」
悟空は玄関の扉を開けた後、来い来いと私を手招きした。
疑問に思いながらも悟空に歩み寄る。
すると不意にぐいと抱き寄せられて、二人の距離が一気に縮まった。
「ちょっ……一体何する気よ!?」
「ちっとばっかし我慢しててくれな?」
そのまま勢いよくジャンプしたかと思うと、まるで龍のように天高く昇っていく。
見下ろすと、地上は遠く眼下にあった。
その瞬間、私の口元が引き攣る。自分の身に起きていることが、夢なんじゃないかと思って。
「ご、悟空……これって、どういうこと!?」
「何がだ?」
「だから、どうして空を飛べるの?」
私の問いかけに悟空は「ああ」と頷いて、口を開いた。
「オラ、ちっせえ頃からずっと武術の修業しててよ。舞空術ってんだけど、そいつを身につけてさ。そんで自由に飛べるようになったんだ」
「へ、へぇ……」
武術に関しての知識なんて全然ないから、悟空の話にはついていけなくて。
でもそんな話をしている時の悟空の瞳が生き生きしてて、彼が武術を生き甲斐にしているのが何となく分かるような気がした。
それから他愛ない話をしていると、あっという間に西の都に到着した。
悟空に降ろして貰ったのは、私が借りているアパートの前。
「ありがとう、悟空」
笑顔でお礼を言うと、悟空もにっこりと笑んだ。
「そういや、名無しさんはどんな仕事してるんだ?」
「近所に在るレストランで、給仕をやってるの。あ、そうだ。良かったら今度、食べに来てよ?」
お礼の意味も兼ねて誘うと、途端に悟空の表情が明るくなる。
「飯屋なんか!?」
「う、うん」
「ホントに行っても良いのか!?」
「もちろん、悟空なら大歓迎だよ」
「サンキュー! ぜってえ行くから待っててくれよな!」
悟空にレストランの場所を教えると、無邪気な笑みを残して空の彼方へ飛び去った。
ホントに不思議な人だ。一緒に過ごしたのは僅かだけど、彼といる間は元彼のことなんて思い出す暇がなくて……何だかちょっと傷が癒えたような気がする。孫悟空か、また逢える日を楽しみにしていよう。
【第四話 「ありがとう」を何度でも】
数日後、約束通り悟空がレストランに姿を見せた。ベジータさんていう友人を連れて。
ゆっくり寛げるようにと、二人を窓側の席に案内した。
腰を落ち着けた途端、悟空は申し訳なさそうに肩を竦める。
「すまねえ、名無しさん。オラ独りで来るつもりだったんが、ベジータにうっかりおめえの話したら、一緒に連れてけってやかましくてよ」
「ふん……貴様が金を払わんとブルマがあれこれ煩いからだ。非常に不本意だが、オレはカカロットの目付だ」
「カカロット……?」
まだ事情を知らなかった私は、ベジータさんが悟空をカカロットと呼ぶのが不思議だった。
「何だよ、それ。金はちゃんと持って来てっぞ。ブルマのヤツ、オラを何だと思ってんだ」
「万が一貴様の所持金が足りなかったら、そんな意味はなかろうが」
本人達は至って真面目なんだろうけどね。私にしてみれば、微笑ましい光景にしか見えなかった。
「ん~何にすっかな。全部美味そうで迷うなあ」
悟空を見ると、メニューと睨めっこしている。
「今日は私がご馳走するから、好きな物注文してよ」
「ホントか!? 名無しさんは良いヤツだな!」
悟空は子供のように瞳を輝かせて私を見つめてくる。
私はその姿を見て笑ってしまった。
「悟空には色々お世話になったから、そのお礼にね。ベジータさんも遠慮せずに注文してくださいね?」
ベジータさんは私を見て一瞬目を見張り、ふっと口元に笑みを湛えた。
「悪いな」
「オラ、腹ペコだしなあ。んじゃあ、メニューに載ってるのを全部大盛りで頼めるか?」
「え? ぜ、全メニュー……大盛り?」
巨大魚を殆ど一人で平らげちゃうぐらい、大食いなのは知ってたけどさ。よく食べるなんて次元を越えてるよ……。
「あ……やっぱ、全メニューってのは駄目だよな」
残念そうに肩を落とす悟空。
「当たり前だろうが。場所柄を弁えろ、カカロット」
ベジータさんは呆れ顔で悟空を見てる。
仕方がない、今月は只働き覚悟だ! 何とか今までコツコツ貯めたお金もあるしね。
「かしこまりました、お客様。少々お待ちくださいませ」
「へ?」
「は?」
私の言葉に悟空もベジータさんも目が点だったけど、この間のお礼だって思えば何とかなる。
数時間後。
悟空とベジータさんは他のお客様に注目されながら、調理時間の半分以下で、清々しい程に全メニューを食べ尽した。
悟空の満足そうな顔が見れたから、奮発した甲斐があったけどね……一体どんな胃袋してんのよ!
仕事を終えた私は着替えて裏口から外に出ると「名無しさん!」と声をかけられた。
声の方を向くと、悟空が歩道の縁石に座っていた。
「よっ、ご苦労さん!」
「悟空……わざわざ待っててくれたんだ」
悟空は私の前に立って、ニコニコ笑っている。
「ベジータは先に帰っちまったけど、オラはおめえを送ってこうと思ってさ」
「子供じゃないんだから、独りで帰れるのに。あ、もしかして……」
「ん?」
「もうアルコールに頼ろうなんて思ってないから、心配しなくても大丈夫だよ? 短い間だったけど、大変お世話になりました」
この先悟空に逢えないって思うと、ちょっと寂しい気もする。
だけどお礼をした今、私達には接点がなくなってしまった。
もう悟空と逢う理由はない……。
「じゃあ、もう名無しさんとは逢えねえのか?」
「え?」
寂しそうな眼差しの悟空を見て、私は罪悪感に苛まれた。
こんな反応をされるとは、夢にも思わなくて……。
「そんなことないけど……」
「そんなら、また逢えるよな?」
「う、うん!」
顔を近づけて来る悟空に気圧されて、私は反射的に頷いていた。
するとさっきの寂しそうな目が嘘みたいに、彼の表情が見る間に明るくなった。
「そんなら良かった。折角知り合ったのに、もう逢えねえなんて寂しいからなあ」
悟空って、感情が全部顔に出るから見ていて飽きない。
笑っている時は、人懐こい大型犬が嬉しそうにじゃれているみたいで……。
「……ぷっ」
想像したら、思わず吹き出してしまった。
「何がおかしいんだ?」
そんな私を見て、悟空は不思議そうに首を捻る。
だ、駄目……ある筈のない耳と尻尾が見える!
「あはは、何でもないよ!」
「何か分かんねえけど、やっぱオラの思った通りだ。名無しさんはそうやって笑ってる方がずっと良いぞ」
柔らかい笑みを浮かべた悟空は大きくて温かい手で私の髪を撫でた。
私もつられて笑顔になる。
「それは悟空のお蔭だよ」
「オラの?」
「うん、そうだよ」
明るくて朗らかで、一緒にいるだけで元気になれる人。
その笑顔に傷ついた心が救われたからこそ、素直に笑えるようになった。
悟空には、ありがとうを何度でも言いたいくらいだった。
【第五話 その顔見たさについ】
悟空と出逢ってから一ヶ月が経った頃。
私は彼を通して、カプセルコーポレーションのホームパーティーに招かれた。
この時に初めて、ブルマさんが悟空と昔馴染みだっていう話を聞いた。
もちろん、ベジータさんがブルマさん宅でお世話になっていることも。
ブルマさんに初めて逢った時、なんて綺麗な人なんだろうと思わず見惚れてしまった。
「貴女が名無しさんさんね? 初めまして、私はブルマよ」
「初めまして。この度はお招き頂きまして、ありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくて良いのよ、名無しさんさん。孫くんに貴女の話を聞いてから、ずっと逢いたかったの。今日はゆっくり楽しんでってね?」
「はい、ありがとうございます」
中庭に案内されると、程なくしてパーティーが始まった。
他に参加したのは、悟空の昔馴染みの人達だ。
悟空はその中でもムードメーカー的な存在で、皆から好かれているのが一目で分かった。
「名無しさんさん」
「え……あっ、何ですか?」
ぼんやり悟空を眺めていると、ブルマさんに顔を覗き込まれた。
「驚かせてごめんなさい。ベジータが貴女から食事をご馳走になったのよね? 私からもお礼を言わなくちゃと思って」
「あ、それは構わないですけど……二人の食欲って、半端じゃないですよね。初めて見た時は驚いちゃいましたよ」
「そうね、二人とも大食漢だから。でも、サイヤ人は皆そうみたいよ」
「サイヤ人?」
ブルマさんの口から初めて聞いたサイヤ人という言葉。
その意味を聞こうとした時、誰かに背後から肩を叩かれた。
「え?」
咄嗟に振り向けば、爽やかな笑顔の悟空が立っている。
「名無しさん、飯食ってるか?」
「あ、悟空……って、それ凄い量だね!?」
悟空の片手には、取り皿に山盛りの料理。
私は目を丸くして、料理と悟空を見比べた。
「へへ、腹減ってっかんな。それよりよ……」
「あっ」
いきなり私の腕を掴んだ悟空は、眉間に皺を寄せた。
「名無しさんはこんなほっせえ身体じゃ、いっぺえ食わねえと力 入ぇんねえんじゃねえか?」
「ちょ、ちょっと……」
私は恥ずかしくなって、頬が熱くなるのを感じた。
それを見ていたブルマさんが一言。
「二人は仲が良いみたいだけど、もしかして付き合ってるの?」
「何言ってんだ、ブルマ。名無しさん、オラ達そんなんじゃねえよな?」
「そ、そうですよ。悟空には友達として仲良くして貰ってるんですから……」
途端、胸の奥がズキズキと痛くなって、正直戸惑った。
どうしてショックなんか……まさか、私……。
「そうなの? 孫くんが女の子と仲良くしてるのは珍しいから、てっきり付き合ってるのかと思ってたわ」
ブルマさんがあんな事を言うもんだから、その後は妙に意識してしまって、悟空と会話どころか、まともに顔さえ見れなかった。
パーティーがお開きになると、悟空と私はブルマさん宅に泊めてもらうことになった。
自宅が近い私は帰ろうとしたんだけど。
「待て、お前はオレに遠慮するなと言っただろう。だったら、お前も遠慮する必要はない。大人しく泊まっていけ」
ベジータさんからそんな風に言われてしまったら、さすがに断れなくて。
私の部屋は悟空のすぐ隣。
悟空と部屋の前で別れて、中に入るとホテル並に綺麗で圧倒されてしまった。
備えつけのバスルームに入ってシャワーを浴び、バスローブを身につけて部屋に戻る。
普段バスローブなんて着ないから、何か変な感じ。
座り心地の良さそうなソファーに身体を預けると、ホッと息をついた。
「緊張の連続だったからなあ。しかも、ブルマさんにあんな風に思われてたなんて……」
これから悟空と、どんな顔して逢えば良いんだろう?
「おーい、名無しさん!」
「えっ!?」
コンコンとドアをノックする音と同時に悟空の声が聞こえて、心臓が破裂しそうになった。
「悟空……どうしたの?」
ドアを開けた先には、困り顔で立ち尽くす悟空。
「もう寝ようと思ったんだが、なかなか寝れなくてよ。それに、さっきはおめえとゆっくり話せてなかっただろ。何してんのかと思って見に来たんだけど……もしかして、寝てたか?」
「ううん。さっきお風呂に入って、のんびりしてたとこ。寝れないなら、中に入って少し話でもしようか?」
気まずいとか思うより、悟空の困った顔を見てられなくて、思わず手を差し伸べてしまう。
「ああ!」
悟空を部屋の中へ招くと、彼がソファーに座ったのを見た私も隣に腰を下ろした。
「ねえ、悟空とブルマさんが友達だなんて意外だね? 世界的に有名なご令嬢なのに、あまりにも気さくで驚いちゃった」
「そうか? ブルマはいっつもあんな感じだぞ。アイツと知り合ったのがきっかけで、今の仲間が集まったんだ。殆ど敵だったヤツばっかだけどさ。ブルマを含めて皆、かけがえのねえヤツらばっかだからな」
そんな話をしている時の、悟空の眼差しはとても優しい。
「大切に思って貰えるなんて、皆が羨ましいよ。私にはそんな人いないからさ」
「名無しさんにはオラがいるだろ? ブルマやベジータだって、おめえを気に入ってんだから、そんな悲しいこと言うなよ」
悟空はいつだって持ち前の明るさととびっきりの笑顔で、不安な気持ちを吹き飛ばしてくれる。
男の人がこんなにも居心地の良い存在に思えたのは久々だった。
【第六話 冗談なんて通じないよ】
それから、更に一ヶ月が過ぎた頃。
「オッス、名無しさん!」
仕事を終えて、店の裏口から外に出ると、悟空に声をかけられた。
彼が初めて店に来た日から、時々こうして仕事が終わる頃に逢いに来てくれる。
自然と頬が緩むのを感じつつ、悟空と自宅までの短い距離を歩いた。
悟空はパオズ山での出来事を話してくれる。
今日はこんな修業をしたとか、大きな熊を捕まえて丸焼きにして食べたとか、静かな木陰で昼寝するのは最高だとか。
そんな話を聞いていると喧騒にまみれた都よりも、自然に囲まれて暮らしている方が充実しているようで、山での暮らしも良いなあなんて思った。
「いつも送ってくれて、ありがとう」
「ああ。そんじゃあ、オラは帰ぇるぞ」
自宅アパートに着いて、悟空は私に背を向けて帰ろうとする。
「待って、悟空!」
それが嫌だと思った瞬間、悟空を引き留めていた。
「ん? どうした?」
「えーと……良かったら、明日テーマパークにでも行ってみない?」
逡巡した挙げ句に出た台詞が、これだもんなあ。
「ん?」
「あ、そのテーマパークって向日葵畑が有名なんだけど、まだ行ったことがなくて……もし悟空と一緒に行けたら嬉しいなって」
二人だけで遊びに行ったことなんて一度もないから、きっと悟空も戸惑うだろうなと思ったら。
「ああ、あそこならオラも知ってっぞ。特に予定はねえから、明日二人で行ってみっか!」
あっさりとOKを貰って拍子抜け。
「ホントに!? でも、修業は良いの?」
「修業ならいつでも出来るし、おめえが気にすることじゃねえよ。そん代わり、名無しさんの弁当期待してっからな?」
「それは任せて! じゃあ……九時頃にテーマパークの入り口で待ち合わせしようか」
「分かった、明日楽しみにしてっぞ」
思ってもみない展開だった。
だから何か起こりそうな予感に胸を踊らせたんだけど、まさかあんなことが起きるなんて……。
寝室で押し入れの整理をしている最中、一冊のフォトブックを見つけた。
表紙には『悟空と名無しさんの想い出』と書いてある。
ベッドに座ってフォトブックを開いてみると、ある写真が目に止まった。
「あ、これ……」
写真には無邪気に笑う悟空に後ろから抱き着かれて、顔を赤らめた私が写っている。
これは悟空と知り合ってから二ヶ月後に、ブルマさんの家で撮られた写真だ。
そもそも悟空と出逢ったのは一年程前。
私は当時付き合っていた恋人から、一方的に別れを告げられた。
理由は他に好きな人が出来たからと。
私は裏切られたような気分になって、悔しくて腹が立っていた。
どうしようもなく行き場のない思いを紛らわす為、コンビニで缶ビールを大量に購入して、児童公園のベンチで自棄酒を飲んだ。
「男なんて自分のことしか考えてないじゃない! もう二度と恋なんてするもんか――!」
酔いが回ると益々怒りが込み上げて、ビール片手に思いっ切り叫んだ。
辺りが暗くなっていたとはいえ、何本もの空き缶がベンチの周りに散乱して、目も当てられない状態。
そんな折り、突然頭上から声が聞こえた。
「おい、おめえ。独りで何やってんだ?」
顔を上げて見ると、口をぽかんと開けて私を見ている男がいる。
「何よ、あんた。私に何か用?」
「オラか? オラは孫悟空ってんだ。用っちゅうか……はは、めえったな」
酔っ払いの私に下から睨まれて、彼は困ったように笑っていた。
あんな醜態を晒したなんて、今思い出すだけでも顔から火が出そうだけど……この時は一刻も早く失恋を忘れてしまいたかった。
「あんたには関係ないでしょ……独りでいたいんだから、ほっといて!」
「おめえ、飲みすぎなんじゃねえか? 何があったか知らねえけどよ、こんなとこにいたら風邪ひいちまうぞ。それによ、女独りをほっとくわけにゃいかねえよ……つっても、おめえんち知らねえしなあ」
この時はまさか悟空との出逢いが、私の後の人生を変えることになるなんて、夢にも思わなかった。
【第二話 これだけはどうしても】
窓外から小鳥のさえずりが聴こえて、重い瞼を薄ら開いた。
見慣れない天井が目に入る。
心なしか身体が重たい。
起き上がって辺りを見ると、私が寝ていたベッドと箪笥しかないシンプルな部屋だった。
どうして、私こんな所にいるんだろう?
昨日は公園でビール飲んでる最中、知らない男に声をかけられて……名前は確か、孫悟空とか言ってたような……。
ぼんやりした頭で昨夜のことを思い出していると、突然扉が開いた。
「何だ、起きてたんだな」
部屋に入って来たのは、たった今頭の中を占めている人だった。
「あ、あんたっ……うっ……」
自分の声がズキズキと頭に響いて、思わず両手で頭部を押さえた。
完全に二日酔いだ。自業自得だから仕方ないけど……。
「でえじょうぶか、おめえ」
「……おめえじゃなくて、名無しさんよ。これぐらい平気だから、心配しないで……」
心配そうに話しかける悟空に、私は無理やり顔を上げて応えた。
するとベッドに片手をついた悟空が、真横から私の顔を覗き込んでくる。
「おめえ、名無しさんってのか。しんぺえすんなってもよ、まだ顔色わりぃぞ。無理しねえで、ゆっくり休んでけよ」
昨日知り合ったばかりの人にお世話になるなんて、滅茶苦茶カッコ悪いじゃない、私……。
「なあ、昨夜だけどよ。何か嫌なことでもあったのか?」
ベッドの端に腰を下ろした悟空が、眉根を寄せて私を見つめてくる。
「別に、何もないよ……」
昨日知り合ったばかりの他人に話せる筈もない。
元彼にフラれて悔しくてどうしようもないから、自棄酒飲んでました……なんて。
「何もねえなら良いんだけどよ。それより、おめえ頭痛ぇんだよな。後で薬持って来っから、もうちょい寝てろよ?」
悟空はそう言い残して、部屋を出て行ってしまった。
「……」
ここは大人しく彼の厚意に甘えて、頭痛が治まるまでもう少し寝よう。
起きたら早く家に帰らなくちゃ……頭の片隅でそう思いながら、目を瞑ってすぐに深い眠りに落ちた。
【第三話 君が笑ってくれるまで】
次に目を覚ました時、悟空が二日酔いに効く薬を用意してくれて、川で獲った巨大魚までご馳走してくれた。
「どうしてこんなに優しくしてくれるの? 普通は見ず知らずの人間なんて、誰も関わろうとしないのに……」
「何だ、そんなこと気にしてんのか?」
悟空は私を見つめて、言葉を紡ぐ。
「勝手にオラんち連れて来ちまったのは、わりぃと思ったけどよ。ずっとあんなとこにいたら風邪ひいちまうだろ? それによ、おめえまるで捨て猫みてえな顔しててさ。そんなヤツほっとくなんて真似、オラには出来ねえって」
他人を自分のことのように思いやれるなんて、誰にでも出来ることじゃない。それは、私も同じ……。
「名無しさん、泣きそうな顔してっぞ? あんまり無理すんな。辛ぇ時は誰かに甘ぇたって罰なんか当たんねえよ」
不意に頭を撫でられた。
その手が酷く優しくて、涙が滲んだ。
私は慌てて目に溜った涙を、服の袖で拭い取る。
悟空の人柄に触れた私は、彼になら話しても良いかなって気になれた。
「……情けない話だけど、聞いてくれる?」
上目遣いで見上げると、悟空は分かったと頷いた。
「オラで良いなら、何でも聞いてやっぞ」
「ありがと」
私は深呼吸して、ゆっくり語り始めた。
「実は私、恋人にフラれたの。好きな人が出来たから別れて欲しいって。それで裏切られた気分になって、自棄酒飲んで鬱憤を晴らそうとしてた。でも結局何も変わらなくて。悟空を巻き込んで、挙げ句の果てに二日酔いになって……」
言葉にすると余計惨めな気持ちになったけど、それが事実。
「こんな女に関わらない方が良かったって、思ってるんじゃない?」
私を軽蔑したに決まってると思った。大人気ないし、見苦しいって。
だけど、悟空は違った。
「それってよ……無理に忘れようとするから、苦しいんじゃねえか?」
「え?」
「いや、本来オラがどうこう言える立場じゃねえけどよ……今は辛ぇかもしんねえが、どんな酷ぇ傷だって時間が経てば必ず癒えるもんだ。そんなに焦らねえでも、でえじょうぶだって。だから、あんまり思い悩むなよ。な、名無しさん」
悟空の言う通り、時間が解決してくれるのを待つしかないんだろう。
所詮、私がやったことは現実逃避であって、何の解決にもなっていないと思い知った。
「悟空……ありがとう」
悟空の言葉が胸に響いて、苦しかった気持ちが少し軽くなったような気がした。
結局二日も悟空のお世話になってしまった。
「明日は仕事だから、もうお暇しなくちゃ」
「そんじゃあ、送ってやっからこっち来いよ」
悟空は玄関の扉を開けた後、来い来いと私を手招きした。
疑問に思いながらも悟空に歩み寄る。
すると不意にぐいと抱き寄せられて、二人の距離が一気に縮まった。
「ちょっ……一体何する気よ!?」
「ちっとばっかし我慢しててくれな?」
そのまま勢いよくジャンプしたかと思うと、まるで龍のように天高く昇っていく。
見下ろすと、地上は遠く眼下にあった。
その瞬間、私の口元が引き攣る。自分の身に起きていることが、夢なんじゃないかと思って。
「ご、悟空……これって、どういうこと!?」
「何がだ?」
「だから、どうして空を飛べるの?」
私の問いかけに悟空は「ああ」と頷いて、口を開いた。
「オラ、ちっせえ頃からずっと武術の修業しててよ。舞空術ってんだけど、そいつを身につけてさ。そんで自由に飛べるようになったんだ」
「へ、へぇ……」
武術に関しての知識なんて全然ないから、悟空の話にはついていけなくて。
でもそんな話をしている時の悟空の瞳が生き生きしてて、彼が武術を生き甲斐にしているのが何となく分かるような気がした。
それから他愛ない話をしていると、あっという間に西の都に到着した。
悟空に降ろして貰ったのは、私が借りているアパートの前。
「ありがとう、悟空」
笑顔でお礼を言うと、悟空もにっこりと笑んだ。
「そういや、名無しさんはどんな仕事してるんだ?」
「近所に在るレストランで、給仕をやってるの。あ、そうだ。良かったら今度、食べに来てよ?」
お礼の意味も兼ねて誘うと、途端に悟空の表情が明るくなる。
「飯屋なんか!?」
「う、うん」
「ホントに行っても良いのか!?」
「もちろん、悟空なら大歓迎だよ」
「サンキュー! ぜってえ行くから待っててくれよな!」
悟空にレストランの場所を教えると、無邪気な笑みを残して空の彼方へ飛び去った。
ホントに不思議な人だ。一緒に過ごしたのは僅かだけど、彼といる間は元彼のことなんて思い出す暇がなくて……何だかちょっと傷が癒えたような気がする。孫悟空か、また逢える日を楽しみにしていよう。
【第四話 「ありがとう」を何度でも】
数日後、約束通り悟空がレストランに姿を見せた。ベジータさんていう友人を連れて。
ゆっくり寛げるようにと、二人を窓側の席に案内した。
腰を落ち着けた途端、悟空は申し訳なさそうに肩を竦める。
「すまねえ、名無しさん。オラ独りで来るつもりだったんが、ベジータにうっかりおめえの話したら、一緒に連れてけってやかましくてよ」
「ふん……貴様が金を払わんとブルマがあれこれ煩いからだ。非常に不本意だが、オレはカカロットの目付だ」
「カカロット……?」
まだ事情を知らなかった私は、ベジータさんが悟空をカカロットと呼ぶのが不思議だった。
「何だよ、それ。金はちゃんと持って来てっぞ。ブルマのヤツ、オラを何だと思ってんだ」
「万が一貴様の所持金が足りなかったら、そんな意味はなかろうが」
本人達は至って真面目なんだろうけどね。私にしてみれば、微笑ましい光景にしか見えなかった。
「ん~何にすっかな。全部美味そうで迷うなあ」
悟空を見ると、メニューと睨めっこしている。
「今日は私がご馳走するから、好きな物注文してよ」
「ホントか!? 名無しさんは良いヤツだな!」
悟空は子供のように瞳を輝かせて私を見つめてくる。
私はその姿を見て笑ってしまった。
「悟空には色々お世話になったから、そのお礼にね。ベジータさんも遠慮せずに注文してくださいね?」
ベジータさんは私を見て一瞬目を見張り、ふっと口元に笑みを湛えた。
「悪いな」
「オラ、腹ペコだしなあ。んじゃあ、メニューに載ってるのを全部大盛りで頼めるか?」
「え? ぜ、全メニュー……大盛り?」
巨大魚を殆ど一人で平らげちゃうぐらい、大食いなのは知ってたけどさ。よく食べるなんて次元を越えてるよ……。
「あ……やっぱ、全メニューってのは駄目だよな」
残念そうに肩を落とす悟空。
「当たり前だろうが。場所柄を弁えろ、カカロット」
ベジータさんは呆れ顔で悟空を見てる。
仕方がない、今月は只働き覚悟だ! 何とか今までコツコツ貯めたお金もあるしね。
「かしこまりました、お客様。少々お待ちくださいませ」
「へ?」
「は?」
私の言葉に悟空もベジータさんも目が点だったけど、この間のお礼だって思えば何とかなる。
数時間後。
悟空とベジータさんは他のお客様に注目されながら、調理時間の半分以下で、清々しい程に全メニューを食べ尽した。
悟空の満足そうな顔が見れたから、奮発した甲斐があったけどね……一体どんな胃袋してんのよ!
仕事を終えた私は着替えて裏口から外に出ると「名無しさん!」と声をかけられた。
声の方を向くと、悟空が歩道の縁石に座っていた。
「よっ、ご苦労さん!」
「悟空……わざわざ待っててくれたんだ」
悟空は私の前に立って、ニコニコ笑っている。
「ベジータは先に帰っちまったけど、オラはおめえを送ってこうと思ってさ」
「子供じゃないんだから、独りで帰れるのに。あ、もしかして……」
「ん?」
「もうアルコールに頼ろうなんて思ってないから、心配しなくても大丈夫だよ? 短い間だったけど、大変お世話になりました」
この先悟空に逢えないって思うと、ちょっと寂しい気もする。
だけどお礼をした今、私達には接点がなくなってしまった。
もう悟空と逢う理由はない……。
「じゃあ、もう名無しさんとは逢えねえのか?」
「え?」
寂しそうな眼差しの悟空を見て、私は罪悪感に苛まれた。
こんな反応をされるとは、夢にも思わなくて……。
「そんなことないけど……」
「そんなら、また逢えるよな?」
「う、うん!」
顔を近づけて来る悟空に気圧されて、私は反射的に頷いていた。
するとさっきの寂しそうな目が嘘みたいに、彼の表情が見る間に明るくなった。
「そんなら良かった。折角知り合ったのに、もう逢えねえなんて寂しいからなあ」
悟空って、感情が全部顔に出るから見ていて飽きない。
笑っている時は、人懐こい大型犬が嬉しそうにじゃれているみたいで……。
「……ぷっ」
想像したら、思わず吹き出してしまった。
「何がおかしいんだ?」
そんな私を見て、悟空は不思議そうに首を捻る。
だ、駄目……ある筈のない耳と尻尾が見える!
「あはは、何でもないよ!」
「何か分かんねえけど、やっぱオラの思った通りだ。名無しさんはそうやって笑ってる方がずっと良いぞ」
柔らかい笑みを浮かべた悟空は大きくて温かい手で私の髪を撫でた。
私もつられて笑顔になる。
「それは悟空のお蔭だよ」
「オラの?」
「うん、そうだよ」
明るくて朗らかで、一緒にいるだけで元気になれる人。
その笑顔に傷ついた心が救われたからこそ、素直に笑えるようになった。
悟空には、ありがとうを何度でも言いたいくらいだった。
【第五話 その顔見たさについ】
悟空と出逢ってから一ヶ月が経った頃。
私は彼を通して、カプセルコーポレーションのホームパーティーに招かれた。
この時に初めて、ブルマさんが悟空と昔馴染みだっていう話を聞いた。
もちろん、ベジータさんがブルマさん宅でお世話になっていることも。
ブルマさんに初めて逢った時、なんて綺麗な人なんだろうと思わず見惚れてしまった。
「貴女が名無しさんさんね? 初めまして、私はブルマよ」
「初めまして。この度はお招き頂きまして、ありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくて良いのよ、名無しさんさん。孫くんに貴女の話を聞いてから、ずっと逢いたかったの。今日はゆっくり楽しんでってね?」
「はい、ありがとうございます」
中庭に案内されると、程なくしてパーティーが始まった。
他に参加したのは、悟空の昔馴染みの人達だ。
悟空はその中でもムードメーカー的な存在で、皆から好かれているのが一目で分かった。
「名無しさんさん」
「え……あっ、何ですか?」
ぼんやり悟空を眺めていると、ブルマさんに顔を覗き込まれた。
「驚かせてごめんなさい。ベジータが貴女から食事をご馳走になったのよね? 私からもお礼を言わなくちゃと思って」
「あ、それは構わないですけど……二人の食欲って、半端じゃないですよね。初めて見た時は驚いちゃいましたよ」
「そうね、二人とも大食漢だから。でも、サイヤ人は皆そうみたいよ」
「サイヤ人?」
ブルマさんの口から初めて聞いたサイヤ人という言葉。
その意味を聞こうとした時、誰かに背後から肩を叩かれた。
「え?」
咄嗟に振り向けば、爽やかな笑顔の悟空が立っている。
「名無しさん、飯食ってるか?」
「あ、悟空……って、それ凄い量だね!?」
悟空の片手には、取り皿に山盛りの料理。
私は目を丸くして、料理と悟空を見比べた。
「へへ、腹減ってっかんな。それよりよ……」
「あっ」
いきなり私の腕を掴んだ悟空は、眉間に皺を寄せた。
「名無しさんはこんなほっせえ身体じゃ、いっぺえ食わねえと
「ちょ、ちょっと……」
私は恥ずかしくなって、頬が熱くなるのを感じた。
それを見ていたブルマさんが一言。
「二人は仲が良いみたいだけど、もしかして付き合ってるの?」
「何言ってんだ、ブルマ。名無しさん、オラ達そんなんじゃねえよな?」
「そ、そうですよ。悟空には友達として仲良くして貰ってるんですから……」
途端、胸の奥がズキズキと痛くなって、正直戸惑った。
どうしてショックなんか……まさか、私……。
「そうなの? 孫くんが女の子と仲良くしてるのは珍しいから、てっきり付き合ってるのかと思ってたわ」
ブルマさんがあんな事を言うもんだから、その後は妙に意識してしまって、悟空と会話どころか、まともに顔さえ見れなかった。
パーティーがお開きになると、悟空と私はブルマさん宅に泊めてもらうことになった。
自宅が近い私は帰ろうとしたんだけど。
「待て、お前はオレに遠慮するなと言っただろう。だったら、お前も遠慮する必要はない。大人しく泊まっていけ」
ベジータさんからそんな風に言われてしまったら、さすがに断れなくて。
私の部屋は悟空のすぐ隣。
悟空と部屋の前で別れて、中に入るとホテル並に綺麗で圧倒されてしまった。
備えつけのバスルームに入ってシャワーを浴び、バスローブを身につけて部屋に戻る。
普段バスローブなんて着ないから、何か変な感じ。
座り心地の良さそうなソファーに身体を預けると、ホッと息をついた。
「緊張の連続だったからなあ。しかも、ブルマさんにあんな風に思われてたなんて……」
これから悟空と、どんな顔して逢えば良いんだろう?
「おーい、名無しさん!」
「えっ!?」
コンコンとドアをノックする音と同時に悟空の声が聞こえて、心臓が破裂しそうになった。
「悟空……どうしたの?」
ドアを開けた先には、困り顔で立ち尽くす悟空。
「もう寝ようと思ったんだが、なかなか寝れなくてよ。それに、さっきはおめえとゆっくり話せてなかっただろ。何してんのかと思って見に来たんだけど……もしかして、寝てたか?」
「ううん。さっきお風呂に入って、のんびりしてたとこ。寝れないなら、中に入って少し話でもしようか?」
気まずいとか思うより、悟空の困った顔を見てられなくて、思わず手を差し伸べてしまう。
「ああ!」
悟空を部屋の中へ招くと、彼がソファーに座ったのを見た私も隣に腰を下ろした。
「ねえ、悟空とブルマさんが友達だなんて意外だね? 世界的に有名なご令嬢なのに、あまりにも気さくで驚いちゃった」
「そうか? ブルマはいっつもあんな感じだぞ。アイツと知り合ったのがきっかけで、今の仲間が集まったんだ。殆ど敵だったヤツばっかだけどさ。ブルマを含めて皆、かけがえのねえヤツらばっかだからな」
そんな話をしている時の、悟空の眼差しはとても優しい。
「大切に思って貰えるなんて、皆が羨ましいよ。私にはそんな人いないからさ」
「名無しさんにはオラがいるだろ? ブルマやベジータだって、おめえを気に入ってんだから、そんな悲しいこと言うなよ」
悟空はいつだって持ち前の明るさととびっきりの笑顔で、不安な気持ちを吹き飛ばしてくれる。
男の人がこんなにも居心地の良い存在に思えたのは久々だった。
【第六話 冗談なんて通じないよ】
それから、更に一ヶ月が過ぎた頃。
「オッス、名無しさん!」
仕事を終えて、店の裏口から外に出ると、悟空に声をかけられた。
彼が初めて店に来た日から、時々こうして仕事が終わる頃に逢いに来てくれる。
自然と頬が緩むのを感じつつ、悟空と自宅までの短い距離を歩いた。
悟空はパオズ山での出来事を話してくれる。
今日はこんな修業をしたとか、大きな熊を捕まえて丸焼きにして食べたとか、静かな木陰で昼寝するのは最高だとか。
そんな話を聞いていると喧騒にまみれた都よりも、自然に囲まれて暮らしている方が充実しているようで、山での暮らしも良いなあなんて思った。
「いつも送ってくれて、ありがとう」
「ああ。そんじゃあ、オラは帰ぇるぞ」
自宅アパートに着いて、悟空は私に背を向けて帰ろうとする。
「待って、悟空!」
それが嫌だと思った瞬間、悟空を引き留めていた。
「ん? どうした?」
「えーと……良かったら、明日テーマパークにでも行ってみない?」
逡巡した挙げ句に出た台詞が、これだもんなあ。
「ん?」
「あ、そのテーマパークって向日葵畑が有名なんだけど、まだ行ったことがなくて……もし悟空と一緒に行けたら嬉しいなって」
二人だけで遊びに行ったことなんて一度もないから、きっと悟空も戸惑うだろうなと思ったら。
「ああ、あそこならオラも知ってっぞ。特に予定はねえから、明日二人で行ってみっか!」
あっさりとOKを貰って拍子抜け。
「ホントに!? でも、修業は良いの?」
「修業ならいつでも出来るし、おめえが気にすることじゃねえよ。そん代わり、名無しさんの弁当期待してっからな?」
「それは任せて! じゃあ……九時頃にテーマパークの入り口で待ち合わせしようか」
「分かった、明日楽しみにしてっぞ」
思ってもみない展開だった。
だから何か起こりそうな予感に胸を踊らせたんだけど、まさかあんなことが起きるなんて……。