★Short Dream
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悟空達のお蔭で世の中が平和になり、私達孫一家にも平穏な日常が戻った。
朝一番に起床した私は手早くご飯の支度をする。
ドタバタしてるうちに、夫の悟空が眠そうに起きてきた。
「ふわあ~……はよ、名無しさん……」
「悟空、おはよう!」
「ああ、眠ぃなあ……」
昨夜は珍しく皆でトランプゲームで盛り上がったからなあ。眠いのも仕方ないけど。
「ほらほら、立ったまま寝ないで。今日は畑耕す仕事があるでしょ?」
「あーそうだっけなあ……顔、洗ってくっぞ……」
悟空は寝惚け眼でふらふらと歩いていく。
何か嫌な予感がする……。
その時、彼は正面から壁に激突した。
「んがっ!」
予感的中。
「悟空!」
「って~!」
彼は顔を両手で押さえ、しゃがみ込んだ。
「大丈夫?」
私は悟空に歩み寄り、彼を覗き込む。
悟空は高速で顔面を撫で摩り、何事もなかったように笑顔になる。
「なあに、こんぐれえ平気だ。オラ、身体だけは丈夫だかんなあ」
豪快に笑い飛ばす悟空に私は一応安堵した。
「はあ、良かった。あんまり心配させないでよね? せっかくの男前が台無しよ?」
「ハハハ、悪ぃ悪ぃ!」
どうやら顔面事故で、すっかり目が覚めたみたいね。
「ほらほら、早く顔洗って来て?」
「ああ、行ってくる」
去り際、名無しさんと呼ばれ「愛してっぞ♡」と頬チューする悟空に「私もよ♡」と返す。
悟空が去った後。
「あー見てられないぜ。なあ、親父?」
「そうだな、バカップルならぬバカ夫婦ってとこか」
「あ、お義兄さん……お義父さん……いつの間に……」
「今の間だ。油断したな?」
と、お義兄さん。
悟空のお義兄さんとお義父さんについさっきのシーンをバッチリ見られてしまい、私は顔が一気に熱くなるのを感じた。
因みにお義父さん達は以前、悟空に会いに地球に来てくれたんだけど、居心地が良いからと、そのまま住み着いてしまった。
お蔭で騒がしく暮らしているけど、その代わり毎日の家事が大変。主婦として遣り甲斐はあるけどね。
そういえば、悟空が惑星ベジータ生まれのサイヤ人だと教えてくれたのも彼らだった。当時はとても驚いたけど、今となっては懐かしい想い出だ。
「その、おはようございます……」
う~いたたまれない……。
「ああ」
「お前ら新婚でもないのに、よくやってくれるぜ」
お義兄さん、結構しつこいのよね……というより、私をからかって遊ぶのは彼にとっては日常茶飯事だ。
「そ、それよりお二人は洗顔したんですか?」
「オレはとっくに終わったが、ラディッツはまだだろ?」
「一日ぐらい洗わなくても死にゃしないだろう」
「もう! 汚いから早く洗ってきて! 今すぐに!」
頭に来た私はお義兄さんに有無を言わさず、命令を下す。
「……」
押し黙るお義兄さんに対し、私は目を光らせた。
「行かないと、朝食抜きにするけど?」
「! それは困る! オレの一日はお前の朝飯から始まると相場が決まっている!」
「何の相場よ?」
「やかましい! くだらないツッコミはスルーだ!」
突然逆ギレするのもお義兄さんの特徴なのよね……。
「それより洗顔でしょ? はい、回れ右!」
「はあ、仕方ないな。面倒だが行ってくるか……」
お義兄さんも悟空に次いで洗面所に消えていく。
「ハハハ、天の邪鬼ラディッツも形無しだな!」
お義父さんは豪快に笑い、すぐ真顔に変わる。
「それで、今朝の飯は何だ?」
このやり取りも日常的に行われている。
もう慣れたものだ。
「今朝は和食です。炊き立てご飯に豆腐とワカメのお味噌汁、厚焼き玉子に菜花のおひたしと明太子」
「美味そうだな。名無しさんの飯はそこらの料理人より上だからな。オレの楽しみの一つだ」
「ありがとうございます。お義父さんに褒めて頂けると自信に繋がりますよ」
私が微笑んで応えると、お義父さんは口端を上げる。
その時、近づく足音がした。
「おはようございます」
「おはよ~」
良かった、子供達も起きてきた。
「おはよう、二人とも。すぐご飯にするから、顔洗ってらっしゃい?」
「はい、お母さん。行くぞ、悟天」
「は~い」
悟飯に連れられて、悟天も洗面所に消えていった。
うん、二人とも今日も良い子だ。
「朝っぱらから賑やかだな」
「でも、これぞ孫家の日常だと思いませんか?」
「まあな」
「私はお義父さん達の活躍で、地球に平和が戻って本当に感謝していますから」
今度はいつまで平和が続くか心配するより、今出来ることに全力を注ぐ。
それが、悟空達の闘いの姿勢を見てて感じたことだ。
今この瞬間を大切にしたいから、私も全力投球で精一杯生きていこうと決めている。
皆が食卓につくまで、いつもこんな調子だけど、それが大変でもありつつ私の楽しみでもある。
そして、楽しい食事タイム。
話題は昨夜のトランプゲームだ。
「しっかし、昨夜は惜しかったよなあ。悟天の独り勝ちだったもんなあ?」
「えへへ」
赤い顔で照れる悟天ちゃんは、我が子ながらとっても可愛い。
「やっぱり、子供の方が頭が柔軟なんでしょうね。ボクらはどうしても頭が固くなっちゃいますよ」
「そんなことねえだろ。悟飯は学者になる素質があるんだからよ。現にお前は二番目に上がったじゃねえか」
と、お義父さん。
「んで、ビリは兄ちゃんだよな。オラ、向いてねえと思うぞ」
「やかましい! 言っとくが、あそこでオレがババを引かなけりゃ、とっくに上がってたんだからな!」
ご飯を掻き込んでいたお義兄さんが口からご飯粒を飛ばす。
「お義兄さん、ご飯粒飛ばさないで。行儀悪いよ?」
「そうだぜ、ラディッツ。お前は大人気ないんだ。もう少し落ち着け」
「あちゃー二人に怒られちまったぞ、兄ちゃん」
「……どうせ、いつものことだろ」
不貞腐れるお義兄さんに悟空がもう一言。
「カッコ悪ぃぞ、兄ちゃん」
「何だとーっ!?」
夫の言葉で益々お義兄さんがヒートアップし、孫家の食卓が一段と騒がしくなる。
途端、私はブチッと切れる音がした。
「もう! いい加減にしなさいッ!」
私の鶴の一声で、その場がシンとなる。
「悪ぃ悪ぃ、名無しさん。オラに免じて許してくんねえか?」
優しい悟空がその場を纏めようと、すぐさま謝ってくれる。
「はあ、仕方ないね。悟空の顔を立てて許してあげるよ。お義兄さん、次からは気をつけてね?」
「あ、ああ……」
何とか食事を終えて、後片付けをしてから皆の洗濯物を外に干していた時だ。
「名無しさん」
「お義父さん、何ですか?」
「実は折り入って相談があってな」
お義父さんの話によると、もうすぐ悟空の誕生日が近いらしい。
「要するに、悟空には内緒でサプライズパーティーを開きたいわけですね?」
何だかんだ言っても、さすがは悟空の父親よね。
我が子が可愛くない親なんていないもの。
「ああ、うちは飯も家計もほぼ名無しさんの采配で決まるからな。お前だけが頼りだ」
「そんなことないですよ。ホームパーティーなら、子供達にも協力して貰いましょう。きっと良いアイデアを出してくれますよ」
「ああ、そうだな。じゃ、頼んだぜ」
「はい、任せてください!」
話が纏まったところで、お義父さんと入れ違いに悟空が現れた。
「何を任せんだ?」
「あ、えーと……洗濯物を任せてくださいってこと!」
我ながら苦しい言い訳だ。
「ふーん?」
「それより、悟空は何の用事?」
「ああ、そうだった。たまにゃよ、オラとデートしねえか?」
「えっ、これから?」
「違ぇ違ぇ、明日だ。名無しさんはいっつも家事で忙しくしてんだろ。オラも修業と野良仕事休んで、一日デート三昧してえなと思ってよ」
悟空は得意気にウインクする。
「けど、お金が──」
「金のことは、しんぺえすんなって。さっき、オラんとこにサタンが来てよ。例の口止め料、たんと置いてったんだ。だから、でえじょうぶだ。な?」
「う、うん。それは助かるけど……でも、子供達は?」
「そんなら、しんぺえ無用だ。悟飯が悟天の面倒見れっし、父ちゃんと兄ちゃんもいるしな」
実は根回しも済んでんだ、とからから笑う悟空の行動力には舌を巻く。
「うん、それなら良いよ? 明日は二人きりのデートだね♡」
「ああ、楽しみだなあ!」
久々に甘ーい時間が過ごせそう♡
今からワクワクしちゃうなあ♪
この日は明日のことを思うとウキウキして、普段は大変な家事もあっという間にこなしていった。
お昼も夕飯もプチ贅沢して、家族全員から喜んで貰えたことが何より嬉しかった。
デートのことを知ってる筈の皆は変に騒ぎ立てず、いつも通り賑やかな食卓を囲んだ。
それから明日に備えて、早めのおやすみモードに入り、翌日を迎える。
私達夫婦は悟空の瞬間移動で西の都に遊びに来ていた。
デートプランは都中の美味しい店を一日かけて回るという、至ってシンプルなものだ。
「オラよ、いっぺん食い倒れてみたかったんだよなあ♪」
「私も! たくさん美味しい物食べたいね?」
「ああ! 名無しさんはどこに行きてえんだ?」
「私、純喫茶に行きたい!」
というわけで、やって来た喫茶檸檬。
ここは雑誌でも何度も取り上げられてる有名処だ。
「ここは大盛りのナポリタンと蒼いクリームソーダが名物らしいよ」
「オラ、今はオムライスの気分だなあ」
「それも良いね。特製のデミグラスソースが堪らなく美味しいんだって」
「う、聞いてるだけで涎が出てきちまうなあ!」
「もう悟空ってば」
「ハハハ!」
店内はアンティークを基調とした調度品がそこかしこに配置されていて、オトナ女子なら喜びそうなステンドグラスまである。
手始めに悟空は大盛りオムライスとプリンアラモード、私は狙い通りナポリタンとクリームソーダを頼んだ。
やがて運ばれてきたスパゲティは、ケチャップたっぷりの厚切りベーコンがとても美味しそうで、クリームソーダの蒼さは神秘的で海を彷彿とさせる。
「ん、美味しい♪」
「ホントに美味そうだな……名無しさん、一口くれ!」
悟空は涎を溢しそうな勢いで催促してくる。
「ふふ、良いよ。はい、あーん」
「あーん」
スパゲティにパクついた悟空は幸せそうに食べている。
そんな夫を見ているだけでも、胸がほっこり温かくなった。
ナポリタンも昔懐かしい味で満足したし、クリームソーダはスッキリとした後味と甘すぎないバニラアイスが相性バッチリ。
「ふう、満足だ♪」
「ホントだね。次はどうする?」
「そうだなー……おっ、アレが食いてえな!」
悟空が指したのはお団子屋さん。
「名物は……四色団子かあ。良いね、そうしよっか!」
いつの間にか、名物巡りのデートになってるけど、細かいことは気にしない気にしない。
早速お団子を二人分買って、その場で食べてみる。
「ん、この黄色いのマンゴー味だね」
「ん~変わった味だな! けど、こりゃ美味ぇぞ♪」
悟空が四色団子を気に入って、買い占めてしまった。
皆へのお土産かなって思ったら、「やっぱ我慢出来ねえ!」と一串も残さず平らげてしまった。
さすがは大食漢。
「お次は何だ?」
「私行きたいとこがあるの」
その後は悟空を今話題のくまちゃん鍋に連れていったり、世界一美味な中華料理屋さん、ケーキと珈琲が有名なカフェテリア、甘味処で名物の餡蜜を食べて、最後に都一のパン屋さんで明日の朝食に出すお惣菜パンや菓子パンと人気の珈琲豆をたくさん買い込んだ。
時間はあっという間に過ぎて、もう夕暮れ時だった。
「楽しかったね、悟空」
「ああ……」
「?」
何だか様子が変ね。まるで何かを気にしてるみたい。
「しょうがねえなあ……皆そこに居んだろ?」
「え?」
悟空が声をかけた先には、何と家族全員が顔を出した。
「皆!?」
「さすがにバレたか」
「いやあ、さすがお父さんですね。お見逸れしました」
「だから、ボクは嫌だって言ったのにぃ!」
「それは言うな、悟天。連帯責任だ」
お義兄さん、悟飯、悟天、お義父さんがコメントする。
「いつからだ?」
「最初っから気づいてたぞ。気配は殺してたみてえだけどな」
お義父さんが問うと、悟空はけろりと言って退けた。
「ていうか、何でここに居るの?」
「すみません。実はお母さん達の動向が気になって、ずっと後をつけてたんです。お父さんがお母さんに迷惑かけないか心配だったから」
悟飯の台詞に悟空が眉をひそめる。
「オラは自分ばっか楽しむつもりは全くなかったぞ。今日の名目は二人っきりのデートだった筈だかんなあ」
「本当にすみません、お父さん」
「許してやれよ、カカロット。悟飯は悪くねえんだからな。親を思う子の心だ」
「いや、親父が言うなよ」
冷静に突っ込むお義兄さん。
「でも、幾つになってもラブラブなんだね、お父さんとお母さん。ボク、見てて恥ずかしくなっちゃった」
「ふふ」
私はつい笑ってしまう。
「名無しさん?」
「ごめんね、悟空」
「何がだ?」
「きっと私ばっかり楽しんで……でも、皆が私達を見てドキドキしたりハラハラしてくれたのかなって思ったら可笑しくなちゃった!」
悟空と悟天以外、あんぐりと口を開けている。
「ハハハ、名無しさんにゃ敵わねえなあ!」
夫は豪快に笑ってる。
「さあ、皆で我が家に帰ろ? 張り切って美味しい夕飯作るからね!」
「オラ、腹ペコだあ……」
「さっきまで散々食ってたじゃねえか」
「ボクもくまちゃん鍋食べたかったなあ……」
「今度、兄ちゃんが連れてってやるよ」
「やったあ♪」
「暢気なもんだな……オレはどっと疲れたぜ」
私、悟空、お義父さん、悟天、悟飯、お義兄さんの順でそれぞれ会話を繰り広げた。
夕陽が沈むなか、私達は揃ってパオズ山へと帰途に就いた。
今日一日楽しかったなあ♪
明日からまた家事に勤しまないと!
パオズ山の夜が更けて、おやすみタイムを迎えた私は愛しの夫と仲良く就寝した。
翌朝の食卓タイム。
「ん~この胡桃パン、芳ばしくて美味ぇなあ♪」
「挽きたての珈琲は美味い。やはり豆が大事だな」
悟空がガツガツする横で、お義父さんは淹れたての珈琲に舌鼓を打っている。
「悟天、サクランボのデニッシュが美味いぞ。半分食べてみろ」
「うん、兄ちゃんありがとう♪」
微笑ましい光景ね。
ところが……。
「何だ、これは……このパン固いな! ガチガチに固まってるぞ!」
必死の形相でハードパンにかじりつくお義兄さん。
はあ、ある種見てて切ないわ……。
「兄ちゃん、ちゃんと歯ぁ磨いてんのか? このパン結構美味ぇじゃねえか!」
「やかましい! こう見えて、オレは繊細なんだ!」
「ヤワの間違いだろ?」
「な、何だとぉーっ!?」
お義父さん、それ火に油……。
もう、トラブルが起きない日なんて一日だってないんだから!
「いい加減にしなさーいッ!!」
この日、(私の)最初の雷が落ちた瞬間だった。
数分後。
孫家の騒がしすぎる食卓は、どうにか和やかなひとときに変わった。
「名無しさん、このチョコブレッド食ってみろよ?」
「うん! ……ん、ふわふわで美味しい♪」
「だろ? オラも気に入ったぞ♡」
「おー熱いな。ここだけ真夏か?」
「またからかって……」
お義兄さんにからかわれて頬が熱くなる。
いい加減、私も慣れれば良いのだろうけど、これは慣れの問題じゃない気がする。
「気にするな、名無しさん。ガキの発想だ」
お義父さんがフォローしてくださる。
「オレは悟天と同レベルか!」
「え~? ボクと一緒が嫌なの?」
「う……そういう意味じゃない、がな」
甥っ子に気を遣うお義兄さん。ちょっと面白い。
「ふーん? ねえ、どういう意味なの?」
「そ、それはだな……」
悟天から冷静に突っ込まれて、言い淀むお義兄さんは明らかに目が泳いでいる。
「それは?」
「っ……ガキはそんなの気にしなくて良いんだよ!」
また始まった……。
(私の)二回目の爆弾投下。
お義兄さんの本日の罰当番、皿洗い。
「何でオレだけなんだ!?」
お義兄さんの叫びが木霊するなか、私は皆のベッドシーツを交換していた。
「よし、完了!」
ちょうど全て終わった時だ。
そこへ、悟空がやって来た。
「今からカリン塔に行くんだけどよ、名無しさんもついてくっか?」
「うん、行く!」
「じゃあ、早速出かけっぞ」
悟空と手を繋いで、あっという間に景色が変わった。
カリン塔。仙猫のカリン様が棲む長大な塔だ。
「カリン様、オラだ!」
「ん? 悟空か。随分久しいのう」
「今日は愛妻も連れてきたぞ」
「お久しぶりです、カリン様」
「おー名無しさんか! 悟空もじゃが、お主も変わらんのう! 元気にしとったか?」
「はい、お蔭様で家族全員元気です」
「兄ちゃんは相変わらずだけどな、ハハハ!」
「おーそうかそうか。しかし、皆息災で何よりじゃよ」
カリン様はうんうんと頷いていらっしゃる。
「カリン様もお元気そうで安心しました」
「ワシは気長な隠居生活じゃからなあ。これからも長生きするじゃろうて」
にっこり笑ってくださるカリン様にほんわか癒される。
カリン様の纏う柔らかな雰囲気がそうさせるのだと思う。
「して、今日は何用じゃ?」
「ああ、仙豆が一粒になったからよ。追加で貰いに来たんだ」
「そうか、お主は幸運じゃな。ちょうど新しい仙豆が出来たところじゃ。ほれ、持っていけ」
カリン様は悟空に麻袋を手渡してくださり、髭を弄った。
「但し、あんまり多用しないことじゃ。万一、一粒もないとなれば困るのはお主達じゃからな」
「分かってっけどよ、死ぬ気で修業しねえと強くなれねえんだ」
武道家の顔つきになる悟空。
「ふ~む、それもそうじゃな……サイヤ人の性 か」
「そういうことだ。そんじゃあ、そろそろ行くからよ」
「ああ、達者でな?」
「カリン様もお元気で!」
「ありがとう、心しておくぞよ」
カリン様に見送られ、次に瞬間移動で着いたのは美しい湖だった。
「わあ、素敵ね♡」
「だろ? ガキの頃、冒険中に見つけてよ。いつかオラの大事なヤツが出来たら、連れて来ようって思ってたんだぞ」
かなり経っちまったけどな、と苦笑いする悟空。
けど。
「その気持ちが嬉しいよ。私は今日来れて良かったなあ♪」
「そっか」
悟空は後頭部をガシガシと掻いた。
これは気を遣わせたなっていう、夫なりの反省の色だ。
「ホントよ? 今が一番幸せだもの。いつもは皆が居るけど、それはそれで楽しいし、悟空と二人きりになろうと思えば、いつでもなれるしね。私は満足してるよ」
これは私の本心だ。
「子供が大きくなってよ、いつの間にか父ちゃんと兄ちゃんも加わって、おめえがてんてこ舞いかと思ってたんだが……そう言ってくれっと、オラも助かっぞ」
オラにゃ出来すぎた嫁さんだと笑う悟空に小さく笑い返す。
「本音はね、悟空と二人きりだったらロマンチックかもしれないけど……皆が居てくれた方がワイワイしてて楽しいから。て言っても、悟空と二人が嫌なわけじゃないよ?」
「でえじょうぶ、名無しさんの気持ちは分かってっから、しんぺえすんなよ。な?」
「ありがとう、悟空♡」
田舎はスローライフという都会人のイメージがあるかもしれないけど、決してそんなことはない。
いつも目まぐるしく時間に追われて、超特急で過ぎてしまう。
けど、それが私達一家の日常なんだから、覚悟して受け入れるしかない。
でも愛夫と愛息達の存在で、この忙しい田舎ライフが気に入ってるんだけどね。
悟空と寄り添い、まるで絵画のような風景を愛夫と眺めながら、暫く二人だけの時を満喫していた。
やって来ました、大型連休。
私達一家は温泉地に来ていた。
「わあ、賑わってますね!」
「ホント、さすが有名な観光地だわ」
「オレ、ワクワクする!」
「ふん、くだらん」
今回はビーデルさんとベジータさん一家も連れ立っての大所帯。
「兄ちゃん、煙が出てるよ! 火事じゃない!?」
「悟天、あれは湯煙といって温泉から出てるんだぞ。火事じゃないから安心しろよ?」
「へえ、湯煙かあ! スゴいね!」
ブルマさんの財力を持って、観光バスを貸し切っての温泉旅行に今から胸が弾んでいた。
何と今回の旅行は悟飯が幹事を務めてくれ、我が子ながら頼もしく成長したと思う。
「えー皆さん、最初はお昼ご飯を食べて貰います。海の幸バイキングですので、お腹いっぱい食べてくださいね?」
途端、隣に座る悟空の瞳がキラキラと輝く。
「おーし、腹がはち切れる程食うぞ!」
「悟空、張り切ってるね?」
「当ったりめえだ! オラ食い気だけは誰にも負ける気がしねえかんなあ!」
「よく言うぜ、闘いもだろ?」
「ハハッ、兄ちゃんの言う通りだ」
お義兄さんに突っ込まれて、照れ笑いする悟空が可愛い。
密かに癒されてると、前席の悟天がこちらに顔を出した。
「お母さん、おやつ食べても良い?」
「良いけど、全部食べちゃダメよ?」
「はーい! トランクスくん、おやつ食べよ! ボク、パチパチキャンディいっぱい持って来たんだ♪」
「オレもそれ好きだぞ。やっぱ、お前とは気が合うな!」
「うん!」
と、はしゃぎ出す子供達。
「こらこら、少しは静かにしなさいよ? アンタ達が騒ぐと恥を掻くのは私と名無しさんさんなんですからね?」
「そうね、ちょっとだけ静かにしようか?」
「はーい」
「お前のママ優しいよな? オレのママは怒ると怖いんだよ……」
途端、ブルマさんの目が光る。
トランクスくんは小声で喋ってるけど、彼女の耳にはバッチリ届いたみたいね。
「トランクスッ、お黙り!」
ブルマさんは一喝して、トランクスくんを震え上がらせた。
「ごめんなさい、ママ……」
「分かればよろしい」
どうやら彼女の機嫌は直ったようね。
「おっかねえなー、名無しさんのがまだ可愛いぞ。おめえはブルマより優しいかんなあ」
しみじみ呟く悟空。
「しーっ止しなよ、そんなこと言うの……!」
「孫くん、何か言った?」
「ほら……」
「いんや? 何も言ってねえよ?」
「ホントかしら?」
またブルマさんの機嫌が悪くなっちゃう。
「ブルマさん!」
「なあに?」
「えーと、その……海の幸バイキング楽しみだね!」
「え、ええ……そうね、楽しみね」
必死に話題を逸らすと、彼女は何とか乗ってくれた。
「悪ぃな、名無しさん」
片手を眼前に出して謝る悟空に、私は「良いよ」と笑って見せる。
夫のフォローも妻の務めだもの。このぐらい当然だ。
そして、バスは目的地に到着した。
海の幸バイキングと名打つだけあって、新鮮な魚介類が豊富に並んでいた。
私達は各々、たくさんのご馳走を堪能し、お腹いっぱいでお店を後にした。
宣言通り、悟空はお腹がはち切れるまで食していた。
夫だけじゃなく、男達全員が満腹になるまで食べるんだから、女性陣は呆気に取られてしまった。
でも、腹八分目で止めておいた方が身体には良いのよねと、私達女性は程々にご馳走を堪能し、満足して一路旅館に向かった。
数分後。
旅館に着いて、チェックインを済ませた後。
女性陣はのんびりと温泉に浸かっていた。
「気持ち良いわねー。日々の疲れが癒されるわ」
「確か、この温泉水は美肌の湯でしたよね?」
「そうみたい。よく化粧水としても使われてるって、テレビ番組で特集してたよ」
「最っ高に贅沢ね、それ。私、注文してみようかしら?」
「でも、ブルマさんお肌綺麗ですよ? 何を使ってるのか知りたいですよね、名無しさんさん!」
ブルマさんの発言に、すかさずビーデルさんが食いついた。
「うん、綺麗。やっぱり、特別なスキンケアしてるの?」
「それがね、聞いてよ!」
「何々?」
「教えてください!」
すっかり女子トークで盛り上がってしまった。
私も化粧水、注文しようかな。
数分後。
温泉から出て、部屋に戻ると悟空達はトランプゲームで白熱していた。
「またババ抜き?」
「いんや、今回は畳の上だからよ。スピードで勝負してんだ! 優勝者は敗者から一品ずつ、好きなおかずを貰えっからよ。オラ、今度こそ負けらんねえ!」
「吐かせカカロットッ! 勝者はオレ様だ!」
どうやら、決勝は悟空とベジータさんみたいね。
見守ること数分間。
「よし、やったぞ!」
何とベジータさんに軍配が上がった。
「負けちまったあ……名無しさん、慰めてくれ~」
珍しく悟空が甘えてくる。
私は「よしよし」と愛夫の頭を優しく撫でであげる。
「あーお父さんズルい! お母さんボクもー!」
「悟天もよしよし」
抱き着いてきた愛息の頭を撫でると、彼は「えへへ」と照れ笑いする。
こうして夕食までの間、思い思いに過ごしていた。
夕食時。
宴会場を貸し切りで宴を開いていた。
「本日はお父さんの誕生日を祝って、バースデーケーキを用意して貰いました! では、どうぞ!」
「へ?」
幹事の悟飯の台詞に、悟空が素っ頓狂な声を出す。
すると、タイミング良く仲居さんが特大のスペシャルケーキを運んできた。
「わあ! スゴいね、トランクスくん!」
「ああ、超でかいな!」
子供達も大はしゃぎ。
「お父さんの誕生日はお祖父ちゃんから教えて貰いました! さあ、お父さん。ロウソクの火を消してください!」
「あ、ああ!」
悟飯に促され、少し戸惑いつつも悟空はロウソクの火を吹き消した。
「お父さん、誕生日おめでとうございます! 皆さん盛大な拍手を!」
皆拍手で愛夫の誕生日を祝う。
「おめでとう、悟空」
「サンキューな、名無しさん。正直まだ実感湧かねえけどよ」
そっか、子供達の誕生日会は毎年開いてたけど、大人組の誕生日は祝ってなかったもんなあ。
「大丈夫、後から実感湧いてくるよ」
悟空はそういうもんか、と納得している。
「お母さん、そろそろ例の準備をお願いします」
「うん、分かった」
「例の準備って何だ?」
「家族全員から、悟空にプレゼントだよ。はい、どうぞ♪」
私は笑顔で用意していた花束と小包みを悟空に差し出した。
「おっ、何から何まですまねえ。皆、ありがとな!」
満面の笑みで贈り物を受け取る悟空に再度拍手が起こった。
「悟空、プレゼント開けてみて?」
「ああ!」
悟空がプレゼントを開けると、そこには最新のスマホが入っていた。
「スマホか!」
「私のとお揃いだよ?」
「そうか。けど、こんな高価なモン貰っちまって良いんか?」
「良いんだよ、お父さん。それで、お母さんと離れてる時も連絡取り合えるでしょ? もっと夫婦の時間を取って欲しいって、兄ちゃんとボクで提案したんだ」
ネタばらしする悟天に、悟空は笑顔でお礼を言う。
「そんじゃ、ありがたく貰っとくぞ。大事に使うかんな?」
「うん! 喜んで貰えて良かったね、お母さん!」
「そうだね。私からもありがとう、悟天ちゃん」
悟天は嬉しそうに笑った。
心優しい子供達に、心から感謝したい。
「悟飯もありがとう。今日は幹事良く頑張ったね」
「いえ、お父さんとお母さんのためですから。長男のボクが一肌脱ぐのは当たり前ですよ。ね、ビーデルさん」
「そうね、今日の悟飯くんは一段とカッコ良かったわよ?」
ビーデルさんが褒めると、悟飯は照れ笑いしていた。
こうして、参加者は遅くまで悟空のお祝いをした。
その夜中。
ふと私は目が覚めてしまい、左隣を見ると悟天が良く眠っている。
寝相が悪く、布団を剥いでいたから、そっと直して一息ついた。
すっかり寝そびれてしまった私は、窓辺の椅子に座り、窓外の川を眺める。
せせらぎの音が淀みなく聴こえ、耳を澄ませていると、少し心が落ち着いた。
冷蔵庫から炭酸水の瓶を出すと、キャップを開けてグラスに注ぎ、一口飲んだ。
炭酸が口の中で、しゅわしゅわと消えていく。
「美味しい……」
その時。
「名無しさん」
耳慣れた声がして、足音とともに暗がりから愛夫が姿を現した。
「悟空、起こしちゃった?」
向かい側の椅子に座った夫の浴衣がはだけていて、ちょっぴり色っぽい。
「何でか途中で目ぇ覚めちまった。けど、おめえのせいじゃねえよ」
環境が違ぇからかなあ、と呟く悟空。
「意外と繊細だね?」
「意外は余計だろ。けど、オラは繊細じゃねえよ。どっちかってーと、図太い方だろうな」
悟空はへへっと笑う。
「ふふ、そうかもね。どこでも平気で寝ちゃうもんね。立って寝たりとか」
「ああ、そんなこともあったなー」
「でしょ?」
「おめえは繊細だよな? ちっせえことでも気にする質だもんな」
良く分かってらっしゃる。
「仰せの通りです。さすが、旦那様」
「まあな、これでも長いこと名無しさんの旦那だからよ。ちっとはおめえのこと理解してるつもりだぞ?」
「分かってるよ。これからも、よろしくね?」
「こちらこそだ」
月明かりの下、二人は仲良く笑い合った。
その時。
悟天の寝言が聞こえたけど、何を言ってるのか、むにゃむにゃしてて分からなかった。
「ふふ、可愛いね」
「そうだな」
再びこっそり笑い合う。
一頻り笑って、落ち着いた私達。
「そろそろ寝っか?」
「うん、そうだね……」
何故かちょっとだけ寂しくなる。
私の異変に気づいた悟空が歩み寄り、腰を落として目線を合わせてくれる。
「でえじょうぶだ。いつもオラがついてっから、何もしんぺえすんなよ?」
「うん……ありがとう、悟空」
引かれ合うように唇が重なった。
月明かりの下で交わすキスは甘く切なかった。
これからは、もっと強くならなくちゃ。
悟空の妻として、愛夫を支えるだけの忍耐力を身につけようと心に誓い、静かに旅先の夜は更けていった。
翌日。チェックアウトを済ませた私達は観光バスで、とある場所に向かっていた。
「えー皆さん、今日はある体験をしていただきます。子供達はもちろん大人も楽しめると思うので、期待していてくださいね」
「へえ、体験か。楽しみだな、名無しさん」
「そうだね。どんな体験なんだろ?」
「ボク、お菓子の工場見学がしたいな♪」
「パチパチキャンディとか、どうやって作ってるのか知りたいよな!」
子供達はお菓子で盛り上がってる。
「オレはビール工場が良いな。ビールの試飲がしてえ」
「親父は呑兵衛だからな」
「お前もだろ」
「オラはビールより食いモンの工場見学が良いぞ! たんと試食してえ!」
ていうか、工場見学は決まりなのかな?
思い思いに盛り上がるなか、悟飯は何故か不安そうな表情。
「悟飯くん、どうしたの? 顔色悪いけど……」
「ビーデルさん、ボク少し不安になってきました。皆が満足してくれるかどうか……」
「悟飯くん……大丈夫よ、きっと皆喜んでくれるわ。だから、そんなに心配しないで。ね?」
「! ありがとうございます、ビーデルさんのお蔭で元気が出てきましたよ!」
「ふふ、良かった」
悟飯が不安になるってことは、皆の希望には沿ってないってことか。
でも、きっと彼のことだから楽しい企画を立ててくれている筈だ。
我が子を信じつつ、私達は一路目的地へと向かった。
小一時間後。
目的の場所へと到着した。
「わあ、これ面白いね!」
「ああ、そうだな! お菓子工場より楽しいぞ♪」
と、大はしゃぎの子供達。
私達は葡萄踏み体験をしていた。
旬の葡萄を足で踏んで、それがジュースになる。
樽のなかに足を入れて、葡萄を踏み踏みすると粒が潰されて、やがて汁が出てくる。
足裏に感じる、葡萄の粒々が何とも言えない感触。
最初は遠慮がちだった大人組も子供達のように、童心に帰って夢中でぶどうを踏んだ。
「オラが一番多く踏んでっぞ!」
「何をーっ!? カカロットだけには負けんからな!」
「ベジータ、大人気ないわよ?」
「そういうブルマさんも楽しそうですよ?」
「ふふ、だって子供に戻ったみたいなんですもの!」
「ホントに楽しいね♪」
女性陣も楽しんで、葡萄踏みをする。
その後。
全員で搾りたてのジュースを試飲した。
私と悟空は顔を見合わせて、微笑み合う。
「爽やかな後味で美味しいね♪」
「ああ! これなら、何杯でもイケっぞ!」
「トランクスくん、美味しいね!」
「ああ! 確かに美味いよ! オレ、おかわり!」
子供達も大喜びで飲んでいる。
大人でも虜になる程、美味だった。
お土産に何本か購入して、その場を後にする。
「最後はお土産市に向かいます。旅の想い出に心行くまで買い物を楽しんでくださいね」
「悟飯くん、素敵♡」
「ビーデルさんは、すっかり悟飯くんの虜ね」
「ふふ、ホント微笑ましいね」
ブルマさんの意見に私も同意した。
「おお、色々売ってんなあ!」
物産館に着いた私達は各々、お土産を見て回る。
「悟空、何が食べたい?」
「オラは山育ちだからよ、珍しい山の幸が食いてえな。 まだまだ食ったことねえ珍味があんだろうからよ」
「うん、そうしよっか!」
悟空と二人でじっくり吟味し、気になった物をカゴに入れていく。
「名無しさん、オラこれが食いてえ!」
悟空が手にしたのは、キノコを模したジャンボチョコだ。
「あ、悟天が喜ぶかも。あの子に内緒で買っちゃおう♪」
「ああ、オラも嬉しいぞ♪」
「悟空、子供みたい」
「そりゃねえだろ、名無しさん」
肩を竦める悟空に私は小さく笑った。
「あれ? お義父さんとお義兄さんは?」
辺りを見回しても、二人の姿が見当たらない。
「さっき二人で地酒コーナーに居たぞ。両手に酒瓶持って熱心に喋ってたな」
「あの二人らしいね?」
「だな」
その後はお義父さん達が大量の酒瓶を持ってきたため、私が大反対すると悔しそうに戻していた。
可哀想だからお義父さんとお義兄さんにそれぞれ一本ずつ購入を許すと、二人は喜んで酒瓶を選んでいた。
帰り道。バスの窓外を眺めながら、今回の旅に想いを馳せる。
色々あったけど、総じて良い想い出が出来たと思う。
今度は悟空と二人きりで旅したいなあ。
私は悟空に顔を向けた。
「悟空、次は二人きりで旅行も良いよね?」
「それも楽しそうだな」
夫は優しく微笑んでくれる。
いつか、夢が叶うと良いな。
こうして、一泊二日の団体旅行は無事幕を閉じた。
幸せを感じるのは、いつだって自分の心。
私にとって最愛の旦那さんと可愛い子供達と頼もしいお義父さんに風変わりなお義兄さん。
これからも、最高の家族と笑い合って生きていく。
未来はもっと明るいと信じて、自分らしく輝きながら人生を歩んでいこう。
END
朝一番に起床した私は手早くご飯の支度をする。
ドタバタしてるうちに、夫の悟空が眠そうに起きてきた。
「ふわあ~……はよ、名無しさん……」
「悟空、おはよう!」
「ああ、眠ぃなあ……」
昨夜は珍しく皆でトランプゲームで盛り上がったからなあ。眠いのも仕方ないけど。
「ほらほら、立ったまま寝ないで。今日は畑耕す仕事があるでしょ?」
「あーそうだっけなあ……顔、洗ってくっぞ……」
悟空は寝惚け眼でふらふらと歩いていく。
何か嫌な予感がする……。
その時、彼は正面から壁に激突した。
「んがっ!」
予感的中。
「悟空!」
「って~!」
彼は顔を両手で押さえ、しゃがみ込んだ。
「大丈夫?」
私は悟空に歩み寄り、彼を覗き込む。
悟空は高速で顔面を撫で摩り、何事もなかったように笑顔になる。
「なあに、こんぐれえ平気だ。オラ、身体だけは丈夫だかんなあ」
豪快に笑い飛ばす悟空に私は一応安堵した。
「はあ、良かった。あんまり心配させないでよね? せっかくの男前が台無しよ?」
「ハハハ、悪ぃ悪ぃ!」
どうやら顔面事故で、すっかり目が覚めたみたいね。
「ほらほら、早く顔洗って来て?」
「ああ、行ってくる」
去り際、名無しさんと呼ばれ「愛してっぞ♡」と頬チューする悟空に「私もよ♡」と返す。
悟空が去った後。
「あー見てられないぜ。なあ、親父?」
「そうだな、バカップルならぬバカ夫婦ってとこか」
「あ、お義兄さん……お義父さん……いつの間に……」
「今の間だ。油断したな?」
と、お義兄さん。
悟空のお義兄さんとお義父さんについさっきのシーンをバッチリ見られてしまい、私は顔が一気に熱くなるのを感じた。
因みにお義父さん達は以前、悟空に会いに地球に来てくれたんだけど、居心地が良いからと、そのまま住み着いてしまった。
お蔭で騒がしく暮らしているけど、その代わり毎日の家事が大変。主婦として遣り甲斐はあるけどね。
そういえば、悟空が惑星ベジータ生まれのサイヤ人だと教えてくれたのも彼らだった。当時はとても驚いたけど、今となっては懐かしい想い出だ。
「その、おはようございます……」
う~いたたまれない……。
「ああ」
「お前ら新婚でもないのに、よくやってくれるぜ」
お義兄さん、結構しつこいのよね……というより、私をからかって遊ぶのは彼にとっては日常茶飯事だ。
「そ、それよりお二人は洗顔したんですか?」
「オレはとっくに終わったが、ラディッツはまだだろ?」
「一日ぐらい洗わなくても死にゃしないだろう」
「もう! 汚いから早く洗ってきて! 今すぐに!」
頭に来た私はお義兄さんに有無を言わさず、命令を下す。
「……」
押し黙るお義兄さんに対し、私は目を光らせた。
「行かないと、朝食抜きにするけど?」
「! それは困る! オレの一日はお前の朝飯から始まると相場が決まっている!」
「何の相場よ?」
「やかましい! くだらないツッコミはスルーだ!」
突然逆ギレするのもお義兄さんの特徴なのよね……。
「それより洗顔でしょ? はい、回れ右!」
「はあ、仕方ないな。面倒だが行ってくるか……」
お義兄さんも悟空に次いで洗面所に消えていく。
「ハハハ、天の邪鬼ラディッツも形無しだな!」
お義父さんは豪快に笑い、すぐ真顔に変わる。
「それで、今朝の飯は何だ?」
このやり取りも日常的に行われている。
もう慣れたものだ。
「今朝は和食です。炊き立てご飯に豆腐とワカメのお味噌汁、厚焼き玉子に菜花のおひたしと明太子」
「美味そうだな。名無しさんの飯はそこらの料理人より上だからな。オレの楽しみの一つだ」
「ありがとうございます。お義父さんに褒めて頂けると自信に繋がりますよ」
私が微笑んで応えると、お義父さんは口端を上げる。
その時、近づく足音がした。
「おはようございます」
「おはよ~」
良かった、子供達も起きてきた。
「おはよう、二人とも。すぐご飯にするから、顔洗ってらっしゃい?」
「はい、お母さん。行くぞ、悟天」
「は~い」
悟飯に連れられて、悟天も洗面所に消えていった。
うん、二人とも今日も良い子だ。
「朝っぱらから賑やかだな」
「でも、これぞ孫家の日常だと思いませんか?」
「まあな」
「私はお義父さん達の活躍で、地球に平和が戻って本当に感謝していますから」
今度はいつまで平和が続くか心配するより、今出来ることに全力を注ぐ。
それが、悟空達の闘いの姿勢を見てて感じたことだ。
今この瞬間を大切にしたいから、私も全力投球で精一杯生きていこうと決めている。
皆が食卓につくまで、いつもこんな調子だけど、それが大変でもありつつ私の楽しみでもある。
そして、楽しい食事タイム。
話題は昨夜のトランプゲームだ。
「しっかし、昨夜は惜しかったよなあ。悟天の独り勝ちだったもんなあ?」
「えへへ」
赤い顔で照れる悟天ちゃんは、我が子ながらとっても可愛い。
「やっぱり、子供の方が頭が柔軟なんでしょうね。ボクらはどうしても頭が固くなっちゃいますよ」
「そんなことねえだろ。悟飯は学者になる素質があるんだからよ。現にお前は二番目に上がったじゃねえか」
と、お義父さん。
「んで、ビリは兄ちゃんだよな。オラ、向いてねえと思うぞ」
「やかましい! 言っとくが、あそこでオレがババを引かなけりゃ、とっくに上がってたんだからな!」
ご飯を掻き込んでいたお義兄さんが口からご飯粒を飛ばす。
「お義兄さん、ご飯粒飛ばさないで。行儀悪いよ?」
「そうだぜ、ラディッツ。お前は大人気ないんだ。もう少し落ち着け」
「あちゃー二人に怒られちまったぞ、兄ちゃん」
「……どうせ、いつものことだろ」
不貞腐れるお義兄さんに悟空がもう一言。
「カッコ悪ぃぞ、兄ちゃん」
「何だとーっ!?」
夫の言葉で益々お義兄さんがヒートアップし、孫家の食卓が一段と騒がしくなる。
途端、私はブチッと切れる音がした。
「もう! いい加減にしなさいッ!」
私の鶴の一声で、その場がシンとなる。
「悪ぃ悪ぃ、名無しさん。オラに免じて許してくんねえか?」
優しい悟空がその場を纏めようと、すぐさま謝ってくれる。
「はあ、仕方ないね。悟空の顔を立てて許してあげるよ。お義兄さん、次からは気をつけてね?」
「あ、ああ……」
何とか食事を終えて、後片付けをしてから皆の洗濯物を外に干していた時だ。
「名無しさん」
「お義父さん、何ですか?」
「実は折り入って相談があってな」
お義父さんの話によると、もうすぐ悟空の誕生日が近いらしい。
「要するに、悟空には内緒でサプライズパーティーを開きたいわけですね?」
何だかんだ言っても、さすがは悟空の父親よね。
我が子が可愛くない親なんていないもの。
「ああ、うちは飯も家計もほぼ名無しさんの采配で決まるからな。お前だけが頼りだ」
「そんなことないですよ。ホームパーティーなら、子供達にも協力して貰いましょう。きっと良いアイデアを出してくれますよ」
「ああ、そうだな。じゃ、頼んだぜ」
「はい、任せてください!」
話が纏まったところで、お義父さんと入れ違いに悟空が現れた。
「何を任せんだ?」
「あ、えーと……洗濯物を任せてくださいってこと!」
我ながら苦しい言い訳だ。
「ふーん?」
「それより、悟空は何の用事?」
「ああ、そうだった。たまにゃよ、オラとデートしねえか?」
「えっ、これから?」
「違ぇ違ぇ、明日だ。名無しさんはいっつも家事で忙しくしてんだろ。オラも修業と野良仕事休んで、一日デート三昧してえなと思ってよ」
悟空は得意気にウインクする。
「けど、お金が──」
「金のことは、しんぺえすんなって。さっき、オラんとこにサタンが来てよ。例の口止め料、たんと置いてったんだ。だから、でえじょうぶだ。な?」
「う、うん。それは助かるけど……でも、子供達は?」
「そんなら、しんぺえ無用だ。悟飯が悟天の面倒見れっし、父ちゃんと兄ちゃんもいるしな」
実は根回しも済んでんだ、とからから笑う悟空の行動力には舌を巻く。
「うん、それなら良いよ? 明日は二人きりのデートだね♡」
「ああ、楽しみだなあ!」
久々に甘ーい時間が過ごせそう♡
今からワクワクしちゃうなあ♪
この日は明日のことを思うとウキウキして、普段は大変な家事もあっという間にこなしていった。
お昼も夕飯もプチ贅沢して、家族全員から喜んで貰えたことが何より嬉しかった。
デートのことを知ってる筈の皆は変に騒ぎ立てず、いつも通り賑やかな食卓を囲んだ。
それから明日に備えて、早めのおやすみモードに入り、翌日を迎える。
私達夫婦は悟空の瞬間移動で西の都に遊びに来ていた。
デートプランは都中の美味しい店を一日かけて回るという、至ってシンプルなものだ。
「オラよ、いっぺん食い倒れてみたかったんだよなあ♪」
「私も! たくさん美味しい物食べたいね?」
「ああ! 名無しさんはどこに行きてえんだ?」
「私、純喫茶に行きたい!」
というわけで、やって来た喫茶檸檬。
ここは雑誌でも何度も取り上げられてる有名処だ。
「ここは大盛りのナポリタンと蒼いクリームソーダが名物らしいよ」
「オラ、今はオムライスの気分だなあ」
「それも良いね。特製のデミグラスソースが堪らなく美味しいんだって」
「う、聞いてるだけで涎が出てきちまうなあ!」
「もう悟空ってば」
「ハハハ!」
店内はアンティークを基調とした調度品がそこかしこに配置されていて、オトナ女子なら喜びそうなステンドグラスまである。
手始めに悟空は大盛りオムライスとプリンアラモード、私は狙い通りナポリタンとクリームソーダを頼んだ。
やがて運ばれてきたスパゲティは、ケチャップたっぷりの厚切りベーコンがとても美味しそうで、クリームソーダの蒼さは神秘的で海を彷彿とさせる。
「ん、美味しい♪」
「ホントに美味そうだな……名無しさん、一口くれ!」
悟空は涎を溢しそうな勢いで催促してくる。
「ふふ、良いよ。はい、あーん」
「あーん」
スパゲティにパクついた悟空は幸せそうに食べている。
そんな夫を見ているだけでも、胸がほっこり温かくなった。
ナポリタンも昔懐かしい味で満足したし、クリームソーダはスッキリとした後味と甘すぎないバニラアイスが相性バッチリ。
「ふう、満足だ♪」
「ホントだね。次はどうする?」
「そうだなー……おっ、アレが食いてえな!」
悟空が指したのはお団子屋さん。
「名物は……四色団子かあ。良いね、そうしよっか!」
いつの間にか、名物巡りのデートになってるけど、細かいことは気にしない気にしない。
早速お団子を二人分買って、その場で食べてみる。
「ん、この黄色いのマンゴー味だね」
「ん~変わった味だな! けど、こりゃ美味ぇぞ♪」
悟空が四色団子を気に入って、買い占めてしまった。
皆へのお土産かなって思ったら、「やっぱ我慢出来ねえ!」と一串も残さず平らげてしまった。
さすがは大食漢。
「お次は何だ?」
「私行きたいとこがあるの」
その後は悟空を今話題のくまちゃん鍋に連れていったり、世界一美味な中華料理屋さん、ケーキと珈琲が有名なカフェテリア、甘味処で名物の餡蜜を食べて、最後に都一のパン屋さんで明日の朝食に出すお惣菜パンや菓子パンと人気の珈琲豆をたくさん買い込んだ。
時間はあっという間に過ぎて、もう夕暮れ時だった。
「楽しかったね、悟空」
「ああ……」
「?」
何だか様子が変ね。まるで何かを気にしてるみたい。
「しょうがねえなあ……皆そこに居んだろ?」
「え?」
悟空が声をかけた先には、何と家族全員が顔を出した。
「皆!?」
「さすがにバレたか」
「いやあ、さすがお父さんですね。お見逸れしました」
「だから、ボクは嫌だって言ったのにぃ!」
「それは言うな、悟天。連帯責任だ」
お義兄さん、悟飯、悟天、お義父さんがコメントする。
「いつからだ?」
「最初っから気づいてたぞ。気配は殺してたみてえだけどな」
お義父さんが問うと、悟空はけろりと言って退けた。
「ていうか、何でここに居るの?」
「すみません。実はお母さん達の動向が気になって、ずっと後をつけてたんです。お父さんがお母さんに迷惑かけないか心配だったから」
悟飯の台詞に悟空が眉をひそめる。
「オラは自分ばっか楽しむつもりは全くなかったぞ。今日の名目は二人っきりのデートだった筈だかんなあ」
「本当にすみません、お父さん」
「許してやれよ、カカロット。悟飯は悪くねえんだからな。親を思う子の心だ」
「いや、親父が言うなよ」
冷静に突っ込むお義兄さん。
「でも、幾つになってもラブラブなんだね、お父さんとお母さん。ボク、見てて恥ずかしくなっちゃった」
「ふふ」
私はつい笑ってしまう。
「名無しさん?」
「ごめんね、悟空」
「何がだ?」
「きっと私ばっかり楽しんで……でも、皆が私達を見てドキドキしたりハラハラしてくれたのかなって思ったら可笑しくなちゃった!」
悟空と悟天以外、あんぐりと口を開けている。
「ハハハ、名無しさんにゃ敵わねえなあ!」
夫は豪快に笑ってる。
「さあ、皆で我が家に帰ろ? 張り切って美味しい夕飯作るからね!」
「オラ、腹ペコだあ……」
「さっきまで散々食ってたじゃねえか」
「ボクもくまちゃん鍋食べたかったなあ……」
「今度、兄ちゃんが連れてってやるよ」
「やったあ♪」
「暢気なもんだな……オレはどっと疲れたぜ」
私、悟空、お義父さん、悟天、悟飯、お義兄さんの順でそれぞれ会話を繰り広げた。
夕陽が沈むなか、私達は揃ってパオズ山へと帰途に就いた。
今日一日楽しかったなあ♪
明日からまた家事に勤しまないと!
パオズ山の夜が更けて、おやすみタイムを迎えた私は愛しの夫と仲良く就寝した。
翌朝の食卓タイム。
「ん~この胡桃パン、芳ばしくて美味ぇなあ♪」
「挽きたての珈琲は美味い。やはり豆が大事だな」
悟空がガツガツする横で、お義父さんは淹れたての珈琲に舌鼓を打っている。
「悟天、サクランボのデニッシュが美味いぞ。半分食べてみろ」
「うん、兄ちゃんありがとう♪」
微笑ましい光景ね。
ところが……。
「何だ、これは……このパン固いな! ガチガチに固まってるぞ!」
必死の形相でハードパンにかじりつくお義兄さん。
はあ、ある種見てて切ないわ……。
「兄ちゃん、ちゃんと歯ぁ磨いてんのか? このパン結構美味ぇじゃねえか!」
「やかましい! こう見えて、オレは繊細なんだ!」
「ヤワの間違いだろ?」
「な、何だとぉーっ!?」
お義父さん、それ火に油……。
もう、トラブルが起きない日なんて一日だってないんだから!
「いい加減にしなさーいッ!!」
この日、(私の)最初の雷が落ちた瞬間だった。
数分後。
孫家の騒がしすぎる食卓は、どうにか和やかなひとときに変わった。
「名無しさん、このチョコブレッド食ってみろよ?」
「うん! ……ん、ふわふわで美味しい♪」
「だろ? オラも気に入ったぞ♡」
「おー熱いな。ここだけ真夏か?」
「またからかって……」
お義兄さんにからかわれて頬が熱くなる。
いい加減、私も慣れれば良いのだろうけど、これは慣れの問題じゃない気がする。
「気にするな、名無しさん。ガキの発想だ」
お義父さんがフォローしてくださる。
「オレは悟天と同レベルか!」
「え~? ボクと一緒が嫌なの?」
「う……そういう意味じゃない、がな」
甥っ子に気を遣うお義兄さん。ちょっと面白い。
「ふーん? ねえ、どういう意味なの?」
「そ、それはだな……」
悟天から冷静に突っ込まれて、言い淀むお義兄さんは明らかに目が泳いでいる。
「それは?」
「っ……ガキはそんなの気にしなくて良いんだよ!」
また始まった……。
(私の)二回目の爆弾投下。
お義兄さんの本日の罰当番、皿洗い。
「何でオレだけなんだ!?」
お義兄さんの叫びが木霊するなか、私は皆のベッドシーツを交換していた。
「よし、完了!」
ちょうど全て終わった時だ。
そこへ、悟空がやって来た。
「今からカリン塔に行くんだけどよ、名無しさんもついてくっか?」
「うん、行く!」
「じゃあ、早速出かけっぞ」
悟空と手を繋いで、あっという間に景色が変わった。
カリン塔。仙猫のカリン様が棲む長大な塔だ。
「カリン様、オラだ!」
「ん? 悟空か。随分久しいのう」
「今日は愛妻も連れてきたぞ」
「お久しぶりです、カリン様」
「おー名無しさんか! 悟空もじゃが、お主も変わらんのう! 元気にしとったか?」
「はい、お蔭様で家族全員元気です」
「兄ちゃんは相変わらずだけどな、ハハハ!」
「おーそうかそうか。しかし、皆息災で何よりじゃよ」
カリン様はうんうんと頷いていらっしゃる。
「カリン様もお元気そうで安心しました」
「ワシは気長な隠居生活じゃからなあ。これからも長生きするじゃろうて」
にっこり笑ってくださるカリン様にほんわか癒される。
カリン様の纏う柔らかな雰囲気がそうさせるのだと思う。
「して、今日は何用じゃ?」
「ああ、仙豆が一粒になったからよ。追加で貰いに来たんだ」
「そうか、お主は幸運じゃな。ちょうど新しい仙豆が出来たところじゃ。ほれ、持っていけ」
カリン様は悟空に麻袋を手渡してくださり、髭を弄った。
「但し、あんまり多用しないことじゃ。万一、一粒もないとなれば困るのはお主達じゃからな」
「分かってっけどよ、死ぬ気で修業しねえと強くなれねえんだ」
武道家の顔つきになる悟空。
「ふ~む、それもそうじゃな……サイヤ人の
「そういうことだ。そんじゃあ、そろそろ行くからよ」
「ああ、達者でな?」
「カリン様もお元気で!」
「ありがとう、心しておくぞよ」
カリン様に見送られ、次に瞬間移動で着いたのは美しい湖だった。
「わあ、素敵ね♡」
「だろ? ガキの頃、冒険中に見つけてよ。いつかオラの大事なヤツが出来たら、連れて来ようって思ってたんだぞ」
かなり経っちまったけどな、と苦笑いする悟空。
けど。
「その気持ちが嬉しいよ。私は今日来れて良かったなあ♪」
「そっか」
悟空は後頭部をガシガシと掻いた。
これは気を遣わせたなっていう、夫なりの反省の色だ。
「ホントよ? 今が一番幸せだもの。いつもは皆が居るけど、それはそれで楽しいし、悟空と二人きりになろうと思えば、いつでもなれるしね。私は満足してるよ」
これは私の本心だ。
「子供が大きくなってよ、いつの間にか父ちゃんと兄ちゃんも加わって、おめえがてんてこ舞いかと思ってたんだが……そう言ってくれっと、オラも助かっぞ」
オラにゃ出来すぎた嫁さんだと笑う悟空に小さく笑い返す。
「本音はね、悟空と二人きりだったらロマンチックかもしれないけど……皆が居てくれた方がワイワイしてて楽しいから。て言っても、悟空と二人が嫌なわけじゃないよ?」
「でえじょうぶ、名無しさんの気持ちは分かってっから、しんぺえすんなよ。な?」
「ありがとう、悟空♡」
田舎はスローライフという都会人のイメージがあるかもしれないけど、決してそんなことはない。
いつも目まぐるしく時間に追われて、超特急で過ぎてしまう。
けど、それが私達一家の日常なんだから、覚悟して受け入れるしかない。
でも愛夫と愛息達の存在で、この忙しい田舎ライフが気に入ってるんだけどね。
悟空と寄り添い、まるで絵画のような風景を愛夫と眺めながら、暫く二人だけの時を満喫していた。
やって来ました、大型連休。
私達一家は温泉地に来ていた。
「わあ、賑わってますね!」
「ホント、さすが有名な観光地だわ」
「オレ、ワクワクする!」
「ふん、くだらん」
今回はビーデルさんとベジータさん一家も連れ立っての大所帯。
「兄ちゃん、煙が出てるよ! 火事じゃない!?」
「悟天、あれは湯煙といって温泉から出てるんだぞ。火事じゃないから安心しろよ?」
「へえ、湯煙かあ! スゴいね!」
ブルマさんの財力を持って、観光バスを貸し切っての温泉旅行に今から胸が弾んでいた。
何と今回の旅行は悟飯が幹事を務めてくれ、我が子ながら頼もしく成長したと思う。
「えー皆さん、最初はお昼ご飯を食べて貰います。海の幸バイキングですので、お腹いっぱい食べてくださいね?」
途端、隣に座る悟空の瞳がキラキラと輝く。
「おーし、腹がはち切れる程食うぞ!」
「悟空、張り切ってるね?」
「当ったりめえだ! オラ食い気だけは誰にも負ける気がしねえかんなあ!」
「よく言うぜ、闘いもだろ?」
「ハハッ、兄ちゃんの言う通りだ」
お義兄さんに突っ込まれて、照れ笑いする悟空が可愛い。
密かに癒されてると、前席の悟天がこちらに顔を出した。
「お母さん、おやつ食べても良い?」
「良いけど、全部食べちゃダメよ?」
「はーい! トランクスくん、おやつ食べよ! ボク、パチパチキャンディいっぱい持って来たんだ♪」
「オレもそれ好きだぞ。やっぱ、お前とは気が合うな!」
「うん!」
と、はしゃぎ出す子供達。
「こらこら、少しは静かにしなさいよ? アンタ達が騒ぐと恥を掻くのは私と名無しさんさんなんですからね?」
「そうね、ちょっとだけ静かにしようか?」
「はーい」
「お前のママ優しいよな? オレのママは怒ると怖いんだよ……」
途端、ブルマさんの目が光る。
トランクスくんは小声で喋ってるけど、彼女の耳にはバッチリ届いたみたいね。
「トランクスッ、お黙り!」
ブルマさんは一喝して、トランクスくんを震え上がらせた。
「ごめんなさい、ママ……」
「分かればよろしい」
どうやら彼女の機嫌は直ったようね。
「おっかねえなー、名無しさんのがまだ可愛いぞ。おめえはブルマより優しいかんなあ」
しみじみ呟く悟空。
「しーっ止しなよ、そんなこと言うの……!」
「孫くん、何か言った?」
「ほら……」
「いんや? 何も言ってねえよ?」
「ホントかしら?」
またブルマさんの機嫌が悪くなっちゃう。
「ブルマさん!」
「なあに?」
「えーと、その……海の幸バイキング楽しみだね!」
「え、ええ……そうね、楽しみね」
必死に話題を逸らすと、彼女は何とか乗ってくれた。
「悪ぃな、名無しさん」
片手を眼前に出して謝る悟空に、私は「良いよ」と笑って見せる。
夫のフォローも妻の務めだもの。このぐらい当然だ。
そして、バスは目的地に到着した。
海の幸バイキングと名打つだけあって、新鮮な魚介類が豊富に並んでいた。
私達は各々、たくさんのご馳走を堪能し、お腹いっぱいでお店を後にした。
宣言通り、悟空はお腹がはち切れるまで食していた。
夫だけじゃなく、男達全員が満腹になるまで食べるんだから、女性陣は呆気に取られてしまった。
でも、腹八分目で止めておいた方が身体には良いのよねと、私達女性は程々にご馳走を堪能し、満足して一路旅館に向かった。
数分後。
旅館に着いて、チェックインを済ませた後。
女性陣はのんびりと温泉に浸かっていた。
「気持ち良いわねー。日々の疲れが癒されるわ」
「確か、この温泉水は美肌の湯でしたよね?」
「そうみたい。よく化粧水としても使われてるって、テレビ番組で特集してたよ」
「最っ高に贅沢ね、それ。私、注文してみようかしら?」
「でも、ブルマさんお肌綺麗ですよ? 何を使ってるのか知りたいですよね、名無しさんさん!」
ブルマさんの発言に、すかさずビーデルさんが食いついた。
「うん、綺麗。やっぱり、特別なスキンケアしてるの?」
「それがね、聞いてよ!」
「何々?」
「教えてください!」
すっかり女子トークで盛り上がってしまった。
私も化粧水、注文しようかな。
数分後。
温泉から出て、部屋に戻ると悟空達はトランプゲームで白熱していた。
「またババ抜き?」
「いんや、今回は畳の上だからよ。スピードで勝負してんだ! 優勝者は敗者から一品ずつ、好きなおかずを貰えっからよ。オラ、今度こそ負けらんねえ!」
「吐かせカカロットッ! 勝者はオレ様だ!」
どうやら、決勝は悟空とベジータさんみたいね。
見守ること数分間。
「よし、やったぞ!」
何とベジータさんに軍配が上がった。
「負けちまったあ……名無しさん、慰めてくれ~」
珍しく悟空が甘えてくる。
私は「よしよし」と愛夫の頭を優しく撫でであげる。
「あーお父さんズルい! お母さんボクもー!」
「悟天もよしよし」
抱き着いてきた愛息の頭を撫でると、彼は「えへへ」と照れ笑いする。
こうして夕食までの間、思い思いに過ごしていた。
夕食時。
宴会場を貸し切りで宴を開いていた。
「本日はお父さんの誕生日を祝って、バースデーケーキを用意して貰いました! では、どうぞ!」
「へ?」
幹事の悟飯の台詞に、悟空が素っ頓狂な声を出す。
すると、タイミング良く仲居さんが特大のスペシャルケーキを運んできた。
「わあ! スゴいね、トランクスくん!」
「ああ、超でかいな!」
子供達も大はしゃぎ。
「お父さんの誕生日はお祖父ちゃんから教えて貰いました! さあ、お父さん。ロウソクの火を消してください!」
「あ、ああ!」
悟飯に促され、少し戸惑いつつも悟空はロウソクの火を吹き消した。
「お父さん、誕生日おめでとうございます! 皆さん盛大な拍手を!」
皆拍手で愛夫の誕生日を祝う。
「おめでとう、悟空」
「サンキューな、名無しさん。正直まだ実感湧かねえけどよ」
そっか、子供達の誕生日会は毎年開いてたけど、大人組の誕生日は祝ってなかったもんなあ。
「大丈夫、後から実感湧いてくるよ」
悟空はそういうもんか、と納得している。
「お母さん、そろそろ例の準備をお願いします」
「うん、分かった」
「例の準備って何だ?」
「家族全員から、悟空にプレゼントだよ。はい、どうぞ♪」
私は笑顔で用意していた花束と小包みを悟空に差し出した。
「おっ、何から何まですまねえ。皆、ありがとな!」
満面の笑みで贈り物を受け取る悟空に再度拍手が起こった。
「悟空、プレゼント開けてみて?」
「ああ!」
悟空がプレゼントを開けると、そこには最新のスマホが入っていた。
「スマホか!」
「私のとお揃いだよ?」
「そうか。けど、こんな高価なモン貰っちまって良いんか?」
「良いんだよ、お父さん。それで、お母さんと離れてる時も連絡取り合えるでしょ? もっと夫婦の時間を取って欲しいって、兄ちゃんとボクで提案したんだ」
ネタばらしする悟天に、悟空は笑顔でお礼を言う。
「そんじゃ、ありがたく貰っとくぞ。大事に使うかんな?」
「うん! 喜んで貰えて良かったね、お母さん!」
「そうだね。私からもありがとう、悟天ちゃん」
悟天は嬉しそうに笑った。
心優しい子供達に、心から感謝したい。
「悟飯もありがとう。今日は幹事良く頑張ったね」
「いえ、お父さんとお母さんのためですから。長男のボクが一肌脱ぐのは当たり前ですよ。ね、ビーデルさん」
「そうね、今日の悟飯くんは一段とカッコ良かったわよ?」
ビーデルさんが褒めると、悟飯は照れ笑いしていた。
こうして、参加者は遅くまで悟空のお祝いをした。
その夜中。
ふと私は目が覚めてしまい、左隣を見ると悟天が良く眠っている。
寝相が悪く、布団を剥いでいたから、そっと直して一息ついた。
すっかり寝そびれてしまった私は、窓辺の椅子に座り、窓外の川を眺める。
せせらぎの音が淀みなく聴こえ、耳を澄ませていると、少し心が落ち着いた。
冷蔵庫から炭酸水の瓶を出すと、キャップを開けてグラスに注ぎ、一口飲んだ。
炭酸が口の中で、しゅわしゅわと消えていく。
「美味しい……」
その時。
「名無しさん」
耳慣れた声がして、足音とともに暗がりから愛夫が姿を現した。
「悟空、起こしちゃった?」
向かい側の椅子に座った夫の浴衣がはだけていて、ちょっぴり色っぽい。
「何でか途中で目ぇ覚めちまった。けど、おめえのせいじゃねえよ」
環境が違ぇからかなあ、と呟く悟空。
「意外と繊細だね?」
「意外は余計だろ。けど、オラは繊細じゃねえよ。どっちかってーと、図太い方だろうな」
悟空はへへっと笑う。
「ふふ、そうかもね。どこでも平気で寝ちゃうもんね。立って寝たりとか」
「ああ、そんなこともあったなー」
「でしょ?」
「おめえは繊細だよな? ちっせえことでも気にする質だもんな」
良く分かってらっしゃる。
「仰せの通りです。さすが、旦那様」
「まあな、これでも長いこと名無しさんの旦那だからよ。ちっとはおめえのこと理解してるつもりだぞ?」
「分かってるよ。これからも、よろしくね?」
「こちらこそだ」
月明かりの下、二人は仲良く笑い合った。
その時。
悟天の寝言が聞こえたけど、何を言ってるのか、むにゃむにゃしてて分からなかった。
「ふふ、可愛いね」
「そうだな」
再びこっそり笑い合う。
一頻り笑って、落ち着いた私達。
「そろそろ寝っか?」
「うん、そうだね……」
何故かちょっとだけ寂しくなる。
私の異変に気づいた悟空が歩み寄り、腰を落として目線を合わせてくれる。
「でえじょうぶだ。いつもオラがついてっから、何もしんぺえすんなよ?」
「うん……ありがとう、悟空」
引かれ合うように唇が重なった。
月明かりの下で交わすキスは甘く切なかった。
これからは、もっと強くならなくちゃ。
悟空の妻として、愛夫を支えるだけの忍耐力を身につけようと心に誓い、静かに旅先の夜は更けていった。
翌日。チェックアウトを済ませた私達は観光バスで、とある場所に向かっていた。
「えー皆さん、今日はある体験をしていただきます。子供達はもちろん大人も楽しめると思うので、期待していてくださいね」
「へえ、体験か。楽しみだな、名無しさん」
「そうだね。どんな体験なんだろ?」
「ボク、お菓子の工場見学がしたいな♪」
「パチパチキャンディとか、どうやって作ってるのか知りたいよな!」
子供達はお菓子で盛り上がってる。
「オレはビール工場が良いな。ビールの試飲がしてえ」
「親父は呑兵衛だからな」
「お前もだろ」
「オラはビールより食いモンの工場見学が良いぞ! たんと試食してえ!」
ていうか、工場見学は決まりなのかな?
思い思いに盛り上がるなか、悟飯は何故か不安そうな表情。
「悟飯くん、どうしたの? 顔色悪いけど……」
「ビーデルさん、ボク少し不安になってきました。皆が満足してくれるかどうか……」
「悟飯くん……大丈夫よ、きっと皆喜んでくれるわ。だから、そんなに心配しないで。ね?」
「! ありがとうございます、ビーデルさんのお蔭で元気が出てきましたよ!」
「ふふ、良かった」
悟飯が不安になるってことは、皆の希望には沿ってないってことか。
でも、きっと彼のことだから楽しい企画を立ててくれている筈だ。
我が子を信じつつ、私達は一路目的地へと向かった。
小一時間後。
目的の場所へと到着した。
「わあ、これ面白いね!」
「ああ、そうだな! お菓子工場より楽しいぞ♪」
と、大はしゃぎの子供達。
私達は葡萄踏み体験をしていた。
旬の葡萄を足で踏んで、それがジュースになる。
樽のなかに足を入れて、葡萄を踏み踏みすると粒が潰されて、やがて汁が出てくる。
足裏に感じる、葡萄の粒々が何とも言えない感触。
最初は遠慮がちだった大人組も子供達のように、童心に帰って夢中でぶどうを踏んだ。
「オラが一番多く踏んでっぞ!」
「何をーっ!? カカロットだけには負けんからな!」
「ベジータ、大人気ないわよ?」
「そういうブルマさんも楽しそうですよ?」
「ふふ、だって子供に戻ったみたいなんですもの!」
「ホントに楽しいね♪」
女性陣も楽しんで、葡萄踏みをする。
その後。
全員で搾りたてのジュースを試飲した。
私と悟空は顔を見合わせて、微笑み合う。
「爽やかな後味で美味しいね♪」
「ああ! これなら、何杯でもイケっぞ!」
「トランクスくん、美味しいね!」
「ああ! 確かに美味いよ! オレ、おかわり!」
子供達も大喜びで飲んでいる。
大人でも虜になる程、美味だった。
お土産に何本か購入して、その場を後にする。
「最後はお土産市に向かいます。旅の想い出に心行くまで買い物を楽しんでくださいね」
「悟飯くん、素敵♡」
「ビーデルさんは、すっかり悟飯くんの虜ね」
「ふふ、ホント微笑ましいね」
ブルマさんの意見に私も同意した。
「おお、色々売ってんなあ!」
物産館に着いた私達は各々、お土産を見て回る。
「悟空、何が食べたい?」
「オラは山育ちだからよ、珍しい山の幸が食いてえな。 まだまだ食ったことねえ珍味があんだろうからよ」
「うん、そうしよっか!」
悟空と二人でじっくり吟味し、気になった物をカゴに入れていく。
「名無しさん、オラこれが食いてえ!」
悟空が手にしたのは、キノコを模したジャンボチョコだ。
「あ、悟天が喜ぶかも。あの子に内緒で買っちゃおう♪」
「ああ、オラも嬉しいぞ♪」
「悟空、子供みたい」
「そりゃねえだろ、名無しさん」
肩を竦める悟空に私は小さく笑った。
「あれ? お義父さんとお義兄さんは?」
辺りを見回しても、二人の姿が見当たらない。
「さっき二人で地酒コーナーに居たぞ。両手に酒瓶持って熱心に喋ってたな」
「あの二人らしいね?」
「だな」
その後はお義父さん達が大量の酒瓶を持ってきたため、私が大反対すると悔しそうに戻していた。
可哀想だからお義父さんとお義兄さんにそれぞれ一本ずつ購入を許すと、二人は喜んで酒瓶を選んでいた。
帰り道。バスの窓外を眺めながら、今回の旅に想いを馳せる。
色々あったけど、総じて良い想い出が出来たと思う。
今度は悟空と二人きりで旅したいなあ。
私は悟空に顔を向けた。
「悟空、次は二人きりで旅行も良いよね?」
「それも楽しそうだな」
夫は優しく微笑んでくれる。
いつか、夢が叶うと良いな。
こうして、一泊二日の団体旅行は無事幕を閉じた。
幸せを感じるのは、いつだって自分の心。
私にとって最愛の旦那さんと可愛い子供達と頼もしいお義父さんに風変わりなお義兄さん。
これからも、最高の家族と笑い合って生きていく。
未来はもっと明るいと信じて、自分らしく輝きながら人生を歩んでいこう。
END