★Short Dream
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ある昼下がり。私は親友のブルマの元へ遊びに来ていた。
彼女の部屋でティータイムを楽しむ。
手作りの焼き菓子を食べつつ、アールグレイの香りを楽しみながら、対話に花を咲かせる。
カップをソーサーに置いて、傍にあったハートのクッションを抱き締めた。
「ねえ、ブルマ」
「なあに」
「今好きな人いる?」
「ぶっ!」
アールグレイを飲んでいたブルマは見事に吹き出してしまう。
「もう汚いなあ」
「アンタが突然変なこと言うからでしょうが!」
「だって……」
「そういう名無しさんこそどうなのよ。好きな人いるの?」
質問に質問で返されちゃった。
「私は特にいないけど、理想のタイプならいるよ」
「へえ、因みにどんな人?」
ブルマはテーブルから身を乗り出す。
興味津々って感じ。
そういう私も訊いて欲しかったんだけど。
「優しくて包容力があって、笑顔が可愛いテディベアみたいな人♡」
「……テディベアって、要するに熊男?」
「違うよ! 傍にいるだけで安心感があるってこと!」
「なるほどね」
ブルマは関心しつつ、またカップを口にする。
「あ~あ、そんな人どこかにいないかなあ」
私はクッションを抱き締める手に力を込めた。
「そういう人なら独り知ってるわよ?」
「え?」
一瞬耳を疑った。
「私の理想の人がいるの?」
「ええ、ただ戦闘マニアなのが難点だけど、名無しさんさえ良ければ逢ってみる?」
「うん、逢いたい!」
私は驚きとともに、嬉しくて舞い上がってしまう。
「なら、決まりね。デート場所はセッティングしてあげるから、何も心配は要らないわよ?」
「ありがとう、ブルマ。この恩は一生忘れないわ!」
嬉しすぎて頬が勝手に緩んじゃう。
「大袈裟ね。でも、アンタ可愛いし、孫くんもきっと気に入ってくれるわよ」
「孫さんって言うの?」
「そう、名前は孫悟空。趣味は修業の他に食べることと寝ることね。特に彼は大食漢だから、初めは驚くかもしれないわ」
ブルマが簡単なプロフィールを教えてくれた。
「そんなことないよ。良く食べる人は大好きだしね」
「アンタはそういう子だったわね。それなら、まさに理想通りの人でしょ?」
「うん。今から期待値、急上昇だよ♡」
「決まりね。場所と日時は追って連絡するから楽しみにしてなさいよ」
「さすが親友、頼りになるね♪」
ブルマが任せなさいとウインクする。
こうして、私はブルマの計らいで孫悟空さんと逢うことに決まった。
後日。ブルマからの連絡で、必ずお弁当を持って行くように指示されて、テーマパークの入り口に来ていた。
ここは出店もあったり、色鮮やかな花が楽しめるレジャー施設だ。
今時期は春なので、桜やチューリップが目で楽しめるみたい。
「ブルマ、まだかな」
「なあ、おめえ」
私の独り言に反応した人がいた。
「はい?」
背後を振り向くと、そこには橙色の道着を着て、屈託なく笑う男の人が立っていた。
「あ……」
「名無しさんって、おめえか?」
「はい、私のことです。もしかして、悟空さんですか?」
「ああ。オラ、孫悟空だ」
悟空さんは私の期待値を遥かに上回る程、逞しくてカッコいい人だ。
「ブルマは来ねえぞ」
「え、どうして?」
「若い二人の邪魔はしたくねえとか何とか言ってたっけなあ」
ブルマ、何考えてるのよ……。
けれど、彼女のことだから気を利かせてくれたのよね?
「悟空さん、良ければ中に入りませんか?」
「ああ、そうだな」
園内に入り、のんびり歩いて周る。
「名無しさんはここ初めてか?」
「いえ、ブルマと何度か遊びに来てますよ。私は風景写真を撮るのが趣味で……って、言っても知識は全くないんですが、感覚で良いなって思った瞬間をカメラに納めてるんです」
「カメラが好きなんだな。そんじゃあ、オラのことも撮ってくれるか?」
「あ……」
悟空さんって、意外と積極的?
「どうした? やっぱ、風景写真じゃなくちゃダメか?」
彼は人差し指で頬を掻いている。いけない、困らせちゃった。
「そんなことないです! 悟空さんのカッコいい写真をたくさん撮らせてください♪」
「そっか。サンキューな、名無しさん」
満面の笑みを浮かべる悟空さん。
可愛い笑顔に胸がキュンとしちゃう♡
ブルマの言う通り、まさに私の理想にピッタリの人だ。
胸中で親友に、ありがとうブルマとお礼を言う。
「お礼を言うのは私です。悟空さんはとてもカッコいいから、きっと素敵なモデルになりますよ」
「ハハハ、何か照れちまうなあ」
照れ笑いする悟空さんをパシャリと一枚。
「早速、照れ顔頂きました♪」
「おっ、早ぇなあ。もう撮っちまったのか?」
「善は急げです、悟空さん。色々回ってあちこちで写真撮りましょうよ」
「ああ、良いぞ」
桜の木に手を添えて笑うカッコいい悟空さんや、チューリップに囲まれて、ちょっと可愛らしい悟空さんを何枚も撮っていく。
すると、それを見ていたらしい他のお客さんが、悟空さんと私のツーショットを撮ると申し出てくれた。
「でも……」
「良いじゃねえか、記念に撮って貰おうぜ」
ピンクのチューリップ畑に囲まれ、肩に彼の腕が軽く回されて、赤くなった私が写っている筈。
悟空さんはニコニコしてるけど、こういうの慣れてるのかな?
でも、女性に慣れてるからって女好きとは限らない。
大丈夫、悟空さんは実直な人に決まってる。ブルマが紹介してくれた人だもの。
気にしてもしょうがない、楽しんだもの勝ちよね!
――数時間後。
「そろそろお昼ですね」
「ああ、腹減ったなあ」
「私、お弁当作って来たんですよ。良かったら──」
「食いてえ! ぜひとも食わしてくれ!」
物凄い食欲。これもブルマに聞いた通り。彼女のアドバイスは的を射てる。
「もちろんです」
あちこちにあずま屋があって、その一角に二人並んでお弁当を広げる。
「すげえ、花の弁当だ!」
「はい。特にチューリップをモチーフにしたウインナーは、ちょっとした自信作ですよ?」
「ああ、美味そうに出来てる。食っても良いか?」
「どうぞ召し上がれ?」
私の台詞を合図に悟空さんが、美味しそうにお弁当を食べてくれる。
「ウインナーも美味ぇけど、この唐揚げも美味ぇな♪」
「いつもは鶏肉なんですけど、今回は豚肉を特製ダレに漬け込んで唐揚げにしてみたんです。喜んで貰えて良かった」
料理は割と得意な方だけど、悟空さんのお口に合ってくれたことが、とても嬉しい。
5時起きした甲斐があった。
「だし巻き玉子も最高だ♡」
「それは白だしを使ったんです。あんまり甘くないので、大人でも楽しめると思います」
「ああ、どれもこれも美味ぇよ」
幸せそうな笑顔で食べて貰えるのは、こっちまで幸せな気持ちになる。
とても、楽しいランチタイムだった。
帰り道。悟空さんが自宅まで送り届けてくれた。
優しい彼にほっこり癒される。
「今日はありがとうございました、悟空さん。とっても楽しくて時間を忘れちゃいました♪」
「オラもだ。今日一日で名無しさんのこと気に入ったぞ!」
悟空さんは「今度、オラんち来てみねえか?」と言ってくれた。
「はい! 喜んで!」
「そんじゃあ、改めて迎えに来っから、名無しさんの予定教えてくれ」
「ちょっと待ってください……はい、どうぞ」
今後の予定をメモ書きして彼に手渡した。
「サンキューな。絶対迎えに来っから待っててくれ」
そう告げた悟空さんは「きんとうーん!」と叫ぶと、どこからともなく不思議な雲の塊が現れ、悟空さんの前に停まった。
「そんじゃ、またな!」
悟空さんは何と雲に乗り上げ、颯爽と空の彼方へ去ってしまった。
「な、何だったんだろう……」
その日、不思議な出来事をブルマに報告すると「孫くんは割と大雑把な男よ、細かいことは気にしちゃダメだからね」と念を押されてしまった。
確かに深く考えない方が良いかな。
でも、楽しい彼のお蔭で今夜はぐっすり眠れそう。
あれから、ブルマにまたアドバイスを貰った。
悟空さんは食べ物の好き嫌いがないらしく、私の得意料理なら何でも喜んで食べてくれるらしい。
私はお菓子を作るのも趣味で、今はレアチーズケーキがマイブーム。
お土産に持っていこうと、いつ悟空さんが来ても大丈夫なように、空いてる日の早朝は毎回ケーキ作りに専念した。
そして、とある日の朝、ケーキが出来て、紅茶を飲みながらのんびりしているとインターホンが鳴った。
出てみると、待ち侘びた悟空さんが逢いに来てくれたみたい。
「よっ、名無しさん!」
「悟空さん、お待ちしてました!」
「急でわりぃけどよ、今からオラんち来れっか?」
「はい、もちろんです!」
「良い返事だな。そんじゃ、筋斗雲待たせてあっから、早速行くぞ」
出掛ける準備をして外に出ると、悟空さんが筋斗雲と呼ぶ雲が停まっていた。
悟空さんは軽やかに筋斗雲に乗り上げ、私に手を伸ばしてくれる。
彼の手伝いもあって、何とか筋斗雲に乗れた。
「やっぱ名無しさんは良い子だな!」
「え?」
「筋斗雲は心が清くねえと乗れねえんだ。だから、おめえは良いヤツだって認められたんだぞ?」
「そ、そうなんですね」
憧れの悟空さんに良い子なんて言われたら、ちょっと照れてしまう……。
「ん? 名無しさん、顔赤ぇぞ。熱でもあんのか?」
「へ、平気です。ほら、元気いっぱいですから!」
私は精一杯笑顔でアピールする。
「そっか? にしても、名無しさんの笑った顔」
「?」
「オラは好きだぞ。温かい気持ちになっからよ」
「!?」
不意打ちだ……今、耳まで真っ赤だと思う。
「お、また真っ赤んなったな?」
悟空さんの言葉で上がったり下がったり、私は完全に恋に落ちていた。
「もう、からかわないでください……」
「わりぃわりぃ、つい名無しさんが可愛くてよ。突っついて弄りたくなるんだよな」
「な、何言って……」
「ん? 惚れた欲目か?」
悟空さんが何か呟いていた気がするけど、私には届かなかった。
「名無しさん、オラにしっかり掴まってろよ。万が一落っこちたら大変だかんな」
「は、はい!」
私は悟空さんの逞しい胴にしがみついた。
ちょっと緊張する……私の心臓の音、悟空さんに気づかれませんように……。
「おめえの手、ちっこいな。オラの手で隠れちまうぞ」
不意に悟空さんの前に回した手を包まれて、私は三度顔が熱くなるのを感じた。
「オラ、名無しさんのちっこい手ぇ好きだぞ!」
「私も悟空さんの手は大きくて男らしくて好きですよ?」
「そっか、オラ達似たもん同士だな」
「はい!」
ちょっとしたことで嬉しくなる。恋って良いな。
それにしても、筋斗雲はふかふかしてて乗り心地が良い。景色も流れるように変化して、何より大好きな悟空さんと一緒だから、少しも飽きる筈がなかった。
しばらく筋斗雲に乗っていると、高い山々が見えてきた。
「ここがオラが住んでるパオズ山だ」
「スゴーい! のどかで良い所ですね!」
「今は山桜も咲いてっぞ、ほら、あそこだ!」
悟空さんが指す方向に目を向けると、薄紅の山桜が満開で壮観だった。
「綺麗……」
「オラは名無しさんの方が綺麗だと思うぞ……」
「え?」
「ん? 何でもねえよ?」
もうすぐオラん家だと悟空さんが告げると、あっという間に筋斗雲は目的地に到着した。
「ここが悟空さんのお家ですか!」
目の前には半球状の白いお家が建っている。
「ああ。天下一武道会ってあってよ、そこで優勝した賞金で建てたんだぞ」
「素敵なお家ですね♪」
「サンキューな、オラも気に入ってんだ」
上がってくれと、悟空さん宅に招かれた。
中に通されると、木の温もりが何とも言えなくて、私はすぐに彼のお家を気に入ってしまった。
「悟空さん、お腹空いてませんか?」
「言われてみりゃ、ちっとばっかし減ってっかもな。けど、何でだ?」
「私、悟空さんにぜひ食べて欲しくて、レアチーズケーキを作って来たんです。いかがですか?」
「オラ、ケーキも大好きだぞ」
「良かった、一緒に食べましょう?」
「もちろんだ!」
悟空さんに食器を貸して貰い、お茶の準備をする。
「これ、ホントに名無しさんが作ったんか? 店で売ってるみてえだな!」
「一時期、ケーキ屋さんでアルバイトしてたこともあって、ちょっとしたコツを掴んだんですよ」
「そうなんか、道理で本格的だと思ったぞ!」
「ふふ、ありがとうございます」
小鳥のさえずりを耳にしながら、二人でティータイム。
贅沢な時間に心がほんわか温まる。
「うん、美味ぇ。紅茶の味は正直分かんねえけどよ、ケーキは甘酸っぱくて濃厚で幾らでもいけるぞ♪」
「お口に合って良かったです」
紅茶を飲んでいると、悟空さんがフォークを持つ手を止めた。
「?」
「なあ、名無しさん。オラん家、気に入ったか?」
「はい、とっても」
「オラんち、食器なんかなかったんだ。けど、ブルマに見立てて貰って、おめえが好きそうなのを見繕ったんだ」
悟空さん、瞳も声音もいつもと違って真剣だ。
「食器だけじゃねえ。生活に必要なモンはあらかた集めたつもりだ。ブルマの采配でよ」
「はい」
「だからよ、名無しさん。オラと一緒に住まねえか?」
「え……」
頭が真っ白……悟空さん、確かに一緒に住もうって……。
「ええっ!?」
「驚くのも無理ねえよな。実はよ、ブルマに名無しさんの写真見せて貰ってから、おめえに逢うとドキドキしちまうんだ」
「それって……」
「ああ、一目惚れってヤツだな」
まさか、悟空さんが私を見初めてくれたなんて、ホントに夢みたい……。
恋に落ちて良かった、心からそう想う。
「悟空さん、私嬉しい……」
「そんなら、OKしてくれっか?」
「はいっ、喜んでお受けします!」
「いきなりの申し出受けてくれて、ホントにサンキューな。オラ、名無しさんが一等大 好きだぞ」
まるで太陽みたいに眩しい笑顔をくれる悟空さんがとっても愛おしい。
「私も悟空さんが大好きです♡」
嬉しすぎて目尻に雫を感じつつ、頬が綻んだ。
こうして、大好きな悟空さんとパオズ山の暮らしをスタートさせるのだった。
彼との新生活はきっと何もかも新鮮に違いない。私の心は日々、ワクワクが止まらないだろう。
季節は瞬く間に過ぎて、今日は悟空さんと暮らし始めて最初のクリスマス。
窓外は雪が積もり、ロマンチックにもホワイトクリスマスだ。
私はローズヒップティーを飲みつつ、お手製のクリスマスケーキを頬張った。
生クリームは甘過ぎず、幾らでも食べられそう。でも太っちゃうから、程々にしないと。
ふと、飾りのサンタクロースが目に入った。
「ねえ、悟空さん」
「ん、何だ?」
夢中でケーキを頬張る悟空さんが顔を上げた。
頬っぺにクリームがついている。ちょっと可愛いかも♡
「クリスマスの奇跡って信じますか?」
「ん~? よく分かんねえなあ。その奇跡って何だ?」
首を捻る悟空さん。
「私もよく分からないんですが、普通は起こる筈もない出来事が、クリスマスに叶うんじゃないかと思うんです」
「名無しさん、願いがあんのか?」
「はい、ありますよ。とっても大切な願い事です」
「そっか、どうしても叶えてえ願いなんか?」
悟空さんは何故か真面目に取り合ってくれる。
「そうですね、どうしても叶えたいです」
「そんなら、名無しさんの願いはオラが叶えてやっぞ」
「え?」
一体どういうことだろう?
「んーと、四星球と三星球と六星球はここにあっから、残り4個か。ブルマにドラゴンレーダー借りれば今日中に間に合うか?」
「?」
「なあ、ちょっくら出掛けてくっからよ。名無しさんは留守番頼んだぞ」
「え、今からですか?」
こんな夜更けにどこに行くんだろう?
「ああ、急ぎの用だかんな」
「それなら、ちょっと待ってください」
私は悟空さんに用意していた包み紙を手渡した。
「何だ?」
「クリスマスプレゼントです。受け取ってください」
「オラにくれんのか? サンキューな」
「開けてみてください」
私が促すと悟空さんは包み紙を開けて、中身を取り出す。
「おっ、マフラーか!」
「あと、手袋もありますよ」
「暖かそうだな! もしかして、これ手編みか?」
「はい、悟空さんが修業中にこっそり編んでました。赤と緑と白のクリスマスカラーなんです」
手編みなんて古風かもしれないけど、悟空さんのことを想いながら編むと寂しさが紛れて、とても楽しかった。
「ふ~ん? よく分かんねえけど、凄ぇ嬉しいぞ」
そう言って、悟空さんは手編みのマフラーと手袋を身に付けてくれる。
「おーピッタシだ。しかもあったけえな!」
「とってもお似合いです」
「サンキューな、名無しさん。大事に使うぞ」
「はい!」
私は嬉しくて頬が綻んだ。
「そんじゃ、そろそろ……」
「あ、待ってください!」
「ん?」
「悟空さんの頬っぺにクリームがついてるんですよ」
彼は「どこだ?」と片手を頬に持っていく。
「待って、私が取りますから」
「頼んだ」
目を閉じる悟空さんの頬っぺについた生クリームを、そっと指で掬い取る。
「はい、取れました」
「お、サンキュー」
彼は「そのクリームもったいねえな」と私の手を掴んで、躊躇いなく舐め取ってしまう。
「あ……」
途端、頬が熱くなる。
舐められた指先も何となく熱い。
「名無しさん、頬っぺた赤いぞ?」
「そ、それは悟空さんが……」
「ハハハ、オラのせいか。そんじゃ、しょうがねえな」
「もう……」
楽しそうな悟空さんには敵わない。
「じゃ、今度こそ行くからよ。大人しく待ってろよ?」
「はい、気をつけてくださいね」
「分かってっぞ。じゃあ、行ってくる!」
悟空さんは片手を上げて玄関の向こうに消えた。
「それにしても、悟空さん。どうやって、願いを叶えるつもりなんだろう。肝心の願い事伝えてないのにな……」
残された私は疑問に思いつつも、食器の後片付けをして彼を待った。
数時間後。
「悟空さん、遅いなあ……」
途方にくれた私は窓外を見つめた。
まだ雪は降っている。
悟空さん、寒くないかな?
すると間もなく、玄関の外に人の気配がした。
玄関が開いて、待ち侘びた悟空さんが顔を出す。
「ただいま、名無しさん!」
「お帰りなさい、悟空さん!」
「遅くなってわりぃな、ちっと手間取っちまった」
「寒かったでしょう? 今、温かい飲み物出しますから」
私が奥に行こうとすると、腕を掴まれてしまう。
「時間がねえんだ! オラと一緒に来てくれ!」
「え!?」
あっという間に外に連れ出された。
寒くて空気が冷たい……。
思わず震えてしまう程だ。
「名無しさん、寒ぃだろ? オラのマフラー掛けてやっから、ちっとばっかし我慢してくれ」
悟空さんは私を抱き寄せて、二人一緒にマフラーを掛けてくれた。
同時に彼の温もりも伝わる。
「暖かい……ありがとう、悟空さん」
「ああ、それより見ててくれ」
「?」
今気づいたけど、足元でオレンジの淡い光を放つ、7個のボールが目に入った。
「出でよ、神龍!」
悟空さんが叫ぶと、ボールは一際強く輝き、光の柱が忽ち天に昇っていく。
それはやがて、龍の姿になって私達の目前に現れた。
「ご、悟空さん!? これは一体……?」
彼は人差し指を唇の前に出して、黙ってろと合図する。
「一つだけ願いを叶えてやろう。さあ、願いを言え」
この龍が願いを叶えてくれるの?
でも、ちょっと怖い……。
「名無しさんの願いを言ってみろ」
悟空さんに促される。
けど、緊張して声が出ない……。
「どうした、願いはないのか?」
「でえじょうぶだ、オラがついてる。おめえの願い事言えるよな?」
髪を優しく撫でられ、ギュッと抱き締められる。
悟空さんが一緒なんだから大丈夫。
「私、悟空さんと生涯を共にしたいんです。ううん、生まれ変わっても一緒になりたい。それが、私の願いです」
「名無しさん……」
「それは個人的な事情だろう。我が口を挟むことではない」
「そうですよね……」
だが、と神龍は続けた。
「汝らが永遠の愛を神に誓うなら、未来永遠結ばれるだろう。得てして未来は己の手で掴むものだ。要は幸も不幸も自分の意志と行動で決まる。精進するのだな」
「は、はい!」
「うむ。では、去らばだ!」
神龍はあっという間に消えてしまった。
残された悟空さんと私は黙して見つめ合う。
「名無しさんの願い事って、オラとの未来だったんだな」
「はい……迷惑でしたか?」
「そんなわけねえだろ。オラもおめえと同じ気持ちなんだからよ」
「悟空さん……嬉しいです」
目尻から一雫、零れ落ちる。
「それだ」
「え?」
「もう敬語は使うなよ。オラと名無しさんの仲じゃねえか。遠慮は無用だ」
「うん。ありがとう、悟空さん」
お礼を言うと、悟空さんは何故か眉をひそめる。
「そろそろ呼び捨てでも良いぞ。名無しさんにゃ、悟空って呼んで貰いてえ」
「悟空?」
「ああ、それで良い」
「うん!」
嬉しくて胸が弾む。
今でも充分幸せだ。
「クリスマスの奇跡起こしてくれてありがとう、悟空♡」
「オラからのクリスマスプレゼントだ。満足してくれたか?」
「もちろん!」
「オラ達の未来は楽しみながら、二人でゆっくり築いていこうぜ?」
「そうだね。全部、自分次第だもんね?」
悟空は笑顔で頷いてくれる。
彼がホントにクリスマスの奇跡を起こしてくれて、そんな悟空が愛しすぎて胸が熱くなる。
私は背伸びして、悟空の唇にそっと重ねた。
彼は力強く私を抱き留めてくれ、雪が降りしきるなか、二人の熱で愛を確かめ合う。
幸福は自分で掴むもの。
神龍という厳かな存在のお蔭で、大切なことに気づかされた。
そんな素敵な聖なる夜だった。
END
彼女の部屋でティータイムを楽しむ。
手作りの焼き菓子を食べつつ、アールグレイの香りを楽しみながら、対話に花を咲かせる。
カップをソーサーに置いて、傍にあったハートのクッションを抱き締めた。
「ねえ、ブルマ」
「なあに」
「今好きな人いる?」
「ぶっ!」
アールグレイを飲んでいたブルマは見事に吹き出してしまう。
「もう汚いなあ」
「アンタが突然変なこと言うからでしょうが!」
「だって……」
「そういう名無しさんこそどうなのよ。好きな人いるの?」
質問に質問で返されちゃった。
「私は特にいないけど、理想のタイプならいるよ」
「へえ、因みにどんな人?」
ブルマはテーブルから身を乗り出す。
興味津々って感じ。
そういう私も訊いて欲しかったんだけど。
「優しくて包容力があって、笑顔が可愛いテディベアみたいな人♡」
「……テディベアって、要するに熊男?」
「違うよ! 傍にいるだけで安心感があるってこと!」
「なるほどね」
ブルマは関心しつつ、またカップを口にする。
「あ~あ、そんな人どこかにいないかなあ」
私はクッションを抱き締める手に力を込めた。
「そういう人なら独り知ってるわよ?」
「え?」
一瞬耳を疑った。
「私の理想の人がいるの?」
「ええ、ただ戦闘マニアなのが難点だけど、名無しさんさえ良ければ逢ってみる?」
「うん、逢いたい!」
私は驚きとともに、嬉しくて舞い上がってしまう。
「なら、決まりね。デート場所はセッティングしてあげるから、何も心配は要らないわよ?」
「ありがとう、ブルマ。この恩は一生忘れないわ!」
嬉しすぎて頬が勝手に緩んじゃう。
「大袈裟ね。でも、アンタ可愛いし、孫くんもきっと気に入ってくれるわよ」
「孫さんって言うの?」
「そう、名前は孫悟空。趣味は修業の他に食べることと寝ることね。特に彼は大食漢だから、初めは驚くかもしれないわ」
ブルマが簡単なプロフィールを教えてくれた。
「そんなことないよ。良く食べる人は大好きだしね」
「アンタはそういう子だったわね。それなら、まさに理想通りの人でしょ?」
「うん。今から期待値、急上昇だよ♡」
「決まりね。場所と日時は追って連絡するから楽しみにしてなさいよ」
「さすが親友、頼りになるね♪」
ブルマが任せなさいとウインクする。
こうして、私はブルマの計らいで孫悟空さんと逢うことに決まった。
後日。ブルマからの連絡で、必ずお弁当を持って行くように指示されて、テーマパークの入り口に来ていた。
ここは出店もあったり、色鮮やかな花が楽しめるレジャー施設だ。
今時期は春なので、桜やチューリップが目で楽しめるみたい。
「ブルマ、まだかな」
「なあ、おめえ」
私の独り言に反応した人がいた。
「はい?」
背後を振り向くと、そこには橙色の道着を着て、屈託なく笑う男の人が立っていた。
「あ……」
「名無しさんって、おめえか?」
「はい、私のことです。もしかして、悟空さんですか?」
「ああ。オラ、孫悟空だ」
悟空さんは私の期待値を遥かに上回る程、逞しくてカッコいい人だ。
「ブルマは来ねえぞ」
「え、どうして?」
「若い二人の邪魔はしたくねえとか何とか言ってたっけなあ」
ブルマ、何考えてるのよ……。
けれど、彼女のことだから気を利かせてくれたのよね?
「悟空さん、良ければ中に入りませんか?」
「ああ、そうだな」
園内に入り、のんびり歩いて周る。
「名無しさんはここ初めてか?」
「いえ、ブルマと何度か遊びに来てますよ。私は風景写真を撮るのが趣味で……って、言っても知識は全くないんですが、感覚で良いなって思った瞬間をカメラに納めてるんです」
「カメラが好きなんだな。そんじゃあ、オラのことも撮ってくれるか?」
「あ……」
悟空さんって、意外と積極的?
「どうした? やっぱ、風景写真じゃなくちゃダメか?」
彼は人差し指で頬を掻いている。いけない、困らせちゃった。
「そんなことないです! 悟空さんのカッコいい写真をたくさん撮らせてください♪」
「そっか。サンキューな、名無しさん」
満面の笑みを浮かべる悟空さん。
可愛い笑顔に胸がキュンとしちゃう♡
ブルマの言う通り、まさに私の理想にピッタリの人だ。
胸中で親友に、ありがとうブルマとお礼を言う。
「お礼を言うのは私です。悟空さんはとてもカッコいいから、きっと素敵なモデルになりますよ」
「ハハハ、何か照れちまうなあ」
照れ笑いする悟空さんをパシャリと一枚。
「早速、照れ顔頂きました♪」
「おっ、早ぇなあ。もう撮っちまったのか?」
「善は急げです、悟空さん。色々回ってあちこちで写真撮りましょうよ」
「ああ、良いぞ」
桜の木に手を添えて笑うカッコいい悟空さんや、チューリップに囲まれて、ちょっと可愛らしい悟空さんを何枚も撮っていく。
すると、それを見ていたらしい他のお客さんが、悟空さんと私のツーショットを撮ると申し出てくれた。
「でも……」
「良いじゃねえか、記念に撮って貰おうぜ」
ピンクのチューリップ畑に囲まれ、肩に彼の腕が軽く回されて、赤くなった私が写っている筈。
悟空さんはニコニコしてるけど、こういうの慣れてるのかな?
でも、女性に慣れてるからって女好きとは限らない。
大丈夫、悟空さんは実直な人に決まってる。ブルマが紹介してくれた人だもの。
気にしてもしょうがない、楽しんだもの勝ちよね!
――数時間後。
「そろそろお昼ですね」
「ああ、腹減ったなあ」
「私、お弁当作って来たんですよ。良かったら──」
「食いてえ! ぜひとも食わしてくれ!」
物凄い食欲。これもブルマに聞いた通り。彼女のアドバイスは的を射てる。
「もちろんです」
あちこちにあずま屋があって、その一角に二人並んでお弁当を広げる。
「すげえ、花の弁当だ!」
「はい。特にチューリップをモチーフにしたウインナーは、ちょっとした自信作ですよ?」
「ああ、美味そうに出来てる。食っても良いか?」
「どうぞ召し上がれ?」
私の台詞を合図に悟空さんが、美味しそうにお弁当を食べてくれる。
「ウインナーも美味ぇけど、この唐揚げも美味ぇな♪」
「いつもは鶏肉なんですけど、今回は豚肉を特製ダレに漬け込んで唐揚げにしてみたんです。喜んで貰えて良かった」
料理は割と得意な方だけど、悟空さんのお口に合ってくれたことが、とても嬉しい。
5時起きした甲斐があった。
「だし巻き玉子も最高だ♡」
「それは白だしを使ったんです。あんまり甘くないので、大人でも楽しめると思います」
「ああ、どれもこれも美味ぇよ」
幸せそうな笑顔で食べて貰えるのは、こっちまで幸せな気持ちになる。
とても、楽しいランチタイムだった。
帰り道。悟空さんが自宅まで送り届けてくれた。
優しい彼にほっこり癒される。
「今日はありがとうございました、悟空さん。とっても楽しくて時間を忘れちゃいました♪」
「オラもだ。今日一日で名無しさんのこと気に入ったぞ!」
悟空さんは「今度、オラんち来てみねえか?」と言ってくれた。
「はい! 喜んで!」
「そんじゃあ、改めて迎えに来っから、名無しさんの予定教えてくれ」
「ちょっと待ってください……はい、どうぞ」
今後の予定をメモ書きして彼に手渡した。
「サンキューな。絶対迎えに来っから待っててくれ」
そう告げた悟空さんは「きんとうーん!」と叫ぶと、どこからともなく不思議な雲の塊が現れ、悟空さんの前に停まった。
「そんじゃ、またな!」
悟空さんは何と雲に乗り上げ、颯爽と空の彼方へ去ってしまった。
「な、何だったんだろう……」
その日、不思議な出来事をブルマに報告すると「孫くんは割と大雑把な男よ、細かいことは気にしちゃダメだからね」と念を押されてしまった。
確かに深く考えない方が良いかな。
でも、楽しい彼のお蔭で今夜はぐっすり眠れそう。
あれから、ブルマにまたアドバイスを貰った。
悟空さんは食べ物の好き嫌いがないらしく、私の得意料理なら何でも喜んで食べてくれるらしい。
私はお菓子を作るのも趣味で、今はレアチーズケーキがマイブーム。
お土産に持っていこうと、いつ悟空さんが来ても大丈夫なように、空いてる日の早朝は毎回ケーキ作りに専念した。
そして、とある日の朝、ケーキが出来て、紅茶を飲みながらのんびりしているとインターホンが鳴った。
出てみると、待ち侘びた悟空さんが逢いに来てくれたみたい。
「よっ、名無しさん!」
「悟空さん、お待ちしてました!」
「急でわりぃけどよ、今からオラんち来れっか?」
「はい、もちろんです!」
「良い返事だな。そんじゃ、筋斗雲待たせてあっから、早速行くぞ」
出掛ける準備をして外に出ると、悟空さんが筋斗雲と呼ぶ雲が停まっていた。
悟空さんは軽やかに筋斗雲に乗り上げ、私に手を伸ばしてくれる。
彼の手伝いもあって、何とか筋斗雲に乗れた。
「やっぱ名無しさんは良い子だな!」
「え?」
「筋斗雲は心が清くねえと乗れねえんだ。だから、おめえは良いヤツだって認められたんだぞ?」
「そ、そうなんですね」
憧れの悟空さんに良い子なんて言われたら、ちょっと照れてしまう……。
「ん? 名無しさん、顔赤ぇぞ。熱でもあんのか?」
「へ、平気です。ほら、元気いっぱいですから!」
私は精一杯笑顔でアピールする。
「そっか? にしても、名無しさんの笑った顔」
「?」
「オラは好きだぞ。温かい気持ちになっからよ」
「!?」
不意打ちだ……今、耳まで真っ赤だと思う。
「お、また真っ赤んなったな?」
悟空さんの言葉で上がったり下がったり、私は完全に恋に落ちていた。
「もう、からかわないでください……」
「わりぃわりぃ、つい名無しさんが可愛くてよ。突っついて弄りたくなるんだよな」
「な、何言って……」
「ん? 惚れた欲目か?」
悟空さんが何か呟いていた気がするけど、私には届かなかった。
「名無しさん、オラにしっかり掴まってろよ。万が一落っこちたら大変だかんな」
「は、はい!」
私は悟空さんの逞しい胴にしがみついた。
ちょっと緊張する……私の心臓の音、悟空さんに気づかれませんように……。
「おめえの手、ちっこいな。オラの手で隠れちまうぞ」
不意に悟空さんの前に回した手を包まれて、私は三度顔が熱くなるのを感じた。
「オラ、名無しさんのちっこい手ぇ好きだぞ!」
「私も悟空さんの手は大きくて男らしくて好きですよ?」
「そっか、オラ達似たもん同士だな」
「はい!」
ちょっとしたことで嬉しくなる。恋って良いな。
それにしても、筋斗雲はふかふかしてて乗り心地が良い。景色も流れるように変化して、何より大好きな悟空さんと一緒だから、少しも飽きる筈がなかった。
しばらく筋斗雲に乗っていると、高い山々が見えてきた。
「ここがオラが住んでるパオズ山だ」
「スゴーい! のどかで良い所ですね!」
「今は山桜も咲いてっぞ、ほら、あそこだ!」
悟空さんが指す方向に目を向けると、薄紅の山桜が満開で壮観だった。
「綺麗……」
「オラは名無しさんの方が綺麗だと思うぞ……」
「え?」
「ん? 何でもねえよ?」
もうすぐオラん家だと悟空さんが告げると、あっという間に筋斗雲は目的地に到着した。
「ここが悟空さんのお家ですか!」
目の前には半球状の白いお家が建っている。
「ああ。天下一武道会ってあってよ、そこで優勝した賞金で建てたんだぞ」
「素敵なお家ですね♪」
「サンキューな、オラも気に入ってんだ」
上がってくれと、悟空さん宅に招かれた。
中に通されると、木の温もりが何とも言えなくて、私はすぐに彼のお家を気に入ってしまった。
「悟空さん、お腹空いてませんか?」
「言われてみりゃ、ちっとばっかし減ってっかもな。けど、何でだ?」
「私、悟空さんにぜひ食べて欲しくて、レアチーズケーキを作って来たんです。いかがですか?」
「オラ、ケーキも大好きだぞ」
「良かった、一緒に食べましょう?」
「もちろんだ!」
悟空さんに食器を貸して貰い、お茶の準備をする。
「これ、ホントに名無しさんが作ったんか? 店で売ってるみてえだな!」
「一時期、ケーキ屋さんでアルバイトしてたこともあって、ちょっとしたコツを掴んだんですよ」
「そうなんか、道理で本格的だと思ったぞ!」
「ふふ、ありがとうございます」
小鳥のさえずりを耳にしながら、二人でティータイム。
贅沢な時間に心がほんわか温まる。
「うん、美味ぇ。紅茶の味は正直分かんねえけどよ、ケーキは甘酸っぱくて濃厚で幾らでもいけるぞ♪」
「お口に合って良かったです」
紅茶を飲んでいると、悟空さんがフォークを持つ手を止めた。
「?」
「なあ、名無しさん。オラん家、気に入ったか?」
「はい、とっても」
「オラんち、食器なんかなかったんだ。けど、ブルマに見立てて貰って、おめえが好きそうなのを見繕ったんだ」
悟空さん、瞳も声音もいつもと違って真剣だ。
「食器だけじゃねえ。生活に必要なモンはあらかた集めたつもりだ。ブルマの采配でよ」
「はい」
「だからよ、名無しさん。オラと一緒に住まねえか?」
「え……」
頭が真っ白……悟空さん、確かに一緒に住もうって……。
「ええっ!?」
「驚くのも無理ねえよな。実はよ、ブルマに名無しさんの写真見せて貰ってから、おめえに逢うとドキドキしちまうんだ」
「それって……」
「ああ、一目惚れってヤツだな」
まさか、悟空さんが私を見初めてくれたなんて、ホントに夢みたい……。
恋に落ちて良かった、心からそう想う。
「悟空さん、私嬉しい……」
「そんなら、OKしてくれっか?」
「はいっ、喜んでお受けします!」
「いきなりの申し出受けてくれて、ホントにサンキューな。オラ、名無しさんが一等
まるで太陽みたいに眩しい笑顔をくれる悟空さんがとっても愛おしい。
「私も悟空さんが大好きです♡」
嬉しすぎて目尻に雫を感じつつ、頬が綻んだ。
こうして、大好きな悟空さんとパオズ山の暮らしをスタートさせるのだった。
彼との新生活はきっと何もかも新鮮に違いない。私の心は日々、ワクワクが止まらないだろう。
季節は瞬く間に過ぎて、今日は悟空さんと暮らし始めて最初のクリスマス。
窓外は雪が積もり、ロマンチックにもホワイトクリスマスだ。
私はローズヒップティーを飲みつつ、お手製のクリスマスケーキを頬張った。
生クリームは甘過ぎず、幾らでも食べられそう。でも太っちゃうから、程々にしないと。
ふと、飾りのサンタクロースが目に入った。
「ねえ、悟空さん」
「ん、何だ?」
夢中でケーキを頬張る悟空さんが顔を上げた。
頬っぺにクリームがついている。ちょっと可愛いかも♡
「クリスマスの奇跡って信じますか?」
「ん~? よく分かんねえなあ。その奇跡って何だ?」
首を捻る悟空さん。
「私もよく分からないんですが、普通は起こる筈もない出来事が、クリスマスに叶うんじゃないかと思うんです」
「名無しさん、願いがあんのか?」
「はい、ありますよ。とっても大切な願い事です」
「そっか、どうしても叶えてえ願いなんか?」
悟空さんは何故か真面目に取り合ってくれる。
「そうですね、どうしても叶えたいです」
「そんなら、名無しさんの願いはオラが叶えてやっぞ」
「え?」
一体どういうことだろう?
「んーと、四星球と三星球と六星球はここにあっから、残り4個か。ブルマにドラゴンレーダー借りれば今日中に間に合うか?」
「?」
「なあ、ちょっくら出掛けてくっからよ。名無しさんは留守番頼んだぞ」
「え、今からですか?」
こんな夜更けにどこに行くんだろう?
「ああ、急ぎの用だかんな」
「それなら、ちょっと待ってください」
私は悟空さんに用意していた包み紙を手渡した。
「何だ?」
「クリスマスプレゼントです。受け取ってください」
「オラにくれんのか? サンキューな」
「開けてみてください」
私が促すと悟空さんは包み紙を開けて、中身を取り出す。
「おっ、マフラーか!」
「あと、手袋もありますよ」
「暖かそうだな! もしかして、これ手編みか?」
「はい、悟空さんが修業中にこっそり編んでました。赤と緑と白のクリスマスカラーなんです」
手編みなんて古風かもしれないけど、悟空さんのことを想いながら編むと寂しさが紛れて、とても楽しかった。
「ふ~ん? よく分かんねえけど、凄ぇ嬉しいぞ」
そう言って、悟空さんは手編みのマフラーと手袋を身に付けてくれる。
「おーピッタシだ。しかもあったけえな!」
「とってもお似合いです」
「サンキューな、名無しさん。大事に使うぞ」
「はい!」
私は嬉しくて頬が綻んだ。
「そんじゃ、そろそろ……」
「あ、待ってください!」
「ん?」
「悟空さんの頬っぺにクリームがついてるんですよ」
彼は「どこだ?」と片手を頬に持っていく。
「待って、私が取りますから」
「頼んだ」
目を閉じる悟空さんの頬っぺについた生クリームを、そっと指で掬い取る。
「はい、取れました」
「お、サンキュー」
彼は「そのクリームもったいねえな」と私の手を掴んで、躊躇いなく舐め取ってしまう。
「あ……」
途端、頬が熱くなる。
舐められた指先も何となく熱い。
「名無しさん、頬っぺた赤いぞ?」
「そ、それは悟空さんが……」
「ハハハ、オラのせいか。そんじゃ、しょうがねえな」
「もう……」
楽しそうな悟空さんには敵わない。
「じゃ、今度こそ行くからよ。大人しく待ってろよ?」
「はい、気をつけてくださいね」
「分かってっぞ。じゃあ、行ってくる!」
悟空さんは片手を上げて玄関の向こうに消えた。
「それにしても、悟空さん。どうやって、願いを叶えるつもりなんだろう。肝心の願い事伝えてないのにな……」
残された私は疑問に思いつつも、食器の後片付けをして彼を待った。
数時間後。
「悟空さん、遅いなあ……」
途方にくれた私は窓外を見つめた。
まだ雪は降っている。
悟空さん、寒くないかな?
すると間もなく、玄関の外に人の気配がした。
玄関が開いて、待ち侘びた悟空さんが顔を出す。
「ただいま、名無しさん!」
「お帰りなさい、悟空さん!」
「遅くなってわりぃな、ちっと手間取っちまった」
「寒かったでしょう? 今、温かい飲み物出しますから」
私が奥に行こうとすると、腕を掴まれてしまう。
「時間がねえんだ! オラと一緒に来てくれ!」
「え!?」
あっという間に外に連れ出された。
寒くて空気が冷たい……。
思わず震えてしまう程だ。
「名無しさん、寒ぃだろ? オラのマフラー掛けてやっから、ちっとばっかし我慢してくれ」
悟空さんは私を抱き寄せて、二人一緒にマフラーを掛けてくれた。
同時に彼の温もりも伝わる。
「暖かい……ありがとう、悟空さん」
「ああ、それより見ててくれ」
「?」
今気づいたけど、足元でオレンジの淡い光を放つ、7個のボールが目に入った。
「出でよ、神龍!」
悟空さんが叫ぶと、ボールは一際強く輝き、光の柱が忽ち天に昇っていく。
それはやがて、龍の姿になって私達の目前に現れた。
「ご、悟空さん!? これは一体……?」
彼は人差し指を唇の前に出して、黙ってろと合図する。
「一つだけ願いを叶えてやろう。さあ、願いを言え」
この龍が願いを叶えてくれるの?
でも、ちょっと怖い……。
「名無しさんの願いを言ってみろ」
悟空さんに促される。
けど、緊張して声が出ない……。
「どうした、願いはないのか?」
「でえじょうぶだ、オラがついてる。おめえの願い事言えるよな?」
髪を優しく撫でられ、ギュッと抱き締められる。
悟空さんが一緒なんだから大丈夫。
「私、悟空さんと生涯を共にしたいんです。ううん、生まれ変わっても一緒になりたい。それが、私の願いです」
「名無しさん……」
「それは個人的な事情だろう。我が口を挟むことではない」
「そうですよね……」
だが、と神龍は続けた。
「汝らが永遠の愛を神に誓うなら、未来永遠結ばれるだろう。得てして未来は己の手で掴むものだ。要は幸も不幸も自分の意志と行動で決まる。精進するのだな」
「は、はい!」
「うむ。では、去らばだ!」
神龍はあっという間に消えてしまった。
残された悟空さんと私は黙して見つめ合う。
「名無しさんの願い事って、オラとの未来だったんだな」
「はい……迷惑でしたか?」
「そんなわけねえだろ。オラもおめえと同じ気持ちなんだからよ」
「悟空さん……嬉しいです」
目尻から一雫、零れ落ちる。
「それだ」
「え?」
「もう敬語は使うなよ。オラと名無しさんの仲じゃねえか。遠慮は無用だ」
「うん。ありがとう、悟空さん」
お礼を言うと、悟空さんは何故か眉をひそめる。
「そろそろ呼び捨てでも良いぞ。名無しさんにゃ、悟空って呼んで貰いてえ」
「悟空?」
「ああ、それで良い」
「うん!」
嬉しくて胸が弾む。
今でも充分幸せだ。
「クリスマスの奇跡起こしてくれてありがとう、悟空♡」
「オラからのクリスマスプレゼントだ。満足してくれたか?」
「もちろん!」
「オラ達の未来は楽しみながら、二人でゆっくり築いていこうぜ?」
「そうだね。全部、自分次第だもんね?」
悟空は笑顔で頷いてくれる。
彼がホントにクリスマスの奇跡を起こしてくれて、そんな悟空が愛しすぎて胸が熱くなる。
私は背伸びして、悟空の唇にそっと重ねた。
彼は力強く私を抱き留めてくれ、雪が降りしきるなか、二人の熱で愛を確かめ合う。
幸福は自分で掴むもの。
神龍という厳かな存在のお蔭で、大切なことに気づかされた。
そんな素敵な聖なる夜だった。
END