★バーダックLong Dream【Changes-ふたりの変化-】
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バーダックSide
思わぬ展開が待っていたのは、送別会の翌日。ブルマ宅の庭で神龍を呼び出した時のことだった。
オレは名無しさんの姿を忘れまいと、目前の光景を心にしっかりと焼きつける。
ふと目線が合った彼女は、何か思い詰めているようだった。
やがて神龍を振り仰いだ名無しさんは、意外なことを口にする。
あろうことか、ギネを生き返らせたいと願いやがった。
一瞬、オレは耳を疑った。コイツは何を吐かしてるんだと。
結局、そいつは却下されたが……。
名無しさんは傍目から見ても残念そうだった。
オレは彼女が一体どういう意図で、そんな決断をしたのか、皆目見当がつかなかった。
その時、ブルマが名無しさんを呼んだ。ヤツを見ると、自分の胸に手を当て力強く頷いてみせる。
何だ? ……何か言い聞かせているのか?
無言で名無しさんを見据えれば、彼女がオレに向き直った。
『バーダック』
『何だ?』
『一年だけ待ってて欲しいの。そしたら、必ず全部解決するから』
何が何だか、さっぱり分からねえ。
オレが聞き返すと、ブルマに聞けと言い放つ名無しさん。
眉をひそめるオレにそう告げた彼女は、再び神龍に向き直った。
他に願いはないのかと問う神龍に、名無しさんは例の願いを口にする。
願いを聞き入れた神龍の両目が赤く光り、名無しさんは天空から降り注ぐ黄金の光に包まれた。
急展開すぎるが、どうやら彼女は元の世界に帰るようだ。
ふとオレの胸に、何とも言えねえ思いが込み上げる。
寂しいのか? ふん、柄にもねえ。
『皆さん、一年間お世話になりました。本当にありがとう!』
『名無しさん!』
反射的に名無しさんを呼び止めるものの、彼女は天の光に召されて行った。
神龍は『願いは叶えてやった。去らばだ!』と強烈な光を放ちながら球に戻り、無情にも四方八方に飛び散った。
『一体何だったんだ?』
ラディッツが惚けて呟いた。
『私が説明するわ。ただし、バーダックにだけよ。後のことは彼に聞いてちょうだい。バーダック、私について来て』
『……ああ』
オレはブルマの後を追った。
他の連中から離れた場所で話を聞く。
内容は、ブルマも名無しさんに男がいることを聞かされていたらしく、何やらアドバイスを授けたようだ。詳しくは言わなかったが、一言二言こう告げた。
『アンタにとっても悪い話じゃないわよ? ブルマさんは恋する乙女の味方ですからね』
肝心なのは、ドラゴンボールは願いを叶えれば石ころに戻るらしいが、一年経てば再び復活するそうだ。
そして、オレには一年後、ドラゴンボールを集めて名無しさんを呼び戻せばいいと、多少強引な手段を提案した。
半ば呆れたが、ブルマが言うにはオレと彼氏の間で名無しさんが揺れているらしく、多少なりともオレにも脈があるようだ。
それは最後にキスした時点で、何となく分かっていたがな。
『まあ、ドラゴンボールを集めるも集めないも、アンタ次第だけどね。名無しさんさんの去り際の言葉、信じてあげても損はないと思うわよ?』
確かに名無しさんは、一年だけ待てと言っていた。
アイツの台詞を信じてみるのも一興だろう。恐らく、これが最後のチャンスだ。名無しさんには聞きたいことや言いたいことが山程ある。
オレは決意を固め、一年後の未来に思いを馳せた。
名無しさんを呼び戻して、決着をつける。オレにはそれだけだ。
地球に留まっている間、オレは名無しさんがいかに特別な女か、改めて胸に沁みていた。
既にアイツの笑みが懐かしい。オレのささくれ立った心を充分癒した笑顔だ。
名無しさんとの再会を励みに、オレは厳しい修業に打ち込んだ。
運命の一年後。
倅共にもドラゴンボール集めを手伝わせ、ブルマ宅の庭に待機していた。
『いよいよだな、父ちゃん』
『ああ、この一年長かったぜ』
『親父よ、そわそわして落ち着かなかったもんなあ?』
一言多いんだよ、てめえは……。
『うるせえ、ほっとけ』
『いいから、バーダック。さっさとしなさいよ』
『分かった分かった』
軽口を叩くラディッツを横目に、ブルマに催促されたオレは早速、神龍を呼び出した。以前、カカロットがしたように。
辺りは一瞬で闇に包まれ、神龍が現れた。
『さあ、願いを言え。可能な限り、何でも一つだけ叶えてやる』
各々、神妙な顔つきをしてやがる。多少は緊張してんのか。御多分に洩れず、オレも含めてな。
『異世界にいる名無しさんという女を呼び戻したいんだが、まずはアイツの意志を確かめたい。彼女と会話させてくれ』
『そういうサービスはしていないんだがな……まあ、いいだろう。今回は特別サービスだ』
神龍の両目が一層赤く光る。
『直接、対象者の心に語りかけろ。それで、会話が出来る』
『助かるぜ』
早速、名無しさんの心に語りかければ、すぐに返事があった。
紛れもなく、アイツの声だ。たった一年でも妙に懐かしく思えちまうな。
名無しさんの意志を確かめたオレは、すぐさま神龍に願いを告げる。彼女を呼び戻したいと。
『容易い願いだ』
天空から眩い光と共に、待ち望んだ名無しさんの姿が現れ、ゆっくりとオレの眼前に舞い降りる。
名を呼べば、彼女は瞼を開いた。
久々に再会した名無しさんは以前に比べ、一際美麗に成長していた。
名無しさんは夢心地って感じだったが、オレが頭を撫でてやると嬉しそうに笑みを零した。
多少、物腰が柔らかくなったような気がするな。それだけでも、気の短いオレが一年待った甲斐があるってもんだ。
カカロットとブルマは、笑顔で名無しさんを歓迎していた。首を長くして待っていたのは、オレだけじゃねえってことか。
ブルマの提案で茶を飲むことになり、全員ブルマ宅に入っていくなか、名無しさんはオレを見据え、穏やかに微笑んだ。
『改めて……ただいま、バーダック。約束通り、戻って来たよ』
『ああ』
オレは口角を上げて応える。
この笑顔が見たかった。ようやく、名無しさんがオレの元に戻って来たと実感が湧くからだ。
そういや、ラディッツが名無しさんに何か吹き込んでいるようだったが、大方ろくでもねえことを言ったんだろう。あの野郎、一度シメとかねえとな。
その後、ブルマ達とリビングで茶を飲みながら、一年間の状況をそれぞれ報告しあった。
名無しさんは一年で身辺整理を済ませ、この世界に永住すると覚悟しているようだ。
だが、オレはずっと気になっていることがある。それを解決する為には、彼女と話をする必要があった。
それから小一時間が経ち、話を切り上げて名無しさんを連れ出し、リビングを後にした。
ブルマ宅のバルコニーに移動したオレらは睦言を交わす。
昔、名無しさんがギネを生き返らせたいと、願ったことは今でもはっきり覚えている。
オレは名無しさんを元の世界に帰すことばかり思案していたが、恐らく彼女なりの想いがあったんだろう。
自分の気持ちを押し殺してまで、オレとギネを引き合わせようとしたとはな。まったく、カカロット同様見上げた度胸だぜ。
だが、オレは生憎と余計な気遣いを受け入れる、素直な心根は持ち合わせてねえ。しぶとさが信条なんでな。
名無しさんの奥底にある想いが知りたい、その一心だった。
とうとう彼女は観念し、真情を吐露し始めた。
話によれば、ブルマはよっぽどの世話焼きらしいことが分かった。どうやら本気でオレ達をくっつけようと企んでいたようだ。
ま、そうじゃねえと、オレに名無しさんを呼び戻す提案はしねえよな、普通は……つーか、アイツ自身が彼女をいたく気に入ってんだろうよ。だが、ブルマの粋な計らいに一応感謝しとくか。
名無しさんの本心を聞き出す為に促すと、彼女は意を決したように言葉を紡いだ。
どうやら名無しさんは彼氏と別れて、こっちで生きようと一年前から決めていたようだ。その為に、一度自分の世界に帰ったと。
『誰より深く、バーダックを愛してるよ』
名無しさんの飾らねえ告白が、オレの心臓を一瞬で貫く。自分で要求しときながらなんだが、その口から聞きたかったオレは心の奥底から喜びで打ち震えた。
彼女がこの上なく愛しい。柄じゃねえが、愛に愛持つってのはこのことか。
オレは名無しさんを抱き寄せ、万感胸に迫りながら愛を囁いた。
独りの女を生涯愛し抜くってのは綺麗事じゃねえ。いかに相手に対し、献身的な愛情を注げるかが重要だ。
そこで、オレは悟った。今まで延命した意味を。一年前、名無しさんをこの世界に戻せると知り、嫁の件はあくまで過去の夢だとオレなりのけじめをつけた。
これからは名無しさんだけをオレの全てを以て愛そうと決意するには、充分すぎる意味合いを持つ。
名無しさんを特別に想う要素は数えきれねえ程だ。彼女のすべてが愛しい。だからこそ、名無しさんにどうしても伝えるべき言葉がある。
『ギネの件もだ。オレはアイツへの負い目を感じている。これからもそうだろう。だが、お前の言葉で少しは軽減されたぜ。本当に感謝している』
これはオレの本心だ。名無しさんぐらいのもんだ。オレの大罪を半分背負うなんざ、奇特な事を言うヤツは……だから、彼女の思いやりを純粋に嬉しく思う。
思えば、名無しさんはオレの昔話で、紅涙を絞る程のお人好しな所があった。それほど情け深い女だ。
『しかし、これだけは言っとくぜ。これからは二度とオレを欺くな。分かったな?』
勝手な思い込みから人間はすれ違い、後悔の渦に呑み込まれちまうこともある。オレも名無しさんの心がオレに向くことはねえと思っていた。その思い違いで、危うく一生の悔いを残す所だった。
オレが物思いに耽っている時だった。
何故オレが、名無しさんを好きになったのか、唐突に尋ねやがった。
甘えてくる彼女を軽くあしらったが、まさか口が裂けても言えるわけねえだろ。
名無しさんの必死で逃げる様が、あの時守れなかったギネと重なって、強い庇護欲に駆られたなんてよ。
オレ自身、んな青臭ぇ感情なんざ、とっくに捨てたと思ってたんだがな。笑っちまうが、まだまだオレも青いってことにしとくか。
ところで、とオレは話題を変えた。まだ伝えるべきことがあったからだ。
二年前、名無しさんを無下にしたことをずっと悔いていた。泣かせるつもりなんざ、微塵もなかったからな。あの時はムキになっちまっただけで、己の怒りを彼女にぶつけた結果があの様だ。
涙を濡らす様を見たオレは、名無しさんを泣かせることしかしてねえと、我ながら情けなくて、ついには彼女を遠ざけちまっていた。
だが、肝心の名無しさんはオレに愛らしく微笑んで見せた。一点の曇りもねえ晴れやかな笑みだ。
どうやら本気で気にしてねえ様子だった。オレはそれを理解できずにいたが、名無しさんはお互い様だと逆に謝罪してきた。
……ったく、コイツは大した女だ。
一瞬瞠目したオレは軽く笑い、彼女の頭を撫でる。名無しさんの気丈な振る舞いへの敬意を込めてだ。
『お前はもう少し甘え方を覚えた方がいいぜ』
『え……?』
『こういう時は黙ってキスするもんだ。熱烈なのをな』
以前のやり取りを思い起こす。あの時、初めて彼女の穏やかな笑みを見たんだったな。その笑顔で心癒されたのは、いい想い出だ。
名無しさんと心通わせ、オレはようやく安堵の息をつく。大体の問題は片付いたな。
しかし、オレには一つ解せねえ疑問があった。
あの時、ギネが甦っていれば、名無しさんはどうするつもりだったのか……。
どうやら、彼女は独りで生きるつもりだったらしい。
その勇猛果敢な性格は認めるが、今のオレには名無しさんが何より特別な存在だ。昔のオレなら、おくびにも出さなかっただろうよ。
名無しさんがムキになってオレの胸を叩きまくるが、無論何の痛みも感じるわけがねえ。こんなガキ臭ぇ所も可愛いと思う時点で、オレは末期なんだろう。
一種の罪滅ぼしじゃねえが、これからはギネの分まで名無しさんを愛し、もう二度と同じ過ちは繰り返さねえと心に固く誓う。
この腕に抱き締めた名無しさんが無性に愛しくて、二度と離さねえつもりで抱擁した。
オレは口答えしようとした唇を、名無しさんへの想いを込め、自らの唇で覆う。
これまで何度も交わしたが、それは恐らく一生忘れねえだろう、オレにとって意義深い口づけとなった。
なんだかんだで名無しさんを振り向かせた後、彼女はオレと共にカカロットの家に滞在する運びとなった。
名無しさんは再びブルマの家で働き、オレは午前中に倅共(ラディッツは一年前、チチが猛反対した為、ブルマの家で厄介になっている。文字通り厄介者だな)と、パオズ山で修業に明け暮れている。
午後からは悟飯を含めたカカロットの仲間共を相手に、ブルマ宅の庭でブルマの親父が改造した丸型の重力装置を使い、修業に励んでいた。
まあ、んな過度な期待をしてるわけでもなく、闘いを純粋に楽しんで己の限界を超えろという、オレらサイヤ人からの教訓って訳だ。
地球じゃカカロットも優勝したことがあるらしい、天下一武道会ってのがあるようだしな。単純に武道会のレベルアップにも繋がるだろう。
しかし、悟飯は優秀な孫だと思う。多少甘ったれの性格は厳愛を以て特訓してやることで、少しずつ克服し、昔に比べ遥かに強くなった。
悟飯に関しては文句なしの成長ぶりだな。元々の潜在能力が計り知れん上に、気のコントロールと舞空術、気功波は最早完璧にマスターしたからだ。やはり、オレやカカロットの血を引いているだけのことはある。
そういや修業中、悟飯の実力を目にしたベジータの反応は、心底驚きを隠せねえって面でなかなか見物だった。
ベジータのヤツも悟飯がそこまでの天才児だとは、予想もつかなかったようだ。オレの孫だから当然だがな。
地球の未来を守る戦士は十中八九、悟飯が主役になるに違いねえ。オレはそれを信じて、悟飯を鍛えることに生き甲斐を持っていた。
正直言っちまうと、カカロットと嫁の間で一悶着あったようだが、オレが嫁と話し合いをした結果、毎日塾には通わせる事で収束した。
「おじいちゃん大好き!」
何より悟飯は純真で、オレに懐く様は純粋に可愛いと思える。
もちろん、名無しさんも可愛いがな。比較するまでもねえ。アイツはオレの無二の女で、悟飯は孫。関係性が違いすぎる。
関係性といや、名無しさんとの間柄もまたそのうち変わるだろうがな。それを想像するオレの口元に、自然と笑みが浮かんだ。
ふと、オレは思った。オレや倅共のようなサイヤ人の真価は、やはり戦闘で遺憾なく発揮することだろう。
それともう一つ。己の命より大事な存在を、命懸けで守り抜くことだ。トーマ達の二の舞にならねえよう、自らの心身を鍛え上げて戦うのはオレの使命になるだろう。
これから先、オレには一条の光明が見える。カナッサ星人が見せた絶望とは違う、希望に満ちた前途がな。
オレの心は、地球の青空のごとく澄み渡る境地だった。
思わぬ展開が待っていたのは、送別会の翌日。ブルマ宅の庭で神龍を呼び出した時のことだった。
オレは名無しさんの姿を忘れまいと、目前の光景を心にしっかりと焼きつける。
ふと目線が合った彼女は、何か思い詰めているようだった。
やがて神龍を振り仰いだ名無しさんは、意外なことを口にする。
あろうことか、ギネを生き返らせたいと願いやがった。
一瞬、オレは耳を疑った。コイツは何を吐かしてるんだと。
結局、そいつは却下されたが……。
名無しさんは傍目から見ても残念そうだった。
オレは彼女が一体どういう意図で、そんな決断をしたのか、皆目見当がつかなかった。
その時、ブルマが名無しさんを呼んだ。ヤツを見ると、自分の胸に手を当て力強く頷いてみせる。
何だ? ……何か言い聞かせているのか?
無言で名無しさんを見据えれば、彼女がオレに向き直った。
『バーダック』
『何だ?』
『一年だけ待ってて欲しいの。そしたら、必ず全部解決するから』
何が何だか、さっぱり分からねえ。
オレが聞き返すと、ブルマに聞けと言い放つ名無しさん。
眉をひそめるオレにそう告げた彼女は、再び神龍に向き直った。
他に願いはないのかと問う神龍に、名無しさんは例の願いを口にする。
願いを聞き入れた神龍の両目が赤く光り、名無しさんは天空から降り注ぐ黄金の光に包まれた。
急展開すぎるが、どうやら彼女は元の世界に帰るようだ。
ふとオレの胸に、何とも言えねえ思いが込み上げる。
寂しいのか? ふん、柄にもねえ。
『皆さん、一年間お世話になりました。本当にありがとう!』
『名無しさん!』
反射的に名無しさんを呼び止めるものの、彼女は天の光に召されて行った。
神龍は『願いは叶えてやった。去らばだ!』と強烈な光を放ちながら球に戻り、無情にも四方八方に飛び散った。
『一体何だったんだ?』
ラディッツが惚けて呟いた。
『私が説明するわ。ただし、バーダックにだけよ。後のことは彼に聞いてちょうだい。バーダック、私について来て』
『……ああ』
オレはブルマの後を追った。
他の連中から離れた場所で話を聞く。
内容は、ブルマも名無しさんに男がいることを聞かされていたらしく、何やらアドバイスを授けたようだ。詳しくは言わなかったが、一言二言こう告げた。
『アンタにとっても悪い話じゃないわよ? ブルマさんは恋する乙女の味方ですからね』
肝心なのは、ドラゴンボールは願いを叶えれば石ころに戻るらしいが、一年経てば再び復活するそうだ。
そして、オレには一年後、ドラゴンボールを集めて名無しさんを呼び戻せばいいと、多少強引な手段を提案した。
半ば呆れたが、ブルマが言うにはオレと彼氏の間で名無しさんが揺れているらしく、多少なりともオレにも脈があるようだ。
それは最後にキスした時点で、何となく分かっていたがな。
『まあ、ドラゴンボールを集めるも集めないも、アンタ次第だけどね。名無しさんさんの去り際の言葉、信じてあげても損はないと思うわよ?』
確かに名無しさんは、一年だけ待てと言っていた。
アイツの台詞を信じてみるのも一興だろう。恐らく、これが最後のチャンスだ。名無しさんには聞きたいことや言いたいことが山程ある。
オレは決意を固め、一年後の未来に思いを馳せた。
名無しさんを呼び戻して、決着をつける。オレにはそれだけだ。
地球に留まっている間、オレは名無しさんがいかに特別な女か、改めて胸に沁みていた。
既にアイツの笑みが懐かしい。オレのささくれ立った心を充分癒した笑顔だ。
名無しさんとの再会を励みに、オレは厳しい修業に打ち込んだ。
運命の一年後。
倅共にもドラゴンボール集めを手伝わせ、ブルマ宅の庭に待機していた。
『いよいよだな、父ちゃん』
『ああ、この一年長かったぜ』
『親父よ、そわそわして落ち着かなかったもんなあ?』
一言多いんだよ、てめえは……。
『うるせえ、ほっとけ』
『いいから、バーダック。さっさとしなさいよ』
『分かった分かった』
軽口を叩くラディッツを横目に、ブルマに催促されたオレは早速、神龍を呼び出した。以前、カカロットがしたように。
辺りは一瞬で闇に包まれ、神龍が現れた。
『さあ、願いを言え。可能な限り、何でも一つだけ叶えてやる』
各々、神妙な顔つきをしてやがる。多少は緊張してんのか。御多分に洩れず、オレも含めてな。
『異世界にいる名無しさんという女を呼び戻したいんだが、まずはアイツの意志を確かめたい。彼女と会話させてくれ』
『そういうサービスはしていないんだがな……まあ、いいだろう。今回は特別サービスだ』
神龍の両目が一層赤く光る。
『直接、対象者の心に語りかけろ。それで、会話が出来る』
『助かるぜ』
早速、名無しさんの心に語りかければ、すぐに返事があった。
紛れもなく、アイツの声だ。たった一年でも妙に懐かしく思えちまうな。
名無しさんの意志を確かめたオレは、すぐさま神龍に願いを告げる。彼女を呼び戻したいと。
『容易い願いだ』
天空から眩い光と共に、待ち望んだ名無しさんの姿が現れ、ゆっくりとオレの眼前に舞い降りる。
名を呼べば、彼女は瞼を開いた。
久々に再会した名無しさんは以前に比べ、一際美麗に成長していた。
名無しさんは夢心地って感じだったが、オレが頭を撫でてやると嬉しそうに笑みを零した。
多少、物腰が柔らかくなったような気がするな。それだけでも、気の短いオレが一年待った甲斐があるってもんだ。
カカロットとブルマは、笑顔で名無しさんを歓迎していた。首を長くして待っていたのは、オレだけじゃねえってことか。
ブルマの提案で茶を飲むことになり、全員ブルマ宅に入っていくなか、名無しさんはオレを見据え、穏やかに微笑んだ。
『改めて……ただいま、バーダック。約束通り、戻って来たよ』
『ああ』
オレは口角を上げて応える。
この笑顔が見たかった。ようやく、名無しさんがオレの元に戻って来たと実感が湧くからだ。
そういや、ラディッツが名無しさんに何か吹き込んでいるようだったが、大方ろくでもねえことを言ったんだろう。あの野郎、一度シメとかねえとな。
その後、ブルマ達とリビングで茶を飲みながら、一年間の状況をそれぞれ報告しあった。
名無しさんは一年で身辺整理を済ませ、この世界に永住すると覚悟しているようだ。
だが、オレはずっと気になっていることがある。それを解決する為には、彼女と話をする必要があった。
それから小一時間が経ち、話を切り上げて名無しさんを連れ出し、リビングを後にした。
ブルマ宅のバルコニーに移動したオレらは睦言を交わす。
昔、名無しさんがギネを生き返らせたいと、願ったことは今でもはっきり覚えている。
オレは名無しさんを元の世界に帰すことばかり思案していたが、恐らく彼女なりの想いがあったんだろう。
自分の気持ちを押し殺してまで、オレとギネを引き合わせようとしたとはな。まったく、カカロット同様見上げた度胸だぜ。
だが、オレは生憎と余計な気遣いを受け入れる、素直な心根は持ち合わせてねえ。しぶとさが信条なんでな。
名無しさんの奥底にある想いが知りたい、その一心だった。
とうとう彼女は観念し、真情を吐露し始めた。
話によれば、ブルマはよっぽどの世話焼きらしいことが分かった。どうやら本気でオレ達をくっつけようと企んでいたようだ。
ま、そうじゃねえと、オレに名無しさんを呼び戻す提案はしねえよな、普通は……つーか、アイツ自身が彼女をいたく気に入ってんだろうよ。だが、ブルマの粋な計らいに一応感謝しとくか。
名無しさんの本心を聞き出す為に促すと、彼女は意を決したように言葉を紡いだ。
どうやら名無しさんは彼氏と別れて、こっちで生きようと一年前から決めていたようだ。その為に、一度自分の世界に帰ったと。
『誰より深く、バーダックを愛してるよ』
名無しさんの飾らねえ告白が、オレの心臓を一瞬で貫く。自分で要求しときながらなんだが、その口から聞きたかったオレは心の奥底から喜びで打ち震えた。
彼女がこの上なく愛しい。柄じゃねえが、愛に愛持つってのはこのことか。
オレは名無しさんを抱き寄せ、万感胸に迫りながら愛を囁いた。
独りの女を生涯愛し抜くってのは綺麗事じゃねえ。いかに相手に対し、献身的な愛情を注げるかが重要だ。
そこで、オレは悟った。今まで延命した意味を。一年前、名無しさんをこの世界に戻せると知り、嫁の件はあくまで過去の夢だとオレなりのけじめをつけた。
これからは名無しさんだけをオレの全てを以て愛そうと決意するには、充分すぎる意味合いを持つ。
名無しさんを特別に想う要素は数えきれねえ程だ。彼女のすべてが愛しい。だからこそ、名無しさんにどうしても伝えるべき言葉がある。
『ギネの件もだ。オレはアイツへの負い目を感じている。これからもそうだろう。だが、お前の言葉で少しは軽減されたぜ。本当に感謝している』
これはオレの本心だ。名無しさんぐらいのもんだ。オレの大罪を半分背負うなんざ、奇特な事を言うヤツは……だから、彼女の思いやりを純粋に嬉しく思う。
思えば、名無しさんはオレの昔話で、紅涙を絞る程のお人好しな所があった。それほど情け深い女だ。
『しかし、これだけは言っとくぜ。これからは二度とオレを欺くな。分かったな?』
勝手な思い込みから人間はすれ違い、後悔の渦に呑み込まれちまうこともある。オレも名無しさんの心がオレに向くことはねえと思っていた。その思い違いで、危うく一生の悔いを残す所だった。
オレが物思いに耽っている時だった。
何故オレが、名無しさんを好きになったのか、唐突に尋ねやがった。
甘えてくる彼女を軽くあしらったが、まさか口が裂けても言えるわけねえだろ。
名無しさんの必死で逃げる様が、あの時守れなかったギネと重なって、強い庇護欲に駆られたなんてよ。
オレ自身、んな青臭ぇ感情なんざ、とっくに捨てたと思ってたんだがな。笑っちまうが、まだまだオレも青いってことにしとくか。
ところで、とオレは話題を変えた。まだ伝えるべきことがあったからだ。
二年前、名無しさんを無下にしたことをずっと悔いていた。泣かせるつもりなんざ、微塵もなかったからな。あの時はムキになっちまっただけで、己の怒りを彼女にぶつけた結果があの様だ。
涙を濡らす様を見たオレは、名無しさんを泣かせることしかしてねえと、我ながら情けなくて、ついには彼女を遠ざけちまっていた。
だが、肝心の名無しさんはオレに愛らしく微笑んで見せた。一点の曇りもねえ晴れやかな笑みだ。
どうやら本気で気にしてねえ様子だった。オレはそれを理解できずにいたが、名無しさんはお互い様だと逆に謝罪してきた。
……ったく、コイツは大した女だ。
一瞬瞠目したオレは軽く笑い、彼女の頭を撫でる。名無しさんの気丈な振る舞いへの敬意を込めてだ。
『お前はもう少し甘え方を覚えた方がいいぜ』
『え……?』
『こういう時は黙ってキスするもんだ。熱烈なのをな』
以前のやり取りを思い起こす。あの時、初めて彼女の穏やかな笑みを見たんだったな。その笑顔で心癒されたのは、いい想い出だ。
名無しさんと心通わせ、オレはようやく安堵の息をつく。大体の問題は片付いたな。
しかし、オレには一つ解せねえ疑問があった。
あの時、ギネが甦っていれば、名無しさんはどうするつもりだったのか……。
どうやら、彼女は独りで生きるつもりだったらしい。
その勇猛果敢な性格は認めるが、今のオレには名無しさんが何より特別な存在だ。昔のオレなら、おくびにも出さなかっただろうよ。
名無しさんがムキになってオレの胸を叩きまくるが、無論何の痛みも感じるわけがねえ。こんなガキ臭ぇ所も可愛いと思う時点で、オレは末期なんだろう。
一種の罪滅ぼしじゃねえが、これからはギネの分まで名無しさんを愛し、もう二度と同じ過ちは繰り返さねえと心に固く誓う。
この腕に抱き締めた名無しさんが無性に愛しくて、二度と離さねえつもりで抱擁した。
オレは口答えしようとした唇を、名無しさんへの想いを込め、自らの唇で覆う。
これまで何度も交わしたが、それは恐らく一生忘れねえだろう、オレにとって意義深い口づけとなった。
なんだかんだで名無しさんを振り向かせた後、彼女はオレと共にカカロットの家に滞在する運びとなった。
名無しさんは再びブルマの家で働き、オレは午前中に倅共(ラディッツは一年前、チチが猛反対した為、ブルマの家で厄介になっている。文字通り厄介者だな)と、パオズ山で修業に明け暮れている。
午後からは悟飯を含めたカカロットの仲間共を相手に、ブルマ宅の庭でブルマの親父が改造した丸型の重力装置を使い、修業に励んでいた。
まあ、んな過度な期待をしてるわけでもなく、闘いを純粋に楽しんで己の限界を超えろという、オレらサイヤ人からの教訓って訳だ。
地球じゃカカロットも優勝したことがあるらしい、天下一武道会ってのがあるようだしな。単純に武道会のレベルアップにも繋がるだろう。
しかし、悟飯は優秀な孫だと思う。多少甘ったれの性格は厳愛を以て特訓してやることで、少しずつ克服し、昔に比べ遥かに強くなった。
悟飯に関しては文句なしの成長ぶりだな。元々の潜在能力が計り知れん上に、気のコントロールと舞空術、気功波は最早完璧にマスターしたからだ。やはり、オレやカカロットの血を引いているだけのことはある。
そういや修業中、悟飯の実力を目にしたベジータの反応は、心底驚きを隠せねえって面でなかなか見物だった。
ベジータのヤツも悟飯がそこまでの天才児だとは、予想もつかなかったようだ。オレの孫だから当然だがな。
地球の未来を守る戦士は十中八九、悟飯が主役になるに違いねえ。オレはそれを信じて、悟飯を鍛えることに生き甲斐を持っていた。
正直言っちまうと、カカロットと嫁の間で一悶着あったようだが、オレが嫁と話し合いをした結果、毎日塾には通わせる事で収束した。
「おじいちゃん大好き!」
何より悟飯は純真で、オレに懐く様は純粋に可愛いと思える。
もちろん、名無しさんも可愛いがな。比較するまでもねえ。アイツはオレの無二の女で、悟飯は孫。関係性が違いすぎる。
関係性といや、名無しさんとの間柄もまたそのうち変わるだろうがな。それを想像するオレの口元に、自然と笑みが浮かんだ。
ふと、オレは思った。オレや倅共のようなサイヤ人の真価は、やはり戦闘で遺憾なく発揮することだろう。
それともう一つ。己の命より大事な存在を、命懸けで守り抜くことだ。トーマ達の二の舞にならねえよう、自らの心身を鍛え上げて戦うのはオレの使命になるだろう。
これから先、オレには一条の光明が見える。カナッサ星人が見せた絶望とは違う、希望に満ちた前途がな。
オレの心は、地球の青空のごとく澄み渡る境地だった。