【第三章】秘めたる想いと、芽生える想いー。
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合同稽古が終わる頃には、訓練場の空気も少し和らいでいた。
隊士たちは互いの動きを振り返り、次の稽古に向けて意見を交わしている。
白哉は六番隊の隊士たちへ簡潔に総評を伝え、恋次は十番隊の隊士たちに声をかけていた。
「今日の稽古で分かったことは、次に活かせ。実戦じゃ、相手が待ってくれるわけじゃねぇからな」
「「「「「はいッ!!」」」」」
恋次の言葉に、十番隊の隊士たちが返事をする。
凛香も記録をまとめながら、冬獅郎の傍へ戻ってきた。
『隊長〜、合同稽古の記録は後ほど整理して提出しますね』
「分かった。月影、お前は少し休め」
「え?」
「動きっぱなしだろうが」
凛香は自分の手元を見た。
確かに模擬戦から連携確認まで、休む時間はほとんどなかった。
『でも、まだ片付けが』
「それは他の隊士に任せろ。お前が全部やる必要はねぇ」
『そう、ですね。では、お言葉に甘えます』
恐らくは、復帰後初めての訓練の為体を気遣っての事なのだろう。
そう思えば断る理由はなかったので、素直に訓練場の端に置かれた長椅子へ向かった。
冬獅郎も、少し遅れてその隣へ腰を下ろす。
『隊長も休憩ですか?』
「俺は稽古を見てただけだ」
『それでも、ずっと立っていらっしゃいましたから』
「……お前は妙なところで気を回すな」
『そうでしょうか』
凛香はくすくすと小さく笑う。
二人の間には、ほんのわずかな隙間があった。
冬獅郎はその隙間を見て、何気ない動作で身体を少し横へずらした。
凛香との距離が、さらに近くなる。
肩が触れるか触れないか、その程度の距離。
凛香は一瞬気付いたようだったが、特に何も言わなかった。
手元の記録を見ながら、いつもの調子で話を続ける。
『六番隊の方々は、剣術の組み立てがとても丁寧でしたね。特に最後の連携は、勉強になりました』
「ああ。朽木の隊は規律が行き届いてる」
『恋次もかなり動きが速かったです。正直、少し驚きました』
「阿散井は隊長格と同等の力を持ってる奴だからな」
『次に稽古する機会があれば、もう少し対応できるようにしたいです!』
冬獅郎は凛香の横顔を見た。
彼女は稽古の振り返りに夢中で、隣に座る彼の距離を意識していない。
――こういうところだ
自分が近づいても、凛香は自然に受け入れる。
警戒しないし、避けることはない。
けれど、その理由は自分を特別に見ているからではない。
ただ、信頼しているから。
隊長として。
昔からの知り合いとして。
それ以上の意味は、まだない。
「……月影」
『はい?』
「次の任務も、お前を補佐に入れる」
凛香は顔を上げた。
きょとんとした顔で、冬獅郎を見つめる。
『次、ですか?』
「六番隊に限らずだが、他の隊との連携も必要になる可能性がある。お前は今日の稽古で、相手の動きを見るのが上手かったからな」
『ありがとうございます。私でよければ』
「お前がいい」
思ったよりも早く口から出た言葉。
凛香は一瞬だけ目を瞬かせる。
冬獅郎は視線を前へ戻し、素知らぬ顔をして言う。
「……隊の連携を考えた上での判断だ」
『じゃあ隊長の補佐として、期待に応えられるよう頑張りますね!』
凛香は穏やかに頷いた。
その返答に、冬獅郎は小さく息を吐いた。
――お前はそういう意味で受け取るよな
当然だ。
彼女は直属の部下なのだから。
それでも、隣に座る凛香の肩が、ほんの少しだけ近い。
冬獅郎はそれを、今は悪くないと思った。
「……あまり無理はするなよ」
『ふふっ、日番谷もね』
不意に、凛香が昔の呼び名を口にした。
冬獅郎の視線が彼女へ向く。
凛香は記録を閉じ、何でもないように笑っていた。
『日番谷も、最近ずっと忙しいでしょう?』
「……仕事中だぞ」
『今は休憩中だもん』
「そういう問題じゃねぇ」
『はいはーい、分かってますって日番谷隊長』
桜は立ち上がった。
『十分休んだので先に戻りますね!あ、隊長はもう少し休んでいてくださいね』
そう言って、彼女は訓練場の方へ戻っていく。
冬獅郎は、その背中を見つめた。
同じ高さになり、以前よりも近くにいることができる。
けれど凛香の心は、まだ昔と変わらない場所にある。
それでも。
彼女が自分の隣にいることを、自然なこととして受け入れてくれる。
その事実が、今は嬉しかった。
冬獅郎はゆっくりと立ち上がる。
「……待て、月影」
凛香が振り返った。
冬獅郎は彼女の隣まで歩いていく。
「俺も行く」
『休憩は?『 』
「もう十分だ」
桜は少しだけ笑った。
『そっか。じゃあ、一緒に行きましょ!』
彼女は何の疑いもなく、冬獅郎を待つ。
冬獅郎はそこへ並べば、また肩が触れるほど近い。
凛香はその距離を、当たり前のように受け入れていた。
その二人を、少し離れた場所から恋次が見ていた。
冬獅郎が桜の隣へ歩いていく。
凛香がそれを当然のように受け入れる。
その光景に、恋次は眉をわずかに上げた。
「……なるほどな」
「恋次」
白哉が声をかける。
「何か気になることでもあるのか」
「いえ、別に!」
恋次は視線を戻した。
「ただ、日番谷隊長って、月影のことになるとちょっと違う気がするんスよね」
白哉は一度、冬獅郎と凛香の方を見た。
「直属の部下を気にかけることは、隊長として当然であろう」
恋次は肩を竦めた。
「……それだけなら、いいんスけどねぇ」
白哉はそれ以上追及しなかった。
恋次も、今は口にするつもりはなかった。
本人が自覚しているのかも分からない。
彼女が気付いているとも思えない。
ただ、冬獅郎が凛香を見る時の目。
少なくとも、恋次には少しだけ違って見えた。
冬獅郎は隣を歩く桜を横目で見た。
「月影」
「はいはい?」
「次の稽古も、俺の隣にいろ」
突然の言葉に、凛香は不思議そうに首を傾げた。
『?補佐の話ですか?』
「……ああ」
『分かりました、隊長』
凛香はなるほどと納得した様子で微笑む。
冬獅郎は小さく舌打ちした。
「……面白くねぇな」
『え? 何か言いました?』
「何でもねぇ、行くぞ」
そう答えながら、冬獅郎は歩調を変えなかった。
凛香もまた、彼の隣を歩き続けた。
その距離は、確かに以前より近くなっていた。