【第二章】戻る日常、変わる日常ー。
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午前中の作業が落ち着いた頃。
二人は、現場の確認を兼ねて修繕が進められている通路を歩いていた。
足元には、取り除かれた瓦礫の跡が残っている。
壁の一部は新しい資材で補強され、以前よりも整然とした景色になりつつあった。
凛香は、手元の報告書に目を落としながら話す。
『こちらの区域は、午後には通行可能になる予定です。ただ、奥の方はまだ少し危険が残っているので――』
「そっちは立ち入りを制限しておけ。確認が済むまでは他の隊士を入れるな」
『了解しました』
冬獅郎が指示を出し、凛香が書き留める。
仕事のやり取りは、いつも通りだった。
けれど、歩きながら凛香は何度か冬獅郎の顔を見ていた。
目線が同じになったことが、まだ少し面白いらしい。
「……何だ」
冬獅郎が尋ねる。
『いえ別に』
「さっきから、こっち見てるだろ」
『見てませんよ』
「見てる」
凛香は、ふっと笑った。
『だって、目線が同じなんですもん』
「...それはもう聞いた」
冬獅郎は、呆れながら眉間に皺を寄せた。
「人の身長が伸びたくらいで、そんなに面白がるな」
『面白がってるわけじゃないですよ!ただ……』
桜は、少しだけ言葉を切った。
冬獅郎は彼女を見る。
「ただ?」
『ついこの間まで、私よりこんなに低かったのになぁ...って』
身振り手振りを交えながら言う凛香。
「低いは余計だ」
冬獅郎は、彼女の言葉を待った。
何か以前とは違う言葉が聞けるのではないか。
彼女が、自分の変化をただの成長としてではなく、一人の男として意識するような。
そんな淡い期待が、胸の奥に残っていた。
凛香は、冬獅郎の顔を見つめ何の気負いもなく小さく呟いた。
『……でも、日番谷は日番谷だよね』
「........!」
その言葉は、あまりにも自然だった。
『身長が伸びても、何だかんだ昔から知ってる隊長だなぁって思います』
冬獅郎は、返事をしなかった。
凛香は、彼の沈黙を気にする様子もない。
『……っと、そうだ!ここの確認、午後にもう一度必要でしたよね?』
話題は、すぐに仕事へ戻っていく。
冬獅郎は、彼女の横顔を見つめた。
目線は同じ。
身体の大きさも、以前とは違う。
周囲の隊士たちから向けられる視線も、変わり始めている。
それなのに、桜の中にいる自分はまだ昔のままだ。
百三十三センチの身体で、彼女の隣に立っていた頃の。
――……日番谷は日番谷、か。
それは、彼女らしい言葉だった。
自分を昔から知っているからこそ、変わった部分も、変わらない部分も、ひとまとめにして受け入れているのだろう。
嬉しくないわけではない。
むしろ、彼女が自分を変わらず見てくれていることには、安堵すら覚える自分も居る。
だが。
それだけでは、足りない。
冬獅郎は、静かに視線を落とした。
彼女の心の中で、自分はいつまでも「あの頃の日番谷冬獅郎」のままなのだ。
身長が追いついたところで、何も変わらない。
その事実が、胸の奥に小さな棘のように残った。