【第二章】戻る日常、変わる日常ー。
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冬獅郎は、執務室の壁に背をつけて立っていた。
踵を揃え、姿勢を正す。
人知れず、誰にも気付かれぬように頭頂部に当たる柱にほんの少し傷をつける
おおよそ百四十センチ。
先日測った時より、わずかに伸びている。
「……またか」
声に出したところで、特に感慨が湧くわけでもない。
ただ、以前の身体とは少しずつ違っていく感覚が、日に日に確かなものになっていた。
袖口が以前より短く感じられること。
机に向かった時、書類を見下ろす角度が変わってきたこと。
歩幅が、ほんの少し広くなっていること。
どれも些細な変化だ。
だが、冬獅郎はそうした小さな違いを見逃さない。
机の引き出しから、薄い記録帳を取り出した。
日付、測定値、身体の感覚。
それらを簡潔に書き留めている。
記録を並べてみると、変化は毎日均等に起きているわけではないようだった。
しばらく数値が変わらない期間が続き。
またその後、数日間にわたって少しずつ伸びる。 その繰り返しが見られる。
「……周期があるのか」
まだ、確かなものではないがぽつりと呟く。
測定する時間や姿勢による誤差も考慮する必要がある。
だが、複数回にわたって似た傾向が見られる以上、偶然と片づけるのも違うだろう。
冬獅郎は余白に、短く書き加えた。
――変化の集中する期間あり。引き続き測定。
筆を置く。
身体が変わること自体には、まだ戸惑いが残っている。
これまで自分が当たり前だと思っていた感覚が、少しずつ変わっていくのだから。
それでも、変化を否定するつもりはなかった。
今はただ、自分の身体に何が起きているのかを、正確に把握しておきたい。
記録帳を閉じた、その時。
「隊長、いらっしゃいますかー?」
廊下から、声が聞こえた。
「どうした、松本」
「隊長、こちらの書類をお願いします」
乱菊が執務室に入ってきた。
その手には、他の隊舎で受け取ってきたであろう書類があった。
冬獅郎は書類を受け取り、目を通す。
「……問題ねぇ。処理しておけ」
「はーい」
乱菊は返事をし、机の上を片づけ始めた。
その時、冬獅郎が立ち上がる。
棚の上に置かれた書類を取ろうと、腕を伸ばした。
乱菊は何気なく、その様子を見ていた。
「あら?」
「何だ」
冬獅郎の腕が、また以前より少し長くなったように見えた。
気のせいかと思い、乱菊は視線を戻す。
羽織の袖。
書類棚への手の届き方。
そして、立ち姿。
「隊長、また少し変わりました?」
冬獅郎は書類を手にしたまま、乱菊を見る。
乱菊は確信があったわけではない為、それ以上言わなかった。
ただ、長年傍にいたからこそ、気づいた小さな違いだった。
冬獅郎は一瞬だけ考え、机の引き出しへ目を向けた。
「……少しな」
「え?」
「身体の変化だ。記録はつけてる」
乱菊は目を瞬かせた。
「記録って、前話してた?」
「あぁ」
冬獅郎は引き出しから記録帳を取り出した。
乱菊は受け取ることなく、彼の手元を見つめる。
そこには日付と数値が並んでいた。
「……百四十センチ」
乱菊が少し驚きながら、小さく呟く。
「本当に前より伸びてるんですねぇ」
「....信じてなかったのか」
冬獅郎は記録帳を開いた。
「毎日同じように変化するわけじゃねぇ。数日間、数値が変わらないこともある。その後に、まとまって伸びる時期がある」
乱菊は指を添えながら記録を見比べた。
確かに、数日間で上下がある様に見られる。
「……あら、本当ですね」
変化が集中する時期と、停滞する時期。
乱菊は、冬獅郎が書き留めていた数値からその傾向に気づいた。
「これを見るからに、なんだか少し周期があるみたいですね?」
「まだ断定はできねぇ。測定条件も完全に同じじゃない」
冬獅郎は乱菊見ている事を気にせず、もう良いだろと言いたげにパタンと記録帳を閉じ、引き出しにしまい込む。
「もう少し記録を続ける」
乱菊は、静かに笑った。
「分かりました。ただこのまま行くと、いずれた死覇装や羽織は新調した方が良さそうですね」
「……あぁ」
「その時はどうにかできるよう協力しますから、安心してくださいね♪」
それだけの会話だった。
乱菊は、これ以上踏み込もうとはしなかった。
ただ、記録帳の中に見え始めた変化を、彼と同じように認識した。
そして、少しだけ思う。
――この先、どこまで変わるのかしら?ふふっ、楽しみねぇ♪