【第二章】戻る日常、変わる日常ー。
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十番隊の稽古場からは、今日も木刀の打ち合う音が響いていた。
乾いた音が一定の間隔で重なり、隊士たちの掛け声が朝の空気を震わせる。
庭の木々は風に揺れ、落ちた葉が稽古場の隅を滑っていった。
その光景を、凛香は縁側から眺めていた。
膝の上には、医療班から渡された経過観察の記録。
今日の体調、痛みの有無、霊圧の状態。
毎日書き込むよう指示された項目が並んでいる。
凛香は筆を持ち器用にクルクルと回しながら、稽古場へ視線を向けた。
一人の隊士が踏み込み、相手の木刀を弾く。
その動きに合わせて、凛香の指先が僅かに動いた。
――今の、少し重心が後ろに残ってた
頭の中では、自然と修正点が浮かんでくる。
もう一度、向かいの隊士が打ち込む。
――そこは受けるんじゃなくて、流した方がいい
凛香は記録用紙を見下ろした。
『本日、痛みは軽度。歩行に問題なし』
書き終えた文字の横に、少しだけ筆先が止まり自分の手を見つめる。
身体は動く。 少なくとも、歩くことも、日常の隊務をこなすこともできる。
だが、全力で斬り込めるかと問われれば、答えはまだ否だった。
戦場で受けた傷は、表面上は塞がっている。 けれど、霊圧を強く巡らせると、身体の奥に鈍い重さと痛みが残る。
それが、ひどくもどかしかった。
『……一回くらい、木刀振ってもいいと思うんだけどなぁ』
ぽつりと独り言が漏れる。
「駄目だ」
すぐさま返ってきた思わぬ声に、ビクッと肩を揺らしながらその声の方へと勢いよく顔を上げた。
そこには眉間に特大の皺を寄せ、腕を組みこちらを見据える冬獅郎が縁側の横に立っていた。
隊長羽織の裾が、風に揺れている。
『……あー、聞こえました?』
「独り言にしては、デカかったなぁ?」
『ちょっとくらいなら、もう大丈夫だと思うんですけど』
「医療班の許可は出てねえ、勿論俺からもだ」
冬獅郎は凛香の手元にある記録用紙へ目を落とした。
そこに記載されている"痛みは軽度"の文字に、少し顔が歪む。
「歩けるからって、戦えるとは限らねえ。お前はまだ霊圧の制御も完全に戻ってねえだろ」
『それは分かってますって、けど...』
「分かってる奴は、木刀を振りたいなんて言わねえ」
『……日番谷って、昔からこういうところ厳しいよね』
「お前が昔から無茶ばかりするからだ。それと、"日番谷"隊長だ」
あまりに即答だった。
ぷくぅっと膨れた顔をしていた凛香が、くすりと笑う。
『そんなに無茶してないもん』
「.......」
冬獅郎は無言で縁側の端に腰を下ろした。
並んで座っていても、彼の肩は桜の肩より下にある。
ただ座る事でほんの少しだけ、目線は近くなる。
その小さな身体から放たれる無言の圧は、相も変わらず冬獅郎のものだった。
『……じゃあ、見学だけなら?』
「最初からそうしろ」
『はーい』
凛香は、ひょいっと縁側から降り立ち、再び稽古場へ視線を向ける。
ただ眺めているだけなのに、身体がうずうずして仕方がない。
木刀の重さ
踏み込みの感触
相手の霊圧を読む感覚
それらが目の前にあるはずなのに、今はひどく遠く感じる。
『……早く戻らなきゃ』
その小さな呟きに、冬獅郎は返事をしなかった。
けれど、隣に座る彼の視線が一瞬だけ凛香へ向いたことを、彼女は知らなかった。