【第二章】戻る日常、変わる日常ー。
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隊長執務室。
冬獅郎が机に向かって書類に目を通していると、襖が開いた。
「隊長、お茶ですよー」
乱菊が盆を持って入ってくる。
「……ノックぐらいしろ」
「しましたよ〜、返事がなかっただけです!」
「聞こえてねえ」
「じゃあ、もう一回します?」
「いらねえ」
乱菊はくすりと笑い、机の端に湯呑みを置いた。
そして乱菊はふと冬獅郎の顔をジーッと見つめて、暫くすると話し始める。
「それにしても、隊長。最近ちょっと疲れてません?」
冬獅郎の筆が止まる。
だがそれも一瞬、特に変化を見せぬまま乱菊の方には決して目を向けず、書類を書き進める。
「何がだ」
「んー…、なんとなく?」
「なんとなくで言うな、仕事しろ」
「だって、前より少しだけ様子が違うんですもん〜」
乱菊は頬にトントンと指を当て、冬獅郎を下から上に目線をやりながら観察する。
「顔色が悪いわけじゃないし、霊圧も乱れてない。でも、時々、何かを気にしてるような顔をするんですよねぇ...」
うーん、と唸りながら腰を折り、ずいっと顔を近づけてくる。
「……気のせいだ」
「そうですか?」
納得しない様子の乱菊を横目に、冬獅郎は書類に目を通し続ける。
乱菊は、気のせいかしら...とぶつぶつ呟きながら湯呑みを手に取り、冬獅郎の前へ差し出した。
「ま、隊長がそう言うならいいですけど。無理はしないでくださいね、ほらほらお茶くらい飲んで!」
「無理なんざしてねぇ」
「はいはい」
乱菊は軽く肩を竦める。
それ以上、追及することはなかった。
冬獅郎は湯呑みを受け取り、ひと口飲むと温かい茶が喉を通る。
「……松本」
「はい?」
「月影はどうしてる」
「凛香ですか?まだ療養中ですよ。そういえば、今日は隊舎の中を散歩してましたよ」
「そうか」
「そろそろ隊務に戻りたいみたいですけどね。あの子、じっとしてるの苦手ですから」
「……余計なことをするなと言っておけ」
「え〜、隊長が直接言えばいいじゃないですか!」
「俺が言う必要はねえ」
乱菊は冬獅郎の顔を見つめ、少しだけ笑った。
「ふーん」
「何だ」
「別に?」
その曖昧な返事に、冬獅郎は眉を寄せた。
乱菊はそれ以上何も言わず、空になった盆を持って部屋を出ていく。
襖が閉まった後、冬獅郎は湯呑みを机に置いた。
「……余計なことばかり気づきやがる」
小さく息を吐く。
だが、乱菊の言葉は頭の片隅に残っていた。
月影。
今はまだ、療養中。
戦争で受けた傷は深かった。 三週間も意識を失っていたのだから、当然だ。
それでも、目覚めてからのあいつは、昔と変わらない。
何でもない顔で笑い。 何でもない調子で話しかけ。 時折、こちらの反応を面白がってからかってくる。
――シロちゃん。
思い出しただけで、自分の眉間に皺が寄るが分かる。
「……」
だが。
その呼び名を聞くことを、今は嫌だとは思わなかった。
寧ろ、心地良いとさえ思えてしまう自分がいる。
戦争が終わったこと、十番隊に戻ってきたこと。 いつもの調子で話しかけてくること。
そうした一つ一つが、少しずつ日常を取り戻している証のように感じられた。
冬獅郎は再び筆を持つ。
机の上には、まだ大量の書類が残っていた。