三猿
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<永倉の相>
永倉は、ただぼんやりと二人を見ていた。 長倉の位置からは二人は後姿だが、明らかに千鶴と、親友である。田んぼの中にある木が茂った小島のようなところから、並んで出てきた。
そうか。左之と、千鶴ちゃんか。
千鶴はいつもの藍染の着物を、きっちりと着込んでいるが、原田の着物は着崩れている。更に遠くなっていく二人の姿を、永倉は、やはりぼんやりと見つめ続けた。 最近、やけに原田と千鶴が仲が良いことには気づいていた。仲良く縁側に並んで茶を飲んでいたり、時には千鶴の買い物に原田が付き合うこともあった。それでも、永倉がそばによると、二人とも永倉を仲間に入れるので、特に二人の関係を疑ったことはなかった。だが、ある時、人目につかない建物の裏で、顔を覆い泣く千鶴と、慰める原田を見てしまった。困ったような顔をした原田は、千鶴の手をつかんでどけると、千鶴に口づけをした。 きびすを返して去る永倉の耳には、原田の「すまねぇ、女の泣き止ませ方はこれしか知らねぇんだ」といった声は届かなかった。
そのときから、永倉は自分の想いを封印した。かつて、隊士が死んだり、また自分が誰かを斬った時は、いつも千鶴の姿を探していた。理由をつけ、千鶴のそばで、ささくれ立った心を落ち着かせていた。だが、それもやめた。 千鶴ちゃんは、左之のもんなんだな。
永倉は昨日の夜のことを思い出した。なじみの芸者、金吉が誘いに来たので、久しぶりに島原へ足を向けた。そして、以前からそうだったように、金吉の部屋で一晩過ごした。部屋に泊まるのは、左之と千鶴の口付けを見て以来である。 以前のように、永倉は金吉を抱いた。灯りを消し、強くもない月の光が小さな窓からしか入らぬ暗がりの中で、千鶴に似た声の女を抱いた。これは千鶴だと自分に言い聞かせた。そして以前と同じように、朝になり、女を見て、少し落胆し、そんな自分に嫌悪したのだ。 部屋を出る前、女に請われるまま過分な金を渡した。女は病気の父や弟の話をしたが、永倉には必要なかった。むしろ、詫びのつもりで、嘘など言われなくとも渡したかった。
永倉は二人の姿が見えなくなってから、木が茂った場所へ足を運んだ。ここで二人が何をしていたのか、原田の着崩れた着物を見た永倉には、想像がついた気がした。自分が傷つくのが心地よくて、永倉はしばらくそこに立ち続けた。
しばらくして、ようやく永倉は屯所へ向かい始めた。 俺は、金吉を抱くだけで満足できるだろうか?これから先ずっと、左之と千鶴ちゃんを目の当たりにしながら生活して、金吉の声を聞くだけで、満足できるだろうか?
永倉はいつか自分が許されないことをしでかしそうで、必死に己の心に広がる闇を押しつぶした。
続きは 針 です。
永倉は、ただぼんやりと二人を見ていた。 長倉の位置からは二人は後姿だが、明らかに千鶴と、親友である。田んぼの中にある木が茂った小島のようなところから、並んで出てきた。
そうか。左之と、千鶴ちゃんか。
千鶴はいつもの藍染の着物を、きっちりと着込んでいるが、原田の着物は着崩れている。更に遠くなっていく二人の姿を、永倉は、やはりぼんやりと見つめ続けた。 最近、やけに原田と千鶴が仲が良いことには気づいていた。仲良く縁側に並んで茶を飲んでいたり、時には千鶴の買い物に原田が付き合うこともあった。それでも、永倉がそばによると、二人とも永倉を仲間に入れるので、特に二人の関係を疑ったことはなかった。だが、ある時、人目につかない建物の裏で、顔を覆い泣く千鶴と、慰める原田を見てしまった。困ったような顔をした原田は、千鶴の手をつかんでどけると、千鶴に口づけをした。 きびすを返して去る永倉の耳には、原田の「すまねぇ、女の泣き止ませ方はこれしか知らねぇんだ」といった声は届かなかった。
そのときから、永倉は自分の想いを封印した。かつて、隊士が死んだり、また自分が誰かを斬った時は、いつも千鶴の姿を探していた。理由をつけ、千鶴のそばで、ささくれ立った心を落ち着かせていた。だが、それもやめた。 千鶴ちゃんは、左之のもんなんだな。
永倉は昨日の夜のことを思い出した。なじみの芸者、金吉が誘いに来たので、久しぶりに島原へ足を向けた。そして、以前からそうだったように、金吉の部屋で一晩過ごした。部屋に泊まるのは、左之と千鶴の口付けを見て以来である。 以前のように、永倉は金吉を抱いた。灯りを消し、強くもない月の光が小さな窓からしか入らぬ暗がりの中で、千鶴に似た声の女を抱いた。これは千鶴だと自分に言い聞かせた。そして以前と同じように、朝になり、女を見て、少し落胆し、そんな自分に嫌悪したのだ。 部屋を出る前、女に請われるまま過分な金を渡した。女は病気の父や弟の話をしたが、永倉には必要なかった。むしろ、詫びのつもりで、嘘など言われなくとも渡したかった。
永倉は二人の姿が見えなくなってから、木が茂った場所へ足を運んだ。ここで二人が何をしていたのか、原田の着崩れた着物を見た永倉には、想像がついた気がした。自分が傷つくのが心地よくて、永倉はしばらくそこに立ち続けた。
しばらくして、ようやく永倉は屯所へ向かい始めた。 俺は、金吉を抱くだけで満足できるだろうか?これから先ずっと、左之と千鶴ちゃんを目の当たりにしながら生活して、金吉の声を聞くだけで、満足できるだろうか?
永倉はいつか自分が許されないことをしでかしそうで、必死に己の心に広がる闇を押しつぶした。
続きは 針 です。
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