三猿
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<原田の想>
その日は原田は非番だったが、朝早く目が覚めた。台所へ水を飲もうと向かうと、ちらりと見慣れた姿が廊下の角を曲がるのが見えた。 原田が後を追うと、千鶴は玄関へ向かい、そっと外へ滑り出た。
千鶴はいつもどおりの藍染の着物をきちんと着込んでいたが、原田は寝起きのため、寝巻き代わりに使っている薄手の着物をゆるく帯で締めただけで、胸元も大きく開いている。 ま、誰が見てるわけでもねぇ。 原田は手ごろな下駄をひっかけると、音がしないよう注意しながら千鶴の後を追った。
千鶴は振り返ることもなく、少しうつむき加減に原田の先を歩いていく。原田は千鶴が他の屯所として使用している家々を通り過ぎ、田んぼのほうへ向かうのをいぶかしく思いながら、声をかけるべきか迷っていた。
思い出すのは、一月ほど前、偶然知った千鶴の秘密である。それはまったくの偶然だった。非番の買い物帰り、町から壬生へ帰る途中にある廃寺の近くで千鶴を見かけた。声をかけようとすると、千鶴はそっと辺りを見回し、中へ入っていった。
何の用があるのかと原田が破れ戸の隙間から覗くと、千鶴が床板の割れ目から、何かを取り出していた。見たことのない、箱のような、袋のようなもの。そこから千鶴はこれもまた見たこともないものを取り出し、しばらく触っていたと思うと、急にそこから人の声が聞こえてきた。そして耐えかねたように千鶴は泣き始めたのだ。
原田は思わず戸をあけていた。驚きと怯えを浮かべながら振り返った千鶴は、一瞬の迷いの後、逃げようと走り出した。原田はすぐ千鶴の腕をつかみ、もがく千鶴の手の中にあるものを見つめた。それは触ったこともない材質でできており、変わった様子の人間達の小さな絵が、動いていた。この箱から、声が聞こえてくる。
「こりゃぁ・・・千鶴先生、いったい何だ?」
そうして、原田は知ったのだ。千鶴が未来から来たこと、そのために「神がかった医術」を見につけていること、何故自分達のいる時代に来たのか、どうやって戻るのか、さっぱりわからないこと、など。元いた場所が懐かしくなると、隠しているこの何かをみては、自分を慰めている、といったこと。
必死に自分が未来から来たということを隠していた千鶴は原田に知られ、いっそほっとしたのだろう、時折原田には色々な心情を伝えるようになった。
原田も千鶴から聞かされる未来の話は面白かったし、千鶴が心配でもあったので、時間を見つけては千鶴の相手をしていた。
そして、最近気づいたのだ。自分の中にある想いは、それだけではないことを。
千鶴は田んぼの中にある「森」へ向かっているようだ。原田は子供達と遊ぶようなこともなかったので、「森」へきたことはなかった。小さな鳥居の外から覗くと、千鶴の姿が見えない。そっと祠の裏へ回ると、そこにはじっと地面を見つめる千鶴の姿があった。うつむいた後姿は、とても寂しげで、はかなげで、原田は思わず声をかけた。
「千鶴先生」
千鶴は跳ね返るように振り替えると、バランスを崩してそばにある木に手をかけた。
「すまねぇ、驚かしちまったな。いや、屯所を出て行くのが見えたから、どうしたのかと追いかけてきたんだ」
「原田先生・・・すみません、ご心配をおかけして」
驚いたため、少し頬に赤みが差している千鶴の美しさに原田はまごつき、柄にもねぇ、と自分を嗤った。
「何見てたんだ?・・・三猿?こんなところにあるなんて知らなかったな」
「ええ、私も以前偶然見つけました。なんとなく・・・見たくなって」
原田は千鶴と三猿とを見比べた。見ざる、聞かざる、言わざる。その姿は、自分達の心を押し殺そうとしているように見えた。千鶴は何か、心に押し込めようとしていることがあるのだろうか?原田はその猿に、自分の姿を映した。自分もまた、千鶴への想いを抱えている。ざまぁねぇな、俺の名前を聞けば島原の女達がため息をつくってのに、おれは未来から来たってぇ千鶴先生に想いのひとつも伝えられねぇ。
「先生、そろそろ朝餉の時間だぜ。屯所へもどらねぇか」
「はい、そうですね。戻りましょう」
二人で一緒に鳥居をくぐった。「森」から屯所までは少し距離がある。その間、二人はただ黙って歩いていたが、時折目を合わせると、千鶴はふふ、と優しく微笑んだ。 千鶴先生は、俺が先生の秘密を知っているから、気を許してるんだろうな。だが、先生が心に押し込めようとしている想いの向き先は・・・恐らく俺じゃぁねぇ。 原田は、共に戦う親友を思い浮かべた。
島原で女達に軽くあしらわれる親友。だが、あいつを悪く言う女は一人もいねぇ。皆、なんだかんだ、困ったときはあいつを頼ってる。面倒見がいいし、面白いし、もてないわけはないのだ。だが、色恋に長けた女達にはわかるのだろう。あの男は、遊びの恋愛には向かないことを。あの男が、自分でも知らず知らずのうちに、命をかけられるほど惚れられる女を捜していることに、気づくのだろう。
根が真面目な男だからな・・・。 なじみの芸者は何人かいるようだが、芸者達はあいつを転がしているつもりかも知れねぇが、あいつはわかってて転がされてやっている。「羽振りのいい、面白い永倉せんせ」だもんな。 千鶴先生が、あいつを気にかけるとしても、おかしくはねぇよな。
原田は再び千鶴を見た。新八は昨日は帰ってこなかった。千鶴先生は何を想ったんだろう。 屯所までの道のりを、原田はゆっくりと歩いた。
なぁ新八、お前は千鶴先生のことをどう想ってる?もし特別な感情がないのなら・・・ 俺が、三猿の手を、無理やりにでもどけてやる。先生の中に押さえ込まれたお前への想いを、開放してやる。 そして千鶴先生の中に開いた空間に、俺が入り込む。
原田は少し後ろを歩く千鶴の足音を快く聞きながら、このまま屯所につくことなく、ずっと歩いていられれば良いと願った。
その日は原田は非番だったが、朝早く目が覚めた。台所へ水を飲もうと向かうと、ちらりと見慣れた姿が廊下の角を曲がるのが見えた。 原田が後を追うと、千鶴は玄関へ向かい、そっと外へ滑り出た。
千鶴はいつもどおりの藍染の着物をきちんと着込んでいたが、原田は寝起きのため、寝巻き代わりに使っている薄手の着物をゆるく帯で締めただけで、胸元も大きく開いている。 ま、誰が見てるわけでもねぇ。 原田は手ごろな下駄をひっかけると、音がしないよう注意しながら千鶴の後を追った。
千鶴は振り返ることもなく、少しうつむき加減に原田の先を歩いていく。原田は千鶴が他の屯所として使用している家々を通り過ぎ、田んぼのほうへ向かうのをいぶかしく思いながら、声をかけるべきか迷っていた。
思い出すのは、一月ほど前、偶然知った千鶴の秘密である。それはまったくの偶然だった。非番の買い物帰り、町から壬生へ帰る途中にある廃寺の近くで千鶴を見かけた。声をかけようとすると、千鶴はそっと辺りを見回し、中へ入っていった。
何の用があるのかと原田が破れ戸の隙間から覗くと、千鶴が床板の割れ目から、何かを取り出していた。見たことのない、箱のような、袋のようなもの。そこから千鶴はこれもまた見たこともないものを取り出し、しばらく触っていたと思うと、急にそこから人の声が聞こえてきた。そして耐えかねたように千鶴は泣き始めたのだ。
原田は思わず戸をあけていた。驚きと怯えを浮かべながら振り返った千鶴は、一瞬の迷いの後、逃げようと走り出した。原田はすぐ千鶴の腕をつかみ、もがく千鶴の手の中にあるものを見つめた。それは触ったこともない材質でできており、変わった様子の人間達の小さな絵が、動いていた。この箱から、声が聞こえてくる。
「こりゃぁ・・・千鶴先生、いったい何だ?」
そうして、原田は知ったのだ。千鶴が未来から来たこと、そのために「神がかった医術」を見につけていること、何故自分達のいる時代に来たのか、どうやって戻るのか、さっぱりわからないこと、など。元いた場所が懐かしくなると、隠しているこの何かをみては、自分を慰めている、といったこと。
必死に自分が未来から来たということを隠していた千鶴は原田に知られ、いっそほっとしたのだろう、時折原田には色々な心情を伝えるようになった。
原田も千鶴から聞かされる未来の話は面白かったし、千鶴が心配でもあったので、時間を見つけては千鶴の相手をしていた。
そして、最近気づいたのだ。自分の中にある想いは、それだけではないことを。
千鶴は田んぼの中にある「森」へ向かっているようだ。原田は子供達と遊ぶようなこともなかったので、「森」へきたことはなかった。小さな鳥居の外から覗くと、千鶴の姿が見えない。そっと祠の裏へ回ると、そこにはじっと地面を見つめる千鶴の姿があった。うつむいた後姿は、とても寂しげで、はかなげで、原田は思わず声をかけた。
「千鶴先生」
千鶴は跳ね返るように振り替えると、バランスを崩してそばにある木に手をかけた。
「すまねぇ、驚かしちまったな。いや、屯所を出て行くのが見えたから、どうしたのかと追いかけてきたんだ」
「原田先生・・・すみません、ご心配をおかけして」
驚いたため、少し頬に赤みが差している千鶴の美しさに原田はまごつき、柄にもねぇ、と自分を嗤った。
「何見てたんだ?・・・三猿?こんなところにあるなんて知らなかったな」
「ええ、私も以前偶然見つけました。なんとなく・・・見たくなって」
原田は千鶴と三猿とを見比べた。見ざる、聞かざる、言わざる。その姿は、自分達の心を押し殺そうとしているように見えた。千鶴は何か、心に押し込めようとしていることがあるのだろうか?原田はその猿に、自分の姿を映した。自分もまた、千鶴への想いを抱えている。ざまぁねぇな、俺の名前を聞けば島原の女達がため息をつくってのに、おれは未来から来たってぇ千鶴先生に想いのひとつも伝えられねぇ。
「先生、そろそろ朝餉の時間だぜ。屯所へもどらねぇか」
「はい、そうですね。戻りましょう」
二人で一緒に鳥居をくぐった。「森」から屯所までは少し距離がある。その間、二人はただ黙って歩いていたが、時折目を合わせると、千鶴はふふ、と優しく微笑んだ。 千鶴先生は、俺が先生の秘密を知っているから、気を許してるんだろうな。だが、先生が心に押し込めようとしている想いの向き先は・・・恐らく俺じゃぁねぇ。 原田は、共に戦う親友を思い浮かべた。
島原で女達に軽くあしらわれる親友。だが、あいつを悪く言う女は一人もいねぇ。皆、なんだかんだ、困ったときはあいつを頼ってる。面倒見がいいし、面白いし、もてないわけはないのだ。だが、色恋に長けた女達にはわかるのだろう。あの男は、遊びの恋愛には向かないことを。あの男が、自分でも知らず知らずのうちに、命をかけられるほど惚れられる女を捜していることに、気づくのだろう。
根が真面目な男だからな・・・。 なじみの芸者は何人かいるようだが、芸者達はあいつを転がしているつもりかも知れねぇが、あいつはわかってて転がされてやっている。「羽振りのいい、面白い永倉せんせ」だもんな。 千鶴先生が、あいつを気にかけるとしても、おかしくはねぇよな。
原田は再び千鶴を見た。新八は昨日は帰ってこなかった。千鶴先生は何を想ったんだろう。 屯所までの道のりを、原田はゆっくりと歩いた。
なぁ新八、お前は千鶴先生のことをどう想ってる?もし特別な感情がないのなら・・・ 俺が、三猿の手を、無理やりにでもどけてやる。先生の中に押さえ込まれたお前への想いを、開放してやる。 そして千鶴先生の中に開いた空間に、俺が入り込む。
原田は少し後ろを歩く千鶴の足音を快く聞きながら、このまま屯所につくことなく、ずっと歩いていられれば良いと願った。