芙蓉
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「紫陽花」の続き
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あれから、何事もなく過ぎた。 永倉の休息所でぎりぎり近藤と土方に見つからずに済んだが、あれがきっかけでなんとなく永倉ともぎくしゃくし始めた。別に永倉と何があったわけでもなく、純粋に食事の準備だけのために行っていたのだが、やはりそこは好きな相手のためにしていたのを千鶴本人がわかっているだけに、後ろめたさがあるのだ。
永倉のほうは何を思うのか、あっても以前のように「明るく」挨拶をするだけで、ほかに何を言うでもない。食事の準備に行こうか、と尋ねることのできない雰囲気があるのだ。
ん~・・・近藤先生と土方先生の馬鹿・・・。
八つ当たりとわかっていて、千鶴は呟かずにいられなかった。
そんなある日、診療所として使う部屋にふらりと原田がやってきた。
「先生よ、どうやら俺のおせっかいも無駄に終わったらしいな?」
「原田先生・・・」
思えば、原田が永倉の休息所へ行くよう仕向けてくれたのだ。そういう意味では、せっかくの親切も今の状態では無駄になったようなものだ。
「すみません・・・」
「いや、謝ってもらうことじゃねぇけどよ。てっきり最近いい感じだと思ったんだが、なんだかよそよそしいよな、二人」
千鶴は休息所で起こったことを言おうかと思ったが、そうするとあの押入れの一瞬のことも話さなければならないようで、躊躇した。
「永倉先生とは普通にお話しできますけど・・・」
「それがおかしいって。だって今まで普通じゃなかったろ、二人とも。傍で見てて、普通じゃない関係だったって。だから俺はてっきり二人はさっさとイッパツ・・・」
「原田先生そういう話やめてくださいね」
千鶴はふぅっと息を吐き出すと、勢い良く立ち上がった。
「と・に・か・く!私はいろいろ忙しいので、永倉先生のことばっかり考えているわけにもいきません!で、ご用事は何ですか?」
「土方さんが呼んでる。至急だと」
「・・・なんで先におっしゃらないんですか・・・」
千鶴がそれでは!とあいさつして部屋をパタパタと走り出ていくのを見送りながら、原田は「カラ元気だなぁ」とつぶやいた。
「土方副長、お呼びですか?」
「ああ、入ってくれ」
戸を開けると、土方が書類の山にうずもれながら文机に向かって何か書いている。振り返りもせず、土方は千鶴に病気で隊務を外れている隊士たちの状況を訪ねてきた。
「梅雨も明けましたし、皆さんかなり回復されてますよ。今もまだ駄目なのは、3~4人というところでしょうか」
「そうか。近いうちに大きな捕り物があるかもしれない。一人でも多く確保しておきてぇ。先生頼んだぜ」
はぁ、と答えた後、沈黙が続く。土方は黙々と手紙を書き、千鶴は黙って座り続ける。
「・・・土方副長?」
「あ?まだいたのか」
「戻っていいならそう言ってください。では失礼します」
そういって立ち上がり、千鶴が戸を開けようとした時。
「中庭の芙蓉の花がきれいだから、持ってってやれ」
・・・・・。
そおっと千鶴が振り返る。土方は相変わらず文机に向かっていて顔は見えない。立ち尽くす千鶴に向かって、土方は しっしっと手を振った。
井戸端で水を入れた手桶の中に、薄桃色の芙蓉の花を入れ、千鶴はぼんやりとしゃがんでいた。花の中心が赤に近い濃い桃色で、ふちが白い花を眺めながら、千鶴は芙蓉にも色々あるんだな・・・ととりとめのないことを考えていた。
「わっ。な、何だよ千鶴ちゃん、何してんだよこんなとこで」
見上げると、永倉が背後に立っていた。巡察帰りらしく、隊服を着ている。
「お仕事は終わられたんですか?」
「おう・・・って、大丈夫か千鶴ちゃん?しゃがみこんでどうした?」
永倉は芙蓉の花と千鶴の顔を交互に見比べる。千鶴は永倉のいつもと変わらぬ態度が自分でも驚くほどうれしくて、逆に今少しぎこちないのがとても残念に思えた。
「これ、中庭から取ってきました。」
「ふうん・・・?きれいな花だな。俺は花の名前なんてものには縁はねぇけどよ」
「芙蓉って言います。土方副長が、永倉先生のところへ持って行けって」
永倉が黙る。千鶴は目を閉じた。永倉はどう反応するだろう? ・・・・・。
くすり、と永倉の笑い声がした。千鶴が見上げると、永倉は片手で顔を覆い、クスクスと笑っている。
「な、何ですか先生。なんで笑ってるんですか?」
永倉は肩もゆすって笑いはじめ、最後には以前の太陽な笑顔と、涙を目に浮かべながら千鶴さんの横にしゃがんだ。
「それが土方さんの返事だな。ありがてえよ。」
「・・・返事?ありがたいって・・・?」
「あの後、土方さんと近藤先生に話したんだよ。俺が千鶴ちゃんに惚れてるってさ。で、できれば・・・」
「ちょっと待ってください!」
千鶴は驚いて姿勢を崩し、思わず永倉の腕にしがみついた。
「おっと、大丈夫か千鶴ちゃん?」
永倉が千鶴の腕を支えて、立ち上がる。
「い、今・・・永倉先生・・・」
「ん?だからさ」
永倉はにやりと微笑んだ。
「二人に、俺が千鶴ちゃんに惚れてるから、俺のもんにしていいかって願い出たんだよ。とりあえず待てって言われたんだけどさ。これが答えってことだな。ははは、やったなぁ」
嬉しそうに笑いながら去っていく永倉の背を見ながらポカンと立っていた千鶴ははっと我に返ると、慌てて永倉の前に回った。
「ちょ、ちょっと待ってください、永倉先生!なんだか、なんだかちょっと・・・こういうのはちょっと私の想像と違って!」
永倉は振り返ると、かがんで千鶴の目線の高さに合わせて微笑んだ。
「もちろん、なしくずしにはしねぇよ。とりあえず、唾付けたってとこだな」
「唾・・・」
「そう。なんせ千鶴ちゃんに惚れてる隊士は結構いるから、そっから選んでもらおうとすると、なかなか難しいからな」
永倉は背を伸ばすと、思い切り伸びをした。
「ま、みててくれよ。絶対に千鶴ちゃんを俺に惚れさせて見せるから」
そういって、にっと笑って歩いていく。千鶴はまたポカンとしながら背中を見送った。
「まったく・・・えらく前向きに鈍感な奴だな」
原田がそばの納屋の陰から出てきて言った。
「なんで先生がわざわざ休息所まで飯を作りに来てくれてたと思ってんだろうな、あいつは」
苦笑して原田が千鶴に微笑む。千鶴も思わず噴き出した。
「ですね。でも、そういうところが永倉先生のいいところだと思います」
原田がおどけるように肩をすくめる。
「先生が自分に惚れてるって気づくの、あと相当かかりそうだな」
「そうですね」
クスクスと笑いながら、それもいいな、と千鶴は思った。以前のように永倉の休息所へ行って、ご飯を作ろう。時間があれば一緒に食べて、たわいない話をして・・・。
千鶴は原田に挨拶をすると、芙蓉の花が入った手桶を持ち上げた。とりあえず、この花を永倉の休息所へ持って行って飾ろう。それと、夕飯の準備と、お掃除もできれば・・・。 千鶴は自然と笑みが浮かぶのを感じながら、永倉の休息所へ向かって歩き出した。
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あれから、何事もなく過ぎた。 永倉の休息所でぎりぎり近藤と土方に見つからずに済んだが、あれがきっかけでなんとなく永倉ともぎくしゃくし始めた。別に永倉と何があったわけでもなく、純粋に食事の準備だけのために行っていたのだが、やはりそこは好きな相手のためにしていたのを千鶴本人がわかっているだけに、後ろめたさがあるのだ。
永倉のほうは何を思うのか、あっても以前のように「明るく」挨拶をするだけで、ほかに何を言うでもない。食事の準備に行こうか、と尋ねることのできない雰囲気があるのだ。
ん~・・・近藤先生と土方先生の馬鹿・・・。
八つ当たりとわかっていて、千鶴は呟かずにいられなかった。
そんなある日、診療所として使う部屋にふらりと原田がやってきた。
「先生よ、どうやら俺のおせっかいも無駄に終わったらしいな?」
「原田先生・・・」
思えば、原田が永倉の休息所へ行くよう仕向けてくれたのだ。そういう意味では、せっかくの親切も今の状態では無駄になったようなものだ。
「すみません・・・」
「いや、謝ってもらうことじゃねぇけどよ。てっきり最近いい感じだと思ったんだが、なんだかよそよそしいよな、二人」
千鶴は休息所で起こったことを言おうかと思ったが、そうするとあの押入れの一瞬のことも話さなければならないようで、躊躇した。
「永倉先生とは普通にお話しできますけど・・・」
「それがおかしいって。だって今まで普通じゃなかったろ、二人とも。傍で見てて、普通じゃない関係だったって。だから俺はてっきり二人はさっさとイッパツ・・・」
「原田先生そういう話やめてくださいね」
千鶴はふぅっと息を吐き出すと、勢い良く立ち上がった。
「と・に・か・く!私はいろいろ忙しいので、永倉先生のことばっかり考えているわけにもいきません!で、ご用事は何ですか?」
「土方さんが呼んでる。至急だと」
「・・・なんで先におっしゃらないんですか・・・」
千鶴がそれでは!とあいさつして部屋をパタパタと走り出ていくのを見送りながら、原田は「カラ元気だなぁ」とつぶやいた。
「土方副長、お呼びですか?」
「ああ、入ってくれ」
戸を開けると、土方が書類の山にうずもれながら文机に向かって何か書いている。振り返りもせず、土方は千鶴に病気で隊務を外れている隊士たちの状況を訪ねてきた。
「梅雨も明けましたし、皆さんかなり回復されてますよ。今もまだ駄目なのは、3~4人というところでしょうか」
「そうか。近いうちに大きな捕り物があるかもしれない。一人でも多く確保しておきてぇ。先生頼んだぜ」
はぁ、と答えた後、沈黙が続く。土方は黙々と手紙を書き、千鶴は黙って座り続ける。
「・・・土方副長?」
「あ?まだいたのか」
「戻っていいならそう言ってください。では失礼します」
そういって立ち上がり、千鶴が戸を開けようとした時。
「中庭の芙蓉の花がきれいだから、持ってってやれ」
・・・・・。
そおっと千鶴が振り返る。土方は相変わらず文机に向かっていて顔は見えない。立ち尽くす千鶴に向かって、土方は しっしっと手を振った。
井戸端で水を入れた手桶の中に、薄桃色の芙蓉の花を入れ、千鶴はぼんやりとしゃがんでいた。花の中心が赤に近い濃い桃色で、ふちが白い花を眺めながら、千鶴は芙蓉にも色々あるんだな・・・ととりとめのないことを考えていた。
「わっ。な、何だよ千鶴ちゃん、何してんだよこんなとこで」
見上げると、永倉が背後に立っていた。巡察帰りらしく、隊服を着ている。
「お仕事は終わられたんですか?」
「おう・・・って、大丈夫か千鶴ちゃん?しゃがみこんでどうした?」
永倉は芙蓉の花と千鶴の顔を交互に見比べる。千鶴は永倉のいつもと変わらぬ態度が自分でも驚くほどうれしくて、逆に今少しぎこちないのがとても残念に思えた。
「これ、中庭から取ってきました。」
「ふうん・・・?きれいな花だな。俺は花の名前なんてものには縁はねぇけどよ」
「芙蓉って言います。土方副長が、永倉先生のところへ持って行けって」
永倉が黙る。千鶴は目を閉じた。永倉はどう反応するだろう? ・・・・・。
くすり、と永倉の笑い声がした。千鶴が見上げると、永倉は片手で顔を覆い、クスクスと笑っている。
「な、何ですか先生。なんで笑ってるんですか?」
永倉は肩もゆすって笑いはじめ、最後には以前の太陽な笑顔と、涙を目に浮かべながら千鶴さんの横にしゃがんだ。
「それが土方さんの返事だな。ありがてえよ。」
「・・・返事?ありがたいって・・・?」
「あの後、土方さんと近藤先生に話したんだよ。俺が千鶴ちゃんに惚れてるってさ。で、できれば・・・」
「ちょっと待ってください!」
千鶴は驚いて姿勢を崩し、思わず永倉の腕にしがみついた。
「おっと、大丈夫か千鶴ちゃん?」
永倉が千鶴の腕を支えて、立ち上がる。
「い、今・・・永倉先生・・・」
「ん?だからさ」
永倉はにやりと微笑んだ。
「二人に、俺が千鶴ちゃんに惚れてるから、俺のもんにしていいかって願い出たんだよ。とりあえず待てって言われたんだけどさ。これが答えってことだな。ははは、やったなぁ」
嬉しそうに笑いながら去っていく永倉の背を見ながらポカンと立っていた千鶴ははっと我に返ると、慌てて永倉の前に回った。
「ちょ、ちょっと待ってください、永倉先生!なんだか、なんだかちょっと・・・こういうのはちょっと私の想像と違って!」
永倉は振り返ると、かがんで千鶴の目線の高さに合わせて微笑んだ。
「もちろん、なしくずしにはしねぇよ。とりあえず、唾付けたってとこだな」
「唾・・・」
「そう。なんせ千鶴ちゃんに惚れてる隊士は結構いるから、そっから選んでもらおうとすると、なかなか難しいからな」
永倉は背を伸ばすと、思い切り伸びをした。
「ま、みててくれよ。絶対に千鶴ちゃんを俺に惚れさせて見せるから」
そういって、にっと笑って歩いていく。千鶴はまたポカンとしながら背中を見送った。
「まったく・・・えらく前向きに鈍感な奴だな」
原田がそばの納屋の陰から出てきて言った。
「なんで先生がわざわざ休息所まで飯を作りに来てくれてたと思ってんだろうな、あいつは」
苦笑して原田が千鶴に微笑む。千鶴も思わず噴き出した。
「ですね。でも、そういうところが永倉先生のいいところだと思います」
原田がおどけるように肩をすくめる。
「先生が自分に惚れてるって気づくの、あと相当かかりそうだな」
「そうですね」
クスクスと笑いながら、それもいいな、と千鶴は思った。以前のように永倉の休息所へ行って、ご飯を作ろう。時間があれば一緒に食べて、たわいない話をして・・・。
千鶴は原田に挨拶をすると、芙蓉の花が入った手桶を持ち上げた。とりあえず、この花を永倉の休息所へ持って行って飾ろう。それと、夕飯の準備と、お掃除もできれば・・・。 千鶴は自然と笑みが浮かぶのを感じながら、永倉の休息所へ向かって歩き出した。
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