密やかに
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夕刻。人々が家路に着き、そろそろ人の姿もまばらになったころ、鴨川に架かる橋を数人の男達が渡っていた。新撰組1番隊の中でも、精鋭と呼ばれる隊士たちである。率いるのは、もちろん隊長の沖田総司だ。目立つ段だらの隊服は着ずに、浪人を装っている。行き先はもちろん、百瀬俊太郎が立ち寄っているはずの長屋である。 昨晩新撰組屯所に戻ってきた山崎の報告を聞くなり、近藤と土方はすぐさま沖田を呼び寄せ、人選を任せた。百瀬捕獲に向けて屯所がせわしなくなる中、その様子をぼんやりと見ていた山崎に、土方がそっと歩み寄った。
「でかしたな、山崎。2ヶ月もの間、内偵ご苦労だった。」
「いえ・・・ありがとうございます。」
「近藤さんも非常に喜んでる。捕り物が無事終われば、お前も取り立ててもらえるだろうよ。」
俺に居場所が出来る。だがそれは、おみつの信頼を犠牲にして得たものだ。
「ありがとうございます。それでは俺はこれで・・・」
部屋に戻ろうとする山崎を、土方の声が呼び止めた。
「せっかくの手柄だ。最後まで見届けてみちゃぁどうだ?総司たちと一緒に行けよ。」
思わず振り向いた山崎の目に映ったのは、土方のするどい眼光であった。 兄の捕獲を目にするおみつを見ろというのか。いや、この二ヶ月で、おれが新撰組を裏切っていないかを確認するためか。山崎は土方の考えを読み取り、了承した。
「トシ、あれはちょっと酷なんじゃないか?山崎君を捕獲の場へ行かせるのは・・・」
山崎が沖田たちと外出した後、近藤は部屋で土方と向かい合って問いかけた。部屋にそろそろ灯りが必要になってきたほど、外は薄暗がりになってきている。
「近藤さん、わかってねぇな。山崎のためでもあるんだぜ。あいつは隊務のために百瀬の妹を利用したが、それはあいつが選んだことだぜ。それに。」
土方は、手にした湯飲みをぐっと空けた。
「・・・他にもあるがね。総司には伝えてある。」
近藤が眉をひそめて土方を見たが、それっきり土方は何も口にしなかった。
沖田率いる隊士たちは、おみつのいる長屋に到着した。そのころには、すでにあたりは暗くなっており、月も雲で隠れている今夜はお互いの姿もはっきりとはしなかった。
「おみつ。」
己を呼ぶ声を聞き、いつもどおりの笑顔を浮かべたおみつが扉を開けた。 その刹那。 どぉっと、黒い風のように隊士たちがなだれ込んだ。驚きで上がり框にへたり込んだおみつの目の前で、百瀬が隊士たちを相手に勝ち目のない応戦をしている。山崎はただ、おみつを見ていた。恐怖の張り付いた青ざめた顔に、大きく見開かれた目と、震える唇。男達の怒声を聞きながら、山崎はただおみつをみていた。 百瀬が傷を追い、動きが鈍くなったとき、沖田が動いた。隊士たちに脇へどくように合図を出すと、ゆっくりと刀を扉へ向けた。その姿は、百瀬に扉から逃げろと行っている風でもあり、百瀬は沖田の意図を計りかね、ただ喘いだ。一方、山崎は驚愕した。やっと土方の本意を確認したのだ。 お前が捕まえろ。 俺が裏切ったおみつの前で、兄の百瀬を捕獲しろということか。そして、俺に新撰組に他意なし、と証明してみろということか。 沖田の刃先を目で追って、おみつは山崎の姿を捉えた。ぽかん、とした表情で、小さく「烝さん?」とつぶやいた。
妹の前を脱兎のごとく駆け抜け、扉から飛び出した百瀬の真正面に立ちふさがるのは山崎である。山崎は刀を抜いた。百瀬は立ち止まることなく、山崎へ切りかかった。二、三度刀が鳴った後、膝をついたのは百瀬だった。
「上出来。」
いつものように明るく言って、沖田は隊士たちに百瀬を捕獲させ、ちらりと山崎を見て、「じゃ、後は頼んだよ。」と長屋を出て行った。長屋のほかの住人達は係わり合いを恐れたのではなく、ただただ恐怖で外へ顔を出すことも出来ず、長屋には闇(くら)い静寂が訪れた。地面に腰を落としたまま、おみつは山崎を見つめ続けている。
「・・・そういうことですか?」
やっと、おみつは震える唇から言葉を発したが、山崎にはそこに千もの針が含まれているように感じられた。
「あなたは・・・新撰組の隊士なんですか・・・。だから、私に・・・兄を捕らえるために、近づいて・・・」
違う。いや、そうだ。筋書きを書いたのは土方だが、それに合わせて踊った道化はこの俺だ。居場所欲しさに、新撰組と惚れた女をはかりにかけて、結局土方の思惑通りに事を運んだ。 おみつは跪づいたまま、後ろへ少し下がったが、ぐっと言う音が喉からしたと思うと、土間に吐き始めた。兄が捕獲された悲しみのためか、山崎に裏切られた悲しみのためか。それとも、兄の敵を二ヶ月も愛した自分が受け入れられなくなったのか。 山崎にはもうそれが限界だった。おみつの悲鳴のようなうめき声が聞こえなくなっても、山崎は屯所へ向かって走り続けた。
数日後、新撰組内に監察方が置かれたことを知らせる張り紙がだされた。取り仕切るのは、山崎烝である。その後、山崎は池田屋事件で要となる働きをし、新撰組内での立場を強固なものにした。 その五年後、鳥羽伏見の戦いで重傷を負い死亡するまで、山崎はおみつの長屋へ足を向けることはなかったし、また行方を探すこともしなかった。 ただ、江戸へ向かう船上で亡くなったとも、鳥羽伏見の戦中に亡くなったとも言われ、山崎の鳥羽伏見の戦いの後に関しては、今も謎が残る。
「でかしたな、山崎。2ヶ月もの間、内偵ご苦労だった。」
「いえ・・・ありがとうございます。」
「近藤さんも非常に喜んでる。捕り物が無事終われば、お前も取り立ててもらえるだろうよ。」
俺に居場所が出来る。だがそれは、おみつの信頼を犠牲にして得たものだ。
「ありがとうございます。それでは俺はこれで・・・」
部屋に戻ろうとする山崎を、土方の声が呼び止めた。
「せっかくの手柄だ。最後まで見届けてみちゃぁどうだ?総司たちと一緒に行けよ。」
思わず振り向いた山崎の目に映ったのは、土方のするどい眼光であった。 兄の捕獲を目にするおみつを見ろというのか。いや、この二ヶ月で、おれが新撰組を裏切っていないかを確認するためか。山崎は土方の考えを読み取り、了承した。
「トシ、あれはちょっと酷なんじゃないか?山崎君を捕獲の場へ行かせるのは・・・」
山崎が沖田たちと外出した後、近藤は部屋で土方と向かい合って問いかけた。部屋にそろそろ灯りが必要になってきたほど、外は薄暗がりになってきている。
「近藤さん、わかってねぇな。山崎のためでもあるんだぜ。あいつは隊務のために百瀬の妹を利用したが、それはあいつが選んだことだぜ。それに。」
土方は、手にした湯飲みをぐっと空けた。
「・・・他にもあるがね。総司には伝えてある。」
近藤が眉をひそめて土方を見たが、それっきり土方は何も口にしなかった。
沖田率いる隊士たちは、おみつのいる長屋に到着した。そのころには、すでにあたりは暗くなっており、月も雲で隠れている今夜はお互いの姿もはっきりとはしなかった。
「おみつ。」
己を呼ぶ声を聞き、いつもどおりの笑顔を浮かべたおみつが扉を開けた。 その刹那。 どぉっと、黒い風のように隊士たちがなだれ込んだ。驚きで上がり框にへたり込んだおみつの目の前で、百瀬が隊士たちを相手に勝ち目のない応戦をしている。山崎はただ、おみつを見ていた。恐怖の張り付いた青ざめた顔に、大きく見開かれた目と、震える唇。男達の怒声を聞きながら、山崎はただおみつをみていた。 百瀬が傷を追い、動きが鈍くなったとき、沖田が動いた。隊士たちに脇へどくように合図を出すと、ゆっくりと刀を扉へ向けた。その姿は、百瀬に扉から逃げろと行っている風でもあり、百瀬は沖田の意図を計りかね、ただ喘いだ。一方、山崎は驚愕した。やっと土方の本意を確認したのだ。 お前が捕まえろ。 俺が裏切ったおみつの前で、兄の百瀬を捕獲しろということか。そして、俺に新撰組に他意なし、と証明してみろということか。 沖田の刃先を目で追って、おみつは山崎の姿を捉えた。ぽかん、とした表情で、小さく「烝さん?」とつぶやいた。
妹の前を脱兎のごとく駆け抜け、扉から飛び出した百瀬の真正面に立ちふさがるのは山崎である。山崎は刀を抜いた。百瀬は立ち止まることなく、山崎へ切りかかった。二、三度刀が鳴った後、膝をついたのは百瀬だった。
「上出来。」
いつものように明るく言って、沖田は隊士たちに百瀬を捕獲させ、ちらりと山崎を見て、「じゃ、後は頼んだよ。」と長屋を出て行った。長屋のほかの住人達は係わり合いを恐れたのではなく、ただただ恐怖で外へ顔を出すことも出来ず、長屋には闇(くら)い静寂が訪れた。地面に腰を落としたまま、おみつは山崎を見つめ続けている。
「・・・そういうことですか?」
やっと、おみつは震える唇から言葉を発したが、山崎にはそこに千もの針が含まれているように感じられた。
「あなたは・・・新撰組の隊士なんですか・・・。だから、私に・・・兄を捕らえるために、近づいて・・・」
違う。いや、そうだ。筋書きを書いたのは土方だが、それに合わせて踊った道化はこの俺だ。居場所欲しさに、新撰組と惚れた女をはかりにかけて、結局土方の思惑通りに事を運んだ。 おみつは跪づいたまま、後ろへ少し下がったが、ぐっと言う音が喉からしたと思うと、土間に吐き始めた。兄が捕獲された悲しみのためか、山崎に裏切られた悲しみのためか。それとも、兄の敵を二ヶ月も愛した自分が受け入れられなくなったのか。 山崎にはもうそれが限界だった。おみつの悲鳴のようなうめき声が聞こえなくなっても、山崎は屯所へ向かって走り続けた。
数日後、新撰組内に監察方が置かれたことを知らせる張り紙がだされた。取り仕切るのは、山崎烝である。その後、山崎は池田屋事件で要となる働きをし、新撰組内での立場を強固なものにした。 その五年後、鳥羽伏見の戦いで重傷を負い死亡するまで、山崎はおみつの長屋へ足を向けることはなかったし、また行方を探すこともしなかった。 ただ、江戸へ向かう船上で亡くなったとも、鳥羽伏見の戦中に亡くなったとも言われ、山崎の鳥羽伏見の戦いの後に関しては、今も謎が残る。
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