密やかに
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実家には母の違う弟達がいる。長男の自分が継ぐはずの家は、弟の一人が継ぐのだろう。唯一見方であるはずの父も、医学を学ぶための見習い達も、使用人たちも、自分に対する態度が変わり始めた。
もう、ここには俺の居場所は無い。
山崎が新撰組に入隊したのは、文久3年のこと、芹沢一派が粛清され、新撰組を名乗り始めたころのことだった。実家を捨てるように出てきて10年近く、あちこちを旅し、住み、離れ、ついににっちもさっちもいかなくなってのことだった。正直、給金などどうでもいい。とりあえず、寝て食うことさえできればーーーー。そんな気持ちでの入隊だった。
壬生にある名士たちの家を屯所として使う新撰組は、まだ烏合の衆であった。山崎には、そう見えた。確かに、今までは芹沢一派との確執で、隊務どころではなかった。やっと落ち着いて新撰組としての働きをできるところに山崎は入隊したのだから、新撰組の幹部達も多少浮き足立っているのもやむをえなかった。 だが、そのなかでしっかり山崎を観察していた男がいる。 新撰組副長、土方歳三だった。
ある日、山崎は新撰組局長、近藤勇の部屋に呼ばれた。何も粗相はしていないはずだが、と首をひねりながら訪れると、そこには土方歳三もいた。
「山崎君、まぁそこに座ってくれ。」
いつもどおり豪快な近藤に勧められ、向かいに座る。土方は無言で山崎を見つめている。
「山崎君、君に隊務を与えようと思う。」
「俺に・・・ですか?」
意外だ、と山崎は思った。自分は新参者だし、自分より腕の立つものは他にもいる。何故自分が選ばれたのだろう?
「隊務とは、こういったものだ。長州浪人で、百瀬俊太郎という男がいる。こいつがかなりの過激派で、なにやら不穏な動きを見せているらしい。なかなか尻尾をつかませんが、こいつの妹が妙法院近くの長屋に住んでいるそうだ。時折百瀬が立ち寄るそうだから、妹も何か知っているかもしれん。妹から何とか百瀬の情報を引き出して欲しい。」
「何故・・・俺なんですか?俺はまだ入隊したばかりですし・・・」
「お前は落ち着いてる。それに色男だからな、そいつの妹にも近づきやすいだろうと思ってよ。」 始めて土方が発した言葉だった。軽口の割には、山崎を見つめる切れ長の目には、冷たいまでの光がともっていた。それを診て、山崎は理解した。つまりこれば、自分への試験なのだ。妹に近づき、百瀬を捕らえる。成功すれば、自分は新撰組で取り立てられ、失敗すれば、自分の新撰組での将来はない。 山崎に、否といえるわけはなかった。
次の日から早速山崎は隊務を開始した。まず、野菜の棒手振りにばけた。これなら歩き回っていてもおかしくないし、長屋に住むという百瀬の妹に声をかけることもできる。そのあたりを流す棒手振りの元締めには、いくらか渡して目こぼしをしてもらった。
最初の数日間は、長屋を通っても、妹を探すことはしなかった。二週間ほどして、長屋のおかみさんたちと親しく話すようになったころ、とある部屋の戸が開いて、女が出てきた。
「おやおみつちゃん、今日はまだおったん?」
「ええ、昨日は直し物が多くて、夜なべしてしまったから。」
山崎はおかみさん達に野菜を売る手を止めなかった。そして、女がそばにやってきたとき、野菜を勧める振りをして、顔を上げた。 女は、色の白い、少し寂しげな顔をしていた。歳は18,9だろうか、質素な藍染の着物姿だが、それでも山崎の目には美しく映った。
「おいしそうな野菜ね。なすを3本もらおうかな。」
「・・・はい、ただいま。」
野菜を受け取るとき、女がにっこりと笑った。寂しげな影は消え、年相応の、朗らかな表情が現れた。何かを感じた。だが、それは打ち消した。山崎は、ただ新撰組で上にあがることだけを考えた。
数日後、山崎が近藤、土方に報告したのは以下のことである。百瀬の妹の名前はおみつ。18で、繕い物をして生計を立てている。引っ越してきた当初は浪人風の兄がいたが、最近はめったに立ち寄ることはない。妹に男の影は無し、部屋が百瀬の会合などに使われている様子も無し。百瀬は妹思いで、一緒に住んでいたころはあれこれと面倒を見ていたらしいこと。
近藤たちの命で、山崎は次の計画に移った。
山崎は長屋へ寄る時間帯を、まだおみつが家にいる時間に合わせた。そして、ゆっくりと時間をかけ、おみつとの距離を縮めていった。いつしか他の長屋の者の中には、井戸の脇で楽しそうに話しこむ二人を、夫婦と間違える者もいたほどだった。そのころには、山崎もあたりまえのようにおみつの部屋の戸をあけ、上がり口に腰掛けて冷やした茶をもらうほどの仲になっていた。そして、山崎も、おみつの瞳に自分に対する想いを発見していた。そしてそれは、打ち消そうとしても、山崎の心を暖かくすることでもあった。
ある日、山崎は土方の部屋へ呼ばれた。近藤なしで会うのは初めてである。
「よくやってくれてるようだな、山崎。」
「いえ、いまのところはまだ決定的なことは何も・・・」
「まぁそうすぐには結果はでねぇだろうよ。ま、これからもがんばってくれ。」
意外にも、これで下がっていいと言われた。何のために呼ばれたのだろう?山崎が部屋を出ようとしたとき、背後から土方の声が掛けられた。
「部屋まで入ってんだから、そのまま押し倒しちまったらどうだ?」
ひやりとした。おみつとは何もないが、確かに部屋には上がっている。休憩だの、茶をもらうだの、何らかの理由を付けて。そしてそれは、土方たちには報告していないことだった。 俺を、誰かが見張っている。 つまり、そろそろ「決定打」を取って来い、ということだ。これが成功すれば、俺は新撰組で上にあがることができる。だがそれは、おみつを裏切ることになる。山崎は、その夜一晩、眠りにつくことはなかった。
もう、ここには俺の居場所は無い。
山崎が新撰組に入隊したのは、文久3年のこと、芹沢一派が粛清され、新撰組を名乗り始めたころのことだった。実家を捨てるように出てきて10年近く、あちこちを旅し、住み、離れ、ついににっちもさっちもいかなくなってのことだった。正直、給金などどうでもいい。とりあえず、寝て食うことさえできればーーーー。そんな気持ちでの入隊だった。
壬生にある名士たちの家を屯所として使う新撰組は、まだ烏合の衆であった。山崎には、そう見えた。確かに、今までは芹沢一派との確執で、隊務どころではなかった。やっと落ち着いて新撰組としての働きをできるところに山崎は入隊したのだから、新撰組の幹部達も多少浮き足立っているのもやむをえなかった。 だが、そのなかでしっかり山崎を観察していた男がいる。 新撰組副長、土方歳三だった。
ある日、山崎は新撰組局長、近藤勇の部屋に呼ばれた。何も粗相はしていないはずだが、と首をひねりながら訪れると、そこには土方歳三もいた。
「山崎君、まぁそこに座ってくれ。」
いつもどおり豪快な近藤に勧められ、向かいに座る。土方は無言で山崎を見つめている。
「山崎君、君に隊務を与えようと思う。」
「俺に・・・ですか?」
意外だ、と山崎は思った。自分は新参者だし、自分より腕の立つものは他にもいる。何故自分が選ばれたのだろう?
「隊務とは、こういったものだ。長州浪人で、百瀬俊太郎という男がいる。こいつがかなりの過激派で、なにやら不穏な動きを見せているらしい。なかなか尻尾をつかませんが、こいつの妹が妙法院近くの長屋に住んでいるそうだ。時折百瀬が立ち寄るそうだから、妹も何か知っているかもしれん。妹から何とか百瀬の情報を引き出して欲しい。」
「何故・・・俺なんですか?俺はまだ入隊したばかりですし・・・」
「お前は落ち着いてる。それに色男だからな、そいつの妹にも近づきやすいだろうと思ってよ。」 始めて土方が発した言葉だった。軽口の割には、山崎を見つめる切れ長の目には、冷たいまでの光がともっていた。それを診て、山崎は理解した。つまりこれば、自分への試験なのだ。妹に近づき、百瀬を捕らえる。成功すれば、自分は新撰組で取り立てられ、失敗すれば、自分の新撰組での将来はない。 山崎に、否といえるわけはなかった。
次の日から早速山崎は隊務を開始した。まず、野菜の棒手振りにばけた。これなら歩き回っていてもおかしくないし、長屋に住むという百瀬の妹に声をかけることもできる。そのあたりを流す棒手振りの元締めには、いくらか渡して目こぼしをしてもらった。
最初の数日間は、長屋を通っても、妹を探すことはしなかった。二週間ほどして、長屋のおかみさんたちと親しく話すようになったころ、とある部屋の戸が開いて、女が出てきた。
「おやおみつちゃん、今日はまだおったん?」
「ええ、昨日は直し物が多くて、夜なべしてしまったから。」
山崎はおかみさん達に野菜を売る手を止めなかった。そして、女がそばにやってきたとき、野菜を勧める振りをして、顔を上げた。 女は、色の白い、少し寂しげな顔をしていた。歳は18,9だろうか、質素な藍染の着物姿だが、それでも山崎の目には美しく映った。
「おいしそうな野菜ね。なすを3本もらおうかな。」
「・・・はい、ただいま。」
野菜を受け取るとき、女がにっこりと笑った。寂しげな影は消え、年相応の、朗らかな表情が現れた。何かを感じた。だが、それは打ち消した。山崎は、ただ新撰組で上にあがることだけを考えた。
数日後、山崎が近藤、土方に報告したのは以下のことである。百瀬の妹の名前はおみつ。18で、繕い物をして生計を立てている。引っ越してきた当初は浪人風の兄がいたが、最近はめったに立ち寄ることはない。妹に男の影は無し、部屋が百瀬の会合などに使われている様子も無し。百瀬は妹思いで、一緒に住んでいたころはあれこれと面倒を見ていたらしいこと。
近藤たちの命で、山崎は次の計画に移った。
山崎は長屋へ寄る時間帯を、まだおみつが家にいる時間に合わせた。そして、ゆっくりと時間をかけ、おみつとの距離を縮めていった。いつしか他の長屋の者の中には、井戸の脇で楽しそうに話しこむ二人を、夫婦と間違える者もいたほどだった。そのころには、山崎もあたりまえのようにおみつの部屋の戸をあけ、上がり口に腰掛けて冷やした茶をもらうほどの仲になっていた。そして、山崎も、おみつの瞳に自分に対する想いを発見していた。そしてそれは、打ち消そうとしても、山崎の心を暖かくすることでもあった。
ある日、山崎は土方の部屋へ呼ばれた。近藤なしで会うのは初めてである。
「よくやってくれてるようだな、山崎。」
「いえ、いまのところはまだ決定的なことは何も・・・」
「まぁそうすぐには結果はでねぇだろうよ。ま、これからもがんばってくれ。」
意外にも、これで下がっていいと言われた。何のために呼ばれたのだろう?山崎が部屋を出ようとしたとき、背後から土方の声が掛けられた。
「部屋まで入ってんだから、そのまま押し倒しちまったらどうだ?」
ひやりとした。おみつとは何もないが、確かに部屋には上がっている。休憩だの、茶をもらうだの、何らかの理由を付けて。そしてそれは、土方たちには報告していないことだった。 俺を、誰かが見張っている。 つまり、そろそろ「決定打」を取って来い、ということだ。これが成功すれば、俺は新撰組で上にあがることができる。だがそれは、おみつを裏切ることになる。山崎は、その夜一晩、眠りにつくことはなかった。
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