下げ緒
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その日、俺は調子が悪かった。雨は降り続くし、かといって気温が下がるわけでもなし、ジメジメした天気は俺の最も嫌うところだ。なのに、あれやこれやと組長の俺には仕事が舞い込む。なので、俺は屯所の中で人のいない部屋を探して、こっそり隠れた。使わなくなった家具などが置いてある部屋で、隠れるにはもってこいだ。俺は箪笥や屏風の後ろに寝っ転がって、しばらくぼんやりしていた。
どれくらいしたのか、隣の部屋で声がした。ふすまで仕切ってあるだけだから、声がはっきりと聞こえる。新撰組お抱え医師として働く千鶴ちゃんと、数人の女の声。ああ、屯所で働く下女たちだな、と気づいたとき、今朝千鶴ちゃんが下女たちの健康診断をするといっていたのを思い出した。 別にそこまでする義務もないだろうが、まぁ女同士仲もいいんだろう。俺はワイワイにぎやかな女たちの声を聞きながら、少しうとうとし始めた。
「で、先生はどなたがお好きなん?」
思わず目を開けた。いつの間にやら隣の部屋では女たちが好いた惚れたの話をしている。
「うちはやっぱり原田せんせがええわぁ。髪の間から見える瞳が色っぽいもん」
「うちは斎藤せんせ。冷たいようやけど、実はウブなんとちゃうやろか」
千鶴ちゃんは仕事に熱中しているようだが、女たちがいろいろと品定めを始める。俺はふと先日のことを思い出した。 新撰組の仲間たちと島原に行った時だ。夜中に喉が渇いて階下へ降りていき誰か探していると、どこからか女たちが話すのが聞こえてきた。
「今夜も原田せんせは人気やなぁ」
「そりゃあないに色っぽいお人は姐さんたちもほっとかんやろ。土方はんも相変わらずむすっとしてはるけど、やっぱり素敵やわぁ」
俺たちのことを話しているとわかり、声をかけるのもはばかられてそこに立っていた。すると一人の女が俺の名前を出した。
「永倉はんは相変わらずやな」
「ふふ、ほんまや。面白いお人なんやけどなぁ」
「それだけやわ。どうこうなろうとは思わへん。お調子もんやさかいに」
正直、それを聞いても俺は別に怒りもしなかった。嫌われるよりはいいじゃねぇか。それに、俺も自分ってものをわかってる。 左之の色気は別格として、近藤さんはあの純粋なところが受けるし、土方さんは役者みてぇだ。斎藤は真面目そうなところがいいんだろうし、沖田は年上の妓達に人気だ。平助もあの元気さでかわいがられているし、山南さんの博識ぶりも受けがいい。俺は気の利いたことも言えねぇし、ま、お調子もんってのが妥当なとこだな。 俺はそんなことを考えながら、懐手をしてつったってたわけだ。
隣の部屋から聞こえてくる声を聞きながら、なんだかあのときみたいだな、と苦笑する。女たちはいつの間にか隊士たちの品定めを始めていて、ここでもやはり俺はお調子もんで、色恋の対象ではないようだった。 女たちが千鶴ちゃんに気に入った男はいないのかと、くどく聞く。千鶴ちゃんが困っているのが伝わってくる。別に誰が誰を好きでもいいが、俺が聞くのは申し訳ねぇな、と思い、そっと部屋を出ようと立ち上がった時だ。
「お慕いしているというのではないですが」
千鶴ちゃんの声がした。
「永倉先生は、そんなに情けない方ではないですよ」
俺は思わず足を止めた。
「ええ!?先生、永倉先生がお好きなん?」
「ですから、そういうのでは・・・」
クスクスと困ったように笑いながら、千鶴ちゃんが話し始めた。
「ああ見えて、かなり豪胆で冷静な方だそうですよ。一度斎藤先生が教えてくださったんですが、新撰組に長州の間者が入ったそうで、その様子を探るようにと、永倉先生がその間者達を飲みに誘われたそうです。結局、刀を店に預けて丸腰でお酒を飲まれて、朝まで熟睡されたそうです」
斎藤の奴、変なことを話してやがる。
「池田屋でも土方先生の隊が来るまで一階をお一人で守り抜かれたそうですし、まともにやりあっては勝てるかどうかわからない、と斎藤先生もおっしゃってました」
俺は意外な気持ちで千鶴ちゃんの話を聞いた。斎藤がそんなことを言っていたのか。斎藤の居合にこそ俺は勝てる気がしないのだが、意外な評価だと思った。
「いやぁ、先生べた褒めやないどすか。やっぱり先生は永倉先生のこと、お好きなんとちゃいます?」
女たちが囃し立て、困ったように千鶴ちゃんが否定する。俺はそっとふすまを開けて、隣の部屋から廊下に出て立ち去った。
それから俺は何となく千鶴ちゃんを目で追うようになった。別に惚れたってわけじゃない、ただ自分を高く評価してくれるのがうれしかったし、ありがたかった。 だからと言って、そのあと何があったわけでもなかった。あいもかわらずこちらは忙しいし、千鶴ちゃんも孤軍奮闘していた。
そんな時に、俺の組下の平隊士が死んだ。よく気の回るやつで、俺に似てお調子者だったが、二番組隊士としてふさわしい剣の技術を持った男だった。 ケガをしたあいつを屯所に運び込んで千鶴ちゃんに診てもらったが、手のつくしようもなかったらしい。あっけなく死んだ。 その夜、おれはぼんやり縁側に座って空を見ていた。新撰組に入るのを親に止められたとか、今は新撰組で活躍する自分を誇りに思ってくれている、と親のことを話していたあいつの顔が浮かんだ。そして、先ほど遺体を引き取りに来たあいつの親の顔。泣きすぎて体がしぼんだかのようだった。
俺はそんなことを思い出しながらぼんやりしていたので、いつの間にか庭に千鶴ちゃんが立っていることに気がつかなかった。 あ、と俺が顔をあげると、千鶴ちゃんは弱い笑みを浮かべて、俺の隣に座った。
俺たちは黙って夜空を見上げていた。千鶴ちゃんの俺の評価は豪胆で冷静だったが、そこに女々しいってのがはいらねぇといいな、と思いながら、俺は死んだ隊士のことを思い続けた。
その後から、俺たちはよく話すようになった。仕事のことや、町のこと、たわいもない話から、時には他の奴らも連れて甘味処へ行くこともあった。俺はただ、いい子だと思ってただけだった。そのつもりだったんだが。
ある時、屯所の廊下を歩いていると人気のない場所で千鶴ちゃんが見えた。こんなところで、と声をかけようとすると、隣に原田がいた。俺は思わず声をのみこんだ。千鶴ちゃんが何か手に持った小さな袋の中を原田にのぞかせて、二人で目を合わせて微笑む。その様子がなんだかひどく親しげで、俺はああ、あの二人はそういう仲か、と納得したと同時に、胸に斬られたような痛みが走った。 二人に気付かれないようにそっとその場を離れる。ああ、そういうことか、と俺は納得した。そうだよな、左之じゃぁな、と俺は呟いた。その時、俺はいつの間にか千鶴ちゃんに惚れていたことに気が付いた。
次の日、俺はあまり千鶴ちゃんと話さないようにした。別にへそを曲げたとかそういうくだらない話じゃねぇ。もう左之のもんなら、俺がそばに寄ったら左之もいい気がしねぇだろう。そう思ったからだ。だが昼過ぎに俺が隊務から戻ってきたら、千鶴ちゃんが部屋にやってきた。 隊服を脱ごうとしていた俺はちょっと焦って、焦った自分がばかばかしくて、苦笑しながら千鶴ちゃんの前に立った。 千鶴ちゃんが小さな紙包みを俺に見せた。
「これ、永倉先生に・・・」
見ると、顔を真っ赤にしている。その紙袋は、昨日原田に見せていたものだ。
「これ、左之の・・・」
俺は思わずつぶやいた。千鶴ちゃんは顔をあげて、ご存じなんですか?と言った。
「原田先生に、取りに行ってもらったんです。忙しくてなかなか取りに行けなくて、原田先生の隊務のついでに・・・。でも、注文はちゃんと私がお店まで行ってしました!」
一生懸命説明してくるが、いったい何のことかわからねぇ。差し出す袋を受け取って、中をのぞいた。 緑色の、下げ緒だった。
「永倉先生、先日下げ緒が傷んできたとおっしゃっていたので・・・。先生は緑色がお好きなようなので、先生の使われている手拭いと似た色に作ってもらって・・・」
しどろもどろに説明する千鶴ちゃんが可愛かった。俺は部屋の刀掛けを振り返った。愛刀の下げ緒は長いこと使ったもので、確かに痛み始めていた。そういえば、そんなことをいったな・・・と、やっと思い出した。
「あの、すみません、それではこれで・・・」
千鶴ちゃんは顔を伏せて、慌てた様子で戻っていった。 俺は一人部屋に残り、着替えを終えて部屋の真ん中に刀を抱えて座った。傷んだ下げ緒をはずし、千鶴ちゃんからもらった緑の下げ緒を巻き始めた。千鶴ちゃんの顔を思い浮かべた。 礼を言えなかったな。きっと、余計なことをしたと思って後悔しているかもしれない。土方さんや左之ならうまいこと言ってやって、喜ばせるんだろうな。俺はその辺が下手なんだ。
きっちりと下げ緒を巻いていく。 でも、俺がこんななのは昔からで、そんな俺を千鶴ちゃんは褒めてくれたんだ。俺が唯一自慢できる剣の腕前もほめてくれた。 巻き終えた下げ緒は鈍く緑色に光って、無骨だが俺の手になじむ愛刀にぴったり合っている。 俺は刀を刀掛けに戻した。
明日、千鶴ちゃんに礼を言おう。そして、今まで以上に隊務をこなし、剣の腕を磨こう。千鶴ちゃんの赤い顔を思い出した。外では雨が降っている。生まれて初めて、雨がいい思い出になりそうだった。
どれくらいしたのか、隣の部屋で声がした。ふすまで仕切ってあるだけだから、声がはっきりと聞こえる。新撰組お抱え医師として働く千鶴ちゃんと、数人の女の声。ああ、屯所で働く下女たちだな、と気づいたとき、今朝千鶴ちゃんが下女たちの健康診断をするといっていたのを思い出した。 別にそこまでする義務もないだろうが、まぁ女同士仲もいいんだろう。俺はワイワイにぎやかな女たちの声を聞きながら、少しうとうとし始めた。
「で、先生はどなたがお好きなん?」
思わず目を開けた。いつの間にやら隣の部屋では女たちが好いた惚れたの話をしている。
「うちはやっぱり原田せんせがええわぁ。髪の間から見える瞳が色っぽいもん」
「うちは斎藤せんせ。冷たいようやけど、実はウブなんとちゃうやろか」
千鶴ちゃんは仕事に熱中しているようだが、女たちがいろいろと品定めを始める。俺はふと先日のことを思い出した。 新撰組の仲間たちと島原に行った時だ。夜中に喉が渇いて階下へ降りていき誰か探していると、どこからか女たちが話すのが聞こえてきた。
「今夜も原田せんせは人気やなぁ」
「そりゃあないに色っぽいお人は姐さんたちもほっとかんやろ。土方はんも相変わらずむすっとしてはるけど、やっぱり素敵やわぁ」
俺たちのことを話しているとわかり、声をかけるのもはばかられてそこに立っていた。すると一人の女が俺の名前を出した。
「永倉はんは相変わらずやな」
「ふふ、ほんまや。面白いお人なんやけどなぁ」
「それだけやわ。どうこうなろうとは思わへん。お調子もんやさかいに」
正直、それを聞いても俺は別に怒りもしなかった。嫌われるよりはいいじゃねぇか。それに、俺も自分ってものをわかってる。 左之の色気は別格として、近藤さんはあの純粋なところが受けるし、土方さんは役者みてぇだ。斎藤は真面目そうなところがいいんだろうし、沖田は年上の妓達に人気だ。平助もあの元気さでかわいがられているし、山南さんの博識ぶりも受けがいい。俺は気の利いたことも言えねぇし、ま、お調子もんってのが妥当なとこだな。 俺はそんなことを考えながら、懐手をしてつったってたわけだ。
隣の部屋から聞こえてくる声を聞きながら、なんだかあのときみたいだな、と苦笑する。女たちはいつの間にか隊士たちの品定めを始めていて、ここでもやはり俺はお調子もんで、色恋の対象ではないようだった。 女たちが千鶴ちゃんに気に入った男はいないのかと、くどく聞く。千鶴ちゃんが困っているのが伝わってくる。別に誰が誰を好きでもいいが、俺が聞くのは申し訳ねぇな、と思い、そっと部屋を出ようと立ち上がった時だ。
「お慕いしているというのではないですが」
千鶴ちゃんの声がした。
「永倉先生は、そんなに情けない方ではないですよ」
俺は思わず足を止めた。
「ええ!?先生、永倉先生がお好きなん?」
「ですから、そういうのでは・・・」
クスクスと困ったように笑いながら、千鶴ちゃんが話し始めた。
「ああ見えて、かなり豪胆で冷静な方だそうですよ。一度斎藤先生が教えてくださったんですが、新撰組に長州の間者が入ったそうで、その様子を探るようにと、永倉先生がその間者達を飲みに誘われたそうです。結局、刀を店に預けて丸腰でお酒を飲まれて、朝まで熟睡されたそうです」
斎藤の奴、変なことを話してやがる。
「池田屋でも土方先生の隊が来るまで一階をお一人で守り抜かれたそうですし、まともにやりあっては勝てるかどうかわからない、と斎藤先生もおっしゃってました」
俺は意外な気持ちで千鶴ちゃんの話を聞いた。斎藤がそんなことを言っていたのか。斎藤の居合にこそ俺は勝てる気がしないのだが、意外な評価だと思った。
「いやぁ、先生べた褒めやないどすか。やっぱり先生は永倉先生のこと、お好きなんとちゃいます?」
女たちが囃し立て、困ったように千鶴ちゃんが否定する。俺はそっとふすまを開けて、隣の部屋から廊下に出て立ち去った。
それから俺は何となく千鶴ちゃんを目で追うようになった。別に惚れたってわけじゃない、ただ自分を高く評価してくれるのがうれしかったし、ありがたかった。 だからと言って、そのあと何があったわけでもなかった。あいもかわらずこちらは忙しいし、千鶴ちゃんも孤軍奮闘していた。
そんな時に、俺の組下の平隊士が死んだ。よく気の回るやつで、俺に似てお調子者だったが、二番組隊士としてふさわしい剣の技術を持った男だった。 ケガをしたあいつを屯所に運び込んで千鶴ちゃんに診てもらったが、手のつくしようもなかったらしい。あっけなく死んだ。 その夜、おれはぼんやり縁側に座って空を見ていた。新撰組に入るのを親に止められたとか、今は新撰組で活躍する自分を誇りに思ってくれている、と親のことを話していたあいつの顔が浮かんだ。そして、先ほど遺体を引き取りに来たあいつの親の顔。泣きすぎて体がしぼんだかのようだった。
俺はそんなことを思い出しながらぼんやりしていたので、いつの間にか庭に千鶴ちゃんが立っていることに気がつかなかった。 あ、と俺が顔をあげると、千鶴ちゃんは弱い笑みを浮かべて、俺の隣に座った。
俺たちは黙って夜空を見上げていた。千鶴ちゃんの俺の評価は豪胆で冷静だったが、そこに女々しいってのがはいらねぇといいな、と思いながら、俺は死んだ隊士のことを思い続けた。
その後から、俺たちはよく話すようになった。仕事のことや、町のこと、たわいもない話から、時には他の奴らも連れて甘味処へ行くこともあった。俺はただ、いい子だと思ってただけだった。そのつもりだったんだが。
ある時、屯所の廊下を歩いていると人気のない場所で千鶴ちゃんが見えた。こんなところで、と声をかけようとすると、隣に原田がいた。俺は思わず声をのみこんだ。千鶴ちゃんが何か手に持った小さな袋の中を原田にのぞかせて、二人で目を合わせて微笑む。その様子がなんだかひどく親しげで、俺はああ、あの二人はそういう仲か、と納得したと同時に、胸に斬られたような痛みが走った。 二人に気付かれないようにそっとその場を離れる。ああ、そういうことか、と俺は納得した。そうだよな、左之じゃぁな、と俺は呟いた。その時、俺はいつの間にか千鶴ちゃんに惚れていたことに気が付いた。
次の日、俺はあまり千鶴ちゃんと話さないようにした。別にへそを曲げたとかそういうくだらない話じゃねぇ。もう左之のもんなら、俺がそばに寄ったら左之もいい気がしねぇだろう。そう思ったからだ。だが昼過ぎに俺が隊務から戻ってきたら、千鶴ちゃんが部屋にやってきた。 隊服を脱ごうとしていた俺はちょっと焦って、焦った自分がばかばかしくて、苦笑しながら千鶴ちゃんの前に立った。 千鶴ちゃんが小さな紙包みを俺に見せた。
「これ、永倉先生に・・・」
見ると、顔を真っ赤にしている。その紙袋は、昨日原田に見せていたものだ。
「これ、左之の・・・」
俺は思わずつぶやいた。千鶴ちゃんは顔をあげて、ご存じなんですか?と言った。
「原田先生に、取りに行ってもらったんです。忙しくてなかなか取りに行けなくて、原田先生の隊務のついでに・・・。でも、注文はちゃんと私がお店まで行ってしました!」
一生懸命説明してくるが、いったい何のことかわからねぇ。差し出す袋を受け取って、中をのぞいた。 緑色の、下げ緒だった。
「永倉先生、先日下げ緒が傷んできたとおっしゃっていたので・・・。先生は緑色がお好きなようなので、先生の使われている手拭いと似た色に作ってもらって・・・」
しどろもどろに説明する千鶴ちゃんが可愛かった。俺は部屋の刀掛けを振り返った。愛刀の下げ緒は長いこと使ったもので、確かに痛み始めていた。そういえば、そんなことをいったな・・・と、やっと思い出した。
「あの、すみません、それではこれで・・・」
千鶴ちゃんは顔を伏せて、慌てた様子で戻っていった。 俺は一人部屋に残り、着替えを終えて部屋の真ん中に刀を抱えて座った。傷んだ下げ緒をはずし、千鶴ちゃんからもらった緑の下げ緒を巻き始めた。千鶴ちゃんの顔を思い浮かべた。 礼を言えなかったな。きっと、余計なことをしたと思って後悔しているかもしれない。土方さんや左之ならうまいこと言ってやって、喜ばせるんだろうな。俺はその辺が下手なんだ。
きっちりと下げ緒を巻いていく。 でも、俺がこんななのは昔からで、そんな俺を千鶴ちゃんは褒めてくれたんだ。俺が唯一自慢できる剣の腕前もほめてくれた。 巻き終えた下げ緒は鈍く緑色に光って、無骨だが俺の手になじむ愛刀にぴったり合っている。 俺は刀を刀掛けに戻した。
明日、千鶴ちゃんに礼を言おう。そして、今まで以上に隊務をこなし、剣の腕を磨こう。千鶴ちゃんの赤い顔を思い出した。外では雨が降っている。生まれて初めて、雨がいい思い出になりそうだった。
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