紫陽花
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「梅雨」の続きです
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しとしとと降る雨の中、千鶴は屯所を出た。右手に傘を差し、左手には小ぶりの籠と、紫陽花の花を抱えている。道中の八百屋で少し野菜を買い足して籠に入れ、道中を急ぐ。 角を曲がって目当ての家に着くと、鍵を取り出して戸を開けた。一番奥にある台所に行き、籠から野菜をだし、紫陽花を飾る花瓶を探したが見当たらないので、とりあえず手桶に水を張って入れておいた。
ふすまがすっとあく音がして、声がかかる。
「千鶴ちゃん、もうそんな時間かぁ」
寝ていたのだろう、寝間着姿の永倉が顔を出した。二番組は夜勤だったので、朝方から寝て今起きたらしい。今夜は非番だから、ゆっくり寝られたのかすっきりした顔をしていた。
「おはようございます、先生。よくお休みになれましたか?」
「ああ、寝すぎちまったかもな。今夜寝られねぇと明日がつらいぜ」
そういって流しで顔を洗う。千鶴は永倉のために水を流し、手拭いを渡した。 ・・・ちょっと・・・新婚っぽい・・・。 自分の考えにぼっと顔が赤くなる。新婚も何も、単に食事を作りに来ているだけで、それもまだ4回目だ。千鶴も忙しいので、そうしばしば来られるわけでもないし、なにより永倉の休息所は屯所に近いので、ほかの隊士に見られてあらぬ噂を立てられるのは永倉に申し訳ない。なので五,六日に一度来られれば良いほうだった。
「紫陽花か。千鶴ちゃんが持ってきたのか?」
「あ、はい、屯所に咲いていたので、きれいだと思いまして・・・」
千鶴ちゃん。食事を作るようになってから、永倉の自分の呼び方が変わった。今まで先生だったのが、名前にちゃん付けは少し格上げだろうか。それにも面映ゆい気がして、また赤くなる。 別に何が変わったわけでもないけど・・・。
「ししとうがありましたので、求めてきました。永倉先生、お好きですか?」
「おう、いいな。うまい酒と一緒に・・・」
玄関で、声がした。
「ここか、永倉君の休息所は」
・・・近藤局長!? 永倉と思わず顔を見合わせる。
「あんたも物好きだな近藤さん。あんたが足を運ばんでも新八に酒の席を用意させりゃぁいいじゃねぇか」
・・・土方副長まで!?
「いやいや、そんなちゃんとした席でなくても、ただ一目お相手を見てみたいものだと・・・」
二人してオロオロとあたりを見回す。
「永倉君、いるかい?」
声がかかる。慌てて部屋に上がるが、そこでは玄関から見えてしまう。 玄関の扉に手がかかるのがわかる。永倉が急いで千鶴の腕をつかんで隣の部屋に入ってふすまを閉めるのと、扉が引き開けられるのとはほぼ同時だった。
「・・・永倉君、いないかい?物騒だな、鍵もかけず・・・」
とりあえずホッとしたが、周りを見て思わず固まる。先ほどまで永倉が寝ていた布団が床にひかれたままで、なんだか・・・。千鶴はうつむいてまたしても真っ赤になった。とても顔をあげて永倉を見れない。 土方の声が聞こえる。
「寝てんじゃねぇのか?夜勤だったろ、新八は」
そういって、隣の部屋に人が上がった気配がする。
「・・・!」
永倉が掴んだままだった千鶴の腕を再度引っ張り、押入れの扉を開けると二人で飛び込んだ。
「なんだ、いねぇ。近藤さん、こっちにもいねぇよ。でもさっきまでいたみたいだけどな」
永倉と千鶴は押入れの中で隣同士でしゃがんでいる。永倉が扉を糸ほどの細さで引いて、外の様子を見る。ほんの少し光が差し込んで、ぼんやりと永倉の輪郭が分かるくらいになった。 近藤が少し待とう、と言っているのが聞こえる。今しばらくここでこうして待つしかなさそうだ。千鶴はそっと永倉を盗み見た。扉の隙間から外の様子をうかがっている永倉の横顔は屯所で馬鹿話をしているときとは大違いで、凛としていて、男っぽかった。こうしてそばでしゃがんでいると、永倉の体温が感じられる。なんとなく気はずかしくて、少し身じろぎをした。
「千鶴ちゃん、ごめんな。こんなとこに隠れる羽目になっちまって」
永倉が前を見たまま、つぶやいた。
「い、いえ。私がお願いしてお料理を作らせてもらってるんですから。私こそすみません、こんなことばれたら大変ですよね、何もやましいことはないのに・・・」
そういった時だった。 永倉がそっと扉を閉めた。暗闇が二人を飲み込む。 永倉の腕が千鶴の肩にまわされた。
「俺はやましいことがあるから、こうして隠れてんだよ・・・」
そういうと、そっと千鶴を引き寄せる。 千鶴の思考が止まった。なんといえばいいんだろう。今の言葉は素直に受け取っていいんだろうか。いつもの永倉のからかいだろうか。ただどきどきと心臓の鼓動が耳に大きく響く。永倉に聞こえないだろうか、とぼんやりとしびれた頭で思った時だった。
「近藤さんよ、もうそろそろいこうぜ。台所に夕飯の材料はあるが、手を付けてねぇ。大方、どっかに食べに出かけたんだろうよ」
「残念だな。今度はぜひ会わせてもらいたいもんだ」
永倉の腕が離れた。永倉がそっと扉を少し開ける。
「二人ともやっと帰るみたいだな」
そういって千鶴ににっこり笑った顔は、いつもの明るい笑顔だった。 近藤と土方が玄関から出ていく音がする。ふぅ、と息を吐いて押入れから這い出た時だった。
「紫陽花がきれいだなぁ」
ぼそりと土方が言い捨てて扉を閉めた。固まる千鶴を不思議そうに永倉が見る。
「・・・私・・・。あの紫陽花、屯所の中庭からとってきたんです。土方さんのお部屋の前の・・・」
「・・・・」
屯所に帰ってからのことを想像して、永倉も千鶴もただ無言で立ち尽くした。
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続きは「芙蓉」で
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しとしとと降る雨の中、千鶴は屯所を出た。右手に傘を差し、左手には小ぶりの籠と、紫陽花の花を抱えている。道中の八百屋で少し野菜を買い足して籠に入れ、道中を急ぐ。 角を曲がって目当ての家に着くと、鍵を取り出して戸を開けた。一番奥にある台所に行き、籠から野菜をだし、紫陽花を飾る花瓶を探したが見当たらないので、とりあえず手桶に水を張って入れておいた。
ふすまがすっとあく音がして、声がかかる。
「千鶴ちゃん、もうそんな時間かぁ」
寝ていたのだろう、寝間着姿の永倉が顔を出した。二番組は夜勤だったので、朝方から寝て今起きたらしい。今夜は非番だから、ゆっくり寝られたのかすっきりした顔をしていた。
「おはようございます、先生。よくお休みになれましたか?」
「ああ、寝すぎちまったかもな。今夜寝られねぇと明日がつらいぜ」
そういって流しで顔を洗う。千鶴は永倉のために水を流し、手拭いを渡した。 ・・・ちょっと・・・新婚っぽい・・・。 自分の考えにぼっと顔が赤くなる。新婚も何も、単に食事を作りに来ているだけで、それもまだ4回目だ。千鶴も忙しいので、そうしばしば来られるわけでもないし、なにより永倉の休息所は屯所に近いので、ほかの隊士に見られてあらぬ噂を立てられるのは永倉に申し訳ない。なので五,六日に一度来られれば良いほうだった。
「紫陽花か。千鶴ちゃんが持ってきたのか?」
「あ、はい、屯所に咲いていたので、きれいだと思いまして・・・」
千鶴ちゃん。食事を作るようになってから、永倉の自分の呼び方が変わった。今まで先生だったのが、名前にちゃん付けは少し格上げだろうか。それにも面映ゆい気がして、また赤くなる。 別に何が変わったわけでもないけど・・・。
「ししとうがありましたので、求めてきました。永倉先生、お好きですか?」
「おう、いいな。うまい酒と一緒に・・・」
玄関で、声がした。
「ここか、永倉君の休息所は」
・・・近藤局長!? 永倉と思わず顔を見合わせる。
「あんたも物好きだな近藤さん。あんたが足を運ばんでも新八に酒の席を用意させりゃぁいいじゃねぇか」
・・・土方副長まで!?
「いやいや、そんなちゃんとした席でなくても、ただ一目お相手を見てみたいものだと・・・」
二人してオロオロとあたりを見回す。
「永倉君、いるかい?」
声がかかる。慌てて部屋に上がるが、そこでは玄関から見えてしまう。 玄関の扉に手がかかるのがわかる。永倉が急いで千鶴の腕をつかんで隣の部屋に入ってふすまを閉めるのと、扉が引き開けられるのとはほぼ同時だった。
「・・・永倉君、いないかい?物騒だな、鍵もかけず・・・」
とりあえずホッとしたが、周りを見て思わず固まる。先ほどまで永倉が寝ていた布団が床にひかれたままで、なんだか・・・。千鶴はうつむいてまたしても真っ赤になった。とても顔をあげて永倉を見れない。 土方の声が聞こえる。
「寝てんじゃねぇのか?夜勤だったろ、新八は」
そういって、隣の部屋に人が上がった気配がする。
「・・・!」
永倉が掴んだままだった千鶴の腕を再度引っ張り、押入れの扉を開けると二人で飛び込んだ。
「なんだ、いねぇ。近藤さん、こっちにもいねぇよ。でもさっきまでいたみたいだけどな」
永倉と千鶴は押入れの中で隣同士でしゃがんでいる。永倉が扉を糸ほどの細さで引いて、外の様子を見る。ほんの少し光が差し込んで、ぼんやりと永倉の輪郭が分かるくらいになった。 近藤が少し待とう、と言っているのが聞こえる。今しばらくここでこうして待つしかなさそうだ。千鶴はそっと永倉を盗み見た。扉の隙間から外の様子をうかがっている永倉の横顔は屯所で馬鹿話をしているときとは大違いで、凛としていて、男っぽかった。こうしてそばでしゃがんでいると、永倉の体温が感じられる。なんとなく気はずかしくて、少し身じろぎをした。
「千鶴ちゃん、ごめんな。こんなとこに隠れる羽目になっちまって」
永倉が前を見たまま、つぶやいた。
「い、いえ。私がお願いしてお料理を作らせてもらってるんですから。私こそすみません、こんなことばれたら大変ですよね、何もやましいことはないのに・・・」
そういった時だった。 永倉がそっと扉を閉めた。暗闇が二人を飲み込む。 永倉の腕が千鶴の肩にまわされた。
「俺はやましいことがあるから、こうして隠れてんだよ・・・」
そういうと、そっと千鶴を引き寄せる。 千鶴の思考が止まった。なんといえばいいんだろう。今の言葉は素直に受け取っていいんだろうか。いつもの永倉のからかいだろうか。ただどきどきと心臓の鼓動が耳に大きく響く。永倉に聞こえないだろうか、とぼんやりとしびれた頭で思った時だった。
「近藤さんよ、もうそろそろいこうぜ。台所に夕飯の材料はあるが、手を付けてねぇ。大方、どっかに食べに出かけたんだろうよ」
「残念だな。今度はぜひ会わせてもらいたいもんだ」
永倉の腕が離れた。永倉がそっと扉を少し開ける。
「二人ともやっと帰るみたいだな」
そういって千鶴ににっこり笑った顔は、いつもの明るい笑顔だった。 近藤と土方が玄関から出ていく音がする。ふぅ、と息を吐いて押入れから這い出た時だった。
「紫陽花がきれいだなぁ」
ぼそりと土方が言い捨てて扉を閉めた。固まる千鶴を不思議そうに永倉が見る。
「・・・私・・・。あの紫陽花、屯所の中庭からとってきたんです。土方さんのお部屋の前の・・・」
「・・・・」
屯所に帰ってからのことを想像して、永倉も千鶴もただ無言で立ち尽くした。
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続きは「芙蓉」で
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