発見
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その夜、いつもなら医務室で片づけをしている時間に千鶴は道場のほうへ行ってみた。別に永倉先生のことを気にしてるんじゃなくて、井上先生に言われたから・・・などといいわけしながら。
道場の窓が、ほんの少しだが明るくなっている。誰かがろうそくの灯を持ち込んでいるのだろう。窓の外に立ち、そっと中を覗き込んでみる。
一瞬、呼吸が止まったようだった。 暗がりの中、揺れるろうそくの頼りなげな灯りの中、永倉が一心不乱に剣を振っている。剣を振るたび、びゅっと音がする。相当長い間振り続けているのだろう、汗が顔を伝い、首を伝って稽古着をひどく濡らしている。思わず我を忘れ、じっと永倉を見つめていたが、永倉が急に動きを止めた。
どきっとして窓から体を離すと、中から「誰だ?」と誰何する声がする。どぎまぎしながら、千鶴です、と小声で答える。 床を踏む音がして、窓の向こうに永倉の顔がのぞいた。
「なんだ、どうした千鶴先生?道場なんかになんか用かい?」
少し微笑む表情で、軽く首をかしげるように問いかける。その表情は、いつものように千鶴をからかうときとは違って、落ち着いた大人の男のものだった。
「・・・いえ・・・。すみませんでした・・・」
「あ?なんだよ、俺なんか千鶴先生に悪いことされたのか?」
変だぜ先生、と笑いながら、永倉は稽古着の帯を外した。
「永倉先生、もうお仕舞ですか?」
「ああ、さすがにそろそろ休まねぇと、明日の隊務に響くからな」
永倉はろうそくの明かりを消し、出口へとやってきた。帯を外したせいで、稽古着の前がはだけていつも自慢している腹筋があらわになっている。その体も汗まみれだった。
「永倉先生・・・相当練習されたんですか・・・?」
「うん?まぁ、半刻ほどかな?」
「いつも・・・毎晩、練習されてるんですか?」
「見回りがあると無理だけどな。まぁ俺は剣術バカだから。知ってんだろうけど」
そういって、永倉は汗を流すつもりだろう、裏庭の井戸のほうへ足をむける。千鶴も思わず後をつけるような形で一緒に来てしまった。
「…先生?」
永倉が振り返った。なんでここに来たんだ?という顔で見る。
「あ、あの・・・!」
自分でも気づかないうちに、千鶴は声をあげた。
「えっと、お背中、お拭きします!」
永倉は千鶴の勢いに押されるように、お、おう、それじゃ、と手拭いを渡した。 井戸から水をくみ上げ、永倉の持っていた盥に空ける。5月の夜のことで、井戸水は冷たかったが、手拭いを浸して永倉の背中にあてると、ああ、気持ちいいぜ!と永倉がうめいた。 月の明かりで見ると、永倉の体にはいくつもの刀傷があった。確かに、不逞浪士の捕縛数は二番組がかなり多い。その分けが人も増えるが、千鶴は永倉の刀傷を手当てした覚えがあまりなかった。 そのことを口にすると、永倉はへへ、と照れ臭そうに笑った。
「ま、大した傷じゃねぇし、何より千鶴先生の手前みっともねぇしな。山崎にいつも頼んでんだ」
千鶴はしばらく無言で永倉の汗を拭いたが、ふと手を止めると、小さくつぶやいた。
「すみませんでした」
井上が「努力の人」と言っていたことを思い出す。自分は永倉をひょうきんなお調子者として扱っていたが、実際は誰よりも努力して、新撰組でも一番と井上に言わしめるほどの実力者になるほどの男だったのだ。 永倉が千鶴を振り返る。千鶴はうつむいているので、表情が読めない。永倉が少ししゃがみ、千鶴の顔を覗き込むようにして、大丈夫か?と問いかけて・・・
「・・・・どうした、先生?」
顔をあげた千鶴の顔は、月夜にも真っ赤になっているのが分かる。
「…先生?」
ぽかんとする永倉を前に、千鶴は真っ赤な顔を背けて、小声でなんでもありません、とつぶやき、手拭いを永倉に押し返すと、お休みなさいませ!と叫んで走り去った。 手拭いを握りしめたまま、あっけにとられて動けない永倉を後に残して。 ぱたぱたと廊下を走って、自室に飛び込んだ。荒い息をつきながら、畳に座り込む。
「なんでよもう・・・」
自分を覗き込んだ時の、永倉の表情が、頭から離れない。原田先生が好きだったのに。永倉先生なんか、なんとも思ってなかったのに。 千鶴は火照るほほを抑えながら、いつまでも座り込んでいた。
#####
→ 続きは「梅雨」で。
道場の窓が、ほんの少しだが明るくなっている。誰かがろうそくの灯を持ち込んでいるのだろう。窓の外に立ち、そっと中を覗き込んでみる。
一瞬、呼吸が止まったようだった。 暗がりの中、揺れるろうそくの頼りなげな灯りの中、永倉が一心不乱に剣を振っている。剣を振るたび、びゅっと音がする。相当長い間振り続けているのだろう、汗が顔を伝い、首を伝って稽古着をひどく濡らしている。思わず我を忘れ、じっと永倉を見つめていたが、永倉が急に動きを止めた。
どきっとして窓から体を離すと、中から「誰だ?」と誰何する声がする。どぎまぎしながら、千鶴です、と小声で答える。 床を踏む音がして、窓の向こうに永倉の顔がのぞいた。
「なんだ、どうした千鶴先生?道場なんかになんか用かい?」
少し微笑む表情で、軽く首をかしげるように問いかける。その表情は、いつものように千鶴をからかうときとは違って、落ち着いた大人の男のものだった。
「・・・いえ・・・。すみませんでした・・・」
「あ?なんだよ、俺なんか千鶴先生に悪いことされたのか?」
変だぜ先生、と笑いながら、永倉は稽古着の帯を外した。
「永倉先生、もうお仕舞ですか?」
「ああ、さすがにそろそろ休まねぇと、明日の隊務に響くからな」
永倉はろうそくの明かりを消し、出口へとやってきた。帯を外したせいで、稽古着の前がはだけていつも自慢している腹筋があらわになっている。その体も汗まみれだった。
「永倉先生・・・相当練習されたんですか・・・?」
「うん?まぁ、半刻ほどかな?」
「いつも・・・毎晩、練習されてるんですか?」
「見回りがあると無理だけどな。まぁ俺は剣術バカだから。知ってんだろうけど」
そういって、永倉は汗を流すつもりだろう、裏庭の井戸のほうへ足をむける。千鶴も思わず後をつけるような形で一緒に来てしまった。
「…先生?」
永倉が振り返った。なんでここに来たんだ?という顔で見る。
「あ、あの・・・!」
自分でも気づかないうちに、千鶴は声をあげた。
「えっと、お背中、お拭きします!」
永倉は千鶴の勢いに押されるように、お、おう、それじゃ、と手拭いを渡した。 井戸から水をくみ上げ、永倉の持っていた盥に空ける。5月の夜のことで、井戸水は冷たかったが、手拭いを浸して永倉の背中にあてると、ああ、気持ちいいぜ!と永倉がうめいた。 月の明かりで見ると、永倉の体にはいくつもの刀傷があった。確かに、不逞浪士の捕縛数は二番組がかなり多い。その分けが人も増えるが、千鶴は永倉の刀傷を手当てした覚えがあまりなかった。 そのことを口にすると、永倉はへへ、と照れ臭そうに笑った。
「ま、大した傷じゃねぇし、何より千鶴先生の手前みっともねぇしな。山崎にいつも頼んでんだ」
千鶴はしばらく無言で永倉の汗を拭いたが、ふと手を止めると、小さくつぶやいた。
「すみませんでした」
井上が「努力の人」と言っていたことを思い出す。自分は永倉をひょうきんなお調子者として扱っていたが、実際は誰よりも努力して、新撰組でも一番と井上に言わしめるほどの実力者になるほどの男だったのだ。 永倉が千鶴を振り返る。千鶴はうつむいているので、表情が読めない。永倉が少ししゃがみ、千鶴の顔を覗き込むようにして、大丈夫か?と問いかけて・・・
「・・・・どうした、先生?」
顔をあげた千鶴の顔は、月夜にも真っ赤になっているのが分かる。
「…先生?」
ぽかんとする永倉を前に、千鶴は真っ赤な顔を背けて、小声でなんでもありません、とつぶやき、手拭いを永倉に押し返すと、お休みなさいませ!と叫んで走り去った。 手拭いを握りしめたまま、あっけにとられて動けない永倉を後に残して。 ぱたぱたと廊下を走って、自室に飛び込んだ。荒い息をつきながら、畳に座り込む。
「なんでよもう・・・」
自分を覗き込んだ時の、永倉の表情が、頭から離れない。原田先生が好きだったのに。永倉先生なんか、なんとも思ってなかったのに。 千鶴は火照るほほを抑えながら、いつまでも座り込んでいた。
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→ 続きは「梅雨」で。
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