筆
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千鶴は文机の上に書道の用意をして待っていた。待つ間、墨を丁寧に摺る。 もうすぐ、永倉先生がくる。
未来から来た千鶴には、どうしてもこの時代の字に馴染みは無く、子供の手習いのような字を書く千鶴を新撰組の幹部達はからかった。もちろん彼らは千鶴が未来から来たなど知らないし、からかいも悪意のあるものではない。だから千鶴も大して気にせず、一緒になって笑っていたのだが。
先生、良ければ、俺が教えてやろうか?
ある日、受け取った手紙が読めず四苦八苦している千鶴に、声を掛けてきたのは永倉だった。一緒にいた井上が永倉は字がとても上手だから良い先生になる、と言ったとき、千鶴は少し意外な気がした。幹部達とバカ話をしている永倉や、剣術の稽古で張り切っている永倉からは、そんな丁寧な文字を書くようには思えなかったからだ。 いつもなら断っていたかもしれない。先生はお忙しいから、と。だが、なぜか千鶴はお願いすることにした。
それで、こうして永倉に時間があるとき、部屋にやってきては字を教えてくれるのだ。 先生は字は知ってるんだから、あとは慣れるだけだ。 そういってお手本にと書いてくれた字は、千鶴の目にも美しいものだった。褒める千鶴の言葉に照れたように、毎日日記を書いてるからな、と答えたのも意外だった。
字を教えてもらうたび、少しずつ永倉のことを知っていった。 より強くなりたくて脱藩したこと、幼少の頃から、勉学は嫌いだったが、字は褒められていたこと、試衛館にはいった経緯・・・。
遅くなってすまねぇ。
千鶴が顔を上げると、永倉が部屋の前の廊下に立っていた。千鶴が勧めるまで、決して中には入ってこない。そういうところも、永倉の育ちの良さがうかがわれた。
千鶴の横に胡坐を書き、千鶴が練習した半紙を見て、色々説明しながら、自分も筆を持って直してくれる。 ずいぶん上達したな、先生。 思わず千鶴の顔に笑みが浮かぶ。
永倉は千鶴と席を替わると、新しい手本を書き始めた。 新撰組でも一、二と言われる剣豪の無骨な手が、流れるように美しい文字を書いていく。ぴしりとした姿勢でも、ゆったりとした雰囲気がある。千鶴は永倉の手元から、そっと視線をはずし、永倉の顔を見た。こうして永倉の横顔を盗み見るようになったのは、いつからだろう。 ふっと永倉が視線を千鶴に向けた。 千鶴の心臓が一瞬跳ねる。 気づかれないように俯きながら、千鶴は永倉と席を替わり、新しい手本を見ながら筆を取った。
書き始めてしばらくすると、永倉がひょい、と手を伸ばし、千鶴の右手を上から包むようにして書き方を教え始めた。自然と千鶴の後ろに回り、少し覆いかぶさるような姿勢になる。 千鶴の手をすっぽり包むほど大きな永倉の手の暖かさ。耳元で聞こえる、永倉の声。かすかな永倉の匂い。
思わず筆を取り落としたとき、背後から大声が聞こえた。 団子の乗った皿を手にした藤堂が、目を見開いて立っている。
書道を教えていただけだ、と慌てて千鶴から離れる永倉を尻目に、藤堂は他の幹部達がいる居間に向かって駆け出していく。 平助!と叫びながら藤堂を追いかけて永倉がいなくなり、部屋にぽつんと残った千鶴は、熱を持った頬を両手で押さえた。
どうか、永倉に気づかれませんように。そして、これからも、こうしてそばに来て教えてくれますように。 千鶴は遠くで聞こえる男達の騒ぎを聞きながら、再び筆を取った。
未来から来た千鶴には、どうしてもこの時代の字に馴染みは無く、子供の手習いのような字を書く千鶴を新撰組の幹部達はからかった。もちろん彼らは千鶴が未来から来たなど知らないし、からかいも悪意のあるものではない。だから千鶴も大して気にせず、一緒になって笑っていたのだが。
先生、良ければ、俺が教えてやろうか?
ある日、受け取った手紙が読めず四苦八苦している千鶴に、声を掛けてきたのは永倉だった。一緒にいた井上が永倉は字がとても上手だから良い先生になる、と言ったとき、千鶴は少し意外な気がした。幹部達とバカ話をしている永倉や、剣術の稽古で張り切っている永倉からは、そんな丁寧な文字を書くようには思えなかったからだ。 いつもなら断っていたかもしれない。先生はお忙しいから、と。だが、なぜか千鶴はお願いすることにした。
それで、こうして永倉に時間があるとき、部屋にやってきては字を教えてくれるのだ。 先生は字は知ってるんだから、あとは慣れるだけだ。 そういってお手本にと書いてくれた字は、千鶴の目にも美しいものだった。褒める千鶴の言葉に照れたように、毎日日記を書いてるからな、と答えたのも意外だった。
字を教えてもらうたび、少しずつ永倉のことを知っていった。 より強くなりたくて脱藩したこと、幼少の頃から、勉学は嫌いだったが、字は褒められていたこと、試衛館にはいった経緯・・・。
遅くなってすまねぇ。
千鶴が顔を上げると、永倉が部屋の前の廊下に立っていた。千鶴が勧めるまで、決して中には入ってこない。そういうところも、永倉の育ちの良さがうかがわれた。
千鶴の横に胡坐を書き、千鶴が練習した半紙を見て、色々説明しながら、自分も筆を持って直してくれる。 ずいぶん上達したな、先生。 思わず千鶴の顔に笑みが浮かぶ。
永倉は千鶴と席を替わると、新しい手本を書き始めた。 新撰組でも一、二と言われる剣豪の無骨な手が、流れるように美しい文字を書いていく。ぴしりとした姿勢でも、ゆったりとした雰囲気がある。千鶴は永倉の手元から、そっと視線をはずし、永倉の顔を見た。こうして永倉の横顔を盗み見るようになったのは、いつからだろう。 ふっと永倉が視線を千鶴に向けた。 千鶴の心臓が一瞬跳ねる。 気づかれないように俯きながら、千鶴は永倉と席を替わり、新しい手本を見ながら筆を取った。
書き始めてしばらくすると、永倉がひょい、と手を伸ばし、千鶴の右手を上から包むようにして書き方を教え始めた。自然と千鶴の後ろに回り、少し覆いかぶさるような姿勢になる。 千鶴の手をすっぽり包むほど大きな永倉の手の暖かさ。耳元で聞こえる、永倉の声。かすかな永倉の匂い。
思わず筆を取り落としたとき、背後から大声が聞こえた。 団子の乗った皿を手にした藤堂が、目を見開いて立っている。
書道を教えていただけだ、と慌てて千鶴から離れる永倉を尻目に、藤堂は他の幹部達がいる居間に向かって駆け出していく。 平助!と叫びながら藤堂を追いかけて永倉がいなくなり、部屋にぽつんと残った千鶴は、熱を持った頬を両手で押さえた。
どうか、永倉に気づかれませんように。そして、これからも、こうしてそばに来て教えてくれますように。 千鶴は遠くで聞こえる男達の騒ぎを聞きながら、再び筆を取った。
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