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さて。 俺は新撰組の羽織を脱ぎ捨てると、部屋を出た。隊務も終わり、明日の朝までは自由時間だ。財布の中身を確かめて、帯に挟む。 玄関へ向かう途中、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。 振り返ると、源さんだ。
「どうした、源さん?」
「すまんが、書類を清書するのを手伝ってくれないか?局長と副長から、どっさり頼まれてしまって」
見ると、紙の束を抱えて途方にくれている。いやしかし、それを手伝ってると、相当時間を食うぞ・・・。
「ん~・・・半分ってわけにはいかねぇけど・・・」
「いやいや、少しでも良いんだ、本来なら私が頼まれたんだから」
しょうがない。源さんの部屋へ行って、墨をすり始めた。
「すまないね、どこかへ出かける予定だったんだろう?」
(そうだよ、時間が大切なんだ、時間が!)
「しかし、永倉君は毎日日記を書いているだけあって、本当に字がうまいからなぁ。永倉君が手伝ってくれて、ありがたいよ」
そういわれてしまうと、俺も調子に乗ってしまう。結局、予定外に多めに清書して、慌てて玄関へ向かった。
「おい。新八」
ぎくっと振り返る。そこにいるのは土方さんだ。
「な、なんだよ。なんか用か?」
「こないだの会議での話だが、二番組の・・・」
新撰組のことしか頭に無い土方さんに、俺の焦った様子なんて伝わるわけも無い。話の間、俺は左右の足に交互に体重をかけ、いかにも「焦ってます、急いでます」という雰囲気をかもし出してみたが、 「小便か?」 の一言で流されてしまった。そうじゃねぇよ。
やっと開放されたときには、本来の時刻よりよっぽど遅れている。いや、まだ走れば何とか・・・
「おい、新八じゃねぇか」
「新ぱっつぁ~ん!」
げぇ。なんでお前らが一緒に隊務についてんだよ。そして、何で俺を見つけるんだよ!
「今非番か?俺らもそのうち上がるから、一杯どうだ?」
「そうだぜ、こないだ新ぱっつぁんに負けた飲み比べ、今度こそ勝ってやるぜ!」
「いや、左之、平助、わりぃが・・・」
「こないだいってた、なんだっけ、いい芸妓がいるって店にいこうぜ!」
そういって、平助はほとんど俺を引っ張っていきそうな勢いだ。
「すまん、俺はちょっと野暮用が・・・」
気のせいか、左之は少し笑ってるようだ。
「・・・遅刻しそう、か?」
不思議そうに平助が左之を見る。なんだよ、左之の奴、気づいてんのかよ・・・?
「いや、まぁ、とにかく、今度相手させてもらうぜ。わりぃな、平助」
ぎゃーぎゃー喚く平助を尻目に、俺は駆け出した。 ああもう本当に、なんで今日はこんなに邪魔が・・・
「新八さんじゃない」
いらいらも限界に来ていた俺は、運悪く出くわした総司に思わず 「お前もか!」 と怒鳴ってしまった。
「・・・僕も・・・何なのさ?」
猫のような瞳をすっと細めて、俺を見る。やべぇな、怒ってる。
「いや、すまねぇ・・・なんでもねぇんだ。急いでたもんでさ」
じりじりと後ずさる俺に、総司が顔を寄せてくる。
「ふ~ん?いつも不精な新八さんが、なんだかちゃんとしてるね?隊務あけだよね?一体・・・」
「じゃ!俺は急ぐから、これで!」
今度こそ、俺は脱兎のごとく駆け出した。間に合うかな?いや、難しいか・・・ はっと、俺は立ち止まった。 遠くから、鐘の音が聞こえる。七つの鐘だ。はぁ~・・・っと俺は思わずため息をついた。俺のいる場所から、目的の場所に到着するころには、もう遅いだろう。なんだよ、今日はまったくついてねぇな・・・。 それでも俺は、ゆっくりと目的地に向けて歩き続けた。もういないだろうけど、それでも・・・。
角を曲がり、目的の茶屋が目に入った。 どきん。 心臓が跳ねた。自然と小走りになる。紅い毛氈がかけられた縁台に、見慣れた人影が見える。近づくと、気配を感じたのか、その人が顔を上げた。
「永倉先生」
微笑みながら、千鶴ちゃんが俺を見た。
「千鶴ちゃん、今日はずいぶんと遅くまでいるんだな。いつもなら、もう屯所へ帰る時間だろ?」
千鶴ちゃんは、ふふ、と笑った。 医師として新撰組に来た千鶴ちゃんに、俺が心を奪われるのにそう時間はかからなかった。優しいし、綺麗だし、一本芯が通っているような性格にも好感が持てた。ある日非番の後、新しい墨を買うために歩いていたら、偶然ここで茶を飲んでいる千鶴ちゃんに会った。千鶴ちゃんはいつもこの時間に薬問屋へ足りない薬を買いに行くのだが、この店で甘いものを食べて少し休憩するらしい。それ以来、俺は買い物の振りをして、偶然を装い、千鶴ちゃんと少しの間、世間話をするのが日課になった。
「本当はもう帰ろうと思ってたんですけど」
千鶴ちゃんは俺を見た後、優しく微笑みながら続けた。
「きっと永倉先生がお通りになると思いまして・・・」
千鶴ちゃんは右手をそっと隣に置いた。紅い色に、千鶴ちゃんの白い手が映える。
「いつもの場所、お取りして置きました」
その言葉と、千鶴ちゃんのふんわり笑顔に俺の心も温かくなって、思わず俺も微笑んだ。 隣に座り、特に何か話すでもなく、行き行く人々を一緒に眺める。時折ふと目が合って、くすりと微笑む。 うん。俺もそろそろ、次の行動に出るべきかな・・・。
「どうした、源さん?」
「すまんが、書類を清書するのを手伝ってくれないか?局長と副長から、どっさり頼まれてしまって」
見ると、紙の束を抱えて途方にくれている。いやしかし、それを手伝ってると、相当時間を食うぞ・・・。
「ん~・・・半分ってわけにはいかねぇけど・・・」
「いやいや、少しでも良いんだ、本来なら私が頼まれたんだから」
しょうがない。源さんの部屋へ行って、墨をすり始めた。
「すまないね、どこかへ出かける予定だったんだろう?」
(そうだよ、時間が大切なんだ、時間が!)
「しかし、永倉君は毎日日記を書いているだけあって、本当に字がうまいからなぁ。永倉君が手伝ってくれて、ありがたいよ」
そういわれてしまうと、俺も調子に乗ってしまう。結局、予定外に多めに清書して、慌てて玄関へ向かった。
「おい。新八」
ぎくっと振り返る。そこにいるのは土方さんだ。
「な、なんだよ。なんか用か?」
「こないだの会議での話だが、二番組の・・・」
新撰組のことしか頭に無い土方さんに、俺の焦った様子なんて伝わるわけも無い。話の間、俺は左右の足に交互に体重をかけ、いかにも「焦ってます、急いでます」という雰囲気をかもし出してみたが、 「小便か?」 の一言で流されてしまった。そうじゃねぇよ。
やっと開放されたときには、本来の時刻よりよっぽど遅れている。いや、まだ走れば何とか・・・
「おい、新八じゃねぇか」
「新ぱっつぁ~ん!」
げぇ。なんでお前らが一緒に隊務についてんだよ。そして、何で俺を見つけるんだよ!
「今非番か?俺らもそのうち上がるから、一杯どうだ?」
「そうだぜ、こないだ新ぱっつぁんに負けた飲み比べ、今度こそ勝ってやるぜ!」
「いや、左之、平助、わりぃが・・・」
「こないだいってた、なんだっけ、いい芸妓がいるって店にいこうぜ!」
そういって、平助はほとんど俺を引っ張っていきそうな勢いだ。
「すまん、俺はちょっと野暮用が・・・」
気のせいか、左之は少し笑ってるようだ。
「・・・遅刻しそう、か?」
不思議そうに平助が左之を見る。なんだよ、左之の奴、気づいてんのかよ・・・?
「いや、まぁ、とにかく、今度相手させてもらうぜ。わりぃな、平助」
ぎゃーぎゃー喚く平助を尻目に、俺は駆け出した。 ああもう本当に、なんで今日はこんなに邪魔が・・・
「新八さんじゃない」
いらいらも限界に来ていた俺は、運悪く出くわした総司に思わず 「お前もか!」 と怒鳴ってしまった。
「・・・僕も・・・何なのさ?」
猫のような瞳をすっと細めて、俺を見る。やべぇな、怒ってる。
「いや、すまねぇ・・・なんでもねぇんだ。急いでたもんでさ」
じりじりと後ずさる俺に、総司が顔を寄せてくる。
「ふ~ん?いつも不精な新八さんが、なんだかちゃんとしてるね?隊務あけだよね?一体・・・」
「じゃ!俺は急ぐから、これで!」
今度こそ、俺は脱兎のごとく駆け出した。間に合うかな?いや、難しいか・・・ はっと、俺は立ち止まった。 遠くから、鐘の音が聞こえる。七つの鐘だ。はぁ~・・・っと俺は思わずため息をついた。俺のいる場所から、目的の場所に到着するころには、もう遅いだろう。なんだよ、今日はまったくついてねぇな・・・。 それでも俺は、ゆっくりと目的地に向けて歩き続けた。もういないだろうけど、それでも・・・。
角を曲がり、目的の茶屋が目に入った。 どきん。 心臓が跳ねた。自然と小走りになる。紅い毛氈がかけられた縁台に、見慣れた人影が見える。近づくと、気配を感じたのか、その人が顔を上げた。
「永倉先生」
微笑みながら、千鶴ちゃんが俺を見た。
「千鶴ちゃん、今日はずいぶんと遅くまでいるんだな。いつもなら、もう屯所へ帰る時間だろ?」
千鶴ちゃんは、ふふ、と笑った。 医師として新撰組に来た千鶴ちゃんに、俺が心を奪われるのにそう時間はかからなかった。優しいし、綺麗だし、一本芯が通っているような性格にも好感が持てた。ある日非番の後、新しい墨を買うために歩いていたら、偶然ここで茶を飲んでいる千鶴ちゃんに会った。千鶴ちゃんはいつもこの時間に薬問屋へ足りない薬を買いに行くのだが、この店で甘いものを食べて少し休憩するらしい。それ以来、俺は買い物の振りをして、偶然を装い、千鶴ちゃんと少しの間、世間話をするのが日課になった。
「本当はもう帰ろうと思ってたんですけど」
千鶴ちゃんは俺を見た後、優しく微笑みながら続けた。
「きっと永倉先生がお通りになると思いまして・・・」
千鶴ちゃんは右手をそっと隣に置いた。紅い色に、千鶴ちゃんの白い手が映える。
「いつもの場所、お取りして置きました」
その言葉と、千鶴ちゃんのふんわり笑顔に俺の心も温かくなって、思わず俺も微笑んだ。 隣に座り、特に何か話すでもなく、行き行く人々を一緒に眺める。時折ふと目が合って、くすりと微笑む。 うん。俺もそろそろ、次の行動に出るべきかな・・・。
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