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花火 の続きです。
千鶴が新撰組で働き始めてから、半年がたった。もうそれぞれの隊士達の性格もわかったし、隊士たちも自分を頼りになる医師として頼ってくれている。自分の居場所がはっきりと存在することに、千鶴は心から安堵するのだ。
そもそも男ばかりの新撰組屯所で、千鶴が特に問題もなく生活できるのは、ひとえに幹部達の気遣いのおかげだろう。近藤をはじめ、それぞれ個性的な人物たちばかりだが、なんだかんだと世話を焼いてくれ、千鶴が問題なく働けるようにしてくれている。 自然と千鶴も幹部達と仲良くなるわけで、買い物に付き合ってもらったり、食事をご馳走になったりする。千鶴も甘えすぎているような気もするが、それでわかることもある。疲れていそうなら診察を勧めるし、悩んでいるようなら話を聞く。もっとも個人的な問題までさすがに幹部達が話すこともないが、無駄話をするだけで、楽になることもある。
そうしてすごしてきた千鶴が今気になるのは、永倉だ。 三月ほど前、永倉が川辺で一人花火をする場に居合わせたことがある。いつも明るい永倉の、違う面を垣間見た。人を斬った自分の手を見つめる永倉の顔に浮かぶ悲しげな笑顔が、あれ以来ずっと千鶴の心に残っているのだ。だから、ここのところ、自分でも気づかないうちに、永倉を見ていることが多かった。だがいつ見ても楽しそうで、バカ話をして、仲間にからかわれては千鶴に助けを求める。捕り物のあとでも、その様子には変わったところはなかった。
だから、安心していたのだ。
ある日の夜。遅くに人の声で騒がしくなり、千鶴の部屋の近くの庭で、声がした。すでに眠っていた千鶴が夢うつつで聞いていると、どうやら永倉と、土方らしい。 はっと目を開け、体を起こす。10月も末になると、空気が冷たい。一枚上にはおると、千鶴はそっと障子を開け、外を覗いた。たしかに、中庭の向こう側で、暗闇の中男達の声がする。千鶴はしばらく戸惑っていたが、意を決して声のほうへ廊下を進んだ。 ぼんやりと男達の姿が見えるほどに近寄ると、雲が切れ、満月の光が差し込んだ。千鶴は驚きで小さな悲鳴を上げた。冷たく白い月明かりに浮かぶ永倉は、全身に返り血を浴びている。千鶴を振り返った永倉の顔にも血が飛び散っており、千鶴を見つめる瞳に表情はまるでなかった。
「ああ先生、こんな遅くに悪いが、永倉を見てやってくれ。少し斬られたみたいだ」
「土方さんよ」
聞きなれたはずの永倉の声が、千鶴の耳に奇妙に響く。
「たいした怪我じゃねぇ。先生の手を煩わせるほどじゃねぇ。先生、もう部屋へ戻りなよ」
言葉だけなら、優しいいつもの永倉だ。だが、千鶴は変な感覚にとらわれていた。 まるで、永倉さんの形をした別人みたい・・・ 瞳が、表情が、そう思わせるのだ。去ろうとする永倉を強引に引きとめ、診療室へ案内したのは、そんな不安を払拭したかったのかもしれない。 確かに永倉の怪我はそれほどでもなかった。手首の上に、軽い切り傷。とはいえ、一歩間違えれば手首を落とされていてもおかしくないのが斬り合いだ。今更ながら、隊務が危険な命懸けであることが身にしみた。
手ぬぐいで顔をぬぐった永倉は、静かに千鶴の治療を受けていた。ちらりと千鶴が覗き見ると、やはり無表情だ。
「・・・はい、消毒できましたので、念のため包帯を巻いておきますね」
「・・・すまねぇ」
手早く包帯を巻く千鶴の指先を見ながら、永倉がぽつりと言った。
「先生、夏の花火、覚えてるか?」
千鶴の手が止まった。
「川原でよ、俺が一人花火をしてて。先生に言ったこと、覚えてっか?」
千鶴は無言で小さく頷く。永倉の眼は見れない。
「俺、慣れちまったよ」
俯く千鶴の頭に向かって、永倉は話し続ける。
「今日もなぁ・・・。一杯斬ったんだけど、そんだけだな。斬らなきゃやられるってわかってるから、やらなきゃならねえって、それしか思わねぇな」
こんな感じなんだな、慣れるって、と呟く声に我慢しきれず、ぽたんと千鶴の涙が膝に落ちた。気づいた永倉が口を閉じる。 黙って包帯を巻き始めた千鶴をしばらく見つめた後、「先生が泣くことねぇよ」と声をかけた。 包帯を巻き終えると、千鶴はそのまま永倉の手を掴んでいた。
「永倉先生・・・」
顔も見れず、俯いたまま話しかける。
「慣れたほうが、先生には楽だと・・・思います。でないと・・・毎日の隊務が、苦しいですし・・・。でも・・・」
精一杯の勇気を集めて、千鶴はゆっくりと永倉を見上げた。 永倉の目は、無表情に千鶴を見つめる。
「・・・でも、変わらないでいてください」
千鶴の目から、再び涙がこぼれた。
「先生は・・・たとえ慣れてしまっても、変わらないと、約束してください」
唇をかんで自分を見つめる千鶴を見返す永倉の目が、ふっと細められた。
「そうだなぁ・・・」
そういう永倉の顔に、うっすらと笑みが広がっていく。 ああ、私がいつも見ている太陽のような笑顔だ。
「約束するのは難しいけどな。でも、がんばってみるか」
いつもの微笑を浮かべる永倉に、思わず千鶴も笑いかけた。 泣いた自分に照れながら、千鶴は永倉の手を握っていた手を離し、小指を前へ出した。
「約束してください」
涙目で微笑む千鶴に、永倉はははっと笑うと、
「先生、結構強気だな。わかったよ。約束するって」
そういって、自分の小指を千鶴の小指に絡めた。
「嘘ついたら、針千本ですよ」
「わーかったって!鋭意努力するぜ」
笑いながら、小指をつなげた手を上下にゆする。くすん、と鼻をすすりながら、千鶴は指きりの歌を歌った。 小指を離したあと、永倉は両手を後ろの床につき、くつろいだ様子で千鶴を見た。
「・・・ありがとな」
優しく微笑む永倉に抱いた感情の正体に千鶴が気づくのは、もう少し先の話・・・。
#####
紅葉 に続きます。
千鶴が新撰組で働き始めてから、半年がたった。もうそれぞれの隊士達の性格もわかったし、隊士たちも自分を頼りになる医師として頼ってくれている。自分の居場所がはっきりと存在することに、千鶴は心から安堵するのだ。
そもそも男ばかりの新撰組屯所で、千鶴が特に問題もなく生活できるのは、ひとえに幹部達の気遣いのおかげだろう。近藤をはじめ、それぞれ個性的な人物たちばかりだが、なんだかんだと世話を焼いてくれ、千鶴が問題なく働けるようにしてくれている。 自然と千鶴も幹部達と仲良くなるわけで、買い物に付き合ってもらったり、食事をご馳走になったりする。千鶴も甘えすぎているような気もするが、それでわかることもある。疲れていそうなら診察を勧めるし、悩んでいるようなら話を聞く。もっとも個人的な問題までさすがに幹部達が話すこともないが、無駄話をするだけで、楽になることもある。
そうしてすごしてきた千鶴が今気になるのは、永倉だ。 三月ほど前、永倉が川辺で一人花火をする場に居合わせたことがある。いつも明るい永倉の、違う面を垣間見た。人を斬った自分の手を見つめる永倉の顔に浮かぶ悲しげな笑顔が、あれ以来ずっと千鶴の心に残っているのだ。だから、ここのところ、自分でも気づかないうちに、永倉を見ていることが多かった。だがいつ見ても楽しそうで、バカ話をして、仲間にからかわれては千鶴に助けを求める。捕り物のあとでも、その様子には変わったところはなかった。
だから、安心していたのだ。
ある日の夜。遅くに人の声で騒がしくなり、千鶴の部屋の近くの庭で、声がした。すでに眠っていた千鶴が夢うつつで聞いていると、どうやら永倉と、土方らしい。 はっと目を開け、体を起こす。10月も末になると、空気が冷たい。一枚上にはおると、千鶴はそっと障子を開け、外を覗いた。たしかに、中庭の向こう側で、暗闇の中男達の声がする。千鶴はしばらく戸惑っていたが、意を決して声のほうへ廊下を進んだ。 ぼんやりと男達の姿が見えるほどに近寄ると、雲が切れ、満月の光が差し込んだ。千鶴は驚きで小さな悲鳴を上げた。冷たく白い月明かりに浮かぶ永倉は、全身に返り血を浴びている。千鶴を振り返った永倉の顔にも血が飛び散っており、千鶴を見つめる瞳に表情はまるでなかった。
「ああ先生、こんな遅くに悪いが、永倉を見てやってくれ。少し斬られたみたいだ」
「土方さんよ」
聞きなれたはずの永倉の声が、千鶴の耳に奇妙に響く。
「たいした怪我じゃねぇ。先生の手を煩わせるほどじゃねぇ。先生、もう部屋へ戻りなよ」
言葉だけなら、優しいいつもの永倉だ。だが、千鶴は変な感覚にとらわれていた。 まるで、永倉さんの形をした別人みたい・・・ 瞳が、表情が、そう思わせるのだ。去ろうとする永倉を強引に引きとめ、診療室へ案内したのは、そんな不安を払拭したかったのかもしれない。 確かに永倉の怪我はそれほどでもなかった。手首の上に、軽い切り傷。とはいえ、一歩間違えれば手首を落とされていてもおかしくないのが斬り合いだ。今更ながら、隊務が危険な命懸けであることが身にしみた。
手ぬぐいで顔をぬぐった永倉は、静かに千鶴の治療を受けていた。ちらりと千鶴が覗き見ると、やはり無表情だ。
「・・・はい、消毒できましたので、念のため包帯を巻いておきますね」
「・・・すまねぇ」
手早く包帯を巻く千鶴の指先を見ながら、永倉がぽつりと言った。
「先生、夏の花火、覚えてるか?」
千鶴の手が止まった。
「川原でよ、俺が一人花火をしてて。先生に言ったこと、覚えてっか?」
千鶴は無言で小さく頷く。永倉の眼は見れない。
「俺、慣れちまったよ」
俯く千鶴の頭に向かって、永倉は話し続ける。
「今日もなぁ・・・。一杯斬ったんだけど、そんだけだな。斬らなきゃやられるってわかってるから、やらなきゃならねえって、それしか思わねぇな」
こんな感じなんだな、慣れるって、と呟く声に我慢しきれず、ぽたんと千鶴の涙が膝に落ちた。気づいた永倉が口を閉じる。 黙って包帯を巻き始めた千鶴をしばらく見つめた後、「先生が泣くことねぇよ」と声をかけた。 包帯を巻き終えると、千鶴はそのまま永倉の手を掴んでいた。
「永倉先生・・・」
顔も見れず、俯いたまま話しかける。
「慣れたほうが、先生には楽だと・・・思います。でないと・・・毎日の隊務が、苦しいですし・・・。でも・・・」
精一杯の勇気を集めて、千鶴はゆっくりと永倉を見上げた。 永倉の目は、無表情に千鶴を見つめる。
「・・・でも、変わらないでいてください」
千鶴の目から、再び涙がこぼれた。
「先生は・・・たとえ慣れてしまっても、変わらないと、約束してください」
唇をかんで自分を見つめる千鶴を見返す永倉の目が、ふっと細められた。
「そうだなぁ・・・」
そういう永倉の顔に、うっすらと笑みが広がっていく。 ああ、私がいつも見ている太陽のような笑顔だ。
「約束するのは難しいけどな。でも、がんばってみるか」
いつもの微笑を浮かべる永倉に、思わず千鶴も笑いかけた。 泣いた自分に照れながら、千鶴は永倉の手を握っていた手を離し、小指を前へ出した。
「約束してください」
涙目で微笑む千鶴に、永倉はははっと笑うと、
「先生、結構強気だな。わかったよ。約束するって」
そういって、自分の小指を千鶴の小指に絡めた。
「嘘ついたら、針千本ですよ」
「わーかったって!鋭意努力するぜ」
笑いながら、小指をつなげた手を上下にゆする。くすん、と鼻をすすりながら、千鶴は指きりの歌を歌った。 小指を離したあと、永倉は両手を後ろの床につき、くつろいだ様子で千鶴を見た。
「・・・ありがとな」
優しく微笑む永倉に抱いた感情の正体に千鶴が気づくのは、もう少し先の話・・・。
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紅葉 に続きます。
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