《斉藤一の壁ドン》

「どうした、なにかあったか？」
千鶴が振り返ると、斉藤が立っていた。千鶴の情けなさそうな顔を見て、何かあったのだろうと予想はついただろうが、それを問いただすことはなく、ただ隣へ来た。
「あんたは、花見には参加しないのか？」
恐らく立ち去る平助も見えていただろうが、特に何も聞かないでくれるのはありがたい。そもそも自分でもうまく消化しきれていないのだから。
「やることは色々ありますので・・・。あとで楽しませていただきます」
「そうか・・・」
そのとき、一瞬の風が吹き、はらはらと桜の花びらが二人へ向かって舞ってきた。なんとなく二人とも黙り、花びらがくるくる舞いながら勢いをなくし、ゆっくりと落ちていくさまを眺めていた。 ふ、と斉藤の視線が千鶴へ向く。
「・・・桜が」
斉藤の体が千鶴へ向く。千鶴が顔を上げると、目の前に斉藤の姿があった。先ほどから十分驚き連続の千鶴には十分すぎて、思わず固まってしまう。 斉藤が何かを言っているが緊張していて理解できない。がっちり固まった千鶴を見て、斉藤は不思議そうな顔になり、更にそばへ寄る。 ついに、千鶴の背中が壁についた。 はっと気がつくと、斉藤の声が聞こえる。
「取ってやろう」
同時に、斉藤の手が千鶴の頭へ伸びた。思わず見上げた千鶴の目に映るのは、斉藤の端正な顔。
「そら。取れたぞ」
そういって真っ赤になった千鶴に斉藤が見せたものは、先ほど飛んできた淡い桜の花びら。しどろもどろに礼を言う千鶴を不思議そうに見下ろす斉藤に、千鶴が思わず
「斉藤先生・・・ち、近すぎます・・・」
と呟くと、はっとして、一気に後ずさる。
「い、いや、すまない！確かに近すぎた！あんたに近寄ろうとしたわけでは決してなかったのだが・・・！」
くるっときびすを返して、耳まで真っ赤にして去ってしまった。 もう、今日は何て日なの・・・。 火照った顔が落ち着くのをまとうと、盆をもったまま庭の桜をながめる。すると、
「よう、千鶴、こんなところで一人花見か？」
と声をかけてきた人がいた。