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ふっと、千鶴は目を覚ました。部屋は少し明るくなり始めている。千鶴は起き上がると、すばやく身支度をし、部屋を片付けると、廊下へ出た。向かう先は井戸である。台所のほうでは、した働きの小者たちが朝食の準備に取り掛かる頃だ。
千鶴は目のさめるようなつめたい井戸の水で顔を洗うと、急いで部屋にとって返し、薄く化粧をした。もっとも、一日けが人、病人の世話で化粧直しも出来ないのだから、本当に薄く、今から会う人だけに、見せるためだけに。
部屋を出て再度井戸へ向かうと、そこには男達が数人並んでいた。
「おはようございます、先生方」
千鶴の声に振り向いた男達が、口々に挨拶をよこす。最後に、顔を洗っていた男が顔を上げ、顔を拭きながら、にかっと笑って声を掛けた。
「おう、いつも早いな、千鶴ちゃん!」
「永倉先生も、おはようございます」
毎日の儀式。永倉に見せるためだけに、施す化粧。これだけで、千鶴は幸せになれるのだ。
千鶴はしばらく前から永倉に好意を持つようになったが、永倉にその想いを伝える気はない。なにより向こうは千鶴を妹のように扱うし、下手にこの想いを伝えて断られ、ぎくしゃくするならいっそこのままがいい。ずっとそう思っていけると思っていた。
ある日、巡察から帰ってきた永倉を、隊士達がからかっている。わけ隔てなく接する永倉には、隊士達もなついているので、そんなことが出来るのだ。何事かと顔を見せた千鶴に、隊士の一人が笑いながら声を掛けた。
「先生、永倉組長が、恋文をもらったんですよ!」
ずきん。 心の痛みに気づかない振りをして、千鶴はにこやかに永倉を見た。
「永倉先生、よかったですね!どちらの方からですか?」
永倉は柄にもなく赤い顔をしながら、いや、まぁ、などといいながら、さっさと部屋へあがってしまった。
「先生、これがまたなかなかの別嬪で、大店の娘だそうですよ!」
「二番組が巡察でいつも前を通るので、目を付けられたみたいです、永倉先生」
「なかなか強気そうな、押しの強い女子でしたよ」
ふんふん、と相槌をうちながら、千鶴は来るべき時が来たのかなぁ、とぼんやり思った。飛ぶ鳥落とす勢いの新撰組の、何と言っても二番組の組長だ。花街でも新撰組は平隊士であっても人気があるという。幹部の永倉には大店の女子はふさわしいだろう。結縁できずとも、休息所を持つことも出来る。隊士達と別れて、診療所へ向かいながら、千鶴はくすりと苦笑いした。 どこの馬の骨ともわからない自分が、永倉先生の相手になれるわけはないんだから・・・。
その娘がいきなり屯所へやってきたのは次の日である。 永倉が大店の娘(押しが強い)から恋文をもらった件は屯所中に知れ渡っていたので、娘が通された座敷の外には男達が鈴なりだった。
「あれが押しの強い大店の娘か・・・」
「確かに、よく屯所まで来るよな・・・」
「しあし別嬪だ」
「永倉先生には、どうかなぁ・・・」
娘と相対するは、近藤局長と土方副長。娘の横には父親と見られるこれまた裕福そうな男が座っていた。 診療所にいる千鶴は娘を見ることはできないが、隊士達の騒ぎようから、「別嬪」さんなのだろう。ふぅ、とため息をつきながら片づけをしていると、「先生」と声がかかり、そっと永倉が入ってきた。
「あ、あれ、永倉先生?今先生宛にお客様が・・・」
「ああ、知ってんだけどさ、いや、急に来られても、こっちの準備がっつーか・・・」
所在無げに立ち尽くす永倉に座るよう進め、千鶴は永倉に向かって座りなおした。
「今日いらっしゃったのは、なんの御用なんでしょう?」
「まぁ・・・親御さんがいるから、まぁ、そういう話かと・・・」
永倉は少し赤い顔をしながら、右手のこぶしをあごに当てて、庭を眺めている。そんな永倉の様子を見ながら、千鶴は永倉が所帯を持ち、子を持つ姿を想像してしまった。知られぬよう、ふう、と小さくため息をつき、隊士達が呼びにくるまで、二人は黙って座っていた。
隊士たちは呼びにはきたが、意外にも呼ばれたのは千鶴であった。不審に思いながら、永倉を部屋に残し、座敷へ向かう。 部屋の中には、男だらけの屯所には不釣合いな美しい娘が座っていた。赤く染め抜いた花模様が目を引く着物に、豪華な簪、なにより勝気そうな大きな目が印象的な、なるほど「別嬪」さんだ。 近藤に進められるまま、挨拶をして部屋へ入った。 近藤の話によると、娘の父親が最近体調が思わしくなく、そうだ、新撰組に良い医者がいるらしい、ちょっと診て貰えないかな、と来てみたというわけだ。もちろん、 ついでに娘のことも売っておこう、という親心ありであろう。 そういわれては、断るわけにもいかないし、何より将来永倉と所帯を持つかもしれない娘の父親だ。心を殺して、きちんと診察しよう、と千鶴は思った。
父親を連れて診察室へ来ると、永倉はそこにはいなかった。だが、遠くから、女子の楽しげな声が聞こえてきた。娘が永倉を見つけ、話しかけているのだろう。落ち着いて、落ち着いて・・・。念じながら診察をするものの、目に浮かぶ涙をとめることはできなかった。 診察の結果、娘の父親は暑気あたりで一過性の体調不良だと思われ、そう告げると嬉しそうであった。悪い人じゃないんだなぁ・・・と、永倉の未来の舅が良さそうな人で、ほっとする複雑な千鶴であった。
座敷に戻ると、娘と永倉が向かい合わせで座っている。娘はがんがんと話しかけるが、永倉は照れているのか、ああ、とか、はぁ、とか呟いているだけだ。 永倉先生、もうちょっと愛想よくしないと・・・、と目配せをするが、こっちをみないのだから伝わらない。結局診断も終わったことだし、二人は帰ることとなり、皆で玄関まで見送りに出た。 玄関口で挨拶をしているとき、娘が千鶴に向かって声を掛けた。
「せんせ、お父はん診てくれはっておおきに。せんせみたいな名医がいらしたら、新撰組のみなさんも安心やし」
いえいえ、などと応えているときに、娘がすっとんきょうな声を出した。
「せんせ、手が荒れてはるやない。女子やのに、手入れしまへんの?」
はっと千鶴は両手を握って隠すようにした。その場に居た人たちが千鶴を振り返る。毎日診察をしている千鶴は、手を洗う回数が多く、どうしても手が荒れる。薬をつけようとしても、すぐに治療のために手を洗うのだから、つける暇もなかった。
「あっえっと、そ、そうですね、すみま・・・せん・・・」
慌ててわけもなく謝ってしまった千鶴に、娘はからからと笑う。悪意で言ってるんじゃないんだろうなぁ・・・と思うものの、大勢の前で、想う永倉の前で手のことを言われたのには落ち込んでしまった。 途端。
「それでは、俺たちは用があるので」
と声がしたかと思うと、永倉が千鶴の手を握り、さっさと千鶴に履物をはかせて歩き出した。ぽかんとする皆の前を通り抜けると、振り返り
「近藤さん、土方さん、ちょっと今夜は遅くなるけど、門限までには帰ってくるから」
といい、ずんずんと千鶴の手を引っ張りながら歩いていく。土方はまるで動揺せず、「ああ、行って来い」などと言っている。 後ろから娘の騒ぐ声が聞こえたが、永倉は千鶴をひっぱりながらずんずん進んでいく。何が起きたのかぼうっとしていた千鶴だったが、ふとわれに返ると、さきほど娘がからかった自分の荒れた手を永倉が握っている。 思わず手を振り払うと、永倉が振り返った。
「あっすみませっ・・・。あ、あの、手が荒れているので、その・・・」
「関係ねぇよ」
その言葉に永倉を見ると、そっぽを向いた永倉の耳が赤い。 そっぽを向いたまま、永倉は手を伸ばし、千鶴の手を握った。
「嫌なら、手を解いてくれていいからよ」
繋がれた手は、大きくて、暖かくて、千鶴の手をしっかりと包み込む。武士が女子の手を握りながら歩くなんて恥ずかしいだろうと思うのだが、あまりの嬉しさに涙を浮かべて千鶴は永倉の手を握り返す。
振り返った永倉の笑顔が、それこそ太陽のようで、千鶴はいつまでも手をつなげていたい、と願った。
千鶴は目のさめるようなつめたい井戸の水で顔を洗うと、急いで部屋にとって返し、薄く化粧をした。もっとも、一日けが人、病人の世話で化粧直しも出来ないのだから、本当に薄く、今から会う人だけに、見せるためだけに。
部屋を出て再度井戸へ向かうと、そこには男達が数人並んでいた。
「おはようございます、先生方」
千鶴の声に振り向いた男達が、口々に挨拶をよこす。最後に、顔を洗っていた男が顔を上げ、顔を拭きながら、にかっと笑って声を掛けた。
「おう、いつも早いな、千鶴ちゃん!」
「永倉先生も、おはようございます」
毎日の儀式。永倉に見せるためだけに、施す化粧。これだけで、千鶴は幸せになれるのだ。
千鶴はしばらく前から永倉に好意を持つようになったが、永倉にその想いを伝える気はない。なにより向こうは千鶴を妹のように扱うし、下手にこの想いを伝えて断られ、ぎくしゃくするならいっそこのままがいい。ずっとそう思っていけると思っていた。
ある日、巡察から帰ってきた永倉を、隊士達がからかっている。わけ隔てなく接する永倉には、隊士達もなついているので、そんなことが出来るのだ。何事かと顔を見せた千鶴に、隊士の一人が笑いながら声を掛けた。
「先生、永倉組長が、恋文をもらったんですよ!」
ずきん。 心の痛みに気づかない振りをして、千鶴はにこやかに永倉を見た。
「永倉先生、よかったですね!どちらの方からですか?」
永倉は柄にもなく赤い顔をしながら、いや、まぁ、などといいながら、さっさと部屋へあがってしまった。
「先生、これがまたなかなかの別嬪で、大店の娘だそうですよ!」
「二番組が巡察でいつも前を通るので、目を付けられたみたいです、永倉先生」
「なかなか強気そうな、押しの強い女子でしたよ」
ふんふん、と相槌をうちながら、千鶴は来るべき時が来たのかなぁ、とぼんやり思った。飛ぶ鳥落とす勢いの新撰組の、何と言っても二番組の組長だ。花街でも新撰組は平隊士であっても人気があるという。幹部の永倉には大店の女子はふさわしいだろう。結縁できずとも、休息所を持つことも出来る。隊士達と別れて、診療所へ向かいながら、千鶴はくすりと苦笑いした。 どこの馬の骨ともわからない自分が、永倉先生の相手になれるわけはないんだから・・・。
その娘がいきなり屯所へやってきたのは次の日である。 永倉が大店の娘(押しが強い)から恋文をもらった件は屯所中に知れ渡っていたので、娘が通された座敷の外には男達が鈴なりだった。
「あれが押しの強い大店の娘か・・・」
「確かに、よく屯所まで来るよな・・・」
「しあし別嬪だ」
「永倉先生には、どうかなぁ・・・」
娘と相対するは、近藤局長と土方副長。娘の横には父親と見られるこれまた裕福そうな男が座っていた。 診療所にいる千鶴は娘を見ることはできないが、隊士達の騒ぎようから、「別嬪」さんなのだろう。ふぅ、とため息をつきながら片づけをしていると、「先生」と声がかかり、そっと永倉が入ってきた。
「あ、あれ、永倉先生?今先生宛にお客様が・・・」
「ああ、知ってんだけどさ、いや、急に来られても、こっちの準備がっつーか・・・」
所在無げに立ち尽くす永倉に座るよう進め、千鶴は永倉に向かって座りなおした。
「今日いらっしゃったのは、なんの御用なんでしょう?」
「まぁ・・・親御さんがいるから、まぁ、そういう話かと・・・」
永倉は少し赤い顔をしながら、右手のこぶしをあごに当てて、庭を眺めている。そんな永倉の様子を見ながら、千鶴は永倉が所帯を持ち、子を持つ姿を想像してしまった。知られぬよう、ふう、と小さくため息をつき、隊士達が呼びにくるまで、二人は黙って座っていた。
隊士たちは呼びにはきたが、意外にも呼ばれたのは千鶴であった。不審に思いながら、永倉を部屋に残し、座敷へ向かう。 部屋の中には、男だらけの屯所には不釣合いな美しい娘が座っていた。赤く染め抜いた花模様が目を引く着物に、豪華な簪、なにより勝気そうな大きな目が印象的な、なるほど「別嬪」さんだ。 近藤に進められるまま、挨拶をして部屋へ入った。 近藤の話によると、娘の父親が最近体調が思わしくなく、そうだ、新撰組に良い医者がいるらしい、ちょっと診て貰えないかな、と来てみたというわけだ。もちろん、 ついでに娘のことも売っておこう、という親心ありであろう。 そういわれては、断るわけにもいかないし、何より将来永倉と所帯を持つかもしれない娘の父親だ。心を殺して、きちんと診察しよう、と千鶴は思った。
父親を連れて診察室へ来ると、永倉はそこにはいなかった。だが、遠くから、女子の楽しげな声が聞こえてきた。娘が永倉を見つけ、話しかけているのだろう。落ち着いて、落ち着いて・・・。念じながら診察をするものの、目に浮かぶ涙をとめることはできなかった。 診察の結果、娘の父親は暑気あたりで一過性の体調不良だと思われ、そう告げると嬉しそうであった。悪い人じゃないんだなぁ・・・と、永倉の未来の舅が良さそうな人で、ほっとする複雑な千鶴であった。
座敷に戻ると、娘と永倉が向かい合わせで座っている。娘はがんがんと話しかけるが、永倉は照れているのか、ああ、とか、はぁ、とか呟いているだけだ。 永倉先生、もうちょっと愛想よくしないと・・・、と目配せをするが、こっちをみないのだから伝わらない。結局診断も終わったことだし、二人は帰ることとなり、皆で玄関まで見送りに出た。 玄関口で挨拶をしているとき、娘が千鶴に向かって声を掛けた。
「せんせ、お父はん診てくれはっておおきに。せんせみたいな名医がいらしたら、新撰組のみなさんも安心やし」
いえいえ、などと応えているときに、娘がすっとんきょうな声を出した。
「せんせ、手が荒れてはるやない。女子やのに、手入れしまへんの?」
はっと千鶴は両手を握って隠すようにした。その場に居た人たちが千鶴を振り返る。毎日診察をしている千鶴は、手を洗う回数が多く、どうしても手が荒れる。薬をつけようとしても、すぐに治療のために手を洗うのだから、つける暇もなかった。
「あっえっと、そ、そうですね、すみま・・・せん・・・」
慌ててわけもなく謝ってしまった千鶴に、娘はからからと笑う。悪意で言ってるんじゃないんだろうなぁ・・・と思うものの、大勢の前で、想う永倉の前で手のことを言われたのには落ち込んでしまった。 途端。
「それでは、俺たちは用があるので」
と声がしたかと思うと、永倉が千鶴の手を握り、さっさと千鶴に履物をはかせて歩き出した。ぽかんとする皆の前を通り抜けると、振り返り
「近藤さん、土方さん、ちょっと今夜は遅くなるけど、門限までには帰ってくるから」
といい、ずんずんと千鶴の手を引っ張りながら歩いていく。土方はまるで動揺せず、「ああ、行って来い」などと言っている。 後ろから娘の騒ぐ声が聞こえたが、永倉は千鶴をひっぱりながらずんずん進んでいく。何が起きたのかぼうっとしていた千鶴だったが、ふとわれに返ると、さきほど娘がからかった自分の荒れた手を永倉が握っている。 思わず手を振り払うと、永倉が振り返った。
「あっすみませっ・・・。あ、あの、手が荒れているので、その・・・」
「関係ねぇよ」
その言葉に永倉を見ると、そっぽを向いた永倉の耳が赤い。 そっぽを向いたまま、永倉は手を伸ばし、千鶴の手を握った。
「嫌なら、手を解いてくれていいからよ」
繋がれた手は、大きくて、暖かくて、千鶴の手をしっかりと包み込む。武士が女子の手を握りながら歩くなんて恥ずかしいだろうと思うのだが、あまりの嬉しさに涙を浮かべて千鶴は永倉の手を握り返す。
振り返った永倉の笑顔が、それこそ太陽のようで、千鶴はいつまでも手をつなげていたい、と願った。
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