簪
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翌日。 どこに誰が潜んでいたのか、前夜の土方と千鶴のやりとりは隊士中に広まった。土方の冷たさに憤るもの、千鶴のおかげで酒が飲めていたと感謝するもの色々だが、とにかく隊士達の千鶴に対する態度はこのうえなく向上した。 そして、千鶴のほうはというと・・・。
「はい!そこの皆さん、ごろごろしているなら部屋の掃除をしてください!清潔な環境こそ重要です!そちらの皆さんは、着物を洗って!」
「千鶴先生、張り切ってるねぇ・・・」
沖田がぼそっと呟いた。
「本当だなぁ。噂じゃ土方さんにこてんぱんにやられたらしいから慰めてやらなきゃと思ったけど、前以上に元気だな」
そういう藤堂に、
「空元気って感じでもねぇしな」
と原田。 隊士たちも、隙あらば慰めることで一気に距離を・・・と下心を抱いていたものの、千鶴の張り切りように戸惑っている。
「先生、今日はいつもに増して・・・お元気ですね」
千鶴は井戸端で治療道具を洗いながら、にっこり笑って応えた。
「ええ。なんだか雲が晴れたような感じです!」
きょとんとする隊士をよそに、千鶴は笑いながら洗い物に戻った。きれいに洗った道具を、縁側に置いた手ぬぐいの上へ並べていく。この日差しなら、まもなく乾くだろう。千鶴は横へ腰を下ろし、庭を眺めた。 遠くから稽古の掛け声が聞こえてくる。なんとなしにその声を聞きながら、昨夜のことを思い出した。
(怒ってたなぁ、土方副長・・・)
だが、一晩泣いて、泣きつかれて眠って、目が覚めたら、不思議なほどすっきりしたのだ。
(だって、もう可能性はまったく無いんだから)
今までは、そっけなくされても、冷たくされても、(それでも、もしかしたら)と一縷の望みを抱いていた。だが、昨日のようにはっきりと怒りを向けられると、そんな小さな可能性は吹き飛んだ。
(まったく望みがないんだから、もう土方副長を気にしなくて済む・・・)
望みは、時に苦痛を与える。あきらめることも許してくれず、もしかしたら、明日こそ、と心を惑わせる。だがその望みも、どうやらあきらめて姿を消した。千鶴は、やっと自分に平穏な心が戻ってきたことに気づいたのだ。 これでいいや。 庭を渡る涼やかな風にあたりながら、千鶴はそっと微笑んだ。
数日後。外出先から治療室へ戻った千鶴は、文机の上に包みがあるのを見つけた。手に取ると、軽い。
(薬か治療道具か、何か注文しただろうか?)
不思議に思いながら包みを開けると、質素だが上品な柄の木箱が出てきた。更に箱を開けると、中には
「簪?」
そっと手に取ると、とんぼ玉がきらりと光った。珊瑚色の玉に、金色の筋が数本描かれている。陽の光に反射し、きらきらと輝いている。千鶴は簪を光にかかげたまま、ぼんやりと眺めていた。 はっとわれに返り、慌てて木箱に戻す。
(こんなの、私にくれる人はいないし、誰かの忘れ物かな?これ、どうしよう・・・)
千鶴は、木箱を抱えて途方にくれた。
夕刻。大勢の隊士達が夕飯をと一度に取るため、手が空いているときは千鶴も準備を手伝う。広間で皆にご飯をよそっているとき、各組の組長達に声を掛けた。
「永倉先生、原田先生、今日治療室に簪の落し物があったんです。きちんと木箱に入って、包んでありましたから、どなたかへの贈り物だと思うんです。隊士の皆さんにお探しの方がいらっしゃったら、私がお預かりしているとお伝えください」
永倉はご飯をかっこみながら、
「おう、いいぜ!しっかし、そんな高価そうなもん、落とすバカがいるのかねぇ」
と笑い出す。他の幹部達も混じって、きっと三番隊のだれそれだ、新しい芸妓にはまったらしい、などと持ち主を考え始めた。その様子を見ながら、
(高価なものだから、お給金のいい幹部のどなたかと思ったんだけど・・・。違うのかぁ)
部屋へ戻ると、千鶴は再び簪を取り出した。きらきら光る玉、淡い色合いは、どんな女子も喜ぶものだろう。
(いいな、こんな物をもらえる人は・・・)
誰かへの贈り物だから、自分がつけるわけにはいかない。でも・・・。千鶴は、簪を髪の横へ持ち上げて、鏡をのぞいた。簪一本で、一気に華やかになった気がした。と同時に、心が沈む。
(つけたって、誰が見てくれるわけでもないしね・・・)
簪を戻そうとしたとき、頭の片隅で (土方副長が見てくれる訳でもなし) とふっと考えた。そして、自分も意外としつこいんだな、と思い、情けなくなりながら、苦笑して簪を箱にしまった。
次の日。
「よう、先生。簪の主は見つかったかい?」
「永倉先生。いえ、まだいらっしゃいません。おかしいですねぇ、あんな高価なもの、無くせばすぐ気づかれると思うんですが」
そんな話をしながら廊下を歩いていると、近藤と土方に出くわした。
「おはようございます、局長、副長」
「ああ、千鶴先生、お早う!」
(そうだ、お二人にはまだ聞いてなかった・・・)
「あの、簪の落し物があったんですが、先生方のではありませんか?珊瑚色のトンボだまをつかったもので、高価なものだと思うんですが」
「うん?いや、俺ではないなぁ。トシはどうだ?」
話を振られた土方は、やはりそっぽを向いたまま、「俺じゃねぇ」と一言呟いた。
「そうですか・・・。では、また引き続き探すことにします。失礼いたしました」
挨拶が終わらぬ間に、土方はさっさと歩き出した。
(大丈夫。もう、希望はとっくに消えてるんでしょう?)
千鶴は土方の背を見ながら、自分に言い聞かせ、治療室へ向かって歩き出した。
一通り診察が終わり、休憩しようとしたとき。 ぱんっ。 と、障子が開いた。
「ひ、土方副長?」
またしても怒った表情でずかずかと部屋へ入ってくる。
「あ、あの、ご機嫌、いえ、ご気分でも悪・・・」
「簪は?」
一瞬ぽかんとしたあと、ああ、と呟いた。
「ああ、あれは・・・土方副長のでしたか。はい、ちゃんとしまってございます。ここに・・・」
文机の引き出しから包みを取り出し、土方に渡す。土方は受け取ると、そのまま千鶴の手に押し付けてきた。
「? あの、土方副長?」
「お前のだ」
「・・・私の?」
見ると、土方は相変わらずそっぽを向いている。
「あんたも女子なんだ。変な気を使わずに、きれいな着物でも簪でも買えよ」
ぽかんと包みを眺めたあと、千鶴は恐る恐る問いかけた。
「つまり・・・。これは、土方副長が、私のために、買ってくださった、ということですか?」
「いちいち確認する奴があるか!とにかく、その、さっき言ったように、あれだ、・・・」
いつのまにか真っ赤になって、小声でぼそぼそと言った後、くるっと後ろを向いた。
「こないだは、悪かった」
そして、来た時と同じように、ぱんっと障子を開けて、出て行った。 部屋にぽつんと取り残された千鶴は、ゆっくりと木箱を開けた。きらきらと輝くとんぼ玉の簪。そっと取り出して、胸元でぎゅっと握り締めた。 苦痛が伴っても良い。それでもいいから、もう一度、望みを持ってみようか。 髪にさした簪は、千鶴を応援するように輝いていた。
「はい!そこの皆さん、ごろごろしているなら部屋の掃除をしてください!清潔な環境こそ重要です!そちらの皆さんは、着物を洗って!」
「千鶴先生、張り切ってるねぇ・・・」
沖田がぼそっと呟いた。
「本当だなぁ。噂じゃ土方さんにこてんぱんにやられたらしいから慰めてやらなきゃと思ったけど、前以上に元気だな」
そういう藤堂に、
「空元気って感じでもねぇしな」
と原田。 隊士たちも、隙あらば慰めることで一気に距離を・・・と下心を抱いていたものの、千鶴の張り切りように戸惑っている。
「先生、今日はいつもに増して・・・お元気ですね」
千鶴は井戸端で治療道具を洗いながら、にっこり笑って応えた。
「ええ。なんだか雲が晴れたような感じです!」
きょとんとする隊士をよそに、千鶴は笑いながら洗い物に戻った。きれいに洗った道具を、縁側に置いた手ぬぐいの上へ並べていく。この日差しなら、まもなく乾くだろう。千鶴は横へ腰を下ろし、庭を眺めた。 遠くから稽古の掛け声が聞こえてくる。なんとなしにその声を聞きながら、昨夜のことを思い出した。
(怒ってたなぁ、土方副長・・・)
だが、一晩泣いて、泣きつかれて眠って、目が覚めたら、不思議なほどすっきりしたのだ。
(だって、もう可能性はまったく無いんだから)
今までは、そっけなくされても、冷たくされても、(それでも、もしかしたら)と一縷の望みを抱いていた。だが、昨日のようにはっきりと怒りを向けられると、そんな小さな可能性は吹き飛んだ。
(まったく望みがないんだから、もう土方副長を気にしなくて済む・・・)
望みは、時に苦痛を与える。あきらめることも許してくれず、もしかしたら、明日こそ、と心を惑わせる。だがその望みも、どうやらあきらめて姿を消した。千鶴は、やっと自分に平穏な心が戻ってきたことに気づいたのだ。 これでいいや。 庭を渡る涼やかな風にあたりながら、千鶴はそっと微笑んだ。
数日後。外出先から治療室へ戻った千鶴は、文机の上に包みがあるのを見つけた。手に取ると、軽い。
(薬か治療道具か、何か注文しただろうか?)
不思議に思いながら包みを開けると、質素だが上品な柄の木箱が出てきた。更に箱を開けると、中には
「簪?」
そっと手に取ると、とんぼ玉がきらりと光った。珊瑚色の玉に、金色の筋が数本描かれている。陽の光に反射し、きらきらと輝いている。千鶴は簪を光にかかげたまま、ぼんやりと眺めていた。 はっとわれに返り、慌てて木箱に戻す。
(こんなの、私にくれる人はいないし、誰かの忘れ物かな?これ、どうしよう・・・)
千鶴は、木箱を抱えて途方にくれた。
夕刻。大勢の隊士達が夕飯をと一度に取るため、手が空いているときは千鶴も準備を手伝う。広間で皆にご飯をよそっているとき、各組の組長達に声を掛けた。
「永倉先生、原田先生、今日治療室に簪の落し物があったんです。きちんと木箱に入って、包んでありましたから、どなたかへの贈り物だと思うんです。隊士の皆さんにお探しの方がいらっしゃったら、私がお預かりしているとお伝えください」
永倉はご飯をかっこみながら、
「おう、いいぜ!しっかし、そんな高価そうなもん、落とすバカがいるのかねぇ」
と笑い出す。他の幹部達も混じって、きっと三番隊のだれそれだ、新しい芸妓にはまったらしい、などと持ち主を考え始めた。その様子を見ながら、
(高価なものだから、お給金のいい幹部のどなたかと思ったんだけど・・・。違うのかぁ)
部屋へ戻ると、千鶴は再び簪を取り出した。きらきら光る玉、淡い色合いは、どんな女子も喜ぶものだろう。
(いいな、こんな物をもらえる人は・・・)
誰かへの贈り物だから、自分がつけるわけにはいかない。でも・・・。千鶴は、簪を髪の横へ持ち上げて、鏡をのぞいた。簪一本で、一気に華やかになった気がした。と同時に、心が沈む。
(つけたって、誰が見てくれるわけでもないしね・・・)
簪を戻そうとしたとき、頭の片隅で (土方副長が見てくれる訳でもなし) とふっと考えた。そして、自分も意外としつこいんだな、と思い、情けなくなりながら、苦笑して簪を箱にしまった。
次の日。
「よう、先生。簪の主は見つかったかい?」
「永倉先生。いえ、まだいらっしゃいません。おかしいですねぇ、あんな高価なもの、無くせばすぐ気づかれると思うんですが」
そんな話をしながら廊下を歩いていると、近藤と土方に出くわした。
「おはようございます、局長、副長」
「ああ、千鶴先生、お早う!」
(そうだ、お二人にはまだ聞いてなかった・・・)
「あの、簪の落し物があったんですが、先生方のではありませんか?珊瑚色のトンボだまをつかったもので、高価なものだと思うんですが」
「うん?いや、俺ではないなぁ。トシはどうだ?」
話を振られた土方は、やはりそっぽを向いたまま、「俺じゃねぇ」と一言呟いた。
「そうですか・・・。では、また引き続き探すことにします。失礼いたしました」
挨拶が終わらぬ間に、土方はさっさと歩き出した。
(大丈夫。もう、希望はとっくに消えてるんでしょう?)
千鶴は土方の背を見ながら、自分に言い聞かせ、治療室へ向かって歩き出した。
一通り診察が終わり、休憩しようとしたとき。 ぱんっ。 と、障子が開いた。
「ひ、土方副長?」
またしても怒った表情でずかずかと部屋へ入ってくる。
「あ、あの、ご機嫌、いえ、ご気分でも悪・・・」
「簪は?」
一瞬ぽかんとしたあと、ああ、と呟いた。
「ああ、あれは・・・土方副長のでしたか。はい、ちゃんとしまってございます。ここに・・・」
文机の引き出しから包みを取り出し、土方に渡す。土方は受け取ると、そのまま千鶴の手に押し付けてきた。
「? あの、土方副長?」
「お前のだ」
「・・・私の?」
見ると、土方は相変わらずそっぽを向いている。
「あんたも女子なんだ。変な気を使わずに、きれいな着物でも簪でも買えよ」
ぽかんと包みを眺めたあと、千鶴は恐る恐る問いかけた。
「つまり・・・。これは、土方副長が、私のために、買ってくださった、ということですか?」
「いちいち確認する奴があるか!とにかく、その、さっき言ったように、あれだ、・・・」
いつのまにか真っ赤になって、小声でぼそぼそと言った後、くるっと後ろを向いた。
「こないだは、悪かった」
そして、来た時と同じように、ぱんっと障子を開けて、出て行った。 部屋にぽつんと取り残された千鶴は、ゆっくりと木箱を開けた。きらきらと輝くとんぼ玉の簪。そっと取り出して、胸元でぎゅっと握り締めた。 苦痛が伴っても良い。それでもいいから、もう一度、望みを持ってみようか。 髪にさした簪は、千鶴を応援するように輝いていた。
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