簪
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「金が無いだと?」
眉間にしわを寄せた土方の前で頭を下げるのは、監察方の小原。新撰組は西本願寺への引越しの最中で、みなばたばたしている。今まで世話になった壬生の八木家をはじめ、屯所として使わせてもらった家は、そもそも新撰組の面倒を見るためにかかる費用をどこからかもらっていたわけではない。ただ、面倒をみよ、と命令され、毎日の食事に酒、風呂などを提供し、挙句家で刃傷沙汰など起こされているのだから、泣きっ面に蜂状態ではあったが、壬生住人士の長老を務める八木の当主の心意気か、今まで文句も言わず世話をしてくれた。 せめて少しでもその恩に報おうといくらかでも包もうとしたのだが、 「金が無いだと?」 ということになったのだ。
「屯所移転の噂を聞いて、取立てに商家が大層押し寄せまして・・・。隊士達も掛けを返すのに給金を借りにきたものも多く・・・」
青い顔から冷や汗を垂らしながら小原が説明する。
「まったく、とんだ恥さらしだぜ!ここまで世話になって、三両ぽっきりしかわたせないってんだぜ!?」
「まぁ落ち着け、トシ。皆が出し合えば何とかなるかも知れん」
近藤はそういうが、給金が多く潤っているはずの近藤や幹部達は、花街での遊びが過ぎて、手持ちはたいしてないのだ。斉藤ですら、新しい刀を求めたとの事で、当てには出来ない。
「トシ・・・。一人手持ちがありそうな人がいるが、駄目か?」
「まさか、先生じゃねぇだろうな」
「う、あー、・・・駄目か?」
「だ・め・だ!」
だが、背に腹はかえられない。
「手持ち、ですか?」
きょとんと目を見開いた千鶴の前には、苦笑いを浮かべる近藤と、そっぽを向いた土方。
「すまんが、八木殿への礼を払いたいのだが、勘定方がほとんど使ってしまってね。みなまとまった手持ちはないし、もし先生がお持ちなら、都合を付けていただければと・・・。なぁ、トシ?」
「俺はしらねぇ!」
千鶴は横を向く土方を見て、俯いた。
(私、やっぱり嫌われてるのかなぁ・・・)
ここに来てからもう数ヶ月たつ。医師として隊士達の治療や健康管理にあたり、近藤はじめ、幹部達の信用をそれなりに得てきたと思う。だが、土方だけは、いつもそっけない。体調が悪そうなときも、けして治療室へは足を運ばないし、 (避けられてるのかなあ・・・) と、ため息をついた。
「あ、いや先生、もしきついようであれば、無理してとは言わんが・・・」
「あっいいえ、そうではなくて!いえ、大丈夫です!手持ち、あります!今持ってまいります!」
土方のかもし出す雰囲気に耐えられなくなって、千鶴は近藤の礼の言葉もそこそこに部屋を飛び出した。 自分の部屋に戻って、ふぅ、とため息をつき、しまってある小箱を取り出した。
(いくらぐらい必要かな・・・?)
とはいえ、千鶴もそれほどあるわけではない。みると、八両と少し。治療に使う麻酔薬や道具を購入するために必要な金子だが、西本願寺へ転居したあと、恐らくすぐ給金として幕府からお金が届くだろうから、そこから返してもらえるだろう。
(結構皆お給料いただいてるのに、つかっちゃってるんだな・・・)
そっぽを向いていた土方も、手持ちがそれほど無いということは、花街での遊び代がかかっているのだろうか。 ふふ、と笑い、そして落ち込んだ。
(土方副長・・・。もてるだろうしなぁ)
当初は右も左もわからず、また荒くれ者たちの集団と恐れられる新撰組に身をおき、ただ我武者羅に日々を暮らしていたが、だんだんと皆がそれほど恐ろしい人たちではないことに気づき始めた。近藤局長をはじめ、幹部の人たちはみな優しい。治療でともすれば連日徹夜することもある千鶴のために、甘いものをくれたり、芝居見物に連れて行ってくれたりもする。 そんななか、土方はいつもそっけない。そして、そのそっけない土方を、千鶴は好きになってしまったのだ。
(あ~あ、なぜこんなにも可能性の無い人を好きになってしまったんだろう・・・)
とぼとぼと局長室へ向かう。声をかけて中へ入ると、そこには土方の姿が無かった。 千鶴の あ、という表情に慌てて近藤が
「いや、トシは総司たちに呼ばれて。引越しの手配はトシがやはり適任だからな!」
(嘘っぽい・・・。やっぱり土方副長、私に会わないように出て行かれたんだな・・・)
「・・・すみません。私もそれほど手持ちが無いのですが、八両なら・・・」
「いやいや、恩にきるよ、先生。本当に申し訳ない。この通り!」
頭を下げる近藤に、千鶴は慌てて話しかけた。
「いえ、本当はもっとあればよかったんですけど。このお金は気になさらないでください。土方副長・・・にも、そのように・・・」
「ああ、トシなぁ、あいつは何を意固地になってるんだか・・・。先生、あいつは悪い奴じゃないんだが、なんでか先生にはああいう態度を取るんだ」
(それは多分、私を嫌っているからですよ、局長・・・)
何か嫌われることでもしたのかなぁ、と千鶴はまたため息をついた。 引越しもほぼ終わりかけ、落ち着いてきた頃、土方は八木家当主の八木源之丞と妻の居間に居た。
「八木殿、おまさ殿、今までお世話になりました」
「いえいえ、大したこともできまへんどしたけど、皆さんに寛いでもらえたんどしたら、 うちらもお世話したかいがあったいうもんどす」
土方は懐に手をいれ、少し躊躇してから、包みを引き出して前に置いた。
「こちらは、少ないですが・・・」
源之丞がおまさと顔を見合わせ、手に取る。
「今までのお礼です。なにぶん物入りのときですので、少ししか用意できませんでしたが・・・」
「土方はんこれはいただけまへんな」
源之丞が、包みをすっと押し返した。
「いや、そういうわけには。実際今まで何のお支払いもせず飲み食いさせていただいた上に・・・」
土方は二人の様子を見て、話すのをとめた。
「ほな、やっぱりあれはせんせ一人のお考えどしたんやなぁ」
ぼそりと、おまさが呟いた。
「先生?千鶴先生のことですか?」
「へぇ。皆さんには言わへんようにとのことやったから、なんか変やなぁとは思とったんどすけどな・・・。実は千鶴せんせ、ちょくちょく町衆に頼まれて往診しはることございましたやろ?隊での治療だけやなくて。そういったときにもろた治療代、よううっとこにくれはってたんどす」
「・・・本当ですか?」
「私もおまさには受け取らんほうがええいうたんどすけど、先生がどうしても言わはりましたさかい。局長副長には話してあるいうてはったけど、やっぱりこういうことでしたんやなぁ」
土方の眉間のしわが増えるのをみて、おまさが慌てて付け加えた。
「土方せんせ、怒りはったらあきまへんえ。せんせのお金のおかげでうっとこが助かったんも事実どす。おかげで皆さんの食事にお銚子も毎日つけれましたしなぁ。うちもあんまり新撰組のみなさんに気ぃつかうことあらへん言うたんどす。せんせは医者としてほんまに役立たれてますやろ。せやけど千鶴せんせ、みなさんのために何かしたいいわはって・・・」
「せんせ、新撰組のみなさんのこと、ほんまにお好きやからなぁ」
「せんせも女子やし、きれいな着物や簪の一つも欲しいやろ、いうたんどすけど、そんなもん自分には似合わへんいわはって・・・」
「おきれいな方やから、今でも狙てはる男はぎょうさんおるけどな」
二人の話がそれたところで、土方は挨拶をして、居間を出た。
その夜、新しく与えられた治療室で片付けをしている千鶴のところに、土方がやってきた。思いがけない人物の登場に慌てる千鶴の前に、ぽん、と土方が包みを投げた。
「借りた八両だ。返す」
「えっでも・・・今日八木様にお渡しされたのでは?」
「あんた、いつも八木殿に金を渡してたらしいな。なんで黙ってた?」
「・・・それは・・・。言うことでもないと思いましたし、私も八木様のお宅でお世話になってましたし・・・」
土方の明らかに怒っている様子に、千鶴がおろおろと返答する。
「余計なことをするな。こちらが恥をかく。こちらが用意した三両だけを先ほど渡してきた。あんたの金は金輪際うけとらない」
千鶴は自分の膝の前に落とされた包みを見つめた。考えてみればそのとおりだ。新撰組預かり身分の自分が、差し出がましく裏で金を渡したということは、新撰組、ひいては局長、副長の顔に泥を塗ったことになる。ただ皆のためになるだろうと簡単に考えて、土方に恥をかかせたのだ。
「申し訳・・・ございませんでした」 包みを拾おうと手を前に出すと、目からあふれた涙が落ちかける。
(泣くな、千鶴。自分の失敗なんだから、泣いたらいけない)
包みを懐へしまうと、手をついて頭を下げた。
「浅慮でございました。土方副長はじめ、近藤局長にもご迷惑をおかけして・・・」
話し終わらないうちに、さっと土方が立ち上がったのがわかった。
「以上だ。明日からはこのようなことを坊さんにはしてくれるなよ」
ぱしんと閉められた障子を、千鶴は涙の浮かんだ目でしばらく見つめ続けた。
眉間にしわを寄せた土方の前で頭を下げるのは、監察方の小原。新撰組は西本願寺への引越しの最中で、みなばたばたしている。今まで世話になった壬生の八木家をはじめ、屯所として使わせてもらった家は、そもそも新撰組の面倒を見るためにかかる費用をどこからかもらっていたわけではない。ただ、面倒をみよ、と命令され、毎日の食事に酒、風呂などを提供し、挙句家で刃傷沙汰など起こされているのだから、泣きっ面に蜂状態ではあったが、壬生住人士の長老を務める八木の当主の心意気か、今まで文句も言わず世話をしてくれた。 せめて少しでもその恩に報おうといくらかでも包もうとしたのだが、 「金が無いだと?」 ということになったのだ。
「屯所移転の噂を聞いて、取立てに商家が大層押し寄せまして・・・。隊士達も掛けを返すのに給金を借りにきたものも多く・・・」
青い顔から冷や汗を垂らしながら小原が説明する。
「まったく、とんだ恥さらしだぜ!ここまで世話になって、三両ぽっきりしかわたせないってんだぜ!?」
「まぁ落ち着け、トシ。皆が出し合えば何とかなるかも知れん」
近藤はそういうが、給金が多く潤っているはずの近藤や幹部達は、花街での遊びが過ぎて、手持ちはたいしてないのだ。斉藤ですら、新しい刀を求めたとの事で、当てには出来ない。
「トシ・・・。一人手持ちがありそうな人がいるが、駄目か?」
「まさか、先生じゃねぇだろうな」
「う、あー、・・・駄目か?」
「だ・め・だ!」
だが、背に腹はかえられない。
「手持ち、ですか?」
きょとんと目を見開いた千鶴の前には、苦笑いを浮かべる近藤と、そっぽを向いた土方。
「すまんが、八木殿への礼を払いたいのだが、勘定方がほとんど使ってしまってね。みなまとまった手持ちはないし、もし先生がお持ちなら、都合を付けていただければと・・・。なぁ、トシ?」
「俺はしらねぇ!」
千鶴は横を向く土方を見て、俯いた。
(私、やっぱり嫌われてるのかなぁ・・・)
ここに来てからもう数ヶ月たつ。医師として隊士達の治療や健康管理にあたり、近藤はじめ、幹部達の信用をそれなりに得てきたと思う。だが、土方だけは、いつもそっけない。体調が悪そうなときも、けして治療室へは足を運ばないし、 (避けられてるのかなあ・・・) と、ため息をついた。
「あ、いや先生、もしきついようであれば、無理してとは言わんが・・・」
「あっいいえ、そうではなくて!いえ、大丈夫です!手持ち、あります!今持ってまいります!」
土方のかもし出す雰囲気に耐えられなくなって、千鶴は近藤の礼の言葉もそこそこに部屋を飛び出した。 自分の部屋に戻って、ふぅ、とため息をつき、しまってある小箱を取り出した。
(いくらぐらい必要かな・・・?)
とはいえ、千鶴もそれほどあるわけではない。みると、八両と少し。治療に使う麻酔薬や道具を購入するために必要な金子だが、西本願寺へ転居したあと、恐らくすぐ給金として幕府からお金が届くだろうから、そこから返してもらえるだろう。
(結構皆お給料いただいてるのに、つかっちゃってるんだな・・・)
そっぽを向いていた土方も、手持ちがそれほど無いということは、花街での遊び代がかかっているのだろうか。 ふふ、と笑い、そして落ち込んだ。
(土方副長・・・。もてるだろうしなぁ)
当初は右も左もわからず、また荒くれ者たちの集団と恐れられる新撰組に身をおき、ただ我武者羅に日々を暮らしていたが、だんだんと皆がそれほど恐ろしい人たちではないことに気づき始めた。近藤局長をはじめ、幹部の人たちはみな優しい。治療でともすれば連日徹夜することもある千鶴のために、甘いものをくれたり、芝居見物に連れて行ってくれたりもする。 そんななか、土方はいつもそっけない。そして、そのそっけない土方を、千鶴は好きになってしまったのだ。
(あ~あ、なぜこんなにも可能性の無い人を好きになってしまったんだろう・・・)
とぼとぼと局長室へ向かう。声をかけて中へ入ると、そこには土方の姿が無かった。 千鶴の あ、という表情に慌てて近藤が
「いや、トシは総司たちに呼ばれて。引越しの手配はトシがやはり適任だからな!」
(嘘っぽい・・・。やっぱり土方副長、私に会わないように出て行かれたんだな・・・)
「・・・すみません。私もそれほど手持ちが無いのですが、八両なら・・・」
「いやいや、恩にきるよ、先生。本当に申し訳ない。この通り!」
頭を下げる近藤に、千鶴は慌てて話しかけた。
「いえ、本当はもっとあればよかったんですけど。このお金は気になさらないでください。土方副長・・・にも、そのように・・・」
「ああ、トシなぁ、あいつは何を意固地になってるんだか・・・。先生、あいつは悪い奴じゃないんだが、なんでか先生にはああいう態度を取るんだ」
(それは多分、私を嫌っているからですよ、局長・・・)
何か嫌われることでもしたのかなぁ、と千鶴はまたため息をついた。 引越しもほぼ終わりかけ、落ち着いてきた頃、土方は八木家当主の八木源之丞と妻の居間に居た。
「八木殿、おまさ殿、今までお世話になりました」
「いえいえ、大したこともできまへんどしたけど、皆さんに寛いでもらえたんどしたら、 うちらもお世話したかいがあったいうもんどす」
土方は懐に手をいれ、少し躊躇してから、包みを引き出して前に置いた。
「こちらは、少ないですが・・・」
源之丞がおまさと顔を見合わせ、手に取る。
「今までのお礼です。なにぶん物入りのときですので、少ししか用意できませんでしたが・・・」
「土方はんこれはいただけまへんな」
源之丞が、包みをすっと押し返した。
「いや、そういうわけには。実際今まで何のお支払いもせず飲み食いさせていただいた上に・・・」
土方は二人の様子を見て、話すのをとめた。
「ほな、やっぱりあれはせんせ一人のお考えどしたんやなぁ」
ぼそりと、おまさが呟いた。
「先生?千鶴先生のことですか?」
「へぇ。皆さんには言わへんようにとのことやったから、なんか変やなぁとは思とったんどすけどな・・・。実は千鶴せんせ、ちょくちょく町衆に頼まれて往診しはることございましたやろ?隊での治療だけやなくて。そういったときにもろた治療代、よううっとこにくれはってたんどす」
「・・・本当ですか?」
「私もおまさには受け取らんほうがええいうたんどすけど、先生がどうしても言わはりましたさかい。局長副長には話してあるいうてはったけど、やっぱりこういうことでしたんやなぁ」
土方の眉間のしわが増えるのをみて、おまさが慌てて付け加えた。
「土方せんせ、怒りはったらあきまへんえ。せんせのお金のおかげでうっとこが助かったんも事実どす。おかげで皆さんの食事にお銚子も毎日つけれましたしなぁ。うちもあんまり新撰組のみなさんに気ぃつかうことあらへん言うたんどす。せんせは医者としてほんまに役立たれてますやろ。せやけど千鶴せんせ、みなさんのために何かしたいいわはって・・・」
「せんせ、新撰組のみなさんのこと、ほんまにお好きやからなぁ」
「せんせも女子やし、きれいな着物や簪の一つも欲しいやろ、いうたんどすけど、そんなもん自分には似合わへんいわはって・・・」
「おきれいな方やから、今でも狙てはる男はぎょうさんおるけどな」
二人の話がそれたところで、土方は挨拶をして、居間を出た。
その夜、新しく与えられた治療室で片付けをしている千鶴のところに、土方がやってきた。思いがけない人物の登場に慌てる千鶴の前に、ぽん、と土方が包みを投げた。
「借りた八両だ。返す」
「えっでも・・・今日八木様にお渡しされたのでは?」
「あんた、いつも八木殿に金を渡してたらしいな。なんで黙ってた?」
「・・・それは・・・。言うことでもないと思いましたし、私も八木様のお宅でお世話になってましたし・・・」
土方の明らかに怒っている様子に、千鶴がおろおろと返答する。
「余計なことをするな。こちらが恥をかく。こちらが用意した三両だけを先ほど渡してきた。あんたの金は金輪際うけとらない」
千鶴は自分の膝の前に落とされた包みを見つめた。考えてみればそのとおりだ。新撰組預かり身分の自分が、差し出がましく裏で金を渡したということは、新撰組、ひいては局長、副長の顔に泥を塗ったことになる。ただ皆のためになるだろうと簡単に考えて、土方に恥をかかせたのだ。
「申し訳・・・ございませんでした」 包みを拾おうと手を前に出すと、目からあふれた涙が落ちかける。
(泣くな、千鶴。自分の失敗なんだから、泣いたらいけない)
包みを懐へしまうと、手をついて頭を下げた。
「浅慮でございました。土方副長はじめ、近藤局長にもご迷惑をおかけして・・・」
話し終わらないうちに、さっと土方が立ち上がったのがわかった。
「以上だ。明日からはこのようなことを坊さんにはしてくれるなよ」
ぱしんと閉められた障子を、千鶴は涙の浮かんだ目でしばらく見つめ続けた。
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