花火
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「おらおら、てめぇら!死ぬ気で飲めよ!」
その言葉に隊士達が おう!と応える。その日、壬生村の新撰組屯所では、文字通りの大宴会が繰り広げられていた。 不逞浪士たちの大捕り物が終わったのは、今から二刻も前のことだ。監察方の綿密な情報収集が実り、新撰組側には重傷者は出ても誰一人かけることなく、大勢の不逞浪士を一網打尽に出来た。会津公からも褒美の言葉をいただけるとあって、新撰組は今かつて無いほどの高揚感に包まれていた。
千鶴は負傷者の世話をしながら、隊士達のドンチャン騒ぎを聞きながら、ふと笑みをこぼした。壬生狼だのと馬鹿にされていたのが今回の働きで少しはよくなるだろう。隊士達の浮かれ具合も納得だった。
でも・・・。 一息ついたあと、髪を覆っていた手ぬぐいをとりながら、千鶴はため息をついた。何がきっかけかわからないが、この時代に「落ちて」きて、もう1年になる。新撰組お抱えの医師として働き始めてから、3ヶ月。慣れてきたとはいえ、命の削りあいをしている新撰組に身をおくことは、つらいことでもあった。 昨日まで元気に笑っていた隊士が、今日は死ぬ。誇らしげに見回りから帰ってきた隊士が返り血を浴びている。千鶴が今まで居た平和な生活とはまったく違うこの「現実」には、完全になれることは無いのだろうか。
皆、よくしてくれる。でもこの優しい人たちが、一歩屯所を出れば人を斬るのだと、そしてこうして酒盛りをするのだということが、自分の中で一つ箇所に収まらないのだ。 そうして、いつも自分は彼らと知らず知らずのうちに、見えない境界線を引いているのだと思った。
その晩、まだ収まらない騒ぎから逃れようと、千鶴は屯所近くを流れる川へ足を向けた。蛍の季節にはもう遅いが、この暑さも川を渡る風に当たればましになるかもしれない。
川へ向かい歩いていると、ふと火薬の臭いがした気がした。川が近づくにつれ、臭いは確かなものになっていく。持っている提灯では遠くまで照らせないが、確かに誰かが川原にいるようだ。 足音を忍ばせて誰なのか見ようと近づくと、気配を感じたのか、しゃがんでいた男が振り返った。
「ああ、先生じゃねぇか」
千鶴からは相手の顔は見えないが、声は確かに二番組組長の永倉だ。
「永倉先生ですか?」
「おう。千鶴先生も夜の散歩か?」
小石を踏みながら千鶴は永倉に近づいた。まだ提灯の灯りは永倉まで届かないが、そのために永倉の手元の小さな花火がかすかに見えた。
「永倉先生、線香花火をされているんですか?」
ぱちぱちと独特のはぜるような音とともに、橙色のきれいな火花が咲く。一層華やかに火花が咲いたと思うと、小さな橙色の玉がぽとりと落ちて、永倉のいる辺りが闇に融けた。
「火種が消えちまったんだ。先生、火を貸してくれねぇか」
永倉の声を頼りに近づくと、提灯の灯りにしゃがむ永倉の姿がぼんやりと見えた。そばに千鶴もしゃがみこむと、提灯の中のろうそくで花火に灯がつけられるよう永倉のほうへ提灯を差し出した。 その灯りで永倉の顔を見たとき、千鶴は戸惑って声をなくした。いつものお日様のような笑顔でもなく、屯所での宴会の最中に見せた楽しそうな笑顔でもなく、永倉は悲しそうな顔に少し笑みを浮かべていた。
「永倉先生・・・?」
永倉は線香花火に火をつけると、じっと火花を見つめた。 最初は小さな火花が飛び、だんだんと賑やかな火花の花が咲く。そして、大きくなった橙の玉は、自分の重みに耐え切れず、ぽとりと落ちた。
「・・・どうかなさったんですか?」
さっきのが最後の線香花火だったのだろう、永倉はよいしょ、と立ち上がった。川面のほうを眺めながら、永倉は囁くような声で話し出した。
「俺、いっぱい斬っちまった」
千鶴は何も言えず、しゃがんだままだ。
「いや、斬らなきゃやられるし、不逞浪士を捕まえるのに斬るのもやむなしなんだがな。なんか・・・。あいつらにも、家族とかいんだろうな、と思うとよ・・・」
千鶴は、ただじっと黙って俯いていた。
「俺たちの正義と、あいつらの正義と、ぶつかりあっちまった時は、どっちかがやられるしかねぇ。そんなことは百も承知だろうぜ、あいつらも」
永倉が、足元の小石をこつんとけった。
「俺だって、この国のために戦う気持ちは伊達じゃねぇ。こんなことは、はなっから覚悟してた。でも・・・」
千鶴が立ち上がると、提灯の灯りが永倉の顔を照らした。 くしゃり、と永倉の表情が、笑顔になった。
「いつか慣れんのかな、俺。こういう気持ちに」
笑顔のまま、永倉は自分の手を見つめた。まるでその手が返り血で染まっているかのように。そしてその笑顔が千鶴には泣き顔のように見えて、ただ黙って永倉を見つめることしか出来なかった。
「さーて。弔い花火はおしめぇだ!酔いもさめたし、今から宴会第二弾といきますか!先生、あんま遅くならねぇうちに屯所に戻れよ!」
そういうと、だっと駆け出した。 隊士達だって、永倉と同じように感じているかもしれない。初めて人を斬った者だっているだろう。そう考えると、あの騒々しさもまるで違う意味を持つように思えた。 闇に消えていく永倉の背を見ながら、一人の新撰組に在する者の心の奥を初めて垣間見た気がした。 そして、どうか慣れてしまわず、このままの永倉でいて欲しいと切に願った。
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続きは 指切り です。
その言葉に隊士達が おう!と応える。その日、壬生村の新撰組屯所では、文字通りの大宴会が繰り広げられていた。 不逞浪士たちの大捕り物が終わったのは、今から二刻も前のことだ。監察方の綿密な情報収集が実り、新撰組側には重傷者は出ても誰一人かけることなく、大勢の不逞浪士を一網打尽に出来た。会津公からも褒美の言葉をいただけるとあって、新撰組は今かつて無いほどの高揚感に包まれていた。
千鶴は負傷者の世話をしながら、隊士達のドンチャン騒ぎを聞きながら、ふと笑みをこぼした。壬生狼だのと馬鹿にされていたのが今回の働きで少しはよくなるだろう。隊士達の浮かれ具合も納得だった。
でも・・・。 一息ついたあと、髪を覆っていた手ぬぐいをとりながら、千鶴はため息をついた。何がきっかけかわからないが、この時代に「落ちて」きて、もう1年になる。新撰組お抱えの医師として働き始めてから、3ヶ月。慣れてきたとはいえ、命の削りあいをしている新撰組に身をおくことは、つらいことでもあった。 昨日まで元気に笑っていた隊士が、今日は死ぬ。誇らしげに見回りから帰ってきた隊士が返り血を浴びている。千鶴が今まで居た平和な生活とはまったく違うこの「現実」には、完全になれることは無いのだろうか。
皆、よくしてくれる。でもこの優しい人たちが、一歩屯所を出れば人を斬るのだと、そしてこうして酒盛りをするのだということが、自分の中で一つ箇所に収まらないのだ。 そうして、いつも自分は彼らと知らず知らずのうちに、見えない境界線を引いているのだと思った。
その晩、まだ収まらない騒ぎから逃れようと、千鶴は屯所近くを流れる川へ足を向けた。蛍の季節にはもう遅いが、この暑さも川を渡る風に当たればましになるかもしれない。
川へ向かい歩いていると、ふと火薬の臭いがした気がした。川が近づくにつれ、臭いは確かなものになっていく。持っている提灯では遠くまで照らせないが、確かに誰かが川原にいるようだ。 足音を忍ばせて誰なのか見ようと近づくと、気配を感じたのか、しゃがんでいた男が振り返った。
「ああ、先生じゃねぇか」
千鶴からは相手の顔は見えないが、声は確かに二番組組長の永倉だ。
「永倉先生ですか?」
「おう。千鶴先生も夜の散歩か?」
小石を踏みながら千鶴は永倉に近づいた。まだ提灯の灯りは永倉まで届かないが、そのために永倉の手元の小さな花火がかすかに見えた。
「永倉先生、線香花火をされているんですか?」
ぱちぱちと独特のはぜるような音とともに、橙色のきれいな火花が咲く。一層華やかに火花が咲いたと思うと、小さな橙色の玉がぽとりと落ちて、永倉のいる辺りが闇に融けた。
「火種が消えちまったんだ。先生、火を貸してくれねぇか」
永倉の声を頼りに近づくと、提灯の灯りにしゃがむ永倉の姿がぼんやりと見えた。そばに千鶴もしゃがみこむと、提灯の中のろうそくで花火に灯がつけられるよう永倉のほうへ提灯を差し出した。 その灯りで永倉の顔を見たとき、千鶴は戸惑って声をなくした。いつものお日様のような笑顔でもなく、屯所での宴会の最中に見せた楽しそうな笑顔でもなく、永倉は悲しそうな顔に少し笑みを浮かべていた。
「永倉先生・・・?」
永倉は線香花火に火をつけると、じっと火花を見つめた。 最初は小さな火花が飛び、だんだんと賑やかな火花の花が咲く。そして、大きくなった橙の玉は、自分の重みに耐え切れず、ぽとりと落ちた。
「・・・どうかなさったんですか?」
さっきのが最後の線香花火だったのだろう、永倉はよいしょ、と立ち上がった。川面のほうを眺めながら、永倉は囁くような声で話し出した。
「俺、いっぱい斬っちまった」
千鶴は何も言えず、しゃがんだままだ。
「いや、斬らなきゃやられるし、不逞浪士を捕まえるのに斬るのもやむなしなんだがな。なんか・・・。あいつらにも、家族とかいんだろうな、と思うとよ・・・」
千鶴は、ただじっと黙って俯いていた。
「俺たちの正義と、あいつらの正義と、ぶつかりあっちまった時は、どっちかがやられるしかねぇ。そんなことは百も承知だろうぜ、あいつらも」
永倉が、足元の小石をこつんとけった。
「俺だって、この国のために戦う気持ちは伊達じゃねぇ。こんなことは、はなっから覚悟してた。でも・・・」
千鶴が立ち上がると、提灯の灯りが永倉の顔を照らした。 くしゃり、と永倉の表情が、笑顔になった。
「いつか慣れんのかな、俺。こういう気持ちに」
笑顔のまま、永倉は自分の手を見つめた。まるでその手が返り血で染まっているかのように。そしてその笑顔が千鶴には泣き顔のように見えて、ただ黙って永倉を見つめることしか出来なかった。
「さーて。弔い花火はおしめぇだ!酔いもさめたし、今から宴会第二弾といきますか!先生、あんま遅くならねぇうちに屯所に戻れよ!」
そういうと、だっと駆け出した。 隊士達だって、永倉と同じように感じているかもしれない。初めて人を斬った者だっているだろう。そう考えると、あの騒々しさもまるで違う意味を持つように思えた。 闇に消えていく永倉の背を見ながら、一人の新撰組に在する者の心の奥を初めて垣間見た気がした。 そして、どうか慣れてしまわず、このままの永倉でいて欲しいと切に願った。
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続きは 指切り です。
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