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三猿の続きです。
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三人の関係は、そのまましばらく変わらなかった。永倉も原田も、いつもどおり親友として戦い、千鶴もまた、新撰組付医師として、隊士たちの治療に当たっていた。 ときおり、会合を開くために皆で島原へ繰り出すことがある。そんなとき千鶴は玄関まで見送りに来るのだが、少し寂しげに目を伏せるのだ。
その顔を見るたび、永倉のなかに原田に対しての苛立ちが募る。
千鶴がいるのに、なんで島原なんかに行くんだ、ばかやろう。
ふと、顔を上げた千鶴と目が合った。千鶴は悲しげな笑みを浮かべて、
「永倉先生、あまり飲まれないでくださいね。」
と囁いた。
「おう、心配すんなって。二番組組長永倉新八、ちょっとやそっとじゃ酔わねぇぜ」
おどけて、永倉は千鶴の肩をぽんと叩いた。そして、少し千鶴により、耳元へつぶやいた。
「左之の野郎は、きちんと俺がみててやるよ」
え?ととまどう千鶴ににこりと笑って手を上げると、永倉は他の幹部達とともに屯所を出て行った。
(あの言葉は、どういう意味だろう?)
皆が屯所を出た後、部屋で独りになって千鶴は考えた。手元には、繕い物の隊服が一枚。永倉のものだ。女中達が洗濯するのを手伝っていたとき、永倉の隊服にほつれがあることに気づき、取り込むときに持ってきたのだ。棚から裁縫箱を持ってくると、灯りのそばに座り、糸を針に通す。一針一針、丁寧に進める。 ふと、この時代に来る前に授業で習った、千人針を思い出した。戦争へ行く前、兵隊の家族や知人達が千人の人に一針ずつ縫ってもらった腹巻などを用意したらしい。それは弾よけの力がある、と信じて。
(千人に頼むことは出来ないけど・・・)
千鶴は、心をこめて永倉の隊服を繕った。
(永倉先生が、毎日無事にお戻りになりますように)
そう願いながら、千鶴は縫い続けた。
島原の角屋では、新撰組の幹部達が会合を開くというので、太夫や天神など、多くの芸妓が集められ、盛大な宴となっていた。明日をも知れぬ身である新撰組幹部たちは、もちろんそれぞれ馴染みがいるが、永倉は馴染みの金吉がいないこともあり、たまたま居合わせた芸妓に酌をしてもらっていた。原田はと見ると、なじみの太夫とにこやかに談笑している。 己の胸に、暗い炎が燃えるのがわかった。 千鶴ちゃんがいるのに、お前はこうして島原へ来るのか。 永倉は、注がれた酒をぐいっと飲み干した。 だが、俺だって、千鶴ちゃんのことを思いながら、金吉を抱くんだからな。 永倉は女が注ぐに任せて酒を飲み、酔いを深めていった。原田がその様子を盗み見ていることにも気づかず、酒が回り皆無礼講となった頃、女に支えられるように、別室へと下がっていった。
「原田せんせ、どうしはったん?」
うん?と原田は微笑んだ。
「バカな友のために、一肌脱ぐべきかどうするか、考えてたのさ」
不思議そうな顔をする芸妓をよそに、原田はくすくすと笑った。
数日後。 町では三条に立てられた制札を反幕府の浪士たちが引き抜く問題が起こり、これを新撰組が取り締まることになった。 近藤と土方が相談し、隊務につくよう選ばれたのは、二番組と十番組。永倉と、原田の隊である。命をうけたとき、永倉は思わず別の組を送るよう願い出たが、受け入れられず、不承不承引き受けた。 準備をしているところへ、話を聞いたのだろう、千鶴がやってきた。
「先生、今夜制札の警護に出られるというのは本当ですか?」
永倉は目をあわさず、だがいつもの明るい笑顔を浮かべ、
「おう、左之の組と一緒にな。不逞浪士どもをとっ捕まえてやるぜ」
背を向けて出て行こうとする永倉を、千鶴が慌てて呼び止めた。
「あっ永倉先生、これ・・・」
振り向くと、千鶴がたたんだ隊服を持っている。
「ほつれている箇所があったので。繕っておきました。ぜひこの隊服を着て行ってください」
「へぇ・・・千鶴ちゃんがしてくれたのか?助かったぜ、自分で繕うのは面倒くせぇな、って思ってたんだ」
隊服を着た永倉が玄関へ行くと、原田が隊士たちと待っていた。後ろからは、千鶴が見送りについてきている。
「行ってらっしゃいませ」
千鶴の声を背中に聞き、永倉は三条へ向かって隊士たちを引き連れた。
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三人の関係は、そのまましばらく変わらなかった。永倉も原田も、いつもどおり親友として戦い、千鶴もまた、新撰組付医師として、隊士たちの治療に当たっていた。 ときおり、会合を開くために皆で島原へ繰り出すことがある。そんなとき千鶴は玄関まで見送りに来るのだが、少し寂しげに目を伏せるのだ。
その顔を見るたび、永倉のなかに原田に対しての苛立ちが募る。
千鶴がいるのに、なんで島原なんかに行くんだ、ばかやろう。
ふと、顔を上げた千鶴と目が合った。千鶴は悲しげな笑みを浮かべて、
「永倉先生、あまり飲まれないでくださいね。」
と囁いた。
「おう、心配すんなって。二番組組長永倉新八、ちょっとやそっとじゃ酔わねぇぜ」
おどけて、永倉は千鶴の肩をぽんと叩いた。そして、少し千鶴により、耳元へつぶやいた。
「左之の野郎は、きちんと俺がみててやるよ」
え?ととまどう千鶴ににこりと笑って手を上げると、永倉は他の幹部達とともに屯所を出て行った。
(あの言葉は、どういう意味だろう?)
皆が屯所を出た後、部屋で独りになって千鶴は考えた。手元には、繕い物の隊服が一枚。永倉のものだ。女中達が洗濯するのを手伝っていたとき、永倉の隊服にほつれがあることに気づき、取り込むときに持ってきたのだ。棚から裁縫箱を持ってくると、灯りのそばに座り、糸を針に通す。一針一針、丁寧に進める。 ふと、この時代に来る前に授業で習った、千人針を思い出した。戦争へ行く前、兵隊の家族や知人達が千人の人に一針ずつ縫ってもらった腹巻などを用意したらしい。それは弾よけの力がある、と信じて。
(千人に頼むことは出来ないけど・・・)
千鶴は、心をこめて永倉の隊服を繕った。
(永倉先生が、毎日無事にお戻りになりますように)
そう願いながら、千鶴は縫い続けた。
島原の角屋では、新撰組の幹部達が会合を開くというので、太夫や天神など、多くの芸妓が集められ、盛大な宴となっていた。明日をも知れぬ身である新撰組幹部たちは、もちろんそれぞれ馴染みがいるが、永倉は馴染みの金吉がいないこともあり、たまたま居合わせた芸妓に酌をしてもらっていた。原田はと見ると、なじみの太夫とにこやかに談笑している。 己の胸に、暗い炎が燃えるのがわかった。 千鶴ちゃんがいるのに、お前はこうして島原へ来るのか。 永倉は、注がれた酒をぐいっと飲み干した。 だが、俺だって、千鶴ちゃんのことを思いながら、金吉を抱くんだからな。 永倉は女が注ぐに任せて酒を飲み、酔いを深めていった。原田がその様子を盗み見ていることにも気づかず、酒が回り皆無礼講となった頃、女に支えられるように、別室へと下がっていった。
「原田せんせ、どうしはったん?」
うん?と原田は微笑んだ。
「バカな友のために、一肌脱ぐべきかどうするか、考えてたのさ」
不思議そうな顔をする芸妓をよそに、原田はくすくすと笑った。
数日後。 町では三条に立てられた制札を反幕府の浪士たちが引き抜く問題が起こり、これを新撰組が取り締まることになった。 近藤と土方が相談し、隊務につくよう選ばれたのは、二番組と十番組。永倉と、原田の隊である。命をうけたとき、永倉は思わず別の組を送るよう願い出たが、受け入れられず、不承不承引き受けた。 準備をしているところへ、話を聞いたのだろう、千鶴がやってきた。
「先生、今夜制札の警護に出られるというのは本当ですか?」
永倉は目をあわさず、だがいつもの明るい笑顔を浮かべ、
「おう、左之の組と一緒にな。不逞浪士どもをとっ捕まえてやるぜ」
背を向けて出て行こうとする永倉を、千鶴が慌てて呼び止めた。
「あっ永倉先生、これ・・・」
振り向くと、千鶴がたたんだ隊服を持っている。
「ほつれている箇所があったので。繕っておきました。ぜひこの隊服を着て行ってください」
「へぇ・・・千鶴ちゃんがしてくれたのか?助かったぜ、自分で繕うのは面倒くせぇな、って思ってたんだ」
隊服を着た永倉が玄関へ行くと、原田が隊士たちと待っていた。後ろからは、千鶴が見送りについてきている。
「行ってらっしゃいませ」
千鶴の声を背中に聞き、永倉は三条へ向かって隊士たちを引き連れた。
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